Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション― 作:秋月紘
南極大陸へと向かう飛空艇の中。法力通信の作動を示す魔法陣から、何度かの呼出音が響き、その後懐かしい声が聞こえてくる。
『久しいな、カイ。このタイミングでの連絡という事はさっき送ってきた大型ギアの件だろう? そちらについては既に手を打っている。俺は直接は向かえんが近隣の部隊を手配した、上手く使ってやってくれ』
「ありがとう、レオ」
レオと呼ばれた通信の向こうの声は得意げに笑い、しかし数秒も経たぬ内に先程までの神妙な声音へと戻る。
『しかしなんだ、イセネ島の話も聞いているがこっちはこっちでとんでもない状況だな……確認できた生存者は僅か一名、その上村人の大半は怪物の餌か実験体と来た。聖戦が終わった後に上がってきていい報告じゃないぞ』
レオの言葉を詳らかに示すような文言が敷き詰められた報告書を手に、カイは深く大きなため息を吐いた。
「……だが恐らく事実だ。対応もすでに進めている、数日中には片を付けるつもりではいるさ」
『そうは言うがな……本当に大丈夫なのか?』
不意の質問に、カイの眉間に皺が一筋深く彫り込まれる。剣呑とした雰囲気など意に介さず、レオはそのまま言葉を続けた。
『直接会った事のない俺が言うのもなんだが、先遣に出したのはあの
「敵の戦力が分からない以上、懸念が無いとは言わないが……お前の心配事がそれ以外の話なら、直接会った私が任せていいと判断した。それでは不十分か?」
『……分かった。そういう事なら俺も何も言わん』
そうしてくれ、とため息とともに答えた青年はそのまま考え込むように窓の外へと視線を移す。
レオの問い掛けにああは返したものの、カイ自身全くの不安を覚えていないわけではなかった。だが、彼女から打診が来た時点でイセネ島との連絡途絶から大きく時間が経過しており、最悪の事態を想定していたカイとしても、部隊の編成が完了するより早く行動できる少女の申し出は渡りに船といった所であった。
故に、同行者がいるのであれば、とノーティスのイセネ島への上陸を許したのだ。
(状況は最悪に近いが、生存者が見つかっただけでも良かったと考えるべきか……)
「……ままならないな」
何度目かのため息に通信の向こうから呆れた様な声が返ってくる。
『頭の痛くなる状況は察するが、何度もため息を聞かされるこっちの身にもなってくれ』
「ああ、すまない。……移動が長くなると、つい余計なことを考えてしまうな」
『なら多少は前向きな話でもどうだ? ヨーロッパ、それにユーラシアや東アジアの連王国化について元老院と残存していた各国首脳で正式に話がまとまったらしいぞ』
「その話はこちらでも聞いている。まだ課題は山積みだが、これで少しでも復興が早まるのならそれに越したことはない」
真剣な表情は崩さないままだが、そう答えたカイの口調にはわずかに綻びが見えた。
それもそのはず、国際警察機構に所属している彼等にとっても、国家機能不全から未だ復興していない地域で起こる事件の数の多さは頭痛の種の一つであったのだ。
聖戦による崩壊以後。主導する元首もおらず、行政機関もその機能を失って久しい国や地域では、僅かに残された人々が小さな共同体を構築してその命の灯を繋いでいた。
その中で聖皇庁や国連の目に留まったものは幸いにも救い上げられつつあったが、その援助から漏れてしまった者たちも少なからず存在しており、そういった人々による強盗行為などは特に問題となっていた。
『連王の選出は選挙によって行い、選出された三人の連王が各地区をそれぞれ治めるとの事だ。お前は出ないのか?』
「やめてくれ。私がそんな柄に見えるか?」
『……案外似合いそうだと思ったんだがな』
カイの不機嫌そうな返答に一つ息を吐き、レオはぽつりと呟いた。
そうしてレオとの通信を終わらせ、封雷剣の手入れなどをしている内に着陸地点が近づいてくる。慣れた手つきで装備を整え、目的地への到着を知らせる操縦者の声に礼を返し、青年は白銀の大地へと足を踏み入れる。
頬を切りつける冷たい風に身震いを一つし、彼は懐からメダルを取り出す。
「……ベルナルド、聞こえますか」
『如何されましたかな』
「イセネ島の件について一名、確保して欲しい闇医者がいます。事件関係者ではありませんが、ノーティスからの報告を聞く限りでは、事件の後始末に彼の力が必要になる場面もあるかもしれません」
白い息を吐きながら、左右も知れない雪と氷の地を進むカイは、しばらくの進行の後に明らかな違和感を覚えてその眉間に皺を寄せる。足早に進んだ先で見つけた違和感の原因は、炎と斬撃、打撃といった手段を用いて殺害されたギアらしき生物の亡骸と、一帯の戦闘の跡から伸びる二人分の足跡だった。
「……アイツが動いてるのなら、大型ギアというのもあながち嘘ではなさそうだな」
打ち捨てられたギアの死体や、各所に残った戦闘の跡を一通り検め、カイは足跡を辿るように再び歩き始める。代り映えのしない景色の中を進み、時折吹く冷たい風に眉を顰め、時間の感覚も薄れるような道程を経る内に、やがて小さな人影が正面におぼろげながら見えてくる。
そのシルエットが明瞭な形を取るにつれカイの表情が訝し気なものに変わり、その疑念が確信に変わる頃、人影が青年に気付いたように動きを見せた。
「……カイさん?」
「ディズィーさん? どうしてここに」
ディズィーと呼ばれた少女は、予想だにしなかった遭遇者の声にその紅の瞳をまん丸に見開く。険の無いその表情とは不釣り合いな背中の羽と尻尾、戦闘の跡と思しき地表の亀裂や燻る炎に、カイは小さく肩を竦めた。
「私ですか? 私は、此処で人と共存しているギアがいるとメイ達から聞いたので……人避けの為のギアが居て、少し戦闘になってしまいましたけど」
「人と共存……? 此処にいるのは大型ギアだと聞いていたのですが……ただ、貴女の話が本当ならあの情報にも納得がいきますね」
カイの発言に、今度はディズィーの眉間に小さな皺が生まれる。その疑問に答えるように青年は事の顛末をハーフギアの少女に話し、少女は得心が行ったようにその表情を綻ばせる。
ただ、ディズィーの聞いた話によると、正確にはギアを操る力を持った魔法使いが南極大陸で暮らしており、大型ギアはその制御下にあるというのが実際の所であるらしい。
その話を受けて、次はカイの眉間の皺が一段と深くなってしまった。
「それは……共存と言って良いのでしょうか」
「……どんな形だとしても、私の力のコントロールに役立つ話が聞けるかもしれませんから」
「……それも、そうですね。分かりました、貴女さえ良ければ同行して頂けませんか? お互い目的地は同じですし、力を貸して頂けるならありがたいのですが……」
そう言って差し出された手を取り、少女は了承を示すようにうなずく。
雪と氷に覆われた真っ白な世界を、二人は再び歩き始めた。
「……まさかこんなところに集落があるとはねぇ」
人類の生命力も大したモンだ、と金髪ロングヘアの男は嘆息する。しかし、その表情は感心半分、緊張半分といった面持ちで、その額には薄らと汗が滲んでいた。
隣に立つ茶髪の男も、彼が独り言つ言葉に呆れた様な反応を示しながらも正面から視線を外そうとはしない。
「これで大型ギアがタチの悪い冗談ならマシだったんだがな」
二人の周囲、近隣一体に広がる戦闘痕。
その荒れ果てた雪原の一角で、ソル=バッドガイ、アクセル=ロウの二名は目的の大型ギアと相対していた。
「……話し合い、てのは難しいかなダンナ」
「話が通じるように見えるかアレが」
「……無理!!」
吹雪の中を切り裂いて振り下ろされる腕を左右に分かれて躱し、アクセルはその鎖鎌を伸びきった腕に、ソルは飛び上がり大型ギアの口内に鎮座する魔法使いらしき男と一匹の犬を目掛けて封炎剣を振り抜く。
しかし、鎖鎌は払った腕に弾かれ、上空からの攻撃は口内から放たれるビームじみた攻撃に阻まれてしまう。
「チッ……埒が明かねえ」
「……首から下は何やっても通んないねコレ」
「だろうな。表皮の頑丈さもそうだが防壁の強度がイカレてる」
地面を叩く巨大な腕と、叩かれた地面から勢いよく隆起するこれまた巨大な石板の波状攻撃を躱しながら、二人はもう何度目かも分からなくなったため息を吐く。
二人の身長を優に超える巨体に行く手を阻まれ、こちらの攻撃はさしたる傷を与えられず、かといって大振りな巨大ギアの攻撃をまともに受けるほどの油断は二人には無く、消極的に見える攻撃の散漫さも手伝い、通常の戦闘以上に彼らは疲弊しつつあった。
「向こうもあんまり積極的じゃないみたいだけど、どうにか一時休戦って訳にはいかないモンかな……」
「こっちが引き下がって終わりってんなら簡単なんだがな」
「……ま、ここまで来たからには『あの男』の手がかりが無いか位は調べときたいよねえ」
困ったようなアクセルの苦笑いに大きく息を吐き、ソルは改めて正面の大型ギア『レオパルドン』へと視線を向ける。
(……主導権は口ン中の野郎と犬のどちらか。十中八九魔法使いの野郎を抑えれば止まるだろうが、問題はあの攻撃にクールタイムの概念があるかどうかだな……なら)
考えもそこそこにソルは再び駆け出し、振り下ろされる腕を潜り抜け、その手の甲へと飛び乗る。そのままギアの頭部へと飛び移ろうと両脚に力を込めた直後、足場にしていた腕が上方向に大きく振り払われる。
「チッ……!」
期せずして男が吹き飛ばされたのはギアの正面上方。先程と同じ、極大のビームの攻撃範囲内であった。
「ダンナっ!!」
「うざってえ!」
封炎剣より放たれた炎を大型ギアの腕が振り払い、続けてその大きな口から立ち昇る光の柱が、回避行動を取ったソルの髪を掠める。
焼けた付け毛に訝し気な視線を一瞬移し、男は体勢を立て直して再び駆け出した。
「! あれは……!」
「法力……それも、かなり強い力を感じます」
空を引き裂いた光の柱に瞠目し、二人は顔を見合わせその足を速める。
はたして二人の懸念は的中し、彼らの眼前に現れたのは、目標としていた集落からそう遠くない距離で戦闘を繰り広げる大型ギアと、見知った二人の人物であった。
「ソル!!」
赤いヘッドギアの男に向かってそう強く呼びかけ、カイは彼の隣へと並び立つ。
面倒な奴に会った、と言いたげな表情を隠そうともしない男の問い掛けに、彼は同じような呆れ顔を浮かべて答える。
「ッ!?……テメエ何しに来やがった」
「……大型ギアの噂の調査だ、本当にこれほどの戦闘能力を保有するギアが残存しているとは思わなかったがな。それにこれは……」
そう言って、彼は正面にそびえる巨体を驚いたような表情を浮かべて見据える。以前単なる雑談だろうと聞き流した話と瓜二つな巨体に、明らかに初めてそれと相対したような様子で戦闘を続けている、雑談を持ち掛けた張本人。
今このタイミングで妙な出来事が重なったことに、青年は思わず抱えそうになった頭を振ってソルへと問いかけた。
「お前の見立ては?」
「デカブツの口ン中だ。魔法使いがあの巨体を操ってやがる」
もっとも、迂闊に飛び込んだところでビームに焼かれて終わりだろうがな。そう吐き捨てるソルの言葉に、先程見た光の柱が脳裏を過る。
アレに焼かれないように顔に取り付けという事かとすぐさま思考を切替え、正面の巨体を見据えた。
「停戦は出来ないんでしょうか?」
「この状況じゃこっちの声も聞こえないし、どうにか顔に取り付かなきゃ無理かな……」
困惑したような表情を浮かべるディズィーに、これまた同じような表情のアクセルが答える。
「集落から引き離そうとしたがってる感じだし、そっちに潜り込んで話付けるのが一番早い……?」
「四人なら誰かしらはすり抜けられるか……? いや、しかし……」
「行くならテメエ等二人のどちらかだ。俺と
僅か数分にも満たない密談、その終了を急かすようなレオパルドンの咆哮と攻撃を合図に、彼らは四方に散開する。
「ディズィーさん!」
「……援護します!」
大型ギアの放つ光弾を、雷を纏った複数の槍が貫く。続けて少女が生成した魚のようなシルエットの物体が、それの胴体目掛けてレーザーを放つ。微かに焼けた程度の表皮に険しい表情を浮かべ、彼女は青年と入れ替わるように後退を図る。
「あらよっ!!」
追い掛けるように伸びた腕を鎖鎌が絡めとり、その矛先を僅かに逸らした。
「ッ……ありがとうございます!」
「困った時はお互い様ってね!」
僅か会話を交わし、二人は続けて地面から突き上げるように現れる壁と、壁諸共打ち砕くように振り下ろされる剛腕を逃れて迎撃を続ける。
そうして二人に注意が向けば残った二人が頭上への接近を狙いレオパルドンの背後へと回り込み、そちらに意識が向けば反対側の二人が注意を引き戻すように苛烈な攻撃を加える。
そして、広範囲に広がる攻撃を躱し、迎撃のために振るわれる巨木のような腕を掻い潜り、遂にソルとカイの二人はレオパルドンへ肉薄する。
先に頭部へ向けて跳躍したのは赤い影。それまでの何度かの接触と同じように、男は封炎剣を構え声を上げた。
「ガン……ッ!」
男の構えに反応して炎を振り払うように振り上げた腕は、されど何にも触れること無く空を切った。フェイント。そう気付いた大型ギアの搭乗者が気付く頃には既に遅く、振り抜いた腕の向こうの視界には、雷光を纏った白刃だけが残っていた。
「我々の目的は殺し合いではありませんが……続けますか?」
『……』
青年の言葉が、戦闘の終結を宣言した。
一体の大型ギアを中心とした戦闘から数刻の時が過ぎた。
カイの説得に応じて集落へと案内された四人は、居住地から離れた広場で休息状態に入ったギアを取り囲むようにそれぞれ腰を落ち着ける。
「賞金稼ぎに、警察機構の人間と言ったかな。改めて聞くが、貴方がたの目的を教えてもらえるだろうか」
「私は先程話した通り、大型ギアの目撃情報についての調査が目的です。……集落の方からも話は伺いましたので、我々からこれ以上の干渉を行うつもりはありませんよ」
「……言葉通りならばありがたい申し出だ、感謝しよう。それでそちらのハーフギアの方と、賞金稼ぎのお二人はギアの制御技術が目的だと言っていたが……」
レオパルドンの口内から話す魔法使いの言葉に、少女は困ったような表情を浮かべつつも、その問いかけに答える。
「私は、そう……ですね。お世話になっている人達に迷惑をかけないよう、力の暴走を抑えるヒントになればと思って」
「……そうか」
ディズィーが話す言葉に、今度は魔法使いの男が困ったような声色で答える。しばらくの思考の果てに出てきた回答は彼女の意に沿えるものではなく、あくまで外部からの法術による制御であり、ギア自身が力を抑える役に立つ類いの術理ではないと思うと、男はそう申し訳なさそうに頭を下げた。
そして、本題とばかりに彼は退屈そうに壁にもたれて話を聞いていたソルの方へと問いかける。
「ソル=バッドガイ、だな」
「……俺からの質問は一つだ」
低く冷え切った声が、簡潔に一つの問いを投げ掛ける。
「
ソルの言葉に、男は答えに窮したような唸り声を上げる。
「ギア、メーカー……? まさか、聖戦の元凶がまだ生きていると……貴方はそう言うつもりなのか」
「……その様子じゃ特に情報も持ってねえらしいな」
「……済まない。私も魔法使いの端くれではあるが、彼女に教えた通り、私が持っているのはギアの行動制御について、僅かばかりの知識のみだ」
「それは残念。行き先なり目的なり手掛かりでも見つかれば良かったんだけど」
肩を竦めるアクセルに、魔法使いは困った様子で同じような動作を返す。
双方に誤解があったとはいえ、攻撃を仕掛けて申し訳ないと頭を下げるカイにこちらこそと詫び、大掛かりな歓待は出来ないが一晩の宿を用意させて頂くと、改めて彼は来訪者たちを迎え入れた。
「……当てが外れたな」
「テメエか」
宿で出された食事を手短に済ませ、男は夜の帳の中へその足を踏み出す。
背後から掛けられた声に鬱陶しそうに振り向けば、封雷剣をソードベルトに提げた青年が佇んでいた。
「別に珍しい事じゃねえ。他を当たるだけだ」
「ギアメーカー。生物兵器GEARの生みの親であり、ジャスティスを作り上げ世界を混乱に陥れた聖戦の元凶。……お前があの男にそこまでの執念を燃やす理由は何だ」
「テメエには関係ねえ」
「しかし……」
苛立ちを隠す素振りも無く、男は舌打ちをして早々にその場を歩き去ってしまう。一人残されたカイは、しばらくその背中を見送った後、大きなため息を吐いて踵を返した。
(……踏み込み過ぎたか。聖戦が終結したとはいえ、あの男は人類全ての仇敵とも言える存在。仮に奴が生きているとして、協力戦線を張れるならそれに越したことはないんだが……)
「全くままならないな……」
宿の玄関口まで戻った辺りで、荷物を纏めて上階を歩いている最中の青年と視線が合う。
「あら、ダンナはもう出てっちゃった感じ?」
「……そのようですね。そういう貴方も出立の準備は済んでいるように見えますが」
「ま、俺様もここでの用事は済んだからねぇ、ダンナと同じく空振りって感じだけど」
「ソルはともかくとして、今から移動を始めるのは余り得策とは思えませんが」
呆れたように笑うカイに、悪戯っぽい笑みを返してアクセルは手摺を飛び越え、彼の正面へと軽やかに降り立つ。
「まあダンナほどかと言われると困るけど、俺様もそれなりに腕に自信はあるからご心配なく」
「いえ、そういう意味ではなく単純に気候がですね……」
ああ、そういう……と気の抜けた反応を示したアクセルの足元で微かな光が舞う。カイがその光に気付き声を上げた直後、転移法術にも似たエフェクトが男の背後に突然現れた。
「なっ、アクセルさん!?」
「え? ちょ、待っ……!?」
何かを言い残す暇もなく、エフェクトに飲み込まれて姿を消してしまったアクセル。困惑の表情を浮かべたまま立ち尽くすカイの頭上から、最後の同行者の声が聞こえてきた。
「カイさん?」
「……え? ああ、ディズィーさん、どうかしましたか」
青年の反射的な問いかけに、少女はぼんやりと立ち尽くしていた彼の姿を改めて口にする。恥ずかしいところを見せたと苦笑いを浮かべるカイに笑って応え、改めて少女は問いかける。ぼんやりと立っていたように見えるが何かあったのか、と。
「いえ、アクセルさんが転移法術に飲まれて目の前で消えてしまったので、つい……」
「……それは、大丈夫なんですか?」
「タイムトラベラーだとは聞いていましたが、まさか転移の瞬間を目の当たりにするとは思わなかったので。……以前、此処の話を口にした彼を見かけましたし、恐らくは問題ないとは思います」
あの時はよく分かっていないまま適当な相槌を打っていたが、まさか本当に彼の言う未来に遭遇するとは露とも思っておらず混乱してしまったと青年は続ける。
実際にそういった事例に出会ったことも無く、アクセルの身の上についても詳しく知らなかった少女にはいささか刺激が強い話であったらしく、事の顛末を余り吞み込めず釈然としない表情でカイの言葉にただ相槌を打っていた。
「それで私、もう少し此処で話を聞いてから戻ろうと思うんですけど、カイさんはどうします?」
「こちらの目的は済みましたので是非……と言いたいところですが、残念ながら別で急がねばならない要件がありますので」
「そうですか……残念ですけど、仕方ありませんね。もし私で力になれることがあれば是非」
ありがとうございます、とディズィーの申し出に頭を下げ、カイは改めて自室に戻った。手短にシャワーを済ませ、メダルを手に調査結果を待つ本部の部下へと報告を行う。
結局のところ、警察機構が懸念するほどの事件性は無く、大型ギアやそれを操る男についても積極的な干渉は推奨されるものではないという結論に至った。まったく人騒がせな噂もあったものだ、と呆れたように呟くベルナルドの言葉に同感だと言葉を返し、適当なところで話を打ち切る。
(大きな事件性のあるものでなかったのは幸いだが、そうなると気がかりはイセネ島だな)
しばらくの逡巡の後、カイの持つメダルが再び光を放った。
「飛空艇の手配をお願いします。目的地は南海の孤島、イセネ島です」
ロンドンの郊外、空き家を間借りして設営された仮設の診療所。
殺界の効果範囲から然程遠くないこの地では、ヒュドラ事件以後、ヴィタエの後遺症に苦しむ者たちの治療のため、流浪の闇医者は一時的に腰を落ち着け、患者を診る日々を送っていた。
そんな折、日課の往診を終え、来院者もおらず、機器のメンテナンスや治療用具の手入れなどを進めていた男の元に、呼び鈴を鳴らし数名の男が訪れる。
「貴方達は……? 患者、という訳では無い様ですが」
「闇医者ファウスト、だな」
「国際警察機構の者です。……お時間を頂きたいのですが、同行頂けますか?」
提示された身分証と、警察機構長官カイ=キスクからの要請という言葉に、紙袋の下の瞳が鋭く光る。
「……直接の指名とは、どうやらただ事では無いらしい」
診療所の手伝いを自主的にしていた青年たちに不在の間の引継ぎを済ませ、ファウストと呼ばれた長身の男は警察機構を名乗る者たちと飛空艇へと乗り込む。
早々と診療所を出発し、流れる雲と眼下の景色に視線を向け、一言で言えば『紙袋を被った不審者』といった様相の男は、操縦席に座る人物へと疑問を投げ掛けた。
「それで、私はこれからどういった患者を診に行くので?」
「……貴方には、これから現れるかもしれない患者に備えて頂きたいのです」
申し訳なさそうな口振りで語られた要領を得ない回答は、男の警戒心を引き上げるのにこれ以上ない働きを見せた。
「……目的地は」
「……イセネ島です」
「なるほど……失踪事件の調査担当者、もしくは失踪したと思われていた島民が望ましくない形で見つかった。そういう訳ですね」
ファウストの問い掛けにも、男たちは答える事はない。その沈黙を肯定と捉えたか、彼はどこからともなく取り出した救急セットを検め始める。
それを受諾と受け取り、どちらからともなく頭を下げた男達に対して、かつて名医と呼ばれた闇医者は、冷たく平坦な声で言い放った。
「私ができるのは治療です。……あらかじめ言っておきますが、医者の領分を超える事は出来ませんよ」
「それで結構です。……取り返しのつかない
たった一往復の確認事項。今得られる情報は全て受け取ったと考えたのか、ファウストがそこから更なる問いを投げ掛ける事はなく。
そしてファウストを訪ねた男達もまた、更なる情報を口にすることはなく。
『後始末』の為に呼ばれた男は、イセネ島へ向けての長旅を飛空艇の中で過ごすこととなった。