Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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大変お久しぶりとなる最新話です。
GGJのブリジットシナリオやり直して「なんでコイツこんな話知ってんだ」って思いつつソルの方確認してみたら更に「お前それ知ってるのおかしくない?」ってなりまして、せっかくなので「それ知ってるのおかしくない?」案件を盛ることにしました。
GGSTのDLCブリジットは即日買いました。


第五章 異界

「チッ、手間取らせてくれたわね」

 

 崩れ落ちる巨体を一瞥し、少女は大剣に付いた血を振り払う。

 

「……ひとまず、敵の気配は消えたみたいですね」

 

 少年の言葉通り、行く手を阻むように現れた怪物たちはことごとくその命を失い、少女らが立つ研究所の一室を夥しい量の血や臓物で染め上げていた。

こみ上げる吐き気をこらえ、少年は手近な実験機器と思しき機械へとその手を伸ばす。

操作法も分からず適当に幾つかのボタンやパネルを操作している内に、モニターの一つが淡い光を放った。

 

「あ……ノーティスさん。動きましたよ」

「どれ? ……なるほど、こいつが今回の首謀者って訳か」

 

 幾つか表示された情報を調べていく内に、やがて一人の男の情報が画面に浮かび上がる。モニターに映し出されたのは、眼鏡をかけた金髪ロングヘアーの男性の顔写真と、隣に記されたレイモンドという人名。そして、彼が研究していたらしき法力にまつわる事項を読み進めるうちに、二人の表情が段々と険しいものへと変わってゆく。

 

「この資料、クリスさん達を狙ってた人が持ってた物でも見た事のある記述があります」

「それに何人か村を調べてる内に見かけた名前や顔写真もあるね。幾つか持って帰れば此処(イセネ島)で起こった事件の証拠になるはず」

 

 そう言いながら画面に映された顔写真や文書を撮っていく内に、少女の目に入ったある単語が、彼女の手を不意に止めた。しばらくの沈黙の後、少女は釈然としないようにその口を開く。

 

「イヌス……なんだっけ、異界の王? でもアレって上位世界(バックヤード)*1絡みの与太話みたいなものだったような気がするんだけど……」

「それ聞いた事あります。確か異界から現れた魔物や怪物を束ねる王様で、遠い昔に封印されたとか……そんなお話でしたよね?」

 

 ブリジットの言葉に同意を示し、ノーティスは説明を続ける。

 

「そうそう。バックヤードが存在するっていうのは確かに昔から言われてるけど、観測に成功した人もいないし、あるって根拠も法力のメカニズムを説明するためにどうしても必要って感じのばっかりで、今のところあんまり正確な情報が無いんだよね」

「でも、この資料の書き方……」

 

 ブリジットの懸念に同意を示すように、少女の声が一段と重く響いた。

 

「うん……多分、コイツは近いものを見つけてる」

「ですけど、実際にそんなものが居たとして本当に制御なんてできるんでしょうか……?」

 

 決定的なノーティスの言葉に少年の表情から血の気が引く。おとぎ話や伝承のものとして認識していたはずの強大な存在が実際に存在し、更にはそれを我が物としようとする人物がいると。

にわかには信じられずに口をついて出た言葉も、少女と二人で調べていく資料の数々が希望的観測を打ち砕く材料として次々と牙を剥く。

 

「肝心の研究記録は鍵が掛けられてるけど、少なくともこいつはそのつもりで研究を進めてるはず。……実際、此処で見かけた連中も幾つか資料が出てきてるし、図面っぽいデータもあった。ここから風の塔に向かう連絡通路と地下通路が……」

 

 言いかけた少女の言葉が虚空に消え、代わって唸り声のような、微かな吐息がその口から漏れ出る。不思議そうにその横顔を眺めていた少年が、ふと小さな声を上げた。

 

「……この資料、何かおかしくないですか?」

「何が? ……いや、そうか」

 

 ブリジットの問い掛けに一瞬怪訝な表情を浮かべた少女だったが、モニターに向けられた視線を追い掛け、浮かび上がってきた違和感にはっと息を飲む。そして少年の言わんとするところに気付いたノーティスは、最低限の証拠の確保を済ませて大剣を手に駆け出した。

 

 ここまでの会敵から、黒幕がここを拠点としていたのは恐らく間違いではなく、二人の侵入に気付いていることもおおよそ疑うべきではないだろう。そして、偶然によるところとはいえ、自身に繋がる情報や人体実験の証拠となる資料、更には本拠地ともいえる場所への道のりを少女らが突き止められる状態にしておくメリットなど考えられない。

 

 つまり。

 

「イヌスに直接関係する情報の一部にだけ鍵が掛けられてた……!」

「はい! 証拠を全て隠滅する時間が無かったなら、まだ追いつける可能性があります!」

 

 そうして封鎖された扉を切り開き、妨害を試みる怪物を打ち砕きながら二人は風の塔へと繋がる連絡通路へと辿り着く。

吹き抜けの中央に見える、研究施設の炉心らしき巨大な構造物を一瞥し、靴音を鳴らしながら二人は正面に見える扉を目指し駆け抜けてゆく。

 

 やがて通路の半分を過ぎた頃、咆哮が響き渡った。

 

 

 

「ここからは行かせません、ってか」

「道は、間違いないみたいですね」

 

 そう呟く二人の正面に立ちはだかるように、深紅の体毛に覆われた獣が一際大きな唸り声を上げる。一目見て標準的な動物の体躯を外れていると分かる巨体と、人為的なものと思われる拘束具。そして一際の違和感を主張する脇腹の構造物。

倒して進む以外ないと身構えた直後、一瞬の揺らぎの後に目の前の姿がふっと立ち消えた。

 

「なっ」

「クソっ!」

 

 耳をつんざくような衝撃音を上げて、少女の構えた大剣が獣の突撃によって大きく跳ね上げられる。痺れる腕を無理矢理振り回し、再び突き立てられようとした爪ごとその巨体を弾き飛ばした。

しかし、ノーティスが大勢を立て直すよりも早く()()は駆け出し、三度その爪と牙で彼女らへと襲い掛かる。

 袈裟懸けに振り下ろされる腕を躱しながら振るった大剣は体毛を切り裂くにとどまり、大きく捻った獣の身体から、折り畳まれていた構造物がその殺意を形作った。

 

「こいつ……っ!?」

 

 盾のように掲げた大剣を脇腹から伸びた腕が強く打ち据え、弾き飛ばされた身体が手摺へと叩きつけられる。

 体勢を立て直す少女へと追撃を加えようと転回した四足歩行の怪物は、援護の為に放たれたヨーヨーに制され、様子をうかがうように二人との距離を大きく開けた。

 

「流石にデカくてもトロくはならないか……!」

「どうにか動きを止められればいいんですけど……」

「……」

 

 ブリジットの言葉に一つ、ノーティスは大きな息を吐いた。

感触を確かめるように握り直された大剣と、ゆっくりと構えを取り直した少女に視線を向けることなく、少年は一言口を開いた。

 

「ダメですからね」

「……分かってるよ。アレはどうなの、例のでっかい熊使うヤツ」

「出来なくはないですけど、壁なりにしようとするとそれなりに重さが必要ですし、この通路が耐えられるかどうか……」

 

 そう不安げに話す少年に、少女は「その手があったか」と不敵な笑みを浮かべる。

 

「……ノーティスさん?」

「長引きそうなら、通路毎アイツを落として進む」

「それは……」

 

 危険すぎる、と険しい表情を浮かべるブリジットを余所に再び少女は戦闘を再開する。

この後のことを考えればあまり時間を掛けていられないのはその通りだが、とはいえ彼女の策を採用とするには、その後のリスクは到底看過できるものではなかった。

 

しかし、その身に似合わぬ俊敏さに翻弄され、戦闘は長引くばかり。

明確な決定打を与える事も叶わず、焦燥感が二人の心を染め始めていた。

 

(半端な踏み込みだと毛皮も通らないか……なら)

 

 三度の剣戟を重ね怪物の脳天を目掛けた斬撃は、轟音を伴って通路の床へと叩きつけられる。足元を一際大きく揺るがす振動に気を取られたのも束の間、破滅的な音が一つ、吹き抜けに響いた。

 

「ノーティスさん!!!」

「走って!!」

 

 軋みを上げる亀裂の中心から慌てて飛びのくブリジットを見送り、三度唸り声を上げる猛獣。逃げようとする一体を仕留めるよりも、目の前の少女に対しての敵愾心を優先したのだろう。

先程までよりも明らかに強い怒りの色が、その表情や咆哮ににじみ出すのが見えた。

 

「へえ、私が何やったか分かるんだ。見た目より利口じゃない」

 

 言い終わる前に、少女の眼前へと巨体が迫る。続けて迫る爪からしゃがみ込むように身体を逃がし、空いた下顎を蹴り上げた。

そして反動で仰け反る獣の体勢が戻るよりも速く、彼女はその手の大剣を横腹に叩きつける。

 

「……ぁああああッ!!」

 

 轟音を響かせて巨体が弾き飛ばされる。しかし、切先から伝わった手応えは芳しいものではなく、ノーティスは苦々しげに巻き起こる砂埃を睨みつけた。しかし、数分に思える沈黙を経てもその影は動かず。

やがて事態は、足場の崩壊と同時に急速に動き出した。

 

 踵を返し、少年の後を追い始めた少女のすぐ横を、一陣の風が駆け抜ける。

 

「ッ……?!」

「え」

 

 息を飲む暇すら惜しかった。

 

その手の剣を投擲し、その両脚に意識を集中し、少年に襲い掛かる死よりも速く、少女はその姿を変質させながら崩れ落ちる足場を蹴って飛ぶ。

 

 少年が背後に気付き、自らの置かれた状況を察し、眼前に迫る爪に目を見開いたその時。

 

「落ちろ」

 

 暴力が、死を叩き伏せた。

 

「ノーティスさん、大丈夫ですか?」

「なんとかね。剣も回収したし、一旦そっちに戻るよ」

 

 凄まじい勢いで壁に叩きつけられクレーターの中心で動かなくなった怪物を後目に、少女はゆっくりと足場へと降下してゆく。ギア細胞の急激な活性化の反動で、フロートによる制御にも精細さを欠いているのが、ブリジットの視点からでもよく分かった。

 

「……こういう危ない真似しちゃダメって言いましたよね」

「ごめんって。あれ以上時間掛けてもいられなかったし、さっきは危なかったけど転落せずに済んだだけ大分マシでしょ?」

「……はぁ、それはそうかもしれませんけど……」

 

 どうにか着地を済ませ、肩で息をするノーティスに呆れたように答えるブリジット。

先行して道を進み始めた少年が、ため息とともに吐き出された言葉は最後まで紡がれる事は無かった。

 

「ぐ……ぁっ!?」

「ノーティスさん!?」

 

 息を吹き返した怪物に喰らい付かれ、縺れ合うように少女は体勢を崩す。

少年が気付いて助けに入るよりも速く、彼女の身体は途切れた通路の先へと落ちて行くのだった。

 

 

 

「……っざけんじゃ、ないわよ!!」

 

 怪物と縺れ合いながら吹き抜けを落ちて行く少女は、脇腹に喰らい付く怪物を引き剥がそうと、刃へと変質させた腕を繰り返しその脇腹へと突き立てた。

先程までとは打って変わって易々と通る手応えに、合わせて上がるか細い悲鳴がこの戦いの終わりを教える。

 

「これで……!!」

 

 やがて抵抗も弱まり、深く食い込んでいた牙がずるりと音を立てて抜けた。激痛に表情を歪めながらも攻撃の手を緩める事はなく、複数回の攻撃を経て血みどろの巨体が力を失い、少女の身体から離れた頃。

吹き抜けの最下層が視界の端に微かに見え始めた。

 

(どうにか引き剥がしたけど、ここからフロート練るのは流石に無理かな)

 

 朦朧とする意識の中、加速してゆく落下速度。急激な多量の出血により四肢から力が失われ、法力を練ることも姿勢を立て直す事も出来ず、少女は落下を続ける。

流石に死んだかな、と他人事のような思考を寸断するように少年の声が洞穴に響いた。

 

「ノーティスさん!!」

「え……?」

 

 不意に手に触れる体温と引き寄せられる身体。

数秒遅れてすぐそばから聞こえる声と、全身を包む柔らかな感触に、不完全ながら何が起こったのかをおおよそ察し、少女は自身を落下の衝撃から守ってくれたぬいぐるみの感触にその身を委ねた。

 

「……動けますか」

「……何とか。それにしても瓦礫を伝って追いついてくるなんて、とんでもない無茶したわね」

「それは、しょうがないじゃないですか」

 

 呆れたように肩を竦める少年に、心配を掛けたことを詫び、どうにか動く身体をゆっくりとぬいぐるみの腹から起こす。

周囲に広がるのは殆ど人の手が入っていないように見える一面の岩肌と、とりあえずで設置したような簡素なレール。終端には古びたトロッコが放置されており、その周囲の採掘跡から鉱物資源の採集に使われていたのだろうとうかがえる。

 

「……活火山か、急いだ方が良さそう……っ!?」

「……まさかまだ……?!」

 

 ぐらり、と地面が揺れる。程なくして崩れ始める天井と、振動に合わせて落下してくる瓦礫から逃れるように、少女らはレールを辿るように走り出した。

 

「あの化物もそうですけど、首謀者……レイモンドはどういう目的でこんなことを……」

「……さあね、異常者の考える事なんて気にするだけ無駄でしょ」

 

 どうせ碌な目的じゃないんだから、と続けて吐き捨てるように呟き、少女は更に歩調を速める。焦りがそのまま二人の走る速度へと表れ、僅かに姿を見せる追手も落石や、二人の攻撃によって悉く倒れてゆく。そしてしばらくの脱出劇の後、正面に見えてきた出口らしき光に目を細めたその時、背後から微かに聞こえる遠吠えが少女の表情を一層険しいものへと変えた。

 

「ノーティスさん、急いでください!」

「ゴメン先行ってて!」

「でも!」

 

 先んじて出口を抜けた少年が慌てて戻ろう戻ろうと踵を返した直後、法力によって形作られた防壁が、少年と少女を隔てる。

 

「すぐ追いつくから」

 

 自分自身に言い聞かせる様な言葉に迷い、やがて少年は一つ呼吸を整え、背を向けて走り出した。

その背中を見送った後、少女は出口を塞ぐように剣を構え咆哮の響く洞穴を見据える。

崩落の続く洞窟、たった二人の人間を追うには過剰なほどの速度で近づきつつある足音と怒りの籠った咆哮。薄暗い闇の向こうに揺らぐ炎を見据える彼女の瞳が、再び紅い光を纏った。

 

「……呆れた。しつこい奴はモテないよ」

 

 装甲のような外殻に覆われた腕が、まるで小枝を振るような軽やかさで大剣を振り抜く。少女の眼前にまで迫っていた炎の塊は、彼女に触れる事も叶わずその横をすり抜け、苦悶の悲鳴と共にその身を引き裂かれ息絶えた。

 

「はぁ……急いで追いつかないと……ッ!?」

 

 足元を揺らす大きな振動に危険を悟り、ノーティスは洞窟の出口へと向かって駆け出す。わずか数mの距離を一目散に駆け抜け、一息ついて振り返れば瓦礫が洞窟を埋め尽くす所が見えた。

 

(……流石に今回はヤバかったな。とにかく急がないと)

 

 

 

 周囲を警戒しながら地下道を進むと、開けた一室へと辿り着いた。

かつては人の営みがあったのであろう形跡が各所に見られ、打ち捨てられ散乱した紙束を拾い上げれば、そこには、異界と呼ばれる世界についての研究が行われていたことが窺える内容が事細かに綴られていた。

 

「……さっきの施設の資料とも筆跡が違う。もともと研究してた人間が居たって事? それに、こっちにはレイモンドの研究日誌も……」

(……あんなクソッタレな事しておいて『神』気取りか、イカレてる)

 

 パラパラとその紙束をめくりながら、少女は一人上層階へと向かう階段を歩き進める。その途中、戦闘の跡らしき壁面の傷や煤汚れ、以前戦闘した人形と同系統らしき残骸などが視界に映り、少女の脳裏をわずかながら安堵の感情に染める。

 時には足を止め、時には残骸を手に取り、やがて塔と思われる建造物の内部を粗方上った所で、見覚えのある後ろ姿を見つけることが出来た。

 

「お待たせ」

「無事だったんですね、よかった」

「そっちこそ。何か収穫は?」

 

 僅か一刻にも満たない時間での再会にもかかわらず破顔してみせるブリジット。

無事を確認して同じように顔を綻ばせたノーティスの問い掛けに、小さく肩を竦めてみせる。

 

「レイモンドの目的に繋がる様な情報については、特には。ただ、上に来るにつれて抵抗が激しくなってましたし、恐らく最上階にいるのは間違いなさそうです……ノーティスさんは?」

 

 最上階への道程を歩きながら、二人は互いが道中で得た情報の摺合せを進める。

 

「一応、アイツの書いた研究日誌を見つけた。読んで気分の良い物じゃないし、正確な目的を掴むには抽象的だけどね。……ただ、道中でキミが倒した連中を調べる時間があったから、アイツを追い詰める準備は出来た」

「そうなんですね。……ん?」

 

 少年の耳に残る違和感を余所に、少女は先へ先へと話を進める。そして、ぶつぶつと何事かを口にした後、彼女の手が淡い光を纏った。

自身の身体を包み込む柔らかな光に、ブリジットは疑問の声を上げる。

 

「これは……?」

「アイツ等の防壁をぶち抜くための加護。解析に時間掛かったけど、これで法力も通るようになるはず」

 

 少女の言葉を受け、少年は軽くヨーヨーを振り回す。素振り一つで彼女の言う加護の効果を体感できる訳もなかったが、その軌跡に残る僅かな光が法力に依るものである事は、疑うべくも無かった。

 

「……やっぱり、凄いですね」

「最初は全然だったけどね。……色々あって、出来る事は全部やろうって思ったの」

「色々?」

 

 反射的にそう問いかけてすぐ、寂しそうな少女の笑みにその言葉の示すところを察し、少年は嫌な部分に触れた、と頭を下げる。触れたくなかったらそもそも答えないと苦笑いを浮かべる少女にそれでも、と謝罪の言葉を口にした。

 

「……ま、今するような話でもないか」

「今度は、ツキが落ちるって言わないんですね」

 

 不幸になりたいならそう言いなよ。そう笑いながら、少女は辿り着いた広い部屋の端、フェンス側に設置された端末らしきものに手を触れる。

やがていくつかの操作を経て、金属の軋む音を伴いフロア全体がゆっくりと上へと動き始める。

 

「多分、このままエレベーターで最上部へ行けるはずです」

「……そうだね」

 

 最上階へと上昇を始めたフロアの中心、追跡者の息の根を止めるために現れる刺客を危なげなく屠り、少女らは最後の扉に手を掛ける。

 

 

 夕焼けに染まる空の下、風の塔と呼ばれる建造物の最上部。

 

 彼女達の視線の先、茶色のロングコートを風に揺らしながら、その男はゆっくりと振り返った。

 

 

 

「……これはこれは」

 

 金の長髪を揺らし振り向く長身痩躯の男。丸眼鏡のレンズ越しに見える目が、二人の姿を認めてすっと細められた。

 

「こんな辺境の島までようこそ。ブリジット君。そして──」

 

 続く名前に、少女は言葉を失う。

 

「エリス=マクドネル君」

「え……?」

「なん、で……」

 

顔面蒼白な少女を余所に、男はまるで雑談の続きでもするような気軽さで言葉を続ける。

 

「君の事はよく知っているよ。GEAR計画*2の立ち上げにも関わった重要人物の子孫。……秩序の崩壊を引き起こした元凶、その生みの親の罪が孫や曾孫へと帰ってくるとは……因果な物だな」

「……ペラペラと良く回る舌ね。下らない雑談に興じてるほど暇じゃないんだけど」

 

 強く握りこまれた大剣、少女の足元で渦巻く風が、ヒリヒリと肌を焼く様な威圧感を発する。隣に立つブリジットの背筋を凍らせるほどの殺意をその身に向けられてなお、男は悠然とした態度を崩さずに笑ってのける。

 

「……ほう。だとしたら、どうするというのだね?」

「……決まってるでしょ」

「貴方を捕まえます」

「フフ……出来るかな?」

 

 強く言い切る少年など意に介さぬように男は笑う。怪訝な表情を浮かべた二人の視界の先に映ったのは、いつの間にやら大きく口を開けた転移法術だった。

 

「見たまえ……既に異界への扉は開きつつある」

 

 既に発動した転移法術に飲まれ、少しずつ、男の姿が高笑いと共に門の向こうへと消えてゆく。

 

「フフ……ハハハハ! いよいよこれで私の研究も完成を迎える!!」

「逃がしません!」

「そう言うと思ってプレゼントを用意しておいたよ。受け取りたまえ!」

 

 追いかけようとした二人の間を引き裂くように、大きな物体が転がってくる。

反射的に飛び退き、動きを止めた物体の方へと視線を向ければ、それは優に5mを越える体長の怪物であった。

 百足や甲殻類を思わせる外殻に守られた背中、側面から伸びる爪、明らかに異常な発達を見せる四本の腕。

そのどれもとは不釣り合いな、獰猛な牙を持つ頭を二人の方へとゆっくりと向け、()()は咆哮を上げた。

 

「ッ……悪趣味な玩具持ち出して喜んでんじゃないわよ!!」

『研究の成果を披露する時を楽しみにしていたまえ。……もっとも、それまで君が生きていればの話だがね』

 

 高笑いを上げながら転移法術のエフェクトと共に消えていく男に毒づきながら、少女はその手に提げた大剣を構えた。

 

「……どうします?」

「残存法力から法術の復元は出来るから転移先は追える。なるべく手早く片付けよう」

 

 言うが早いか、少女らは立て続けにその手の武器を怪物に向けて振るう。

伸びてくる腕を打ち払い、背後に回り込んだノーティスが背中の甲殻を大剣で引き裂く。真っ二つに割れた甲殻から肉色の触手が大量に伸び、少女を捕えようと迫りくる。

 

「ちッ!!」

「っ! 上です!」

 

 伸びてくる触手から距離を取り、ブリジットの声を受けて視線を上げれば、大きな羽音を立てて複数の羽虫が彼女目掛けて飛来する。高速で落下してくるそれらを躱し、地面と激突した羽虫が上げる不快な音を無視して彼女は再び、巨体の背中へと向けて飛び掛かる。

 

「邪魔だ!!!」

 

 蠢く触手を切り払い、露出した肉に大剣を突き立てる。

響く悲鳴に動揺する素振りも無く大剣に法力を込め、一瞬の後に怪物の体内を荒れ狂う風が引き裂く。しばらくのたうち回ったかと思うと、()()はやがて全身から力を失い、倒れて動かなくなった。

 

「……ったく。急ごうブリジット」

「ええ……、また来ます!」

 

 一息つく暇もなく、甲殻の色の違う個体が二体、立て続けに二人を釘付けにするように転がり来る。

 構えをとるブリジットを背に、ノーティスは険しい表情のままレイモンドの消えた地点で手を翳していたが、やがて何かを引き裂くように、その手を握り大きく振り払った。

 

「開いた! 追い掛けるよ!!」

「?! は、はい!」

 

 大きく口を開けた転移法術の光に体を滑り込ませ、二人は異界と呼ばれる世界へと踏み込む。遅れて二人に喰らい付こうと、二体の怪物がその首を虚空に開いた穴から突き出してきた直後、少女はニタリとその口を歪めた。

 

「え」

 

 ぶつん、と鈍い音を伴い、虚空に開いた転移門がその口を閉じる。そして、光を失った二つの巨大な頭部が地面へと落ちた。

 

「……これ、は」

「遠く離れた場所を法力で繋ぐのが転移だからね。全身が門を抜けきらない内に転移を閉じるとこうなるって訳。……あまり時間掛けられなかったしね」

 

 それはそれとして、と険しい表情のまま振り返るノーティス。背筋を駆け巡る悪寒に眉根を顰め、周囲を見渡す。

辺り一面に垂れ、張り巡らされた大きな鎖。足元の湿った感触。全身を襲う重圧と風に乗って鼻腔を刺す饐えた臭い。そのどれもが、この地に長居してはいけないと警鐘を鳴らす。

 

「……背筋がゾクゾクします」

「……これが異界(バックヤード)? 嫌な場所」

 

 周囲を警戒をしながら、二人は水浸しの道なき道を歩き進む。しばらくの道程の後、目的の人物の姿を遠くに見付けた。張り巡らされた鎖の先、こちらに背を向けている男の向こう。明らかに一般的な生物の範疇から外れた大きさの頭部らしき物体が、目覚めの時を待つように胎動していた。

 

「……久し振りね」

「フフ……また会えて嬉しいよ」

 

 殺気を孕んだ少女の声に気圧される様子も無く、男は小さな笑い声を上げ、その物体を見せびらかすようにその身を翻す。

 

「見たまえ、これこそ我が研究の要となる異界の王、イヌスだ」

「……」

「深き眠りについていながらも感じられるこの強大な力。素晴らしいと思わないかね?」

「……そうね。そのまま起きる事も無いだろうけど」

 

 少女の皮肉めいた返事にも、男は悠然とした態度を崩そうとはしない。

くつくつと笑い、彼は大きく声を上げた。

 

「強く出たな。だが、残念だ……もう始まっているのだ」

「……なっ」

 

 ドクン、と一つ大きな拍動が空間に響き渡る。

凍り付いた二人の表情に男が気付いた時には、既に手遅れだった。

 

「な、何?!」

 

 ぐしゃりという音と共に、研究を誇っていた男はその()()()()に喰らい付かれ。耳を抉るような咀嚼音と、水音に紛れて消える悲鳴を残し、彼がイヌスと呼んだ存在の口内へと飲まれて消えていった。

 

「……最悪」

「……嫌なもの、見ちゃいましたね」

 

 青褪めた表情の二人が帰還を考えた直後、ぞくりと不快感が全身の表面を走り抜けた。

 

──我の……眠り、妨げるもの

 

 腹の底から響く様な声が、二人の鼓膜を揺らす。

声の主が誰かなど、考える必要はない。

 

「……そのまま寝てれば良かったのに」

 

──我が贄と……なるがよい……!!!

 

 正面に鎮座する頭が、その向こうに見える巨体が、鎖に縛り付けられたまま、大きな咆哮を上げたのだから。

*1
森羅万象を定義する情報世界。いわばアカシックレコードとも言える存在であり、法力によって引き起こされる超常現象や自然現象はバックヤードから定義を持ち出す事で現世において効力を発揮する。一般には存在は知られておらず、実際にバックヤードの存在を観測できた者も、「第一の男」と呼ばれる法力の始祖を除いて存在しないため、法力学を語る上ではあくまで仮の存在として扱われている。

*2
アメリカ合衆国の某医療研究所にて、ヴィンス=マクドネルの監督指導の下、フレデリック=バルサラ、アリア=ヘイル、飛鳥=R=クロイツの三名を中心としたチームによって立ち上げられた生態系強化計画の通称。その根幹をなすGEAR細胞は、元来医療目的の研究が進められていたが、軍部の暴走により接収、開発が進められた結果五感の鋭敏化、治癒力の強化による超回復、怪力などの特性を細胞適合者に与えるものとなった。

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