Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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#0「ざわめき」

少女は一時の安息を得た。

人攫いに端を発した『GEAR研究』に関連する事件、

小さな島を襲ったある男の手による惨劇。

それらの事件で負った傷を癒すように、彼女はロンドンの片隅でその身を休める。

とある私塾の手伝いの傍らで、少女は少しずつ、穏やかな日常を取り戻しつつあった。

使わなくなって久しい大剣の手入れをしながら、少女は一人差し込む日差しに目を細める。

「……まだ賞金稼ぎやってるのかな」

ふと、一人の少年の顔が脳裏に過る。

こうやって物思いに耽る暇ができた事は喜ばしい事なのだろうが、

しかしらしくはないなと、大きく息を吐いてぐっと伸びをする。

木漏れ日を時折揺らす風に目を細め、

いずれ手元を離れる平穏にその身を委ねた。

 

 

 

 時は2186年。ジャスティスの完全破壊による聖戦の終結、その後に発生した大小さまざまな事件からおおよそ5年の歳月が過ぎた。

流れる時は人々や街並みを大きく変え、かつて人々を絶望の淵に追いやった聖戦の爪痕も、少しずつではあるが癒えつつあった。

 

「……よし」

 

 ここはロンドンの片隅、とある私塾と併設された住居の一室。つい先ほど手入れを終えた大きな鉄塊を壁際に横たえて、少女はその金色の瞳を瞬かせる。

ふと壁に掛けられた時計に視線を移せば、時間は既に朝の十時を大きく過ぎようかという頃。塾は定休日だが、かといって全く何もしない訳でもないと、ノーティスは気だるげに自室の扉へと手を掛けた。

 

「おはよう、ノーティス」

「おはよ、ソラリアは?」

「もう起きて外に出てるわ。先に始めてるって言ってたかしら」

 

 朝食を先に済ませ、片付けを始めている車椅子の女性が目に入る。この私塾の主であるマリーナと話しながら、少女も遅めの朝食を口に入れた。

 

「それは感心。飲み込みも早いし、制御装置無しで十分コントロールできるようになってるなら、もうちょっと踏み込んで良いかもね」

「あら、カイさ……いえ、連王様からはそこまでは聞いてなかったような」

「まあサービスみたいなものよ。聖戦が終わってしばらく経ったとはいえまだ物騒でしょ、二人分の身を守る程度はできた方がいいと思って」

 

 食後のコーヒーを飲みながら軽い調子で話すノーティスに、戸惑うような笑みを浮かべて「ほどほどにね」と答える。

ノーティスがこの私塾に軒を借りる様になってからおおよそ四年ほど、すっかりと慣れてしまった日常会話を済ませて彼女は身なりを整え、勝手口の扉を開けて外へと踏み出した。

 

「寝坊?」

「……いつもこんなもんでしょ」

「それも良くないけれどね」

 

 建物を出た先に待っていたのは、十代半ばから後半に見える金髪の少女。軽く一つにまとめた髪を揺らして振り返る彼女の表情は、不機嫌さと呆れとを混ぜ合わせたように見えた。

 

「それで、今日はどうするの?」

「そうね……制御にも随分慣れてきたみたいだし、軽く組手でもやってみる?」

 

 ノーティスの提案に、少女はえぇ……と腰が引けた様な反応を見せ、無意識の内にその手が首から下げられた赤いヘッドギアに触れた。武骨な一枚板の額当てに刻まれているのは、二人それぞれに色々な意味で複雑な思い出のある『Rock You』の文字。

その文字列を醒めた目で見つめるノーティスをじろりと睨みつけ、少女は続けて不機嫌な声を上げる。

 

「……いくら慣れたって言っても私じゃ勝ち目ないよね」

「勝敗じゃなくて実践的な制御が目的だから別に良いの。その制御装置(ヘッドギア)付けてるなら私が抑え込めるしね」

「それはそうかもだけど」

「今は住ませて貰ってるけど永住するつもりはないし、自分の身は自分で守れるようにしないと」

 

 ソラリア、と続けて呼ばれた少女は不満そうな表情を浮かべながらも、渋々といった様子で構えを取る。

 

「正体を隠しながら戦えるようになるのが最低条件、治安もまだ回復しきったわけじゃないからね」

「犯罪者相手にバレても良くないの?」

「ダメに決まってんでしょ。隠してるから実感ないかもしれないけど、ギアを目の敵にしてる人なんてごまんといるんだから」

 

 呆れたように肩をすくめて、少女は諭すように言葉を続けた。

ジャスティスの暴走に端を発した聖戦の甚大な被害を。長きにわたる戦いの終結以後も、世界の各地では残存するギアの討伐が精力的に行われてきたことを。

そして、イリュリアの各地に未だ点在するギアの休眠地点についても、ギアの討伐を積極的に推進する者と調査のために休眠状態を維持しておきたい者の間で今なお論戦が繰り広げられていることを。

 

「保全派にしても同情心で破壊を踏み留まってるわけじゃないし、ギアの殲滅をお題目に掲げられたとしてそれに強く反対できる人ってそんな多くないわよ」

「……」

「『ギアを匿ってた』ってあの人(マリーナ)に矛先が向くのも嫌でしょ?」

「それは」

 

 痛いところを突かれたか、戸惑うように顔を上げる少女の視界を伸びてきた掌が覆い隠す。何が起こったか分からずに戸惑う少女に、ノーティスは悪戯っぽく笑ってその手を引いた。

 

「はい、これで一勝。本気なら首から上が飛んでたわね」

「……それは、反則じゃない?」

「冗談よ。……まあなんにせよ、世界を壊滅寸前にまで追い込んだ連中を受け入れられるほど傷が癒えた訳じゃないから」

 

 自分たちの為にも相手の為にも、正体がバレないに越したことはない。そう結んで少女は改めてソラリアを促す。しばらく悩んでいたソラリアであったが、やがてとりあえず納得は出来たのか、改めて不格好な構えをとった。

その様を見て「そりゃそうか」と小さく笑い、金色の瞳の少女は訓練の内容を簡単なものへと変更することを決めたのだった。

 

「訓練中にごめんなさいノーティス、貴女にお客様よ」

「私?」

 

 そして、いつも通りだった日常は、とある来訪者をきっかけにあっけなく崩れ落ちる。

 

 

 

「休眠地点の調査?」

「はい」

 

 来客に合わせて軽装から身支度を整えたノーティスとソラリアが、マリーナによって客間に通された男性とテーブルを囲む。警察機構の人間と名乗った長身の男は、いささか申し訳なさそうな表情を顔に貼り付けたまま説明を続ける。

 

「先日に郊外のギア休眠地点へと向かった調査担当者が帰って来ておらず、確認のために先行して現地に向かった担当者数名が続けて行方不明となってしまったのです……」

「……元聖騎士団とか、腕の立つ人間はいないの?」

「お恥ずかしい話ですが……我々の所轄で最も戦闘に秀でていたのが、その先行した担当者でして」

 

 うなだれる男の姿に思わず少女らは顔を見合わせる。最初の失踪者に続けて一番の腕利きを含めた調査隊が行方不明となったことで、自分達の領分を超えたと判断したのだろう。詳しく話を聞くと、他地区へ応援を依頼しているが手配に時間が掛かるとの回答であったことから、元賞金稼ぎであるノーティスに白羽の矢が立ったとのことであった。

 

「別に厄介事には慣れてるからいいけど、報酬はちゃんと出るんでしょうね?」

「それは、もちろんです。ただ……」

「ただ?」

 

 訝し気な表情を浮かべる少女の視線に射貫かれ、男性は困ったように目を泳がせる。やがてしばらくの思案の後に出てきたのは、単なる噂として切って捨てるにはいささか危険な情報であった。

 

「正体不明の集団による襲撃、か」

「別の地区の、それも数か月は前の話ではありますが。……ギアの休眠地点が襲われ、対応を行った法力使いがまるで歯が立たなかったという話も聞いております」

「……根絶派の過激派か何か? 今回のもそいつらに狙われたかもしれないと。まあ、やるだけやってみるけどあんまり期待はしないでよね」

「ありがとうございます」

 

 少し悩んだ末に渋々承諾した少女に、警察機構の男は深々と頭を下げる。やがて来客が帰った私塾の一室で、三人は改めて顔を突き合わせた。

 

「すぐ出るの?」

「一応酒場に寄って情報集めてからにするつもりだけど、話の内容を考えると急いだ方が良さそうだしね」

 

 それに気になる事もある、とノーティスは眉間に皺を寄せる。その様子を見て、心配そうにソラリアは俯いた少女の顔を覗き込むようにその身を乗り出す。

 

「……その、気を付けてね」

「さっきも言ったけど、厄介事なら慣れてるから大丈夫。それじゃあ手早く片付けてくるから、マリーナの事はお願いね」

 

 ひらひらと軽く手を振り、愛用の大剣を背に少女は部屋を後にした。手短に支度を済ませて少女が向かったのは大通りに面したとある酒場。

マリーナの私塾に腰を落ち着けるようになってからの第二の拠点とも言える場所であり、彼女は私塾の手伝いの傍らで少額賞金首の捕縛や簡便な依頼をこなしていた。そのような経緯もありすでに見知った顔である女性を店内に見つけ、少女は一直線に彼女の元へと歩みを進めた。

 

「ごめん、今時間ある?」

「あれ、今日はマリーナの手伝いじゃないの?」

「ちょっと急用が入っちゃって。前言ってた話なんだけど、詳しい内容聞いてもいい?」

「……ああ、あの話?」

 

 事は、三日ほど前に遡る。

 

「行方不明?」

「そこまで大袈裟な話じゃないんだけど、最近あの人見ないねって話してて」

 

 氷の残ったグラスを傾け、少女はこの酒場のマスターである女性の話に興味深そうな視線を向ける。

 

「大体月一くらいで顔を出す賞金稼ぎの人がいたの。覚えてる?」

「んー……ああ、あの軽犯罪者メインで手配書取ってる子? 専門は戦跡の探索じゃなかったっけ」

「そ、あの大人しい男の子、マメに依頼受けてたから大丈夫だとは思うんだけど。ただ、ここ二、三ヶ月くらい見てなくて。他の所に行ったとかなら別にいいんだけど、なんだか気になっちゃってね」

「ふーん」

 

 初めは興味なさげな様子だったノーティスだが、やがて何か気になる所でもあったのか食い入るようにその身を乗り出す。

 

「……私塾の手伝いがあるから本格的に調べるのは無理だけど、拠点にしてる宿とかあるなら見てみようか?」

「うーん……それじゃあ、お願いしようかな」

 

 雑談の延長線上で発生した、依頼とも言えない人探しの頼まれごと。会話の中で思い出した人相と、警察機構の人間から伝えられた懸念事項が、不意に一本の線で結ばれる。杞憂であるに越したことはないが、この手の嫌な予感は得てして的中するものなのだと少女の経験が叫ぶ。

 

「あれから私の方でも色々調べてみたの。あの子が拠点にしてたのがこっちの宿場で、最後に受けた依頼がこれ。こっちは私から紹介した依頼だし完了報告も受けてたから気にしてなかったんだけど、どうもその後に姿を消したらしくて」

「……依頼人からは何か聞いてる?」

「それが『依頼で行った戦跡に調べたい事がまだある』って言ってたみたいなのよね」

 

 その言葉に、ノーティスの眉間の皺が一層深くなる。手渡された依頼書に記されていた地区情報はギアの休眠地点になっている区画の近くであり、そしてその地区は、まさに先程調査を依頼された場所だったのだ。

 

「……」

「どうしたの?」

「ちょっと、ね。嫌な予感がしただけ」

 

 小さくため息をつき、少女は手元の依頼書をカウンターの上にそっと置く。訝し気にノーティスの様子を見ていた女性に軽く別れを済ませ、彼女は目的の場所へと足を向けた。

 散発的に発生している正体不明の集団による襲撃、同一地点を訪れた複数名の立て続けの失踪。そのどちらにも共通する『ギア休眠地点』という単語。

酒場の女主人と話していた尋ね人の人相をぼんやりと思い返しながら、少女の歩みはだんだんとその速度を上げていく。

 

(あの男の子、長めの前髪で見えづらかったけど確か赤系の瞳だったはず。日記の事もあるし、あれが見間違いじゃないならひょっとするかも)

 

 そう考えながらハイヤーを乗り継ぎ、やがて『これ以上は進めない』と降ろされ、しばらくの道程を進んだ先。かつての戦闘服より多少布地の増えた旅装に身を包んだ少女は、廃墟と化した小さな町へと足を踏み入れた。

破壊神ジャスティスの暴走に端を発した生体兵器GEARの人類への反逆、全世界を襲ったその災禍はこの小さな町にまでその爪を立て、聖戦の終結から多くの時が流れてもなおその恐怖と混乱の痕跡を深くこの地に刻みつけていた。

 

「……いつ見ても気分の良いものじゃないわね」

 

 小さなため息とともに通りを歩き、少女は廃墟を一つ一つ調べながら進む。

 

(何の変哲もない、ってのも違うんだけど。今のところ普通の戦跡ね……残存法力も感知できないし、もうちょっと手掛かりらしい手掛かりがあればいいんだけど)

 

 古ぼけた扉を蹴破り、積み重なった瓦礫を乱雑に押しのけ、少女はどこかにあるはずの痕跡を探す。そうしてしばらくの時間の後、少女の瞳が砂埃に塗れた地面のある一点へと向けられる。

 

「これ……あの子の?」

 

 そう呟き拾い上げたのは、皮脂と経年でボロボロに劣化した小さなメモ帳と古い鉛筆。パラパラとそのメモ帳を捲ってみれば、親しくないなりに面識のあった大人しい少年の姿が脳裏をよぎる。

 

『故郷を、さがしてるんです』

 

 不意に姿を消した少年はかつて、震える声でそう口にしていた。

 

 

 

「故郷?」

「……はい」

 

 それはある日の酒場の一幕。人の出入りも多く賑やかな夜の酒場の一角で、少女と幼い少年はテーブルを挟んで喧噪を眺めていた。

 

「そういえばそういう話したこと無かったね、どこ出身なの?」

「イギリス、だったと思います。その……小さい頃の事をあまり覚えてなくて、このメモを頼りに旅をしてたので」

 

 そう言いながら少年は何冊かの手帳をテーブルに広げる。そこに描かれていたのは、少年の幼少期から今に至るまでを綴った乱雑な覚書。

特に状態の古いものを手に取りパラパラとページを捲ってみれば、始めは日記の形式で書かれていた日々の営みが、やがて飽き始めたのか簡単な内容ばかりになってゆくのが見て取れた。

 

「……日記?」

「みたいです。調べてみた限りだと多分この近くじゃないかな、とは思うんですけど中々……」

 

 困ったように肩をすくめる少年を横目に、少女は引き続き手帳を読み進めてゆく。そして、ある一文を見てページをめくる手が不意に止まった。

 

「これ他の人に見せたりは?」

「いえ、してませんけど……?」

「あんまり他人に見せない方がいいかもね、コレ」

 

 わざとらしくメモ帳を閉じ、押し付ける様に少年にそれを返す。戸惑いながらそれを受け取り、彼女の言葉の意図をよく分かっていない様子のまま言われた通りに少年は手帳をバッグへと仕舞う。それを一瞥し、少女は残り少ないグラスを一息に呷った。

文章としては簡潔で断片的な物しかなかったが、見る人が見ればそれと考えかねない程度には具体性を持った記述。あの手帳に書かれていた文面のいくつかは、少年がギア研究の直接の関係者であるか、もしくは関係者と近しい人間であることを暗に示すものであったのだ。

 

(研究に関わってた、っていうより関わってた人間が身内に居た感じかな。この近辺で研究施設の跡地って言うとあの辺か)

 

 適当な雑談に相槌を打ちながら、少女は先程頭に叩き込んだ記述を元におおよその目星をつける。

 

「イアリスの方にそれらしい場所があったかしらね。戦跡になってるから、そこに住んでた人達までは分からないけど」

「それは大丈夫、です。寂しくはありますけど……どちらにしろ思い出せないので」

 

 寂しげに目を伏せる少年から視線を外し、少女はゆっくりと席を立つ。

 

「ま、近くの調査依頼でもあればそのついでに見てみたら? とにかく故郷に帰りたいってわけじゃないんだろうけど、一区切りにはなるでしょ」

「そうですね。ありがとうございます」

 

 

(やっぱりここに来てたのか。見た感じ、ここがその『故郷』だった、って感じかしらね)

 

 埃の払われた写真立てや、中身を検められた形跡のある玩具箱。明らかに勝手を知る人物の手によって残されているそれらの痕跡は、少女より先にこの場を訪れた少年の感情の乱れを雄弁に物語っていた。そして、室内に僅かに残っていた血痕が、そこで少年の身に起こったであろう出来事を示す。

 

(……まあそこまでは良いんだけど、問題はこの後何処に消えたのかって事よね)

 

 周囲を探してみても人の気配は見当たらず、少年の残存法力についてもまるで検知ができない。まるで存在そのものが消えてしまったような有様に寒気を覚えながら探索を続けていく内に、やがて調査依頼の目的地であるギアの休眠地点へと到達した。

 

 厳重に封鎖されていたはずの扉は強大な力で無理矢理破られ、襲撃を受けたらしい詰所や通路から漂う微かな臭いが鼻を突く。

 

「……襲撃の線でまず間違いなさそうなのが困った所ね。なんて報告したものかな……」

 

 これはまた厄介事か、と呆れたように肩を竦めながらも警戒は怠らずに薄明りの通路を一歩一歩確実に進んでゆく。所々に点在する死体の服装に眉をひそめ、彼女はその内の一つに歩み寄る。

 

「やっぱり警察機構の連中か。それにしても、ここまで進んできて見つかるのが人間の死体だけってどういうこと……?」

 

 いくらなんでも一方的すぎないか、と違和感が少女の脳に警鐘を鳴らす。いくら戦闘を専門にしていないとはいえ、国際警察機構の人員複数名を無傷のまま殲滅できるような組織がいったいどれだけ存在するというのか。

 

(たしかあのギア根絶派筆頭の政治家、ネルヴィル*1って言ったっけ……いや、流石に無理筋か。とはいえあの連中以上の規模ってのもあんまり無いと思うんだけど……)

 

 戦闘痕を調べ、残存法力を探り、やがてノーティスはギアの休眠地点として指定されている広場へと到達する。しかし、そこに彼女が想定していた事態は何もなかった。

 

「……どういう事?」

 

 そう、何もなかったのだ。

 警備についていた人員を全滅させ、調査に訪れた警察機構の人員を返り討ちにした賊の姿も、一度は休眠地点近くの戦跡を訪れているはずの少年も、ここに残っているはずの全ての残存法力も、そして、封印されているはずのギアの姿も。

 困惑する少女をせせら笑うかのように、無人の広場は空しい残響音を響かせ続ける。

 

「……どうする」

 

 余りに想定を大きく外れた事態に、少女の思考は一瞬の空白を生み出す。混乱の解け切らない頭で懸命に得られた情報を振り返ってみても、今彼女の目の前に広がる光景を説明できる答えは無く、戸惑いばかりが心の内に広がっていくばかり。

 それでも何か手掛かりになる様な物はないかと周囲を調べている内に、ある違和感が少女の視界に微かに映る。

 

「ん……?」

(あれ、封印柱*2じゃないの……?)

 

 かつてそこに休眠ギアの姿があった場所に突き立てられた柱の一本に、少女は恐る恐るその手を伸ばす。近づいてその柱を改めて見れば、封印柱は確かにその効力を失っておらず、表面に刻まれた呪紋は間違いなく機能している事が感じ取れた。

 

()()が生きてるなら死体を運び出すのも、ここから逃げるのも不可能なはず……ホントに消滅したって事……?」

 

 そこまで考えたところで、ある一つの仮定が浮かび上がる。それは、人探しの終わりを意味する答え。

 

(休眠中のギアと同じ手段で跡形も無く消えました、か……仮にそうだとしてホントにどう説明しろってのよ)

 

 乱れた髪をがしがしと掻き、少女は諦めたように踵を返す。見るべきものは見た以上長居は無用だと足早に元来た道を引き返し始める。

心底うんざりとしたような表情を浮かべたまま封印地点を離れ、人の往来が見える程度には安全な地帯へと到達した辺りで、ノーティスは懐から小さなメダルを取り出した。

 

(連絡は入れておいた方が良いんだろうけど、どう説明したものかな……)

 

 しばらくメダルを片手に迷っていたが、やがて一つ深呼吸をして鼻歌を口ずさむ。間を置かずにメダルの周囲に浮かび上がった紋様は、やがて懐かしい声を響かせ始めた。

 

『どうしました』

「……ご機嫌麗しゅうございます、第一連王陛下」

『……どういう返事がお望みなんだ、ノーティス』

 

 呆れた様な返答にちょっとした冗談だと笑って返す。その声に僅かながら含まれていた違和感に気付いたのか、弛緩した空気を引き締めるような鋭い声がメダルの向こうから聞こえる。それに一瞬怯みはしたもののそれを引き摺る様子はなく、少女は一国の王となったかつての知人に事の次第を洗いざらい伝えた。

 

「……そんな訳なんで、イアリス郊外の封印地点については正直手詰まりって感じなんですよね」

『警備に当たっていた人員も全員死亡となると襲撃者の情報も得られなかったか』

「そうですね、残念ながら。とはいえ、襲撃者とギアの消失に何かしらの関係があるのは間違いないでしょうし、そちらも気を付けてくださいね」

 

 ノーティスの言葉に、法力通信の向こうで小さく唸るような声が微かに聞こえる。やがて何事も無かったかのように事務的な言葉を残し、カイ=キスクは通信を打ち切ってしまう。何やら釈然としない対応に肩を竦め、少女は諦めたようにメダルを仕舞い帰路を急ぐことにした。

 

(ギアの消失、行方不明が今週だけでもう4件か。……あの人(第一連王)の言葉が確かなら、ここ数か月に報告が集中してる事になる訳だけど)

 

 組織立った動きがあると考えるのがやはり自然だろうか。そう考えながら、回収してきた手帳を手に持ったまま思考を巡らせる。

目的として分かりやすいのはやはり憎悪からくる残存ギアの根絶だろうが、その目的で動いているにしては自己主張が薄く、明らかに素性を隠すような動きをしているのが釈然としない。

その他の目的を考えて見ても、複数の休眠地点を行き来してギアを消失させてゆく利点が思い浮かばず、少女は早々に思考を放棄した。

 

(……正直なところ、尻尾が掴めないんじゃ出来る事も無いのよね。狙いが休眠中のギアだけじゃない可能性があるってのは伝えておいたけど、出来たのはそれだけだし)

 

 現場に残されたわずかな手掛かりも事態の全容を掴むにはまるで足りず、諦めたように頭を振って少女は再び歩きだす。

自分に出来ることが思い当たらない以上、出来る事といえばマリーナ達の元へと戻り、調査結果を警察機構へと報告するくらいのものであった。

そして、日が傾き始めた頃。疲れ切った表情を浮かべた少女が、私塾の扉を叩く。

 

「ノーティス? おかえりなさい、思ったより早かったのね」

「まあね、調査もすぐ終わったし特に戦闘になったわけでもないから。これから内容まとめて警察機構に報告」

 

 大剣を壁に立て掛け、少女は慣れた様子で冷蔵庫から飲み物を取り出し口を付ける。

 

「お疲れ様、実際のところどうだったの?」

 

 マリーナと話していたところに、ひょっこりともう一人の同居人が顔を覗かせた。

驚いた様子も無く、ノーティスはソラリアの問いに大雑把な説明を返す。愉快な話でもなく、そしてノーティス自身もさして事態の正確な全容を把握していないこともあっての対応であったが、それでも少女はそこに漂う陰謀の匂いを察したか、興味深そうにうなずいて聞いていた。

 

「まあ正直なところ何も分からない事が分かった、って感じだし。警察機構に報告できるのも被害程度くらいね」

「どうにも薄気味悪いわね。何者かにギアが狙われてるかもしれないって事でしょう?」

「そうね。ソラリアについてはこっちでも考えておくけど、二人も気を付けて」

 

 身支度を済ませた少女は私塾から酒場、そして警察機構への道程を足早に歩く。ノーティスが持ち帰った調査結果を受け取ったそれぞれの依頼主は、一様に沈んだ表情を見せ、それでも彼女の依頼達成に謝意を示した。

得られた成果は少なく、彼女自身が行動を起こすだけの理由にも欠け、表立って事件として扱われているわけでもないときてしまえば、少女の気分もいささか沈んだものになるのは無理からぬことではあった。

 

(何かこう直接的な手掛かりがあればこっちとしてもやりやすいんだけどね……それこそ襲撃の実行犯さえ見つかれば多少は事態が進むはず……)

 

 そうぼんやりと考えてみたところで体よく襲撃犯に遭遇する訳では無く。

釈然としないものを抱えたまま、少女は一日を私塾で終えることになるのであった。

 

 そして、翌朝。夢の世界をたゆたう彼女の意識は、一つの轟音によって呼び覚まされる事になる。

 

「何?!」

 

 続けて少女の耳に入ったのは、扉を乱暴に開く音と、同居人の悲鳴にも似た声。

 

「ソラリア! 何があったの!」

「分からないよ! 外で変な集団が暴れてるって!!」

 

 後に『バプテスマ13』と呼ばれる、ギアの消失事件から連なるイリュリア連王国を襲う未曽有の襲撃事件。

 

 その種火が今、確かに灯り始めた。

*1
TVアニメ『GUILTY GEAR -STRIVE- DUAL RULERS』に登場、反ギア派筆頭として知られるアメリカ合衆国上院議員。元研究者であり、対ギア生物兵器の研究のかたわら、ギア根絶を掲げ政治活動を続けており、やがて一定の勢力を作り上げた。フルネームはネルヴィル=ハマー。

*2
小説『白銀の迅雷』より。メガデス級ギア『ヒュドラ』の封印に使用されていた柱と同様のもの。呪紋が刻まれた柱で対象のギアを釘付けにし、法力による封印を施す道具。対象とするギアの戦力や規模に応じて大きさや呪紋の内容を使い分ける。

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