夏休みは学生にとって待ちに待ったオアシスともいっていいだろう。だが、策原工業高校生にとっては別な意味を持っている。
策原工業高校に通う生徒は夏休みが始まり一週間、様々な企業、団体に見学を行う学習旅行を行うことになっていた。
普通の学生にとって、それは退屈なものになるかもしれない。だが、策原工業高校は様々な企業・大学に卒業生を送り出した実績があり、その人脈も幅広い。ゆえに、普通ならば見学など不可能な企業や研究所にも特別に許可が下りている。
その最たる例として、倉持技術研究所の見学の許可が下りる高校など、ここしかないといっても過言ではない。
倉持技術研究所――通称、倉持技研。
重工業系の企業の企業連盟と政府の出資によって成り立つ団体――俗に半民半官で運営されているが、ほとんどの人間はこの存在を耳にすることはなく生活している。特に男性にとっては耳慣れないものだろう。それもそのはず、この研究所は、「IS」について技術開発を行っているのだから。
インフィニット・ストラトス 通称IS。
元々は宇宙空間での活動を想定し製作されたマルチスーツである。しかし、これには欠陥がある。女性しか動かすことのできないという欠陥が。
そのため、世に発表されたあとでも相手にされず、時代に埋もれるはずであった。だが、ある事件によって、世界は一変させることとなった代物である。
ともかく、ISは女性にしか起動できない。そうなればおのずと関係する者も動かせる女性か、もしくはその技術について興味がある者となる。
だが、興味があるからといってすべての者がISに携われるわけではない。ISの発展に一翼を担おうとするには想像を絶する難関が待ち受けている。なぜなら、IS開発は国家プロジェクトであるためだ。だから、優秀な、極一握りの選ばれたものしか研究・開発を行うことはできない。無論、国家プロジェクトの一つであるIS関連技術は機密の塊といってもよく、原則としてISの関連施設は、IS規定を定めたアラスカ条約で開示義務のある場所以外、開かれることはない。
だが、策原工業高校はその原則を外れ、見学を許されている。
本来であればISを主としない教育機関、それも高等教育機関に見学の認可は不可能だ。
事前にどれほどの交渉も、年間予算規模の寄付も、施設の役員クラスの職員個人に対しての伝手があっても、実現は難しい。
しかし、特例として許された。どんな事情があったのか、どんな便宜があったのか、見学に参加する学生たちにとって知る由もないが、その困難さを生徒全員が理解していた。
ゆえに、見学を許された生徒も選ばれた者たちである。
その見学者枠は限りがあり、そのため、将来大学に進学し、IS関連の研究に携わることを希望している生徒の中でも、一部の成績優良者や何かしらの功績をあげた生徒のみしか許されない。
そんな事情のため、倉持技研の見学に参加する学生は、選ばれた特別な生徒で構成されている。現に、倉持技研を目指して走行する中型バスの中には静謐と呼んでもいいほどに静まり返っていたが、静寂さとは無縁の張りつめたばかりの殺気に等しい重圧に満ちていた。
あるものは、分厚い参考書を黙々と読み進め、またある者は、緊張で昨夜は寝付けなかったのか、充血させた目をぎらぎらに輝かせ、またある者は目を閉じ、両手を胸の前で合わせ静かに瞑想を行っている。
これが、毎年の倉持技研見学に向かう策原工業高校のバスの光景だった。
その生徒たちの特長としてもう一つは、ほとんどが三年生を示す赤のラインが入った校章を胸つけている。生徒の中に、二名ほど、青のラインの二年生が混じっているが、それだけである。
なにも、三年生限定というわけでなく、全学年に同じく見学のための権利があるのだが、ほぼ三年生のみとなっている。これはなにも三年生を贔屓しているわけでなく、ある種、当然の帰結なのだ。
なぜなら、成績優良者といってもその成績が通年成績から判断されるため、選考時点では前期中に通年成績など出るわけもなく、したがって、前学年時の通年成績となる。無論、前年は中学生だった一年生は成績の判定がない。しかし、一年生にも希望がないわけでもない。
もう一つの選考項目というのに、特別項目というものがある。これは、生徒が教員の前で行う自己アピールであった。たとえば、難易度の高いシステムプログラムを組み上げたり、一人で短時間に高度な精密機械を点検補修したりと、何かしらの特別なことを行ってそれを認められる点数のことである。
しかし、これでも三年生が俄然有利なのだ。
それは、三年生が二年生、一年生よりも高度な技術を習得しているためだ。授業を受けた内容もそうだが、自主学習に費やした時間も長く、身についた知識も養った経験も、すべてが段違いだ。そして、なによりも彼らは試験のポイントを知り尽くしている。
試験順番は、一年二年三年とだんだんと繰り上がっていくかもしくは逆が普通だろうが、策原高校では、見学を望む全生徒の前で最初に一年生が行い、その後に三年生、そして二年生となるのだ。つまり、二年生であったときに、三年生の中でもどのようなものを教員の前で行ったものが選ばれたのか、どの教員の時にはどのようなことを行えばいいのかを知る機会となる。そのため、試験の教員で披露する技術を変えることは当たり前だし、そのための日ごろの好印象作りも忘れていない。よって、三年生が大半を占めることになる。
逆に、成績の点数もなく、特別試験のポイントも知らず、それどころか大勢の生徒の前で緊張するな、ということが無理な状況で自己アピールを行う一年生が受かる方があり得ない。それまで鼻高々になってる天才とうぬぼれて、その素質と知識のあった生徒であっても、見学選考に落ちてプライドなど木端微塵に砕け散る。
そうして、二年生でからくりがわかり、三年生で許可されるのだ。
かといって、二年生でも参加するものはいる。成績が主席か次席のもので、それに合わせて特別試験で三年生を含めて全体で見ても優秀な功績を修めた二年生に許可が下りることもある。
豊作といわれる年では数人はいるのだが、大抵は二年生が一人か全員が三年生であるかだ。そういう意味では、今年は豊作だった。二年生が2人もいるのだから。
ともかく、この見学の学習旅行において、一年生は参加できない、ある種の策原高校の決まりごとだった。
もしも一年生で参加するものがいれば、それはどういった人間なのか、まれに教員たちが冗談交じりで議論されることがあるが、それこそ、“天災”の再来だろうという結論に落ち着いていた。
無論、そんな奴は現れないのが、これまでの常識であった。
そんな常識は、今年、崩れ去った。
倉持技研を目指し、進むバスは途中、高速道路のサービスエリアで休憩をとったのだが、そのことに見学旅行副顧問の高畠勉教諭が起こされたのは、バスがついて十分が経過した――つまり、出発時刻になってからだった。高畠は昨年まで大学でISの技術について研究をしていたが、男であることとそれほど優秀ではなかったことで、IS関連の職には就けなかった。しかし、教員も悪くないと思っているときに、ISの研究所にいけるとなって、自身も緊張のため寝ていないため、眠りこけてしまっていたのだ。教諭としてあるまじき失態だったが、顧問の教諭は笑って、生徒数を確認して来い、と命じ、高畠は席を立った。
確認していくが、ぱっとみて全員がそろっている。というよりも、席を立った形跡がなく、ほとんどの生徒が出発前に人数を数えたときと同じ姿勢を継続していた。
「――26,27,28……」
まぁ、緊張でそうなるな、と思いながらも前の席に座る生徒から数を数える。
「にじゅうきゅ……」
最後列から二列目に座っていた29人目の生徒は真っ青になって震えている。声をかけると「大丈夫です、大丈夫」としかつぶやかず、前の席に移動するようにいって、場所を変えるように指示をした。
そうして、29番目の生徒が席を立った時、一番後ろの席から、29番目の生徒の座席の上の荷物棚に置かれたリュックから伸びるケーブルに誰も気がつかず、それに掛ったまま移動した。
『ギュピン……』
不穏な音が響いた。
高畠にはある特技があった。大抵、ビックイベントがあって寝付けない前日があると、当日、嫌な出来事が起こるのだ。必ずといっていいほど起こる。
小学生の時に遠足を楽しみにして前日寝付けなかったときも、当日に山の斜面から落ちた。
中学生の時に好きな子に告白しようとして寝付けなかったときも、次の日にその子が転校したことを知った。
去年は、受けようとしていたISの装備開発会社の選考の当日、そこの会長がきて、女尊男卑に染まりきっていたため落とされた。
嫌な予感が当たる。
それが、わかった。
しかし、どうすることもできなかった。
『Fooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!』
とっさに席を立とうとした生徒の耳を両手で防いだのが精一杯だったが、最善策だったようだ。
高畠は、立位を取っていたため、ちょうど耳と同位の高さに当たる荷物棚から鳴り響いた大音量シャウトの直撃を食らって、ブラックアウトし倒れゆく視界を最後に、意識を手放した。
――
大音量のシャウトが鳴り響き、それを合図に車内は阿鼻叫喚の地獄と化した。
直撃を食らった高畠が昏倒したのは序の口、むしろ、彼は気絶できただけ幸せだろう。もう限界ぎりぎりまで張りつめていた学生たちは、この世の終わりとばかりに慌てふためいた。
あるものは己の安定した世界を齎す瞑想が乱されたことによって泣き崩れ、あるものは緊張のあまり朝食も食べれなかったのにとんでもない量の胃液をぶちまけ、またあるものはこの世の終わりがきたと叫んで神に懺悔を早口に述べていた。
しかし、これは幸運だった。もしも走行中だったら運転手が運転操作を狂い、事故につながっていた可能性もあったからだ。
だが、この地獄の中にいる者にとってはそんなことは知る由もないのだが。
即座に異変を察知した顧問の皆川功教諭は立ちあがってその元凶のものを止めようと走り、荷物棚からリュックサックを持ち上げようとして手繰り寄せたが、重い。日ごろ、整備課の教諭として、鍛え上げているのに、その皆川ですら重く感じ、落としてしまう質量を有していた。そのため、リュックサックを床に落としてしまったが、それだけでは止まらない。
むしろ、音が大きくなった。
「おい、これを止めろ!」
これの持ち主である最後列にいる生徒に突き出す。皆川は知っていた。大抵の生徒が中身は本のたくさん入ったバックを持ち込むが、重い荷物はトランクルームに預けて、持ち込むのは筆記用具とメモ帳が入った軽量バックが暗黙の了解だが、一人だけ、四個もリュックサックを車内に持ち込み、後部の棚置き場を占領した生徒がいることに。
だから、元凶に止めさせるべく突き出したのだが、皆川は見た。座席が五席ある最後列にいる生徒は、
「グフー……グフー」
両耳にヘッドホンを付けていた。それと、アイマスクをして、いびきをかきながら、一列に並べられた五席の椅子すべてを占有するように横たわって、手足を放り投げて寝ていた。にやけた馬鹿面をさらし、口の端からよだれが垂れていた。
思わず、皆川は持っていたリュックサックをその持ち主に投げつける。
「ギャン!!」
生徒の腹部に直撃したバックで、生徒は「く」の字に体を曲げ、変な悲鳴がなったが、同時にリュックサックからの音も止まる。
とりあえず、こいつは放置することにして、他の生徒のケアをしなければと皆川は狼狽する生徒一人一人に対応することにした。
最後に一目、最後列に寝ていた生徒を見れば、ピクピクと微痙攣をしていたが、それが一層腹立たしさを増幅させる。やはり気をつけるべきだったと、皆川は遅すぎる後悔を抱き、奥歯をかみしめ、にらんだ。
元凶――胸に一年生であることを示す緑のラインが走った校章をつけた男――海本二代を。
――
「はい、どうも策原工業高校の皆さんこんにちは! 私が本日は担当します――ってどうされたんですか? みなさんグロッキーですが?」
倉持技研入口のホールで、三十代前半の作業着を着た男性職員が出迎えたとき、策原工業高校の生徒と教師の様子がおかしいことに気がついた。
担当者が変わらないため、出迎えた職員は毎年の、ぎらつく目をした様子のおかしい生徒には慣れていた。が、例年と様子が違うことに首をかしげる。
挙動不審なのはいつも通りだが、やたらと疲れ切っており、そして、目が死んでいる。
「いえ、こちらのことですので、どうもすみません」
毎年、顔を合わせる皆川教師も、どこか目が死んでいた。
渋滞にでも巻き込まれたか? けど、時間は予定通りなんだけど、と職員は考えたが、考えても仕方のないことでもあるため、業務に専念する。受付嬢と一緒に倉持技研を紹介したパンプレットを一人一部ずつ配布し、そのあとは生徒と職員が写真撮影をし終えた後、多目的ホールに案内した。
――
『――というわけで、倉持技術研究所は第二世代IS<打鉄>の開発を行い、現在世界各国で使用されております。この打鉄の出力は第一世代と比較し……』
100名も収容可能なホールには、男性職員の声が響き渡っている。
しかし、その席に座るのは教員も含め32人というので、空席が目立つのが当然の結果だろう。だが、このホールに湧き上がっている熱意と貪欲な向上心が熱気に変換され、真摯な視線を受ける職員にとって、このホールが満員となった場合と変わらない、否、それ以上の気迫に襲われ、ゆえに職員は全力で応対していた。
まれに政府関係者や有力な圧力団体――女性の権利を訴えている集団などにこのホールを使って説明することがあるのだが、政府関係者は要点だけを話せ、と訴え、圧力団体はなぜ男がいるのか、不快でしょうがないとした態度を全面に押し出すので、どちらもある意味骨の折れる大変な相手だったが、今回はそれとは違って、やりがいのある大変な相手だった。
こうした広報活動や外部者についての説明は彼の職務内容であった。
本来は技術者として入ったのだが、ある事情により、他の職務は許されていない。そのことに不満はあったが、ISという超技術に携われるだけで満足だった。それと、いいこともあった。こうして、年に一回、まだ萌芽もでていない技術者の卵たちに説明し、そのたびに彼らの殻を刺激して、未来を羽ばたかせる手伝いができることは至上の喜びでもあるのだ。
最初は、やはり目が死んでいた生徒が大半だったが、やがて話を始めるとエンジンがかかってきた様子だった。例年通りであった。
最初はこれからの予定と、倉持技研の創設から、現代に至るまでの会社概要だが、生徒たちの緊張が解かれるのはそのあと、ほとんどの生徒は、倉持技研の技術を説明すると皆真剣にその話に聞き入る。そうして、熱気がホールを包むのだ。
「――と、すみません。長く話しすぎましたね、休憩にしましょうか」
腕時計を見れば、すでに一時間近く話している。手元のリモコンを押し、照明をつけた。スクリーンの光が薄れ、現実へと引き返す。
途端、メモをとったり、説明に聞き入っていた生徒たちが各々、隣の席に座る友人とグループを作り、話を始め、会場は先ほどとは種類の異なる活気に包まれる。
どこのグループも内容は異なっているが、共通しているのは先ほど職員が話した内容――IS関連の技術についてだった。
生徒たちは事前に調べられるものはすべて調べ、頭に叩き込んだのだろうが、職員の話は、公表されていない知識も含まれていた。
公表されていない、といっても後々問題となるような、最重要機密にかかわることなど話してはいない。機密といえば機密だが、少しの応用力と理解力、そしてひらめきが備わっていれば、誰でもたどり着く結論だ。
つまり、公表されている打鉄の技術には、どのような研究や理論が軸となっているのか、そのために打鉄はどのような芸当が可能となり、それが打鉄の特長となったかなどを説明したのだ。
これは、機密といえば機密に属するものではあるが、話したのはすべて、ISに携わる人間が知っているものしかない。否、打鉄に秘密などないといっても過言ではない。
そもそも、打鉄は世界各国に輸出され、そして、各国のISの未来を担う少女たちの通うIS学園では練習機として採用されているヒット作だ。
それゆえ、倉持技研は打鉄の補修費や整備費、各国に対しての使用料で莫大な利益をあげた。だが、各国が採用した理由は、打鉄に癖がなかったことで能力を当てにしたわけではない。当然、その使用目的は、後継者育成のための訓練機として、そして、試作兵器を試すための試金石としての側面が強い。そのため、各国のそうした機体目的であるから、打鉄に使用された技術が徹底的に解析されてしまったことは確定的であった。しかも、ISに関した国際条約であるアラスカ条約にて、日本はIS学園の技術に関して技術公開が義務付けられているのだから、IS学園で運用されたデータはすべて流出している。
ゆえに、もう打鉄には機密と呼べるものがなくなってしまっている。
それこそ、素人でも前記したように知識と応用力があれば、どのような技術が使われているか解析してしまうだろう。だから、職員の彼にとってみれば、公然の秘密を秘密にしたままよりも、無垢な技術者の卵たちの刺激にする使い方が有意義だった。
最も、生徒の中にはどの技術がどういった理論で構築されているのか、推測を立てていたものもいたようだ。説明していた途中、何度か、生徒たちに喜悦の表情を見た。あれは、己の推論が正当していたと確信した時のものだった。
その時の喜びは何事にも代えがたい至福の時なのだ。職員も自分で何度も体験しているから理解している。
だからこそ、話の中で次の課題を与える。
そもそも、一応の機密だから、答えはいっていない。矛盾しているが、つまりは明確に、これにはこうした理論が使われこうした技術となっていますと説明していないのだ。なぜなら、そこに喜びなどないからだ。
例えるなら、最初から出来あえの料理を食べておいしいというのは簡単だ。しかし、材料をそろえ、そこから己の手で苦労して作った料理は格段に美味しいのだ。
よって、職員は、材料を提供したに過ぎない。
こうした理論があり、こうした研究がおこなわれていた、など、IS技術に関する年表など一般知識や雑談を装って話す。無論、中には全く関係ない、倉持技研ともISとも関係のない研究結果なども話した。が、打鉄に使用された研究も混じっている。
玉石混淆の中から、必要なものとそうでないものを取捨選択し、理論を組み立てる。もしかすれば間違いかもしれないし、正解かもしれない。
しかも、職員の意地の悪いことに、関係ない研究結果でも、打鉄が使用している技術として成立してしまう、間違いの答えがいくつもたどり着けてしまうものとなるように話したのだ。
だからこそ、生徒たちは自然とディスカッションを行っていた。議題は打鉄の技術に使用された研究と理論は何か、についてだ。
しかも、聞き耳を立ててみると、正解を述べる生徒の言葉には、もちろん理論が通っている。しかし、不正解であった生徒の理論も通っていて、技術が成立してしまうのだ。
そうして、議論は行き詰ってしまう。
これも、職員の想定通りだ。
当たり前の前提だが、現実の世界で使用されている技術については、間違った理論では成立しない。
しかし、机上の場合は異なる。理論の一つが間違い、よって成立しないはずの技術が、理論上、成立してしまう技術という矛盾が生まれることがある。無論、そんなものを世に生み出せば、動いたとしても想定通りの結果は得られず、下手をすればそれで命を落としてしまうこともありうるのだ。
だから、そのために人類は歴史上、ひとつの技術を生み出すために、多くの実験と試行錯誤を繰り返し、技術としての完成させてきた。
だからといって、理論を構築することが無意味ではない。むしろ、理論は数多く行い、完成された技術でも、より効率的な方法を生み出すことができるのだ。そのために、実験に移るためにはこうした思考とディスカッションが必要となり、多目的な視点を養うことも必要となってくる。
生徒たちが打鉄に使用される技術がどのように成立しているか、本当の答えを知るのは、大学で専門分野として研究をしている時か、それとも関連職種に就いてからだろう。だが、彼らは一刻も早く正解が知りたいのだ。己の推測が正しいのか、そうではないのか、その答えは万金を積んでも欲するものだろう。
しかし、職員は答えを言わない。それが職員の決めごとだった。もしも答えを教えられても彼がつまらないし、一つ一つ解説をしているには時間が足りない。それと、発覚すれば倉持技研はもちろん、生徒やその家族、学校関係者など様々な人に迷惑をかけることになる。
だが、この程度に抑えることで、この事実が発覚しても、女性優位を訴える職員に難癖をつけられ、彼の解雇はまぬがれないが、それだけだ。国家機密漏えいとして裁判にはならないし、生徒にも処罰が及ぶことはないぎりぎりの範囲なのだ。
だから、最悪、職員が職を追われる程度で済む。生徒たちに被害が及ぶことはない。 それと来年も、それ以降も策原工業高校の見学旅行が実施されるように、これだけの説明で抑えるだけでなく、他にもいくつもの手を職員は打っていた。
よって、本当に不利益を被るのは職員一人だが、それでいいのだ。
職員は己の、たった一人の自己満足であることは重々承知している。
だが、この漏洩事件もどきを、職員は止めるつもりなど毛頭ない。
喧々諤々の議論を行う生徒たちを見て、職員は笑みを浮かべた。
生徒の男女比は半々、男も女も性別に関係なく、議論している。皆、己が技術者を志すものとして己の生み出した理論の正当性を訴え、議論に徹している。殴り合いに発展しそうなときは止めるが、基本的には止めない。
職員は、この光景に美しいと光悦を覚えた。自分の議論に真剣に取り組み、自分の正当性を訴える光景以上に美しいものなどない、と。ゆえに、気がついた。
この中では最後列となる4段目の端に座った男子生徒が議論を行っていないことに。
この生徒について、職員はすぐに思い出した。壇上で説明の最中もメモを取ることなくじっと睨むばかりにこちらを見ていた男子生徒だった。
不真面目なわけではない。そもそも、興味がなければ政府関係者のように途中で寝入ってしまうし、聞き流しているなら女性権利団体のように視線を伏せて聞いているフリをする。だが、その眼光は真剣そのもので、むしろ、この生徒たちの中で一番に聞き入っていた生徒だったと印象に残っていた。
だが、議論に混ざることなく、男子生徒はしばらく手元で何かをしていたようだが、しばらくすると、ぼんやりと空中を見上げ、天井の間接照明を眺めている。つまり、暇を持て余していた
職員の視線の先に壁際に立っていた教員の一人が気がつき、その男子生徒を注意するべく歩き出そうとしていたが、職員は無理やり教員との間に入って挨拶をする。
なんてことはない挨拶をすませ、教員の先に職員は歩き、男子生徒の両隣に誰もいなかったため、右側の席に座った。
そうするべきだと思ったからだ。
「こんにちは」
なんてことはないように笑いながら職員が声をかけたとき、天井を見上げていた男子生徒が顔を下げ、職員の方を向いて驚愕に固まった。
染めているのではなく、地毛だろう。ふんわりと優しい色合いの茶髪が光に輝き綺麗だな、と場違いな感想を職員は抱いて男子生徒と顔を合わせた。
「ど、どもっす!」
よほどあわてたのか、男子生徒は視線をさまよわせ、変な言葉遣いで応じる。その時、右胸の校章のラインが緑であったことに職員は気がついた。
「なるほど、君が噂のヤングエリート君だね」
話には聞いていた。一人、問題児がいると。その生徒はなんでも初の一年生見学者で、優秀なのだが、変人でとんでもないことを入学当初からやらかす問題児なのだと。
「……僕は巨大怪獣の上陸場所を間違えるへましませんぜ」
男子生徒がやや呆けたように指摘すると、職員の目が丸くなった。
「驚いた。今時の子が知ってるなんて……うれしいなぁ、同士ができたよ!」
にこにこと、心からの笑みを浮かべ職員が手を差し出すと男子生徒は気だるげに握り返す。萎縮しているというよりも、やべ、人のテリトリーに迂闊に侵入して面倒くさい事態になったと嘆きが含まれていた。
「でもそんなに詳しくはねぇっすけど……」
「いいんだよ、ただ嬉しいだけだから、会えたのは嬉しいなぁ……ん?」
そして、職員は、男子生徒の手に握られている紙に気がつく。職員が男子生徒に気がついたとき、なにかを手元で作業していたことを思い出した。男子生徒の右手にはボールペンが握られ、左手には紙の束――A4サイズの表面がプリント印刷加工された冊子――受付で渡した倉持技研パンプレットで、その中ほどの打鉄を纏った女性の写真と簡易な解説が書かれたページが開かれていた。そのページの表面には細かな文字が並んでいる。
――そうか、これ書いてたのか。
職員が納得したが、男子生徒がその視線に気がついて、まるで趣味で書いていた小説のメモ帳を友人に見られた思春期の男子のようにあわてて隠そうとするが、それを職員は意地の悪い笑みを浮かべながらひったくる。
「ちょ! 返し――」
「いいじゃない、いいじゃない。どうせ見られても困るものじゃないでしょうに。どれどれ……」
これはいくら言っても無駄だと男子生徒が理解したのか、抵抗はすぐになくなり、さきほどよりもばつの悪そうな顔を浮かべて反対方向を顔を向けた。
その様子をみて、大方、打鉄の基本技術に使われていた紹介項目に己の推論を書いていたのだろうと職員は予測を立て、さらりと眺めるつもりで職員は書きこまれた文字を追った。
しかし、そこには予測とは違った言葉や数値が走っていた。職員の話した内容とは似ても似つかない単語や数値ばかりだった。
最初は、ただのいたずら書きをしていたのかと内心職員は落胆した。
だが、書かれた言葉を理解して、職員は驚きに目を見開いていく。
そうして、もう一度、居所の悪そうな男子生徒の横顔を見つめ、
「君、これって――」
言葉は最後まで言い切ることができなかった。
突如、ホールの扉が勢いよく開かれ、
「ねぇうるさいのよ? 静かにしてくれないかしら?」
傲慢不遜な態度で一人の女性が入ってきたのだから。
真っ赤な高級スーツの上から白衣を着ていた女性だった。
「あぁ、面倒な奴がきた」
その顔をみて職員は誰にも聞こえないようにつぶやいたが、男子生徒には聞こえていた。
「ごめん、またあとで話をさせてくれ」
そういって男性職員は立ち上がり、女性の元へと駆け寄る。
「すみません、藤原さん。しかし、いまはこのように休憩中でして、多少のことは大目に見ていただけ――」
「大目に? もうこっちはみてるのよ。朝からあんたの声が遠くまで響いて響いてうるさいったらありゃしないわ。それだけじゃなくてこれ以上何を我慢しろってのよ?」
「ですから、これから研究所の見学を行いますから、このホールは使用されなくなりますので――」
「はんっ! どうせあんたのことだから、また研究ブロックの見せちゃいけないところまで見せるつもりでしょ? 何をいい気になってるのか知らないけどね、あんたなんておこぼれでここにいさせてあげてるんだから、それを理解しないとだめでしょ?」
「はい、それは承知しております。ですが――」
「その態度がもうすでに承知してないでしょうが!!」
女性がヒステリーを起したようにわめき、男性職員がそれを宥めるように必死に話していた。
あまりの事態に議論をしていた生徒は議論を止め、教師とともに事の成り行きを見守るしかない。
しばらく、女性が男性職員と話していたが、女性が壇上に向かい、壇上の上から生徒たちを睥睨した。
男性職員が女性を止めようとしたが、女性が耳を傾けることはなかった。
「揃いもそろって、馬鹿そうなのばっかりね、特に男の方は駄目ね。期待できそうなのいないわ」
嘆息を持って女性は否定する。
あまりの言い草に、ほとんどの生徒は怒りが湧くというよりも呆気にとられ、そして、
「いいわ。見学会は終わり。女子はあんたが案内しなさい。男は、私についてきなさい。本物のISを見せてあげるわ。あんたたち男がISに携わってもいいことなんて一つもない、使えない理由を特別に私直々に教えてあげる」
そういって、壇上から降りてさっさと出口を目指す。
どうするべきか職員も生徒も教師も茫然としていたが、女性のヒステリックな叫びが響き、刺激しない方がいいと判断した生徒と教師は素直に従うことにした。
それを理解した職員はここで終わりでも、と提案するが、貴方の立場が悪くなるだけだと言って、教師は断った。言外にはしないが、それは生徒もそれに同意した。
世界を揺るがす出来事が起こるまで、海本二代がISを起動する、32分まえのことだった。
ちなみに一夏くんはまだ中学三年生です。
つまり、原作崩壊だ!
ご意見ご感想、お待ちしております。