『クロノス・パイパー』という連続殺人犯が捕まった時の事だ。
57人もの人間を、それぞれ異なった方法で殺害した殺人犯を、各メディアでは
まるで現代のジャック・ザ・リッパーかのように扱い、正体不明の殺人鬼は謎の恐怖として扱われていた。
犯人が警察に捕まり、報道発表がされた時に人々は驚いた。
彼は何と、ホームレスだったのだ。
それも、名門の大学を卒業し、投資で資産を持ちながらわざわざホームレスをしていたという。
この時代、ホームレスなどどこにでもいる。
そしてホームレスが街中を歩いていても、誰もが空き缶拾いか残飯拾いだと思い込む。
それが殺人鬼の品定めであるなどとは思うことはなかった。
警察官や検察官の取り調べに、彼は驚く程従順だったという。
自らが犯した事件を、最初から最後の57人目まで、なんの過不足も虚飾も誇張もなく、必要な分を必要なだけ証言した。
その証言の中に、こんなものがあった。
「面白いですよ、ホームレスというものは。そこに人間がいるというのに、誰もがそこに誰もいないとして扱うのですから。こんなにも殺人鬼にとって都合の良い隠れ蓑は、他にはなかったですとも」
後に弁護士が接見した際に、彼は自らの減刑を望むことはなかったという。
「実験の条件提示のために、先に言っておきましょう。私はM.O.手術は受けていません。正確には、免疫寛容造を移植こそしていますが、それ以外の異物は入っていません」
「……犯罪者の、それも連続殺人犯の言う事を信じるとでも?」
いけしゃあしゃあと宣うクロノスに、キャロルが冷たく答える。
それに
「私、これでも警察の方々への証言は正確でしたので、信じていただけるかと」
「それで、その背中のはなんだよ?」
「ええ、これからその話を。こちら、博士の作りました
大河の問いかけに、自らの背中の装備を指さして答える男。
機能増設型、つまるところその答えはいたって単純。
「端的に言えば、人体に無いパーツを人為的に増設する……機械的なM.O.手術ですな」
「うおぉっとォォ!?」
そう言いながら大河へ高速で襲い掛かる、クロノスの背中から離れた刃付きワイヤー。
不意打ちで放たれたそれを刃で打ち落とすと、クロノスはよくできましたとばかりにパチパチと拍手をする。
「いやはや、素晴らしいですな。才能ある若手。眩しいものです」
「不意打ちかましといてよく言うなぁ!?ルーマニア来てからこんなおっさんたちしか見てねえ気がするぜ!!」
「Cの部屋の老害とは一緒にしないで欲しいですな!!」
その言葉と共に、蠢く数多のサブアームが2人へと襲い掛かった。
「フンッ!!」
「撃鉄下ろす暇くらい寄越せよ!!」
「あっぶな!?髪掠った!?」
Bの部屋でのスレヴィン&ハリーVSルイスだが、こちらはこちらで騒々しい状況になっていた。
ゲガルド家に伝わる槍術を、機械の肉体でありながらも卓越した技量かつ高速で振り回すルイスに、スレヴィンもハリーも反撃の余地も無く回避と逃走に専念させられていた。
「クッソ!!シドの野郎とやり合った時以来だぞこんなの!!」
「シド?……アア、シド・クロムウェル、カ。アレト戦ッテヨク生キ残レタナ」
「我ながら本当に……な!」
話しながらタコ墨をルイスの頭部が浮かぶ水槽へと吹きかけ、目潰しを仕掛ける。
しかし、
「甘イナ」
それは容易く、槍を回転させる事で塞がれてしまった。
だが、スレヴィンが欲しかったのはその槍を回転させる、目潰しから身を守るというワンアクション。
攻撃をしてこない、その値千金の一瞬が欲しかった。
ガチリ、と硬い音が鳴る。
例えばの話をしよう。
コンクリートの床を踏み砕いて階下まで吹き抜けを作れる人類がいるとする。
この銃にそれはできない。
ただし、当たった人体を爆発させる威力の特殊かつ強力な銃弾を、多数放つ事はできる。
問題はそれが十全に効果を発揮するのは、表面が硬くない場合という限定があるのだが。
スレヴィンの放った銃弾は、ルイスの装甲を貫通する事なく表面で花開いていた。
「クッソ!やっぱ金属装甲相手には通りが悪い!」
「なんで貫通力低いホローポイント弾ばかり持って来てるのアンタ!?」
「対テラフォーマー用ってのと、普通は表面が金属装甲の人類はいないんだよ!!」
「ソモソモ『ダムダム弾禁止宣言』デ、対人使用ハ禁止サレテルダロウ」
「敵にそこ指摘されるの、ちょっと胸が痛むんだよなぁ!!」
確かに通りの悪い武器ではあるが、それはそれとして50口径の拳銃。
その威力だけでルイスの足を強制的に止めさせることができるので、全くの無意味というわけではないだろう。
実際、ルイス自身バランスを無理矢理崩されてしまい蹈鞴を踏まされているのがその証明。
とはいえとはいえ、決定打には成り得ていないのもまた事実なのだが。
「ロケラン!ロケランが欲しいなハリえもん!!」
「しょうがないなぁ、スレ太くんは!!てってれー!!」
「あるの!?」
「ミサイルの発射スイッチ〜!」
「しまえ!!」「シマエ!!」
軽い気持ちで話を振ると、とんでもない物を取り出そうとするスパイ。
この近辺一帯を吹き飛ばしかねない秘密道具を、まさかの敵と味方共同でストップするという事実が物悲しい。
とはいえ、このやり取りでそれぞれ毒気を抜かれてしまったのも事実。
一時休戦とばかりに会話に入る。
「しかし、お前とあの激ヤバ若作りが一緒って事は、この件にゲガルド……いや、オリヴィエは絡んでるのか?」
「分カッテイルクセニ白々シイ。否ダ」
「だろうな」
あの日、ルイスは主君にその肉体を奪われ、首はもげ落ちた。そして残った肉体ですら、ドロドロに溶けてしまった。……っと、報告では聞いている。
完全に使い捨てとして扱われていたのは明白であり、わざわざ首だけで生かしてやる理由もオリヴィエたちにはない。
ここにルイスがいるからといって、槍の一族が絡んではいないのはあまりにも明白だった。
「アノ瞬間、忠義ガ揺ライダ私ニ、今更オリヴィエ様ノ元ニ戻レル訳モナシ。拾ワレタ義理モアル、食客トシテ雇ワレニ甘ンジルトモ」
そのまま死ぬはずだった彼にとって、今のこの状態はオマケの人生。
ならば、新たな義理に甘んじるのも生き方の一つ。
そこに自分のクローンが作られて、しかも何故か女になっているのは生命の不思議なのだが、そこに関しては無視して飲み干す事にしている。
「トハイエ、一族ト敵対シテイタアノ老害ト関ワル必要ガアルノガ甚ダ不本意ナノダガ」
「「それはそうだと思う」」
「イィッキシッ!!」
「先生大丈夫~?」
「ん~、年寄りにはルーマニアはちと冷えるかもな」
くしゃみをした男は事務椅子に腰かけ、なんなら足を組んで後ろに傾き、車輪を前半分浮かしてバランスを取っている。
咥えた煙草から浮かぶ紫煙がくるりくるりと薫る。そばに若い女も侍らせたその姿は、余裕そのもの。まるで休日の様な穏やかさ。
「オオオォォォォオッッッ!!??」
幾十人もの達人たちに襲い掛かられている、少年がいないのであればまさにその通りだっただろう。
高専柔道、サンボ、詠春拳、サバット、シラット、キックボクシング、シュートレスリング、ムエタイその他etcetc……。
それぞれ異なる武術を行使して、シロを攻撃していた。
誰1人として、そんな達人であるなど見えないのに。
「うーん、こうしてると俺自身のおさらいにもなるな。人間身一つでできる事なんて、文字通り限られているからな」
「特定の武術の練習も、一度に一つしかできないわけだしね」
「そうそう。クカカ!それにしても全然当たらんか!俺の功夫もまだまだ足りんらしい!」
達人たちの攻撃をその速度を活かして全て避けるシロを見ながら、六禄はぷかぷかと煙草をふかしながら笑う。
己の伸び代を知ったからか、それとも生きの良い若者を見た老人だからなのか。
どちらにせよ、シロ自身は必至であるのにも関わらず笑って見ていた。
「エミリーちゃんもこっちに来て見てると良い。茶と茶菓子くらいはあるぞ」
「え、今の状況でそんなお誘いされる事ありますの?!」
「俺ね、折角なら若くて可愛い子に囲まれていたいタイプ」
「先生老害~」
「うっわ、弟子に面と向かって老害と言われた。嘘だろ、おい」
「ちったぁ真面目にできないかなぁ!?」
襲われ続けているにも関わらず、自分以外は緩い空気でいられることに流石にキレたシロが叫ぶと、六禄がそちらに改めて目を向ける。
「なーに言ってんだ若造。真面目だ真面目。さっきも教えたが、
「だからってそういうことじゃないだろ!?」
そう、誰もが思った事があるであろう。
『体がもう一つ欲しい』と。
それを叶えるのが六禄に預けられた、チョーカー型の装置。
チョーカーから伸びる人工神経を他者の脊椎神経に接続し、接続された生き物を無理矢理に操作する機能があるそれこそが、シロを襲う達人たちが達人である理由。
人体操作型M.O.H『コントロール』。
「なんなら手っ取り早く最低限求めるだけの動きができるようにするために、ドーピングとかまで色々やった特別性だぞ。なんか山田だか中本だかいうアダム・べ、べ……べ……?」
「ベイリアルだよ、先生。あと山田でも中本でもなくて田中だし、しかも兄弟」
「それだわ、ルイズナイス。まあ、そいつらが遺した技術を流用したとかでな。俺はそういうの分からんし、ロスヴィータ博士殿にも自分の研究があるから、データ渡してルイスに丸投げしたんだけど」
「知らない人がブラック下請け受注の被害者になった事だけは分かりますわ!?」
「遺伝的には私の双子のお兄ちゃんになるかな〜?」
「身内の犯行ですわ〜!?」
ふざけた様子を見せ続けるが、シロにとっては明らかなピンチも良い所。
明らかな脳の老化を感じさせる物忘れと、それに反する他者操作の精密性。
有線式故のケーブルの存在という
それをたった一つの脳で行なっている、明らかな人体のバグ。
「さあて……まるで当たらないし、そろそろギア上げてみようか!」
「ク……ッソタレェェェェッッ!!!!」
迫り来る老害の脅威から、シロは隙を伺いつつ逃げ惑うしかなかった。