主人公の母親はみんな大好きのあの方です。やったね!
『Aaaaaa』
頭上に6番の文字が入った緑色のビリヤードボールをふわふわと浮かしてご満悦な様子の人魚さんを尻目に、俺は夕飯の準備をしていた。
しかし、最近の通販はスゴいな。購入の電話を掛けて2時間程で品物が届くとは思わなかったぞ。
そんな事を考えていると俺の頬に何か硬いモノが当たる。何かと思って顔を少し向けると6番の文字が目に入った。更に目で探すといつの間にか俺のとなりにいた人魚さんが目に入る。
「人魚さんこれスッゴい冷たい、固い」
『Aaaaaa』
俺の呟きは聞こえてないのか、人魚さんは6番ボールを俺の頬にぺたりと引っ付けたまま何故か冷蔵庫の物色を始めた。君も個性的な娘の玩具になっちゃったな、6番ボールくん。
6番ボールに対してそんな事を思っていると、突然俺の持つ携帯が震え、とある曲が流れ出した。
その曲の原題はThe Carol of the Old Ones。旧支配者のキャロルとして一部に有名なあの曲である。何故か母さんがとても気に入っているので、俺の携帯に母さんからの着信が入るとこの曲が流れるようにされているのだ。
俺の表情は今大変苦い顔をしているだろう。それと言うのも母さんからメールではなく、肉声での通信が来るのは概ねロクなことが無いからだ。ロクなことが無いと言うか、母さんが電話をする場合は、電話で直接伝えなければならないと母さんが思うような重要な事を伝えてくる。要は母さんにとって重要な事が基本的に他者にとって迷惑極まりない事なのだ。
俺は深い溜め息を吐き、一度深呼吸してから電話に出る。
『やあ、"息子"よ』
「"娘"です」
母さんと俺の電話は大抵このやり取りから始まる。そして、俺がこんな喋り方な諸悪の根源は母さんなのだ。どうやら母さんは息子が欲しかったらしいが、女として俺が産まれてしまったので仕方無く男として育て、教育する事にしたんだとか。
まあ、これだけでも解る通り、俺の母さんは基本、自己中心的かつマジキチである。無論、悪い意味で。しかし、俺自身が別段嫌ってはいないのがまた何とも言えない。
「で、何の用?」
《"ドリームマン"に妙な事を吹き込まれたな?》
その瞬間、意識しないでいた夢の中での会話を否応なしに思い出す。あ、やべえ忘れてた。
《全く無粋な事をしてくれたなあのSCiPは。私としてはこのような事務的な形ではなく、我が子にサプライズとして
相変わらず、果てしなく陰湿である。実害が出る母さんの暴挙を事前に知れた事にトニーには感謝してもしきれない。
《と、言うわけで代わりに他の小さなサプライズを用意する事にした》
「いや、そういうのいらないから。期待してないから」
嫌な予感しかしないが、ここで何か聞いたとしても絶対に情報を聞く事は不可能である。
《それについては直ぐにわかるだろう。それは置いておき、私はドリームマンから聞いての通り、今回の主犯は私ではない。私はあくまでも最高に面白いイベントを、最前列かつ心地の良い席について何かをツマミにしながら眺めていたいだけだ。まあ、たまに茶々入れる事がないとは断言出来ないがな》
ここまで開き直られるとこっちまで清々しく感じるレベルである。まあ、悲しい事にいつでも母さんはこんな感じだがな。俺が比較的常識人になったのは主に母さんの背を見続けたからだろう。最低最悪の反面教師である。ついでに愛も歪んでいる。
ちなみに母さんが最高に面白いイベント等と宣う時は、大抵誰かが最低な目に会うイベントである。
《ワーオ! 息子にそこまで思われるとは嬉しい限りだね!》
「照れるな、心を読むな、開き直るな」
《まあ、とにかくだ。人理焼却で熱い思いをしたくなければ私の働くカルデアに来い。位置情報はメールで送っておく》
すると電話越しの母さんが暫く黙り、数秒経つと再び音声が響いた。
《そうだ、ひとつ要件を忘れるところだった。君が"人魚と呼んでいる第二の獣"に電話をかわってくれ。大した用事は無いがな、私も少し話してみたいのだ》
基本的に母さんの知らない事は無いと思っていい。無論、俺は母さんに人魚さんの話した覚えも、電話中に考えた覚えもない。
「やっぱ人魚さんと会話出来んの?」
『安心しろ。シュメール語もバッチリだ。電話では一切関係無いがな!』
「はいはい、かわりますよ」
仕方なく、冷蔵庫からカニかまを発掘してご機嫌な様子の人魚さんに電話をかわろう。
「人魚さんや」
『Aaa?』
「俺の母さんが人魚さんと話したいってさ」
『Aaaaaa!』
何故か人魚さんに携帯を引ったくられた。そんなに期待して母さんと話しても疲れるだけだぞ。
◇◆◇◆◇◆
『Aaaaaa』
「ああ、終わったのな」
その後、人魚さんは10分程母さんと話してから俺に携帯を返した。
何やら人魚さんの表情は満足げである。やはり言葉のわかる者と会話するのは楽しいのだろうな。
《中々興味深い話を聞けた》
「へー」
《君との挙式はウエディングドレスでしたいらしい。良いんじゃないかな、愛さえあれば性別の壁なんて我々には些細な事だ。後、おばあちゃん孫たのしみ》
「へー」
母さんの話は、話半分程度に聞いておくに限る。そうしないと疲れるのだ。
《まあ、それは後の楽しみにとって置いてだな。人魚さんとやらもカルデアに連れて来ていいぞ。というか、連れて来い。そちらの方が色々と面白い事になりそうだ。主に後で気付いて驚愕するゲーティアの顔を見るのが楽しみで堪らない!》
母さんの声色がいつ見なく上機嫌である。これはヤバい、確実に母さんの周囲にいる不特定多数の者が被害を被る。カルデアとやらの人達可哀想に…。
《おっと、それともうひとつ。人理修復の旅はきっと停滞と怠惰に満ちた冗長過ぎる我々の命に再び熱を灯させるだろう! いや、そうに違いない! 楽しみに待っているぞ!》
それだけ言うと電話は切れた。久し振りの母さんとの会話に疲れきっていると、母さんからメールが届く。
カルデアの場所の情報かと思ってメールを開くと、"雪山の風景に一人の男性がいるだけの写真"が目に飛び込んできた。いや、よくみれば写真に"黄色い円で何かが囲われているマーク"が付いているがいったいこれはなんなのだろうか。
写真に暫く首を傾げてから写真をスクロールすると、カルデアとやらの位置情報は載っていたのでそれはメモしておこう。そこそこ遠い場所の標高のかなり高いところにあるようだ。念のために紙に書き写しておくか。
「ん…?」
写している最中に、何やら更に下へとスクロール出来る事に気が付いた。折角なので下に下にとスクロールすると最後に文章が現れる。
《我が子へ。あなたの母、"ナイア・ルラトホテップ"より。
"楽しんでね!"》
その文章を読んだ直後、全身を寒気が通り抜けるような感覚を覚えたのと同時に石垣の塀で囲われた庭から破砕音が響き、そちらに目を向ける。
庭には人のような何かが立っていた。
正確には身長は2.4m程で、酷いやせ形。全身が蒼白く瞳は赤い為、アルビノの生き物の特長を持っているようだが、その瞳に浮かぶ確かな殺意にの前には色素的な劣りは一切無いように見える。最も特長的なのは腕が人間のものよりも遥かに長いと言う事だろう。
よく見れば首にドッグタグに似た金属プレートが掛けられており、それには大きな文字で"096"という番号が刻まれていた。
ソイツの赤い眼は、真っ直ぐに俺に憎悪と殺意の入り雑じったような異様な視線を向けている。どう考えても俺への来客のようだ。一昨日来やがれと言いたい所だが、穏便には帰ってくれそうもないだろう。
母さん……物理的なサプライズを届けてくるのは止めてくれませんかねぇ……ホントさあ…。
俺は母さんからのあんまりなサプライズに対し、溜め息を吐いてから家への被害を避けるため、リビングに置かれている"1冊の聖書と、10本程の黒鍵の柄"を掴み取るとサンダルを履いて庭に出た。
次回
シャイガイ VS アウター・ゴッド
ーこれはチケットが売れる!ー
by ブライト博士
~簡易SCP解説~
SCP-096 シャイガイ
class:Euclid
みんな大好きシャイガイ。絵以外の如何なる方法や4ピクセル程のサイズでもシャイガイの顔を見てしまうと、地球の果てまで物理的に追い掛けて殺しに来るSCP。その細身の身体に似合わず、戦車砲ですら傷ひとつ負わない。単純な物理戦闘力最強クラスのSCP。
全世界に向けてシャイガイの顔を公開するだけで凄まじい事になるのは間違いないので、潜在的Keterなのは疑いようもないが、収容自体は確立されているのでEuclidクラスに分類されている。が、財団から終了処分が承認されている。