『
通常の『M.O.手術』が、人間と他の生物とを結びつける技術であるのに対し、これは人間と機械とを結びつける技術。
人工細胞により、強靭な筋肉と外骨格を形成。そこに機械を取り付け強化した、一種のパワードスーツ。神経接続が必要であるため、神経接続が比較的容易な『M.O.手術』被験者、正確には
人工細胞が、着用者側の細胞を侵食していくという、まるで癌に似たデメリットが。
もちろん、これが進行すれば、当然の様に生死は危ぶまれてしまう。短時間の着用ならともかく、長期間の使用には、人体が耐えれなかった。
「……って、いうのが『M.O.H』の歴史だな。ちなみにだが、こいつの研究自体はU-NASAで今は行われてて、『M.O.手術』被験者たちのサポートメカの作成と、安全に使用できるようにするための薬品作りが進められているってとこだな」
「「なるほど……」」
「まあ、実用化はまだ先らしいが、数年以内にはできるらしい」
飛行機の機内で、ブリーフィングと知識の共有のために、ハリーから説明され、スレヴィンがそれを補足する。
「俺も一度、再現機体のテストに立ち会ったがな。あれは凄いぞ。強く、容易で、数も揃えられる。安全性の問題さえ解決してたら、火星行きのトライアウトで、通常の『M.O.手術』は……いや、お前らに二人施されてる、特別な方だったとしても負けてたな」
「そんなにか?」
スレヴィンの感想に、大河が疑問を浮かべる。
彼自身、通常の『M.O.手術』よりも先に進んだ、より強力な術式を施されている身。
かつてトライアウトで負けた技術に、安全性さえクリアできれば負ける。というのは頷きがたかった。
「結局のところ、安定性の問題なんだよなこれは。俺も軍属していたからよく分かるんだが、俺たち手術者たちを一種の兵器と考えると、極めて不安定なんだ。個々の能力、性能は全て異なり、生産性も少ない。それに対してあっちは、ガワさえ作っちまえば後は誰が使用しても一緒だからな。まあ、もちろん個々の戦闘技能に対する練度の差、ってものは出るが、俺たちほどじゃない」
『M.O.手術』は言わば、英雄を生み出すための技術。
しかし、現代の戦争は、英雄を必要としない、機械と効率化した部隊運用によって行われる。
突出した個、すなわち英雄も求められる時はあるが、その機会は極めて少なくなっている。
歩兵を戦車が蹂躙し、降り注ぐ爆弾に対し、人は無力でしかない。
統率された数と破壊力こそ絶対の摂理。それが現代戦。
「だが、『M.O.H』は、極めて安定性が高く、そして効果は抜群だ。あれが実用化されて、安定して軍事配備されたら、それこそ戦争は変わるな。歩兵が戦車に蹂躙されるんじゃなく、戦車が歩兵に叩きのめされる。そういう時代になる」
もちろん、そのためには相応のサポート体制は必要になるが。
そう締めくくったスレヴィンは、灰皿に煙草を押し付け、火をもみ消す。
戦争を変えうる技術。それが今回の主要な敵。
「分かっているだろうが、覚悟しろよ?今回の敵は、テラフォーマーより手強いぞ?」
『トート・ダガー班』が空路でルーマニアへ向かっている、まさにその同じ時刻。
先にブカレストへ到着していた二人がいた。
そう。
「んー!このサルマーレ美味しいですわ!お肉の脂も、外側の酢キャベツの酸っぱさでさっぱり食べれちゃいます!」
「へえ……?ロールキャベツみたいなもんだと思ったけど、食べてみるとだいぶ違うな」
完全に旅行気分になり、大衆食堂でルーマニア料理を食べている逃亡者二人が、ブカレストに到着していた。
なお、二人が食べているサルマーレとは、豚ひき肉と刻み玉ねぎを酢キャベツで包み、トマトやコンソメのスープで煮込んだルーマニア版ロールキャベツというものだ。ジューシーな肉の旨味と、さっぱりとした酸味が合わさり、相乗効果を引き出すルーマニアの家庭料理。
「あ、シロ君シロ君。そっちのコンソメスープも味見させてくださる?こっちのトマトスープも分けますから」
「ん?ああ、ほらよ」
ごく自然に、それぞれの皿にスプーンを入れ、口に運ぶ二人。
傍から見ればカップルか夫婦なのだが、これで付き合っていないというのだから驚きだ。
「さて、飯も食ったし、次はどこに行く?」
「あ、私行きたいとこがありますわ!デザートを食べに行きたいです!」
「それは行きたいとこなのか……?」
「デザート食いたいなら、三軒隣のカフェがおすすめだぜ」
「「え?」」
エミリーの言葉に、首をかしげるシロ。
そこに一人の男が声をかけてきたため、二人そろってそちらを向く。
「おっと、突然悪いなお二人さん。この辺じゃアジア系は滅多に見かけないからな。つい声をかけちまった。そっちのお兄さん、もしや日本人か?」
「い、一応……?」
「そりゃあ良かった。俺もなんだ。よろしく同郷」
声をかけてきたのは、若い男だった。
見たところ、10代後半。東洋系の顔立ちに、黒い髪。黒い着流しにこれまた黒い羽織を羽織った、全身黒づくめ。甘いバニラの様な匂いが特徴的だ。
やたら気さくに握手を求めるフランクな姿勢は、良く言えば友好的。悪く言えば図々しいといったところか。
戸惑いながらもシロが握手に応じると、男はそのままエミリーとも握手をする。
「俺は仕事で半年前からここに来たんだが、あんたらは?観光?」
「あ、ああ。そうだ」
「これから色々見に行くんですの!」
「そりゃあいいな。俺もこっちに住んでからあちこち見て回ってみているけど、ルーマニアは観光地が多い。世界遺産とかも結構あるし、良いところだ」
「ですです!」
男が話し上手なのか、観察上手なのかはわからないが、二人の様子から適度な話題を振っていき、話を回していく。
10分ほどそうして話していたところで、ふと男が壁にかかった時計に目をやる。
「おっといけねえ。そろそろ職場に戻らねえとな。またな、お二人さん」
「ああ、また」
「はい、また!……って!?」
そう言って男が立ち上がるが、その際にシロとエミリーの分の伝票を持っていることに気付いたエミリーが驚く。
それに対して口の端をニッと歪めて男は笑った。
「良いから良いから。日本からこんな離れたところで、ご同郷と出会ったのも何かの縁だ。ルーマニアの良い思い出の一つくらい、作らせてくれよ。そ・れ・に」
チョンッとエミリーの鼻を指で突く。
「彼氏さんには悪いけど、こんな可愛い子には親切にしとかないとな」
「……ふぇ?ふええええええぇぇぇぇっっ!!??」
「ちょ!?あんた!?」
「クカカカ!!じゃあなお二人さん!ルーマニアを楽しめよ!!」
慌てふためく二人を尻目に、ケラケラと笑いながら男はレジへと向かう。
「お、おい!あんたせめて名前は!」
「俺か?俺は『
背に投げかけられた問いかけに、男は振り返らずに手を振って答える。
そのままレジで会計を済ませた男は、ブカレストの雑踏の中へと消えていった。
「……いやー………まさかこんなところで、日本人に会って親切にしてもらえるなんてな……」
「ほ、ほんとですわね……!」
男が、六禄が出て行ったドアを眺めながら、二人は呟く。
突然現れ、好き勝手をして去った嵐のような男。
その余韻というには騒々しい感情を抱えながら、どちらからともなく立ち上がる。
三軒隣のカフェに、デザートを食べに行くために。
この日の夜、ブカレストの街をシロとエミリーは堪能してホテルに宿泊し、任務に赴いた4人は移動で疲れた体を癒すために、捜索等はせずホテルへ直行。奇しくも全員が同じホテルに宿泊し、本来交わることなき戦士たちが、一つの屋根の下に集った。
なお、部屋割りは『トート・ダガー班』は全員個室。シロとエミリーは同室というのは余談。
カツンッカツンッ、と金属の階段を下りていく音がする。
その足音に付随する、衣擦れの音。口元からは、甘いバニラの匂いがする煙草が煙を燻らせている。
階段を降り切り、しばらく廊下を歩くと、壁にもたれかかった女性の影が現れ足を止める。
「ご飯を食べに行っただけなのに、遅かったわね?」
「ああ、同郷に会ったもんでな。ちょっと話してた。っと、ほらハンバーガーだ。どうせまだ飯食ってないんだろ?」
「あら、ありがとう」
女は、金髪を肩までのショートでカットし、男を欲情させる豊満かつスリムな美女。
男が女に持っていた手提げ袋を渡してから、二人並んで歩き始める。
「それで、俺の『カオス』の調整は終わったのか?」
「ええ、もちろん。クロノスの『アームズ』も完了よ。言ったでしょう?ご飯を食べに行っている間に終わるって」
「ああ、流石だ」
女から男に手渡される、メカニカルな印象を受ける黒いチョーカー。
それを歩きながら身に着け、装着感を確かめる。
「うん、悪くない」
「でしょう?」
話ながら辿り着いた扉を開き、入室する。
そこは、研究室とリビングが混ざったような空間だった。
部屋の一角にはソファとテレビがあり、コーヒーメーカーまで備え付けられている。しかし、同時にデスクトップパソコンと、そこから伸びるケーブルが繋がる
女はデスクトップ前の椅子に腰かけ、男はソファに沈み込みテレビを点ける。
「んで?そいつの調子はどうなんだい?
「明日には完成よ。実験体は明後日にでも調達すればいいわ。……ああ、最近
「あいよ。そうだ、煙草いる?」
「ハンバーガーを食べてからもらうわ。ありがとう」
男と女は、日常生活を送り、世間話をするような気軽さで、研究のこと、敵のことを話す。
当たり前と、当たり前でないことが混在する空間。
企みと研究は、そこで進められていた。
『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』の研究は、そこで行われていた。
ついに顔出ししました、敵サイド。
ロスヴィータ及び、その護衛。
混沌たる敵を相手に、どう立ち向かうか。
今後の展開を、お楽しみに!