Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション― 作:秋月紘
「……ごめんなさい」
耳を刺したのは、慟哭。
少年から事の顛末を聞かされ、せめて見送るだけでも、という僅かな願いも届かず。
あの日船の発着場で二人を見送った依頼人の女性は、ただただ泣き崩れる以外の選択肢を持ち得なかった。
「……あの、カイさん」
「……はい」
しばらくの時間の後、泣き疲れた女性が申し訳なさそうに頭を下げて立ち去るのを何も言えずに見送り、二人は改めて騒然としている船着き場を見渡す。
ジャッジメントの討伐、少女らが経由した地点での残存勢力の掃討を終え、一応の終息を見せた『イセネ島の怪物騒ぎ』は瞬く間に噂として広がり、島の古城から立ち昇った光はGEAR研究の果てに生まれたものだった、外界から隔絶された島は軍の研究施設であった、という中らずも遠からずと言ったものから、ジャスティスが復活の為にあの地を選び、三度聖騎士団に封じられたのだという荒唐無稽なものまでが、口さがない人々の間を駆け巡った。
そうでなくとも、イセネ島と繋がる唯一の連絡港という立地も手伝い、生存者がほぼ存在しないという結果を受けて取り乱す島民の親類、縁者も少なくはなかったため、警察機構はそういった人々の対応にも多くの人手を駆り出すこととなっていたのだ。
「その……やっぱり、駄目でしょうか」
何度目かになる少年の問い掛けに、カイと呼ばれた青年は逡巡の後、左右にゆっくりと首を振った。
「我々が護衛について、彼女の元へ向かう事は可能でしょう。……ですが、やはりあの遺体を彼女に見せる訳にはいきません」
「……そう、ですよね」
せめて自分の手で手渡せれば、と供えずに持っていた紙袋をぎゅっと抱き締めて少年は俯く。
その姿を見、青年もまた、何度目かになる謝罪を口にした。
「……申し訳ありません。私が、直接向かうべきでした」
「いえ、大丈夫です。ウチだって賞金稼ぎですから」
誰が行こうとも、同じ結果が待っていたことは理解していると。そう悲し気に笑う少年に改めて頭を下げ、カイは改めてブリジットの方へと向き直る。
「ブリジットさん、改めて礼を言わせて下さい。……貴方と『彼女』のお陰で少なくとも一人の命が救われ、島の人々を魔物に変えた首魁は討ち果たされました。……ありがとう、ございます」
「そんな。ウチ達は、出来る事をしただけですよ」
「いえ……」
謝礼を貰うほどの働きはしていないという遠慮にも、島の人々を助けられなかった身で謝礼を貰う訳にはいかないという後悔にも見える少年の反応に、青年は諭すような口調で言葉を続ける。
「金銭で片付く事ではありませんが、それでも、けじめとして受け取って頂きたいのです」
「それは……分かりました。ありがたくいただきます」
「もちろん、武具や損失した道具などについてもこちらで出来る限りの支援はさせていただくつもりですので、気にせず我々に伝えてください」
そう言って真剣な表情をこちらに向けた青年に、一言「ありがとうございます」と頭を下げ、少年はその場を後にした。
ホテルに戻り、シャワーや食事を一通り済ませ、イセネ島から離れて二度目の夜を一人きりで過ごす。
二つ並んだベッドの片方に俯せに倒れ込み、同行者だった少女に思いを馳せる。
凄惨な事件だった、直視に堪えないものだって散々に見せられた。
だが、そんな状況下で起こった事故のようなものとはいえ、彼女と自分を隔てていた壁が一つ崩れた様に思えるのは、それは幸いなことだったんだと思う。そうやって少年は自分を納得させる。
あれだけの物を見せられ、二人共が心身に大きな痛みを受け、その挙句が何も得られることが無い旅だったと。そんな結論に至る事だけは避けなくてはならないと、彼は強く念じずにはいられないのだから。
「はぁ……」
「ファウスト先生はああ言ってたけど。大丈夫なんでしょうか、ノーティスさん」
一際大きなため息が、一人きりの室内に響いた。
「……今のお前を見て言うのもなんだが、ひとまずは無事に生きていたようで何よりだ」
ファウストが居を構える診療所の一室。昼食の時間も大きく過ぎた頃、病室で体を起こす少女と、一人の青年が話をしていた。数日前には全身を覆っていた包帯も大部分が解け、今では特に傷の深かった箇所をわずかに保護するのみ。
袋越しに渋い表情で経過は良好だと答える医者の言葉通り、既にリハビリを開始できる程度に少女の身体能力は回復していた。
「……事後処理は終わったんですか、団長」
「だから私はもう団長では……」
「良いじゃないですか、聞いてるのもあの不審者みたいな医者位ですし」
嘯くような言葉に呆れた様な表情を返し、青年は少女の問いに答える。
「まだ難航している部分はある。首謀者が死亡したとはいえ、あの男が作り上げた魔物はまだ島の各所に残っているからな」
「制圧するまでは次に移れない、と」
言葉を継いで紡がれる確認事項に、眉間に皺を彫り込んだまま青年は頷く。
「その通りだ。応援を呼んでことに当たっているが、足を踏み入れる事も躊躇うような地形だって少なくはない。恐らく、長期戦になるだろうな」
そう言ってため息を吐く青年の表情には疲れが滲んでおり、イセネ島への上陸以降まともに休息を取っていないのだろうと少女は結論付けた。
「……心配はしてませんけど、ハードワークで倒れないように気をつけてくださいね」
「心得てるさ……あと、お前達が受けたイセネ島民の依頼についてだが」
カイの言葉に、少女の表情が小さく強張る。
「依頼人には、私とブリジットさんから説明を済ませておいた」
「なんでッ……!?」
「彼が自分で説明すると言ったんだ。……お前達二人の依頼主である以上、フォローこそすれ私が止める理由は無いぞ」
こうなる可能性を知っていて止めようとしなかったのはお前だろう? そう諭すような言葉に反論できず、ノーティスは紅く染まった瞳を大きく揺らす。
彼女の動揺を余所に、青年は見舞いの品を手に肩を竦めた。
「とはいえ、こればかりは誰にもどうしようも無かった話だ。……お前も、
人生の大半を過ごした戦場を思い返し、険しい表情を浮かべるカイの言葉をゆっくりと反芻する。ああしていれば、こうだったなら、そういった後悔が首をもたげ、そして『たられば』の及ばない部分に後悔を覚える事の無意味を遅れて思い出す。
「……ええ、そうですね」
「なら、私の言いたい事は分かるな」
器用に果物を切り分け、カイは小皿を少女に手渡す。
甲殻に包まれた腕がそれを受け取り、しばしの思案の後、少女は爪で突き刺した果実の一つを諦めたように口に放り込んだ。
「後悔で足を止めるな、だよね。……今更、言われるまでも」
「そちらではなく、前に進め、だ。……聖戦が終わった今ならば。立ち止まる時間も許されると、私は思っているよ」
「……そっか」
そう小さく呟いた少女は何を話すでもなく、また青年も応えず、しばらくの時間が過ぎる。
やがて時計の短針が三時を示した頃、椅子から腰を上げた青年が口を開いた。
「報酬と謝礼については前回と同じ口座で構わないな? 武器や所持品についてもこちらから補填を用意させる、何かあったらメダルにでも連絡してくれ」
「……ありがとう、ございます」
「こちらこそ、今回は二人のお陰で解決したようなものだ。……ありがとう、ノーティス」
御帰りですか、と病室の入り口で出くわしたファウストに問われて青年は頷く。そのまま扉の向こうへと姿を消そうとしていた後ろ姿を引き留めるように、少女は声を張り上げた。
「あの、団長!」
「……なんだ?」
「……ロンドンの件、治ったら改めて紹介してください」
その言葉に驚いたように目を見開き、青年は柔らかな笑みを浮かべて冗談めかした声で答える。構わないが、あまり相手を待たせすぎるんじゃないぞ、と。
そして、そのつもりならもう一人話すべき相手がいるだろう、と。
困ったように息を吐いて、少女はその言葉には答えず青年を見送った。
「……よろしいのですか?」
「……結構掛かるんでしょ、コレ。だったらあんまり待たせてられないし」
言わないとずっと待ってそうだから。そう呟いた少女の言葉に決意を感じ取ったのか、留める様な言葉は後には続かず、そのまま長身の医者は踵を返した。
そしてそれから数刻の後。一人きりの病室に、喜び、怒り、悲しみ、様々な感情が綯い交ぜとなった声がひときわ高く木霊した。
「ノーティスさん!!!」
「わっ……!?」
ファウストに案内されて病室の扉をくぐった少年は、少女の姿をみとめるとすぐに飛び出し、縋りつくようにその肩を掴む。戸惑う少女を余所に矢継ぎ早に紡がれる言葉は段々とその形を失い、ついにはただ泣きじゃくる声だけが聞こえるようになった。
「良かった……無事で、ホントに良かった……!」
「……ごめん、色々心配かけて」
少女の言葉を否定するようにぶんぶんと首を振り、自分を庇ってあれだけの爆風を受けたのだから、謝るのは自分の方だと強く言い張る。最初はそういう問題じゃないと戸惑いながらも固辞していたが、やがて諦めたように項垂れ、少女は少年の謝罪を受け入れることとなった。
「あ……それで、ノーティスさん、この姿は……」
「いや……うん」
困ったように首を傾げ、やがて諦めたように少女は口を開く。
先のジャッジメントとの戦闘や、古城から逃げる際の爆風から身を守るために無茶をし過ぎた。そしてその結果、無理矢理活性化させたGEAR細胞が体の修復を終えて沈静化するまでにしばらくの時間が必要になった、と。
リハビリを始められる程度には回復しているが、元の姿を取り戻せるようになるまでにはまだ、遥か遠い状態にあった。
時間が掛かるという言葉を受けてただ完治することを喜んでいた少年は、やがてある結論に思い至りその表情をひどく強張らせる。
続いて問い掛けられる言葉は消え入りそうな声で、しかし聞き返す必要のない問い掛けであった。
「それは、どれくらいの……時間が必要なんですか」
「少なくとも一年から二年は掛かるってさ。……だから、二人旅はここでおしまい」
「で、でも」
「賞金稼ぎを続ける事情、ってのがあるんでしょ?」
たまたま知り合っただけの
「……ホントに
「……そりゃあもう」
苦笑いを伴う嫌味に胸を張って少年は答え、その様を見た少女は諦めたように小さく首を振る。そして、少女はある一つの懸念を思い出し少年に問いかけた。
「そういえば団長から聞いたんだけど、依頼人とはどうだったの?」
「……すみません。泣かれてしまったので、預かった荷物もお返しできなくて……」
悲痛な表情で俯く少年を宥め、少女は手荷物を渡すように促す。
言われるがままに差し出された紙袋を受け取り、少女は状態を検めてその口を開いた。
「……ありがと。じゃあ、あとはこっちでやっとくよ。依頼人については団長とも相談しておくから」
「ですけど」
「イセネ島の事後処理もいつ終わるか分からないし、それまでずっと此処にいられる訳じゃないでしょアンタは」
「うっ……それはそうかもしれませんけど、せめて怪我が治るまでは……」
なおも食い下がろうとする少年を見ていた少女は、やがてわざとらしく大きなため息を口にした。
「しょうがないか。……はいコレ」
ごそごそと胸元を漁っていた少女が、やがてチェーンを外し小さなネックレスを少年に手渡す。不思議そうな表情を浮かべながら受け取った少年は、手渡されたそれに視線を落とし、小さく声を上げた。
「これって」
「聖騎士団の万能章。その状態でも法力通信は出来るし、よかったら持ってて。私の分は別にあるしね」
「でも、ウチは……あれ」
まじまじとそのネックレスを見つめていた少年は、まるで形見分けのような振る舞いに反発の言葉を上げようとしたところで、受け取ったそれが小さなメダルの破片であることに気付く。そして、改めてそれを調べてみれば、煤けたその裏面にはある単語の一部か刻まれていた。
「A、F、E……えっと、『Affection』……?」
「……そっか、そんな事書いてたんだ。アイツ」
「え?」
「……それ、私の部下のなんだよ」
「それって……」
困惑した様子の少年に改めて向き直り、少女は少年の手のメダルにそっとその手を重ねる。
そして、戸惑うブリジットを余所に、真剣な表情を浮かべその口を開いた。
「これは、賞金稼ぎのキミへの依頼」
──私の代わりに、聖戦が終わった世界を見せてあげて欲しいんだ。
突然の言葉に不意を突かれた少年を余所に、少女は続ける。
──賞金稼ぎの旅のついでで構わない。わざわざ何かをする必要はない。
──ただ。
──あの時彼女たちが見る事のできなかった世界を、代わりに見てきて欲しいの。
そう言い切った後。彼女は初めて、少年へとその頭を深々と下げた。
「元々自分でやろうと思ってたんだけど、こうなっちゃうと何年後になるか分かんないからさ」
「……」
おどけた口調で自身の手足を指さし、少女は笑う。
「短い時間だったし、ロクでもない事件にばっかり巻き込まれたけど。……悪くなかったよ」
不意に、冷たい感触が少年の腕を引いた。
「あの時会ったのがキミで良かった」
こつんと額を合わせて少女は悪戯っぽく笑い、それに応えるように少年は微笑む。
「……ウチも、不謹慎な言い方かもしれませんが。楽しかったです」
「……うん」
名残を惜しむように額を離して少年は立ち上がり、声の震えを抑え、少女の願いに応えた。
「……わかりました。この依頼、お引き受けします」
「ありがと。……それじゃ、よろしくね」
ノーティスの言葉にブリジットは大きく頷き、明るい声で答える。
全てが終わったら、また会いましょうと。
「おひねり、期待してますからね」
「任せてよ」
未練を振り切るように少年は足早に病室のドアを抜け、振り返って過去一番に弾んだ声で少女の名を呼んだ。
「待っててくださいね、『エリスさん』!!」
「なっ……?!」
そして、一人残された病室で。
「あ……の、人たらし……!!」
その瞳よりも真っ赤に頬を紅潮させ、頭を抱える少女の姿だけが西日に照らされていた。
時は移ろい、2182年の8月。
すっかり真夏日の様相となったロンドンの一角で、とある私塾の呼び鈴を一人の少女が鳴らす。
遅れて扉から出てきた人影が、少女の姿に気付いて首を傾げた。
「あの、すみません。今日は定休日なので、入塾希望の方は日を改めて頂けると……」
そう言って少女の前に進み出たのは、年の頃は十七、十八前後に見える金髪の少女。腰まで届くか届かないかといった長さの髪に、どこかあどけなさの残る顔立ちをしており、しかし年相応の服装とは明らかに不釣り合いな紅い鉄板があしらわれた首飾りが、少女の注意を引く。
鉄板に刻まれた『Rock You』の文字に気付き、やがてそれらに得心が行ったように笑みを浮かべる彼女の金色の瞳を、訝し気な紅い瞳が睨みつけた。
「貴女がソラリア……で間違いなさそうだね」
「……貴女は?」
警戒心を露にして、ソラリアと呼ばれた少女は来訪者から一定の距離を保つ。順番を間違えたか、と居心地悪そうに肩を竦めた少女は、彼女の疑念に応えるようにショルダーバッグから一枚の書状を取り出し、そのまま目の前に広げ改めて素性を名乗った。
「ノーティス=アーシュヴァイン、賞金稼ぎ。国際警察機構長官カイ=キスクの紹介で来たんだけど……マリーナさんに会わせてもらえるかな?」
-fin-