インペリアルマーズ   作:逸環

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Enemy Lines 捕食者

『水無月 六禄』。その名前が最初に轟いたのは、丁度70年前の事。

2550年の某日。その日フランスのパリでは、市民たちによる暴動が起きていた。

理由は簡単であり、歴史は繰り返すもの。

貧困による怒りの刷毛口としての、貧しさに対する最大の娯楽である暴動。

店々が壊され略奪が行われ、警官隊と市民の衝突も起きたこの事件。

当時16歳だった彼が、突如この事件に介入したのだ。

 

その日、怒りに陶酔する100人以上のパリ市民は、進軍する先に彼を見た。

まだ16歳。高校に上がった直後の、青年に差し掛かった直後の東洋人。その手に鉄パイプとスプレー缶が握られているのを。

人種が入り乱れるこの時代。彼もまた自身たちと同様に暴れるために来たのだと、そう思った。

彼が鉄パイプを振りかぶり、自分たちに走って向かってくるまでは。

 

最初に、振り抜かれた鉄パイプで男の頭がひしゃげた。次に、殴りかかってきた男の目がスプレー缶の催涙ガスで潰された。

彼の攻撃は重い鉄パイプによって重傷は免れず、彼を攻撃しようとしたものはスプレーで強制的に行動を停止させられる。

気が付けば彼の周りは、のたうち回る群衆と血の海になっていた。

100人以上いた暴徒たちは、倒れている者以外は彼に恐れをなして散り散りとなり、いつのまにやら消えてしまっていた。

そして警官隊が彼を取り押さえようとする中逃げおおせ、その後の消息は不明となった。

 

次に彼の名前が出現したのは、裏社会であった。

フランスでの騒動から20年後、2570年代の某日のことだった。

ニュートン一族に名を連ねる人物が、突如暗殺されたのだ。それも、素手で。

その事件を引き金とし、立て続けに何人もの一族の者が抹殺された。

生き残った目撃者の証言から作られたモンタージュにより判明した犯人は、20年前に大暴れし、そして失踪した男だった。

事件を繋げていった際、ある共通点があった。それらの死が全て、デカルト家に利するものだったということである。

デカルト家の当時の当主、エドガーの祖父に多くの一族の者が詰め寄ったが、のらりくらりと関与を否定し続けた。

 

それから2610年代に至るまで、彼はデカルト家に利するように、一族の面々を殺めたり、壊し続けていた。

 

 

 

 

「……それが!それがなぜここに!?しかもその姿は!?」

 

「若返った。いやぁ、現代技術ってすげえな」

 

「若返……いや、どうやってだ?!」

 

「いや……なんかこう……モザイ……なんちゃら手術?あれでこう……いや、年寄りにそんな難しい事聞くなよ」

 

「何故10年近く姿を消していた!?」

 

「仕方ねえだろ。長年の煙草で肺癌で手術と薬飲んだりとか、転んで股関節骨折してリハビリしたりとか、歳取ると色々あるんだよ」

 

ハリーの問いかけに対し、ケロッと答えていく六禄。

その様子はまさに、自然体。

しかしその内容は一部聞き捨てならないものの、老人あるある過ぎて悲しみすら伺える内容。

 

「まあ、そこらへんは気にすんな。俺は『水無月 六禄』本人で、若い姿でここに立っている。それが唯一肝要なことだろ?」

 

「……素手でパイクリート砕ける理由は?」

 

「若返った事で、巧夫に肉体が追い付いたからな。ついでに鍛錬の負荷を増して、体壊しまくって人為変態繰り返して、短期間で肉体の超強化よ。70過ぎてから対物ライフル想定の金属板を、試し割りでブチ抜いた事はあったが……いやぁ、技術を十全に扱える体って良いな」

 

皮膚の破れた拳を見ながら、どこか嬉しそうに語る六禄。

年齢不相応な見た目と、その全盛期を超えた最盛期を楽しんでいる事は、間違いない。

とはいえ、彼の発言からこの時点で分かることは、いくつかある。

 

1、彼はM.O.手術被験者である。

2、手術ベースは若返りに関与する生物である。

3、人為変態時の肉体修復と再生を利用し、通常ではありえない強度の肉体を獲得している。

4、名称など、微妙に物忘れが見られる。

 

一番最後に関しては、加齢に伴い仕方のないことなのだろう。

だが、それ以上に厄介なのは、頭脳面ではなく肉体面。

ライフル弾すら通さぬパイクリートを崩壊させる拳。踏み込みでコンクリートにヒビを入れる脚力。どれを取っても、驚異でしかない。

当たり前の話だが、通常人体はパイクリートはおろかコンクリートを殴るだけで、状態によっては木の板を殴るだけでも骨折する程度には脆い。

しかし、ムエタイなどでは何度も硬い物を蹴りつけ、微小な骨折と修復を繰り返して骨格を強化するのに代表されるように、破壊と再生のプロセスによって人体はその強度を増す。

彼はそのプロセスを、人為変態による細胞の入れ替えによって、無理矢理早めたのだ。その結果得られたものは、本来ならば加齢により強化よりも脆くなる速度の方が速くなる人体において、劣化させることなく強化し続けた肉体。

パイクリートを殴っても壊れない拳に、力を生み出す下半身、そしてその全てを成すための技量を余すことなく駆使できる肉体。

 

彼の発言を全て信じるのであれば、彼はまさに、全ての武術家が求めてやまないものを手にしていた。

 

「さて、と。今度はこっちから質問しようか若造ども。おそらく巻き込まれだろうエミリーちゃんとシロはともかくとして、一応聞くが……」

 

それまでハリーの問いかけに応えてきた彼が、おもむろにズボンの尻ポケットから煙草を取り出し、火をつけて一息吸う。

そして、たった一言を問うた。

 

「ここに、何をしに来た?」

 

「「「「ッッ!!??」」」」

 

瞬間、『トート・ダガー班』だけを襲う、冷気すら感じる怖気。

その正体は、曖昧な殺気ではなく、濃縮された殺意。害意はない。敵意もない。

そこにあるものは、ただただ純粋な、圧倒的な殺意。

武術の世界では一種の気当たりとも呼ばれるそれが、彼らを襲っていた。

もちろん、視認する事はできない。言ってしまえば、指向性を持った雰囲気程度のもの。

それだけで、鳥肌と全身の震えや悪寒が止まらない。

戦場や修羅場を潜り抜けたスレヴィンとハリーですらこの様なのだから、その威力は察せるだろう。

 

「み、みんな!?あんた!こいつらに何したんだ!?」

 

「クカカ!ちょっと脅かしつけただけだぜ?ククッ」

 

気当たりの対象から外れていたシロの問いかけに、六禄は愉快そうに笑いながら答える。

その間も、『トート・ダガー班』4名の気当たりによる拘束は解けない。

気が緩んでいるように見えて、全く緩んでいない。

 

「まあでも、大体は予想着くぜ?俺の今の雇い主、ロスヴィータ博士殿だろ?」

 

「…………ああ」

 

「だろうな」

 

ケラケラと笑いながら訊く彼に、隠す意味もないため首肯するスレヴィン。

それだけを聞くと、彼らを襲っていた気当たりが霧散し、震えも落ち着く。

 

「……なあ、俺からも聞いて良いか?」

 

「お、頑丈だな兄ちゃん。良いぜ、サービスしてやるよ」

 

先ほど受けた腹部のダメージが抜けきらず、足を震えさせながら立ちあがる大河は、六禄に尋ねる。

 

「……あんたほど強ぇ人が、何でアダム・ベイリアルなんかの用心棒……で良いんだよな?何でそんなことを……?」

 

「バッカお前決まってんだろ。女の涙は最強なんだよ」

 

「あ、あぁーー……………」

 

その返答には妙な納得をしてしまう男どもだが、いったい何が彼と彼女の間にあったのか。

写真で見たロスヴィータが美女だったこともあり、変な勘繰りもしてしまうというもの。

特に、まだ10代の大河にしてみれば、むしろ積極的に勘ぐってしまう。

 

「おっと、ちと話過ぎちまったな。んじゃ、俺は帰るとするよ」

 

ふと、六禄がポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認するとそんなことを言い始める。

 

「一応うちの博士殿が色々実践実験したいそうだから生かしてやるから、お前ら研究所に来いよ。特に罠はねえけど、実験の準備はしておくからよ」

 

「は?」

 

唐突な彼の宣告にあっけにとられていると、その足が振り上げられ------

 

「おっと、一つ研究所の場所へのヒント。ここはルーマニアだ(・・・・・・・・・)。じゃあな」

 

「ッッ!!?総員退避だ!!」

 

------振り下ろされた。

結果は、シンプルだった。

ただ罅割れたコンクリートの床が崩壊し、轟音と共に生じた粉塵の中に六禄が消える。

咄嗟に放った号令が功を奏したのか、ハリーは動けないキャロルを抱えて崩落を免れた廊下へ退避し、シロはセフェノミアヒツジバエの速さでエミリーを連れて同様に廊下へ避難。大河をスレヴィンが抱え込み、壁に蛸足の吸盤で張り付くことで崩落に巻き込まれる事を回避。

当然のごとく六禄の姿は見失うものの、全員生き長らえることには成功した。

 

「……シロ君」

 

「大丈夫だ、エミリー」

 

シロとエミリーは寄り添い合い、

 

「おいおい……あれでも人為変態していない人間かよ……」

 

「私の盾も……通じなかった……ッ」

 

ハリーとキャロルは怖気を感じ、

 

「班長……あんなのが相手なんすか?」

 

「……腹くくるしかねえだろ」

 

大河とスレヴィンは粉塵の中に消えた男を恐れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから30分後。

彼らは滞在地である、ホテルへと戻ってきていた。

奇襲等の警戒もしていたが、それどころか監視すらない状況で、問題なく帰還することができた。

 

「……はぁ。全く、あんな化け物がいるとはな」

 

椅子に大股開きで座り、煙草をふかして嘆息するスレヴィン。

『トート・ダガー班』with無自覚カップルは、スレヴィンと大河、ハリーの部屋に集合し、一息ついていた。

キャロルだけは腕を砕かれていた事もあり、現在は植物型故に比較的高い再生能力とハリーのモルヒネで落ち着いてはいるものの、自室で休ませている。

ハリーもいつの間にやらどこかに消えていたため、この部屋にいるのは現在4名。

窓から自由落下したくせにしぶといスレヴィン。腹を蹴られたダメージが抜けてきた大河。実質的なダメージがないシロとエミリー。

 

「まさか……ムロクさんが……。あんなに親切にしてくれたのに……」

 

「エミリー……」

 

落ち込むエミリーに寄り添い、肩と背中を擦って慰める。

どこからどう見ても付き合っている男女にしか見えないのだが、二人はそう思っていないのが本当に不思議な構図だ。

 

「……トウドウ、ああいうのどう思う?正直俺は羨ましい」

 

「同感だな……」

 

20代と10代男性。いちゃつく二人を見て、少々嫉妬している様子。

特に、片方は現時点においては彼曰く、腐れ縁の雌ゴリラことミッシェルの母(未亡人)に20年近い片思いをしている最中なのだからなおの事。

誰かが彼に、諦めるという言葉を早々に教えるべきではないだろうか。

とはいえそもそもからして、彼の上司には死んだ恋人を20年想い続けているせいで女性にフラれる男もいることを考えると、もしやこの職場に集まる人間の恋愛問題は根深いのではないのだろうかとすら思えてしまう。

U-NASAには、心理カウンセラーはいないのだろうか。

 

「まあ、それは置いておこう。話を戻すとして、あの自称『水無月 六禄』が本当に本人なのかどうかは、この際問題じゃない。あんな化け物が、ターゲットの護衛にいるってことが問題だ」

 

「……俺も、手も足も出なかった」

 

ホテルに帰還した直後に、U-NASAに問い合わせたことで入手した、化け物(六禄)の情報。

それをタブレットに表示しながら、首をひねる。ディスプレイに映っている人物は、間違いなく70は過ぎた老人。

本人はM.O.手術によって若返ったと言っていたが、それが可能な生物として、ある生物が掲載されていた。

 

「ベニクラゲ……若返りによって永続性を持つクラゲか」

 

「それなら、人為変態しなかったことにも理由が付きますわ。しても、意味がないんですもの」

 

ベニクラゲ。

通常成熟した個体が、幼年体であるポリプになることで、寿命という時間制限から解き放たれた、類まれなる生物。

もちろんだが、この生物は不老であって不死ではない。捕食され、死ぬことは往々にしてある。

そして決して、強くも無敵でもない。

 

「人為変態したところで、精々が再生能力の微弱な向上……ってところか。いや、それ以前に本人が強すぎるせいで問題はないんだがな」

 

戦闘能力以外の特殊な能力を求めた手術ベースの場合、戦闘において人為変態することが無意味なケースは多々ある。

彼らは知らないが、中国軍に所属している(バオ)。彼のチャツボボヤによる無性生殖によるクローン作製もまた、この枠に入る。

 

「班長、どうすりゃいいんだ?」

 

「いくつか考えられるが、一番良いのはこいつを無視してロスヴィータを襲っちまうことだ」

 

強力な敵が出現した時、それをゲームで言えば倒さねばいけないボスであると認識してしまう事が多々ある。

しかし、今回の勝利条件はあくまでも『アダム・ベイリアル・ロスヴィータ』の討伐。『水無月 六禄』はその障害でしかない。

相手が強すぎるなら、戦わなければいい。

 

「実際のところ、それは難しいだろうがな。ってなわけで、相性の問題になるんだが……シロが相手をするのが一番だな」

 

「え?俺か!?」

 

「おう。どんだけ強かろうが、人間は人間だ。生物学的限界、物理の限界は超えられない。なら、その限界の上の速度で一発で仕留められる、お前が適任だ」

 

「……なるほどな、分かった」

 

「ただし、無理はするな。足止め程度で充分だからな」

 

パイクリートを素手で砕ける人間も、音速で走る物体には敵わない。

当然のことだが、それがこの場合、各人の相性となっていた。

 

「後は問題は……奴らの拠点か」

 

「あのビルは違ったんだよな?」

 

「ああ、研究設備などはなかったからな」

 

大河の問いかけに、スレヴィンが答える。現在、ロスヴィータの拠点と思われていたビルは違ったことが分かっている。

となると、他にどこかにあることは間違いない。用心棒である六禄がいたことから考えて、そう遠くもないだろう。

 

「しかし、あのビルは何だったんだ?」

 

「さあな?薬中(ジャンキー)集めて何がしたかったんだか」

 

「え?ジャンキーですの?」

 

先にビルを捜索し、中の状況を詳しく知っていた男二人が肩をすくめる中、エミリーが口を開く。

 

 

 

 

 

そんなの見てませんわよ(・・・・・・・・・・・)?」

 

「「ッッ!!!??」」

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、博士殿。すまんすまん、つい遊びすぎちまった」

 

「良いのよ、仕事はしてくれたんだから。でも、あそこはもう使えないわね」

 

「また適当に、良さそうなビル探すか」

 

「ええ、お願いするわ」

 

照明により、明るく照らされた室内。

暴れまわった化け物と、その雇い主が並んでベッドに座って煙草を吸っていた。

どちらも同じバニラの香りがする、同じ箱に入っていた煙草。

 

「なあ、博士殿。いい加減俺の箱からじゃなくて、自分で煙草買ったらどうだ?」

 

「嫌よ。私、煙草が吸いたいわけじゃないんだから」

 

「……じゃあ、何で俺の煙草を?」

 

貴方の煙草が(・・・・・・)吸いたいのよ」

 

「はいはい、分かったよ」

 

煙草を片手に、苦笑しながら頬杖を突く男。

どこか甘いような、そうではないような空気が流れる室内。

 

「あー……」

 

だが、その部屋にいるのは二人だけではなかった。

もっと言うならば、ベッドは一つだけではなかった。

 

「いひひ……けひひ……」

 

「あひぃー……」

 

「あぁぁー……」

 

呻き声がそこかしこで上がっていた。

ベッドの数は数十台あり、そしてそこに寝ている人間も相応の人数いた。

全員が全員、一様に薬で正気を失っていた。そう、あのビルにいた人々の様に。

 

「さぁて、あの連中はいつ頃来るかな?」

 

「私も楽しみだわ」

 

笑う、笑う。彼らは笑う。

そして今、待っている。

 

 

 

 

 




『英雄に成れたはずの男』

   『歴史の残滓』
  
      『切り捨てられた完成』

 『闇夜の海魔』
  
   『氷盾の守護乙女』

  『地獄の快楽』

            『黄金戦斧』

        『逃亡者たち』







最後に残るのは―――――――――?
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