ディートハルトファンの方、どうぞ!
ドイツ5班は善戦していた。
脱出艇に近付く敵は、ディートハルトとイザベラが圧倒的な力で屠り、他のテラフォーマーはアドルフの
この分ではこの窮地を脱することも不可能ではないと、誰もが思っていた。
「じぎぎぎ……」
奴が、現れるまでは。
そいつは、他のテラフォーマーと違って髪がなかった。
そいつの額には、何かの模様があった。
そいつには、表情があった。
「…なんだ、あいつは………?」
ディートハルトの口から、疑問が漏れる。
そいつが『バグズ2号』に搭載されていたであろう車を、通常のテラフォーマーに運転させてきたのは良い。
そいつが先ほど自分が倒したのと同じ、筋骨隆々のテラフォーマーを3体従え連れて来たのも良い。
しかし、笑うのだけは、看過できない。
テラフォーマーには、感情がない。
恐怖がない、痛みがない、喜びはない、怒りはない、楽しみはない。
あるのは本能だけであるはずなのに。
笑った。
奴はそれだけ、
そのことが、看過できなかった。
咄嗟に
…いや、できるのだろう。
ディートハルトは、一瞬の思考の末にそう判断した。
自分の知っているアドルフは、ここで終わるような男ではない、と。
車から降りたスキンヘッドのテラフォーマーが、自分たちを指差して何かを言っている。
それに反応し、周囲のテラフォーマーたちが背筋を正して傾聴する姿を見ると、あれは間違いなくテラフォーマーたちのトップ、もしくはそれに順ずる地位の持ち主であることは、想像に難くはない。
テラフォーマーを統率するテラフォーマー。
その存在は、衝撃的だった。
しかし今、一体のマッチョなテラフォーマーが取り出したものが、更なる動揺を誘った。
「は…た………?」
『エヴァ・フロスト』が、思わず声を零す。
それは、旗だった。
旗は集団の象徴であり、伝令を出すのにも使える。
その存在は、テラフォーマーたちが自分たちが想像していた以上に知能があること、自分たちが想像だにしていなかった統率があることを意味していた。
そしてもう一つ。
統率者の登場により、統率を持って動くテラフォーマーたちは、『絶望』となって自分たちに押し寄せてくるということを意味していた。
ドイツ5班に、絶望の空気が流れ蔓延し始める。
優勢が覆ったとき、人は絶望するのだ。
「…だから、なんだというのだ」
本人すら知らず、ディートハルトの口からは、そんな言葉が漏れた。
「…ボス、私に命令してくれ」
そして、一歩歩む。
それだけで、地鳴りがした。
「ただ、一言」
彼の歩みは、その手術ベースのそれ。
地上において比類なき、最大の生物。
「奴らを踏み潰せと!」
「…ディートハルト、俺に続いて奴らを踏み潰せ!」
「アイアイサー!ボス!!」
アドルフは粉末状の、ディートハルトはペーパータイプの薬をそれぞれ更に摂取する。
『M.O.手術』は、人間と他の動物という本来相容れないものを同調させるための手術。
薬は、そのバランスを崩して手術ベースとなった生物の能力を引き出すためのもの。
では、その薬を過剰に摂取すればどうなるか。
20年前、薬の過剰摂取をしたある『バグズ2号』の隊員は、よりその生物の特徴が強く現れそれまで以上の力を引き出せた。
これは、正の面だ。
薬には負の面、副作用がある。
過剰摂取によりバランスが崩れすぎると、二度と人には戻れなくなり、人間と手術ベースが拒絶反応を起こして死に至る。
「「オオオオオオオォォォォォオオォォォォォォッッッッ!!!」」
『デンキウナギ』は、主要な臓器を頭部周辺に押し込め、発電機関を持つ尾鰭との間に分厚い脂肪層を挟むことで自らを守っている。
しかし、
だからこそ、全身に制御装置を埋め込んでその身を守っていた。
だが、薬の過剰摂取により増大した電力は、その制御装置を破壊するほどの威力を持っていた。
上半身の衣服は破け、半裸となっていた。
下半身も膝下がはじけ、着れる物ではない。
2m以上の巨体が、3m以上になっても着れるように作られた衣服が、破けた。
その肉体はより巨大化し、もはや4mはあるだろうか。
その巨体を維持するために腕は足のように太くなり、四足で身体を支えている。
鼻は更に伸び、口からは牙が生えた。
「班長!ディートハルトォォォッッ!!」
誰かが、彼らを呼んだ。
2人を引き止めるために。
しかし、その声が引き金となったのか、彼らは駆け出す。
アドルフが先行し、特殊な手裏剣を投げる。
それは、彼の電気に指向性を持たせるための避雷針。
それが刺さったテラフォーマーたちは、即座に感電させられ絶命して逝った。
そうして開いた道に、ディートハルトが突撃する。
人間が生身では象に立ち向かうこともできないように、
その姿は正しく、『闇を切り裂く雷神』と『全てを蹂躙する巨兵』。
「じじょっ!?じょうじょじょじょうじ!!じぎぎぎぎぎ!!!!」
焦ったように統率者が部下たちに指示を出すも、既に遅い。
降りしきる雨の中、一筋の閃光が統率者を狙う。
咄嗟に傍に控えていた上位個体が旗で防ぐと、それはアドルフの手裏剣だった。
それを見た統率者は、ニヤリと蔑む様に笑う。
「残念だったな」とでも言うように。
しかし、天候は雨。
それも豪雨。
そしてここには、電気を操る男がいる。
ドオオォォォォンンッッッ!!!!!
側撃雷、というものがある。
雷が木に落ちたときに、その半径4m以内にあるものに通電する現象のことだ。
火星には師はなく、書もない。
側撃雷を知らない統率者は、避雷針の付いた旗に落ちた雷に打たれ倒れた。
雷の電圧、6億V。
それが統率者へと落ちた。
統率者が倒れたことにより、動きを止めるテラフォーマーたち。
これで終わりだと、誰もが思った。
車を運転していたテラフォーマーが、足で統率者の心臓マッサージを行うまでは。
彼らは知っていた。
少なくともこうすれば、血流が動くことを。
そして彼は動いていた。
「オオオオォォォォォォッッ!!!」
ディートハルトは、動いていた。
『奴らを踏み潰せ』。
それが、班長からの命令。
それを遂行するために、全員が動きを止めたときも、動いていた。
切り立った崖を、その巨体に見合った強靭な四肢で、時に鼻を使って駆け上がった。
『アフリカゾウ』ならできなかった。
これは、『掴む』という動作のできる人間の手を持った、『ディートハルト・アーデルハイド』だからこそできたこと。
「ウゥゥゥオオオォォォォォォォォッッッ!!!!!」
「じじょっ!?」
蘇生措置を行っていたテラフォーマーを、駆け上がった勢いのまま跳ね飛ばし胸部を踏み潰す。
崖の上に残ったテラフォーマーは、倒れ臥した統率者一体。
崖の下でドイツ5班を襲っていたテラフォーマーたちが、我先にと崖を上りディートハルトに襲いかかろうと、統率者を救おうと動き出す。
だが、全ては遅い。
問い.ゴキブリを見つけたとき、人はそれをどうするか。
「オオォォォォッ!!」
答え.潰す。
ディートハルトの足が、まるで地球で人がゴキブリにそうするように、踏み潰した。
大きいことは、強いこと。
テラフォーマーと人間の関係性を、ゴキブリと人間にまで引き下げられました。