Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション― 作:秋月紘
とある街道から数百メートルは離れた荒野。かつて町があり、畑があり、人の営みがあった場所は、ギアとの戦いによってそれらを一夜にして失い一面を荒れ果てた大地へと変えてしまった。
そして、今となっては動くもののない筈のその一角から、轟音を伴って砂埃や石材などの破片が爆風のように舞い上がる。
風に巻かれて砂嵐が起こり、やがてそれが収まるとその中心に月明りに照らされた人影がぼんやりと浮かび上がる。既に治り始めている外傷と瞼を塞ぐ乾いた血を気にする余裕もなく、その人影は肩で息をしながらも、自身の大剣を支えにしてゆっくりと立ち上がった。
「彼のような苛烈さからは程遠く、あの青年のような優れた技も持ち得ない。正直なところ、あの時はあまり期待もしていなかったがどうして」
「っ、はあ……」
明確な敵意を湛えた瞳が、正面で嘆息する男を突き刺す。だが彼はその視線を軽くいなし、砂埃を浴びて少しだけ乱れた衣服を何事もなく整え、その指を鳴らした。
「なかなかのセンスだ、悪くない。だが力に依りすぎている、大剣の投擲は選択肢として無くはないだろう、速度も精度も十分。しかし、視線や振りかぶる動作は隠した方がいい、君のそれでは躱してくれと言っているようなものだ」
「まだっ!」
「いいや、今回はこの辺りで終わりにしておこう。残念だが、今の君に私の肘から上を取ることは難しいだろうからね」
そう言い切った男は、少女の振り下ろした剣をあっさりと受け止め、何事も無かったかのように
「ッ!?」
剣ごと横薙ぎに吹き飛ばされ、地面を転がってゆく少女を横目に、男は肩に掛けたマントを広げる。するとそのマントはみるみるうちに大きな蝙蝠のシルエットを形作り、男をその真っ暗な影の中に飲み込み始めた。暗闇に完全に溶けてしまう直前、彼は目の前の少女に切り落とされた筈の腕を振って笑う。
「有言実行、良い心掛けだ。これからも忘れないようにしたまえ」
「……ご丁寧にどうも」
体を起こそうとしているうちに消えてしまった男に対して毒づきながら、少女は自身の身体を検める。
時刻は深夜の1時を回ろうかという頃、肌を刺す夜風が疲れ果てた意識を覚醒させる。
「……腕一本やった割に達成感無いなぁ」
身体に付いた砂を払い、背中のホルダーに剣を提げ、ノーティスは宿に向かって歩き始める。不満を湛える言葉とは裏腹に、脚を進める少女の表情はどこか晴れやかなものであった。
明かり一つ点いていない真っ暗な部屋。物音をなるべく立てないようにと扉を開け、微かな寝息の聞こえる中少女はシャワールームへと足を忍ばせる。汗と砂でべた付く衣服を脱衣籠へと脱ぎ捨て、脱衣所の扉を閉めてそのままノブを捻った。
少しの間をおいて頭上より降り注ぐ雫をその身に浴び、身体を覆う不快感と疲れをまとめて洗い流す。
額から瞼に掛かる髪をかき上げて髪を洗い、泡と共に排水口に吸い込まれてゆく水の流れを無意識の内に見つめてしまう。やがてはっとしたように顔を上げ、流石に疲れたんだと大きく息を吐いてシャワーのノブへと手を伸ばす。
湯の勢いも止まった後、毛先や頬を伝う水滴を拭い取り、乾き切らない髪をタオルにくるんだ少女は脱衣所で着替えを済ませて部屋へと戻った。
「……」
すっと目を細め、ベッドで寝息を立てる金髪の少女に視線を向ける。月明りがカーテンの隙間から差し込む室内、眠っているブリジットの側に静かに腰掛けノーティスは欠伸を噛み殺した。
このまま眠ってしまおうか、と考えかけたところでふと思い立ち、バッグに腕を突っ込んでその中からメダルを取り出す。それに唇を寄せて小さく歌を口ずさめば、メダルはやがて淡い光を放ち始めた。
「……ふーん、イセネ島の方か。そんなに離れてないし追い掛けてみても良いかも」
「ん……ノーティスさん?」
「あれ、ごめん。起こしちゃった?」
「いえ。帰って来てたんですね」
体を起こして寝ぼけ眼でノーティスの方を見るブリジット。やがてノーティスが持っていたメダルの光に気付いたのか、不思議そうに彼女はその首を傾げる。
「それは……?」
「国際手配中の賞金首がソロモン諸島の方に逃げたって情報見掛けたから、昼間ちょっと団長に確認をね」
「……どうだったんですか?」
ブリジットの問いかけにノーティスは肩を竦め、その上体をベッドに投げ出す。
「警察でも目撃情報は掴んでるってさ。ここでやることも大体終わったし、明日からちょっとそっち向かってみよっか」
「わかりました。じゃあ明日はハイヤーなり探さなきゃですね」
「それは今日の内に捕まえたから大丈夫。お昼前には出るから時間だけ気を付けてね」
ノーティスさんの方こそ、と微笑み再びベッドへと体を沈めるブリジットを見て笑い、少女も眠りの海に身を投げ出すようにその体を捩った。
しばらくの時を経て二人分の寝息が微かに聞こえ始めた室内。バッグに仕舞われていたメダルが放つ光に気付く者は誰一人として存在しない。
「お客さん、どちらまで?」
「ちょっとソロモン諸島まで。こう見えても賞金稼ぎでね、国際手配犯がそっちの方に逃げたって聞いたからさ」
二人で旅を続けるようになってから何度目かの馬車で、ノーティスは馬を駆る男のすぐ後ろ、幌の窓から顔を覗かせ世間話に花を咲かせる。
「へえ、見えないね。てーことは一緒にいる嬢ちゃんもそうなのか?」
「そ。見た目で油断してると痛い目見るから気を付けた方が良いよ」
「怖い怖い。強盗されないように気を付けないとな」
「しないって」
冗談めかして言葉を交わす二人の話を聞きながら、心なしか不機嫌そうに眉根を寄せているブリジット。それに気付かないまま話をしていた二人だったが、ある時不意にノーティスが口にした言葉に、男の表情が強張る。
「……それと、イセネについても聞きたいんだけどさ」
「イセネ? あんなド田舎に何の用だ?」
「観光。と言いたい所なんだけど……村の人間が消えた、って噂聞いたのよね」
「ああ、アレか……つっても俺もその噂以上の話は知らんな。行方不明者がいるとは聞いてるが、国際手配犯を追い掛けるような嬢ちゃん達にはちょいと小粒じゃないか」
一応これから行く港町の人間が調査隊を組んでいてその中に賞金稼ぎもいる、という話をしていた男が一度言葉を止め、しばし考え込むように唸り声を上げた後に一言。これこそ嘘くさい噂なんだが、と前置きして口を開いた。
「そのイセネなんだが、化物がいた、って話もあるらしい。噂にしたって正直気味も悪いし、今行くのはやめといた方が賢明じゃねえか? いくら腕に自信があるったって、女の力でギアだとかと戦う訳にもいかないだろ」
目的地に到着したことを確認して、男は馬車を道の端に寄せて止める。荷物を確かめ席を立とうとするノーティスよりも早くブリジットはそそくさと客車から降り立ち、戸惑う二人をよそに財布を取り出し男の傍まで歩いてゆく。
「ご忠告ありがとうございます。これ運賃です」
「おう。気をつけろよ、嬢ちゃん」
「ええと、勘違いさせちゃったならすみませんけど……ウチ、男ですよ」
不機嫌そうに呟くブリジットと、突然の衝撃に目が点になる男。そして。
「……マジ?」
「……なんでアンタが知らねえんだ」
「……気付いてなかったんですか」
予想だにしなかったカミングアウトに唖然としているノーティスの姿に、呆れる男二人の姿がそこにはあった。
その後幾らかの噂話を聞き、馬車の主に礼を告げてノーティスとブリジットの二人は港町の中へと揃って足を踏み入れる。先程の性別問題が尾を引いているのか、微妙な表情を浮かべてブリジットと若干の距離をとって歩く少女と、これといった反応はしないまでもノーティス同様に気まずい雰囲気を醸し出す少年。
互いにどうしたものか、と相手の反応を伺いながらもこれといった行動をとれるでもなく黙々と進むうちに、酒場やギルドなどが立ち並ぶ街の中心部が見えてくる。
「……じ、じゃあ、私はちょっとギルドの方に顔出してくるから」
「ウチは港に行ってます、時間とか行き先の案内書貰っておきたいですし」
そう一言ずつ、ギクシャクとした空気のままに言葉を交わして二人は別れる。そのまま街道を歩き去るブリジットを見送り、少女はくるりと踵を返した。
「ああは言ったけど、先に酒場寄ってからにしよ……」
自分の行動があまり品の良い事ではないというのは重々承知していたが、それはそれとして『旅の同行者が異性であった事』や『それに気付かず同性だと思って接していた事』をすぐに流せるかと言われると首を横に振るしかなく。そして「飲まなきゃやってられるか」と思ってしまい、実際に「飲んで忘れよう」と行動に移してしまう程度には、彼女にとっては重大な失態であった。
「いらっしゃ……ウチは酒しか扱ってないぞ」
「捕まるようなトシじゃないよ。ウイスキー貰える? バーボン、ダブルのストレートね」
「……あいよ。それで何の用だ? ここらじゃ見ない顔だな、酔っ払いにでも来たか」
半信半疑、といった様子のマスターらしき壮年の男がノーティスから代金を先に受け取り、手慣れた様子でボトルとグラスを持ち出す。そして注文通りに注がれたグラスを受け取り、少女はくい、とそれを傾げて一気に呷った。
「賞金首を探しててさ。えーっと、これなんだけど何か心当たりとかある?」
「ん?……コイツぁ国際手配犯か、女一人で狙うような標的じゃないぞ」
「アンタには関係ないでしょ、良いから答えてくれない? 知ってる事なら何でもいいからさ」
不愉快そうに眉をひそめるノーティスと、同じように不信感から眉根に皺を寄せるマスター。数秒程度の睨み合いの末呆れたように彼は首を振り、ため息と倦怠感とを乗せて少女の問いに対する答えを吐き出した。
「それは構わないが、つい数日前に別の賞金稼ぎから同じ話を聞かれたばかりだ。俺の記憶違いじゃなければこの男で間違いないし、ソイツがもう討伐してるんじゃないか?」
「やってみなきゃ分かんないでしょ? 教えなさいよ」
「そうは言うがな……」
何を思い出したのか、ノーティスの姿をちらと見て大袈裟なため息を吐く男。その様子にあからさまな不快感を示した少女に気圧され、彼は絞り出すように彼女の疑問に答えた。
「……その恰好、聖騎士団の制服の改造品だろ。前に来た賞金稼ぎが同じような赤いジャケットの男だったんだ」
「げっ……」
「その様子だと教えるだけ無駄みたいだな……知り合いか?」
「一瞬で酔いが醒める程度の仲だけどね」
頭を抱える様にうなだれる少女を見ながら、彼女の前に来た賞金稼ぎの威圧感や、彼に絡んだ酔っ払いの末路を思い出しもう何度目かも数えたくなくなったため息を吐く。
やがて諦めたように、空になったグラスを片付けようとして伸ばした手が少女のものとは思えない力で押し留められる。
「な、なんだ?」
「……ねえ、イセネ島から住人が消えたって噂なんだけど」
街の中の人間や、そうでない人々で賑わう港。周囲を見渡せば、久し振り、もしくは初めての旅行なのか楽し気に話をしている家族連れや、自分と同じ賞金稼ぎらしい屈強な男が手配書を片手に出航する便を調べていたり、はたまたギアの傷痕の浅かった地域へと移住する腹積もりか、旅行というにはやけに大袈裟な荷物の者などがあちこちに見受けられる。
どん、と背中にぶつかってきた少女と不意に目が合い、謝る彼女を宥めすかしてブリジットは人混みを奥へと進んでゆく。
「すみません、通ります」
そうして人の間を縫ってゆく内に、船を待つ人の中で明らかに他と様子の違う者たちが数人見えた事に気付く。不審に思い歩く速度を速めて人の壁を超えた彼は、掲示物に書かれた内容から、おおよそ船を待つには似つかわしくない表情をした人間がいた理由を理解した。
「……欠航? しかも、イセネ島行だけって」
「貴方もイセネ行きだったの?」
「ええと、はい。貴女は?」
振り返った先に居たのは、自分より四か五は年上であろう長髪の女性。ブリジットの問いかけに彼女はにこりと微笑みその口を開く。
「私もイセネに用事があったのよ。姉があの島に住んでいるから、久しぶりの休暇で会いに行こうと思って」
「そうだったんですね」
「貴方はどうして彼処に? 村の人にも見えないし、かといって旅行向きな場所でもないわよ?」
「ウチは、その……」
不意の問いに少年は言い淀む。不用意な嘘を吐こうものならすぐに勘付かれてしまうであろうし、そうなってしまえば目の前にいる女性から目的地であるイセネ島についての情報を得る事が難しくなってしまう。
とはいえ、噂話について詳しいようには見えない彼女に「自分は賞金稼ぎで、イセネ島で失踪や化物の噂があったから調べに来た」と素直に答えてしまうのも、要らぬ警戒を生むのではないかと思えてしまう。
「んー、ひょっとして人がいなくなった、って噂の調査とかそっちの話だったりするのかしら」
だからこそ、向こうから噂に触れてきたことを幸いに思い、彼はゆっくりと頷いた。
「は、はい。実はウチ賞金稼ぎでして、気になる噂があったのでそれを調べに」
「ふーん、そっか」
「……あの、怒らないんですか?」
素っ気ない反応を示した女性に対して、ブリジットからの不意の疑問。彼女は一瞬「何故?」というような表情を浮かべたが、やがて理由に思い至ったのか小さく噴き出す。そして少年を安心させるように笑いながら答えた。
「ああ、変なことが起こってるらしいっていうのは聞いてるから、それを調べてくれるならそんなに目くじら立てるような事じゃないもの。貴方が素行の悪い人だったりするなら話は別だけどね」
「す、すみません、変な事聞いちゃって」
「良いの。それより貴方が賞金稼ぎだって言うなら、私の依頼を受けてくれる?」
「依頼、ですか?」
女性の言葉に、少年ははて、と首を傾げる。別に改まって依頼などされなくても調査自体はどうにかして行うつもりであったし、なにより彼女の立場からすれば土足で島に踏み込まれることを懸念しても良さそうなものなのだ。
しかし女性の言動にはそういった感情は殆どうかがえず、先程までと同様の話しぶりに疑問を持ちながらも問い返すことしかできなかった。
「そ。これなんだけど……」
言いながら女性がバッグから取り出したのは小さな紙袋。飾りっ気のない麻色の袋を流されるままに受け取り、ブリジットは首を傾げる。困惑している少年に頭を下げつつ、女性は袋を指さし話し始めた。
「便利屋みたいな依頼でごめんなさい。さっき話した姉なんだけど、もうすぐ誕生日なのよ。久し振りの帰省だからプレゼントも用意したんだけど、欠航になっちゃったし」
「……ええと、つまりこれを貴女のお姉さんに渡してくれば良いんですね」
「あまり大きな金額は用意できないけど、お願いできるかしら?」
「その前に、一つだけ……聞いてもいいですか?」
ブリジットは、一つ咳払いをして重苦しい面持ちで問いかける。イセネ行きの便が欠航になった理由はご存知ですか、と。その問いを受けた女性は面食らったような表情を浮かべたが、すぐに首を振って少年の方へと向き直った。
「……だから、賞金稼ぎだっていう貴方にお願いしたいの」
彼女の言葉を聞いて、ブリジットは改めて頷く。万が一噂が本当のものであった場合も最善を尽くすという意思を乗せて。
「分かりました。ただ、今の段階だと船に乗れるかも分かりませんし、行く方法が見つかったらその時に改めてお預かりします」
「そう? じゃあ連絡先だけ教えておくわ。しばらくは此処に居るから、進展があったら教えてね」
「分かりました」
そうして互いに礼を交わし、ブリジットは人混みを抜けて港を後にする。ついでと言えばそうなのだが、彼女の依頼に関してはこれまでの噂話から考えても色よい結果にはならないのではないかとつい考え、気分が沈みこんでしまう。
晴れない気分のまま、日が傾き始めた通りを歩いている内に、ギルドの正面入り口が視界の端に映る。
「あ、ノーティスさん」
「ブリジット。そっちはどうだった?」
扉を開けて大通りへと出てきた少女の問いに、ブリジットは沈んだ表情のままゆっくりと首を振る。その意味するところを違えることなく把握したのか、ノーティスは小さなため息を吐きながら少年の前へと歩いてきた。
「イセネ島への連絡船は全て欠航、個人便、小型船の貸出なんかも今は控えているそうです」
「そ。となるとあんまり状況は良くないか……」
「ノーティスさんの方は、何か収穫は?」
ブリジットの問い掛けに応じ、少女は背負っていたバッグから数枚の紙切れを取り出し広げる。釣られて覗き込んだ先に書かれていたのは、依頼主を国際警察機構や街区の連名とした手配書の一節であった。
『イセネ島民の消失事件調査、ならびに原因究明』と題されたその文書には、定例的な免責事項や時系列に沿って纏められた島民の失踪疑惑浮上に至るまでの経緯、そして決して安くはない額の報奨金額が記されていた。
「これって」
「警察が動き始めてるあたり、単なる噂話とはいかなくなったってワケね」
「でも、本当なんでしょうか?」
少年のもっともな疑問に眉をひそめつつも、ノーティスはそのまま続きを促す。
「いくら小さな島で人が少ないといっても、住んでた人達が誰もいなくなるだなんて、普通有り得ないですよ」
「それを調べるのが目的でしょ。この概要見る限りまだ何週間も経ってないし、ギアの線も疑った方がいいかもね」
「……あんまり考えたくないですね」
「それで、島の地図とかは一通り揃いましたけど、どうやってイセネ島に行くんですか?」
待ち続けることを諦め始めたのか、先日来た時よりも人が疎らになっている港に、人影が二つ。周囲に気を使ってか声を潜めて問いかけてくるブリジットと歩きながら、ノーティスはポケットの中から小さな封筒を取り出す。
「イセネの件、団長もちょっと気にしてたらしくてね。聞きそびれてたメッセージ確認して連絡取ってたの」
「カイさんが?」
「そ。こっちで調べてくるから船を出せる様にして欲しいって頼んでおいたのよ、これがギルドで用意してもらった紹介状」
そう言って少女は手に持った封筒を揺らしながら笑みを浮かべる。そのまま早足で船着き場にいる関係者らしき人物のところへと歩いていくノーティスを追うブリジットの背後から、記憶に新しい声が二人を呼び止めた。
「貴女は」
「ごめんなさい、急いでる様子だったからもしかして、と思って」
「……誰?」
「先日此処で知り合ったんです。イセネ島に住んでた人で、届け物をイセネに居る家族に渡して欲しいって」
その発言を聞いたノーティスの眉がピクリと跳ねる。
「私達便利屋だったっけ」
「いえその、状況が状況ですし、なんというか……」
「いや、別にお節介なのはいいんだけどさ。その、そっちの人」
「私?」
「ブリジットから多少聞いてるとは思うけど、イセネ島の状況って正直結構悪いっぽいんだよね」
だから、と前置きして少女は続ける。最悪の可能性は覚悟できるか、噂通りギアが絡んでいたなら、間違いなく訃報を持って帰ることになるがそれで納得できるのか。
ブリジットが言外に問いかけた内容を明確な言葉として突き付けるように、少女は平坦な声色のまま目の前の女性に問いかけた。
「身も蓋もない話するけど、色々情報調べた感じ、今から行ったところで生き残りなんて居ない可能性が高いっていうか。仮にギア絡みだとしたら後始末に行くようなものだし」
「なっ……」
「最終確認。死体は連れてこれないけど本当に良いの?」
愕然とした表情を浮かべ、少し遅れてノーティスに対して怒りや侮蔑の混じった視線を投げた女性は、やがて暫くの間をおいて吐き捨てるように彼女の問いに答えを示した。
「賞金稼ぎ様がそういうならそうなんでしょうね……それでも良いわ」
「最善は尽くすけど、期待しないでね。その方が辛くないだろうし」
「すみません……」
「良いのよ。それじゃあコレ、お願い」
申し訳なさそうに口を開くブリジットに先日と同じ紙袋を渡し、改めてといった様子で彼女は頭を下げる。何が起こっているのかを突き止めて欲しい、もし本当に事件が起こっているのであればその解決を、私の姉を助けて欲しいと。
助けられればね、と答えてノーティスは踵を返す。さしたる迷いもなく船着き場へと向かうノーティスを慌てて追いかけ、少年は不機嫌な声を上げた。
「ノーティスさん、何もあんな言い方しなくても良いじゃないですか」
「前にも言ったでしょ、取捨選択って。あの人はともかくとして、アンタも割と楽観的だったからちょっとね」
「ウチは別にそんな」
「経験上、この手の行方不明事件に化物の噂のセットって時点で、九割がたギア絡みだったからさ」
嘆息するように吐き出された言葉に、ブリジットの表情が凍り付く。人が居なくなった場所で見かけた化物が見間違いだった試しがない、と続けたノーティスの表情は暗く、それ故どこか急くような足の速さが彼女自身の焦りからくるものだと彼は気付いた。
「じゃあ尚更、急がなきゃいけませんね」
「……ブリジット?」
「やっぱり、拾えるものは拾っておきたいじゃないですか」
「……それもそっか」
少女らは船に乗り、海を越えてイセネ島へと向かう。既に手遅れであることを心のどこかで気付いていながら、それでもと僅かな可能性に縋るように。暫くの時を経てやがて見えた島は、灰色の雲が覆う鋭鋒に隔たれた、さながら自然の城塞のようだった。
「あっれぇ、ダンナ? 久し振りだね」
「……なんだってテメエがこんなところに居やがる」
どさり、と音を立てて崩れ落ちる人影を尻目に、男は不機嫌そうな声を親し気に話しかけてくる人影へと向ける。顔をしこたま殴られて不細工になった、自分と似たような格好の男から視線を外し、ユニオンジャックのシャツを着た金髪の男を睨みつければ、わざとらしく肩を竦めて彼は笑う。
「ちょいと気になるギアと魔法使いの情報を掴んだからダンナを探しててね、まさかいつの間にか二人になっているとは、流石の俺様も予想が……」
言いかけた男の髪を掠めた炎が焼く。血の気の引いた顔を引き攣らせている男に、二度目はないとその手の剣が炎を纏った。
「焼き加減はウェルダン固定だが文句はねえな?」
「ちょちょ、ジョーダンだってダンナを俺様が見間違うわけないっしょ!?」
「……ったく。で?」
「そんで、大型のギアを操る男が南極大陸の方に居るってんで色々調べた結果、こりゃ一人で乗り込むのはちと危険かなーと」
ニヒヒ、と歯を見せて笑う男にあからさまな呆れを見せつつ、
「面倒くせえ……幾らだ?」
「俺とダンナの仲でしょ? それに凄腕の魔法使いって話だしあの男の情報だって持ってるかも……」
「チッ……しゃあねえな」
「ありがとうダンナ!」
時を同じくして、二人の男は南極大陸へとその足を向けていた。未だ活動中だという大型のギアと、それを操る魔法使いの噂を確かめるために。
そして、己の目的に繋がる情報を少しでも得んとするために。