Cの部屋での
「ふむ、ふむ。なるほど。
「……あん?」
「なにを……?」
クロノス・パイパーが両手を挙げ、降参の意を示す。
なんなら「もう抵抗はしませんよ」とばかりに挙げた掌をヒラヒラさせている。
しかしその体には傷一つなく、しかしキャロルと大河は既に致命傷はないとはいえ傷だらけ。
それでも、クロノスは降参していた。
となれば2人も怪訝な顔をするも、警戒を解く理由はない。
「いやあ、無理でしょうこれ以上は」
そう言う彼の背から伸びるM.O.Hのサブアームたちは、既にどれもこれも損壊している。
火炎放射器はノズルが切断され、刃の数々は砕かれ折られている。
だが、キャロルや大河たちが相対してきた相手たちならば、ここから残った五体だけでも充分に闘志を見せてきたはず。
しかし、クロノスは違う。
「そもそも私、趣味で人を殺していただけの連続殺人犯ですよ?戦闘のプロでもないのに、ここまでよく保たせた方だと思いますよ?」
彼はただの、本当にただの連続殺人犯でしかないのだから。
とは言え、キャロルや大河が知る連続殺人犯と言えば、例えば『ダリウス・オースティン』。彼もまた、他の戦闘を生業としてきた者たちに比べれば、
だが、彼が2年前に起きた『
だから、覚悟をしていたのだ。目の前のこの男もまた、最後まで戦うであろうと。
「……降参する、ということは。つまりこのまま逮捕される、ということなの?」
「いや、まさか。貴女は警官の方で?でも、この地の警官ではないでしょう?捜査権はないはずだ」
「逮捕権は誰にでもあるわ」
「現行犯に限り、ですな」
「え、そうなのか?初めて知ったぜ」
「ええ、そうね。丁度暴行傷害罪の現行犯で逮捕できるわ」
「しかし、それではそれ以上の罪での起訴はできませんねぇ。別件逮捕ですから、余罪追求という形になるでしょう。それは違法だ」
「でも、脱獄犯の逮捕なら話は別よ?」
「ああ、それもダメですねえ。私の死刑は執行されたんです。結果としては生きてますが、刑に服したのは変わりません。脱獄犯ではないですよ」
まあ、出て来た手続きだのなんだのが合法とは言い難いですが。
そう締めくくり、彼は部屋の奥の扉を開ける。
「これにて実験は終了でございます。こちらより、先へお進みください」
指し示される扉の先には、廊下の様になっている太いパイプが繋がっていた。
この先に進めば良い。そう、彼は告げる。
「本当にこれ以上戦わねえのか?」
「ええ、勿論ですとも。何せこれは戦いではなく、実験だったのですから。私のM.O.Hが破壊された以上、これでおしまいです」
「……あなたは、なんでロスヴィータに?」
訝しむキャロルの問いかけに、微笑んだ。
「私は薬殺刑でした。塩化ナトリウムを注入され、眠る様に死んだ私の心臓を機械に挿げ替え再び生かしたのが彼女です。曲がりなりにも生かされた恩があるのならば、それに応えるのが道義でしょう?」
恭しくお辞儀をしながら、まるで真人間かの様に連続殺人犯は言う。
道義を理解し、ただそれでも57人を趣味で殺した男。
その言動から、まるでそのことに罪悪感を感じていないであろう男。
大義という大義名分も、信仰という狂気も、突き動かす衝動も、何もかもなくただ趣味で殺して来ただけの男。
「……行こうぜ、キャロル。これ以上、こいつとは話したくねえ」
「ええ……そうね……」
まるで理解できない存在を前に、大河とキャロルも関わることすら理性が拒絶をしてしまう。
クロノスの前を通り、扉を抜けた2人の背に声がかけられる。
「さて、私の担当するAの技術は、類似した技術が近い将来には普及するだろうと、ロスヴィータ博士は予測されています。おそらくは節足動物型の様な、複数の手足がある生き物を手術ベースとしたM.O.手術被験者たちの汎用的な強化ユニットとして、と」
「……それが?」
「いえ、これは所感なのですがね?BとCは兵器開発としては
彼女は何をしたいんでしょうね?
連続殺人鬼の口が、弧を描いた。
「あらあら、まあまあ」
暗くモニターの明かりだけが照らす機械に囲まれた空間で、ロスヴィータは実験のリアルタイム映像を見ていた。
AとCの実験は終わり、Bの実験がまだ続いているが些か予想外だったと言えよう。
クロノスが破れる事はあっても、まさかあの六禄が縛りと老いがあったとはいえ一撃を受けて倒れるとは。そんなことは、想定しても実現されるとは思いもしなかった。
だが、理解できなくもない。
「
どこまでも死から遠ざかる彼の肉体。
どこまでも生きたがる彼の本能。
どこまでも死にたがる彼の心。
矛盾を孕んだその器と中身が相反し、表に出ない、本人すら気付かない様にしている負荷があることを、ここしばらくの付き合いで彼女は知っていた。
なぜ死にたいのかは知らない、聞いてもいない。きっと自分が聞いて良い事でもないのだろうと思っているから。
『アダム・ベイリアル』という狂人集団にいた自分でも、そこに触れようとは思えなかった。
「まあ、気分良く吹き飛ばされただけで、全然生きているみたいだけどもね」
『コントロール』から送られるバイタルデータは、多少の乱れこそあれ正常範囲内を示している。
吹き飛ばした少年も、どうやら良い子の様だったしそれもそうだろう。
モニターを見れば、ルイズが2人に奥の扉を通って行くよう案内している。Aの部屋でも、クロノスが案内を始めている様だ。
で、あれば残るはBの部屋。
ルイスならば、結末はどうあれ実験としての結果はしっかりと出すだろう。
彼は極めて優秀な男だというのは、ここに招き入れてから充分理解した。
「……あら?」
Bの部屋のモニターに目を向けると、そこには先ほどまでとは違い、
「……実験ハ充分ダロウ。貴様タチハ先ヘ行クト良イ」
「おいおい、ここまでの付き合いだろうよ。水臭い事言うんじゃねえよ」
「あ、じゃあ俺はお先に」
「え、嘘だろお前」
ルイス、スレヴィン、ハリーが、突如扉を開けて入って来た乱入者を前に、口々に言い合う。
仮にもついさっきまで戦っていたはずなのに、どことなく仲の良さを感じさせる彼らを見て、乱入者の
「ルイスくんさんの生首が動いて喋ってるーーーーー!!??」
「「「……アー」」」
そら驚くわな。3人共揃ってそう思いながら、いつでも戦えるように身構える。
それもそのはず。
「ソレデ、何故オ前ガ来タ?……
「え、俺たる呂布の驚きと恐怖の解決はされないまま会話が進むの……?」
「呂布!何を言っている!我らの目的を前に考えれば、
「些事!?死んでるはずの人間が生首で生きてたのが些事!?」
呂布とそれに同行していた女性の言い合いを、ぬるーい目でルイスは見るしかない。
些事と言われたことに思うことがないわけではないが、そんな幽霊扱いされなくても良いだろう。と。
やれやれ、と同情するとばかりに肩に置かれたスレヴィンの手を払いながら、ルイスは問いかける。
「ドウセ、アノ老害ノ首デモ獲ッテ来イト、
「正解!」
「ソシテ御目付ケ役ガ、アイラ。オ前カ」
「ええ、もちろん」
呂布が指を立てて肯定し、女もまた首肯する。
「ルイス、こいつらは……?」
「ゲガルトノ一派ダ。呂布ハエメラダ同様。アイラハ希维派デ有名ナ女ダッタ」
「はーん、察したわ。じゃあ、俺達行くから」
「前言撤回ガ早過ギルダロウ貴様」
「俺はさっきも行くって言ったし」
「薄情者メ」
ルイスの背中にポンツと手を叩くと、そのままスレヴィンは奥の扉へと歩いて行く。
ハリーもまたそれに続き、すたすたと歩いて行ってしまう。
それでもドアノブに手をかけ、少し開いてから彼らは立ち止った。
「古典だとこう言っとくべきか?
「それじゃあ、またー」
「……早ク行ケ」
手をヒラヒラと振るって急かすと、2人はさっさと扉をくぐって行ってしまった。
仲間が待っているのだから、それもそうだろう。
しかし本当に残らないとは、当たり前だが薄情なものだ。
そう思いながらも、なぜか悪い気がしないということから目を逸らし、ルイスは槍を構える。
「……ルイスくんさん。俺たる呂布は別にアンタと戦いたいわけじゃねえんだが?」
「コレガオリヴィエ様ノ命ニヨル邂逅ナラ、貴様ラヲ案内シテヤッテモ良カッタ。シカシ、希维ノ命ナラソノ義務ハナイ。……ソシテ私ニモダナ」
機械の体から、トルクが上がりモーターの回転が増す音がする。
それは間違いなく、実験の範疇を越えたもの。
つまりこれから始まるのはただの────
「義理トイウモノガアルノダヨ」
「……良いねぇ!そういうの好きだぜ!」
「まずは裏切り者の排除だ!行け、呂布!」
────ルイスという男の、個人的な戦いだ。