ちなみに一部ストーリーのネタバレあるのでそれが嫌な人はブラウザバックを推奨。微妙にジャンヌ・オルタ寄り
カルデアのとある一室にて。
いつもは誰かのサボり場所になっていたり、はたまたサーヴァントが談話に興じるだけの会議室が、此度に限ってとても重苦しい雰囲気に包まれていた。
「バレンタインパーティーをしよう!」
そう言って楽しげに表情を踊らせるのはこのカルデア唯一のマスター、藤丸立香だった。暦が正常なら世間ではそろそろ一月も終わりを迎える頃。年頃の男子らしい彼は翌月の中旬にくる一大イベントに躍起になっていた。
「バレンタインね。話には聞いてるから知らない事も無いけど…パーティーって何をするつもりよ?」
彼に疑問を投げ掛けたのはバビロニアの女神、イシュタルである。マスターから面白い話があるから相談に乗ってくれとこの会議室にやってきたのだ。本来、面白そうな事があるなら
イシュタル以外に呼ばれた面々はモードレッド、クレオパトラ、イリヤスフィール、茨木童子、フランシス・ドレイク、ケツァル・コアトル、ジャンヌ・オルタ。ここまでは良い。
イシュタルが、いやこの場にいるマスター以外が気にする一人はイシュタルの右に座る三人目の女神だった。鞘に全てを納める事を是とした者。第六特異点においてカルデアの最後の脅威として君臨した獅子王・女神ロンゴミニアド。どう考えてもカルデアに召喚できないはずの存在がマスターの徳の高さによるものか、縁を繋ぎカルデアでの現界を可能としていた。素顔を隠した兜を付けているためその表情は伺いしれない。
もう一人は───。
(このバカ!よりにもよって何でこいつの隣に座らせるのよ!しかも議題が最悪なんですけど!?)
ジャンヌはここから早く逃げ出したかった。マスターがバレンタインに関する話をするというのでバレンタインの元々の起源を血生臭くたっぷりとからかいながら教えてやるつもりで来たのにそんなおふざけを許さないサーヴァントが自身の隣に存在している。
死神。
彼を見れば誰もがそう口にするだろう、その威容。第六特異点では円卓最強格のサーヴァントであるガウェインを相手に手加減までする余裕を見せ続く第七特異点では、地球上の全生命が死なない限り死ぬ事は無いとされたビーストⅡ・ティアマトに死を通した文字通りの規格外。かつて冠位の座にいた初代"山の翁"がどういう理屈かこの与太話にしかならないような会議に参加していた。
この、お遊びなどまず考えられないであろう二人の英霊が放つ重圧によってバレンタインパーティーを企画する会議は、形容するのも憚れる空気に包まれていたのである。
「えっと…パーティーって言うんだからみんなでチョコを作ってそれを渡しあったり…するん…ですよね…」
(イリヤさ~ん、もっとはっきり言わないと皆さんに聞こえませんよ?)
(うぅぅ…。何か空気が怖くてまともに発言できないよ…)
イシュタルの問い掛けに反応したのはイリヤだった。イリヤも元は一般家庭(と言うには少々変則的だが)で育った一般人の一人である。バレンタインの知識に関してはマスターのそれと大差無いと言えた。
「む?いつぞやの祭りと同じく菓子を食べまくる催しではないのか?吾はちょこれいとを所望するぞ!」
茨木童子はいたって平静…というよりは空気が読めていないのだろう。あのハロウィン以来、お菓子と聞けばすぐ食いつく生態を持つようになった。酒呑童子にも時折分けているらしい。
「バレンタイン…確か異国の教義の一つと聞いていますが…。カエサル様にまた一つ、大きな愛を示すのも悪くはないわね」
クレオパトラの考える事は概ね予想通りだった。日本のやり方に則るのであれば彼女が渡す相手などただ一人しか存在しない。この場の空気にはあまり干渉しない様子であった。
「おいおい、あたしにも参加しろって?パーティーって言うんなら酒でも飲ましておくれよ」
ドレイクは酒さえ飲めればそれで良い様子だった。比較的、どのサーヴァントでも悪くない付き合いをする彼女だがチョコを作ってまで渡そうと思える相手がいないからだろう。マスター相手ならそうしてもいいか、程度の考えしかないようだ。
「バレンタイン!愛を示す日と聞きました!私、マスターのために張り切っちゃいマース!」
ケツァル・コアトルはマスター一心にこのバレンタインを考えているらしい。善性を司る彼女らしい言葉だ。きっと清姫や頼光あたりと張り合うつもりなのだろう。
「オ…オレはバレンタインなんか興味ねーし…手伝えっていうんなら…ま、まぁ?手伝わない事も無いけど」
(父上に!父上にとびっきりの美味しいチョコを…!)
口では興味無さげな事を言いながらチラチラと獅子王に視線をやるモードレッド。彼女の好意はほとんどのサーヴァント達に知られている。どうせまた他の円卓の騎士達と揉めるまでが予定調和だろう。
(ちょっと、ちょっと…)
(ん?どうしたのかな、ジャンヌ)
(バレンタインはともかくとしてこの人選は何とかならなかったの!?)
(キングハサンが怖いのかい?大丈夫だよ。怖い見た目だけど案外優しい人でもあるから)
(そうじゃなくて…ああ、もう!)
ジャンヌが一番に懸念しているのは"山の翁"の事である。本来、バレンタインは"山の翁"が信仰する教義とは異なる宗教の催しだ。下手な話をすればこの場で晩鐘が鳴りかねない。マスターは今、自分がどれだけ危ない橋を渡っているのか気付かないでいるのだ。気付けているのはジャンヌただ一人だけ。ジャンヌからすれば胃の痛むような光景である。
「…菓子を以て祝儀とするのがそのバレンタインとやらの主旨か?」
「ちょっと違うけど…まぁそんなところかな。最近じゃあ恋愛云々じゃなくてお世話になった人にあげたり家族にあげたりするのもポピュラーだろうね」
ここで初めて獅子王が声をあげる。他の女神とは違い、人間性を完全に捨て去った存在である。如何なる理由でこの場に参加しているかは余人の知るところではない。バレンタインがどれだけ彼女の興味を引き付けているというのだろうか。
「獅子王様ならそうだなぁ…。円卓の騎士達に労いの意味を込めてチョコを送ったりするのが一番適当だと思うよ」
「それが妥当か。良い、確かにそれも悪くは無いだろう」
(父上手製のチョコだって…!?いったいどんなだって言うんだ…!?)
何やらモードレッドが興奮しているようだが獅子王は肯定的な立場にいるようだ。仮に、本当に獅子王がチョコを作ったとしてもガウェイン、ランスロット、トリスタン、アグラヴェインあたりは素直に受け取らないだろう。モードレッドなら悪態を吐きつつ喜んで貰うだろうし、ベティヴィエールやマシュは一番普通に感謝しながらチョコを貰うと思われる。揉める要素はありそうだが獅子王が一言一喝すれば済む程度の話だ。問題と言える問題は無い。
さて残るは"山の翁"ただ一人の意見だが───。
「契約者よ。そちらの教義に我も参加しろ、と言うことか?」
「教義…?教義ってそんな大それたものじゃないですよ。ハサン達とかとみんなでチョコパーティーとか良いんじゃないかと思ったんですけど」
"山の翁"がその重い声をあげる。一声発しただけで場の重圧は更に重いものとなった。イリヤなんかはもう涙目だ。この状況で知らず平静でいれるマスターの精神はいったいどうなっているのか。
「そちらでやるのは構わない。だが、我は参加せぬ」
「うーん、理由を聞いても?」
「何、単に興が乗らぬだけよ。一つの教義としてあるならばこちらも構える心算であった。が、それすらも無いただの祝い事なれば我が干渉する道理など無し」
「んー…。よくわからないけどキングハサンは参加しないんですね。そうすると後輩のハサン達も不参加か…」
どうやら日本式のバレンタインの様子のおかげで危難は脱したらしい。日本におけるバレンタインデーは各国のものとは様子が異なる。贈答品にチョコが重要視される事、女性から男性に渡す事、そして恋愛に関係するか否か。これらは元の起源にほとんど引っ掛からない要素ばかりなので"山の翁"も取り立てて咎める事はしなかったのだ。厳格さと寛容さを併せ持つ"山の翁"は関わらない事を選択した。
「ハァ…」
「どうしたの、ジャンヌ。そんな溜め息ついちゃって」
「貴方のせいに決まってるでしょう!自分がどれだけ危ない橋を渡っていたのか気付いてないなんてホンット最高のアホよね!」
「ええ!?なんで俺罵倒されてるの!?」
「バレンタインの起源をちゃんと調べない貴方の自業自得です。色んな宗教やら価値観があるカルデアなんだからこれくらい調べておくのは最早当然。全く、あのマシュマロは何を教えているのかしら」
「あー、えっと、マシュは体の定期検査とかそんなのでダヴィンチちゃんのとこにいるよ。ホントはこれに参加してもらいたかったんだけどね」
ジャンヌの罵倒などそれこそ些細な事だ。マスターはどういう理由で責められたのか分かってはいないがジャンヌに心配された事なら分かっている。素直になれないのが彼女の特徴だ。
ジャンヌとマスターのとぼけた会話のおかけで場の空気が和らいだ。他のサーヴァント達が積極的に意見を交換しあっている。
「パーティーにするんだったら単にチョコを手作りするだけじゃなくて沢山のチョコ菓子とか用意するのが良いんじゃないかしら。余興みたいな感じで世界の色んなチョコを紹介するの」
「あ、それはいいですね。国とか地域の事も一緒に知れるし紹介された国や地域の出身サーヴァントとまた仲良くする機会になりますよね」
『イリヤさんったら随分乗り気じゃないですかー。本命は誰です?やっぱり赤いあのアーチャーさんですかねぇ?』
「る、ルビーは黙ってて!」
「…カエサル様にあげるチョコなら普通の手作りなんて意味無いわ…。もっとこう、派手で、でも繊細なものを…」
「吾にも考えがあるぞ!宴というのならちょこふぁうんてんとやらを使えば良いのだ!あれは凄いぞ、ちょこが流れるのだぞ!」
「騒がしいね…。あたしはこういう真っ当な宴なんてやらない方なんだけどね。楽しくなりそうなら乗ってやるのも悪くないさね」
「パー…ティー…。きっと色んな方がマスターにチョコを持ち寄るのですね…。ん~、私、燃えてきマシタ!ちょっと材料を狩りにレイシフトしてきマース!」
「おいおい材料を狩りにって何作るつもりなんだアンタは。作るのはチョコだぞ。変なもの作るより王道で勝負するってのが筋ってもんだぞ」
(そうだ…。オレはもう筋の通らない真似はしない。正々堂々、真正面から父上にチョコを渡すんだ…!)
「マスター、チョコというのはどのように作るのか?」
「俺は基本的な事しか知らないからなぁ…。あ、そうだ。エミヤなら料理得意だしチョコ作りとかも知ってるはずだからエミヤに教わってきたらどうだい?彼も獅子王様の事を気にしてたし快く教えてもらえると思うよ」
(混沌としてきたわね…。気付いたらあの骸骨翁いないし。あとはもう流れに任せてようかしら)
「ジャンヌ、ジャンヌ」
「ん?なによ?」
「ジャンヌはバレンタインどうするんだい?誰かあげる人は決まってたりするの?」
ジャンヌにとってそれは予想しない質問だった。野次馬のつもりで見に来ていた会議だがいつの間にか当事者になっている。
「…そうですね。ジルにならあげても良いけど」
「俺にはくれないの?」
「女性にそうやって直接聞くバカって貴方くらいなものよね」
「いやー、やっぱほしいじゃん、女の子の手作りチョコ」
「心配しなくてもあのマシュマロやら貴方にチョコをあげるサーヴァントは沢山いるでしょう?私のなんて、貴方にはいらないと思うけど」
「それは、違うよ」
マスターがはっきりとジャンヌの目を見据える。至近距離から見詰められたジャンヌは思わず頬を赤くしてしまう。
「俺はジャンヌのがほしい。他の人から沢山貰えるからってそれで退けていいものじゃないと思う。手作りって、やっぱりそれ相応に気持ちがこもってるはずの物だから」
「…ばかね。こんな血濡れた贋作の手作りを欲すると言うの?」
「そりゃあほしいよ。だってジャンヌは可愛いし。男にとってね、可愛い女の子から義理にしろなんにしろチョコがもらえるっていうのはそれだけで嬉しいものなんだ。他に理由は無いよ」
「…っ!」
ジャンヌ・オルタの中にある復讐の感情は決して消えはしない。そうあれと、一人の男に願われたのが彼女だ。如何な幸せを感じようとその在り方だけは覆らない。
でも、それでも、一時。ほんの一時だけだけれどマスターの前ならただの女で在れる。他ならぬマスターがそう扱ってくれるのだ。マスターが望むのならそれに応えるのがサーヴァントとしての役目。
「…私のを望んでおいて不味いなんか言ったら火刑に処しますから」
「うん。期待して待ってるよ」
未だ喧々囂々とする会議室。
後にこの会議が不参加だった他のサーヴァントにも波及してまた新たな騒動を引き起こすのだが。
それはまた別のお話。
続かない
尾を引く終わり方だけど続かないったら続かない
カルデア十刃会議とはなんだったのか()