Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション― 作:秋月紘
南極大陸への中継地点となる、ニュージーランドへと向かう飛空艇の中。ユニオンジャックのシャツを着た金髪の男と、紅いヘッドギアの男は二人、窓から流れる雲を眺めながら話をしていた。
「それで、大型ギアってのが中々のクセモノって話らしいんだ」
「……勿体付けてねえでとっとと話せ」
「ダンナってばせっかちだねぇ……ま、いいけど。」
ソルのわざとらしいため息に肩を竦め、アクセルは情報屋などから手に入れた内容を掻い摘んで説明していく。
曰く、大型ギアの口内に犬と魔法使いらしき男が同乗しているらしい。
曰く、大型ギアの外殻は非常に強固で生半可な攻撃では傷一つ与えられないらしい。
曰く、攻撃手段も多岐に渡り、並の賞金稼ぎでは手も足も出なかったらしい。
曰く。その魔法使いは大型ギア以外のギアも制御することが可能らしい。
「全部伝聞形じゃねえか」
「しょうがないでしょ噂なんだから。とにかく、ギアの制御技術を持ってるって噂通りならダンナの探してるあの男に繋がる情報も持ってるかもしれないし、調べる価値はあるんじゃないの?」
「どうだかな」
呆れたように窓の外へと視線を戻して再び黙り込んでしまう姿を見て肩を竦めた男は、通り掛かった乗務員を呼び止め注文を済ませた後にソルの方へと再び視線を戻す。
「まあそう言わずにさ、ちょっとした人助けだと思って」
「そもそもテメエが南極に向かう理由もねえだろうが」
「俺はまぁ……ダンナの役に立てればってね? 他にない訳じゃないけど」
ぼかすように空笑いを浮かべつつ、アクセルはカップへと口付けた。
そうして飛空艇を乗り継ぐこと数時間。目的地としていた南極大陸の大地を踏みしめ、男二人は周囲を見渡す。合流時刻を伝えられた小型飛空艇の乗員は二人に気を付けてという旨の言葉を残し撤収し、残されたのは自分たち以外には何もない。
道中の飛空艇で確認すべき事を一通り確認していた二人は、迷う素振りもなく目撃証言の集中する地点へと向かい歩き始める。時折アクセルが振ってくる雑談に渋々といった様子で対応しつつ歩みを進めていたソルは、やがて何かに気付いたように足を止める。
「……ダンナ?」
「構えろ」
「何ダンナ、ってアレは……はぐれギアって奴?」
わざわざ南極に来て初めて会うのがはぐれギアとはツイてないねぇ、と嘯く男に違いないと淡白な返事をし、ソルは得物である封炎剣を構え姿勢を落とす。
二人の眼前に現れたのは、数体の大型獣。一目見る限りでは狼と呼ばれる種と相違ないように見えるが、明らかに一般的なそれよりも大きく、そして真っ白なシルエットの中に見える紅い光点が、見た目通りの生物ではないことを示していた。
「集団戦か……面倒クセェな」
言うが早いか、大型獣の内の一体が二人の臓腑を食い破らんと牙を剥き、大地を蹴って飛び掛かる。
しかし正面から伸びた鎖鎌に眉間を打ち付けられて体勢を崩し、その隙を逃す筈もなく懐まで飛び込んでいたソルが封炎剣を胴体へと深々と突き刺し、獣の悲鳴は炎に巻かれて灰と消えた。
「そらっ!!」
「砕けろッ!!」
続けざまに襲い来る獣たちを、それぞれの得物を手に迎撃し、そしてそれらは圧倒的な戦力差から見る見るうちに数を減らしてゆく。
やがて残り五体を切った頃、形勢不利を悟った一体に遅れて残ったギアが我先にと踵を返し逃げ始める。
だがしかし、それに気付かないほど切迫した戦況でもなければ、敵対行動を取ったギアの逃げの一手を見逃すほど男は甘くもなかった。
「悪いが、終いだ」
轟音と共に地を蹴ったソルの身体が炎を纏い、やがて大きな火球となって弾けるように加速する。
「タイラン・レイヴ*1!!」
超高温の炎を纏った飛翔体は、こちらに背中を向けて逃げ続けるギアへと瞬く間に到達し、そのまま灼熱の渦へと獣たちを飲み込む。
炎にその身を焼かれ、物言わぬ亡骸となったギアが弾き飛ばされる。一体残らずギアを屠ったソルの身体を覆う炎は消え、そのまま彼は慣性に従い十数メートルは先の地面へと着地した。
「さすがダンナ」
「手こずらせやがって……行くぞ」
機構を展開し、冷却状態になったままの封炎剣を担いでソルは再び歩きはじめ、遅れてアクセルがその後を追い掛ける。明確に殺意を以て襲い掛かってきたようにも見えたギアの様子に警戒心を一段強め、彼らは大型ギアの目撃地点を目指す。
「ねえダンナ、さっきのアレってさ……」
「一体目はこっちにあてられて殺しにきたんだろうが、残りは脅しだな」
「ダンナもそう思う? なんかヌルいな~とは思ったんだよね」
大型ギア以外も制御できるってのはあながち嘘でもなさそうだ、と男はわざとらしく大きなため息を吐く。
それに反応したソルの不機嫌そうな舌打ちに軽く詫びつつも、変わらずアクセルの足取りは重いままで、それでもソルに遅れないように歩き続ける事は止めない。
しかし、よりにもよって最も嘘であって欲しい噂が事実かもしれない、という情報がアクセルの脳内に後悔の二文字を浮かび上がらせたのは間違いなく、男は軽率に首を突っ込んだ自分を呪うのであった。
変わって、イセネ島中央に位置する村の一角。二人がこの家屋に入ってから十数分は経ったであろうか。
私室のテーブルに遺されていた日記をバッグへと仕舞い、少女らは尋ね人と思わしき人物が住んでいた住居を後にした。
燃え残る肉の臭いや血の悪臭で眉間に彫り込まれた皺を解す暇もなく、二人は村の外れへと進む。しばらく歩いている内にたどり着いたのは川沿いの船着き場。
複数の丸太を組み合わせて作られた、思いのほか広く作られたそこに足を踏み入れ、少女は周囲を見渡す。
「……流石に先手は打たれてるか」
「船、ありませんね……流れも急ですし、流されちゃってるのかもしれません」
湿った空気と目の前を流れる急流に眉を顰めたまま、少女は足場から周囲を見渡す。ブリジットの何か見えるか、という問いに生返事をしつつ上流、下流と目を向ければ、遠くの下流に同様の構造物が作られているのが小さく見えた。
目敏く反応したブリジットに下流の船着き場について伝え、ノーティスは塔へと近付くついでにそちらの船着き場も確認してみようと促す。特に迷う様子も見せずに頷く少年に満足げに目を細め、二人は川沿いを下り始めた。
「でも、本当に川から下って大丈夫なんでしょうか」
「あんまり気乗りはしないけど、地図を見た感じだと他に道は無さそうだし。もともと特定の人間だけが出入りする目的で建てられたんだと思う」
「……仕方ありませんけど、強行突破になる可能性も高いですよね」
「……それが目的だろうしね」
話している内に深みを増す森を進み、散発的に現れる怪物を倒して歩いて行くと、やがて二人は開けた場所に出た。
そこで目にしたのは先程と同様の船着き場と、流されないように陸に揚げられた大掛かりな筏。
ノーティスが剣を抜き、目配せに頷いたブリジットが周囲を警戒しながらゆっくりと筏へと近付く。そして筏に手を触れ、暫く状態を確認した後に彼は弾んだ声を上げた。
その後遅れてノーティスが筏に取りつき、ブリジットと交代して右手を縁に掛け、そして。
「よっ、と」
「……え?」
呆気にとられる少年の目の前、ずず、と重い音を立てて4m四方はありそうな大きな塊が湿った土に線を引き始める。
破損しないように気を付けつつゆっくりと筏を引きずっていたノーティスであったが、やがてこちらを見ていたブリジットの視線に気付き不愉快そうに首を傾げる。
「……一応戦闘用ギアなんだから力強くて当たり前じゃない。そもそも剣だって普通の人間が片手で振り回せる重さじゃないんだし、今更驚かないでくれる?」
「すみません、つい……」
そう謝るブリジットと二人苦笑いを浮かべながら川縁へと少女は筏を移動させる。そして、合図とともにノーティスはそれを水上へと投げ入れた。
「飛び乗って」
弾かれるように駆け出した二人は、流れに乗って進み始める筏へと飛び移り、川下へとその双眸を向けた。
見る見るうちに船着き場を離れ、ぐんぐんと速度を上げる筏。流れて行く景色に一息ついた二人は、ノーティスの持っていたバッグから水筒や医療品を取り出して道中の戦闘で枯れた喉を潤し、ブリジットの肌に目立つ裂傷や擦り傷に手当を施してゆく。
「あ、ありがとうございます」
「良いからそのまま。
「そう、なんですけど……ちょっと落ち着かなくて」
ブリジットの言葉に目を丸くし、居心地悪そうに視線を逸らす。流石に大した怪我もないみたい、と誤魔化すようにぽんと処置を済ませた場所を軽く叩き、少女は飲みかけの水筒をひったくった。
「とにかく、予想が正しければ風の塔ってのを根城にしてる可能性が高い訳だし、ちょっとの油断が命取りになるわ」
「ええ、警戒しなくちゃいけませんね」
「……向こうもただ渓流を通してくれる気は無さそうだしね!」
「っ!!」
二人が構え、川岸からこちらに向けて飛び掛かってくる影へと迎撃態勢をとる。
「アイツは私がやる! ブリジットは他を警戒して!」
「分かりました!」
言うが早いか、先陣を切って飛び込んできた怪物の一体の眉間にヨーヨーが放たれ、筏へ取りつくことなく急流に飲まれて消える。間髪を入れずに二体、三体と襲い掛かってくるそれらを迎撃し、筏へと取りついた一部をノーティスの大剣が引き裂く。
不安定かつ、攻撃を誤って当てようものなら崩壊する危険と隣り合わせな筏の上、そして流れる速さを増してゆく水流に翻弄されながらも、少女らは水上に投げ出される事なく目的地へと近付いてゆく。
「……見えた!」
「……少し、まずいかもしれません」
風の塔の姿を見つけた少女が歓喜の声を上げると同時に、後方を警戒していた少年が小さな舌打ちをする。振り返った先に見えるのは、筏の後ろを追うように波立つ水面と、ちらほらと見え隠れする『何か』の姿。
それが意味するところを瞬時に理解した少女は、先程少年がしたように無意識の内に舌打ちをして筏の後端に歩みを進めた。
「ごめん、十秒だけ時間ちょうだい」
「……やれそうですか?」
「上手くいくかはわかんないけど、剣とかヨーヨーよりはマシかも」
それだけ聞いて、ブリジットはヨーヨーを構え、召喚したロジャーと共に、十秒の時間を稼ぐため敵の迎撃を一手に引き受ける。水辺に落としてしまえば追撃されないとはいえ、怪物の頑強さが変わったという訳ではない以上一人での迎撃がそう長く続けられることではない事は、二人とも重々承知していた。
しかし、二人の見たものが予想通りの物であるならば、
水棲型に追いつかれ、筏を壊されてしまえばまともに戦うことなどできなくなってしまうのだから。
(大丈夫、水を伝わせるんだから減衰はしない……あの人ほどの制御が必要なわけじゃないんだから……)
自分に言い聞かせるように、何度も大丈夫だと反芻する。両腕に意識を集中させ、纏った雷が描く軌跡をなるべく鮮明に思い浮かべる。
速度も、軌道制御も、雷撃を遠くまで維持するほどの精密な制御も今は要らない。
(ただ、放つまで散らさなきゃいい)
「ノーティスさん!!」
「喰らえッ……!」
ブリジットの呼ぶ声に遅れて筏の後方から襲い来る影、眼前にまで迫った怪物達を倒すため、大きく上げた腕を叩きつけるように振り下ろし少女は声を張り上げた。
「レイ・ディバイター*2!!」
暫くの時間が経過した頃。急流を抜け、あちこちにぶつけながら速度を落としてゆく筏から岩場へと飛び移り、周囲に敵影のない事を確認した少女ら二人は大きく息を吐き、思い思いの場所へと腰を下ろした。
「……凄かったですね、さっきの技。あれも前に言ってた聖天貸法に?」
「まあ、ね。雷属性の法術の一つで、地上で使うのは難しい方だと思う。……とにかく周り全部感電させるつもりでやったから今回は出来たけど、正直私じゃ使いこなせないかな」
あの天才サマは平気で色んな法術使ってるけどね、と自嘲気味に笑いながら少女は手荷物の様子を検める。幾つか駄目になっていた消耗品などを処分しつつ、手に持った水筒で喉を潤した。
「そういえば、あの大きな雷出すときも『聖騎士団奥義!』っていってますもんね……そんなに凄いんですか?」
「自分で制御しながらあのレベルの近接戦できるのなんてあの人位じゃない? 普通前線の人間じゃなくて法術部隊が別で制御するもんだし」
「ええ……」
滅茶苦茶じゃないですか、と呆れた様な表情で水筒に口をつけるブリジットに同意を示しつつ、少女はバッグと大剣を取り直して体を起こす。
視線を向けるのは、目的地である風の塔と、その手前に広がる遺跡群。
いつから人の手が入らなくなったのだろうか、雨風に曝されて崩れた柱や構造物と、それを覆い尽くさんばかりの蔦や苔。
そして、それらとは対照的に踏み固められ、人の出入りがうかがえる道とを見比べて、少女は大剣を握る手に力を籠め直す。
「ビンゴ」
「ここで間違いなさそうですね」
二人が遺跡の中を進む内に、やがて遠くに一つの影が姿を現す。
初めはおぼろげに見えたその姿が、近づくにつれてハッキリと人の形を浮かび上がらせた辺りで、ノーティスの表情が硬く強張った。
「ノーティスさん? あれって……」
「……多分」
少女の表情を訝しみ、正面の人影に目を凝らした少年は、手荷物の小袋と写真を不意に思い浮かべた。
港町で出会った一人の女性から受けた、イセネ島に住む姉を捜索して欲しいという依頼。彼女から預かった写真や伝え聞いた背格好など、此処に向かうまでに得た情報を思い返し、遠目に見える人影と照合してゆく。
そして、それらの情報と合致する人物であると判別できるまでの距離に近づいたその時、隣を歩く少女の足がピタリと止まった。
つられて足を止め、ブリジットは隣で立ち止まる少女に視線を向ける。少年には、彼女の表情が曇り、瞳から光が消えている理由が分からなかった。
何故、声を掛けようとしない? 生存者が見つかったのに。
何故、剣から手を離そうとしない? 目の前にいるのは人間なのに。
どうして──そんなに辛そうな表情をしているんですか。
問いかける言葉を持てず、戸惑いのまま再び少女の視線の先に振り返ったブリジットは、目に映る姿に小さな違和感を覚える。それは小さく、単純で、そして根本的な違和感。
(どうして、あの場所から動こうとしないんだろう)
その答えを得るためか、あるいは単純な厚意から、少年は先んじて一歩足を踏み出す。後ろから聞こえた声は焦りからか遠く聞こえ、やがて駆け出した少年の手が立ち尽くす女性に触れる瞬間、昂っていた心から一瞬にして血の気が引いてゆく。
背筋を走った悪寒から視界が一気に鮮明になり、自分が手を伸ばそうとしていた
「え」
それは、有り体に言えば既に人間ではなかった。
足元から生える蔦に体は同化されており、そして彼女の周囲を、塔の入り口を守るように複数の蔦が姿を現し、
そして背中から見える四枚の翼、周囲の蔦や草花を含むそれらが苦悶の表情を浮かべる女の意志に従い動くものだと気付いた時、ブリジットは先程浮かんだ疑問の答えを得、そして目を背けようとしていた自身を呪った。
「ブリジット!!」
地表を突き破って伸びる複数の蔦、少年のみを貫こうとするそれを反射的に迎撃するも、すべてを防ぐまでには至らず、攻撃をすり抜けた内の数本が体を掠め、逃げ場を失った少年の胴体を目掛けて襲いかかる。
「くっ!?」
鋭利な何かが肉を貫く音が、遥か遠くに聞こえたような気がした。