Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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第二章 追跡

 少女が大きく薙ぎ払うように振るった剣が眼前を塞ぐ岩壁を破砕し、合わせて飛び込んだ少年のヨーヨーが熊を模った姿へとその身を変えて渾身の力で拳を振るう。

 苦悶と思しき声を上げる仮面に手応えを感じたのも束の間、続けざまに振り注ぐ氷の雨が、攻撃を中断しての回避を余儀なくさせる。

 

「クソっ、見た目通りの頑丈さって訳!」

「ダメですノーティスさん、やっぱりウチの法力じゃあまりダメージが……!」

 

 ブリジットの言葉に眉間の皺をさらに深くし、ノーティスは逡巡する。見る限り、先程から沈黙している頭部が一つあったこと。そして、その頭部が機能停止しているものなのであれば、そちらから柱ごと破壊することは出来ないだろうか、と。

 そして思い至ってからの行動は早く、そのまま少女は少年へと二言三言の指示を出してすぐに駆け出す。

 

「それぞれの頭の視界から外れれば攻撃の精度は落ちる、なるべく一つの頭部に集中するように動いて!」

「はい!!」

「……さて、これで片付けば楽なんだけど!」

 

 正面に踊り出たブリジットを目掛けて攻撃を続ける仮面と、依然としてこちらを狙い続ける女の攻撃を躱しながら、少女は沈黙を続ける男の顔へと目掛け走り出す。口元を拘束具で塞がれ、目の光の消えたその頭部ごと柱を破壊するため、少女はその身を捻り愛剣へと法力を練り込み始める。

 

 そして至る眼前。渾身の力を込めて、少女は身の丈を超える剣を振り下ろした。

 

「喰らえッ!!」

 

 大剣から放たれた法力は風を起こし、強大な爪となって正面の柱を襲う。轟音と共に巻き上げられた爆風と、まぎれて聞こえる大きな破壊音に頬が緩み、少なくとも一定の効果を上げたはずだと少女の心に隙間を空ける。

 その結果頬は緩み、反動で浮かび上がる身体の制御も最低限になり、ただ着地を待つだけの時間が生まれる。

 

「ふはっ」

 

 故に、反応がコンマ1秒遅れた。

 

「ノーティスさん!?」

 

 足元に微かに見えた紅く光る線と、そしてそこから感じる熱量。それが何かを問う暇はなかった。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に地面の方へと翳した大剣毎、少女を熱量と爆炎が襲う。吹き飛ばされ大きくぶれる視界の端に見えた男の口元から拘束具の一部が崩れ落ちるのが見え、大きな損傷を受けた様子の無い柱が回転し、同様に拘束具の外れた女の顔がこちらを捉えるのが分かった。

 

「コイツ……!!」

 

 苛烈さを増して飛び交う氷弾を躱し、時にはその剣で防ぎながら、ブリジットと合流し二人は柱からの距離を大きく離す。

 

「あの防壁、法術ですか?」

 

 煤塗れの身体を払い、ノーティスは不愉快そうな表情のまま答える。

 

「……多分ね、にしてもこっちの法力の通りが悪すぎるわ。単純に強力な防壁って訳じゃないと思う」

 

 先程から続く違和感が、少しずつ一本の線で繋がり始める。ブリジットの法力による攻撃、自身の法力、大剣での斬撃、そしてギア化した肉体を利用した直接攻撃。それら全てを経て、彼女の脳裏に一つの予想図が浮かび上がってくる。

 

 それは、この事件の首謀者が使役しているこれらが単なる生体兵器やギアではなく、異界(バックヤード)*1等とまことしやかに呼ばれる世界より呼び出した怪物なのではないか、という事。そして、それらの怪物を用いた実験によって、首謀者は『何か』を成そうとしているのではないか、という事。

 予測というには材料が足りず、妄想と断ずるには目の前の事象が不自然に過ぎる。そんな不気味かつ不愉快な状況が少女の苛立ちを募らせてゆく。

 

「……やっぱ法力は効果薄か。ブリジットはひとまず回避優先で、火力は私がどうにかする」

「わ、わかりました」

(……アイツ等、元々法力に対して耐性を持ってるのは間違いなさそうね、ただ物理はサイズなりに頑丈って程度に収まってる)

 

 だったらと、少女は剣を持つ手に力を込める。隆起する壁を飛び越え、足元から襲い来る炎を躱し、急所を的確に狙い飛んでくる氷の棘を鷲掴み、彼女は目隠しの取られた女の顔へと肉薄する。感情の見えない顔に獰猛な笑みを返し、ノーティスは握っていたそれを振りかざした。

 

「ああぁあぁぁッ!?!!」

「……人間みたいな悲鳴上げてんじゃないわよ」

 

 眼球を貫く棘から手を離し、握りこんだ拳を杭打ちでもするかのように打ち付ける。その激痛からかひと際大きく開けられた口に突き立てられた剣は、ミシリと音を立てながら口腔へと食い込み始める。

 

「大層な防壁張ってたみたいだけど、口の中ってのはどうなのかしらね」

 

 言い終わるのと、口内を暴れ回った暴風が女の顔を引き裂くのはほぼ同時であった。

 

「あと二つ!」

 

 言いながら大剣を逆手に取り、右隣りの男の顔を射止めんと刺突を繰り出す。そして拘束具を突き破って頬を貫いた剣を引き抜いて続けざまに振り払う。

致命傷ではないものの明確に損傷を与えた事を確認し、止めを刺すべく彼女は一歩足を踏み込む。

 

「同じ手を二度喰うほど馬鹿に見えた?」

「オオオオォッ!!」

 

 そこを狙って立ち上る炎、踏み込んだ足をそのまま押し出し後方へとその身を蹴り戻すノーティス。そして追い掛けるように幾重にも立ち昇る炎の壁を越えて、少女がその身体ごと振り下ろした剣は風の刃を生み出し、眼前に広がる炎の壁を真っ二つに断ち切った。

 瞬間、風を切って飛来した鉄塊が、男の眉間へ深々と突き立てられ。遅れて飛び掛かってきた人影が、その肘から下を鉄塊と同等の大剣へと変化させて呻き声を上げる頭部を真っ二つに切り裂いた。

 

「あと一つです!」

「分かってる!」

 

 立て続けに二つの頭部を破壊されたことへの憤りか、単なる生存本能か、苛烈さを増した攻撃を躱しながら、少女は確実に最後に残った仮面の頭部へとダメージを与えてゆく。

 そして幾度目かの剣戟が仮面の中央に亀裂を作り、ノーティスと自分の間を寸断するように壁がせり上がった直後。

 

「ロジャー!!」

 

 ノーティスへと注意を向けている間に、側面から懐へ飛び込んでいたブリジットが真上にヨーヨーを放り投げて叫ぶ。呼応して現れたロジャーはそのまま拳を振りかぶり、亀裂の中心へとその剛腕を叩き込んだ。

 

「ナイスアシスト」

 

 砕け散った仮面の中から現れた単眼に大剣を突き立て、少女は勝ち誇ったような笑みをその顔に浮かべたのだった。

 

 

 

 全ての機能を失い、ただ入り江の中央に座するのみとなった柱に、少女が手を触れ、時折法術と思われる魔法陣を浮かび上がらせる。何かを調べていたらしい彼女はしばらくの時間の後、諦めたように首を左右に振って待っている二人の元へと歩いていった。

 

「どうですか?」

「ダメね、合成の為に使われてる法術も、コイツらの拘束に使われてた法術も、あの厄介な防壁も全部見た事ないスペルで書かれてる」

「……?」

「……何その顔」

 

 疑問符を浮かべるブリジットへと、訝し気な視線を向けるノーティス。続くブリジットの言葉にその眉間の皺が一段と深く彫り込まれる。

 

「いえ、意外と法力とか法術に詳しいんだなって」

「……ま、一応元聖騎士団だからね。法力学に魔法基礎理論、聖天貸法*2は最低限押さえてるよ」

「そうなんですね……ウチも賞金稼ぎを始める時に勉強はしたんですけど、分からない所も多くて」

 

 そう言いながら頬を掻く少年を見て肩を竦め、呆れたように笑いながらノーティスは踵を返す。

 

「それが普通でしょ。使うもの、必要なものだけ最低限覚えてれば十分だし」

「でも……」

「まず聖天貸法だけで660種。その中でも転移みたいな空間や時間を制御する法力は相当の知識と演算が必要になるの」

 

 使わない、使えない上に使用難度だけは高い法術を覚える暇があるなら使用頻度の高い法術をきっちり使いこなす方が何倍もいい、そのように続けてノーティスは歩みを進めていく。視線の先に居るのは、恐怖にその瞳を揺らし、腰が抜けたのか動けないままでいる案内者の少年。

 少女が近付くほどに少年の身体は竦み、差し出された手に、彼の瞳はぎゅっと閉じられる。

 

「何してんのよ、化物は倒したんだからまた見つからない内に進まなきゃ」

「お前……ギア、だったのかよ」

「……だから?」

 

 露骨に不愉快そうな表情を浮かべた少女に驚き、思わず口籠る。

 

「なっ、だから、って……」

「何か勘違いしてるみたいだから教えてあげるけど、聖戦ってジャスティスの指揮下にあったギアと人類の戦争だったの。ほぼ全個体がアレの制御下にあったのは確かだけど、例外だってそれなりに居るわけ」

 

 その言葉に一瞬はっとしたような表情を浮かべたが、すぐにまた恐れと警戒の混じった瞳でノーティスを睨みつける。その仕草に何を思ったか、わざとらしいため息の後、少女は低く冷たい声で問いかけた。

 

「此処で化物に殺されるかギアに連れられて生き残るか5秒で決めなさい」

「え」

「の、ノーティスさん」

 

 問い詰める間もなく、ハイ時間切れ、と吐き捨てて少女はブリジットの手を引く。戸惑うように彼女に連れられるままの少年と、此方を一瞥すらしない少女の後ろ姿に、少年の心を一気に暗雲が覆いつくしてゆく。本当に彼女は自分をここに捨てて行くつもりなのだと。

 

「ま、待って! 分かった! ちゃんと一緒に案内するから置いて行かないでくれよ!!」

「ほら。ああ言ってますし、戻りますよ。今のところはともかく、ずっと安全とは限らないんですから」

「……ま、及第点って所かな」

 

 相変わらず不機嫌そうな表情を隠そうともせず、ノーティスは腰を抜かしたままの少年を担ぎ上げて道を進み始める。黙って成すがままとなっていた少年は、しばらくの時間の後、意を決したようにその硬い口を開いた。変な事聞いて悪かった、と。

 

「別に今更だし、良いけど」

「……でも、ゴメン」

「はぁ……これで賞金稼ぎって言った理由もわかったでしょ。アンタみたいに怯えるのも、逆に迫害しようとする連中ってのも居るわけだし、そういう事にしてふらついてた方が何かと都合が良いのよ」

 

 淡々と続けられる話を聞いている内に浮かんだ一つの疑問。深く考えずに少年はその問いを口にした。それが虎の尾であるとは露とも思わずに。

 

「でも……そうやって人間の中に入るんじゃなくて、人間と敵対してないギア同士で暮らすってのは出来ないのか? 俺だったら、その、そっちの方が気楽だと思うんだけど」

 

 少年の問い掛けに、ノーティスの表情が露骨に歪む。担がれたままの少年や、彼女のやや後ろを着いて歩くブリジットには見えなかったが、その顔には嫌悪や不快感、そして後悔といった負の感情が入り混じった色が浮かんでいた。

 

「……さっきの、アレ嘘だから」

「え?」

「確かにジャスティスの制御下を外れた例外は居た。でもその大半は自我も無ければ他の命令系統もない休眠状態だったし、殆どが聖戦後に討伐か監視対象として結界に封じられたわ。私みたいに自我や意識を得たのはほんの一部、人型となれば尚更」

「……ノーティスさん、それって」

「ま、そういう事よ。少なすぎて共同体なんて作れなかったの」

 

 嘯くように笑う声とは裏腹に、段々と早くなる少女の足取り。やがてしばらくの沈黙を経て、絞り出されるように口から零れ落ちたのは怨嗟の声。

 

「……私は化物(ギア)になりたくてなったわけじゃない」

 

 それは、誰に向けての言葉だったのか。側に居る二人の耳に入ることなく風に消えた声は、僅かな苛立ちを滲ませて震えていた。

 

 

 

 その後も、少女は無言のまま襲い掛かる敵を倒し、時に簡潔な指示だけをブリジットに飛ばし、そして必要最低限のやり取りだけを続けながら入り江から続く洞窟を進んでゆく。先程の失言を気にしているのか、抱えられるままに黙り込んだままの少年と、彼女らを気にして同じように黙ってしまっているブリジットと、気まずい空気のまま、彼女らは次の目的地へと向かっていた。

 

「此処は?」

「……そのまま真っ直ぐ」

「そ」

 

 やがて目的地としていた島の中央の村が見え始めた時、初めにそれを見つけた少女がくぐもった声を上げた。

 

「? ノーティスさん?」

「いや、ちょっとね。煙見えるんだけど、最初の村と比べてどう見える?」

「煙、ですか?」

 

 問いかけられ、視線をそちらに向けたブリジットの表情が疑問から諦観を滲ませたものへとみるみる内に変わっていく。

 

「……明らかに少ないというか、弱弱しいですね」

「そう、よね」

「どういうことだよ」

 

 おずおずと口を開く少年にノーティスが視線をやり、そして不快感の混じった声で答える。恐らくもう終わった後じゃないか、と。

彼女の言葉が意味するところを過不足なく理解したのか、少年の瞳が小さく揺れた。

 

 そして、程なくして目の前に広がった惨状に、少女らは一様にその顔を歪ませる。一人は強烈な不快感に、一人は鮮烈な怒りに、また一人は強大な悲しみに。

起点となる感情は違えど出力される表情は皆似通っており、そして皆が皆同様に、この現状を前にして行うべき事を理解していた。

 

「……誰か、生きてないのか?」

「調べてはみるけど、望み薄かしらね」

「今なら敵の姿もほとんどありませんし、少し探してみましょう」

 

 言いながら近くにあった民家へと入って行くブリジットを見て、残された二人も連れだって彼とは別の建物へと向かい歩いてゆく。

しかし捜索の成果は惨憺たるもので、一向に見つからない生存者と、三人をせせら笑うかのように着々と見つかる死体の数に比例するように、彼女らの心を無力感が覆いつくしてゆく。

 

「……ここが村長の屋敷?」

「……そうだよ」

「せめて、手掛かりでもあればいいんですけど……」

 

 そう言いながら扉に手を掛け、ゆっくりと開いて敷地内へと足を踏み入れる。そこに見えるのはこれまでに何度も見た、化物が散々に暴れたであろう痕跡と、その暴力によって引き起こされた惨劇を、否が応でも認識させるように壁や床を彩る血と臓物の装飾。

 こみ上げる吐き気を抑えながら歩くブリジットと、嫌悪感を示しながらも平然としているノーティス、そして、胃の中が空になってもなお、吐き気に負けて時折うずくまる少年。最低限気を遣う素振りは見せるものの、そちらを優先するわけにはいかない、と少女は探索を続ける。

 

「悪いとは思うけど、表が絶対安全とは言えない以上着いて来てもらうしかないの」

「……わかって、る」

「……ノーティスさん」

「そうね。一通り此処を調べ終わったら、どこか安全な場所に隠れてもらった方がいいかも」

「隠、れる?」

 

 少年の疑問に、ブリジットが穏やかな声で答える。二人の目的上、この先も同じような惨状を目にする可能性が高い事、特に殺し殺されの関係である以上はそれを避ける手段がない事、そして、現在五体満足だからといって、今後戦闘が激しくなった場合にも同じように守り続けられるとは限らない事。

それらの理由から、事件の解決ないし警察機構の突入まで隠れられる場所があるのであれば、そこに隠れていた方が都合がいい事。

 それらを掻い摘んで話したあと、少年は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ごめんなさい、ウチ達の都合で振り回すことになって」

「……いいよ、あのまま隠れてても生きてられたか分かんねえし」

「でしょうね、バリケードも作れなかったみたいだし」

「は?」

「ちょっ、ノーティスさん!」

 

 反射的に出た言葉に慌てて口を塞ぐも、はっきりと聞こえていた少年の機嫌が明らかに悪くなる。諫めるように名前を呼ぶブリジットと不貞腐れる少年に小さく頭を下げて、ノーティスは再び口を開いた。

 

「悪かったわね。埋め合わせっていうのもアレだけど、アンタの隠れ場所に関してはこっちで面倒見るから」

「本当か?」

「大丈夫なんですか? どこか良さそうなところとかは……」

「場所はどこでも関係ないの。一応視覚的にも良くないからある程度頑丈な部屋の方がいいんだけど」

 

 疑問符を浮かべる二人に続けて説明をしながら、着々と建物内の物色を進めて行く。暫くの時間を掛けて、一通りの保存食と書物、日記帳らしきノートなどを揃えた三人は、二階の一角にある客室らしき部屋へと足を踏み入れた。

 室内の様子は大広間や他の民家と比べても荒らされた様子が無く、使用感にも欠けていることから、事が起こった時には利用者が居なかったであろうことが想像できた。

 

「……綺麗なもんだし、ここでいいか」

「何する気だ?」

「さっき言った通り、此処で籠城してもらうのよ」

「……本気で言ってます? 壁も床も普通のお屋敷のそれですし、ドアなんて木製ですよ。さっきの化物に襲われたらひとたまりも……」

 

 怪訝な表情を浮かべるブリジットに対して、にやりと口角を釣り上げるノーティス。つかつかと部屋の中央へと歩みを進め、床に無造作に置いたバッグから、彼女は小さな発光体を取り出した。

 

「……何だそれ」

「ジール*3と、ジルポッド?」

「そ。一通り戦ってみて分かったけど、アイツ等って別に法力での攻撃手段は持ってないし、やることって言ったら爪とか牙での攻撃か体内から溶解液を吐き出すくらいだったしね」

 

 口頭での説明もそこそこに、未使用品と思しきジールの入ったシリンダーを一つ手に取り、空いた左手を翳して意識を集中する。そうして数十秒ほどの時間を経て、少し疲れたような顔を浮かべた少女は手に持つそれを、ジルポッドと呼ばれた物体へと装填し、ブリジットへと投げ渡した。

 

「はいコレ。扉の横辺りにセットして」

「ま、待って下さい今……?!」

「……?」

 

 自身に向けられた困惑の眼差しに首を傾げるのも束の間、視線の理由に思い当たった少女が少し上機嫌な声色に乗せて語り始める。

 

「こう見えても、簡単な法術ならスコア書けるのよ?」

「でも、ライターってかなり難しい国家資格じゃ」

「難しいのは確かなんだけど、ソルとか団長とか私みたいな戦闘職だとメリット大してないし、普通使わないから勉強してまで資格取る必要性があんまり無いのよね」

「……? どういう事だ?」

「簡単に言うとそこのポッドに結界法術のスコア書き込んで設置するって話」

 

 言われた通りにブリジットがジルポッドと呼ばれた物体を設置すると、青緑の光の帯が広がり、部屋一帯をやがて覆いつくす。何が起こっているのかわからない様子でそれを見ている少年と、既視感を覚えるブリジットとを見比べて、少女は備え付けのベッドに腰を落とし、集めてきた本の内の一冊を手に取った。

 

 特に周囲を警戒する素振りもなく読書を始めたノーティスに、二人はそれぞれ異なった反応を見せる。起こった事象を理解しているブリジットは少女と同じように緊張を解いて彼女と同じように資料を確認し始めるが、そんな二人の様子を不信感を持って眺めている少年に気付いたノーティスは、やがてゆっくりとその口を開いた。

 

城壁(ランパート)要塞(フォルトレス)*4の広範囲型の応用だからブリジットは見た事あるんじゃない?」

「そうですね、これならしばらくは大丈夫だと思います」

「……なあ、法術とかよく分かんねーんだけどさ、ホントにこんなので平気なのか?」

「聖騎士団でも使ってた結界法術だから性能は折り紙つきだけど。不安だったら試してみる?」

 

 言いながらブリジットに読みかけの本を手渡し、少女は廊下へと歩いてゆく。開け放たれたままの扉の向こうで向き直り、ゆっくりと構えを取る。突然の行動に戸惑いを見せる少年を気にすることもなく、一寸息を止めて少女は握りこんだその手を大きく振りぬいた。

 

「!?」

 

 キィィィン、と甲高い反響音が鼓膜を叩く。反射的に瞑られた瞳を開けた先には、防壁を殴りつけた右手をひらひらと振りながら眉をしかめるノーティスと、衝撃の余波でひび割れた扉周辺の壁面、そして何事も無かったかのように光を放つ防壁がそれぞれ見えた。

 

「ね、だから言ったでしょ」

 

 そのまま軽い動作で自分たちの居る部屋と反対側の扉を殴りつけ、大きなヒビとクレーターを作り出す。これよりも力を込めて殴って無傷なのだから大丈夫だ、とでも言うように。

そのまま結界に手を触れ、僅かな沈黙の後に結界を抜けて部屋へと戻ってくるノーティスに、彼女から持たされていた本を手渡すブリジット。一言の礼と共にそれを受け取り、少女はベッドへと腰掛けた。

 

「一応、あるだけの食料は集めたから。警察機構にもここまでの情報と合わせて連絡は入れておくし、先遣隊が来るまでの三日四日は持つと思う」

「あまり時間は掛けられませんが、資料を確認する間はウチ達もここに居ます」

「……ありがとう」

 

 ポツリと呟かれた言葉にきょとんとした表情を浮かべた後、少女はゆっくりと首を振る。

 

「礼を言われるほどの事じゃないわ。結局助けられたのはアンタ一人だけだし」

「……」

「ノーティスさん」

「事実でしょ」

 

 そういう事じゃなくて、と怪訝な顔をするブリジットをよそに、少女は座り込んだままの少年に視線を向けた。

 

「利口なのはいいけど、なんでもっと早く来てくれなかったくらいキレてくれても私は別に構わないわよ?」

「気分じゃねえよ……ていうか無茶苦茶理不尽じゃねえかそれ」

「無茶苦茶でも感情ってそんな物だし。どうせ言うなら同じ人間の警察よりギア相手の方が気兼ねなく言えるんじゃないの」

 

 冷淡な少女の言葉に少年は思わず口籠る。

 

「……ま、良いって言うんなら私がどうこう言う事じゃないけどね。ただ、そうやって抱え込んで壊れた連中を昔よく見たってだけ」

 

 少しの沈黙の後、少女は興味なさげに手に持っている本へと視線を戻した。どうせ情報を集める時間は必要だし、泣く暇くらいはあげる、と。

 

「……っ」

 

 ページをめくる音が一つするたび、咽び泣く声が微かに聞こえる。少女らは何も問わず。少年は何も口に出さず。

資料を探る手も、情報を拾う目も止めることなく、彼女らはただ時間が過ぎることだけを待ち続けた。

 

 

 

「さっき調べてた時には居なかったみたいなんだけど、これってこの島の人であってる?」

 

 一刻程の時間が経過した。次の目的地の目星を大まかに付けたのか、いくつかの本から纏められたメモ書きを懐に仕舞い、少女はその腰を上げる。

そして、ノーティスはブリジットの預かっていた荷物から一枚の写真を取り出し、少年へと問いかけた。写真を見た少年は一瞬その表情を強張らせ、その後平静を装いあいまいな答えを返す。

 

「……ああ、たしか、最初にそっちの人が入った家に住んでたと思う」

「あの家ですか? でも誰も居ませんでしたけど……」

「ちょっと調べ直してみよっか」

 

 ノーティスの提案に頷くブリジット。自分はどうすれば、と戸惑いを見せる少年にゆっくりと首を振り、少女はそれまでとは打って変わって、その口から優しい声色を吐き出した。

 

「アンタとは此処でお別れ。さっきも言ったでしょ、警察機構に連絡を入れたから到着するまで動くなって」

「でも」

「大丈夫ですよ。さっきも言った通りこの結界法術の頑丈さは折り紙つきですし、警察の人も救助隊を編成しているそうですから」

「……それに、結果次第じゃ耐えられないから。多分ね」

 

 僅かな反応から内心を言い当てられたと感じたのか、少女の言葉に少年は顔を俯けてしまう。絶対に黒幕はウチ達が何とかします、と努めて明るく話すブリジットと共に結界の外へと脚を踏み出し、一度足を止めた少女は振り返ることなく口を開いた。

 

「死んでたら仇は討つ」

「……ああ」

「生きてたらアンタと同じように絶対に助ける」

「……、うん」

「それで良いでしょ」

 

 そう言い残して二人は屋敷を立ち去り、最初にブリジットが立ち入った民家へと再び足を運ぶ。単なる一般家庭と思わしき内装が荒らされている以外に目立ったものはなく、少年を匿う事にした部屋と同様に、血や吐瀉物、臓物などの死の痕跡は見受けられなかった。

一つ二つ言葉を交わして捜索を行い、やがてブリジットが私室らしき部屋から見つけたのは一冊の日記帳。

 

「ノーティスさん、これに何か書いてるかもしれません」

「日記? 何日まである?」

「えー、っと……」

 

 パラパラとページをめくり、文章の頭に書かれていた日付を確認する。最後の記録は、少年が風車塔に隠れ始めたと話した日付よりさらに一週間ほど前。内容はそれまでのものとは大きく変わらない日常の記録と、末尾に書かれた数行ほどの非日常の記述。

 

「レイモンド……この人があの男の子の言ってた本土からの学者でしょうか」

「でしょうね。助手、か……嫌な予感しかしないわね」

「風の塔とそこに繋がる遺跡、この村の外にある川の下流にあるみたいです」

「さっきの部屋から地図持って来てる?」

 

 はい、と答えて少年が広げた地図を見ながら、日記やメモ書きに書かれた地名に印を付けて行く。村の外れにあり、島の中央へと流れる大きな川、川沿いの遺跡、外周と同じような断崖に阻まれ陸路では侵入経路の限られる、風の塔と呼ばれる構造物。

数分ほど考えた結果、定まっていた目的地への道程が段々と明確に見え始めた。

*1
一説には法力、魔法の構成要素を始めとした世界全ての情報が記されている、と推定される上位世界。

法力を始めとした超常現象は、バックヤードから強制的に『現象が発生する理由』や『発生した現象という結果』を持ってくることで成立している、と考えられている。実際は超々高密度の情報の海と言っていい世界であり、そこに脚を踏み入れた生物は大抵の場合、溢れる情報の波に押し潰されて圧壊してしまう。

*2
現存する法術を記した体系。禁呪とされている6種を含めた全666種が纏められている。しかしこの他にも遺失したもの、一部の存在や魔法使いなどのみが扱える物などがあるため、聖天貸法に存在する法術が全て、という訳ではない。

*3
再起の日以降、科学文明を失った世界で最も多く使用されているエネルギー物質。石炭や石油などの既存のものを大きく引き離す燃焼効率の良さが特徴だが、その実態は高密度の情報体。

ジールそのものが法術を記述する媒体(スコア)の役割を果たし、これをジルポッドに装填することで、第三者が法術を行使することが可能となる。

*4
フォルトレスディフェンス。D以外の2ボタン同時押し、タイトルによってS+HSでは使えない、P+Kのみなどコマンドが若干変わる。基本システムとして存在する削りダメージを減らし相手との距離を大きく離せるのが特徴で、空中ダッシュなどのフロートと共にプレイアブルキャラの中では一般的な法術の一つ。


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