IS-光は舞い上がり、無限の時代が始まる―   作:今日は晴れ

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一夏の思いと顛末

 「――じゃあ、いっちゃんはお姉ちゃんの結婚マッタがしたくてミッションインポッシブったのね~ 無謀だね~ いやはや、若いって素晴らしいわ」

 

 けらけらと笑い声を上げ、卓に両肘をつきながら紅茶を流し込む男――海本二代は織斑一夏の話を聞き、そう概括した。

初対面でいっちゃんって馴れ馴れしいなぁ、やら、ミッションインポシブったってどんな動詞だよとげんなりとしながらも、それがこの男の人間性だと直感で理解したため、なにも口出しはしなかった。だが、どうしても聞き流せないことが多々ある。

 

 「いやいや、二代、さん。どうしてそうなんだよ!」

 

 声を荒げ、一夏は反論する。なぜ、これまでの話を聞き、そう思ったのか、一夏には理解できなかった。

 

 「だってさ、お姉さんが結婚するのが許せなくって結婚式ならぬ顔合わせに新郎さんのご実家に乗り込んで、それで未来の義兄様の車のトランクに侵入してここまで乗り込んだんじゃん? その挙句がきよっちに捕まっただなんて、だったらどう考えても、ミッションインポッシブってるよ、全米を泣かせる気か!」

 

 ズビシッと擬音が聞こえそうな、まるで推理物で犯人に探偵が動かぬ証拠を突きつけるかのように一夏を指差す。

 

 その勢いに押されてか、一夏もうすうす感ずいていることを指摘され、うなだれるように俯き、

 

 「そりゃそうだけども」

 

 絞り出すかのように声を出した。

 

 「でも、千冬様も了承されたのですよね? でしたら、いくら親族といえど、一夏さんが口をはさむことではないのは?」

 

 無表情なまま、卓に置かれたティーポットにお湯を注ぐ少年――六根清音は無表情で指摘する。

 

 「俺だって、千冬姉には幸せになってもらいたいし、相手が変な奴じゃなくて浄兄ならまだマシだと思うぜ。でも……」

 

 もう一度、卓を挟んで対峙する二人の少年――海本二代と六根清音の顔を見る。

 

 「俺が、俺のせいで、俺を守るために結婚するなんて、そんなの嫌だ」

 

 そう断言した。

 

 

 織斑一夏に家族は一人しかいない。

 木の洞から生まれてきたわけではないから、両親はいたのだろうが、一夏の幼いころに蒸発して一夏に両親の記憶は残っていなかった。

 だが、不自由したことはなかった。なぜなら、一人の家族――姉の織斑千冬がいたからだ。

 

 一夏は両親の代わりに姉に育てられたといっても過言ではない。

 姉は厳しかった。ほめてもらった記憶は殆どない。しかし、愛されなかったわけではない。姉はISに携わる仕事をしており、それで一夏を養っていた。

 

 前はISの日本代表選手として、現在はわからないが、ISに関わる仕事だと聞いてはいる。なぜわからないかといえば、千冬は家に滅多に帰ることはないからだ。顔を合わせるのも月に一度か二度あればいい方で、たまに帰ってきても生活能力は姉にはなく、部屋を散らかして仕事に戻っていく。その片づけをするのは一夏の仕事だった。だけれども、一夏は千冬を大切に思っていた。なぜなら、立派な社会人として千冬は家族を守っている、一夏は守られているという自覚はあったからだ。自分のことを守ってくれる家族を誇りに思うことが一夏にとって、当たり前であり、それゆえに、今回のことは絶対に認めることはできなかった。

 

 姉の千冬が結婚するのだ。

 

 それはいい。

 もしも、姉がそれを望んでいるなら笑顔で送り出してやりたい気持ちもある。それに、その相手は知らぬ他人ではなく、一夏が多少なりとも世話となった浄正なら、納得はできないが認めることはできる。しかし、それが、その理由が、一夏に起因するなら、話は別だった。

 

 一夏は、否、この場にいる三人にはある特記事項がある。それは、男性だというのに、ISを起動できるということが。

 

 だからこそ、後ろ盾が必要なのだ。

 他の国がこの三人に手を出さないための後ろ盾――すなわち、権力が。

 

 この三人には、それぞれ後ろ盾があった。

 二代にはIS開発に携わる父、海本初代の存在――ひいては重工業企業である八幡重工。

 一夏には姉織斑千冬と幼少のころ交流のあったIS開発者篠ノ之束。

 そして、最後になった清音には、実家六根家が少々特殊なため、前者二人よりもかなり強力な後ろ盾が存在していた。その詳細はまた後で明かすことにするが、それぞれに後ろ盾があったのだ。

 

 しかし、国家というものは貪欲で強欲で、意地汚い化け物だ。

 たとえ三者に強力な後ろ盾があろうとも、男でもISを動かせるという魅力には購い難い。だからこそ、一番力の弱いものに狙いを定める。そして、その標的にされたのが、織斑一夏だった。

 

 確かに、織斑千冬と篠ノ之束の名は強力だ。片や、世界最強の戦力、片や世界最高の頭脳の持ち主であるのだ。

 だが、それも過去のものだ。

 

 千冬は世界最強であったのは現役時代の話であり、いまは一線を退き、束はその行方をくらませ久しい。そして、どちらもただの個人であった。

 いくら個人が訴えたところで無力に等しいものというのが世界各国の認識だった。

 

 だから、男性IS適合者を何としても手に入れたい国々は、一夏をあの手この手で手に入れようとするのは当然の成り行きとして予測できる未来であった。

 

 だからこそ、それを防ぐために、一夏の後ろ盾を手に入れるために千冬は婚姻を選ぶことになった。

 

 なぜなら、その相手には、国家がついてくるからである。

 

 飯盛浄正――否、飯盛家にはある秘密があった。それこそ、すべてを知れば、日本と言う国家が転覆しかねない事実が。

 

 古来よりも、日本を守護し、日本の存亡が脅かされたときに動く特殊な事情を抱える――いわゆる暗部と呼ばれる家系の傍流であった。

 そして、その本流が六根家――つまり、第三IS適合者である六根清音であり、最初から、清音には絶対的な後ろ盾が存在したのだ。

 

 無論、この事実は国民どころか、マスコミも把握できないように何重にも隠されていた。しかし、裏の人間――暗部と呼ばれる者たちには、ひいてはそれを率いる表側の各国の政治家たちにはその意味がよくわかっていた。婚姻とはいえ、千冬がその名をその家に属することと、一夏もそれに陸続きとなったことも。

 

 下世話な週刊誌やニュースは国家の後ろ盾を千冬が手に入れるためと報道したが、事実だった。

 

 これで、どの国家も、三人の日本人、男性IS適合者に手出しはできなくなった。

 

 だが、すべてを聞かされていないとはいえ、納得できない者がいた。

 

 それが、一夏だった。

 

 一夏は、千冬と浄正が結婚するのを、第三IS適合者である清音は浄正と親戚であるから、IS業界の絶対的な関係者である千冬が親戚となれば、IS適合者全員を守れる。だから、婚約を許してくれ、と言ったのだ。

 

 そのことをIS適正検査会場から連れ出され、軟禁状態に置かれたホテルの部屋で説明したとき、浄正を一夏は激高し、殴った。

 姉を道具として見られたことへの怒りであった。

 そのあとも殴りかかろうとしたところを他の黒服が一夏を止め、一夏の護衛が変更される。その後は、一夏は納得も理解もできない状態でいた。

 

 しかし、一夏も気がつく。他人の気持ちには疎いが、一夏は馬鹿ではない。むしろ頭が回る方であったことが災いし、気がついてしまった。

 

 千冬は一夏を守るために浄正と婚約したのだという事実に。

 

 どこからか千冬と浄正の婚約という情報を嗅ぎつけたマスコミの報道も一夏の仮定を補強してくものだったし、事実であった。

 

その後に千冬と一夏の話す機会は一度しかなかったことも悲劇であった。それも、その会話が行われたのは昨夜であり、突然、一夏が滞在するホテルの一室を千冬が尋ねた。一夏は抗議した。いわく、俺のために結婚しないでくれ、俺は自分のことくらい自分で守る、だから、結婚なんてする必要はない、などを訴えたが、その抗議を千冬は一蹴し、これは私が決めたことだ、お前が指図することではない、とすべてを拒絶して話し合いは平行線に終わっている。

 

 そのすぐ後に、浄正が一夏の部屋を尋ねたが、一夏は浄正を追い返した。

 姉の態度などをみて、一夏を守るために、それを感じさせないために浄正はあのようなことを言ったのだと理解したが、心のどこかでやはり、浄正といえど、認めるわけにはいかなかった。

 

 しかし、その際に、浄正があることを提案した。

 それは、明日、飯盛の本流の家に千冬をあいさつに連れて行くから車のメンテナンスを手伝ってほしいといったことだった。千冬が急にあいさつにいくことになってしまったので、カーメンテナンスを行う店は閉まっている。いつも一夏と乗っている車で行くから一夏もメンテナンス方法を知っているし、長時間の走行を行うから不備のないように整備するのに人手が欲しいとのことであった。

 

 その時、浄正がにやけた笑みを浮かべたので、一夏もその笑みに既視感を覚えた。その笑みは、ラウラと一夏の仲を取り持った時の、悪だくみをする少年の笑みであったのだ。

 

 それとこれとは別、ということで自分を納得させ、一夏は浄正の車の整備を手伝うことを了承した。

 

 気分転換と名目で護衛を追い払い、深夜に人払いがされたホテルの駐車場で一夏と浄正は整備を行う。その際に、車のスペアキーを一夏は盗み、今日の朝、護衛が交換する時間を見計らい、一夏は駐車場まで逃げ出し、停めてあった浄正の車のトランクに乗り込み、飯盛家の本家である六根家まで織斑一夏は密入国ならぬ密入家したのである。

 

 車が停車し、息を殺し潜んでいたが、15分経っても車が発進しないことと、周りから音がしないなどを確認し、一夏は車のトランクから降りた。

 

 内心、もしやただの休憩で最悪、置いていかれるか、もしくは千冬と浄正に鉢合わせしないか不安があったが、その心配は杞憂であり、他に車が何台も停車するガレージだった。

 

 ガレージの戸は上がっており、そこからよく整理された日本庭園が見えていた。前にドイツで浄正に連れられてみたドイツの庭園とは趣が違って、人の手が加えられ、整然とした美しさに目を奪われるが、すぐにここに来た意味を思い出し、一夏はそこから離れ、慎重に庭の中を通ることにした。

 

 それから、庭の警報機や、監視カメラなどに感知されることはなく、一夏の前に巨大な武家屋敷が現れる。なぜ、一夏が暗部の、それも本家の家に侵入できたかといえば、前に浄正が冗談交じりで、もしも良い家お嬢様の家に夜這いするときは庭のどういったところを通って家に侵入するのかを一夏に教えていたことが幸いしたのだが、一夏からしてみれば、できるだけ使いたくない知識であった。

 

 このまま、家に乗り込み、千冬の婚約をぶち壊すつもりであった。もしも、千冬がいればもう一度説得する。説得できる自信は一夏になかったが、それでもなんとかする。もしも、お偉い人たちがいる場所だったら、その人たちを説得するのが一夏のプランであった。

 

 意気揚々と、一夏は六根家に侵入した。

 

 だが、一夏の誤算は、六根家が一夏の想像よりもはるかに広大であったことである。

 

 

 最初は、家人に遭遇したら侵入者として捕えられると認識はあったので慎重に進んだ。一夏が会うべきは浄正曰く偉い人たちか千冬であり、そういった人間に用はなかった。

 

 しかし、進めども進めども、様々な部屋があるが、一向に人の気配がしないことに不思議に思い始め、もしや、どこかに移動してしまったのでは? と疑惑が首を擡げ始めた。だからか、不用心にも足音を発てて移動した。

 

 そうして、清音に捕まり、こうして二人に説明を終えた一夏は冒頭へと至る。

 

 

 うなだれる一夏を二人の視線が注がれる。

 

 清音はしげしげとどう声をかけるべきかを考えながら、二代は面倒なことになったなぁ、と内心嘆息をこぼしながら。

 

 そうして、数分ののち、苦悩に蝕まれていた一夏は顔を上げ、

 

 「悪ぃ、二人とも。こんな話されても関係ねぇのに」

 

 二代は手を振って、構わないと表し、清音も何事もないようにうなづいた。

 

「だけど、ちょうどよかった。ここの家の人間なら知ってるはずだよな、教えてくれ。清音! 俺は千冬姉を止めたいんだ! だから、どこにいけばいいのか、教えてくれ!! この通りだ」

 

 姿勢をただし、一夏は清音に向かい、頭を下げた。

 その様子を、ただただ清音は眺めていた。

 

 「構いませんので、頭を上げていただけませんか?」

 

 無機質な声色で、清音は一夏に話しかける。

 

 「なら!」

 

 それに、一夏はわずかな希望が宿ったかのように顔を上げるが、

 

 「そもそも、一夏さんにひとつお教えしたいことがあります」

 

 片手をあげ、清音はそう切り出した。

 

 「教えたいこと?」

 

 「それなに? きよっち」

 

 一夏は怪訝そうに、それまで、蚊帳の外に置かれていた二代も乗り出し、そう尋ねると、

 

 「はい、当家に、本日は顔合わせなどは予定されておりません。そのように頼まれましても、私はご希望を叶えられないのが実情であります」

 

 「「は?」」

 

 二人の目が点になり、そうして、

 

 「じゃ、じゃあ、どういうことだよ! 俺は千冬姉と浄兄とは違う車に乗り込んだってことか!?」

 

 一夏が立ち上がり、最悪の想定を叫んだが、

 

 「落ち着いて、いっちゃん、きよっちがここにいるってことは、多分家あってるよ、浄兄って人ときよっちは親戚なんでしょ? きよっち」

 

 「はい、飯盛浄正は私の叔父の息子に当たる方でありますから、親戚です」

 

 「でも、それじゃあ、一体、どういうことなん――」

 

 

 「それは、これから説明しますよ」

 

 一夏が首をかしげ、最後まで言いきらない声を遮るように、戸が開かれた。

 三人が顔を向ければ、着物を着込み、大量のパンがつまれた皿を積むお盆をもった一人の女性がいる。

 

 「え? あ? だ、誰だ?」

 

 一夏の疑問をよそに、二代と清音は、

 

 「あ、おばさん、おはようございます」

 

 二代は入ってきた女性にあいさつをして、

 

 「お母様、いつからそこに……」

 

 清音は疑問を呈した。

 

 しかし、女性はその返答はせず、

 

 「とりあえず、これを食べなさい。朝ごはん、二代さんも清音も、それと一夏さんも朝食を食べてないなんて不健康です」

 

 そういって、お盆の上のパンの載った皿を卓に置いた。

 

 いや、それどころじゃ、と抗議の声を一夏は上げようとしたが、それを二代は手で制し、

 

 「いっちゃん、焦る気持ちはわかるけど、素直に従った方がいいよ。このおばさんはこの家で二番目に怖い人だから」

 

 耳元でそう囁いた。

 

 「二代さん」

 

 と、二代に件の女性から声がかけられ、

 

 「まだ“おねえさん”ではないでしょうか?」

 

 満面の笑みで訂正を求めてきた。

 

 その凄みのある笑みに二代は素直に土下座をし、一夏もおとなしく従った方が得策だと判断できた。そして、なによりも、焼き立てと思われるパンの匂いが嗅覚を刺激し、腹の虫が叫び声を上げ、おとなしく、卓の上に置かれたパンのひとつを手に取った。

 




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