東方一年郷   作:トーレ

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ども! トーレでございます! 近頃で、オリジナル小説作品を投稿しようかなとあんが得ているトーレでございます。
テーマは「擬人化」。投稿したら活動報告にて知らせますので、興味のある方はぜひ!

いやほんとに、投稿遅れてすみませんでした!
ここまで長くスパンを開けてしまったのは初めてかな…情けねぇし。
もしも言い訳を知りたい方がいらしたら、活動報告の方に書いてありますのでそちらをごらんになってください(笑)

さて、久しぶりの特別号!
今回は宮古芳香編です!

なんだか……うん、なんだか変な感じになってしまっている希ガス。
それでも、楽しんでいただけたら幸いです!

ではどうぞ! 温かい目で見ていってね!



特別号 ~宮古芳香編~

 

 

 

 

 

 

「白滝。あなたに一週間、芳香を預けることにしたわ」

 

「…は?」

 

 突然の訪問者、かの邪仙『霍青蛾』さんは、俺の入れた茶でほっこりしながら、そんな突拍子もないことを言い出した。

 俺は驚きを隠せず、青蛾さんに問う。

 

「どっ…どういうことです?」

 

 絶賛混乱中の俺をしり目に、青蛾さんは『俺の質問の意味が分からない』といった風に頭をかしげる。

 

「言葉通りよ? 私の可愛い芳香を一週間あなたに預けるの」

 

「なっ…なにゆえ…?」

 

 繰り返されただけの答えではわかるわけもない。俺がわかるだけの理由を…納得できる理由をくれっ。

 だが、先ほどから調子も変わらず茶をすする青蛾さんが次に発した言葉は、俺を納得させるものなんかではなく、さらに混乱へと誘うものであった。

 

「あなたの持つ現世での知識を駆使して、芳香の体を柔らかくしてほしい。これが理由かしら。あ、ちなみに私はいないから、あなたと芳香だけねぇ?」

 

 俺は、開いた口がふさがらぬ、まさしくそんな表情を浮かべながら、ただ青蛾さんが茶を飲む姿を呆然と眺めるのであった。いや、眺めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、俺と芳香、一週間二人っきりの生活が、幕を開けたのだった。

 「芳香の体を柔らかくしよう」という、スローガンと共に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話をしよう。

 俺が芳香と出会ったのは、俗にいう神霊廟の異変の時だった。「東方project」の世界と様々な差異のあるこの世界だったがこの異変は存在し、原作通り、博麗霊夢、霧雨魔理沙、東風谷早苗、魂魄妖夢の四人が異変解決に乗り出したのだった。唯一違うのは、この四人がなぜか一蓮托生して、別々でなく四人がかりで異変解決を目指したということぐらいか。何があったのかは俺にもわからないことである。

 その異変の中で俺は、なぜか早苗ちゃんに頼み込まれこの四人について行くことになったのだ。まぁ戦闘に参加できないから本当について行くだけだったが。しかしこれに関してもよくわからないし、俺について来てほしいといった早苗ちゃんが顔を赤くしていた理由も分からない。俺としてはわからないこと尽くしな異変だった。

 そんな中、幽々子さん、響子、小傘に続いてその四人に立ちはだかったのが、霍青蛾によって復活した死体である「宮古芳香」である。つまり、ゾンビであるわけだ。まぁ正確にはキョンシーなのだが。

 芳香の戦闘における強みは「痛覚」がないことにあり、どんな攻撃を受けてもひるまず、さらに周囲の神霊を取り込むことによって体力を回復するというタフな相手であった。故に我慢の限界を超えイライラしだした霊夢が夢符「封魔陣」で芳香を吹き飛ばし、そこに魔理沙が恋符「マスタースパーク」を打ち込みさらに吹き飛ばすというコンボ技を出した。芳香はろくな防御態勢も取れずにもろに直撃を喰らい、墓場に頭から落下した。あれはきっと、ゾンビである芳香でなければ死んでいただろう。てかゾンビだと分かっていても「あ…芳香死んだなあれ…」って思ってしまっている自分がいた。

四人はそのまま先に進んでいったのだが、俺はあんなド派手な吹き飛び方をした芳香をほおっておくわけにはいかず、介抱に努めた。これが俺と芳香の出会いだった。

 異変の後も少しではあるが交流があったりした。特に大きかったのは、芳香に自我を与えたことか。異変時の芳香は脳が動いていなかった。故に頭に張られたお札に書かれている「やることリスト」にのっとった行動をするだけの存在だった。それは原作設定通りの事であった。それを残念に思った俺が、青蛾さんに「自我を何とかして与えられないか」と頼み込んでみたわけだ。幸いにも自我を与える何かしらの方法があったらしく、またなぜか青蛾さんも乗り気だったため、実行されたのであった。それのおかげで 芳香は青蛾の命令なしでも行動できるようになったわけだ。まぁ失礼な話、昔の死体の為、思考回路は若干低スペックとなっている。まぁ可愛いからOKだね。詳しい話はおいおい。

 

 さて、芳香の話をしたのだから、青蛾さんについても話すのが筋ってものだと思う。

 だが……青蛾さんに関しては、話したくない…というか話しにくい。なぜなら…その…なんだ、青蛾さんは東方の登場人物の中で、俺が唯一手を上げた人だからである。今となってはお互いに反省し、謝罪し、和解をしているが……だが、今も俺の心の片隅に闇を巣食っている。仕方がないことだと思っているし、あの俺の行為が間違ったものではなく、必要な行為であるという考え方は今でも変わらない。だとしても、俺としてもショックな出来事だった。だから…青蛾さんに対して俺は、引け目を感じているのだ。青蛾さんの顔を見ていると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。だが、なぜか青蛾さんは俺のことを嫌わず、むしろ積極的に接してきてくれた。気にしないことにしたのか、忘れたのかどうかはわからないが。

 俺は、そんな青蛾さんに感謝の気持ちをもっている。だが…どう接したらいいかわかっていないのも正直なところだ。

 俺もいつか、あの出来事を乗り越えなければいけない時が来るのだろうな……

 

 

 

 

 

 さて、懐古という名の現実逃避はこれくらいにして、リアルを認識しようか。

青蛾さんからの無茶苦茶な提案があった翌朝。何かに揺らされる感覚で俺の意識は覚醒した。……なんだ?

 

「…ら…………ろー」

 

 なんか声が聞こえてくる。それと共に揺らされる感覚も強くなってきた。うーむ、まだ眠いんだが、そろそろ目を覚まさなければいけないようだ。

 

「しら……お…ろー」

 

 俺はゆっくりと目を開く。日の光が入り込み、眩しさを感じるとともにある違和感に気づく。いつも見る天井が視界に入ってこない。別に寝返りを打ってたりするわけではないのだが……

 

「おー、白滝やっと起きたかー」

 

「……芳香?」

 

「おーっ。おはよーだぞ、白滝」

 

「…ん、おはよう」

 

 眩しさにも慣れ、目のピントもしっかりあってきて、初めて俺の目の前に芳香の顔があることに気づいた。おはようと言ってくれたその頭を撫でてやると、芳香は嬉しそうに「えへへ」と笑う。うん、久しぶりに会ったけど可愛さは健在か。

……だが気づくことと理解することは別であって……俺は状況がつかめないでいた。

 

「えっと、芳香?」

 

「おー?」

 

 芳香が首を少し傾げる。うん、それはすごくかわいいんだけどね?

 横を見て、俺のそばで芳香が膝立ちをしているのに気付いた。あ、芳香膝は曲げれるんだね。でも膝立ちってことはそれ以上……つまり90度以上は曲げれないのか。ま、それはいいとして。

 

「どうしてここに?」

 

 俺は体を起こしながら、一番の疑問であることを聞く。うん、まぁいろいろ聞きたいことはあるんだけどね。

 質問を聞くと芳香は、「おー」といつものように声を上げてこたえる。

 

「せーがに連れてきてもらったんだぞー」

 

「青蛾さんに? ってことは、一週間俺が芳香を預かるって話も?」

 

「おー。聞いてるぞー。体を柔らかくしてくれるんだよなー?」

 

 芳香はそう答えて、俺に笑顔を見せてくれる。……芳香が笑顔を見せてくれるようになった、というより表情が豊かになったのは自我を与えてからのことらしい。それまでは笑わない……無表情だったそうだ。それを考えると、こんなかわいい笑顔ができるようになったのはいい変化なのだろうな。

 しかし……うん、頭が回転してきたのか、ようやく理解できて来たぞ。

 きっと、青蛾さんの言っていた一週間ってのはもう始まっているのだろう。あの青蛾さんのことだ、俺が了承するかどうかなんて関係ないことだったんだろう。まぁ正直昨日、用件だけを述べて帰って行った姿を見た時から、そんな予感はしてたんだ! うん!

 

 でもまさか…朝から芳香を送りこんでくるとは。まったく青蛾さんはもう……幸せな起き方ができました。本当にありがとうございます。

 

 さて、では俺の予想が正しいと仮定すると、青蛾さんはもういないのだろうな。一応確認してみるか。

 

「芳香、青蛾さんは?」

 

「おー? せーがならもういないぞー? すっごく大事な用事があるらしい」

 

「…大事な用か」

 

 ふむ…なんだろうな? もしかして一週間俺に預けるのは、体を柔らかくするのは建前であって、その用事とやらで手が離せないからか? いやでも青蛾さんならどんな用事でも青蛾を連れていきそうだけどな……うーむ、よくわからん。

 

 俺の考えていることを知ってか知らずか、芳香は「おー」といいながら俺にすり寄ってくる。理由はわかんないけど……なんかすごくかわいい。抱きしめたくなってしまうなこれ。

 ……うん、こうなると曲がらないまっすぐの腕って邪魔になるな。うーん……まぁ今そんなことを考えても仕方ないんだけどね。

 俺はすり寄る芳香を頭を撫でて制しながら、立ち上がり布団を片付ける。

 さて、今日から芳香が一緒ということは、ご飯も二人分作らなくちゃいかんわけだな。OK、頑張らせていただこう。

 

「じゃ、そろそろご飯にしようか」

 

「おー! 朝ごはん! 白滝がつくるのかー?」

 

「うん。いつも自分で作ってるからね。あー……口に合わなかったらごめんな」

 

「おー? 白滝が作ってくれるんだから、口に合わないわけないぞー」

 

「どういう理屈だ」

 

「それに、料理は気持ちだって、せーがが言ってたからなー」

 

「青蛾さん……いいこと教えるなあの人」

 

 今その言葉を使うのは若干タイミング違うけど……でも芳香が俺に気を使ってくれた言葉だ。ありがたく受け取っておこう。

 俺は芳香を囲炉裏に座らせ……ることは膝が90度以上曲がらないので不可能だから、背もたれつきの椅子をを用意して座ってもらって、俺は朝食を作り始めた。…座り慣れてるってことで萃香に作ってもらっていたものがここで役に立つとは。きっと芳香の体の硬さは股関節も90度には曲げれないんだろうな、と思ったが案の定で、芳香はもたれるように座っている。行儀が悪いんじゃなくてこうでしか座れないのだ。だがそんなこと気にもしないように芳香は笑顔のまま楽しそうに椅子に座っている。今日何個目の可愛いと思う行動であろうか。さすがよしかわいい。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして俺と芳香の生活は始まったわけだ。正直な、正直めちゃくちゃ楽しみだった。だって芳香っていう超かわいい女の子と一週間二人っきりの生活だぜ!? 楽しみにしない男がいるかよってんだ! すげぇ幸せだよほんとに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんて思っていた時期が私にもありました。

 いや楽しいよ? 楽しいし幸せだよ? それは事実だし、嘘偽りないんだけど……

 

 腕が曲がらない。足が曲がらない。関節が異常に硬い。

俺は今日一日で、このことは実生活に致命的な障害を与えることなのだということを改めて思い知らされた。もうね……ほんとやばい。舐めてた。俺体が硬いってこと舐めてたわ。

 

 まず食事。

 腕が曲がらないのだから自ら食べることは不可能である。つまりすべての食事を「はい、あーん」で食べさせなければいけないんだ。

 いや、勘違いしてほしくないのは「はい、あーん」という行為はすごく幸せを感じられるものであったということだ。芳香すごくおいしそうに食べてくれるしね。食べさせがいがあったというと日本語がおかしい気もするが事実そうであった。

でもね……限度があるねあれ。すべてを「はい、あーん」するのはほんとに時間かかるし、腕めっちゃ疲れた。

 でも芳香、「はい、あーん」されるのに対して日常のことかのようにやってたから、もしかしたら毎日食事のとき、青蛾さん「はい、あーん」してるのかな…。そうだとしたらあの人相当すごいぞこれ。

 話変わるけど、芳香って味覚あるのかな? 痛覚はないからもしかしたら……と思ったけどまぁ細かいことは気にしないでおこう。

 

 次に問題になったのは身支度だな。

 腕が曲がらないから顔が洗えない。自力では口もゆすげない。顔は絞ったタオルで拭いてやって、コップに水を汲み口元まで運んで何とかした。

 服は最初から着ていたから問題にならなかったが、これから寝間着とかに着替えるとしたら……おっ俺が着替えさせなきゃいかんのだろうな。まぁそれはそれで…って邪な感情はないぞ! 絶対! 多分! 言い切れないけど!

 

 

 さてここではこの二つを挙げたが、問題はまだまだあり、体の硬さの不便さを痛感した。

 畑仕事はできないし、薪を割ることもできないわけではないが難しい。また膝も90度以上曲がらないし、股関節もちゃんと動くわけじゃないから歩くのがぎこちない。これでは遠出などしようものなら、俺が心配で心配で仕方なくなってしまうだろう。いつバランス崩して倒れてもおかしくないと言っても大げさではないからなあれ。きっと芳香にとっては人里に行くのでさえ非常に遠出となってしまうのだろう。

 

 

 そして一日目の夜現在。なんだかんだ言ったが、芳香と二人で過ごす時間はとても楽しくて幸せで、でも大変で、あっという間に時間は過ぎていったのだった。

夕食を「はい、あーん」ですべて済ませた後、後片付けを終えてふと芳香の方に目をやると、芳香はうつらうつらと舟をこいでいた。

 

「芳香、眠いのか?」

 

「おー……そんなこと…ないぞー……?」

 

 そうはいっても芳香。誰がどう見ても眠そうに見えるぞそれ。

 だがそんな様子がとてもかわいくて俺は自然と微笑むを浮かべてしまう。

 

「無理しなくていいんだよ? 布団はもう敷いてあるから」

 

「おー……」

 

 そう呟いて芳香はゆっくりと立ち上がり、布団へぽてぽてと歩き出し、布団へ到達したかと思ったら、おもむろに布団に倒れこんだ。

 

「いいっ!?」

 

「……おー…?」

 

「いやっ、ちょっと驚いただけだ。……そっか、そうするしかないもんな」

 

 体が異常に硬いんだ。仕方のない行為なんだろうな。痛覚を感じないが故にできる行動だな。真似は出来ん。

 風呂はどうしようか、と思ったが、芳香のあの様子じゃ睡眠を優先させた方がいい。それに今日の経験から言って、風呂も俺が付き添わなければいけない可能性が非常に高い。それにはまだ…心の準備が足りない。きっと理性が崩壊してしまうだろうことが容易に予想できる。手足の動かない(体が硬い的な意味で)女の子を風呂場で襲うとか、最低すぎる。まぁ取っ組み合いになったら芳香が相手でも負ける自信があるけど。

 てか今気がついたけど、芳香のにおいっていい香りなんだよね。ゲスイ意味じゃないよ? ほら芳香ってさ、曲がりなりにもゾンビでキョンシーなわけじゃんか。失礼だとはわかっているんだけど……腐乱臭がすごいんじゃないかと最初思ったわけだよ。きっとこれは、某怪獣の鳴き声みたいな名前の絵師さんの影響が大きいんだろうけど。賛否両論あるけど俺はそこまで嫌いじゃないよあの人の絵。まぁ絵師さんの話は置いといて。

 驚くことに芳香は全然腐乱臭とかしなかったんだよね。死体なのに。ちょっと驚いたわけだけど、でもよくよく考えてみたら、あの青蛾さんの性格からして、においがひどいような存在を自分のそばに置いとくわけはないよね。つまり青蛾さんの妖術か何かのおかげなんだろう。考えてみれば当たり前のことであった。

 

 

 

 さて、芳香が入らないなら普通に俺が一番風呂をもらうとしよう。

 俺は寝間着をもって、風呂場へと歩いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂上り。俺はすぅすぅと可愛い寝息を立てている芳香の寝顔を傍で見守りながら、ある一つの決意を固めていた。

 

「俺は心を鬼にしよう、芳香」

 

 ほっぺたをつまむと、むにっとする柔らかい感触が手に伝わり、芳香という存在がゾンビではあるが、生きていることを改めて実感する。さらには今の芳香には今までなかった「確立した自我」がある。それを考えると……だからこそ、このままではいけない、そう思った。このまま体が硬いままという状況はダメだと思った。

 

「この一週間…正確には六日間だけど、その間で絶対に体を柔らかくしてやる」

 

 俺は芳香の髪を分けるように頭を撫でる。綺麗な顔してるだろ? これキョンシーなんだぜ?

 まぁ、そんな決意を固めても、正直言ってそんなの無理に決まってる。人間の体が、特に芳香のすばらしく硬い体が一週間程度で柔らかくなるのはまず不可能と言っても過言ではないだろうと思う。

 でもそうじゃない。そんなことは関係ない。要は気持ちの問題なんだよ。最初から「こんなの無理だ、やわらかくなりっこないよ」なんてあきらめてたら体が柔らかくなるなんてなおさら無理だ。そう第一歩だよ。この一週間が、「行け! 目指せ! 芳香の体やわらかロード」の第一歩になればいい。これからも時間をかけていこうじゃないか。

 

「一緒に頑張ろうな、芳香」

 

 俺はもう一度芳香の頭をなでる。それに反応して「ん…」と身じろぎをする芳香。何とも可愛らしい。このままこのかわいい生物を眺めていたいが、そうもいかない。俺もそろそろ寝なくてな。

 俺は膝を立て、立ち上がろうとした。……でも、

 

「おー……しら…たきぃ…」

 

 そんな可愛くうれしい寝言と、俺の服の端をきゅっと握っている芳香の手によってそれは阻まれてしまった。いやもう…俺を萌え殺す気ですか芳香さん? 

 俺は自分で気持ち悪いと思いながらもニヤケに近い微笑みを浮かべて、芳香の頭をもう一度撫でた。

 

 ……明日からは厳しくいくんだ。

 だから……今日くらい……今日くらいは、甘々で幸せなものを享受してもいいよな…?

 

 俺は芳香の隣に寝転ぶ。俺の服をつかむ芳香の手を除けないようにな。うーん、横を見ればすぐ芳香の可愛い顔がある。なんと幸せなことか!

 ……あー、これ駄目だ。享受するとか言っておきながら今日の疲れが結構来てるみたいだ。眠い! これは眠いぞ! ぐぬぬ…もっと芳香の寝顔を堪能したいのにっ。情けねぇぜ。

 まぁ…明日からが本番なわけだし、素直に寝るか。

 

「おやすみ、芳香」

 

 俺は芳香の寝顔を見ながらそう呟き、そしてゆっくりと目を閉じた。うーむ。やはり眠いんだな俺。もう意識が飛びそうになっているのを感じる。

 

「しらた…き……んにゅ……」

 

 ぎりぎりの意識の中でそんな言葉を耳にした。さっきもそうだったが、もしかしたら俺の夢を見ているのだろうか? ……そうだったら、うれしい限りだな。

 

「俺も……芳香の夢が、見れたらいいな……」

 

 そんなことをふと考えて、俺の意識はまどろみの中へと消えていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。朝食を「はい、あーん」で済ませた後、俺は芳香に昨日考えたことを伝える。

 

「それでは! 今日より、芳香の体を柔らかくする訓練を開始しよう!」

 

 俺は握り拳を作りそう強く宣言した。幸せは昨日満喫した。十分…とは言えないが、それでも満喫はしたのさ。

 俺の様子に感化されたのか芳香もいつもより元気な声を上げる。

 

「おー! なんかやる気がみなぎってるなー」

 

「ああ! 体が柔らかくなればもっといろんなことができるようになる。それは素晴らしいことだ!」

 

「おー! 素ばらしいことだ―!」

 

 芳香が俺のテンションに同調して嬉しそうにニコニコと笑う。いいぞいいぞ、この流れいいぞ! ええぞ!ええぞ! ベーコンええぞ!

 そうだな……ここで一つ芳香に聞いてみようか。

 

「芳香、体が柔らかくなったらどんなことがしたい?」

 

「おー! やりたいこといっぱいあるぞー!」

 

「おおっ」

 

 やはり芳香も芳香なりにこの体の硬さを気にしていたようだ。正直昨日の様子から行くとさして気にしていない様子に見えたからな。もしかしたら、慣れてしまっているだけなのかもしれない。でも体が柔らかくなった暁に、芳香がしたいことがあるなら、それを叶えてやりたい。

 俺はさらに聞くことにする。

 

「例えばどんなことをしたいんだ?」

 

「おー! せーがや白滝を抱きしめてやりたいぞ!」

 

「おおぅっ!? 予想してない言葉だった!?」

 

 お兄さんびっくりだ! だが芳香はいつものように笑っていて、冗談で言っているようには見えない。俺はもっと…あれだ。「ご飯を自力で食べたい」とか「一人で着替えたい」とか、そういうのかと思った。

 

「そりゃまたどうしてだ?」

 

 俺は素直に聞くことにした。芳香は依然として明るい雰囲気のまま答える。

 

「だってせーが、よく私のこと抱きしめてくるんだ―。せーがすっごくあたたかいんだぞー? ……でも私は、それを返してやれないからなー…」

 

 そう言って芳香は、少し暗い顔を浮かべる。

 ……先ほども言ったが、芳香は芳香らしく、自分の体質のことを恨めしく思っていたということか。だが……失礼なことを言うようだが、そう思ってくれているのならやり易い。少しでも、自分のこの体を何とかしたいと考えているのならば、俺が行動を起こしやすいわけだ。芳香が乗り気でないのに俺が頑張ったって、その頑張りが無駄になるし、なにより芳香にとってはいい迷惑だ。だから、芳香のその思いが俺にはうれしかった。

 

 ってあれ?

 

「芳香。俺は芳香を抱きしめたことないぞ? なんで俺もなんだ?」

 

「それはだなー。それはー……それは……あー…うー…」

 

 何故か芳香は口ごもった。いつもの芳香はどんなことでもなんでもなさそうに答えるから、こうやって口ごもるのは珍しいことだった。何か口にしずらいことでもあるのだろうか。

 ……まさか、さっきの発言は俺に気を使ったとか? いや、芳香がそこまで考えてるとは思えないし……あ、今失礼なこと言ったな、ごめん芳香。でも、事実芳香だったらそんなことに気を使うような質じゃない。逆に照れ隠しとも考えられるが…そっちの方がもっと無いか。ま、気にしても仕方ないか。

 今だ「あー、うー」と悩んでいる芳香に俺は「もう考えなくてもいいよ」と声をかけて頭をぽんぽんとなでる。少し驚いたような様子を見せたが、すぐいつものように笑ってくれた。

 

 雰囲気がいい今の内だな。さっそく始めるとしよう。

 

「ではやっていこうか、芳香」

 

「おー! それで、何をするんだー?」

 

 首をかしげる芳香に俺は自信のこもった笑みを返す。そして、

 

「体を柔らかくするには、ストレッチに限る!!」

 

 そう拳を握りしめ言い放つのであった。

 だが大げさでもなんでもなく、本当にそうだと俺は思っている。なぜそこまで確信をもって言えるのかというと、実は俺も周りの人たちからすると体の硬い人間で、ストレッチを根気よくしたおかげで常人よりも柔らかくなったという経験を持っているからだ。体が硬かった当時の俺は体力測定などの時の長座体前屈測定で、低い数値を友達にからかわれるのが嫌だった。懐かしいな……がんばったなぁあの時代の俺。

 そんな俺の経験もあったし、何よりそれ以外いい方法が思いつかないんだよなぁ。知識不足なだけかもしれないけど。あぁそうそう、お酢を摂取すればいいっての迷信らしいね。体にいいことは事実なんだけどさ、体を柔らかくすることに科学的根拠はないらしいよ。

 

 さて、俺のそんな宣言を受けた芳香だったが、「おー!」と感嘆の声を漏らしたかと思えば、すぐ思案顔になる。

 

「そのすとれっちってのは、どうすればいいんだー?」

 

 おお、そうか。この世界にはストレッチという言葉が存在していない可能性があるな。さらに相手が芳香であるなら尚更だ。ふむ…口頭で説明するのは難しいな。

 

「よし。実践を通してそれを教えよう」

 

 ……といったものの、まず芳香の体がどれほど硬く、逆にどれほどなら動くのかをしっかり把握しておかなければならない。

 

「ストレッチの前に、芳香の体がどれくらいなら動くのか見てみていいか?」

 

「おー、どんとこいー」

 

 何故か芳香は胸をふんすっと張った。うん可愛いけど、なんか違う気がするよ?

 さて、では始めようか。俺は腕まくりをして、まず芳香の右ひじと右肩を優しくつかんだ。

 うう……芳香ってやっぱりやわらかいんだな…女の子独特のやわらかさを感じでドキドキしてしまう。

 

「いっ、痛かったら言ってな」

 

「おー」

 

 芳香には痛覚がないことを知っていながらつい戸惑って、そんなことを聞いてしまった。いや気を使うことはいいことなんだけどね。まぁいい、落ち着け。別にいかがわしいことをしているわけじゃないんだから。

 俺はゆっくりと芳香の腕を動かしていき、どこまでが可動範囲なのかを確認する。

 ……ふむふむ。

 

「大体の方向に、45度づつ動かせるって感じか」

 

 まっすぐに伸びた腕を0と考えると、↑↓→、それぞれに45度くらい動くみたいだ。内側というより左側には…ほとんど動かなかったけど。

 

「ふむ…左手も同じ感じか」

 

 右手から左手に移り、そちらも調べてみるが結果は同じ。ふむ……。

 よし、次は股関節を調べようか。

 

「芳香、立ってくれるか? たったら次はそのまま足を動かさず、上半身を前に倒していってくれ」

 

 と、こんな感じで可動域を調べた結果、このような結果になった。

 

 

 

 

 肩→全方位45度ずつ。

 肘→全く曲がらず。

 手首→常人より少し硬いレベル。

 前屈姿勢の股関節→直立姿勢を0と考えて、60度くらい。

 膝→90度。

 股開きの股関節→両足を開いて行って50度くらい。

 

 

 

 

 という結果になった。ふむ、硬いには硬いが、絶望的ではないことが判明した。もっとマジで石みたいに硬いかと思っていたからか、逆に柔らかくて感嘆の感情が出たくらいだ。でもよくよく考えて、常人と比較するととんでもなく硬いんだよな。でも…これくらいだったらいけるんじゃないか? そんな気がしてきた。 

 

「よーし、じゃ本格的に始めていくぞ」

 

「おー!」

 

 芳香が笑顔で俺の言葉に応答をくれる。やっぱり素直でいい子だな、芳香は。そんな芳香だからこそ何とかしたいと思うのだ。

 

「それじゃまず、この6日間どういう風に芳香の体を柔らかくしていくか話すぞ」

 

 俺のその言葉に芳香は首をかしげる。

 

「おー? そのストレッチとか言ううんどうをするんじゃないのか?」

 

「体を柔らかくするには、ただ闇雲にストレッチ…柔軟体操だな、それをすればいいというわけじゃないんだ」

 

「そーなのかー。じゃあどうするんだー?」

 

「うん、まずはお風呂に入ってもらう。ストレッチはそれからなんだな」

 

「お風呂?」

 

 俺の言葉に芳香はさらに首をかしげてしまう。まぁそう言う事に全然知識がない人は、体を柔らかくする=お風呂にはいる、ってのは理解できないかもね。でもこれは体をストレッチで柔らかくするためにはとても必要なことなんだ。

 

「お風呂に入って体を温めるんだ。そうすることによって筋肉が柔らかくなって伸びやすくなる」

 

「おー」

 

 俺の説明に芳香はわかったようなわからないようなそんな声を出す。まぁそれも無理はないか。現代医学のないこの世界で、理解しずらい話であることは確かなんだからな。

 だがまぁここで話をやめても埒が明かなくなるので、そのまま話をする。

 

「そして、筋肉が柔らかくなった状態でストレッチをするわけだ。そうすると、筋肉が硬いままやるストレッチよりも何倍も効果があるんだ。それに筋肉を傷める心配もない。まさに一石二鳥だな」

 

「おー! 一石二ちょう!」

 

 芳香もそのすごさがわかったのかテンション高めに声を上げる。うんうん、この方法はすごいんだから。……正直言うと、ジョギングとかして体を温める方が、筋肉のほぐれやすさが違って良いんだが…芳香では無理があるな、うん。だから俺はこのお風呂方法を推すわけだ。ま、ここまで偉そうに語ったが俺はプロではないので詳しい原理は知らないし、もしかしたらもっといい方法もあるかもしれないね。

 ちなみにストレッチには、特にこれがいい! というものはない。いろんなストレッチ方法があるが、どれも効果の個人差などがある。絶対的に正しいと言われるものは存在しないわけだ。ま、そんなものあったら世の中ストレッチはそれだけになってるだろうしな。

 重要なことは無理して伸ばしすぎないこと。それで体傷めたり、筋肉を傷めたりしたら何の意味もない。

 ささ、説明はそれくらいにして、さっそく実践してみよう。

 

「実はもう、お風呂は沸かしている!」

 

「おー! お風呂かー!」

 

 ふふ、用意周到だろ俺? というかまぁここまでお風呂に入らないと意味無い的なこと説明しといてお風呂用意してないって逆に駄目だよね。口頭だけとかきつすぎるぜ。朝風呂になるが、まぁ細かいことは気にしちゃダメなんだぜ。

 ということで早速タオルとか用意して芳香にはお風呂にいってもらおう。

 

「それじゃ、芳香。芳香はお風呂に――」

 

「おー! じゃあ行くか―、白滝―」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

「……おー?」

 

「ん? どうしたの?」

 

 何故か芳香が風呂場にはいかず、俺の顔を見詰めたまま立ち止まる。どうしたんだ? お風呂の場所は昨日説明したからわかるはずだけど。

 

「白滝もいっしょに入るんだぞー」

 

「…へ?」

 

 ……今なんと? 俺が芳香と一緒に風呂に入れってのか!?

 

「マジで言ってんのか、芳香?」

 

「おー。だって私、一人でお風呂入ったことないぞー? せーががいつも私と入ってくれたからなー」

 

「あ……そっか」

 

 ここにきて、芳香は一人では日常生活を送れないことを俺は忘れていた。そっか、風呂も誰かが手伝ってやらねば入ることができないわけだ。そういえばそんなこと昨日考えてたな俺。忘れるとは情けない。

 

 正直、遠慮願いたいところだ。嫌ではない! むしろ男として役得でしかないんだが……役得過ぎて俺の理性が持つかがわからないんだ。

 だが、風呂にしっかり入らねば、これは意味がなくなってしまう。カラスの行水のようになってしまっては、筋肉が柔らかくならないままでストレッチをやらなければいけない。それはダメだぜおい。

 そうなると……もう答えは出たようなもんだな。俺は心を鬼にするんだ。これくらいのことで挫けてはいけないな。……腹をくくろう。

 

「白滝。いっしょにお風呂入って…くれないのか?」

 

「……わかったよ。わかったからそんな上目づかいで見ないでくれ」

 

 可愛すぎて俺の理性ががりがり削られていく。俺の了承を聞いて芳香は嬉しそうに「おー!」という。まったく……これは大変なことなった。

 

 頼むから俺の理性よ。どうか、どうか壊れないでくれよ。俺はまだ平和な幻想郷を過ごしたいんだ。青蛾さんに追いかけられる幻想郷なんていやだぜおいっ! 

 そう祈りながら、俺は風呂場への道を芳香と共に歩むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー…お風呂もあたたかいなー」

 

「そそそっか、それはよかった」

 

「お―? 何をふるえてるんだ?」

 

「いっいや、気にしないでくれ。……てか芳香、なにも一緒に入らなくても…」

 

「おー? でもせーがが、だれかといっしょのお風呂はこうして入るものだって言ってたぞー?」

 

「くそぉ! 青蛾さんめぇ! ここはありがとうと言っておこう!」

 

 芳香と風呂なう。まぁそのなんだ……着替えシーンは察してほしい。俺の戦いを察してほしい。必死に目をつぶり服のひもをほどいていく俺の戦いを察してほしい。特に……下着はやばかったね。いやほんとに、ほんとに、ほんとにやばかった。芳香があと半歩近かったら俺はもう確実に犯罪に走ってた。

 あとタオルは体に巻いてもらった。ほんとはお風呂のマナー違反なんだけどね、そんなこと言ってる場合じゃないね。

 今俺と芳香は一緒に浴槽につかっている。娘と父親が一緒に風呂に入ってる時によくある姿勢だな。今俺の目の前には芳香の綺麗な背中がある。くぅぅぅ、なんでキョンシーなのにこんなに綺麗かなこの子は。ほんとドキドキするぜ。

 まぁ俺のそんなぎりぎりの心を知らないであろう芳香は、何も言わずいきなり立ち上がる。なっなんだ!?

 

「白滝―! 体洗ってくれ体―!」

 

「うおおおっ!? わかった! わかったからこっちを振りむくな!」

 

 羞恥心がないのかこの子は! タオルを巻いてるからいいって話じゃないんだぞ! 特に今の俺の視線は低いんだからほんとぎりぎりのラインだよ!

 

 ということで、俺は芳香の体を洗うことに。目の前には風呂椅子に座る芳香の透き通るような肌がある。なんだか、フランと風呂に入った時のことを思い出しました。羞恥心があんまりなくって俺がどぎまぎしている今まさにあの時の心情そのままだよ。

 でも芳香の方がたちが悪い。なんといったって……体つきがもう…ね。特に芳香すごく大きいし……何が大きいのかは察してほしいけど。まぁフランはフランで犯罪臭がしたけど、こっちはこっちでもう……どこ触ればいいの俺?

 

「早く洗ってくれー」

 

「はいはい、今から洗うよー。痛く……はないだろうけど、なんかいやな感じがしたら言ってな?」

 

「おー」

 

 芳香の同意を得て、俺はタオルで芳香の体を洗い出す。背中、首筋、右腕、左腕、順々に洗う。それこそフランという前科があったことにより力加減もなんとなくわかるし洗い方も理解しているつもりだった。何より、心の準備の仕方を把握しているのは大きい。まぁ…本心のところは、早く終わらせて俺の理性を保たせようというところなんだがな。

 

「んっ…」

 

「おぉ、痛かったか?」

 

「おー、なんだか変な感じがした」

 

「…そっか、気を付けるよ」

 

 脇から脇の下を洗ったからかな。変な感覚があったのかもしれない。不快にはさせたくないから慎重にいかないとな。

 

 よし、後ろから見えるところは洗えたな。あとは…前なんだが……うん、この流れから行くと、前も洗わなきゃいけないんだな、きっと。

 仕方ない、覚悟を決めて洗うとするか。

 

「芳香、次は前洗うぞ」

 

「おー」

 

 芳香は恥ずかしげもなくそう声を出す。仕方ないとはいえ、こういう感情は欠落してるんだな。感情を育てることは難しいし、こればっかりは気長にやってくしかない。

 さてさて、前を洗うわけだけど、さすがに前に移動して洗うわけにはいかない。いろんなものが見えすぎる。やっぱり後ろから洗うのが無難だな。

 まずは一番安全なお腹周りから行こう。

 

「ぅん…」

 

「……」

 

 そういうちょっと色っぽい吐息はくのやめてくれません芳香さん? ただでさえドキドキして死にそうなのに。前に青蛾さんが「痛覚はないが触覚はある」って言ってたけどほんとみたいだ、って何俺は冷静に分析しちゃってんの!?

 俺は一回深呼吸してから次は足をあらう。

 

「んんっ……」

 

「……」

 

 だから芳香さぁん! 俺の理性をがりがり削らないでよぉ!

 

 よしっ洗い終えた。で次は……胸…なのか? 胸しかないのか!?

 

「えっと…芳香?」

 

「おー?」

 

「胸も…洗わないといけないか?」

 

「おー。せーがはいつも、ここはしっかり洗わないとって言ってるぞー?」

 

「もーあの人は!! 何考えてんの!!」

 

 そんなこと言われたらもう洗うしかないじゃんか! ちくせう!

 もうわかった、洗ってやんよ! あぁ洗ってやるとも! めっちゃ力入れずに、なぞるように洗おう。胸の柔らかさを感じてしまった時には……もう自分がわからない。

 それじゃ…上からなぞるように。

 

「ごくり…」

 

「おー?」

 

「いっいや、なんでもないぞうん!」

 

 生唾飲むとか変態か俺は!? いや否定はしないけどさ! この状況でそれは冗談にできない変態だぜ!?

 よっよし。では……覚悟を決めて、いざ!

 

「んっ…んぁ……」

 

「……」

 

「んんっ……んぅっ」

 

「……」

 

「やぁ……はっ…あんっ!」

 

「……」

 

「…? おー? どうした白滝―?」

 

 俺の動きがぴたりと止まる。そのことを不思議に思ったのか、芳香はそう問いかけてきた。

 いやね、芳香さん? なんかもうね? 今の気持ちを素直に吐かせてもらうとね?

 

「そういう…」

 

「おー?」

 

 

 

 

「そういう声出すのやめてえぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 そんなに俺の理性を虐めて何が楽しいんですかぁぁぁぁぁ!!

 てか狙ってんのかぁぁぁぁぁぁ!!

 

 俺の悲鳴に近い心の叫びが、風呂場いっぱいに響いたのであった。

ほんとにもう……堪忍してつかぁさい。

 

……もしかして、この艶めかしい声が聞きたいから、青蛾さんは「しっかり」洗わないと、って言ってるのか? ……いかん、きっとこれ以上の探求は身を滅ぼしかねん。

 

 

 

 

 

 

 

 なんとかなんとかお風呂イベントを終わらせた俺は、芳香にストレッチを施す。

 風呂から上がって初めて気付いたが、芳香の服って最初に着ていた服しかないんだな。これは……服を買いに行かねばなるまい。さすがにずっと同じ服はいかんだろうて。だが今日は仕方ないので、俺の予備のパーカーとズボンを着てもらうことにした。いつもの服との違いがありすぎて違和感があったようだがここは我慢してもらおう。しかし…パーカーという現代服を着ている芳香も……うん、いいな。

 ……そういえば、芳香、風呂入ってる時も頭のお札とらなかったね。水にぬれて大変なことになるんじゃないかと思うが……まぁ細かいことは気にしないさ。「芳香に芳香という存在意義を与えているのがこのお札」と青蛾さんが言っていたのを思い出す。それだけ大切なものなのだろう。

 

 やはりお風呂上りということもあってか、先ほど調べたよりも多少ではあるが曲がるようになっている。ここでストレッチをすれば効果が上がるってもんだ。

 大切なのは毎日続けること。あと一日数回はストレッチすることかな。毎回風呂に入れとは言わないが、体を温かくしておくことに越したことはない。軽く運動をしてからやるといいよ! でもそれは普通の人間の場合であって芳香はどうしようかな……

 そんなことを考えているうちにストレッチは終了。俺は芳香に留守番を任せて、昼飯の買い出しのついでに。芳香の服を人里に買いに行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ストレッチの様子? 特に面白いこともなかったから割愛だぜ? だってお前、俺がただストレッチの方法とその効果を教えるだけのシーンに何の面白味がある!? 特にドキドキすることもなかったしね! 唯一あったとしたら芳香の甘い香りが背中を押すたびにふわっと漂ってきたことくらいかな! 

 いや、うん、まぁ、芳香に触れているってだけですでにドキドキはしてるんだけどね。ほんとに芳香は……可愛いったらありゃしないぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目標をもって、それにがむしゃらに努力して突き進む、そんな時間はあっという間に過ぎていく。どんなことでもそれは当てはまるものだ。今回の場合は「芳香の体を柔らかくする」という目標であった。毎朝筋肉を傷めない程度に軽くストレッチをし、日中もなるべく体を動かすようにして、夜には風呂にゆっくり浸かってからのストレッチ。この流れを欠かすことなく丁寧にこなしていく日々。ある種の心地いい充実感を覚えていた。

 

 そして……

 

「綺麗だな、月」

 

「おー…」

 

 芳香と一緒に過ごしたこの一週間の、最終日の夜。風呂上がりのストレッチを終えたところで、なんだか感慨深くなってしまった俺は、芳香と共に縁側にて月を眺めていた。

 縁側は風が心地よく吹いていて、風呂上りの火照った体を心地よく冷やしてくれる。まぁ火照った理由は、風呂が直接的なものではなく、『芳香と一緒に』ってところが大きんだけどね……一週間続けたがやっぱり慣れないねこれ。てか女の子と風呂に入ることに慣れるって時点ですでにおかしいんだけどさ。

 ほんとに綺麗な月だった。満月では無かったが月の形がはっきり見えて、月の光が真っ直ぐに感じられる。俺には風流心がある! とは言えないけど、そんな俺でもこれが名月だってことが分かる。それほど、芳香と共に見るこの月は素晴らしく感じられるものだった。

まぁかくいう芳香は……

 

「むぐ……ぱくぱく…」

 

「はははっ。そんなにがっつかなくても、団子は逃げないよ」

 

「んぐ……おーっ」

 

 月には目もくれず、俺の隣で俺が月見用に用意した団子を食べていた。まさに花より団子というやつだ。

俺の忠告を聞いてはいるだろうが、芳香の団子を食べる手は止まることはない。まったく、こんなにも月が綺麗なのに団子に夢中とは。まぁそれも芳香らしくて、微笑ましい気持ちになるがな。

 ふと芳香の横顔を俺は見つめてみる。月明かりに照らされている芳香のその顔は一種の美しさを感じさせる。なんでだろうね。きっと芳香が芳香らしくそこに存在しているから美しいのかもしれない。つまり団子を食べているからこそ美しいと感じるのかもしれない。ははっ、なかなか面白いなそれは。

 

 この一週間を振り返ってみる。初日は、幸せ半分大変半分といった感じだった。当初俺としてはこの一週間芳香と仲良く楽しく甘々に生活するつもりだった。だが芳香の体の硬さは予想より日常生活に支障をきたすレベルで……ほっとけなくなってしまった。そこからはもう、体を柔らかくすることに一直線だ。

 そんな日々を思い返して、俺の心に湧き上がる一つの感情の存在に気づく。なんというかそれはこの幻想的は風景に不釣り合いな子供っぽい感情であった。

 俺は、美しく輝く月を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

 

「この一週間、楽しかったな……」

 

 その俺のつぶやきに呼応するかのように、一塵の風が吹いた。その風は強く、俺は咄嗟に顔を手で隠す。一瞬だけ、月が隠れた。

 風がやむ。俺はため息一つついてから、芳香に話しかけた。

 

「強い風だったな…。芳香、団子とか飛ばされてないか?」

 

 冗談交じりで言ったその言葉に、応答は帰ってこなかった。

 おかしい。団子を食べていたとしてもさっきまで返事はちゃんとしてくれたのに。

 

「芳香?」

 

 不思議に思った俺は問いかけながら、芳香の方を見る。

 

 芳香は、月を見ていた。

 

 いや、うん。なんか俺が意外に感じたような言い方したけど、その行為自身は別段不思議なことではない。芳香だって月を見たくなるかもしれないからな。問題は……まだ皿に団子が残っていることだ。芳香のことだから月を見るにしてもまず皿の団子を食べきってからじゃないか? いやそんなこと言ったら芳香に失礼かもだけどさ。

 俺がそんなことを悶々と考えていると、芳香がぽつりとつぶやいた。だが…

 

「全くこの子は……愛しの殿方と共に美しい月を見ているというのに、団子ばかりに気を取られて……これでは、青蛾殿に頼んだ意味がないではありませんか…」

 

 呟かれたのは、まるで「芳香ではない」そんな雰囲気をまとった言葉だった。

 いや言葉だけじゃない。今ここにいる芳香自体が、芳香じゃない気がする。んん? どういうことだ? 月の光に操られて俺の感覚が変になってしまっているのだろうか。俺はその彼女から目が離せないでいた。

 その、芳香であって芳香でない彼女は俺の視線に気づいたのか、月から目線を外し俺に合わせてくる。そして、にっこりとほほ笑んだ。

 

「こんばんは、白滝様。今宵の月は、いつもに増して美しいですね」

 

 ……違った。何もかもが違った。雰囲気、微笑み、言葉遣い。そのすべてが、俺の知る宮古芳香のそれとは違った。彼女は……芳香ではない?

 だが、もっと不思議なのは、「その言動が何故かしっくり来ること」だった。芳香は絶対にこんな言動はしないのに、何故か「していそう」とか「言ってそう」と思ってしまっている自分がいる。なんだこの感覚……

 そんな気持ちが表情に出たのか彼女は何かに気づいたような顔をした。それから「くすっ」と笑ってもう一度俺に目線を合わせる。

 

「驚かれているようですね。無理もありません。私とあなた様が言葉を交わすのは、初めてですから」

 

「どういうこと? お前は、芳香じゃないのか?」

 

「はい。私は宮古芳香という名ではありません。芳香という名は、後よりつけられた名前ですから」

 

 彼女はそう言ってふわっと笑った。その笑顔からは上品さが感じられる。失礼なことだが、普段の芳香からはなかなか感じられないものだ。

 彼女は芳香ではない。彼女自身がそう言った。では誰なんだ? さらに彼女は言った。芳香という名前は、後からつけられた名前だと。正直言ってますます意味が分からない。物の怪か幽霊が乗り移ったとでもいうのだろうか。いやそれだと、最初から俺の名前を知っているのはおかしい。もう少し会話をして考えてみるか? それとも直接聞くか? 俺は彼女の顔をもう一度見つめてみる。

 そして、ふと気づく。彼女から感じる違和感を。そして、その違和感の正体を。

 

 青蛾さんのお札が、芳香の頭に常にあるはずのお札が、そこにはなかった。

 

 咄嗟に俺は、東方求聞口授だったかに乗っていたある一文を思い出す。

 

 「墓地一面に広がる紅葉の絨毯の上で、呆然とした様子で歌を詠んでいる」

 

 それは、札を剥がした後の芳香の姿であると記録されていた。さらには、それは生前の行動原理であるとも。残念ながら記憶が曖昧で確証はないが。

 つまりだ。もしかしたら……今俺の目の前にいる彼女は……

 

「もしかしてお前は……いや、君は、生前の芳香なのか?」

 

 俺の言葉に、彼女は驚いた表情を浮かべる。俺の答えを予想していなかったのだろうか。でもそれも当たり前か。俺も東方の知識が無ければこの考えにはたどり着くことなんてできなかっただろう。

 彼女は俺に向かってそっと微笑む。

 

「どうやってその答えにたどり着いたかは分かりませんが…ご明察です。正確には『この体の生前の意識』といったほうが正しくはありますが」

 

 彼女は人差し指を立て俺に教えを説くように話す。うぅむ、いつもとのギャップが大きすぎてなぁ。でもなんだろう。やっぱりしっくり来るんだなこれが。……そうか、そりゃそうか。この体の生前の意識なんだから、実際にこういう言動をして生きてきたってことだ。なら…しっくりきても間違いではないわけだ。生前、この体が、この顔が実際に行ってきたことなのだから。なるほど、合点がいった。

 では次の疑問に移ることにしよう。

 

「じゃあ、君は、あのお札に封印されているってことなのか?」

 

 俺の問いかけに、またも彼女は驚きの表情を見せる。

 

「そこまでお気づきになっていらっしゃるのですか。思っていたよりも、聡明な方なのですね白滝様は」

 

「いやぁ、それほどでも」

 

 まぁ考えれば思いつくことだ。「芳香に芳香という存在意義を与えているのがこのお札」先ほども挙げたこ青蛾さんの言葉を考えれば大体の予想ができる。このお札が自我を与えている、ないしはこのお札が芳香の体の脳に何かしら作用して自我を与えていると考えれるからだ。もし後者なら、その何かしらの作用で生前の意識が蘇るという可能性も否定できない。だからこそ、俺はそう考えたのだ。

 俺は完ぺきな答えだと思っていたのだが、彼女は「ですが」と切り返す。

 

「半分正解半分不正解といったところでしょうか」

 

「なんとっ」

 

 封印されてるんじゃないのか? 彼女の反応から見るに、彼女の出現キーがお札であることは確定しているんだが。

 

「私の意識は封印されているのではなく、芳香の意識と共存しているのです」

 

「共存? ってことは……その体が宮古芳香の意識の時も、君の意識は覚醒しているってこと?」

 

「はい。正解です」

 

 彼女は拍手をして俺の答えを嬉しそうに受け取る。話口調で丁寧で上品な人かと思ったが、こういう可愛らしいところもあるんだな。

 ふむ、でもそうなると。

 

「あのお札は、芳香の意識と君の意識を交換させるためのものにすぎないわけか」

 

「そう言う事です。ですので、芳香の感じていることを、私も感じることができ、芳香の見ている世界を、私も見ることができます。共存しているが故に、共有もしているのです。だから……」

 

「だから…?」

 

 急に彼女が言いよどみ、うつむいてしまった。ここまで饒舌に説明をしてきた彼女がいきなりどうしたんだろうか。疑問に思った俺は素直に聞いてみた。

 少しの間が空いた後、彼女は顔を上げた。その顔には少しの朱が射していた。

 

「だから……私は、あなた様の事を、ずっと見ていたのですよ。白滝様」

 

 彼女は頬を赤らめながらそう言った。なんだか告白のようでどきっとするが、よく考えてみたら「あなたとは初対面ではありませんよ」ってことだよな? びっくりした!

 彼女の言葉に答えるように俺は頬笑みながら彼女に手を伸ばす。

 

「はははっ。ていうことは、君にとっては俺はよく見知った顔ってことだな。でも俺からしてみたら、君とは初対面なわけだ」

 

「えっ? ええ? いえ、あの…そういう意味じゃ…」

 

「改めて自己紹介させてくれ。俺の名前は白滝。よろしくな」

 

「あうぅ…白滝様絶対勘違いしてる……」

 

「?」

 

 んん? 俺は勘違いをしているのか? でもなにを? 

なんだかわからなかったが、最後には彼女も俺の手に自分の手を重ね、握手をしてくれたので深く考えないことにする。

 

「思ってはいましたが……これでは、芳香を含めあなた様を想う人がかわいそうです…」

 

「なにか言ったか?」

 

「いえ、なんでもありませんよ」

 

 そう言って彼女はため息をついた。……? やっぱり何かしたかのか俺?

 

 

 

 

 しばらく、無音の時が流れた。彼女は静かに月を見つめ、俺も同じように月を眺める。

 ……彼女が常に芳香の意識と共存していたせいであろうか。なんだか初対面に思えず、すぐさま仲良くなってしまった、そんな感じがする。証拠に、この無言の空気も居心地が悪いものではない。むしろ穏やかに感じる。初対面の相手だったら絶対にありえないことだろうて。

 

 静寂を破ったのは、彼女だった。

 

「この一週間、ありがとうございました」

 

 それは、突然のお礼だった。

 

「私の体の為に、芳香の為に、尽力してくださったこと本当に感謝しております」

 

 彼女はそう言って俺に対して頭を下げてきた。っておいおい。

 

「そんなっ、頭上げてくれ。お礼を言われるのはうれしいけど、頑張ったのは芳香自身なんだから。俺はそのお手伝いをしただけさ」

 

「それでも…」

 

「だから、お礼を言うんだったら芳香の意識にしてくれ。頑張ってくれてありがとうってな」

 

「…白滝様。……あぅっ」

 

俺はそう言って食い下がる彼女の頭を撫でる。中身は違うが外見は同じだ、撫で心地はいつもと同じで少し安心する。ってああっ!

 

「ごめんっ。いつもの調子で撫でちまった。……嫌じゃなかったか?」

 

「いつもの調子で、ですか。いったい何人の女性の頭を『いつもの』ように撫でてるんですか?」

 

「うぐっ」

 

 ジト目で言葉の痛いところを返された。咄嗟に出た言葉なんだけどな…。でも咄嗟ほど真実が現れるっていうし、間違いではないのかもしれない。でも俺そんなに撫でてないとおもうんだけどなぁ。

 俺のその釈然としないことに気づいたのか、彼女はため息をつく。

 

「別に撫でることが駄目なことと言ってるわけじゃないんですよ?」

 

「そうなの?」

 

「はい。私は、その相手の子の気持ちを分かってあげてください、と言いたいんです」

 

「ふむ…?」

 

 つまりどういうことだってばよ? 気持ちを分かってあげる、か。んと……つまり…

 

「嫌な人もいるだろうから、頭を撫でるのはやめておけってこと? でも俺狙って撫でてるわけじゃないしなぁ」

 

 そこまで俺が言ったところで、彼女が深いため息をついていることに気が付いた。

 

「そう言う事ではなくてですね……はぁこれは説明しても無駄そうですね。筋金入りですね…」

 

 そう言って彼女はさらにため息をつく。……全然理解が追い付いてない俺はどうしたらいいですか?

 不意に彼女が何かに気づいたような顔をした。それに間髪入れずに俺をまたもジト目で見てくる。

 

「なっなに?」

 

「……白滝様。どうして白滝様を抱きしめたいか理由を聞かれたときに、芳香が言いよどんだことを覚えていますか?」

 

「うっうん、覚えてるよ? 二日目の朝だったよね」

 

 覚えているとも。そういえばあれも最終的に理由わかんなかったな。やっぱり俺に気を使ったのかな……

 

「もしかして白滝様。芳香が言いよどんだのは、白滝様に気を使って名前を出しただけで理由はなかったから……とかだと思ってません?」

 

「ええっ! やっぱりそうなの!?」

 

 俺は驚愕の声を上げる。だがそれと同時に彼女も呆れた声を上げたのだ。

 

「やっぱりって……私にとっては、その発言がやっぱりですよぉ」

 

「……ええっと、つまり?」

 

「白滝様のその考えは、大っ不正解です!」

 

 めっちゃ力を込めて言われた。それも不正解に「大」が付いた。それはつまり全然合ってないってことか。

 

「芳香は、白滝様をただ抱きしめたかったんですよ」

 

 彼女は半分怒ったようにそう続けた。でも、そう…なのか?

 

「理由もなく抱きしめたくなるものなのか?」

 

「白滝様も頭を撫でるとき、狙って撫でてるんじゃないんですよね? それと同じです」

 

「あっ、そっか」

 

 彼女にそう言われて、俺は納得する。確かに俺も頭撫でたくなるのに具体的な理由や基準はないもんな。撫でたいから撫でる、それと同じってことか。

 

「芳香は、白滝様を抱きしめて、白滝様の温もりを、身近に感じたいんですよ」

 

 彼女は、優しい口調でそう言った。温もりを感じたい、か。初日の朝にすり寄って来たり、風呂もぴったりくっついて来たりしたのは、その感情の表れだったのだろうか。そう考えると、俺はその気持ちに全く気付いてやれずにいたんだな。男として情けない。情けない…が今回のことで勉強になった。

 

「ありがとうな、伝えてくれて。君が伝えてくれなかったら俺は勘違いしたままだったよ」

 

 俺は素直に彼女にそう伝える。その言葉を聞いた彼女は俺に笑顔を見せてくれた、が、すぐにまたジト目になってしまった。

 

「次からは、自力で気づいてあげてくださいよ?」

 

「はははっ、肝に銘じておくよ」

 

「よろしいです」

 

 そこまで言ってふと目が合った俺たちは、自然と笑いあっていた。心地いい風が吹き抜ける。まるで今の俺たちの心情を表しているかのようにあたたかな風だった。

 

「さて、伝えることも伝えましたし、白滝様と話すこともできました。私はお暇させていただきます」

 

 不意に彼女がそう言った。彼女は笑顔だったが、どこか寂しげに見えた。

 

「お暇…ってことは、芳香の意識と交代するのか?」

 

「そう言う事です」

 

「…もう少し話すことはできないのか?」

 

「すみません。今のこの体にとって私の意識は、宮古芳香の裏の意識。裏のものが出しゃばりすぎては表に影響が出てしまいますから」

 

「……そっか」

 

「そのお優しいお気持ちだけ、受け取っておきます。……そこにお札が落ちていますので拾っていただけますか?」

 

「ん? おお、そこに落ちていたのか」

 

 彼女の指さす方向を見ると、俺の足もとに芳香の頭にいつも貼ってあるお札が落ちていた。こんなに近くにあったのに全く気付かなかったぜ。俺はそれを拾い上げてほこりを払う。

 

「これを額に張ればいいのか?」

 

「はい。お願いできますか?」

 

「ああ」

 

 と、了承したものの、俺の中に一抹の寂しさがあった。

 

「また…」

 

「はい?」

 

「また、会えるよな?」

 

 俺は寂しさからそんなことを聞いてしまった。そんなの聞かなくても答えはわかっているのに。

 彼女は、俺のそんな寂しさを感じ取ったのか、温かい笑みを浮かべてくれた。

 

「はい。そのお札をお剥がしくだされば、いつでも」

 

「……ありがとう」

 

「白滝様。芳香の事、よろしくお願いしますね」

 

「ああ、任せとけ!」

 

 そして俺たちはまた笑いあった。この時がずっと続けばいいのに、なんて思っている自分もいるのが少し可笑しい。

 

「あ、ちなみに」

 

 彼女が思い出したように言った。

 

「私が意識の時、何故か芳香の意識と共有できないんですよね。逆はできているのに……だから、話が通じなくても驚かないでくださいね?」

 

 ふむ、そうなのか。彼女の意識はあくまでも裏だからだろうか。……わからないことは考えても仕方がない。素直に了承するとしよう。

 

「了解だ。じゃ、張るぞ」

 

「…はい」

 

「…また会おう。その時も今日みたいにゆっくり話をしようぜ」

 

「ふふっ、はい!」

 

俺はお札を彼女の額に近づける。やっぱり寂しいが、ここで止めるわけにもいかない。

 そして、張れるまであと少し、というところで、彼女の唇が動いた。

 

「私の気持ちにも、いつか気づいてくださいね」

 

 その言葉の真意を俺は聞きたかった。だがもう遅い、この腕の動きは止められない。

 俺は彼女の額に、お札を張ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女……いや芳香は意識が途切れたように俺に倒れこんできた。俺はそれを抱き留める。

 少しの間があって、「んっ…」と芳香が目を覚ました。

 

「おー? 白滝―? もしかして私、ねちゃってたのかー?」

 

「……うん、ちょっとだけね」

 

 …彼女の話通り、意識と意識がリンクできていないようだ。少し寂しいが仕方がない。

 

「さ、ちゃんと寝ようか。もう風も冷たくなってきたことだし」

 

「おー…」

 

 俺が立ち上がると芳香もつられて立ち上がり、布団まで移動しすぐさま寝転んだ。よほど眠かったらしい。

 芳香は目をとろんとさせたまま、俺の顔を見てくる。

 

「おー……おやすみだぞー、白滝―」

 

「うん。おやすみ、芳香。いい夢を」

 

 俺が芳香の頭を撫でてやると、芳香は目を閉じ、気づいたころには気持ちよさそうな寝息を立てていた。そのかわいらしさにふと笑みがこぼれる。

 さて、俺も寝るとしよう。明日は青蛾さんが来るんだ。寝不足で出迎えるわけにはいかないからな。

 今も光り輝き、俺達を照らしてくれている月に、俺は視線を移す。

 

「おやすみ。君も、いい夢見ろよ」

 

 俺はそう呟いて、自分の寝室へと移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうなったかしら? 白滝―?」

 

「おおうっ!? いきなり壁から生えないでください、青蛾さん!」

 

 芳香との二人っきり一週間生活が終わりを告げた翌朝。芳香と共に朝食を食べていると、いきなり俺の横の壁から青蛾さんの顔が生えてきた。正確には壁を通り抜けたんだが、どうにも生えたようにしか見えない。

 

「心臓に悪いんでやめてください」

 

「あらー、でも驚いたあなたの顔、とってもいい顔してたわよぉ?」

 

「ドSか!」

 

 俺のツッコみに「うふふ」と青蛾さんは笑う。あー、やっぱりこの人は苦手だ。前に話した後ろめたさもあるが、それよりも飄々としていてつかみどころがない。どう接したらいいかわからないんだよな。まぁ、そういうことはおのずとわかってくるだろう。

 

「それで本題だけど、芳香はどうなったかしら?」

 

 青蛾さんが少し真面目な顔になり訪ねてくる。そんな青蛾さんに俺は、

 

「実際に見てみればいいじゃないですか」

 

 そう答えた。すると青蛾さんは少しむっとした顔になる。

 

「もぉ、あなたから報告が聞きたいのに」

 

「話すよりも見てもらう方が手っ取り早いんですよ。ほらどうぞ」

 

「わかったわよー。それで、どれくらい柔らかくなったのかしら――って、えっ!?」

 

 青蛾さんが芳香を見た瞬間、驚きの声を上げ、顔には驚愕の表情が浮かぶ。あのいつも余裕そうで飄々とした青蛾さんらしくない反応だ。だが無理もない。今の芳香の姿は、芳香を知るものならば絶対にありえないと思うことだからだ。

 

「芳香が…芳香が……一人でご飯をたべてるっ!?」

 

 そう、芳香は一人でご飯を食べられるようになったのだ。芳香は主が迎えに来たというのにご飯にがっついているが、今の青蛾さんにとってはそんなこと些細なものであろう。

 ご飯を食べれるようになったということは、今まで全く曲がることがなかった肘が曲がるようになり、肩の可動域も増えたということ。最初に比べれは驚くべき進歩だ。

 

「どうしたのこれ!?」

 

 青蛾さんが驚きを隠せず俺に問いかけてきた。俺は素直に事情を話す。

 

「実は俺も驚いているんだ。最初は確かに硬かったんだけど、二日前当たりからいきなり柔らかくなったんだ。もしかしたら筋肉か骨盤で、何かきっかけが起こったのかもしれない」

 

「なるほど」

 

「だが…残念なことに大きな成果が出たのはこの、肘と肩だけなんだ。他は、見せるほどじゃない」

 

 そう、それだけが残念だった。他のところも肘のようになるんじゃないかという淡い期待があったのだが……そこまで甘い話はないということか。

 少し落胆を見せる俺に対し、芳香の主であるはずの青蛾がなぜかご機嫌だった。

 

「感謝するわ。それは本題じゃなかったから、あまり期待してなかったのよー」

 

「本題じゃない…? ってことは、やっぱりほかの大きな理由があったんですか?」

 

 やはり予想の通りだった。体を柔らかくするというのは、大義名分だったわけか。

 俺は問い詰める。だが青蛾さんはニコニコといつものように笑っている。

 

「それは乙女の秘密よ?」

 

「なんでここで乙女って単語が出てくるんですかっ」

 

「それも秘密」

 

「だーっ。結局何もわからず仕舞いじゃないか!」

 

 少々の間、俺と青蛾さんはわーわーと言い合っていた。言い合っていたというより、俺が一方的に問い詰めて、でも青蛾さんはのらりくらりとそれを受け流す。最終的にやっぱり青蛾さんの真意は分からず仕舞いで。俺と青蛾さんの言い合いを最後に止めたのは、

 

「おー! 白滝おかわりー!」

 

 茶碗を俺に突き出す、芳香の屈託のない笑顔だった。

 そんな全く空気の読めない、でも可愛らしく純粋で、芳香らしいその行動に、俺と青蛾さんは、つい吹き出して笑ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一週間、芳香がお世話になったわ。お礼は、あなたがまた仙界に訪れた時にでも」

 

 青蛾さんと芳香が帰る時が来た。俺は玄関先で二人を見送っている。

 

「分かりました、近いうちで行きます。まぁお礼はいらないですけどね」

 

「芳香とイチャイチャできたからぁ?」

 

「なんでそんな言い方……まぁ、正解ですけど」

 

「おー! いっしゅうかんたのしかったぞー!」

 

「ありがとう芳香。芳香のおかげで心が癒されるよ」

 

「あら、その言い方だと私があなたを疲れさせてるみたいじゃない」

 

「……自分の胸に聞いてみてくださいよ」

 

「もー白滝ったら。いくら私の胸が大きいからって朝からそんな……」

 

「関係ないよ! なんでそんな方向になっちゃうのさ!」

 

 そりゃ確かに青蛾さんの胸はすっごく魅力的だけど! ってこれじゃまるで俺が変態みたいじゃないかぁ! こんな変な流れになったのも青蛾ってやつの仕業なんだ。なんだって! それは本当かい!?

 まったく……感動的な別れのシーンになるかと思ったのに。青蛾さんが絡むといつもこうなってしまう。まぁ……言うほど嫌いではないけどな。

 

「それじゃあね、白滝」

 

 青蛾さんはくるりと踵を返し、俺に手を振りながら歩いていく。あの人は寂しさなんか感じてないんだろうねきっと。ま、感じる道理はないんだけどな、俺が仙界に行けばいいだけど話だし。

 青蛾さんがさっさと歩いていく中、芳香だけはなぜかうつむいてその場で立ち止まっていた。

 

「芳香?」

 

「おー……。白滝」

 

「ん? っておわっ!?」

 

 うつむいていた芳香が顔上げたと思ったその瞬間、おもむろに芳香は俺に抱き付いてきた。

 

「どっ、どうしたんだ?」

 

 いきなりのこと過ぎて若干声が震えてしまった。かー、情けないねぇ。俺としたことがこの程度のことでドギマギしてしまうなんてっ。……嘘ですこの程度なんかじゃないです。すごくドキドキします。

 そんな俺とは対照的に、

 

「抱きしめたかった」

 

「…え?」

 

「白滝を、抱きしめたかったんだー」

 

 俺を抱きしめる芳香の声は、いつも通りの、芳香らしい芳香の声だった。

 

 

 

 

 ふと、彼女の姿が思い出された。

あぁ…なるほど。君が言ってたのはこう言う事だったんだな。

 

 

 

 

それに気づいた俺は、芳香を抱きしめ返すことにした。最初芳香は体をびくんとさせ「おー?」と声を上げていたが、受け入れてくれたのか「えへへ」と笑みを浮かべてくれた。

 

「……温かいな、芳香」

 

「おー、白滝もあたたかいぞー」

 

「それはよかった」

 

 しばしの間、お互いの温かさを共有しあう。なんだかとても幸せな時間だった。

 だがその時間も永遠ってわけじゃない。芳香がついてきていないことに気づいた青蛾さんによって、芳香は連れていかれてしまったのだ。いや元々あっちが家なわけだし、その言い方はおかしいか。でももっと温かさを感じていたかった気も……ぐぬぬ。ま、そう寂しがっても仕方がない。きっとそういう時間は、永遠でなく儚きものだからこそ美しく、大切にしたいと思えるのかもしれない。

 

 二人の背中を見えなくなるまで見送った後、一つ息をつく。

 

「じゃあな、青蛾さん、芳香。それに……」

 

 ふと、空を見上げる。雲一つない晴れ間で、太陽の光がまぶしい。この光は、昨日の夜に感じた、あの美しくだが心地の良い光を思い出させ、あの笑顔を思い出させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今夜も、月は綺麗だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お疲れさまでした! そして読んでくださってありがとうございます!

さあさあどうでしたでしょうか、芳香編!
まぁ芳香編というより芳香の体のもう一つの人格編といった感じになってしまいましたが……「これじゃない」と思ってしまった方、申し訳ないです。

芳香の生前設定はまるっきり僕の考えたものです。故に穴とかあるだろうね、仕方ないね。
このミスは見逃せねぇよ、というのがありましたらご一報ください。

しかし芳香可愛い。
そういえば、芳香の頭が低スペックを表すやり方として、所々漢字がひらがなになってます。ミスではないのでご安心ください(笑)
あとあれには法則性がありまして、10画以上は漢字表記できないという風になってます。
それを言うと白滝の「滝」は10画以上なんですが、さすがに主人公の名前までひらがなだと読みずらいと思った結果です。

あと諸注意を。神霊廟の異変は起きる予定ではありますが、自分がここに書いたように進むとは限りません。あくまで特別号のIFストーリーであることをお忘れなく。

感想、誤字脱字指摘待ってます。皆様の感想が! 僕のエネルギーとなる!

次は本編。白滝が永遠亭に向かいます。さてさて、あの人たちに白滝はどう対応するんでしょうかねぇ(ゲス顔)
なんとか近いうちに投稿しようかと思います。
お楽しみに!

では次回お会いしましょう、グッバイ!

PS,マイクラ実況Part3が投稿されました。よかったらぜひ。
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