Guilty Gear Xtension―ギルティギア エクステンション―   作:秋月紘

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Chapter 4 "Reminiscence" Part B

Chapter 04

Reminiscence

B

 

 

 

 ノーティスとソルの二人が街の中心部から上がる火の手を見る、その数十分ほど前の事。その類い稀なる法術をもって監視の目をすり抜けたカイと、彼に同行していたブリジットは、カジノの最奥部にあると思われる研究施設を探して進んでいた。

 

「……なかなか見つかりませんね」

「先程捕らえた男の話を聞く限り、誘拐された人たちがこちらの方へと送られているのは間違いないはずなんですが……」

 

 廊下をどれだけ歩き、いくつ扉を覗いても、一向にそれらしい施設は見つからず、焦燥感が二人の背中を強く押す。やがて、全く進展の見えない状況に、二人の表情が陰りはじめた頃、ブリジットが他とは違う意匠の扉を見つけて声を上げる。

 

「あっ、あれじゃないですか?」

 

 その言葉に遅れて少女が指さす方向を見ると、そこにはスライド式の扉が二つ並んで壁に埋め込まれるような形で設置されていた。一目見てカイはそれが昇降機の扉であることに気付き、早足で扉の前へと駆け寄る。

そして扉の中間地点にあるパネルに手を触れ、下方向の矢印が描かれたボタンを押す。しばらくの時間をおいて、昇降機がフロアへと到着した事を示す音が二人の立つ空間に鳴り、その直後、二つ並ぶ扉の内の右側がゆっくりとその口を開いた。

 

「な、誰っ……!?」

「失礼!」

 

 扉を出ようとした男が反応する間もなくカイが突き出した肘が鳩尾に食い込み、たたらを踏んだ男の口から苦悶の声が小さく零れる。そして続けざまに封雷剣の柄を後頭部に打ち付けられ、悲鳴を上げる事すら許されず崩れ落ちる。

動けないままの男を昇降機の端に追いやり、二人は中からその扉を閉じて更なる下層階へと向かった。

 

「お、お前達、は……?」

「旅の賞金稼ぎ、といった所です」

「……時間がありません、攫ってきた者達の居場所を答えなさい。警察機構もそうしない内に踏み込んできます。貴方達に逃げ場はありませんよ」

「何だと、」

 

 反射的に身を起こそうとした男の喉元に、青白い電気を帯びた剣先が突きつけられる。思わずその首を引き、後頭部に触れた感触から自分が壁際に追いやられていたことを思い出したのか、諦めたようにうなだれて男はその口を開いた。

 

「……わかった、案内しよう」

 

 男から言われるままに階層ボタンを押し、静かな駆動音を聞きながら三人はカジノの地下深くへと昇降機に乗って降り続けて行く。やがて降下速度が小さくなり、昇降機に載った時と同じ合図の音を、今度はその籠の中から聞く。開かれた扉を先導に従って進み、真っ暗な室内を歩いて行った先で、仄かな光が見えた。

 

「これは……」

 

 男を追い越すように駆け出し、光の漏れていた扉を開いた先にあったのは、目を覆いたくなるような惨劇の現場であった。元々は打ちっぱなしであっただろう壁や床と、それを赤黒く染める返り血の痕。鼻を突く饐えた匂いと、靴越しでも感じる、粘ついた足元の不快感が、そこで何が行われていたのかをカイの脳髄へと克明に刻み付けた。

 後を追いかけて室内へと飛び込んだブリジットの背中で、扉の閉まる音が不意に聞こえる。

 

「カイさん、ドアが!」

『……はっ、約束通り連れてきてやったろ。お前等の探してる連中はみんな此処に来た。生きてる、とは一言も言ってないがな?』

 

 してやったり、という表現が最も近いか、実力に開きのある相手を閉じ込める事が出来た、という事実に扉の向こうの男の声が明らかに興奮を含んだ声色へと変わってゆく。扉を叩いて声を張り上げるブリジットの言葉に耳を貸すこともなく、言葉を失い立ち尽くすカイを見ることが出来ていたなら、より一層弾んでいたであろう声で、男は二人を嗤った。

 そして、黙っていればいいものを、得意げに彼は扉越しの二人へと語りだした。ここで彼らによって何が行われたのかを。

 

 そして、二人を何が待ち受けているのかを。

 

『上の連中の実験の副産物だ、遊び終わったヤツは全部そいつに食わせてやったのさ。これからお前等がそうなるみたいにな!』

 

 正面の扉が開き、そこから現れたのは一体の中型ギア。何らかの脊椎動物を媒体にギア細胞を埋め込んだのだろうが、素体の生物が弱り切っていたのか、そもそもの細胞に問題があったのか、おおよそ動物と呼ぶには不適切で、文字通りの化物(クリーチャー)と言っていいような、骨格も筋肉も歪な何かの姿がそこにはあった。

 そしてそれは、玩具でも見つけた子供のように表情を歪ませ、唸り声を上げながらその腕を大きく揺らした。

 

「……なんて、事を」

「戯言は、それで終わりか」

 

 冷たく通る声が、扉越しに勝ち誇る男の心根を凍らせる。震える声が、鉄の扉越しに何が出来ると精一杯の虚勢を張る。男の恐怖心を代弁するかのように、二人の目の前に立っていたギアは慄き、地面を砕いて恐ろしい速度でカイへと襲い掛かった。

 その直後。構えを取り、攻撃を避けてヨーヨーを投げようとしたブリジットの目に映ったのは、感情のない能面のような表情をその顔に張り付けたまま、流れるような動きでギアの背後を取るカイと。

 

「ライド・ザ・ライトニング!!」

 

 その手に握った封雷剣から放たれた巨大な光球が、強力な電撃を伴ってギア諸共扉を粉砕する姿であった。

 黒い煙と火花を散らし続けるひしゃげた扉を踏み越え、その形相に小さく悲鳴を上げた男を見下す。幸運にも扉越しの直撃を避けられたのか、いつの間にか水浸しになっていた足を縺れさせて逃げようとする惨めな姿にすっと目を細め、カイはその左手に再び雷を纏った。

 

「だ、ダメです!」

 

 ブリジットの制止も空しく男の腕は空を切り、一瞬のうちに走った閃光が男の体を焼く。呻き声を残して廊下の中央で男は倒れ、それを一瞥しカイはそのまま廊下を再び歩き始めた。

 

「カイさん」

「……殺してはいません。私が感情に任せて殺してしまえば、それこそ法の意義が無くなってしまいます」

「……殺せるなら殺してやりたい。そういう顔、してます」

 

 ブリジットの畏れがうかがえるような言葉に、『だとしても、そこに正義はありませんから』と困ったように笑みを浮かべて、彼は普段通りの決意の籠った瞳で、再び正面を見据える。こうなってしまった以上、更に騒ぎを派手にして、なおかつそれを聞きつけてやってくる者たちから話を聞くのが一番確実かつ手っ取り早い、と思考を切り替え。

 せめてクリスがあの血糊の中に居ないようにと祈って、彼は剣を握る指に力を込めた。

 

 

 

「こちらです!」

「はい! っく、……ロジャーお願い!」

 

 戦闘を繰り返しながら進むうちに、二人を迎え撃つために出てくる賞金首や、逃げ惑う研究者の姿がちらほらと姿を現すようになり、探している場所への距離が確実に近づいているのではないか、という感覚が強くなる。そしてその予想を証明するかのように扉や区画を隔てる警備は厳重となり、強い法力を段々とその肌に感じるようになる。

 

「また防護扉か!」

「ウチがやります!」

 

 展開されたヨーヨーのシリンダー部分から、空になった薬莢が金属音を立てて散らばり、ポーチから取り出したローダーと、それに装着された新しい薬莢が先客の居なくなった薬室へ滑り込む。再び閉じられたヨーヨーを振りかぶり、彼女はそれを扉に向けて投げ放った。扉の結合部で炸裂した炸薬が法力によって増幅され、強い爆発を伴って扉に大きな穴を開ける。

 人一人が余裕をもって通り抜けられる程度の穴を先んじてくぐり、カイは待ち構えていた数人にその指先から雷を落とす。泡を吹いて倒れる者もあれば、麻痺したまま動けなくなっている者もいるその全てを封雷剣で打ち倒し、遅れてくぐってくるブリジットを待って進軍を再開した。

 

「クリスさんが連れて行かれた場所はこっちだって言ってましたけど、やっぱりさっきのギアと何か関係があるんでしょうか?」

「気になるのは、あのギアが我々を閉じ込めた男の感情と連動して行動した点です」

「……連動、ですか?」

 

 電撃で襲い来る者たちの行動能力を奪い、照明を落とし、瓦礫や気を失った者たちを踏み越えながらカイは呟く。

 

「始めは、剣気に中てられて反射的に攻撃を掛けてきたのかとも思いましたが、そうだとすると姿を現した時のあの表情が不自然なんです」

「そういえば、嫌な感じの笑い方をしてたような……」

「指揮個体の命令に従い戦闘を行う量産型のギアに感情はありません。あるとすれば何らかの要因で自我を得たか、そもそも指揮個体として自我をはじめから与えられていたかのどちらかしかありえません」

 

 何時からか、周囲から人の気配も消え去り、しんと静まり返った扉の前で、小さく深呼吸をして息を整える。先程から続けられる話の内容に疑問を覚え、おずおずと口にしたブリジットの問いかけに、掌へと法力を集中させていたカイが答える。

 

「じゃあ、さっきのギアは……」

「……恐らく、扉の向こうにいた男の感情を読み取り、それを再現していた」

『ご名答。それが我々が生み出したモニター、そしてエフェクターの効力だ』

 

 何処からか聞こえた男の声を気にする事もなく扉を打ち破り、微かな明かりの差す部屋の中央へと二人は歩みを進める。一歩、また一歩と進むごとに得も知れぬ不快感は強くなり、やがて足を止める頃には、それが明確な形をもって二人の体にまとわりついた。

 

「人の感情を利用して、自我を持たず単純なプログラムに沿うしか出来ないギアを高精度で制御する。素晴らしいとは思わないかね?」

 

 広々とした空間の奥に立っていたのは、猛禽類を思わせる目付きの鋭い壮年の男と、キャスター付きの手術用ベッド。シーツを掛けられており、何かが横たわっているというところまでは分かったものの、顔や髪など個人を判別しうる情報を得られず、そこにいるのが誰なのかまでは分からない。

 武器を構え直す二人を余所に、ガラスの壁を背にした壮年の男は、自分の行いをまるで偉業でも語るかのように口にした。

 

「これさえあれば、メガデス級などという制御不能の怪物を使わなくとも、中級程度のギアが戦術を知る兵隊となり、奴らの法力が魔法使いのそれを遥かに超えるのだ。ただ眠らせておくより、よほど価値のある使い方だと思うがな」

「……そんな物の為に、あんな酷い事をしていたんですか」

「あんな? アレはあのクズ共が勝手にやったことだ、私の与る所ではない。特に見境の無い者はアレと同様に処分したがね」

「……これまでの話は、全て自白ととって構いませんね」

 

 カイの毅然とした物言いに、余裕ぶっていた男の眉がピクリと跳ね上がる。歪んだ眉越しに彼を見るその瞳には、呆れや、怒りといった感情がない交ぜとなっているのがありありと見て取れた。

 

「自白だとしたらどうなんだ?」

「ジェイムズ……いえ、リーガル。賞金首の討伐偽装、誘拐に殺人、そしてこのギア研究の一件。貴方はこれらについて法の裁きを受けなければならない。もうこの場に貴方を庇いだて出来る者はいません、大人しく投降しなさい」

「……それはどうかな?」

 

 男の背後のガラスが、けたたましい音を立てて砕け散る。同時にどこからか流れ込んできた水が部屋中を巻き込み、割れたガラス壁の隙間から伸びてきた茨によく似た何かが、ベッドの中身へと我先に飛び込んでゆく。やがて水の流入が止まり、いつしか水浸しとなった部屋の奥で、ベッドの中から誰かが茨に絡めとられ、そのまま籠のような構造物の中へと飲み込まれてゆく。

そして、それに遅れて茨を纏い現れた何者かの顔を見て、二人の思考が一時止まった。

 

「クリス、さん……?」

「モニターとはなにも、ギアにのみ作用する訳ではないのだよ」

「貴様ッ!」

「おっと、よしておいた方がいい。何せセイレーンの素体はまだ生きているのだからな、警察機構の人間が人殺しなどをする訳にはいかんだろ?」

 

 その言葉にためらいを見せたカイの横を駆け抜け、ブリジットがヨーヨーをその手から放つが、しかしそれは男へと届く前に茨に遮られて力なく少女の手の中へと帰ってきてしまった。遅れてカイが電撃を放つも、軌道が天井や床、壁へと逸れ、コンクリートを吹き飛ばすだけで足止めをすることも叶わず、ガラスの壁があった向こうへと男を取り逃してしまう。

 男が逃げ去った場所を塞ぐように立ちはだかる、茨を纏った少女に剣を向けながら、二人は相手と一定の距離を保つ。

 

「早く追いかけなければ……!」

「でも、あれってクリスさんじゃ……」

 

 確かにブリジットの言葉通り、目の前に立ちこちらを無感情に見つめるその姿は、髪の長さこそ違えど、ノーティスやブリジットが行動を共にしていたクリスそのものと言って相違ない程に、記憶の中の姿と合致していた。

 しかし、幾度もの死線を超え、ギアとの戦いに明け暮れたカイの本能が、その記憶とブリジットの言葉を否定する。()()はクリスではないと。そしてその本能が、クリスに似た何かに近づこうとしているブリジットを狙う動きに気付いた。

 

「下です!」

「え? うわっ!?」

 

 不意に突き刺さるカイの叫び声に遅れてブリジットが飛びのけば、彼女の足元のタイルを打ち破った何かがそのまま天井に小さくない穴を穿つ。体勢を立て直して視線を向けた先には、鋭利な刃物のような何かが地面から三本、天井へと突き刺さっており、それはそのまま穴を爪痕へと変えながらブリジットの方へと振り下ろされた。

 

「くっ!」

「ブリジットさん!」

 

 言うが早いか、振り抜かれた封雷剣が青白い光を放ち、稲妻が迫りくる切っ先を打ち貫く。その間隙を突いてカイへと向けられる刃を、返す切っ先で切り払い、そのまま彼は水浸しの地面を蹴って少女の懐まで飛び込む。

目の前に飛び込んできた血袋を破裂せしめんと少女が振るった両腕は空を切り、彼女の頭上をそれは身を翻して飛び越える。

 そして、回転する身体の勢いを乗せて振りおろされる封雷剣は、蒼や碧の雷光を伴って少女の背後にある茨の籠を切り裂いた。

 

「やはり、そういう事か……!」

 

 ほつれた籠の隙間から見えたのは、彼らが助けようとしていた少女が、身体に食い込んだ茨に囚われている姿であった。その四肢には血が滲み、顔色は悪く呼吸も心なしか浅い。少なくとも、彼女と同じ顔をしたギアに囚われた結果そうなっていることは明白で、それはそのまま、二人に残された時間がそう長くないであろうことを表していた。

 

「カイさん!」

 

 セイレーンと呼ばれていた少女の背中から飛び出す、茨のような棘をロジャーが拳で打ち落とす。遅れてカイがそのギアから距離をとれば、その横に並ぶようにブリジットがヨーヨーを引き戻して構えをとった。

 

「あれって、やっぱり」

「クリスさんがこのギアの生体ユニットとして拘束されている、というのは間違いないでしょうね」

「でも、彼女が素体なんだったらどうしてウチ達を……?」

「それがあの男がモニターと言っていた物の役割なのでしょう。恐らく、彼女が抱いている恐怖心を攻撃衝動へと変換してアレは攻撃を行っています」

 

 先程の数度のやり取りで、彼はあの少女が『自分に近づこうとする者、攻撃を仕掛けてきた物を優先して狙う』傾向に気付いた。そして、彼の推測が正しければ、あのギアは自分の制御下にある者の感情ベクトルを、指揮個体同様に制御できるのではないかと。

 

「ギアにのみ作用するわけではない、か」

「……カイさん?」

「難しい事を言っているのは承知の上ですが……あのギアの攻撃を、なるべくかすり傷であっても受けないようにして下さい」

「それって……」

 

 アレは、自分のギア細胞を攻撃などから他者の体に混入させる事で、コントロール対象をギアのみならず他の生物にまで拡大する事が可能なのではないか。カイの言葉は、言外にそのような予想を示していたのだった。

 

 

 

「……これはまた派手にやってるね。あの声もかなり強くなってる。ギアそのものが、って言うよりギアの中にいる何かが呼んでるって感じなのかな」

「ちっ、あの坊や、結局テメエが一番目立ってんじゃねえか」

 

 突如地下より発生した火災から逃げ惑う人々を掻き分けながら、ソルとノーティスの二人はカジノの正面入口へと近付いてゆく。街外れからここまで走っている内に一通り傷が治ってしまったのか、煩わしそうに人の間を縫うノーティスの足取りはそれまでと比べても比較的軽い様に見える。

 やがてガラスの割れた扉をくぐり、利用客がすべて逃げ出したのか、非常ベルの音だけが鳴り続けているホールに足を踏み入れる。その辺りで、二人の前に幾つかの人影が『関係者以外立ち入り禁止』という旨のアナウンスが描かれた扉から飛び出してきた。

青ざめた表情を浮かべている男達と、その中で一人だけ余裕の窺える人物とを見比べて、少女は小さく笑みを浮かべた。

 

「ビンゴ。割といいタイミングだったみたい」

「……みてえだな」

 

 ノーティスの言葉を受けてそう呟き、ソルはため息とともにその手の封炎剣を小さく後ろに引く。二人の姿を見て訝し気な表情を浮かべるのは、二人にとっては良く()()()()()()顔ぶれと、カイがリーガルと呼んだその男であった。ソルより先んじて数歩前に出るノーティスを見て、男達は明らかに動揺したそぶりを見せる。

 その内の一人、集団の後ろの方にいたリーガル本人が人影を押しのけて前に立ち、努めて冷静な声を保ったまま正面に立つノーティスへと問いかけた。

 

「……ここに何の用かな。見ての通り火災で火の手が回り始めている、君達も急いで避難した方が良いのではないかね」

「うん、確かに炎にはあんまりいい思い出無いし、そうしたいのは山々なんだけどさ」

「残念ながら、俺達が用があるのはテメエなんでな」

 

 ソルの言葉に反応して、慌てて男達が懐からナイフや拳銃など、思い思いの武器を取り出して構える。

明らかに場慣れしているように見える後ろの男はまだしも、目の前にいる手ぶらの小娘程度ならどうにでもなる、叩きのめしてその隙に逃げてしまおう。そのような事を、無意識の内に彼らは考えた。

 

「……毎度の事だけどさ、アンタ等みたいな連中に舐められるのって正直かなりムカつくんだよね」

 

 だがその無意識は、少女が一人目の利き手や足をへし折るのに十二分な時間を与え、そちらに気を取られて反射的に攻撃しようとした者は、間髪を入れずに飛び掛かってきた男の振るう封炎剣で容赦なく薙ぎ払われ、その身を焼かれる。ジェイムスという賞金稼ぎを騙り、賞金首を抱き込んでまでギアの研究に明け暮れていた男は、あっという間に自分の盾になる存在をすべて失ってしまった。

 そして、立ち尽くす彼の目の前で面倒臭そうに封炎剣を構え、冷たい目をして炎を纏った男は死刑宣告を言い放つ。しかしなぜか、リーガルの表情に絶望という文字はなく、ソルの言葉に態度を崩さないまま彼は口を開いた。

 

「悪いが終いだ」

「終わるのは貴様だ、ソル・バッドガイ」

 

 ソルの言葉に答えた銃声は、彼の肩と、その近くにいたノーティスの腕にそれぞれ小さな穴を穿つ。そして、男がひるんだ一瞬の隙を着いてリーガルは二人から離れ、勝ち誇ったように高らかな笑い声を上げた。

 

「ふ、ふふっ、ふはははは! これが凄腕の賞金稼ぎとは笑わせる! 所詮人間に過ぎない身でブラックテックにかなう訳がないだろうが!」

「テメエ、は」

「……ほう、まだ喋るだけの元気があるのか」

 

 そう歪んだ笑みを浮かべる男の顔から、どんどんと肌色の皮膚が剥がれ落ちて行き、遂には石膏のような白い硬質の外皮に覆われてしまう。そしてその鋭い顔つきはそのまま獣のそれへと変貌し、声も変声機を通したようなノイズが掛かった物と成り果てる。

二人の前で勝ち誇るそれは、自分の身を自分で改造した結果生まれた、紛れもないギアだった。

 

「だが、手遅れだ。貴様は自分の手でその小娘を殺し、そして自分の命を自ら断つのだからな」

「んだと?」

 

 ソルが問いかけた直後、封炎剣が極大の炎を放つ。そして、彼は目の前のギアが勝ち誇った意味をその身で理解し、背後で起ころうとしていることを一瞬のうちに察した。だが、その時には既に彼の背後は業火で埋め尽くされ、ノーティスの声はおろか、その姿さえ炎に隠れて見えなくなってしまっていた。

 そして、身体に感じた異変が、正面で此方を見下すそれの言わんとする意味を雄弁に語り、やがてソルの腕は、彼自身とは別の意思に従うようにその手の剣を掲げる。

 

「終わりだ。死にたまえ」

「クソがっ……」

 

 吐き捨てた言葉と共に、弾痕の残る男の肩口へと深々と刀身が食い込んだ。だが、ソルを殺すために振るわれたはずの剣はその役目を全うすることが出来ず、また、明らかに健や骨を断たれた筈の男は、そのような傷など初めから無かったかのように、突き立てられた筈の腕で封炎剣をゆっくりと抜き取る。

 

「面倒くせえ真似しやがって……!」

 

 リーガルにとってその光景は、あってはならない物であった。モニターの支配下にあるにも関わらず、自死に抵抗するようなことなど。

そして、法力の制御を奪うはずのエフェクターが抑え込まれ、彼の後ろで業火が更に勢いを増して渦を巻いていることなど。

 

「……覚悟はできてんだろうな?」

 

 ソルの一方的な問いかけに、彼は答えることが出来なかった。

 

 ソルを恐れていたからではない。

 

 ソルが彼の支配を脱したことが許せなかったからでもない。

 

 ましてや、ソルの手によって自分の研究成果が打ち砕かれたことへのショックなども有り得ない。

 

「一つだけ教えてあげる。切り札(ガンマレイ)ってのはこう使うの」

 

 ただ彼は、炎の中を裂いて放たれた光条に五体を焼かれたに過ぎないのだから。




-GG WORLD EXTENSION-

【フロート】
空中での重力を無視した行動、飛行や浮遊などを可能とする法術。ゲーム中で行われる二段ジャンプ、空中ダッシュや空中での受け身などの大半がこの法術によるものであり、熟練者であれば連続飛行や長時間の滞空も可能。また、大きな慣性を打ち消すにもそれなりの習熟が必要なため、落下や暴風などで吹き飛ばされた体をフロートで食い止める、といった行為は難易度が高いものとされる。

【バックル】
聖騎士団団員のベルトに付けられた銀一色の武骨なバックル。それぞれに自身の信条、決意といったものが刻まれ、ソルならば『FREE』カイならば『HOPE』といった形で各々が単語を彫り込んでいる。ノーティスのバックルには『ALIVE』とあったが、死にたがり、と揶揄されるようになって以降文字を消してから新しい単語は刻まれていない。

【2175年8月25日】
ジャスティス封印による聖戦終結直前の日付。この日インド、ニューデリー郊外に大型ギア率いるギアの大群が出現し、聖騎士団と戦闘に入る。聖騎士団が釘付けにされている間に別動隊が街道を通り街の中心部へと進軍するが、その途中の村でスレイヤーと戦闘、殲滅される。村の酒場は看板娘のパノニカや彼女が父から受け継いだウイスキーの両方に人気があり、村の者のみならず外から村を訪れた者もよくこの店に足を運ぶ。ドラマCD『ギルティギア イグゼクス ナイト・オブ・ナイブス Vol.3 スレイヤー問わず語り アクセル編』より。

【ライド・ザ・ライトニング】
封雷剣から大きな球状の電撃を発生させ、範囲内にいる者を高出力の雷で攻撃するカイの奥義。ゲームにおけるEX版のため自身は移動せず、その場に留まっての攻撃を行う。

【メガデス級】
聖戦時においてギアの脅威度を示す等級の一つ。メガデス級は戦闘能力ではおおよそ最上位と言っていいものであり、その巨体からくる戦力は単騎で100万都市を1時間の内に破壊できるほど。
聖戦当時、クリフですら後衛の援護、支援を受けてようやく封印が可能であったほどで、単純戦力ではプレイアブルキャラクターさえも、その大半が比較対象とはならない。
例外が『日本列島を海溝に変えたジャスティス』『ジャスティスの実の娘であるディズィー』『ジャスティスを破壊したソル=バッドガイ』などの一部キャラクターのみである。

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