インペリアルマーズ   作:逸環

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Demolition 獣の数字

シロとエミリー、スレヴィンの話はすぐに纏まった。

スレヴィンから彼らに伝えた事は、時間もないため極々簡略化され、要点を纏めに纏めたもの。しかし、シロやエミリーにしてみれば、テラフォーマーがいるというだけでもこのバイトに参加するには、充分な理由となった。

なにせ、テラフォーマーは普通の人間では太刀打ちはできず、加えてその人間への攻撃性と知能は格別。こんなのがいる状況では、おちおち観光を楽しむ事もできないのだから。

 

そして彼らは今。

 

「二人共!下見んなよチビっちまうぞ!」

 

「あ、あわわわわ!?」

 

「まさかこんな……こんな日が来るとは……」

 

スレヴィンが落ちてきたビル、その壁面をクライミングしていた。スレヴィンが二人を抱え、その腰から生えるタコ足の吸盤を駆使して壁面を一気によじ登るという、あまりにもストロングな方法で。

 

「時間がねえ!一気にショートカットするぞ!」

 

「だからって、こんな方法で……!?」

 

「ちょ!?今お尻触りませんでした!?」

 

「ガキの貧相なケツに興味はねえよ!気のせいだ!」

 

「ガ……!?貧……!?」

 

なお、3人が1階から5階まで登る間に、スレヴィンの頬に紅葉ができたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

話はスレヴィンが落下してくる、数分前に遡る。

『トート・ダガー班』はこの異様なビルの中を、慎重に捜索していた。フリーのマリファナなんてふざけた代物のある、このビルを。

結果的に言えば、2階から4階までその全ての部屋が、同じ様に香炉が置かれ、同じ様にマリファナでラリった人々が転がっていた。

そして、最上階。途中まで、そう。最後の部屋まではそれまでの部屋と同じだった。しかし、その最後の部屋で出くわしてしまったのだ。

 

「あ、この部屋今掃除中だから、クスリやるなら他の部屋で頼むわ」

 

「じょうじ」

 

「じ」

 

香炉と、マリファナ中毒者。そして中毒者たちを抱えた2匹のテラフォーマーに、掃除機片手にバンダナとエプロンをした黒髪の若い東洋人と。

 

「総員攻撃開始!」

 

「「「了解!」」」

 

咄嗟のスレヴィンの号令に、3人は即座に動いた。

近接戦に優れた大河とスレヴィンが男に、キャロルとハリーがテラフォーマーにそれぞれ向かう。

それに対し男は、

 

「あー、なんだもう来たのか」

 

と、軽い調子で言うと、掃除機を脇に置き、そして。

 

「クカカ!まあ、そんなことは、どうでも良いか」

 

「ッ!?班長!こいつやば……ッ!?」

 

「ク……ッ!?」

 

その体を一瞬沈み込ませ、先に向かって来た大河を低い姿勢から蹴り飛ばし、そのままスレヴィンにぶち当てるという力技で2人の動きを封じてしまった。

咄嗟に腕を差し込んだおかげで、大河自身に大きなダメージはない。

だが、それ以上に何より、大河は感じ取った。

 

「寮監さんよ……あいつは何かやばいぜ……。今の攻撃、まるで殺気も何もなかった……!」

 

「……っつーことは、サイコパスか経験値か、その両方かだな……」

 

お互いに助け起こしながら立ち上がりつつ、目の前に立つ男の異常性を共有する。

通常、人間が何かを攻撃する際には、その前兆たる殺気や意思というものが多かれ少なかれ感じ取られる。人間の共感性や危機感、本能といったセンサーによって知覚されるこれは、戦闘や逃走の熟練度が高ければ高い程感じ取りやすくなる。

もちろん、スレヴィンや大河は熟練度が高い方であり、大方の攻撃にはその殺気を感じ取り反射的に対応できる事も多い。

だが、男の攻撃にはそれがなかった。大河の防御も、蹴りを視認し、それが必要だと判断した結果であり、普段の反射的な防御とは違う。

殺意なく、悪気なく、当たり前の様に人を攻撃できる存在。先天的か、訓練によるものかは不明だが、それができる人間は、総じてヤバイ(・・・)と相場は決まっている。

2人が次の手を考えながら体勢を整える間に、男は両手をポケットに入れて悠々と立つ。

 

「ほら、来いよ。遊んでやるぜ?」

 

「……大河、時間を稼ぐぞ。2人がゴキブリ共を仕留めたら、4人で一気にこいつを叩く」

 

「了解。じゃあ、俺から行くぜ!」

 

「おう、俺はサポートする」

 

スレヴィンが牽制で拳銃を撃つと、男は半歩その場を動くだけで回避する。

だが、その半歩こそ絶好の攻め時。大河が詰め寄り、その腕から生えた牙で足を狙う。移動の最中に蹴りは放てず、回避も困難なのは当然のこと。ここで機動力を封じれば、だいぶ有利になれる。

 

「よっと」

 

「な……ッ!?」

 

はずだった。

いつの間にか男のポケットから腕が出ており、大河の腕を捌き攻撃を防いだのだ。

大河の目は驚愕で開かれる。通常、ポケットに入れた手で攻撃を受ける、捌く、殴る等アクションをする際、どうしてもポケットから手を抜く→拳を構えるという2動作が必要になり、それが致命的な遅れとなる。しかし、男にはそれがなかった。

 

「抜拳術ってんだ。面白えだろ?」

 

笑いながらの男のセリフ。それは明らかに、余裕の表れ。大河もスレヴィンも、敵とすら認識されていない。

 

「原理は簡単だな。腕を抜くんじゃなくて、腰を引く事でポケットから手を抜く。腕が出た時にはもう、構えは終わってるってわけだ」

 

さも当たり前の様に手の内を語る男だが、聞かされる2人からすれば、たまったものではない。

つまり男は今、スレヴィンの銃撃を避けるための半歩の回避の中に、抜拳術の腰を引く動作を混ぜて大河の攻撃を捌いたということなのだから。

それができるという事がどういうことなのか、分からない2人ではない。

スレヴィンと大河の首筋を、冷たい汗が伝う。

が、その間にも事態は動き続ける。

 

「そら、俺の説明聞いて呆けてる場合か?」

 

「しまッ!?」

 

男の持つ独特の空気と実力に飲まれつつある彼らは、警戒しつつ危機感を抱きつつ、それでもある種気を抜いてしまっていた。

特に大河は、目の前に男がいるというのに。

そのがら空きになってしまった腹部へ、男の拳が吸い込まれるように進み----

 

「させない!」

 

----キャロルの持つ、氷の盾によって防がれた。

 

「……へえ?氷の盾か?面白いな、流石にそれは初めてだわ」

 

「私の仲間は……私が守る!」

 

キャロルの盾は、パイクリートと呼ばれる特殊な氷で構築される。

たかが氷と侮るなかれ。14%のパルプと86%の水分という比率で生み出されるそれは、ライフル弾すら通さないほどの頑健さ、強固さを誇る。

もちろん、これは単一の手術ベースでは不可能。加えて、氷を生み出す生物が存在しない以上、M.O.手術のみでは不可能。この二つの問題を解決したのが、天才クロード博士の生み出した、本来は適合しない生物すら手術ベースにすることが可能かつ、複数の手術ベースを使用可能となる特殊術式。

 

 

 “ツノゼミ累乗術式” M.O.手術ver『Hyde(ハイド)

 

そしてマーズランキングとは異なる、秘匿されたランキング。

『アークランキング』15位たる彼女の、専用装備。

 

『ミツツボアリ』の能力で彼女の胸部に貯蔵された水分を、老廃物と混合しパイクリート原液を生産。過冷却状態にして全身の葉脈を利用して運搬する、対テラフォーマー過冷却式パイクリート生成装置『アイス・エイジ』。そしてそれによって生み出された原液を使い、特殊な盾を生み出す、対テラフォーマー凍結式バリスティックシールド『ハボクック』。

 

これらの要素によって成し遂げられる、神話に語られるアイアスの盾が如き氷壁。

攻め手として用いられる事の多いM.O.能力の中でも、数少ない防御に特化したそれは、男の拳から仲間の身を完全に守っていた。

 

 

M.O.手術ベース……『氷華の乙女(シモバシラ)

     及びM.O.手術ver『Hyde』ベース……『生命の涙(ミツツボアリ)

 

 

彼女こそ、氷結の守護者。

 

「ありがてえキャロル!テラフォーマーは倒せたのか!」

 

「ハリーさんがサポートしてくれたから!でも、まだ一匹残ってる!」

 

「こっちは大丈夫だ!そっちの男は三人でしっかり倒してくれ!」

 

キャロルの言葉の通り、現在ハリーは一人でテラフォーマーと交戦している。

しかし、彼も一対一かつ、地球という装備に制限がない環境であれば、多少時間はかかるもののテラフォーマー相手でも問題なく倒すことは可能。

それよりも、問題は大河とスレヴィンを相手取って尚、圧倒的な力を見せる目の前の男だ。

見た目はどう見ても、10代後半。いってても20代前半程度。なのに、異常なまでに強い。

 

自身の状態を確認すると、男の拳によって腕は痺れる物の、盾は健在。

どれだけ強くとも、生身の人間の生み出せる破壊力には限界があり、パイクリートで構築された盾を砕くことは不可能。

例え男がM.O.手術被験者であり、これからその能力を使う事も充分以上に考えられるが、それでもライフル弾を超える威力の一撃を出してくることは早々ありえない。

 

 

 

 

 

 

「まあ、このくらいの硬さなら問題ねえか」

 

はずだった。

 

「「ッ!!」」

 

「ッッ!?アアアアァァッッ!!?」

 

瞬間、盾を構えていた彼女の両腕に、爆音とともに爆発したかの様な感覚が襲う。

否、本当に爆発したように、その内部、骨格はグシャグシャにひしゃげ、砕けていた。

爆発の直前に、咄嗟に大河とスレヴィンがキャロルの体を後ろに引かなければ、その爆発(・・)は腕はおろか彼女の命に達していただろう。それほどの威力。

いったい、何が起きたのか。

 

「アアッ!?~~~~~~ッッ!!!!!???」

 

「東堂!ラヴロックと一緒に下がれ!ハリーと交代して、治療をさせろ!!」

 

「わ、分かった!キャロル、頑張れ!すぐに治療してもらうからな!」

 

両腕の骨が砕けるという、壮絶すぎる痛みに転げることすらできず蹲るキャロルを、大河と共に下げさせる。

そして男に、スレヴィンは問いかけた。

 

「……八極拳、だな?」

 

「その通り。今のは八極拳の基本の『崩拳』。俺のはそれを絶招(ぜっしょう)にまで練り上げたもので、『破城崩拳』って呼んでいる」

 

男は、盾を打ち砕いた瞬間の姿勢のまま、残身を取るかのように立っていた。

生身で強固な盾を殴ったことにより、拳から出血はしているようだが、それでも骨には支障はない様子。

足元は何故これで床が崩落しないのか不思議なほど、踏み込んだ足を中心にひび割れている。

その一撃はまさに、城壁を打ち破り崩壊させる拳。

 

「これでも元は軍人だ。色んな格闘技は見させられていた。中でも八極拳は、その破壊力で有名だしな」

 

「クカカ!なるほどなるほど!」

 

「さっきの蹴りはカポエラ、それから抜拳術。この二つは見せ札で、本分は八極拳。違うか?」

 

「おぉ!正解だ!お兄ちゃん眼が良いね!」

 

「今のパンチの、とんでもねえ練度を見ればすぐに分かる」

 

話ながら、スレヴィンは観察する。

目の前で笑う、この異常な男を。この奇妙な、恐ろしい男を。

ライフル弾をも止める、パイクリートの盾を崩壊させ、あまつさえその盾を構えていた腕を砕くなど、生身で実現することは困難だが、決して不可能ではない。

そういう技術、肉体の運用こそが武術なのだから。

例えば、最新の人類『ジョセフ・G・ニュートン』。彼なら超効率的な肉体の運用と、盾の脆い一点を正確に穿つ精細さ、盾を持つ人間の姿勢や体運びを見抜き、素手による氷盾砕きを遂行できるだろう。

例えば、ロシアの軍神『シルヴェスター・アシモフ』。彼なら鍛え抜かれた肉体と、戦闘経験から来る眼力、柔道で身に着けた重心移動で破壊力を増した拳で、それを成すだろう。

 

だが、それはジョセフの血統による才能か、アシモフの長い年月の修練によって培われるもの。目の前の20代に達するかどうかの男には、全くもって当てはまらない。

もしやニュートンの血族か、とも思考するが、それならそれで何故こんなところで掃除をしているかについての、合理的な結論が出ない。

いや、世の中には好き好んでホームレスの格好をするニュートンの一族もいるそうだから、一概には言えないだろうが。

結論を保留し、次はM.O.手術の可能性を検討する。これに関しては、即座に『ない』と断言できる。服から露出した顔や手を見る限り、人為変態をした際の特徴的な痕跡は、全く見られない。

 

では、特殊な肉体改造の線は?

超硬の盾を殴ったことで、表皮は裂けて血が流れる拳を見るに、おそらく表皮はいじられていない。人体の中でも脆く、例えば相手の頭部を殴ったらこっちの拳が壊れるほど脆弱な、手の骨格が無事なのは解せない。

今回のターゲットは、『M.O.H』の研究者である『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』。その捜索中に出会い、しかもテラフォーマーを連れていたこの男は、関係者であると考えられる。ならば、骨格(フレーム)そのものを改造されている可能性は、かなり高い。

が、それもあくまで可能性、検討の余地がある程度の話であり、確証はない。

 

あらゆる可能性が膨らみ、否定されては新たな可能性が生まれる。

そこでふと、ある疑問が、ある可能性が発生した。

 

果たして、この男は、本当に人間なのだろうか?(・・・・・・・・・・・・)

 

思考がそこに辿り着き、辿り着いてしまいスレヴィンの全身を怖気が襲った瞬間だった。

 

「まあ、そんなことは、どうでもいい」

 

「ッ!?しま……ッ!!?」

 

怖気と緊張でしてしまった、瞬きの一瞬。その一瞬で男は間合いを詰め、スレヴィンの腰を掴む。

するとそのまま、重心を引き抜くかのように回転し、勢いを付けると、

 

「スッとんできな!!」

 

何かに捕まったり、ブレーキをかける余裕もないほどの勢いで窓に向けて、投げ飛ばした。

そしてそのままスレヴィンは、大河と交戦し始めた直後のテラフォーマーにぶつかり、巻き込みながら共にビルの外へ放りだされ、落下した。

 

 

 

そして今、落とされた男はその場で捕まえた援軍を連れて、再び這い上がってきた。

落とされた窓から、今度は侵入するとそこは、

 

「クソッ!当たれ!当たれオラァ!!」

 

「手術ベースは見たとこ強い。お前自身のセンスも悪くはない。だけど、まあ」

 

「うぐ……ッ!?」

 

功夫(クンフー)が50年は足りんなぁ。……っと、なんだ、さっきの兄ちゃん戻ってきたのか。タフだねぇ」

 

男と交戦していた大河が腹部を蹴られ、倒れる瞬間だった。

もちろん、この光景、この瞬間は衝撃的だ。

だが、それ以上に衝撃を感じることあったのは、彼女(・・)だった。

 

「なんで……?なんで貴方がここにいるんですの……?」

 

「ん?おぉ、昨日の……あー……メアリーちゃん!いや、違うな……メミリー……これも違う……」

 

彼女は、驚いていた。

とても親切にしてくれた、愉快な青年。

昨日あったばかりの彼が、そこにいたのだから。

 

「何で、ムロク(・・・)さんがここにいるんですの!?」

 

「エミリー……ああ、これだ!最近物忘れがダメだな……。っと、どうしたんだこんなところで?俺に会いに来た?んなわけねえか」

 

「クソ……!なんであんたがテラフォーマーと一緒に……!」

 

昨日と同じ笑みで、エミリーとシロの前に『水無月 六禄』は立っていた。

だが、エミリーの発した名前に、この場にいる人物の中で、彼だけは心当たりがあった。

キャロルの治療に当たり、その手術ベースの特性で痛みを緩和させ、腕を簡易的に整復し、追加でカプセル型の薬を飲ませて人為変態によって砕けた骨を修復させていた、彼は知っていた。

 

「待て……待て……八極拳に、ムロク……?水無月………六禄……?ちょっと待ってくれ……」

 

彼は、ハリーはその名前を知っていた。

確かに、彼が知るその男ならば、あの練度の八極拳も、見せ札として使った武技も、そしてなにより彼の理不尽なまでの強さが頷ける。それほどの存在だ。

 

「……お前は、本当に『水無月 六禄』なのか…………?」

 

「お、良く知ってるな?そうだぜ?偽物でも、襲名者でも、何者でもない。俺が『水無月 六禄』だ」

 

ハリーの問いかけに、男は、『水無月 六禄』は明確に肯定する。

だが、しかし、しかし。その名前からは、最大の疑問点が生じる。

 

「………だが!だが!!『水無月 六禄』は!既に80歳を超える老人のはず(・・・・・・・・・・・・・・)だろう!!?」

 

「えっ!?」

 

その吠える様なハリーの言葉に、六禄以外は衝撃を受ける。

そして、それを問われた男は、

 

「それも、間違っちゃいねえよ。今年で86歳になるしな」

 

口の端をギニィッと歪めて、笑みを浮かべながら肯定した。

 

 

 

 

混沌とした何かが(・・・)、笑っていた。

 

 

 

 

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