「ようこそ、お二人とも。私の管轄するAの扉へ」
Aの扉を開けた2人を出迎えたのは、背中からいくつもの機械腕を生やした男性だった。
彼は椅子に座っており、その手に握られたマグカップからは、珈琲の匂いがしている。
どう見ても、ちぐはぐ。
だが、その男に見覚えのある人間がいた。
「貴方は……まさか!?」
「知ってるのか?」
キャロルは、男を知っていた。
「
「連続殺人犯!?」
「おや、私をご存じで?」
10年程前の事だった。
アメリカはニューヨークを襲った、恐怖の連続殺人事件があった。
最初は絞殺死体が、街灯に吊るされているのを発見された。
次は腹部を引き裂かれ、臓物を広げた状態でゴミ捨て場に置かれていた。
次は頭部を銃で撃ち抜かれた状態で、道端に捨てられていた。
次はドラム缶の中で炭になるまで焼かれた死体が、ビルの一室から見つかった。
次は頭以外を執拗に殴打され、骨がぐちゃぐちゃになった死体が民家の庭に放置されていた。
次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は次は────
「ニューヨークの殺人見本市と呼ばれた男ッ!」
「ええ、その通りですね」
────そうして殺した、
未発覚の事件も含め、殺しに殺した。
大いに多種多様の殺し方を試した。
そして当然の様に警察に捕まり、当然の様に死刑判決を受け、当たり前の様に死刑執行となった。
「……死刑になったはずなのに!」
「いやあ、私も死ぬかと思いましたよ」
「そこは死んでおけよ!」
「シンプルな暴言ですね……さて」
飲み干されたマグカップが落され、パリンと割れる。
そのまま椅子から立ち上がると、背中のサブアームが蠢き活動を始める。
「実験を始めましょうか」
「……おい、あの面見覚えあるんだが」
「奇遇ですね。俺もですよ」
「アア、オ前タチハ、ソウダロウナ」
Bの扉をくぐったスレヴィンとハリーが見た物は、まさに
ただ、その頭部だけが違った。
頭部は生身だった。
────培養液のつまったカプセルに浮かぶ生首というだけの話しなのだが。
「お前が此処にいるって事は、つまりこの実験にはオリヴィエの奴も関わっているって事か?『
「……ソノ下賤ナ口カラ、オリヴィエ様ノ尊名ヲ出スンジャナイ。シカシ、答エテオコウ。アノオ方ハ関係ナイ」
「本当か……?」
「それ以上に水槽に浮かんだ生首が喋っているっていう状況に、俺の頭が拒否反応を起こしているんですが」
「慣れろ、俺は色々あって慣れた」
「人として慣れたくなぁい……」
「で、お前報告だと死んだはずじゃなかったか?」
「アア、ソノハズダッタ。ダガ、生カサレタ。……デカルトノ暗殺者ニ、首ヲ拾ワレテナ」
「あの化け物、あの現場にいたのかよ……」
どうりであるはずの首が、あの事件の後見つからないと思ったわけだ。スレヴィンがそう思いながら、
それに倣い、ハリーもまたライフルを構える。
そしてルイスもまた、槍を構えた。
「それじゃあ、早速だけども」
「急かすようで悪いけどよ」
「実験ヲ始メヨウ」
「ここがCの部屋……」
「えーと、ムクロさんは……?」
シロとエミリーがCの部屋に入り、入り口からキョロキョロと見渡すと奥に彼らはいた。
「はーい、いらっしゃーい!センセー!2人来たよ!2人!」
「はいはい、そうだなー。じゃあ、お前はそっち行って座ってろー」
「はーい!」
ルイズが六禄の傍を離れ、部屋の隅に置かれていた座布団に正座する。
それを見届けてから、ゆっくりと、腰や膝を労わる様に摩りながら「あー……どっこいしょー……のしょ……」と立ち上がる六禄。
見た目の若さに対し、その動作は完全に老人の
老人の様な若者ではなく、若者の様な老人だと分かる動きだ。
「それじゃあ、始めようかお2人さん」
「……ああ」
「負けませんわー!」
六禄が自身の首……正確にはそこに取り付けられたチョーカーに手を触れ、装置を起動させ「……あれ?」……させようとして、首を傾げる。
「ルイズー!これどうやって使うんだっけー!?」
「先に準備!準備が必要なんだよセンセー!」
「悪い!やり方忘れたから頼んだー!」
「はーい!」
「完全に要介護老人じゃねえか……」
「ボケ老人ですわ……」
「一番傷つくからそういうのやめてくれる?」
奥に用意されていた扉の開閉スイッチを押しに行くルイズと六禄のやり取りを見ていた密入国カップルの言葉に、ここ最近で一番傷ついた六禄が悲しみの目を向けてくるのが何とも哀愁を誘う。
「いやー……80歳越えるともうね、人間ダメだわ」
扉がスライドし、ゆっくりと開いていく。
「そんなダメな爺さんでもね、まだまだ得意な事の一つや二つってのはあるわけよ」
扉が開き切ると、そこからゾロゾロと人々が入って来る。
しかしその足取りはフラフラと頼りなく、そして意思を感じさせないもの。
「いやいや、人殺しが上手いってだけじゃないんだ」
「ひ……ッ」
六禄のチョーカーからコードが伸び、人々の首に後ろから突き刺さるのを見たエミリーから、思わず悲鳴が漏れる。
だが、コードが刺さった人々は倒れる事はなく、逆にフラフラした様子が消えシャキッと立ち上がる。
「結構な、マルチタスクってのも得意なんだよ」
その立ち姿は、まるで
「さあ、実験を始めようか」
「そろそろ始まるわね……」
A、B、Cのそれぞれの部屋から繋がる最奥。
各実験室の様子をモニターで見ながら、彼女は────アダム・ベイリアル・ロスヴィータは最後に資料を確認していた。
そこに記載されているのは、至極真っ当で、そして生命倫理に反した内容。
今回の実験の概要が記載されていた。
「この実験で成果が出れば、私の研究は更に飛躍するわ。……ここまで苦労したわね」
そうだ、この実験のために苦労した。
アダム・ベイリアルにコンタクトを取り、その一因となった。
資金はともかくとして、土地を確保し改造した。
ルイスの首を急いで培養液に漬け、脳細胞が死ぬ前に頭部だけでも生存できるようにした。
得られた細胞からクローンを作り、使い勝手の良い
何故かできたクローンは女子になったが、一卵性双生児でも男女分かれる場合もある。極めて低いが確率を引いてしまったのだろう。
大量の麻薬中毒者を用意し、都合の良い実験材料や検体を用意した。
連続殺人犯、クロノス・パイパーを死刑執行した事にして出所させたのには骨が折れた。アダム・ベイリアルの力がなければ、単独ではできなかっただろう。
「そう、この実験が成功すれば、人間はより完璧に近付く」
思わず口から出た言葉。
だが、これを言う度に彼女の脳裏にはかつての師の言葉が蘇る。
きっとそうだ。彼なら今の彼女を見て、こう言うだろう。
「アプローチは良いんだ。それにとても素晴らしい技術だと思うよ。しかしだね。それは私が求めるソレではない。それでは────」
────完璧には程足りない。