Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション― 作:秋月紘
地獄の底から響くような咆哮が、二人の耳孔を叩く。
釘付けにされた身体を起こすことも、地面に縫い付けられた両の腕を動かすことも叶わないはずの
「来ます!」
「雑魚は任せるよ!」
イヌスの咆哮に従うように二人に襲い掛かる異形の魔物を一蹴し、少女は一足飛びに怪物の顔面目掛けて大剣を振り下ろす。それを阻むように伸びる鎖とかち合い、火花と共に少女の体は巨体から引き剥がされた。
「ッ……!」
大きな飛沫を上げて着地するノーティスの見据える視界の端、一息つく間も与えることなく、水浸しの地面が一際大きく波打つ。
「下から?!」
反射的に構えた剣を鞭のように振るわれる鎖が打ち据え、後退る少女の足元を振動が襲う。
慌ててその場から飛び退けば、まるで血のような赤黒い液体が鎖を巻き付けたまま真っ直ぐに伸び、鎖を四方に振り回しながら弾けた。
「クソッ!」
正面下方からの波状攻撃に大きく後退を余儀なくされ、少女は思わず吐き捨てる。やがて体勢を立て直した少女が睨んだ先、彼女を至近距離から引き剥がした怪物の頭が、視線を外すようにその首を大きく傾げた。
「アレは……跳んでブリジット!」
「えっ!?」
急激に膨れ上がる法力に反応し、イヌスの口から放たれる斬撃で足元を取られないよう、二人は反射的に空中へとその身体を逃がす。だが、着地に移るまでのわずかな間に放たれた咆哮が、突風を伴って抵抗のできない彼女らを大きく吹き飛ばす。
単純に距離を離す為だけの行動かと気が緩んだのも束の間、先に体勢を立て直したノーティスが目的に気付いて眉間の皺を深めた。
「うわっ?!」
勢いに乗るようにフロートで速度を増した少女は、そのまま少年の背後に回り込み、大剣をまるでサーフボードでも扱うように足蹴にした。
直後、少女らの寸前までに迫っていた巨大な壁に大剣越しの着地を果たす。
不吉な感触に足元へと視線を移せば、そこに見えるのは強固な剣の刀身や装甲に突き立てられた多数の刃や棘。大剣を盾にしていなければ、彼らのようにこの剣山に全身を引き裂かれていたわけか、と巻き添えを喰らい血みどろの死体を晒す敵の取り巻きに悪寒が走る。
「下手に距離離されるとマズいかもね、コレ」
「そうですね、なるべくあの敵の近くに陣取るようにしましょう」
そう頷き合い、少女らは再びイヌスに接近を試みる。
地面から鎖を纏って立ち昇る血の柱を躱し、飛び交う鎖を潜り抜け、頭上から襲い来るイヌスの一部と思われる構造体を迎撃し、再び放たれた足元を這う斬撃を飛び越え、少女は大剣を構える。
「来ます!」
「じゃあ……任せたから」
ノーティスが振りかぶった大剣にブリジットは体を預け、そのまま少年を送り出すように少女はその剣を勢いよく振り抜く。
怪物が放つ暴風を越える速度でイヌスの正面へと肉薄し、少年は勢いに任せてヨーヨーをその口腔へと投擲する。
「お願いロジャー!!」
そして、彼の声と共にヨーヨーはその姿を変え、爆炎と共に
断末魔の悲鳴を上げながらのたうち回るそれは、出鱈目に鎖を振り回し、自身が召喚した魔物すら乱雑に打ち払い、ただ自身に害を成すものを滅ぼさんと暴れ続ける。
それらの攻撃から逃れ、後退したブリジットの横を一陣の風が吹き抜けた。
「これで……終いだッ!!!」
渾身の力で振り下ろされた剣はイヌスの首を斬り裂き、頭部を落とされたそれは、僅かな呻きを残してやがて全ての活動を停止するに至った。
「……そっちは大丈夫?」
「はい、加護のお陰でウチの法力もバッチリでした」
なら良かった、と少女は小さく肩を竦める。
やがてどちらともなく、完全に動かなくなったイヌスの亡骸へと視線を移す。
「終わったん、でしょうか」
「あんまり気分の良い終わり方じゃないけどね」
渋い表情のまま少女は嘆息する。事件の首謀者は死に、首謀者の目的であった『異界の王』イヌスも既にその命を失った。
辛うじて生存者を発見することは出来たものの、調査した範囲の村や集落はその全てが壊滅状態であり、イセネ島に来る前に受けた個人の依頼も、完遂に至ることは無かったのだ。
溜息こそ出はしても、とても喜びに沸く様な結果では無かった。
そして。
『いいや、始まりだよ』
死んだはずの男の声が、まだ終わっていないのだと。
「!?」
イヌスの残骸を包む炎の柱から現れた人影が、勝ち誇る様に言葉を紡いだ。
『フフ……計画は成功だ。感謝する』
「アンタは……!」
『異界の王の力、確かに譲り受けた』
どうやって、と疑念の表情を浮かべるノーティスを一瞥し、やがて姿を現した人影はゆっくりとその口を開く。
『さすがに驚いているようだな……ならば、全て教えてやろう』
そうして、僅かながらに
GEARを越えるべくして進めていた研究の一部始終を、そのために
『だが、それには大きな問題があった。材料となる魔物の強大さ故に自我を保つことが難しく、逆に素体となる方が侵されてしまうのだ』
「……アレは、そういう事か」
『私は、この問題を解決するため研究を重ねた』
わざとらしい手振りを交え、男は言葉を続ける。彼がその姿を得るに至ったプロセスを。そして、彼はそのまま、自身を取り込んだイヌスの自我を奪わせ、自分がその力を得るためにイヌスの力を内側から制御し、そして少女らを誘導したのだと説明を続ける。
今にも飛び出しそうなブリジットを制しながら、少女は続く言葉を待ち続けていた。目の前の男とこの島で起こった惨劇を決定的に結びつけるその一言を。
『ああ……そうだった』
「……」
『この島の人間に協力してもらったことも大事な要因だったな。この輝かしい功績の犠牲とあらば、安いものだと思うがね』
その言葉が紡がれるのと、大剣が男を両断せんと振り抜かれるのは同時であった。
「外した!!?」
『フン……さて、こんな所にもう用はない。失礼するとしよう』
「行かせるとでも思ってんの!!」
『新たなる異界の王として、そして地上に君臨する神として、私は忙しい身なのでね』
「駄目ですよ、絶対に逃がしません!!」
前後を挟むように構える二人を気に留める事も無く、男は転移法術の門を開く。
燃え盛る炎に行く手を阻まれ、声を上げる二人をせせら笑うように、かつてレイモンドと名乗る研究者であったそれは門の向こうへと姿を消した。
『そう慌てることはない、私は逃げも隠れもしないさ。研究の功労者である君達をパーティーに招待しよう』
そして、高らかな笑い声だけが二人きりの異界に響き渡った。
「……門は消えてない、か」
「招待、っていうのは多分、本気で言ってるんでしょうね」
「だろうね、つくづく趣味の悪い事で」
転移先であろう建造物の内装を門越しに見据え、二人は武器を検める。
引き返す理由は無かった。
「じゃ、行こっか」
「はい」
そう言って警戒を緩めることなく門をくぐった先は、薄暗い古城の内部。
壁面に見える蝋燭や、破壊されて久しい調度品など、人の手を離れてしばらくの時が経っていることが見て取れた。
慎重に足を進める二人を迎えるように、城内に男の声が響き渡る。
『君達は初めての来客だ、丁重にもてなそう。ゆっくりパーティーを楽しんでくれたまえ』
その言葉と共に、先程異界で戦ったものと似通った姿の魔物が姿を現す。
進むべき道を見据え、二人はそれぞれの武器を構えた。
「最後の晩餐……ってやつですか? ウチ達が着くまでに済ましといてくださいね」
「しっかり味わいなよ、古城の主なんて体験そう出来ないんだし」
何より、と獰猛な笑みを浮かべて少女は続ける。
「私達が最初で最後の来客なんだからさ」
代り映えのしない通路を進み、立ち塞がる魔物を切り伏せ、エレベーターや階段を経由し二人は古城の最上階を目指して進む。
永遠にも思える時間、一体どれほどの階層を上り続けただろうか。
「……あの」
通路の一角、エレベーターの搭乗口周辺に陣取っていた魔物を制圧し、周囲に敵影がない事を確認した二人は、一時的な休息を取っていた。
「まだ上まではしばらくかかりそうだね」
「そう、ですね。……でも、大丈夫なんでしょうか」
携行していた飲み水を軽く口に含め、少年は早々に武器のメンテナンスを完了させて立ち上がる。
「……あの口ぶりに、それまでの行動を見る限りは多分大丈夫」
アイツは、自分の研究結果を披露したがってる。そう悪し様に吐き捨て、少女はブリジットと同じように手短に準備を整え歩き始める。
無人の通路を駆け抜け、侵入者の妨害を目的とした罠を躱して、そうして乗り込んだ何度目かのエレベーターに揺られながら、少年は再び口を開いた。
「レイモンドが言っていた、エリスって名前は……」
「……ああ、」
意を決したような少年の問いに、少女は逡巡の後、諦めたように首を振る。
(今聞かないと駄目だ、って思ったんだろうな)
「うん、私の本名。元々研究者の血筋でさ……先祖がGEAR計画の立ち上げに関わった、後援者に近い立場だったって言うのは本当。詳しい話も、関わった人達についても、何にも聞かされてないけどね」
「でも、それは……」
「私とは無関係? ……そうだね。私自身は
どこか自嘲気味に話す少女の声が、段々と細く震える。
小さく息を飲む音を立て、その後彼女はだけど、と続けた。
「やっぱり何処かで気にしちゃうよね。ギアを生み出した側に近い人間が、そいつ等の研究の結果生まれたギアが、平気な顔して生きてていいのかって」
「……ウチは、どう生まれたかより、どう生きるかの方が大事だと思います。……ギアだから生きちゃ駄目だとは、思いたくありません」
「……ありがと。気休めでも嬉しいよ」
あの名前も完全に捨てたつもりだったんだけど。そう嘯く少女は決して少年と視線を合わせる事はなく、また少年も、少女の表情を窺う事もなく。
事態の収束へと向かう道程を歩き続けた。
さらにしばらくの時間が経った頃。最低限の意思疎通以外の会話すら段々と無くなり、やがて長く続く迷路のような道筋に完全に無言になった頃、どちらともなく正面に微かに見えた光に声を上げた。
「……あ」
「出口、でしょうか」
「明らかに敵の数が多いし、その可能性は高そうだね」
二人はほぼ同時に一歩を踏み出し、通路を塞ぐように展開している魔物の群れへと一斉に襲い掛かる。
さして苦戦する様子も無く、抵抗を試みる魔物たちを一蹴して少女らは通路から建物の外へと駆け出す。
開けた視界の先に見える連絡橋、暗雲立ち込める空の下、玉座へと通じる道を二人は走る。一歩進むごとに強くなる威圧感、肌を刺す冷気を気にする余裕は既に無かった。
「……行きましょう」
少年の言葉に頷き、玉座の間へと扉を開く。一斉に踏み込み、武器を構えた二人の視線の先には、あの男が悠然と佇んでいた。
辛うじてかつての面影を残す金髪は逆立ち、濃紺のマントや衣服から覗く肌は、人のそれとは思えない黒鉛のような色。そして何より、胸部の中心で禍々しい光を放つ発光体と、ギアのそれにも似た紅い瞳の光が、それが既に人の理から外れた存在であることを雄弁に物語っていた。
『フフ……もてなしは気に入っていただけたかな?』
「物足りないね。これがパーティのつもりだって言うんなら興ざめも良い所よ」
吐き捨てるように答える少女に、威圧感を乗せて
『その通り、ここからが本番だよ。……神の力、存分に味わうといい』
「アンタが、神だって?」
その問いには答えず、男は言葉を続ける。
『今、世界は絶対の統率者を必要としているのだよ。……100年に及ぶ聖戦が終わり、世界は平和を取り戻しているかのように見える』
「……」
『だが、それは表面上だけの事に過ぎない。未だ聖戦は続いているのだよ、闇の中でね』
その言葉に対する反論は出てこない。あの地獄のような戦いの爪痕なら、少女はその身と心に深く刻みつけられているのだから、今更論ずる必要性など持ち合わせていなかった。
『聖戦の闇を照らし出す光が、絶対の力が必要だ』
「それは、アンタの役割じゃない」
『……およそ私の崇高な理念は理解できぬか』
「罪のない人を踏みにじる理念が崇高なはずがありません。……沢山の命を奪った罪、重いですよ」
少年の言葉を嘲笑うようにわざとらしく首を振り、男はその手を差し出して語り続ける。
偉業を成すには相応の犠牲が必要なのだ。それを恐れ、躊躇し、何もしようとしない、それこそが罪というものだと。
その傲慢に、呆れたようにため息を吐く少女を一瞥し、男は一つの名を口にした。
『かつて正義を名乗った者がいる』
「……!」
『しかし正義は破れ、脆く崩れ去った。光に潜む闇を照らし出すには至らなかった』
どんどんと膨れ上がる法力と、それが生み出す圧迫感に気圧されながらも臨戦態勢を崩さない少年を制し、少女は一歩その男の前へと踏み出す。
「……それは、アンタが言う先祖の罪。……私を化物にした
『世界に君臨するのは、闇を照らし出すのは正義では無い……審判だ!』
かつて二人を阻んだ炎が男の体を包み、背中から伸び広がる触手が、やがて炎を纏って無尽の刃を形作る。そしてそれに応えるように少女は真っ直ぐ正面を見据え、やがてその両の瞳に紅い光を湛えた。
『我が名は…………ジャッジメント!!』
「……下がってて」
弾ける火花、吹き荒れる暴風、それらを巻き込み少女の肉体は変質していく。両腕、両脚を装甲のような外殻が包み込み、右手に握った大剣すら禍々しい形へと姿を変える。
そして、インナースーツに覆われていた胸元で、忌むべき紋章が一際強い光を放った。
『罪深き者よ、裁きを受けよ……!!!』
「さあ、代理戦争といこうか!!!」
咆哮と共に響いたのは、重金属をぶつけ合い、磨き上げられた石造りの床を砕く轟音。鞭のように唸りを上げて振るわれる多量の刃を大剣が受け切り、反撃として振るわれた、太く鋭く伸びた爪が返す刃に弾き返される。
「ぐッ……!!」
強大な力に圧し負け、弾き飛ばされた少女を地面から大量に伸びる法力の刃が襲う。打ち消すように少女は風の刃を放ち、そして再び速度を上げて二つの塊が衝突する。
鍔迫り合いの形でかち合った双方の刃が再び弾け、互いに致命の一撃を狙って再度振り払われた。
「まだっ!!」
再び大きく離れた距離から投げ放たれた大剣が束ねられた刃に突き立てられ、大きな金属音を響かせる。そしてその直後、柄尻に加速を乗せた蹴りが叩きこまれた。
『ぐッ!』
「逃がすか!」
束ねた刃を解くように蹴り込まれた大剣を跳ね除け、男は一足飛びに後退して少女の行く手を阻むように法力の刃を再び放つ。危なげも無くその隙間を駆け抜け、彼女は三度、敵へと肉薄した。
手に取り直した大剣を右の手で振るい、空いた左腕を時には剣に、時には強靭な爪に変質させて、少女は波濤のように襲い来る斬撃を捌き、間隙を縫って攻撃を繰り返す。永遠にも思えた剣戟と法力による遠距離攻撃の応酬の果て、遂にその均衡が崩れた。
「がッ……?!」
『フハハハ!! これが研究の成果、これこそが神の力だ!!』
「ノーティスさん!!」
硬質化した皮膚を容易く引き裂き、振り下ろされた刃が肩口を深々と突き刺す。続けて地面より現れた法力の刃が、少女の全身を切り裂き、踏ん張りの利かないその身体を軽々と弾き飛ばした。
「ぐッ……は……っ!」
(肩が熱い、足が動かない治りが遅い、くそッ……!!)
『さあ、裁きの時だ』
一歩、また一歩と踏み締めるように、ジャッジメントは少女の正面へと歩みを進める。そして、蹲る少女の僅か数センチ先で彼はその足を止めた。
『罪より生まれし
「……誰、が」
『終わりだ』
振り下ろされる刃。少女の息の根を止めんとしたそれは、しかし側面からの強大な衝撃によって軌道を変え、今だ立ち上がれずにいる少女の首から大きく離れた場所へと大きな亀裂を生むに留まった。
「……彼女から、離れてください」
そう少年が手を翳し言い放った直後、ジャッジメントの斬撃を弾き宙に浮かんだヨーヨーがその形を大きく変える。
『哀れな人間が……このような拘束能力のないマーキングで神を止められると思ったか?』
「ッ……!」
瞬く間に眼前へと迫った巨躯に、反射的にブリジットは回避行動をとる。
振り抜かれる刃を潜り抜け、振り下ろされる刃の峰を器用に蹴り、ポーチからいくつかの薬莢のようなカートリッジをヨーヨーに装填。
追い縋る男の顔面へと向けて片手に残ったもう一つのヨーヨーを投げ放った。
「マウスジッパー*1!!」
飛翔するヨーヨーはマーキングに吸い込まれるように弧を描き、ジャッジメントの至近距離で少年の声に呼応しカートリッジが炸裂音を放つ。
青い光と共に放射状に広がる鎖のエフェクトが、回避の間に合わなかった男の武器へと絡みついた。
『これしきの事で!』
「無駄だよ」
刃の届かない距離へと離れたブリジットを捉えるため、法術を放たんと振るった腕は何もない空を切り。
法力を封じられたと気付いた男の背後から、大剣が空を切り裂く音が響いた。
『グッ……!!』
「……警察機構でも使われてる封印法術、時間制限はあるけど効力は折り紙つきだからね」
背中を縦断する傷を受け、呻き声を上げ、しかし二人に前後を挟まれる位置から逃れるように体勢を立て直すジャッジメントを見やり、少女は血塗れの頬を拭う。
完全に回復しきっていない肩を庇う立ち姿は、異形への変質が更に進行しているのが見て取れた。
「チッ……浅かったか」
しかし、間違いなく効いている。ブリジットを捉えきれなかった攻撃といい、先程の一拍遅れた回避といい、明らかに戦闘開始時よりも動きが悪くなっているのが見て取れる。
はじめは力を制御できていないのかと考えかけ、一瞬揺らぐ胸部の光に、根本的な綻びがあったのかと考え直し、少女は大きく深呼吸をする。
推測があっているどうかに関わらず、私に残された選択肢は短期決戦以外に無いと。
『よくも、神に傷を……!!』
「あんまり、寝言に付き合ってられる時間は無いの。一気に終わらせてあげるよ」
『戯言を!!!』
煌々と紅い光を放つ瞳が一筋の線を引き、フロアを踏み砕きながら少女は敵へと接近。先程よりも勢いの増した斬撃がジャッジメントを引き裂かんとして立て続けに繰り出される。
繋がりきっていない肩口から鮮血が溢れ、失血に揺らいでも彼女は止まることなく攻撃を浴びせ続けた。
『何故、何故だ……! 貴様等ごときに私が……!?』
「寝言に付き合う気はない、って言ったでしょ!!」
風の法力を纏って振り抜かれた爪が黒い皮膚を引き裂き、振り上げた拳が腹部を捉えてその巨体を大きく打ち上げる。
「……ぁあああッ!!!!」
そして正面へと翳した右腕が、悲鳴とも咆哮ともつかない叫び声と共にその姿を大きく変え、現れた魔法陣から極大の光条が放たれた。
『そのような攻撃が……っ!?』
到達前に体勢を立て直し、回避を試みたジャッジメントの足元を阻害するようにマーキングが光を放ち、展開していたヨーヨーが一気に収縮を始める。
『まさか!?』
「その技、『ロジャーハグ*2』って言うんですよ。覚えといてくださいね」
握り絞められた拳の先。呟いた少年への怨嗟の声は光に飲まれ、男諸共玉座を飲み込んだ光は外壁に小さくない穴を空ける。
段々と薄れて行く光の中から、全身を光に焼かれ、背負う刃を砕かれた、神を名乗った男の成れの果てが現れた。
『……ぐはっ……ば、馬鹿な……!?』
「……」
『な……何故、だ!? 私は絶対の力を……手に入れた……ハズ……全ては、計算……通りに……』
もはや戦闘続行は不可能な損傷を受け、蹲る男は一人呟く。
感情の伺えない瞳でそれを見下す少女の視界に一つ、決定的な綻びが映った。
『ま……まさか!』
「前提条件を間違えたんだよ、アンタは」
『精神だけが生きていようとも、肉体が死んでいては、生き永らえる事は出来なかった……という事か』
男の視界には誰も映らず、ただ自身の身に起こった現象の否定と、歪んだ自尊心の発露だけが続いた。神を気取り、島一つの人間を滅ぼし、ギアをも超える異界の力を求めた男の末路がこれかと少女は呆れたようにため息を吐き、動かなくなったそれに背を向け、出口で待つ少年の元へとゆっくりと歩き始めた。
『な……なんだ!?』
その背中を不意に、強い法力の波が襲う。
反射的に剣を構え振り向いた先に在ったのは、強大な炎に覆われ、粉々に砕けた刃から伸びる触手にその身を蝕まれ、声にならない悲鳴を上げる哀れな男の姿だった。
『力……が! 力がぁっ……!!……た、助け……』
「……え……?」
「……見ない方がいい」
『ぐあああああ……!!!』
戸惑うように自分を呼ぶ声を気にすることなく、少女は少年の体を抱え上げ、膨れ上がるエネルギーから逃れるように、連絡橋の壁面からその身を投げ出した。
「ま、待ってくださ……!」
「待たない! 逃げ遅れたらただじゃ済まないんだから!!」
頬を叩く冷たい風、少女の背中側から感じる法力の余波にそちらを見上げれば、古城の最上部を飲み込む光が柱のように立ち昇り、空に大きな空洞を穿つのが見て取れた。
そして、数秒の無音の後、解き放たれた力の余波が古城を崩壊に至らしめ、周囲の木々を薙ぎ払う。防御姿勢を取る間もなく少年達はそれに巻き込まれ、幾つもの大樹を薙ぎ倒しながら森林の外縁部に落下したのだった。
「……つつ、ノーティスさん。大丈夫ですか?」
数刻の後、グラグラと揺れる頭を押さえて少年は体を起こす。
周囲には古城崩壊の余波で滅茶苦茶になった木々が見え、島の各所では警察機構による制圧作戦が行われているのか、レイモンドが作り上げた魔物たちの断末魔や、立ち昇る炎や煙が見え隠れしている。
痛む全身を引き摺り、直前に自分の身に起こった出来事を思い出し、違和感と焦燥感に引っ張られるように少年は自分の落下地点周辺を探す。
(……ウチは、防御もフロートも間に合わなかったはず……)
「ノーティスさん、聞こえてたら返事をしてください……ノーティスさん!!」
少女の声は聞こえず、代わりに一つ折れた枝を踏み折る音が返ってくる。
「ッ……!」
身構える少年の視界の先に、ゆらりと大きな人影が顔を覗かせる。
「貴方、は」
「……どうやら、『三人目』の患者は比較的軽傷で済んだようですね」
ファウスト先生、そう呼ばれた長身の男は挨拶もそこそこに応急手当を済ませ、少年と連れ立って森林を歩き始める。
「警察機構の方々に連れられてこの島を訪れた時には危うく絶望しそうにもなりましたが、生存者が見つかっただけ幸いでした」
「……じゃあ、やっぱり警察の人達もここに?」
「ええ、対ギア編成が完了した部隊が投入されているそうです。……貴方達の姿と古城で上がった火の手を見る限り、どうやら首謀者については決着がついたようですが、後始末が残っているようですので」
紙袋に覆われた頭部越しにも伝わってくる無念の感情に俯き、少年は更に情報を引き出そうとファウストに問いかける。先程三人目と言ったが、残りの二人は大丈夫なのか。そして、その二人は誰なのかと。
「一人は、中央の集落にあった屋敷に避難していた少年です」
男の言葉に、少年はほっと安堵の表情を浮かべる。彼の所見を聞く限り、精神的な衰弱について対応が必要ではあるものの、目立った外傷はなく無事に保護がなされたという事らしい。時間は掛かるだろうが、日常生活を送る事は可能だろうと。
しかし、しばらくの沈黙の後に医師から告げられた言葉は、少年の歩みを止めるのに十分なものであった。
「二人目……貴方の同行者であった
「そんな……」
「GEAR細胞という物は、恐ろしいモノですね。……あれだけの傷を負ってなお、彼女は一命を何とか取り留めました。しかし強化された治癒能力を持ってしても傷の修復は完全とはいかず、全身の筋組織が断裂を引き起こしています」
その後体表の変質についても彼は言及する、治療が完了し外殻を隠すことが叶うまでは人目に晒す訳にはいかないと。そのため、カイにのみ事のあらましを説明し、自身の診療所の一つを臨時の隔離病棟として使用していると語った。
悲壮な表情を浮かべたまま話を聞いている少年に、患者自身の意思を尊重することにはなるが、意識が戻れば面会は可能だろう、と男は続ける。
「……貴方さえ良ければですが、診療所で回復を待ちますか?」
「……ウチは、先に報告しなきゃいけない人がいます」
回復したら教えてくださいと頭を下げ、少年はカイの待つであろう港へと駆け出す。見送った男は、小さくため息を吐きながら、不意に現れた扉のノブへと手を掛けその向こうへと体を滑り込ませる。
何もない空間に音も無く表れた扉は、主を迎え入れた後に何も残さず姿を消したのだった。
「さて」
「……ありがとう、ございます」
気にすることはありませんと手術台に横たわる少女に答え、男は慣れた手つきで機器を揃える。
「しかし、人間もそれ以外も多く診てきたつもりですが、これほど厄介な患者も珍しい」
「……」
咎める様な口調に言葉を詰まらせ、少女はゆっくりと目を逸らす。
手際よく処置を進めながら、ファウストは少女の表情を気にすることなく言葉を続ける。
今回は手遅れになる前に処置が間に合ったものの、このような戦い方を続けるとその身が持たない、限界を越えた先に待つのは自壊による死だと。
今更長生きも無いでしょうが、成したい事があるのであれば戦い方を考えた方がいい、と付け加え、僅か一時間足らずの内に男は器具を片付け始めた。
「……え?」
「貴方の回復力であれば二、三日安静にしている内に動けるようになるでしょう。ただし、そこからひと月は過度な運動や戦闘は控えてください」
「いや、そうじゃなくて……私結構な怪我して」
通常では考えられない速さで終わった処置、にもかかわらず素人目に見ても完璧に思える手術痕に戸惑う少女へと向き直り、紙袋の不審人物は一つ頷いて答えた。
「こう見えても名医ですので」