IS-光は舞い上がり、無限の時代が始まる―   作:今日は晴れ

3 / 9
 オリ主tueeeならぬオリ人物sugeeeeがあります。
 束がIS世界の最高峰科学者兼技術者でないと無理という方はご注意ください。


動かす男

 東京都市ヶ谷の防衛省――日本の国防を統括する場所には一般公開されていない部署が数知れずある。

 

 その一つが、防衛省情報局――通称ダイスであった。表向きは、情報本部としてあるが、裏の顔は日本を守るために表に出れば社会が混乱に陥るほどの事件を隠ぺいするため、超法規的手段で活動をしている機関であるのだ。

 その機関に所属する男性職員の一人――桑田は頭痛のする頭をこらえながら、それでも笑顔で議員――最近の女尊男卑の影響から増え始めた女性議員を統括し、与党の中でも影響の強い女性議員に説明していた。

 

 「ですから、彼がもしも技術を公開に踏み切ることが万一あれば、それは我が国にとって――」

 

 「知ってるわよ、だから消した方が早い。貴方達得意でしょ? そういうの」

 

 「ええ、確かにそういう方法もないわけではないですが、もしも彼が我々の把握していないラインを持っていた場合は――」

 

 「それを把握するのが貴方達の仕事でしょうが、税金払ってるんだから仕事はしっかりとしなさいな」

 

 こちらを見下した様子で女性議員はそう言い放った。

 思わずこめかみがうずく感覚を桑田は理解したが、表に出すわけにもいかない。

 心の中で女性議員に9mm拳銃を撃ちまくって女性議員をハチの巣にしたことで溜飲を下げた。

 

 二人のいる部屋にはスクリーンが壁一面に敷き詰められていた。その前にはコントロールパネルが置かれ、ダイスのオペレーターや指揮を行う職員たちが作業を行っている。

 まるでテレビ局の放送スタジオの様子だったが、それに映るのはひな壇でリアクションをとる芸人でも、安い笑顔を振りまくアイドルでもない。

 

 四角く区切られた白い部屋――刑事ドラマで見るような取調室を想起させる部屋の中に、一台の机を挟んで向かい合うように椅子が置かれ、向かい合って椅子に座る二人の男がいた。

 どちらも青年期はとうに過ぎた男性であり、片方はオイルや油などで黒く汚れたつなぎに頭に手ぬぐいを巻き、でっぷりとした腹をみせている。もう一人は対照的に引き締まった肉体をもったスーツ姿の男が向かい合って座っている。

 その二人を様々な角度から映しているモニターが壁中に敷き詰められているのだ。

 

 「そもそも、この男に価値なんてあるのかしらね?」

 

 その視線は、つなぎを着た男に向けられ、ふんと鼻を鳴らして女性議員は心底見下した笑みを浮かべ言い放つ。

 

 確かに、桑田も予備知識なしに見せられたら、つなぎを着た男をどこにでもいる自動車修理工だと思うし、現に男は自動車工場に勤める修理工なのだが、彼の現在の職に問題ではない。この男そのものに、問題があった。

 

 

 この男はいま、日本政府を脅迫しているのだ。

 

 

 男の名前は海本初代。今年で40となる都内の自動車修理工場に勤める男だった。特記すべきは、初代よりも息子の方だ。約45時間前に世界で初めてISを動かした高校生、海本二代の父親なのだ。

 

 だが、それは表の話、もしも裏の世界にいたものならば、特に防衛省は、この男が表にでることへの不都合さを理解していた。表の経歴は平凡だったが、この男に裏の経歴も混ぜれば、備考欄にこう記されるべき人間だった。――元、防衛省情報局技術情報部班長と。

 

 マスコミがそこまでつかめるなんてことは、本来あり得ないが、もしも他国の工作があれば十分に可能だった。そうなれば、白騎士事件以降、世論の圧力を受け、多くの自衛隊職員が退職に追い込まれ、その影響を9年掛って再編成させようとしている防衛省にとって、痛手で済む問題ではない。また、防衛省だけでなく世論の風が政権に向けば、与野党がひっくり返る政権交代の起こる可能性が高い。

 そのため、万に一つも他国の息のかかったマスコミに察知される前に、防衛省、および内閣府と与党は、重要人物保護プログラムを父親に適用し、世間が男性IS適合者に飽きるまで、元防衛省情報局員であった父親を隠匿しようと内閣府と与党、それと防衛省は考えていた。

 その思惑は叶い、男性IS適合者発見からわずか1時間という超スピードで、各関連省庁の大臣と与党議員によって、重要人物保護プログラム対象に海本初代がなった。

 そして、施行されるタイミングは、内閣府官房長官が緊急記者会見を開き、海本二代がISを動かしたという事実を世間に公表すると同時にすることして、記者から対応が早すぎると指摘されても誤魔化せるようにしたのだ。

 

 これはうまく事が進み、発表と同時に、海本家の前に待機していた防衛省情報局とは関係のない、防衛省職員に説明とその保護に出向く。だが、思いもよらない事態が起こる。訪れた防衛省職員に対して、初代は、これを上司に、できるだけ上に見せるようにと、一枚の封書を渡す。だが、護送と説明をするようにと指示されていただけの防衛省職員には、不測の展開に決めあぐねいているしかなかった。そんな様子の防衛省職員に対して、初代はしびれを切らし、ある場所に電話をかける。

 

 そうして、二分もたたないうちに迎えの防衛省職員たちは初代を別な場所に護送するように指示が変更された。指示された場所に初代を護送すると、その場所では一台の無音プロペラをつけたヘリ――ダイスの迎えがあった。

 

 初代は、封書をダイスの職員に渡し、受け取った現場の隊員から、上層部――自衛隊幹部に渡り、幹部たちがその封書の中身を読み、事態が変わったことを知った。海本初代の防衛省情報局の漏洩につながりかねないという案件から、最も恐れていた、初代が持つ別な案件へと変貌したと覚知する。

 

 これほどまでに、海本初代が表に出ることを政府が恐れていたのは、もう一つの理由があった。そもそも、元、防衛省情報局員だったから隠した、というのも他国を欺くための、表向きの裏事情。そして、それだけで各国が納得したら日本政府の勝利だった。しかし、海本初代の持つ特異な面が牙をむいた。それは、他国ではなく、海本初代本人から日本政府へと食らいついた。

 

 この情報は、防衛省幹部では処理できるわけもなく、即座に事情を知る議員、内閣府にもその情報は渡り、即座にダイスへの正式な事案として認可された。ダイスは、海本初代を重要人物保護プログラムから切り替え、ダイスの案件として取り組んでいる。そのため、現在、ダイスの組織である、内事部特別技術管理室が海本初代と直接、取り調べという名の交渉を行っていた。

 

 その封書にはなにが書かれていたのか、一部のものしかそれを知る者はいない。桑田はその情報を知る一部に含まれるが、封書の中身は簡単なものだ。

 

 

 海本初代の要求をのまない限り、ある技術を世界中に公開する。

 

 

 仮に海本初代を殺しても海本初代からメッセージがないと自動的にネットにも、物理的にも世界中のあらゆる場所にばらまかれる仕組みとなっていると封書にはあった。そして、薬を使っても無駄だ、と。薬を使ったら最後、海本初代がどんな仕掛けを放ったのか理解できるだろうが、解ける者などいない、というメッセージとアドレスも書かれていた。

 そのアドレスにアクセスすると、日本最高峰の技術と設備を持っているダイスの技術班ですら、侵入するのにフル稼働で取りかかっても数週間を有するフォール(壁)があった。技術者たちの報告には、見たこともないもので、糸口すらつかめないものだとあった。

 これを解くのは、海本初代でも全力で行わなければならないとあって、薬を使った頭では決して解けない、と説明されていた。

 

 そう、海本初代の特異性とは、彼は異様に優れた知識とオリジナルティ、そしてそれを形作るノウハウを所有する技術者、技術の天才だった。

 かつては、天災、篠ノ之束の背を見ている男といわれていた。

 

 しかし、彼には傾倒するものがあった。

 

 国家だ。

 

 彼は国を愛していた。そして、日本が好きだった。

 それが彼を構成するもので、だからこそ、彼は日本に忠実だったのだ。彼の発明品はすべて、日本という国を良くするという志の元、作られていた。

 

 しかし、彼の誤算は、国がその技術を歓迎しなかったことだ。

 

 もしも、彼が他国に亡命したなら、もしも、これを他国が恐れたなら、という齎す国益よりも、不利益を重視したのだ。

 

 そして、白騎士事件以降、ISという発明品の生み出す社会への変革を知った政府は、初代への不信を爆発させた。初代の技術品もまた、世界を一変させかねないという認識を持った。ゆえに、政府から隠匿された技術者となった。表に出すことのできない人間となった。

 重要人物保護プログラムはそういった理由のため、適用されたのだ。

 

 そんな恐れる男が作った代物が、三日後には、ばらまかれるとされている。

 

 これを知った政治家たちの心境はいかほどのものだったろうか。海本初代の技術品を隠匿する政府だからこそ、その恐ろしさを理解していた。もしも、あれが世界中に公開されれば、ISの騒動どころではなくなる。IS技術が齎した変革は、男女の価値観と軍事産業についてだったが、民間にはまだIS技術の恩恵が齎されていないといってもいい。だが、この技術が公開されれば、軍事から民間まで、あらゆる分野に多大な影響を齎す。早い話が、政治の世界では良くて政権交代か、下手をすれば世界中で革命が起こり、経済は未曽有のパニックに陥る。

 

 その責任を負わされるものなど決まっている。

 日本だ。

 

 本来なら、脅しにはならない。公開したければすればいいだろう、だが、所詮は個人が公開しただけなんだから、日本には痛くも痒くもない、というのが九年前までの政府の回答だったろう。日本政府は関与せず、という立場を貫くはずだった。

 

 しかし、日本には忌々しい前例ができた。

 

 アラスカ条約。

 

 ISの製作者が日本人だった、というだけでアラスカ条約では、IS学園の運用と技術公開という、日本には莫大な不利益を被ることになったのだ。

 

 ――ISを日本人科学者が開発したので、日本が責任を負う。

 

 これは、本来、言いがかりも甚だしい。そんなことを言い始めれば新技術はすべて製作者や企業の国家が責任を負うことになってしまう。仮に、これがISを敵視する理性も何もない、どこかに怒りをぶつけないとすまないテロリストたちの言い分ならまだ納得がつく。だが、数十カ国の国家が記した条約なのだ。

 それまで日本と各国が築いてきた国際関係、技術協力、経済関係、地道に築かれてきたもの、すべてを崩壊させるようなものなのだ。各国の首脳や政治家たちがある天災科学者の怪電波発生装置の電波を受けて頭がおかしくなって作った、なんて理由の方が納得できる。それほどまでに、この条約には理不尽と暴挙に満ちている。しかし、こんな条約を作るほどに、ISの齎した変革に各国は苦慮させられ、そんな事態に陥らせたISへの憎悪は絶大だった、ということだ。

 

 ならば、海本初代の脅迫通り、この技術が公開されればどうなるのか。少なくとも、これを読んだ政治家たちが公開後も同じ椅子に座っているなど、あり得ないだろう。

 

 政府が極秘裏に、この要求に対して協議の結果、海本初代の要求を全面的に受諾することを決定した。

 ただし、日本が海本初代に屈したという事実ではなく、日本政府が海本初代に依頼した、という形にするために交渉を行え。

 

 それが、ダイスへの回ってきた内容だった。

 それを、ダイスの一機関である内事部特別技術管理室が行っている最中なのだ。

 

 脅しには屈しない、それが表であっても裏であっても崩すことのない日本政府のスタンスなのだろう。

 

 だが、ひとつの誤算は、若手の女性議員たちを統括する女性議員が来てしまったことだ。いまでこそ、この女性議員が最近派閥を広げて党の顔の一人となっているが、そもそも、この議員が力を強める契機となったのは、女尊男卑の傾向が現れる白騎士事件以後であるから、その前に脅威として認識された海本初代など知る由もなかった。

 また、ダイスの元職員がダイスを、その背後にいる日本政府、否、日本そのものを脅迫するなど、ダイスの歴史からみても数件しかない。特に、最近はこのような案件がなかったため、白騎士事件以降から力を強め、ようやくここまでかかわることのできた女性議員にとって、屈辱に感じたのだろう。だからこそ、現場を視察に来るなんて無茶を行ったのだ。

 

 その挙句が、海本初代の恐ろしさを理解せず、殺せと言ったのだ。

 

 ――まったく、餅は餅屋だ。俺たちに任せればいいだろうに、これだから政治屋は。

 

 となりでモニターを見つめる女性議員を横目で見ながら、桑田の心のつぶやきは誰に知られることもなく、部屋の隅に設置されたスピーカーから流れる音がそれを霧散させた。

 

 『ですからね、海本さん。我々(防衛省)としても、上(政府)にしても穏便にことを済ましたいわけですよ。何も息子さんを実験に使用したり解剖したりと、そんなわけ――』

 

 桑田と議員、職員のいる監視塔にスピーカーから声が流れた。画面の部屋――ダイス所有の取調室、の様子を逐一知るためにスーツの男――表向きは内閣府から防衛省に出向してきたとして、交渉を行う権限を持った内閣府職員に扮したダイズの職員、の声を拾い上げた。

 

 しかし、これほど馬鹿らしい交渉もないと桑田は思う。

 

 もうすでに、政府は要求を飲むと結論を出しているのだ。もう結果の出たものに対して時間を無為に重ねるなど、無駄としか言えない。だが、必要なのは初代に恩を売ることだ。政府が寛大にも要求を認めた、と。ただ体面が悪いから、政府から初代に依頼したことにした、とする内容を初代に承認させる。ここで重要となるのは、政府が初代に恩を作った、と初代本人に思わせないことであった。再度、無茶な要求をされても困るし、うまくいけば、逆に初代が恩を政府に作ったと思わせれば、これから、初代に政府の要求を飲ませることもできる。だから、交渉をする必要があった。

 

 『赤坂の圧力に屈して、アラスカ条約なんぞ屈辱しかない条約を結んだのに、信頼できかねますなぁ』

 

 けらけらと笑うように初代は職員の声を遮断した。赤坂というのはダイスにとって隠語で、CIA(アメリカ中央情報局)、つまりアメリカ合衆国を表している。赤坂に米軍基地があり、CIAはそこを拠点として活動しているため、ダイス職員にとって、赤坂がアメリカの隠語となったのだ。

 

 「殴りたいわね、この男」

 

 女性議員がつぶやく。

 それには桑田も同意するが、言葉にはしない。同意したとなれば、殺せ、とか言われる可能性もあるからだ。

 

 『だから、なにも難しいことは要求してないんだけどな、俺を八幡重工のIS開発局に戻せっていってるだけで』

 

 それが、初代の要求だった。

 

 八幡重工というのは、日本でも有数の重工業株式会社であり、産業用機械工業用機械事業を主としている。10年前まで、陸海空、自衛隊の備品の請負を担当していた会社でもあり、防衛省と関係も深い。そして、初代がダイスから出向し、約3年間勤めていた会社でもあった。

 

 初代は行っていたのだ、IS開発事業を。

 

 海本初代は政府から裏の世界に隠匿されたが、完全に裏に回ったわけではない。むしろ、白騎士事件とアラスカ条約を契機に表側に立ったのだ。

 この男の開発能力はすさまじい。しかし、それが誰も思いつかない新技術や発明品が世界を一変させかねないとして、政府は恐れた。だが、既存技術を改良させたり、組み合わせる技術開発でも同様の才能を発揮した。その才能を持て余させるのは惜しいものだった。特に、IS開発事情に関して、9年前はアラスカ条約にて各国から日本政府の有するIS技術に関して、すべての情報を開示することを求められた。それゆえに、他国に盗まれた技術など関係ないとばかりに、関連技術の開発を進める必要があった。政府への監視も強かったため、政府出資の研究所ではなく、民間企業である八幡重工に初代を出向させ、開発を任せたのだ。

 だが、6年前に、初代はダイスと八幡重工の表側と裏側、どちらの立場からも姿を消さざるをえない事件に巻き込まれた。

 しかし、なにも消されたわけではない。それから、初代は民間人として生きた。

 表も裏にも立場がないというのは、政府に関与する分野に際してのことで民間で生きてはいられる。

 

 だが、初代は要求しているのだ。再び、表の、政府の関与する事業――IS開発に戻せと。

 その要求に対して、職員は嘆息をついた。

 

 『海本さん、それがどれだけ難しいかあんただってわかってるはずだ。赤坂は完全にあんたをマークしてる』

 

 アメリカと初代の関係には一騒動あった。否、アメリカが初代という人材を見つけたといっても過言ではない。

 政府の技術開発を行う部署で、入職したばかりの初代は上司にある設計図を提出した。しかし、上司はそれを採用せず、それを拾ったのはアメリカであった。それが、現在、初代が日本政府を脅す技術であるのだが、その顛末は割愛する。結果だけいえば、アメリカは初代を危険視し、殺そうと画作することとなった。そんな男を表に出せばアメリカは好きなように初代の命を奪うことになるだろう。

 

 『大丈夫大丈夫、赤坂だって俺に手を出せばどうなるかわかってる。6年前とは状況が違うんだしな。いまや、俺にはISを動かせる息子という立派な人質がいるんだし』

 

 『あんたにはそれ以上の価値がある。所詮、あんたの息子だって、ISを動かしただけの子供だ。そもそも、赤坂はあんたの息子にそれまでの価値を抱いてなければ、あんたは消されて終わりだぞ?』

 

 『だったら、六年間、何もしなかった理由は? 公安が裏で守ってたことは知ってるが、あの図体だけでかい張り子の虎の臆病どもが手を出さなかったのは?』

 

 『それは……』

 

 言葉につまる職員の映るモニターを眺め、そうなんだよな、と桑田も同意する。確かに、6年前まで、否、9年前にISが世に出てから、IS開発事業を八幡重工が発表し、その後に初代はダイスから八幡重工に出向した。が、警護に関しては問題なかった。むしろ、今以上に安全だったといってもいいだろう。ならば、公安が監視していたといえ、6年間、初代が無事だった理由が説明できない。

 

 そもそも、現在の初代の状況も、できればアメリカが初代を処分してくれることを望んで放り出されたのだ。処分されれば、これ以上の技術が生み出されることもないからだ。

 だが、アメリカは初代に手を出すことはなかった。

 

 その後も交渉は続く。モニターを見ながら、交渉を眺めるが、変わり映えがしない。

 

 退屈だと桑田が感じていた時、議員の腕時計がなった。

 この部屋に携帯などの通信器具の持ち込みは禁止されている。

 そもそも、電波障害で使用不可能なのだが、そういった理由で次の事情が迫って退出しなければいけない議員にはあらかじめタイマーをセットした腕時計を渡していた。

 

 「時間のようね」

 

 忌々しげに、議員がつぶやく。

 桑田は心の中で万歳と喝さいをして、にこやかに議員を送り届けるように出口へ案内した。

 

 「なんで、今更政府を脅すなんてするのかしら、保護プログラムがあれば安全に過ごせるのに」

 

 議員があきれたとばかりに出ていく。

 

 そうして、見送りに向かう前に横目でモニターに映る海本初代の顔をみた。

 写真でみた息子の二代は軽薄そうだったが、初代も薄っぺらい笑みを浮かべている。

 議員以外、初代の目的を、この部屋にいる職員、交渉にあたる職員も、全員が理解していた。

 

 

 

 ――なかなか、立派なもんだな。息子のために自分を売り払うなんぞ。

 

 

 

 海本初代は、息子の海本二代を守るつもりなのだ。

 

 確かに、海本初代の実力は天災篠ノ之束に迫る実力を有している。もしも、世が世なら彼が天災として世界を動かしていた可能性もある。

 

 だが、それをしなかった。

 

 国家があったからだ。

 

 だが、国家を良くしようと、発展させようとした志は国家に否定された。

 功績も経験も知識も思いも願いすらも、否定された。

 

 しかし、それでも天災とならなかった。

 

 もしも、初代が第二の篠ノ之束となっていれば、彼は栄光をつかんでいただろう。自分を否定した国家に対して復讐を成し遂げられただろう。だが、それはしなかった。

 

 なぜなら、彼には息子がいたからだった。

 

 海本初代が愛した妻が残した一人息子がいたからだ。

 初代は、二代という息子を愛している。だからこそ、海本初代は息子を遠ざけている。それは、巻き込まれないようにするために。

 いつでも、日本でもアメリカでも、自分が殺されたときに、二代に被害が及ばないように、仮に人質となったら、喜んでわが身を差し出すのは当たり前。だが、無事に帰ってくる保証はないから、それこそ、現在のように日本政府を脅し、奪還させるのだろう。もしも、息子が殺されたら、世界を巻き込んでも、その国を滅ぼす。それを、監視していた公安に公言していた。だからこそ、政府は公安を通じて二代も監視し、二代にも手を出す国家がないようにしていた。

 

 その二代が、危機に瀕しているのだ。

 

 すでに、日本政府には各国から二代を実験に使わせろ、やら、解剖しろといった非人道的な要請が非公式に山のように来ている。

 だが、日本政府は初代の脅威を知るアメリカへ働きかけてもらうように依頼し、なんとか下火にしたのだ。

 

 だが、それから別ルートで要請が来るようになった。

 

 IS委員会からだ。

 

 IS委員会からしてみれば、初代がどれほどの技術者であろうとも、世界を一変させかねない技術を有していようとも、その技術者と敵対することになろうとも、ISの開発発展が行われれば、それでいいのだ。

 

 だから、海本二代をただの男性適合者としか認識がなく、それどころかISの齎した女性優位を崩壊させかねない脅威としかとらえていない。

 

 IS委員会から二代を守るには、IS関係者の後ろ盾が必要だった。

 

 だが、海本初代と二代にはIS関係者の後ろ盾はない。もしも、世界最強とされた織斑千冬の血族であれば、彼女が後ろ盾となって守れたことだろう。

 

 それだけでなくとも、二代の唯一の楯となる父親の初代は政府にとって厄介者なのだ。

 父親である海本初代は自らの作りだした技術公開を楯に、しばらくは二代を守ることはできるだろう。だが、いつまでも、それ一つで守るわけにはいかない。いつまでもそうして守っても、IS委員会からの要請を断るために、と真綿で首を絞めるように、初代は一つ一つの鎧を失い、やがては丸裸にされる。その時が、初代は消される時だ。本当に後ろ盾がなくなった二代は、各国とIS委員会の圧力に屈した政府によって実験体にも、解剖にも好きなように人身御供にされることだろう。日本の平穏のために。

 

 だが、そうはさせないためには、日本、ひいては世界各国とIS委員会を脅す必要がある。

 

 海本初代を殺したり怒らせるよりも、活かしておいた方がずっと益がある存在だとする脅しが必要だ。それはIS委員会の理解できる、IS関連技術でなくてはいけない。

 

 かつてはIS開発に関わった初代だが、もう六年も昔の栄光だ。

 

 ゆえに、現在のIS開発に次々と光を齎す地位であることが必要となってくる。

 だからこそ、初代は望んだのだ。

 

 IS開発に再び関わることを。

 

 そして、政府に忠誠の意思を示すため、あるものを差し出したのだ。

 それが、封書に同封されていた手紙と、一枚の設計図だった。

 

 もしも、二代が設計図を同封しなければ、政府は交渉に応じなかったことはないが、渋っていた。それがないように、一刻も早く二代の安全が確保されるようにしたのだ。

 

 ――美しい親子愛じゃないか、泣かせるねぇ。

 

 しかし、恐るべきは、ともう一度だけ、桑田は初代の顔を見た。

 

 この交渉材料は前々から用意したものなのだろうが、別な、アメリカ政府かもしくは第三国から狙われた際に、日本政府に協力を取り付けるために、日本政府を脅すために用意していたのだろう。

 

 そもそも、二代がISを動かすなど想定できるはずもない。だが、想定外のことが起こった。その想定外に、息子の危機だと察知し、機転の早さはあり得ないものだ。

 

 なぜなら、二代がISを動かしたと発表されると同時に防衛省職員が初代を確保するために乗り込んだのは、こうしたことを、小細工をしないために同時に乗り込んだ。脅されても、穴だらけのものであるから、穴をせめてひっくりかえせるようにするためだった。

 

 だが、政府は要求を飲まざる得ない事態となり、初代はしっかりとした交渉を行っている。

 

 その機転の早さとすさまじい思考力に、脱帽するしかない。ゆえに、初代が恐るべき怪物に見えてしまった。

 

 もしかすれば、篠ノ之束と同様の怪物を起こしたのかもしれないと思い、桑田は部屋を後にした。

 

 ――

 

 防衛省の廊下を女性議員と桑田は歩く。桑田が前になって迷わないようにする必要があった。

 

 「そういえば、なんていったかしら、さっきの男、ええっと――」

 

 名前ぐらい覚えておけよ、と桑田はあきれたが、指摘することなく教授する。

 

 「海本初代です」

 

 桑田がいうと、議員はふてくされたように、

 

 「そうそう、海本初代の作ったものってどんなものなんです? 幹事長もその名を出すなと眉をひそめたけど」

 

 幹事長というのは、与党最大派閥で、この議員の所属する政党の幹事長である。政務経験が豊富で、何期も幹事長を経験している。ゆえに、裏側である海本初代のことを知っていた。

 

 「エンジンですよ」

 

 「エンジン? それってISに匹敵する兵器でもないのに、あそこまで恐れたの? おとなしく作ってあげればいいのに」

 

 「ええ、車や船、飛行機などを動かす、あのエンジンです。確かに兵器もエンジンで動きますから広定義では兵器と言えなくもないですが」

 

 「それは、個人的に作ろうとしなかったの?」

 

 「予算が予算でしたから、初代の作った最初期のものはそれこそ莫大な金と資源で、仮につくっても採算が合わず、よって国が所有するイージス艦にでも搭載しないといけませんでしたし」

 

 国家のために作ったものだから、最初から個人で作るつもりなど毛頭なかったのだろうが、日本を脅したことに不快を示す女性議員にいえば、ことがややこしくなるため黙っていた。

 

 「そういえば、それの名前は? さぞや大層な名前がついてることでしょうね?」

 

 桑田がそれは機密で、と言い放とうとした時だった。

 

 

 

 

 「イレーザー・エンジン」

 

 

 

 

 前方から、声が響いた。

 しわがれた老人のものであるのに、どこまでも生気に溢れ、鋭い刃を思わせる声である。

 議員と桑田が前方に目を向ければ、一人の着物を着込んだ老人がいた。

 

 皮膚には数百のしわが刻まれ、頭頂部には毛がなく禿げていたが、その老人がいままでにどれほどの苦労と佳境を乗り越えたがよくわかった。

 だが、眼光はまるで野獣のようであった。いまにも襲いかからんとするらんらんと目を光らせる野獣。老人には、それが備わっていた。

 

 「城崎……議員」

 

 女性議員はつぶやく。

 その老人――政界の大御所にしてご意見番と言われ、戦後政治の復興から日本を支えた政治家、城崎四郎は、かつかつとしっかりとした足取りで廊下の奥――桑田と女性議員が歩いてきた方向を目指していた。

 城崎の後に数人の護衛たちが続く。

 

 自然と、女性議員と桑田は、隅により、道を開けた。

 

 「奴は作ったのだよ。人類には到達不可能とされた技術、第二種永久機関を、な。馬鹿どもがかじ取りを間違えなければ、今頃日本はもっと豊かになっていただろうに、惜しいことをしたものだ」

 

 誰につぶやくでもなく、城崎は歩く。その纏う覇気にいるものすべてを圧倒する歩みだった。茫然と佇む桑田と、座りこむ女性議員を残して、廊下の奥に城崎と護衛は消えた。

 




クロスオーバー単語説明

・防衛省情報局
通称ダイス
福井晴敏先生の小説に登場する架空組織。
家庭や仕事に疲れたおっさんとこの組織の若者が共同で戦線を張って事件を解決する。
更識家とかの関係もこれからの劇中で明かされる予定。
福井先生の小説では畳算が一番好きです。

・イレーザー・エンジン
ファイブスター物語に登場するMH(巨大兵器)に搭載されているエンジン。
第二種永久機関にして、出力は約一兆馬力という狂った代物。
しかも光を動力源にして動くという環境に優しい設計。だけど、あまりにも出力がありすぎて、このエンジンを使った兵器が突撃すると余波で地形が変わるという、環境に優しいけど生み出す被害は環境に全く優しくない。
これを出します。ええ、出しますとも。ただ、そのまま出すとインフレの頂点が来るので、百万分の一とかそんなものにして出します。

そんなわけで、最初の技術はイレーザーエンジンです。
あと、防衛省情報局を出したのは、完全に私の趣味です。
ええ、これからもすごいのを出します。組織も技術も、IS世界で行われるISを使ったスーパー技術組織決戦になります。
盾無さんの胃に穴があきそうな頭悪い展開を予定しています。

ご意見ご感想お待ちしております。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。