「地下か……」
「はい、パイプ網の埋設図を調べたところ、あのビルが建っていた場所にはかつてマンホールがあり、ビルの見取り図と見比べると出入口はおそらく1階の消火栓が偽装されているものかと思われます」
スレヴィンの呟きに素早く反応し、端末を操作すると二つの図面が画面に表示される。
どちらもだいぶ古い用紙をスキャンしたデータの様だが、見比べると確かにハリーの言った通りになっている。
「侵入方法はあるんですか?」
「穏便なのはあのビルの一階にある、消火栓に偽装された出入り口から侵入する方法だな」
律儀に挙手をして質問をするキャロルに、件の消火栓が設置されているポイントにマーカーを付けながら答える。
その言い方が気にかかったスレヴィンが、そっと手を挙げた。
「……その口ぶりだと、穏便じゃない方法もあるみたいだが?」
「『
「それダメなやつじゃねーか!!」
「ウチの国のトップなら、外交的に駄目な部分は黙らせられますが?」
「だからなんだけどねぇ!?」
天使の梯子。
21世紀に机上のプランのみ作られた、衛星兵器『神の杖』というものがある。
概略としては、人工衛星に搭載された金属棒を投下し、その落下エネルギーで地上を破壊するというもの。
当たり前だが、これは机上の空論に終わった。
が、それを対地下人員突入用として再プランニングした物が、天使の梯子だ。
内容は極めてシンプル。下部が尖ったカプセル内を特殊なゲルで満たし、その中に人員を入れる。
飛行機で超高度からそれを落とし、岩盤を貫通して直接地下施設内へ突入要員を送り込むというもの。
落下の衝撃は充填されたゲルが殺すため、内部の人員は無事というのが、一応の理屈だ。
砂漠地帯にて猿での動物実験が行われた際には、中の猿は無傷だったとされている。
なお、これを作った人物は一時アダム・ベイリアルの一味ではないかと疑われている。結局は違ったのだが、それが尚の事恐ろしい。
「く、天使の梯子はなしだ……。あんなもん街中で使えるか……」
「まあ、ですよね。流石に郊外とかならともかく、こんな街中で、しかも一国の首都なわけですし」
「それを外交的には黙らせられるって言うお前が怖えよ……」
大河の言葉に、目は笑わずに微笑むハリー。
そういうところが怖いのだと、流石に大河も口を噤んだ。
「後は一応、例えば街中のマンホールから侵入する方法もありますが……。こちらはパイプ網の埋設図から調べてみましたが、複雑すぎる上に古すぎるので、本当に現在奴らが使っているスペースに繋がっているかは不明ですね」
「となると、結局その消火栓から入るしかないわけか」
「そういうことですね」
こうして突入口は決まった。
それならば次は、どう攻めるかだ。
「消火栓から入ったら、どういうルートになるんだ?」
「多少手は入れられていても、パイプ網自体に大きく手を加えることは難しいはずです。なので、基本的には拠点そのものは元からある広いスペースを使うものと考えられます」
「と、なると……ここか」
スレヴィンが指さす一点。
そこは、地下に作られた巨大な貯水施設だった。
その周囲にはいくつか小サイズの貯水施設もあり、元々は一か所ではなく分散して雨水を貯める構造だったのだろうが、こうして見ると確かに地下に秘密基地を作る。という目的には適している。
「ええ。ですので消火栓から入り、敵がこのポイントに行くまでに普段使いしているであろうルートを通ります」
「うん?そんなんで良いのか?そういう通りやすい道ってこう……罠があったりとかするんじゃないのか?」
「いや、その可能性は低いと思うわ。地下に埋設されたパイプ網に元々人が住んでいたのなら、きっと寒い環境でも生活できるよう、暖める何かが……ああ、やっぱりね。ほら、大河見て。ガスのパイプがすぐそばを通っているから、侵入者迎撃用の罠の設置も難しいはずよ」
大河の疑問に答えるのは、同じアーク計画の仲間であるキャロル。
スレヴィンを始めとした他の面々には、まだ些か固いところがあるが、同志が相手ならば別なのだろう。
「そういうこと。流石警察官だな。立て籠もり犯の相手はお手の物って感じだな」
素直に出たハリーの言葉。
しかし、それに反応してしまう二人がいた。
正確には、警察に反応してしまう二人がいた。
「えっ……?!け、警察?!」
「し、シロくんと私は無罪!無罪ですわ!」
「……いや、こんな状況で貴方達を逮捕したりしないわ」
「U-NASAの関与していないM.O.手術の時点で予想してたが、お前らやっぱ密入国か」
「我が英国は優秀な人材をいつでも募集中。新しい身分証、新しい生活、新しい仕事。全部用意しよう」
「お前は元とは言え軍人の前で他国民を引き抜きすんじゃねえよ?!せめて終わってからな?!」
「警察の目の前で違法な取引を堂々と……」
「え、えーと……?考えておきま……す……?」
「決心がついたらここへ連絡を」
「……誰か、この空間から俺を助けてくれ…………」
大河のつぶやきは、5人の喧騒の中に消えた。
結論から言えば、地下への潜入と侵攻は想像以上にすんなりと進んだ。
喧噪の後に装備を整え、6人は予定通りに消火栓から地下へと潜り込んだのだが、流石にブービートラップの一つでもあるかと思いきやそれはない。侵入を阻むバリケードも存在しない。テラフォーマーでも放たれているかと考えるがそれもない。
地下パイプの中を走る彼らの道筋を阻む物は、何一つとして存在しなかった。
「…………………………」
だが、それを楽観視できる人間は、彼らの中には誰もいなかった。
相手は、人智を侵す毒虫。アダム・ベイリアルの一角。
それに加えて、判明している戦力だけでもテラフォーマー、そして『
罠など必要としない戦力。
それが待ち受けていると予想できて、なぜ楽観視できるだろうか。
誰かが唾を飲み込む音が聞こえる中、辿り着いた目的地の部屋に、
「ようこそ、ロスヴィータ博士殿への刺客諸君。待っていたぜ?寿命迎えちまうと思うくらいにな?」
「アタシもセンセーも、待ちくたびれちゃったー」
「……そうであってくれれば良かったよ。しかも、新手までいやがるし」
黒髪に、首に着けられた黒いチョーカー、バニラの匂いのする煙草を咥えた男。
『水無月 六禄』が部屋のど真ん中で事務椅子にふんぞり返り、椅子の後ろから支えている女の豊満な胸に頭を預けて座っていた。
女の方は日焼けサロンにでも通っているのか、彼女の肌は褐色に焼けており、金髪と一般的にアメスクと呼ばれる格好も合わさって軽い印象を受ける女だ。
とてもではないが、ロスヴィータには見えない。
「おっと、そういえばこいつは初顔だったか。ルイズ、お客さんたちに自己紹介しな」
「はーい、センセー!アタシは『水無月 ルイズ』!よろしくーぅ!」
「待って?待ってルイズ?俺はお前に俺の苗字あげた記憶はないぞ?何をどさくさに紛れた?おい?おい?」
「いたーい!?センセーいたーい!?」
頬を抓られる女────ルイズと、その頬を抓っている六禄を見て、一同は同じ感想を抱く。
「なんだこいつら……」と。
「さて」
そういう空気を察してか、六禄が手を叩いて改めて注目を集める。
「今回の実験のルール説明だ。この広間にはプランAからCまで3つの扉がある。それぞれその先に1つずつ実験プランが用意されている」
彼は親指で自身の後方にある、3つの扉を指さし口を開く。
そう語る彼の指す扉を見ると、確かにそれぞれの扉にはAからCまでのアルファベットが書かれたプレートがかけられている。
「それぞれの部屋の先は全て同じで、抜ければ少しの廊下の後にプランEの部屋に繋がっている。そこにロスヴィータ博士殿はいるわけだが、まあそこまで行けるかどうかはお前たち次第だ。……頑張れ若人たち、クカカッ!」
笑う六禄をルイズが事務椅子を押して、Cの扉まで移動する。
隙だらけの姿なのに、誰一人動くことができない。
自分たちを蹂躙し、ビルの床を踏み抜いた姿を思い出すだけで、ただ、彼の説明を聞くだけとなってしまう。
「俺はプランCの部屋で待っている。部屋分けができたら、勝手に入りな。……ああ、同じ部屋に何人で入っても良いけど、各部屋最低でも1人は来てくれよな。どこかの部屋に1人でも入ってないってなると、その時点で俺たちはトンズラこかせてもらうからな」
そのままスルリ、とCの扉の中へと入っていく六禄とルイズ。
残された面々は自然と顔を見合わせる。
「……で、どうするよ?」
「まあ、本来的には戦力分散は愚の骨頂だな」
最初に口を開いた大河に、スレヴィンがマッチで煙草に火を点けながら答える。
その眉間には皴が寄り、今にもため息をついて難儀だと口にしそうな状態。
「ですが、奴らの目的が実験であるならば、水無月の言葉の通りにするしかないでしょう。ここで散らずに進んで、逃げられたら適わない」
「じゃあ、俺がCってのは確定か?」
「ああ、最初の予定通りに、君には水無月の相手をしてもらう」
「後はあみだクジってか?」
「それでもいいだろう。どうせC以外の先の事は分からんからな」
言いながらも自然と足が動き、それぞれが扉の前に立つ。
「よっしゃ、行くぜ!」
「油断はしちゃダメよ」
Aの扉……東堂大河及びキャロル・ラヴロック。
「俺たちはこっちだな、JB」
「ジャック・バウアー?」
「ジェームズ・ブラウン」
「古典音楽!?」
Bの扉……スレヴィン・セイバー及びハリー・ジェミニス。
「シロ君!シロ君!」
「はいはい、俺たちは決まってるだろ」
Cの扉……シロ及びエミリー・オーランシュ。
「部隊長として、全員に最上位命令だ。『生きて集合』、以上」
「「「「「了解!!」」」」」
それぞれが足を進め、扉を開けて潜る。
待ち受けるは機械と生物の実験場。