Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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Chapter 5 "Termination" Part B

Chapter 05

Termination

B

 

 

 

「……戻りましょうか」

 

 動かなくなった少女を床に寝かせ、彼女の瞼を下ろしてノーティスは口を開く。ゆっくりと立ち上がり、汗や水、血で塗れて肌に張り付いていた髪を指で払ってこちらの方へと振り向く少女の顔には、どこか疲れたような微笑が浮かんでいた。

 一時の間をおいて封雷剣を鞘へと仕舞い、カイは言葉とは裏腹に一歩も動こうとはしない少女の方へと歩み寄る。

 

「有難う、ノーティス。お陰で助かった」

「なんで殺したって聞かないんですね」

「……このような言い方はしたくなかったが、あのギアに拘束され衰弱していくクリスさんや、此処に来るまでで得た情報から討伐対象になり得ると判断した。あの時抵抗するようであれば、私が自分で討つつもりだったんだ」

 

 渋い表情を浮かべてギアの亡骸へと視線を移すカイ。表情を変えず片眉を跳ね上げる事で疑問と不快感を表明した少女をちらと見て、彼はソルやブリジットには聞こえない程度の声でノーティスの問いに答えを提示した。

 

「恐らく彼女は、人間の命をエネルギーにして稼働するギアだった」

「……自我とか善悪とか以前に、人間を餌にするのとは共存できませんってわけか」

「……不服そうだな」

「別に。子供じゃないんだから、その辺りの事情くらいは分かりますよ」

 

 悪魔の棲む地に居た彼女(ディズィー)のような存在こそ希少であり、多くのギアは人の敵であるか、自我を持つ事すらままならない道具であるかのどちらかしかない。そんな事は今更誰に言われるでもなく理解している。彼女自身がその希少な存在の一人であり、人の敵であるギアを討って生きていたのだから。

 しかしそれでも、人とさして変わりない姿のギアを殺すことが平気か、無抵抗の相手を嬉々として殺せるのかという事は別の軸に依って立つ問題であり、それこそカイが『自分の手で討つつもりだった』と発言した大きな理由でもあった。

 

「いっそ敵らしい姿をしていてくれれば、と思うのは傲慢なのだろうな」

「……見た目で絆されるようなタマかよ」

「……ただの感傷だ。誰もがみな、お前のように敵は敵だと割り切れる訳ではない」

 

 思わず呟いた言葉に悪態をつくソルを横目で見、そのまま男は踵を返す。その後、先に壁際に寝かされていたクリスを抱き上げ、未だに遠くで鳴り続ける警報の音を聞きながらカイは三人を促すように口を開いた。

 

「頑丈な施設のようですが、あまり長居はできそうにありません。今は脱出を優先しましょう」

「そっちのガキは?」

「私が連れて行く。先導を頼めるか」

「……しゃあねえな」

 

 ソルを追い掛ける様にカイが駆け出し、先行した二人に着いて行くようにブリジットが一歩を踏み出す。だが、一向に動こうとしない少女に気付いたのか、扉の前まで進んだ足を止め、心配そうな表情を浮かべたまま振り返る。

 そこには、初めて会った時のように、まるで何事も無かったかのような表情を顔に張り付けたままギアの亡骸を見つめるノーティスの姿があった。

 

「……逃げないんですか?」

 

 問いかけられた言葉に無言で従い、少女はゆっくりとギアから離れる。そして扉へと歩き始めた少女と、扉の前で彼女を待つブリジットの距離が縮まり、ノーティスがその横を素通りしようとした時、ぴたりと止められた歩みと共に金色の瞳が伏せられた。

 

「何で残ったの?」

「あの時の事を、一言謝りたかったんです。触れられたくない部分だったことに気付かなかったのは、ウチが迂闊でした。ごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げた少女を見て、ノーティスはきょとんと目を丸くして、そして少しの空白の後、呆れにも似た表情の中に、どこか救われたような色を浮かべて小さく笑う。

 

「その話なら、いきなり引っ叩いちゃった私も悪いしお互い様でしょ」

 

 私の方こそ、と頭を下げる少女と小さく笑いあい、踵を返し脱出のために二人は歩き始める。今更防火装置が稼働したのか水浸しになっている廊下を歩き、力尽くで抉じ開けられた防火扉などを潜り抜け、火の勢いの弱まる中で無言のまま歩いていたブリジットが、やがてその小さな口を開いた。

 

「それに、前にも言いましたけど、放っておけなかったんですよ」

「……なんで?」

「助けてくれた時の言動とか、話し方とか。なんとなく、不安定に見えたんです」

 

 地上階へと向かう階段に差し掛かった辺りで、再び二人の足が止まる。

 

「最初はそれだけだったんですけど、取捨選択、ってノーティスさん言いましたよね。最初に言われたとき、本当に腹が立って。選択しなくても良い人がどうしてそんな事を言うんだ、って思いました」

「……」

 

 だからという訳ではないけれど、そう言われると尚更気になって。状況が状況だけに手を切るわけにも行かなかった。ブリジットは続けながら、その体を前に進める。

 

「でも、気付いたんです」

 

 一歩階段に足を掛け、続けて二つ、三つと脚を進めた少女は踊り場まで上ると、振り返ってノーティスの方へと顔を向ける。未だ消えない炎の色にその白い肌を染めて、追い掛けてきた少女に手を伸ばして彼女は声を上げた。

 

「どんなに強くても、どんな力を持ってても、手の届かない場所は絶対にあるんですよね。ウチ達がこの事件の被害者たちを……あのギアを助けられなかったみたいに」

「っ」

「確かに、ウチには皆さんほどの力もありませんし、貴方の言うとおり、馬鹿で、無鉄砲なのかもしれません」

 

 差し出された手に指を触れ、その手を離さないようにぎゅっと握り締める。彼女の事を詳しく知るわけでも、彼女と長い時を過ごしたわけでもなければ、彼女に対してそこまでの感情を向ける理由だってありはしない。だが、その少女は。

 事もあろうにこの馬鹿(おひとよし)は、たった一つの単純な理由で、少女へとその手を伸ばしたのだ。

 

「でも、届かないからって、目の前で苦しんでいる人に手を伸ばす事をやめたくないんです」

「馬鹿じゃないのって言ったけど、訂正する。……アンタ、大馬鹿だよ」

 

 呆れたように笑うノーティスを見て、やがて彼女は気恥ずかしそうに視線を逸らす。口籠るようにもごもごと動かされていたその唇から、やがて諦めを伴って吐き出された言葉に、今度はノーティスが同じような表情を浮かべる事となった。

 

「……表情を変えずに泣く人に気付ける様になったのは、多分進歩だと思いますけど」

「……恥ずかしがるくらいなら言わなきゃいいのに」

 

 

 

 火の気の弱まった個所を辿るように地上階のホールに出た二人が目にしたのは、警察機構の関係者らによって制圧、拘束された賞金首や研究者らと、ノーティスが討ち取ったギアの亡骸を調査するカイやその部下の姿であった。

 

「ノーティスさん、アレって……?」

「ああ、リーガルっていったっけ。此処の親玉だよ」

 

 ノーティスがさも当然のように語った言葉に、少女が愕然とした表情を浮かべる。ブリジットの反応の理由が分からずに首を傾げるノーティスであったが、その後数度のやり取りを経て、彼女の反応がどこから来たのかを少女は知った。

 

「自分の身体もギア化させてたみたい。あの子を経由して自分が命令系統のトップに立ちたかったんじゃないかな」

「そう、なんですね」

「……ギアになんて好き好んでなるもんじゃないのにね」

「ノーティスさん……」

 

 ため息とともに吐き出された言葉に一抹の不安を抱きながら、ブリジットは少女の視線の先に在る、かつては人間だった者に視線を移す。その側で部下と共に現場検証を始めていたカイがこちらに気付き、その瞳に小さな驚きを湛えて二人の方を見据えた。

 

「二人とも無事でしたか」

「施設も思ったよりは無事だったんで、そんなに脱出には苦労しませんでしたよ」

「それなら良かった」

「あの、カイさん。クリスさんの容体は……」

 

 おずおずと切り出したブリジットに、カイは険の取れた柔らかな笑みを浮かべて答える。命に別状はなく、しばらくの療養が必要にはなるが、後々に引きずる様な外傷などもなかったと。そのカイの口ぶりに安心したのか、ブリジットはほっと胸をなで下ろして隣に立つ少女に笑いかける。曖昧な微笑をもってそれに答え、ノーティスは誰かを探すように視線を左右に振った。

 

「アイツなら此処にはいないぞ」

「……相変わらず好き勝手に行動してるんですね、あの人」

「リーガルの事について話を聞こうと思っていたんだが、逃げられてしまったよ」

 

 苦笑いとため息とを口にして、呆れたように肩を竦めるカイの視線を受け、少女は小さな後悔を覚える。あの男と同じように逃げるべきだった、と。

当然ながら出足の遅れた逃走を彼が許すはずもなく、その後彼女はカイから尋問という名の説教を受けることになってしまった。

おおよそ数十分、という立ち話にはいささか長すぎる様に思える時間を拘束され続け、明らかに消耗が見え始めたノーティスの様子を確認すると、カイは不満げな表情を浮かべつつもため息と共に追及を打ち切った。

 

「これに懲りたら、少しは人を頼ることを覚えなさい」

「肝に銘じておきます……」

「ええと、大丈夫ですか?」

 

 延々と説教されて大丈夫な訳ないでしょ、と悪態をつきつつも彼女の表情に毒気は見えない。だったらもう少し付き合ってもらおうか、などと嘯くカイから距離を取るように後退ったノーティスを見て、彼は小さく笑みを浮かべて冗談だと少女を引き止めた。

 

「捕らえた者達の尋問や後の調査は我々で引き継ぐ。クリスさんについても家族への連絡は済んでいる、容態が回復し次第家族の元へと帰すことになるだろう」

「じゃあ、あとは任せます」

「ああ。後は報奨金についてなんだが、直接貴方達が討伐、逮捕した賞金首の賞金と謝礼金を含めた額を用意させてもらうつもりだ」

 

 そう言いながらメモを取り出すカイと、慣れた手つきで渡されたメモに英数字の羅列を記してゆくノーティス。

 

「今すぐ用意できる訳じゃないでしょうし、口座教えれば大丈夫ですよね?」

「ああ。ブリジットさんもお願いできますか」

「あ、はい。でもいいんですか? あんまり戦いでは力になれませんでしたけど……」

「そもそも、貴方の行動が無ければこの事件に気付くのが更に遅れていました。その事を考えれば我々が謝礼を用意するのも当然の事です。なのでお気になさらず」

 

 戸惑いながらも、ノーティスに倣って少女は自分の口座を示す文字列を、名前と共に書き記し、四つ折りに畳んでカイへと返す。それを手にしていた用箋挟に留め、呼びつけた部下へと手渡し、彼は振り返って二人へと真面目な表情と視線を向けた。

 

「お二人は、これからどうするつもりですか?」

 

 カイの問いかけに、二人は顔を見合わせ、それぞれ首を捻って考え込む。回答を急がせるでもなくただ黙って待つカイに対して、しばらくの沈黙の後最初に口を開いたのはブリジットであった。

 

「もう少し滞在してから、また他の街に行ってみようかと思います。目的はありますけど、すぐにここから離れなければいけないわけじゃないですし」

「でしたら、滞在期間中にまた会う事もあるかもしれませんね」

「そうですね。……次は偽手配書騒動とか、そういう事件関係なしにお会いしたいです」

 

 そう言って二人は握手を交わす。そしてカイの視線は、所在なさげにぼんやりと立っていたノーティスの方へと向けられた。

 

「私も、同じような所ですね。用事があって此処に来てたわけでもないですし、剣とかバッグとか、色々準備済ませたら出るつもりです」

「……そうか。ここに残るのなら、頼みたい事もあったんだが」

「あー、ええと……一応考えときます」

 

 そう早口で言い切り、カイが手渡したメモをひったくるように手に取りノーティスは足早にその場を立ち去った。その様子を見て不思議そうに首を傾げるブリジットと、ため息を吐いてその後姿を見送るカイ。追わなくていいんですか、と問いかけた言葉は彼の気の抜けた言葉で霧散し、やがてどちらともなくその場を離れるまで、険の取れた空気が二人を包んでいた。

 

 

 

「ここに居たんですね」

「……そりゃ、剣ほったらかしておくわけにもいかないしさ」

 

 水浸しになっていた服をハンガーに掛け、シャワーで濡れた髪を乾かしながら軽装の少女がシャワールームから顔を出す。

テーブルを囲うように並んだ椅子にそれぞれ腰掛け、初めて会った日の夜のようにそれぞれマグカップを手に取り口を付ける。時計の針の音だけが鳴り続ける中、どちらからともなくカップから口を離し、コトリという音が二つ重なった。

先に口を開いたブリジットは、カイと別れる直前の話をふと思い出し、一つの疑問を口にした。

 

「カイさんの言ってた頼み事って何だったんですか?」

「……んー、ボディーガード、かな」

「ボディーガード?」

 

 思わずオウム返しをした少女を気にすることなく、ノーティスはカイから受け取った一枚の紙をポケットから取り出す。

 

「ロンドン市街で私塾を開いてるマリーナって人と、その妹のソラリアって子の手伝いをして欲しいってさ」

「私塾、ですか」

「ちょっと訳アリらしいんだよね。一応両方の都合が合えばって事だからこっちが受けてすぐって訳じゃないみたい」

 

 微妙な表情を浮かべるノーティスに対して、彼女が言葉を濁した理由を求める様に思索にふける。単純に女性だけでの生活を気にして、とすると十分に越権行為として認められるし、そこに別の意図や関係、思惑があったとしても、個人を贔屓して彼女のような人物を護衛に付けるほどに、カイは公私混同するような人物ではない筈だ。

 であれば、ノーティス自身が口にしたように、彼女のような人物が側にいた方がいい、と考えるだけの明確な理由があるということになる。それは何だ。

 

 そこまで考えた当たりで、一つの予測にたどり着いた。

 

「ええと、ひょっとして、なんですけど」

「何?」

「その、マリーナさんかソラリアさん、どちらかがギア、だったりします?」

 

 ブリジットの言葉に、ノーティスは思わず目を見開いた。

 

「……いつの間にそんな鋭くなったの?」

「人をバカみたいに言うのやめてもらえませんか?」

「ごめん、まあ正解。ソラリアの方が人型ギアで……ヒュドラ事件の時に保護されたみたいでさ」

 

 ギア細胞の抑制装置は付けてるようだが、肝心の制御そのものを知らないらしく、可能であれば制御の方法を教えてやって欲しい。そういう主旨の書面をカイから預かってきた、そうノーティスは続ける。それに対して微妙な表情を浮かべるブリジットに眉をひそめ、ノーティスはマグカップに手を伸ばした。

 

「今回の子を殺すしかなかったのは特性の問題。取捨選択って言ったでしょ」

「分かってはいるんですが、やっぱり簡単には納得出来そうにないですね」

「普通はそうじゃないかな」

「……ノーティスさんは」

「今度は何?」

 

 どれくらい、そうやって拾えなかったものを見てきたんですか。そう喉まで出かかった言葉を押し込め、何でもないですと首を横に振る。それを聞いたところで自分に何が出来る訳でもなければ、思い出したくない事や、秘めておきたい事を無理に聞き出すことに繋がりかねないのだから。

 そう結論付けて、しかし一つだけ、聞かなければならない事がある、と彼女は思い直した。

 

「クリスさんとは、会っていかないんですか?」

「……そのつもりだけど」

 

 どうしてとは聞けない。彼女らがあのギアと対峙していた時、クリスと繋がっていたギアがノーティスとの接触で恐怖からくる悲鳴を上げた事、ノーティスへの攻撃が他の三人と比べても明らかに苛烈であった事、そして、ソルとカイの二人が交わしていた会話がブリジットには聞こえていたのだ。だから会おうとしない理由を聞くことはできなかった。

 だが、ノーティスが立ち去った後、意識を回復したクリスと少しだけ話すことが出来た。そして彼女との会話を経て、少女の心にある決意が芽生えた。

 

「せっかくですし、会っていきましょうよ」

「なんで」

「やっぱり、挨拶はしていくべきじゃないですか? 取捨選択っていうなら尚更ですよ、拾えたものは大事にしなくちゃ」

 

 結局、人の話を聞こうともせずに押してくるブリジットの圧に負けて、少女は諦めたように大きなため息を吐き頷いた。

 

 

 

「それでノーティス、考えは決まったのか?」

「……やっぱり悪いんですけど。まだ、賞金稼ぎやってようかなって思います」

「……そうか。もし腰を落ちつけたくなったら私の方まで連絡してくれればいい、マリーナさん達も歓迎する、と言っていたよ」

 

 数日後の朝。カイの言葉に礼を返し、大剣を背負った少女は、新調したバッグを肩に提げて笑みを浮かべる。そして踵を返し、宿場の前を離れようとしたノーティスの背中を、カイとは違う人物の声が呼び止めた。声のする方へと振り返ってみれば、ブリジットに手を引かれ、戸惑いながらこちらを見つめる一人の少女の姿がそこにはあった。

 

「クリス?」

 

 ノーティスの方へと向けられている視線に含まれる感情に、彼女は覚えがあった。少女を助け、ブリジットを含めた三人で居た時には無かったもの、そして、カジノの地下でギアと対峙した際、あのギアから向けられたもの。少しの間を経て、ノーティスはそういう事か、と得心する。

ベッドで目を覚ました彼女が此方を何か考え込むように見ていたのも、その後もこちらを特に恐れる様子が無かったのも、決してノーティスが賞金首を屠る姿を見て平気だったわけではなく、単に恐怖心からその記憶を思い出さないようにしていただけなのだと。

 

「もう回復したんだ」

「……はい」

「ごめんね、危ない目に合わせちゃって」

「いえ、そんな事、は……」

 

 言い淀む黒髪の少女を見て、ノーティスは困ったような笑みを浮かべる。クリスに非がある訳ではないという事は理解している。自分を助けてくれた人物とはいえ、人間離れした力を振るって人を殺していたような者と笑顔を浮かべてやり取りが出来るような人間など、そうは居ないのだから。

ましてやそれが、賞金稼ぎや聖騎士団といった戦場を知る者ではなければ尚更。

 

「……えっと、その、助けて頂いて、ありがとうございました」

 

 だからこそ、恐れや戸惑いこそすれ、嫌悪を見せない少女の行動がノーティスには不思議に映った。ノーティスには知る由もないが、クリスは銃によって撃たれて平然としていた少女が、大剣を振るって賞金首を真っ二つにしたところで気を失っていたのだ。

人並外れた頑丈さや怪力によってもたらされる行為を恐れはしても、『人の形を外れた化物』としての彼女を恐れられるはずはないのだから、クリスがノーティス(話が通じる人物)を過剰に恐れ、嫌悪する事にならないのも当然であった。

 

「どういたしまして。もうちょっと露骨に避けられるかと思ってたよ」

「でも……助けてもらいましたし、お礼も言わないのは良くないと思って」

「気まぐれみたいな物だし、そんなに気にしなくて良いんだけどね」

 

 そう言いながら彼女は、正面に見える黒髪にぽんと手を触れ優しく撫でる。突然の事に瞬きを忘れていたクリスは、やがて告げられたノーティスの科白に言葉を詰まらせた。

 

「元々黙って出ていくつもりだったんだけど、最後に話せて良かったよ。元気でね」

「……最後、って」

 

 クリスが見せた明らかな動揺に、そういう意味じゃないんだけど、と肩を竦めて少女は淡々と事情を話す。遅れて納得を示した少女に改めて笑いかけ、ノーティスは今度こそと別れを告げて踵を返した。

 

 これから何処へ行こうか、そういえばあの時朝食を食べ損なってたな、そう益体もない事を考えながら街並みを横目に歩き、やがて街の出口まで差し掛かった辺りで背後から息を弾ませ駆け寄る人影に気付いて立ち止まる。

 

「……ブリジット?」

「はいっ」

 

 弾んだ声が追い掛けてきた少女の口から飛び出す。当然のように隣に並んで歩き始めた彼女の姿を見て、ノーティスの口から出たのはため息であった。

 

「いや、はいじゃなくて。事件も終わったし別に一緒に行動する理由って無くない?」

「それはそうなんですけど、どっちにしろ二人とも行く当てはないですし。だったらもうちょっと一緒に行動するのも別に良いと思うんですよね」

「……そうかもしれないけどさぁ」

 

 呆れた顔をこちらに向けるノーティスを一切気にする様子もなく、ブリジットは笑いながら続ける。いつぞやと同じ言葉を、いつぞやとは違う心持ちで。

 

「それに、ウチだって言いましたよ。危なっかしい人は放っておけない、って」

 

 そう言ってニヤリと笑う少女と、その言葉に諦めたようなため息を再び吐いた少女は、街道を歩き続ける。途中で通り掛かった馬車を呼び止めその客車へと乗り込み、二人は荷物を置いて腰を落ちつける。

 先程までとは明らかに流れる速度の変わった景色を見ながら、ブリジットは隣に座る少女へと問いかけた。

 

「これから何処に行きましょうか?」

 

 そして、金色の瞳の少女はふと何かを思い出したように目を見開き、隣へと悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。

 

「そうね、だったら一か所だけ行っておきたいところがあるんだけど、一緒に行く?」

「構いませんよ、どこなんですか?」

 

 あれからもう四、五年は経つというのに、向き合う事を恐れてまだ弔いにすら行くことが出来ていなかった場所。彼女がついてくると言い張るのならば丁度いい。黒海を越え、大陸を渡る大移動、遥か遠い国までの道程に付き合ってもらおうじゃないか。

 美味い酒もあると聞いたし、何ならそこで数日過ごすのも悪くはない。

 

「ニューデリー」

「インドですよね。明らかにカイさんに飛空艇の段取りを融通してもらった方が早かったですよね」

「港町まで出れば民間のも出てるし大丈夫でしょ。別にお金に困ってるわけじゃないし?」

 

 そういう事を言ってるんじゃないんですよね、と呪詛のように吐かれる言葉をいなしつつ、少女はこれから向かう先へと思いを馳せる。随分と遅くなってしまったが、今度こそはちゃんと彼女らに詫びよう、死にたがりに付き合わせてしまった埋め合わせはしなければならないと。

 

 首からチェーンを伝ってぶら下がるメダルの欠片が、隙間から差し込む日差しを受けて、一際まばゆい光を放っていた。

 

 

 

 ニューデリー郊外、街道沿いのとある村。同行していたブリジットと一度別行動をとったノーティスは、ある酒場へとその足を向け、入口の扉に手を掛け建物へと足を踏み入れた。

怪訝そうな表情をあちらこちらから向けられるも、一切気にした素振りを見せずにカウンターへと歩いてゆき、マスターと思しき女性の正面へと腰掛ける。

 

「いらっしゃい、初めて見る顔だけど。その恰好、元聖騎士団の人?」

「うん、まあそんなところ」

 

 手荷物を床に置き、氷水やおしぼりを差し出したマスターに会釈を返した。

おおよそ二十代半ばといった所だろうか、整った顔立ちの女性はノーティスの姿を見て少し迷いを見せた後、おずおずと確かめる様に口を開く。

 

「一応確認したいんだけど、お酒は飲める年齢よね?」

「じゃなきゃ酒場に来ないでしょ」

「それもそうか。それじゃあ、何にします?」

 

 人当たりのよい笑顔を浮かべて問いかける女主人に、少しの間をおいて少女は答える。

 

「知り合いから美味しい地酒があるって聞いてるからさ、それ貰える?」

「……ウイスキーですけど、飲み方はどうしましょうか?」

「えーと、一人でこの村に来てる訳じゃないしシングルで、氷はいいや。あとチェイサーはミネラルウォーターでお願い」

 

 注文を受けてその場を離れようとした女性に対して、それまでの反応から何らかの予想がついたのか、引き留めるでもなく少女はある人物の名前をポツリと口にする。

 

「その知り合い、スレイヤーって言うんだけどさ。知ってる?」

「……父の代からお世話になってる常連のおじ様ね。どういう関係なの?」

「聖戦中に結構大きな借り作っちゃったのよ。だから一つだけ伝言お願いしたいんだけど、良いかな?」

 

 ノーティスは、ポーチから小さなボタンを一つ取り出し、バーカウンターに置く。そして、吹っ切れたような笑みを浮かべて言い切った。

 

「次会ったときはその腕を毟り取ってやる、って伝えて」

 

 

 

Guilty GEAR Xtension Episode1-Golden Eyes-

-fin-

 

Continued to Episode2 -Common Crossbill-




-GG WORLD EXTENSION-

共鳴基(アモレット)
小説『白銀の迅雷』に登場。ギア細胞を使用して作られた新薬『ヴィタエ』の本来の姿。後にソラリアと名付けられた人型ギアの歌声、その命令を複数基で共鳴させ、聖騎士団によって封印されていたメガデス級ギア『ヒュドラ』を覚醒させるのが役割であった。
今回ノーティスは体内に混入されたアモレットを掌握し、敵側からの命令ではなく自身の発する命令を増幅させることで逆に敵の制御を奪う事に成功する。

【マリーナ】
小説『白銀の迅雷』より。ロンドン近郊の難民街、ヒュドラの封印地点のほど近くに住んでいた車椅子の少女。同じ地区に診療所を構えていた闇医者ファウストの世話になりながら、代筆業と塾講師とを営んでいた。ヒュドラ事件後はロンドンにて正式に教員免許を獲得するために勉強中である。

【ソラリア】
小説『白銀の迅雷』に登場した人型ギア。メガデス級ギア『ヒュドラ』の覚醒並びに制御を目的として『ジャスティスの再設計』を主眼に調整を受けた。実際に覚醒は成功したが、それと同時に発動した殺界によってヒュドラが破壊されたため、メガデス級の行動制御に成功していたのかは不明。
事件後はソルに渡されたヘッドギアによってギア細胞の抑制を行い、そのままマリーナの元へと引き取られる。あくまで兵器として調整を受けていたため名前はなく、その口癖から『ソラリア』と名付けられた。

【ギアの行動制御】
小説『GUILTY GEAR BEGIN』より。ジャスティスの暴走に端を発する聖戦以後失われたギアの敵対行動を抑制、制御するシステムであるが、実際のところ軍事転用と同時に研究は進められており、最初期のプロトタイプが完成した時点で不完全ながらも無差別攻撃を抑制することには成功している。
しかし、リーガル達が盗み出したアモレット等の研究資料を用いて作り出したそれは、最初期の不完全な制御装置と比べてもお粗末なものであり、条件によっては中級ギアですら制御が不十分になってしまうほどの未完成品であった。
その為セイレーンの素体となる実験体には、拘束系の法術が書き込まれたジルポッドが用いられ、不足気味の性能を底上げされている。

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