東方一年郷   作:トーレ

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ども! トーレでございます!

やっぱりなかなか更新ペースを上げるのは時間がかかる…
頑張ります!

ということで、新話です。
今回、話がいろいろと動き出します。

とうとうあのキャラと白滝が邂逅!?
鈴仙さんが…?

ではそれぐらいにして。
過度の期待をせずにゆっくり見ていってね!


第三十二話 ~二つの異変~

 俺は月明かりに照らされながら誰かと話していた。

 

 場所は…見覚えのない場所だ。だがとてもきれいな、そうだな、「これぞ日本庭園!」というような美しい様子だ。永遠亭も手入れされており綺麗だが、ここはさらに、といった感じがする。どこか厳かな……恐れ多い雰囲気が漂っている。

 

 俺は月を見る。真ん丸できれいな形をした月であった。これほど綺麗ならば「月には魔力がある」なんていうファンタジーな話もあながち間違いではないかもしれない。

 

 俺は横を見る。横には、なんと輝夜様がいた。俺は、その輝夜様に何かを話していた。……? 何を話しているんだろうか? 自分の口は動いているのに、自分が何を話しているのかはわからなかった。なんだろう、この不思議な感じは…?

 

 俺の話を輝夜様は、少し笑みを浮かべながら、でもどこか真剣な顔つきで聞いている。その表情は優雅で美麗という言葉がよく合う。……どこか、前初めて会った輝夜様と、どこか雰囲気が違う気がする。前はもっと無邪気というか、幼かったというか……いや、気のせいか。

 

 不意に輝夜様は俺から目線を外し、月を見る。その横顔は月に照らされて、神秘的な魅力を俺に覚えさせた。

 

 俺が輝夜様の横顔に見惚れる中、輝夜様は口を開く。

 

「ねぇ、白滝」

 

 輝夜様の透き通った声が耳に入る。……この声色もどこか前に会ったものとは違う気がする。果たしてこの蓬莱山輝夜は俺の言う「輝夜様」なのか。不思議に思う。

 

 俺が少しの違和感を感じている中、輝夜様が言葉をつづけた。

 

……それは、俺が驚愕する言葉であった。

 

「あなたは、この異変、どう見るかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……異変? どう言う事だろうか? 何故輝夜様が異変という言葉を?

 

「…ら…き?」

 

 確かに、永夜異変は俺が幻想郷を訪れる前に解決してしまっているとの話だ。だから輝夜様が「異変」という言葉そのものを知っていることには理解ができる。だがあの輝夜様は「『この』異変」といった。その言葉を考えるに……まさか、今異変が起きているという事だろうか?

 

「しら…きー?」

 

 まさか。そんなことがあるのか? 今異変が起きているなんて……そんな吉兆あっただろうか。今俺は薬売りに人里に出向いているんだ。初めて薬売りを始めてから。もう一週間近くたつが、異変につながるような妙な噂とか、現象とかの話は聞いたことはない。幻想郷に異変が起きれば紅霧異変同様、人里に何かしらの影響が出ていてもおかしくはないんだが……

 

「しーらーたーき―?」

 

 では、あの……俺が見た「夢」で、輝夜様の言っていた異変ってのは一体――?

 

「白滝っ!」

 

「うっおぅ!?」

 

 いきなり袖を引っ張られ、俺はバランスを崩しそうになるが、何とか踏ん張りその袖を引っ張った犯人、俺の顔を可愛い顔で覗き見るアオイに問いかける。

 

「なっなんだ? どうしたアオイ?」

 

「どうした、はこっちのセリフだよ白滝」

 

 そう言うとアオイは、すこしブー垂れた表情を見せる。

 

「何度も呼んだんだよ? でも君反応が無かったから」

 

「え、まじか。ごめん…」

 

「ぼおっとしてたらダメだよ? 確かに今日の分の家は回り切ったけど、まだ最終確認があるんだから」

 

「ん、そういやそうだったな。悪い」

 

「もう、しっかりしてね」

 

 そう言うとアオイはそっぽを向くように薬のチェックに入ってしまった。……しまったな。少し怒らせてしまったようだ。

 

 初めての薬売りを体験してから、早いもので一週間近くがたっていた。その一週間は来る日も永遠亭での生活に慣れることと、薬売りの経験の為に一日の時間をつぶしていた。慣れない仕事のためか、一日の仕事をこなすと疲労が大きく大変だった。まぁ、今となってはもう大体容量も分かってきたし、仕事も早くなった。もうジャグリングなんてしない。まぁ2日目3日目はやってしまったが、それもいい思い出。

 そして、昨夜。あの不可解な「夢」を見たのだ。会えるはずもない輝夜様と話している。しかも何かの「異変」についてだ。俺の能力は「夢を見る程度の能力」。俺の見た夢は「正夢」となる。つまりこの夢も正夢であり、近いうちに訪れる出来事なのだ。

 そして、まぁ仕方ないと言えば仕方ないと言えるけど、今日俺の頭の中はその夢のことでいっぱいだったわけだ。そして……アオイが怒ってしまった、という状況に至るわけである。うーむ、なんとも申し訳ないことをした。

一週間もの間一日中一緒にいるもんだから、アオイともだいぶん仲良くなった。だから今のも、本気でアオイが怒っているわけではないということは分かった。だがまぁ…俺がいけなかったことは確かなので、あとで謝っておこう。今は、最後の仕事である「本日の最終確認」を優先することにする。

 

最終確認というのは、今日の売り上げ計算や薬の数、状態の確認。それに売上票の記入漏れやミスが無いかのチェックなど、言葉通り最終確認の仕事である。

今アオイは薬の状態チェックを行ってくれている。薬売りという仕事自体はもう慣れたが、薬の名前や効能とかとかそういう専門的なことはまだまだ分かっていない。いつか覚えなくてはいけないことではあるが、今は無理なのでそこはアオイがやってくれているのだ。

ということで、俺は記入ミスなど、書類上の確認を行うことにした。

 

『……』

 

 二人の間に沈黙が流れる。まぁ集中している証拠だから当たり前なんだけど。随時ミスに対応できるように、最終確認は人里の茶屋や飯屋で行っている。例には漏れず、今日は団子の美味しい茶屋に失礼している。

 ……うーむ、さっきのこともあってか、何とも話し掛けずらい。俺、こういう沈黙苦手なのよね……

 どうしたものかと考えていると先に沈黙を破ったのはアオイだった。

 

「……白滝」

 

「おん?」

 

「何か、悩みごとでもあるの?」

 

「い、いきなりどうした?」

 

 急な質問に俺は少し驚く。アオイはこちらに目を向けず、チェックをつづけながら言葉をつづけた。

 

「いきなりってこともないさ。さっきもだったけど、白滝、今日どこか上の空だったから。悩みでもあるのかな…とおもってね」

 

「もしかして、心配してくれたのか?」

 

「んー、まぁそう言う事になるのかな」

 

「……」

 

「ちょっ、なんでいきなり撫でるのかな?」

 

 アオイが驚いたように声を上げる。理由はどうやら俺が頭を撫でたことにあるらしい。

 俺は素直に答える。

 

「いやぁ、アオイが俺のこと心配してくれたって考えると…なんだか嬉しくてね」

 

「僕をどんな冷血女だと思ってるの、もう。僕は君の世話係なんだから、君のことを考えるのは当たり前だよ」

 

 そう言ってアオイはチラリと俺を見た。心なしか微笑んでいるように見える。アオイのその言葉が嬉しくて、俺のテンションは上がってしまった。

 

「そっか…ありがとう。あ、でも俺もいつも、アオイの事考えてるから同じことか」

 

「いや、さすがにその発言は気持ち悪いよ?」

 

……気持ち悪いと言われた。ぐぬぬ……いったい何が間違いだったの言うんだろうか。

 そんなことを俺が思っている中、アオイが何かつぶやく声が聞こえる。

 

「……まぁ、いやじゃないけどね」

 

「おん? 何か言ったか?」

 

「なんでもないよ」

 

 アオイはそう言う。…アオイの呟いた言葉はなにか聞き取れなかったが、まぁ…気にするほどの事でもないか。本人も何でもないって言ってるし。

 アオイは何かをごまかすように話を戻した。

 

「それで。悩みごとでもあるの白滝は?」

 

「あー…」

 

 一瞬俺は何と答えようか考える。だがまぁ正夢の事や俺の能力の事を話すわけにはいかないし、何より輝夜様との兼ね合いもある。やはりここは話さないでおこう。

 一瞬言いよどんだ俺を不思議に思ってか、アオイが俺の顔を覗き込む。ちょっ、そんな可愛い顔を俺に近づけないでくれ!

 

「僕でよければ相談に乗るよ?」

 

 アオイは少し心配そうな表情をした。

 ……視聴者さん、聞きましたか? あのアオイが、人間である俺をちょっと見下していたような、ツンとした雰囲気を纏っていたアオイが、今やこんなことを言ってくれる。なんと幸せなことか。この一週間で彼女の中で何があったかわからないが、なんともうれしいことだ。

 だが、それでも話ことはできない。

 

「いや、何でもないよ。気にしないで」

 

「…そう?」

 

「ああ。ほら、そんなことより、さっさと確認終わらせようぜ?」

 

「……そうだね」

 

 これ以上の詮索をされないために、俺はそうアオイに促した。アオイは明らかにまだ言いたいことがありそうな顔をしていたが、俺の考えに気づいてか、渋々といった様子で作業を開始した。

 ごめんよアオイ。時が来たらまた、しっかり事情を話すからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー! 一仕事終えた後の甘味は最高だね!」

 

「こればかりは同意だね。甘いものは身に染みるよ」

 

 最終確認後、永遠亭に帰る前に少しこのまま茶屋でゆっくりすることにした俺達。

 アオイは自身が頼んだ三色団子にぱくつき、俺はあんみつに舌鼓を打っていた。

 いやー、しかしこの店はこのあんみつも格別だ。団子が上手いだけあって、この白玉が素晴らしい。舌触りと言い、口に入れた時の甘さと言い……この甘すぎるくらいの蜜たれによく合うのだ。この店、以前の執事時代にフランの服を作ってくれた店主から勧められた店だったりする。さすがあの店主は見る目がある。

 俺が夢中であんみつを食べていると、少し呆れたような様子でアオイが見てきた。

 

「…甘ったるくない? それ」

 

「んーん、全然」

 

「君、結構甘党なんだね」

 

 そう言って三色団子を一つ口に含んだ。あんみつ美味しいのに。特段俺が甘党ってわけじゃないと思うけど。

 

「そう言うってことは、アオイは甘いもの、あんまりなのか?」

 

 アオイは首をふるふると横に振る。

 

「嫌いじゃないよ。でも、それぐらいの甘さのやつになると、一口二口が限界なんだ。それ以上食べると…なんだろ、口の中が『うわー』ってなっちゃうんだよ」

 

「あーうん。言いたいことはなんとなくわかった」

 

 俺はひとまず同意しておく。正直そう言う事になったことが無いからアオイのその表現の感じが分からないが、甘いもの好きじゃない大学の先輩がおんなじこと言ってた気がする。

 それよりも、アオイには似つかわしい表現の仕方がとても可愛らしかった。ちょっと子供っぽい感じが、いい。ほんとは容姿相応なんだけどね。

 しかし…こんなにおいしいんだ。一口二口は食べられるなら……

 

「アオイ」

 

「ん?」

 

「一口だけ、食べてみないか? ほんとこのあんみつ、おいしいんだって」

 

「えっと…うーん…」

 

 若干遠慮がちの視線を送るアオイ。なに、無理強いするつもりはない。ただ俺は、おいしいものをアオイと共有したいだけなんだからな。少しでも拒否の色をみせたら、やめとこうと思った。

 だが、アオイが見せたのは意外な反応で。

 

「せっかくだし、もらおうかな」

 

 アオイは少し恥ずかしそうに笑った。

 

「ははっ、よっしゃ。任せとき」

 

 さっそく俺はあんみつを少しすくい、アオイの顔に持っていく。

 アオイは驚いたようにして顔を上げた。

 

「い、いいよっ。自分で食べれるから」

 

「いいからいいから。ほら」

 

「いやだって……そのスプーン…さっきまで君が…」

 

「ほら、遠慮すんなって」

 

「聞いてないし……うぅー…」

 

 アオイはなぜか、顔を赤くしてうつむいて、唸りだしてしまった。ふむ、アオイの性格なら「あーん」くらい普通に受けてくれそうな気がしたんだけど。さすがのアオイも恥ずかしいのか。それなら普通に、と思ってスプーンを下げようかと思った時に「よしっ」という声が聞こえた。見ればアオイが顔を上げている。なぜかその顔には決心の色が見えた。顔は少し赤いままだけど。

 

「そんなに決心すること?」

 

「白滝のせいだよ」

 

「ええっ? 俺?」

 

「はぁ……気付いてないならいいよ。そ、それじゃあ…」

 

 そう言ってアオイが、その幼い――もとい、小さな体に相応な小さな口を「あーん」と開く。……なんというか、その恥ずかしそうな振る舞いといい、ほんのり赤くなった頬といい、なんとなく、エロい。こうも間近にアオイの顔を見たのはすごく久しぶりだし、そう考えるとこっちも緊張してきて、差し出す手も若干震える。

 徐々に近くなるアオイの口とスプーン。そして、唇に触れるかどうか、という距離になった。

 その時。

 

「へっくしょい!」

 

 唐突に、俺達の隣に座っていた客が大きなくしゃみをした。意識がアオイに集中していたせいで、完全にその音は不意打ちになり、驚きのあまり俺は体を振るませた。そしてそれはアオイも同じだったようで。

 

「あっ!?」

 

「きゃっ!」

 

 スプーンが揺れたのと、アオイの唇に引っかかったのが相乗して、スプーンは大きく動いてしまい……

 

『……』

 

 俺のすくったおいしいあんみつは、盛大にもアオイの胸元に盛大に零されてしまった。

 最初何が起こったかわからず、ただただ呆然としていたが、俺はすぐに我に返り、アオイに謝る。

 

「ごごっごめん! ええっと、布きんは!?」

 

「うわぁ…べとべとだよぉ…」

 

 俺は布きんを探すが、ハンカチを持っていたことを思いだし、ポケットからハンカチを取り出す。そしてそれを、こぼれた服をペタペタと触るアオイに渡した。零したのは俺なんだから、俺が拭くのが妥当だと思うが……こぼれた場所が悪い。だってアオイの胸元なんだもの。服があんみつの水分でペタッと肌にくっ付いていて、大きくはないが確かにあるふくらみの形が――って何をまじまじと見てるんだ俺は!?

はじめ、呆然とハンカチを見ていたアオイだったが、何か思いついたように顔を上げた。

 

「……ん」

 

「へ?」 

 

 何故かアオイにハンカチを突き返されてしまった。理解が追い付かない。

 

「えっと、どう言う事?」

 

「……これ、こぼしたの白滝だよね」

 

「あっあぁ。そうだな、ごめん」

 

 もう一度俺はアオイに謝り頭を下げる。顔を上げた時、アオイは少しふてくされたような顔をしていた。

 

「うん。だから、白滝が責任もって拭いてよ、ここ」

 

「ええっ!?」

 

 アオイは、あんみつのこぼれた部分、つまり胸元を今強調するように俺に迫ってきた。アオイの行動が理解できない俺は、テンパっていることを隠しきれない。

 

「いやいや! さすがにそれは!」

 

「でも、こうなったのは白滝のせいだよ?」

 

「うぐっ」

 

「もしこぼれたのが机だったとしても、白滝は僕に拭かせたのかな?」

 

「ぐぬぬっ」

 

 そう言われてしまうと、俺に拒否権など無くなってしまった。先ほども言ったが、俺がハンカチを渡したのは、単に拭きたくなかったという理由ではなく、「アオイの胸元」を拭くっていう…倫理的…というか、KENZEN問題というか、そういうのが理由なわけで。

 

「さぁ、早く……白滝」

 

 なおも迫るアオイ。アオイってこんなキャラだっけ!? なんかぶれてない!? そんな考えも頭をよぎるが、今はそれどころではなかった。何とかこの状況を切り抜けねば、と俺は必死の様相で反論する。

 

「アオイはっいいのかよ!」

 

「ん? なにが?」

 

「何がって……その…俺に、触られることがだよっ」

 

「……」

 

 俺の言葉に、アオイの動きがぴたりと止まった。そして少し顔を赤らめてうつむいてしまう。

 よかった、やっとわかってくれたようだ。理由は分からないけど、アオイの暴走もこれで終わるだろうと、ほっと胸をなでおろす。

 

「アオイも嫌だろ? その、さ。むっ胸のあたり俺に触られるとか…な」

 

「……」

 

「だから、拭くのはアオイが――」

 

「……じゃない」

 

「え?」

 

「いやじゃ…ないよ」

 

 …この娘は何を言っているんだろうか。俺にはアオイの言った言葉の意味が分からなかった。

 アオイは頬を赤らめ、すこし目をうるうるとさせながら俺を見つめる。アオイのその表情に俺は何も言えなくなってしまう。

 アオイは続ける。

 

「ちょっと、恥ずかしいけど……白滝になら、触られても…」

 

「なっ…えっ? ほんとに?」

 

 俺が必死に出した声にアオイはこくんと頷きを返した。

 …ええ!? もしかしてこれ告白!? 俺アオイに告白されたの!?

 なんかもうよくわからない感情が頭の中でぐるぐると回る。え? いいのか? アオイが良いからいいのか!? でもアオイデレルの速くね!? そんな吉兆なかったのに、こんな唐突に、しかもアオイがデレるなんてあり得るだろうか? なんかおかしい…?

 俺は変な汗をかきながらハンカチを握りしめる。アオイはなおも俺にじりじりと詰め寄り、熱い視線を俺に向ける。

 

「白滝…」

 

 生唾を飲む。俺はアオイのその胸元から目を離せないまま、ハンカチをアオイに近づける。

 そして、あと少しでハンカチがアオイの…その…ふくらみに触れようとしたところで。

 

「……う」

 

「…白滝?」

 

「あぁぁっ! やっぱ無理! やっぱりアオイが自分で拭いてくれ! 俺みてないから!」

 

 最後の最後になって、俺はヘタレた。羞恥心と背徳心に負けた。俺はハンカチをアオイに押し付けて背を向けた。

 据え膳喰わぬは男の恥? うっさいやい! 俺にそんな勇気があるわけないだろ! しかもここ公共の場だし! 

 恥ずかしさと、俺のヘタレ具合の悔しさとがないまぜになった感情に襲われる。なんというか……これからアオイの顔をどんな風に見たらいいかわからない。うわぁ、俺変態だと思われたかなぁ…

 

「ふふっ」

 

 不意に後ろから笑い声が聞こえた。俺は驚いたように振り返る。

 ……なぜかアオイが心底可笑しそうに笑っていた。……What is happen?

 

「ははっ、あははは」

 

「ちょっ! なっ、なんでアオイ笑ってんのさ!?」

 

 とうとうアオイ壊れたか!? そうとさえ思った。だって唐突に笑い出すんだもの。さっきまでの熱っぽい表情なんてどこに消えたのか。

 

「もぅ、白滝ってホント面白いねっ、ははは!」

 

「面白い? どういうことだよっ」

 

 展開に頭が追い付かない。笑い続けるアオイに俺は詰め寄る。

 だが、さらに俺の思考を突き放す一言がアオイの口から放たれる。

 

「ははは。冗談だったのに…本気にしてさ」

 

「…なに?」

 

 冗談……だと? 冗談だと!?

 呆然とする俺とは裏腹に、アオイはなおも続ける。

 

「そんなに急には白滝に好意はよせないよ。まったくもぉ、白滝は」

 

「……」

 

「ごめんね、白滝」

 

「……はぁぁぁぁ…なんだよぉ。冗談かよぉ」

 

 少しペロッと舌を出して謝るアオイに、俺は怒る気にもなれず、俺は深いため息をついた。なんかもう……冗談でよかったような悪かったような。今の俺を襲うのは脱力感。よほど俺は緊張していたようだ。

 

 もう何も考えられない。そうだ…早く帰って寝よう。今日は……疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 肩をがっくり落とす白滝。その様子を目を細め、どこか嬉しそうな表情で、アオイは見つめていた。

 

「……やっぱり君は、僕の思った通りの人だね。ふふっ」

 

 アオイのそんなつぶやきは、落ち込む白滝の耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく……アオイは時々ああいうことをするもんだから…なんというか、一緒にいて心が落ち着く暇がない」

 

 そんなことを愚痴りながら、夕暮れの光を頼りに、俺は竹林の中を一人歩いていた。寝ると言ったな? あれは嘘だ。少ない自由時間で、俺は目的を達成せねばならない。

 永遠亭での生活の流れとして、今の俺には薬売りを終えた後、夕食までの自由時間が与えられている。夕食は紅魔館と違って、みんなでそろって食べるという風ではなく、個人の部屋まで作られた料理を運び、そこで食べるという感じになっていた。料理はいつもアオイが運んできてくれている。料理を作っているのが誰かは……そう言えば聞いたことが無いな。鈴仙さん辺りが作ってくれているのだろうか。……この頃鈴仙さんとも全然会えていないので確証も何もないが。

 そんでだ、その夕食の時間、戌の上刻くらいにいつもアオイは運んでくる。んと、現在に換算すると夜の7時40分くらいかな。それぐらいまでには持ってきてくれる。まぁ俺も時報台の そんでだ、その夕食の時間、戌の上刻くらいにいつもアオイは運んでくる。んと、現在に換算すると夜の7時40分くらいかな。それぐらいまでには持ってきてくれる。(まぁ俺も時報台の鐘の音に頼っている状態だから正確には言えないけど)

 今は結構前に酉の刻(五時)をつたえる鐘が鳴ってたから、大体6時くらいかな。あと一時間ちょっとだ。

 

 霧が深い竹林の中。俺は目を凝らしつつ、辺りを見回りながら慎重に奥へと進む。

 

「しっかし考えたものだよな、この目印」

 

 俺は、ある竹の表面をさするように握る。その竹には、俺の腰ぐらいの高さのところに、彫刻刀か何かで削って書いた文字のようなものが刻まれている。

 

『一』

 

 横棒一本が刻まれている。なんとこの横棒。『迷い』の竹林における、永遠亭へのルートを示す、いわば道しるべになっているのだ。アオイに教えてもらった迷いの竹林で迷わないためのものである。

 この横棒に向かい合うように立った時に、上下左右+斜め方向の、計8方向どの方角に永遠亭が位置しているかを表している。

横棒が一本 → 上。   横棒が五本 → 右上。

 横棒が二本 → 下。   横棒が六本 → 右下。

 横棒が三本 → 左。   横棒が七本 → 左上。

 横棒が四本 → 右。   横棒が八本 → 左下。

 こうなっているのだ。つまり、今俺が見た竹は横棒一本だから、この刻まれた横棒に向かい合って立った時、俺は上方向にまっすぐ歩いて行けば永遠亭にたどり着けるということだ。この横棒が、いたるところの竹に刻まれている。つまり、秘密の案内板なわけだ。普通の人が見たら、ただ竹が傷ついているようにしか見えないからな。

 しかし、安心していけない。道しるべとはいえ八方向しかこれは示していない。つまりこの道しるべに従って、示された方向をただまっすぐ進めば永遠亭にたどり着けるわけではない。何本かの竹を手掛かりにしなければならないのだ。まぁ簡単に言うとだな、例えこの秘密の道しるべを知っていたとしても、竹林に慣れてないやつは遠出をするなってことだ。現に俺もそこまで奥に行くつもりはない。

 

「さて、今日はいるかな…」

 

 そんな道しるべを頼りに、自由時間を使って俺はここのところ、とある人物を探しているのだ。

 薬売り初日。薬売りが終わった後に感じたあの視線。そしてその視線の主を追った先に落ちていた、人参のペンダント。俺が探しているのはこのペンダントの持ち主。

 

「あのいたずら兎はどこにいるのかなっと」

 

 そう、何を隠そう「因幡てゐ」である。俺はこのペンダントを返し、はじめましての挨拶をするために「因幡てゐ」を探していたのだ。

 ……俺、永遠亭に暮らしだしてから一週間たつのに、まだ因幡てゐに会ったことないんだよね。何でかわかんないけど、すれ違いもしない。だから俺はこのペンダントをいい機会に、挨拶もしておこうと考えて、こうして日夜因幡てゐを探しているのだ。……なぜあの時、俺を見ていたのか、それも聞いておかなくてはいけないだろう。あ、ちなみにこのペンダントが本当に因幡てゐのモノなのかは、アオイに確認をとったから、確定である。

 

「しかし、一週間近く探しても会えないとか、どんなレアキャラだって話だよな」

 

 先ほども言ったが、俺はつかの間の自由時間という大切な時間を使っててゐを探していたのだが、今日まで姿を見かけたことすらない。どういうことなの……ってなって、一回くじけそうになったこともあった。だけどアオイ曰く

 

「てゐに会いたい? んー、難しいかもね。てゐは……なんというか、神出鬼没なんだよ。いつの間にかそばにいて、いつの間にかいなくなって。いつもそんな感じなんだ。僕でも行方は分からないし、もしかして、この永遠亭の中にてゐの動向を把握してる人はいないんじゃないかな…?」

 

 この事だった。なんと永遠亭公認のレアキャラだった。永琳先生も、「力になれそうにないわ」って言ってたし。正直言えば俺が思い描く因幡てゐのイメージとは違った感じだ。もっと永遠亭の中でのんびりーっとしてるイメージだったのだが。ふむ、「この世界」の因幡てゐってことだな。

 しかし、どこにいるかわからないとなると、もう目撃情報をあつめて手あたり次第行くしかない。一週間の間、俺はアオイや永琳先生、1週間のうちに比較的仲良くなった地上兎たちに聞き込みを続け、探していたのだ。……この間にも、なんとか鈴仙さんとコミュニケーションを図ろうとしたのだが、やはり避けられているようで、一度も話せていなかった。ばったり会っても、顔を背けられて俺の事スルーしていっちゃうし。これは何か考えないとなぁとも思った。

 

 そんな経緯があって、今日にいたるのだが、今日はとても有力な情報を得たのだ。先ほど言った比較的仲良くなった地上兎の内の一人が因幡てゐをつい先ほど見たというのだ。名前が無いので何とも言いずらいが彼女曰く

 

「あらー、てゐちゃんですかぁ? あぁ、それなら先ほど、薬売りからの帰りにちらりとならー。地面を掘ってましたから、また落とし穴を作ってたんではないでしょうかぁ? 今度は誰を狙ってるんですかねぇ、うふふ」

 

 ……話し方とかは気にしない方向で。仲良くなった地上兎はアオイや永琳先生のいう「数少ない永遠亭の為に積極的に働いてくれる」兎たちが中心なのだが……如何せん、この娘たち個性が強くってね……話を聞いたこの娘はいつも「あらー」「うふふ」といっているのんびり~まったり~とした娘だったりする。まぁ彼女たちの紹介はおいおい。

 

 それで今俺が進んでいるのが、彼女の言っていた方向である。もしまだ因幡てゐがいるならば、もうそろそろ見えてくるはずなのだが……

 

「お?」

 

 そんなことを考えていた矢先。少し遠くの方で、何かの影が動いているのが見えた。

 

「ついに発見か?」

 

 心なしかテンションが上がる。霧が濃くてまだ何とも言えないが、こんな迷いの竹林に人影となると、可能性は十分に高い。

 俺はゆっくりとなるべく足音を立てず近づく。前の人里のこともあるし、もし俺を発見したら逃げて行ってしまうかもしれない。スニーキングだ、白滝。

 

「……」

 

 そろりそろりと近づく。人影との距離もだんだんと狭まってくる。そして……

 

「とうとう…とうとう出会えたぜぇ…」

 

 人影がなんであるか、それを確認できる距離まで近づき、俺はその姿を目に収めた。まぎれもなくヤツさ。そう、その姿は、俺のイメージしていた姿そのままの「因幡てゐ」であった。幼く見える体躯に、ピンクのふわっとした服、少し癖の入ったボブくらいの黒髪、そして特徴的な垂れた耳。イラストなどでよくあるあの姿そのままであった。それこそ、見ただけで彼女が因幡てゐであると分かるほどに。

 苦節一週間。ようやく出会えた。俺は感動のあまり拳を握りしめる。だがこのまま感動していても仕方がない。何とかして彼女とコンタクトを取りたいのだが……

 

「まずは様子見だな」

 

 俺は竹林の特に生い茂ったところに身を隠し、因幡てゐの様子をまず伺うことにした。

 彼女は、せっせと、そこらに落ちている笹の葉や土、石を集めてきては、なにやら細い木の枝が組んである場所に乗せている。

 ふと、因幡てゐのばしょを教えてくれた地上兎の娘の言葉を思い出す。

 

(あぁ、落とし穴を作ってるんだっけか)

 

 つまり今てゐは落とし穴製作中というわけか。落とし穴造ってるところなんて初めて見るよ。ふと思い出すのは、俺が初めて永遠亭に来た時の事。俺が落ちたあれも、こうやって作られてたんだな……そう考えると、なぜか感慨深いものを感じる。

 「落とし穴の製作」というなかなかお目に掛かれない光景を目の当たりにした俺は、目的も忘れ、その作業をじっと見ていた。

 

 少しの時間が流れ、探し出した頃より夕日もだいぶ傾いてきた。

 不意に、俺が監視していた因幡てゐが声を上げた。

 

「ふいー、完成っと」

 

 可愛らしい声が耳に入る。これがてゐの声か……また少し幼いというか、そんな気がした。アオイの声も小さい体に合った、可愛い声だけど、てゐの声は…なんというか聞いただけで「あぁ、てゐの声だな」って納得できる感じだった。まぁそんなことは置いといてだ。

 完成、ということだったので、俺は落とし穴に目を向ける。

 

「…ほぉ…」

 

 思わず感嘆の声が漏れてしまった。それほどまでに、落とし穴の完成度は高かったのだ。正直、作業を見ていなかったら、どこにあるのかわからないくらいだと思う。……そう考えると俺が鈴仙さんを助けたあの落とし穴もよく見つけられたものだ。あの時は何かの違和感で気づくことができたんだけど、今同じことやれって言われても無理かもしれんね。

 俺が感心しているさなか、てゐはそそくさと、スコップやらなんやらの荷物もまとめだした。

 

「さぁって、撤収撤収っと」

 

 そんなてゐの独り言が聞こえる。その言葉で俺は自分の目的を思い出した。

 いかんいかん、俺はてゐに話をしに来たんだ。このままじゃ、ただてゐの落とし穴製作技術のすごさを目の当たりにしただけになってしまう。

 俺は身を隠していた竹から離れ、少してゐの様子を見る。てゐは片づけに夢中になっているためか俺に気づいている様子はない。このままあの人里で見せた脚力で逃げられてもかなわないしな。ここらで声をかけておくことにしよう。

 俺は一つ深呼吸をする。……なんでかわからないけど、妙に緊張してきた。一週間探し続けてきた反動なのか?

 

「…よしっ」

 

 まぁそんな緊張とか言ってられない。俺はてゐに声を掛けようと口を開いた。

 

「おーい。因幡てゐs――」

 

「てゐ! あんたこんなところにいたの?」

 

 声をかけて一歩を踏み出しそうになった、その時。てゐを呼ぶ声が俺の声を遮って聞こえてきた。

 その声には聞き覚えがある。俺にとって印象深い人の、あの綺麗な声だ。

 

「げぇ!? 鈴仙!?」

 

 その声の主の名前を、てゐが驚きの声で言った。そう、鈴仙さんが俺よりも先に、てゐに声をかけてきたのだ。しかし鈴仙さんいつの間にここに?

 ……別にする必要もなかったんだろうけど。俺はもう一度、先ほどの竹やぶにすぐさま体を隠した。いやね…やっぱり常日頃からああやって毛嫌いされて避けられると、なんとなく鈴仙さんを気遣ってしまう…というか、遠慮してしまう、というか。そんな風に考えてしまったのだ。

 

「…だめだな。俺がこんな態度じゃいけないのに…」

 

 少し反省と後悔。だが今隠れてしまったものはしょうがない。もう一度出て行って声をかけるわけにもいかず、ここから二人の様子をうかがうことにした。

 てゐに近づいていく鈴仙さん。その顔には少し怒りの色が見えた。

 

「いつもいつもあんたは、急にいなくなるんだから」

 

「あははー。まぁまぁ、そう怒らないでよ」

 

「怒りもするわよ! まったく…」

 

 鈴仙さんはため息をつく。対するてゐは何やら妙ににやにやとした笑い方で返す。……てゐに初めて会ったから当たり前なんだけど、この二人の掛け合いを初めて見た。

 

「それで、鈴仙はあたしに何の用なの?」

 

「師匠が呼んでたのよ。なんでも地上兎のことで聞きたいことがあるとかなんとか」

 

「えぇー。そんなのめんどいよ。鈴仙適当になんとか言っておいて」

 

「あんたねぇ、そんなの師匠が許してくれるわけないじゃない」

 

「そこをなんとかいうのが鈴仙でしょ」

 

「私が何とかしなくても、あんたが師匠のところに行けばそれで済むのよ」

 

 その鈴仙さんの言葉にも、てゐはどこかはぐらかすように笑うだけだった。

……この会話を聞くだけで鈴仙さんの苦労が目に見えた。どこにいるかわからないことといい、あの態度と言い、俺のイメージしていた因幡てゐの象と似ているかな。あの自由奔放さというかね。

 しかし、鈴仙さんあんな砕けた感じに話すんだな。…ちょっと悲しいけど、俺に対すると敵意むき出しというか、言葉にとげがあってねぇ。あんな自然体の鈴仙さんをみたのはもしかしたら初めてかもしれない。

 二人の会話を聞きながら様子を見ていた俺。ふとあることに気づいた。

 

 ……てゐが徐々に、ほんとに徐々にだが、後ろにじりじりと下がっている。

 

 直感で、「これ、てゐ逃げるな」と思った。相手に気取られないように後退する。そしてダッシュで逃げる。アニメやドラマで、発見された犯人がよくとる行動だ。

 

「でもあたし、ちょっと用事があるんだよねぇ」

 

「またどっかにいたずらでもしに行くんでしょ、どうせ。いい加減やめたら? 師匠も困ってたわ」

 

「大丈夫なのさ。いたずらは鈴仙にしかしないから」

 

「それを本人に言うあたり余計タチ悪いわよ」

 

 ……会話を聞く当たり、そのてゐの様子に鈴仙さんは気づいていない様子だ。これは、俺が「てゐが逃げるぞ!」って感じに二人の間に飛び込めばいいのかな? いやでもそんなことしても「あんたなんでそんなところにいたの?」とか聞かれたら言い訳ができない。いや別にそんな不純な用事でここに来たわけじゃないけどさ……しかし今のままでは、ほぼ確実に鈴仙さんてゐに逃げられるぜ?

 悩む俺。てゐを捕まえることを優先して鈴仙さんに変な目で見られるか、鈴仙さんの可能性を信じてこのまま様子を見るか。

 なかなか結論が出せない。鈴仙さんとの仲を悪化させたくはないし、かといって、てゐと出会えるこのチャンスを逃すのも何とも悔しいものである。

 俺がそんなことで悩んでいる間に、てゐが行動を開始した。

 

「もー、鈴仙もしつこいなぁ。はぁ…」

 

「なっ。言うに事欠いてそんな。ため息つきたいのはこっちの方よ」

 

「ため息つくと幸せが逃げるってね。ウサウサ」

 

「あんたのせいでしょ、ため息ついちゃうのは」

 

 そう言って鈴仙さんがため息をついた、その瞬間。

 

「じゃ! そいうことでー」

 

「え?」

 

 てゐは鈴仙さんのスキを逃さなかった。ため息のその瞬間を狙って、てゐは鈴仙さんに背を向けて走り出した。

 

「あっ! ちょっ待ちなさい!」

 

 一瞬あっけにとられた鈴仙さんだったが、すぐさま反応しててゐに手を伸ばす。いつもの事で慣れているのか、その反応速度は目を見張るものがあった。

 だが、

 

「え!?」

 

 届くと。捕まえれると思っていたその手が、てゐが走ったあとの空気を掴む。鈴仙さんとてゐの距離。初めはそれこそ手を伸ばせば余裕で捕まえることのできる距離であった。きっと鈴仙さんもそれを考慮してあの距離をとったのだろう。だがてゐは鈴仙さんのスキを縫いじりじりと離れていた。その行動が今意味を持ったのである。

 鈴仙さんの手をすり抜けたてゐは、そのまま振り返ることもなく走る。そして先ほど作った「落とし穴」を軽く飛び越えると、スピード落とさぬまま走り続けた。

 鈴仙さんは少しの間、戸惑いを隠せないように驚きの表情を浮かべていたが、我に返り、キッとてゐを睨む。

 

「こら! 逃げるな!」

 

 遅れるほど数秒。鈴仙さんもその足を踏み出した。

 そして、その様子を見ていた俺は、ふと思ったことがある。

 

 これ、鈴仙さん、落とし穴に落ちるんじゃないだろうか。

 

 だって、てゐは今落とし穴を飛び越えて走っていった。つまり

鈴仙さん → 落とし穴 → てゐ 

という構図が出来上がっている。しかも、その様子を鈴仙さんは見ていたけれども、ただ「なぜかてゐがジャンプしていった」としか考えれないんじゃないだろうか。つまり、あそこに落とし穴があるとは鈴仙さんかんがえてないんじゃないか? 思い起こせば、鈴仙さんがここへ来たのは、てゐが落とし穴を「完成」した後である。てゐもおとしあなについて何も言ってない(当たり前だが)。このまま鈴仙さんがてゐを追いかければ、進行方向にある落とし穴に落ちるのは目に見えている。これは……

 

「これはいかん!」

 

 いてもたってもいられず、俺も竹やぶから離れ、ダッシュで鈴仙さんの元に向かった。鈴仙さんが落とし穴を見抜ければいいのだが、あの落とし穴、めっちゃカモフラージュ率高いし、前回俺が鈴仙さんを助けた時も、見抜けていなかったわけだ。鈴仙さんはめちゃくちゃ嫌な顔するかもしれないけど、鈴仙さんの好感度は下がるかもしれないけど、ここで助けないという選択肢はない! それで俺の取り越し苦労になればただそれだけだ。

 前のてゐの落とし穴。想像していたのよりもずっと深くて、それは俺が気絶してしまうほどのものだった。後にも痛みが引いたわけだし。あんなものに、女の子、ましてや鈴仙さんが落ちるのをただ見ているなんて絶対に嫌だ。

鈴仙さんが傷つくのと、俺の心が傷つくの、どっちが嫌なことか? そんなの前者に決まってる!

 

「間に合うか!?」

 

 鈴仙さんと落とし穴との距離はもうほぼない。俺の足にも力が入る。……なんというか、一週間ほどという近い間にこんなことが二回も起きるとは、なんとも面白い感覚であった。だが今はそんな感覚に浸っているわけにはいかない。全力で足を前へ前へと進める。

 

 やばい。

 

 そう思った時、鈴仙さんが落とし穴に落ちるまであと一歩といったところまでに差し掛かる。体が限界を超えるからだろうか。鈴仙さんの動きがゆっくりに見える。俺も、鈴仙さんまであと数歩なんだ。いける! いける!

 俺は必死に手を伸ばした。少しでも鈴仙さんを捕まえられるように。そして、落とし穴の危機から救えるように。

 届け……届け!

 

「届けぇ!」

 

「えっ――」

 

 俺が叫びをあげた。気合いの叫びだ。そして、その叫びが耳に入ったのか、驚いたような鈴仙さんの顔がこちらを見た。

そして、その瞬間。

 

鈴仙さんの足が、偽物の地面を踏みしめたのだった。

 

 何かが崩れるような音がして、鈴仙さんの体が傾く。その唐突な感覚に、鈴仙さんは目を見開いた。

 間に合わなかったか――? いや、まだだ。まだいける!

 俺は地面に着いた右足に力を込めて、地面を思いきり蹴って飛び込んだ。それだけじゃない。鈴仙さんを助けたい。ただそれだけの思いで、鈴仙さんに手を伸ばす。

 

 そして、その手は、しっかりと、鈴仙さんの体を掴んだ。

 

 鈴仙さんは、もう片足を落とし穴にとられ、体も落ちかけている。前回のように突き飛ばして避けさせることなんてできなくて。咄嗟に俺は、鈴仙さんを掴んだ手で引っ張り、その体を抱きしめた。

 

「きゃっ!」

 

 鈴仙さんの小さな悲鳴か聞こえた。だが飛び込んだ体はもう止められず、そのまま――

 

「ぐふぁっ!」

 

 鈴仙さんを上にするようにしたため、俺の体は地面に叩き付けられた。ぐうぅ、地味に走る衝撃がおおきいぜ……

 足元で、先ほどのよりも大きな崩れる音がした。少し頭を上げてみれば、先ほどまで地面だったそこに、大きな穴が開いている。

 

「…ふぅー」

 

 俺は大きく息をついた。ミッションコンプリート。何とか鈴仙さんを助けることができた。飛び込んで地面に落ちた背中の痛みはあるが、こんなものどうってことはない。

 心底安心した感情を持ちつつ、俺は抱き留めている鈴仙さんに声をかける。

 

「大丈夫、鈴仙さん? 怪我、無い?」

 

 そう言って鈴仙さんを見る。まぁ見ると言っても鈴仙さんの顔をこちらに向けるようにして抱きしめているから顔は見えないんだけど……

 

「……」

 

 返事がなかった。不思議に思った俺はもう一度鈴仙さんに声をかける。

 

「鈴仙さん?」

 

「……」

 

 それでも返事がない。おかしい。俺のことを嫌っていたとしても、こんな状況で俺を無視するような娘ではなかったはずなんだけど。

 そして、注意深く鈴仙さんを見ると、気づいたことがあった。

 

 鈴仙さんは、震えていた。

 

 その様子に驚いた俺が慌てて声をかける。

 

「鈴仙さん!? どうしたの? やっぱり怪我してたんじゃ――」

 

 だが、俺のその心配した言葉が、最後まで続くことはなった。

 

 俺は、鈴仙さんに思いきり胸を押され、突き飛ばされたのだ。

 あまりに突然すぎて、予想だにもしていなかったことだったので受け身とかそんな身を護る行動は一切できずに、俺はそのまま転がってしまう、そばにあった岩に頭をぶつけた。

 痛む頭を押さえつつ、おもむろに立ち上がった鈴仙さんに、声をかける。

 

「いたたた……どっ、どうしたのさ鈴仙さん。確かに急に抱きしめたのは悪かったよ。ごめん。でも何もいきなり突き飛ばさなくても…」

 

 俺なんかに抱きしめられたから、さぞかし怒ってしまったんだろう。謝りつつ、でも話を聞いてもらいたくて、俺は体を起こし、鈴仙さんの顔を見た。

 

 だが俺は鈴仙さんの表情を見た瞬間、何も口にすることなんてできなくなってしまった。

 

 だって……だってさ。鈴仙さんのあの顔は、怒りとか、いらだちとか、悲しみとか、そんな俺の想像してたものじゃなかったんだ。

 

 あれは、あれは間違いなく『恐怖』の表情だった。

 

「っ!?」

 

 刹那、鈴仙さんが何かはっと我に返ったようなそぶりを見せる。表情もさっきのモノではなくなったが……鈴仙さんはそのまま俺に背を向け走り出してしまう。

 俺は追いかけようと思っただがその思いは思考だけでとどまって、体は動かせずにいた。

 遠ざかる鈴仙さんの背中。廊下ですれ違ってもいつも無視されて、鈴仙さんの背中なんていつも見ているはずだった。だけど、今の鈴仙さんの背中はいつもとはまるで違う者のように感じた。

 彼女の姿も消え、俺は一人、この場所に取り残された。俺は俯き、地面の土を握りしめる。

 思い起こすはさっきの鈴仙さんの表情。俺に抱き付かれたから嫌だったとか、俺が嫌いだとか、そもそも人間が嫌いだとか、そんな感情の話じゃ表しきれないものだった。

 

「なんで…」

 

 『恐怖』『怯え』『狼狽』。そんな言葉が一番合う表情。俺にはあの顔の意味に全く気付けなかった。

 「嫌い」とか「信用できない」とか言われる方がまだましだ。だがあれは…いったいどういうことなんだ。

俺は力なく、呟いた。

 

「なんであんな顔したんだよ……鈴仙さん」

 

 俺は、鈴仙さんが走り去った方を、ただただ見つめるしかなかった。

 

 

 




お疲れ様でした! そして見てくださってありがとうございます!

白滝の能力でみた正夢。そしてその中で輝夜様が「異変」を示唆。
そして鈴仙さんに異変が?

白滝と永遠亭を取り巻く二つの異変が顔を見せました。

まだまだ始まったばかりですが、はてさてどう動いていくのか。
……はてさてどうやって書こうか(汗

誤字脱字報告、感想待ってます。
以前かいた作品とか見たら結構誤字脱字がおおくてビビってます(笑)
できるだけ治していきますので、報告よろです。

次こそはなるべく早く書きたい!

ではでは次回もお楽しみに! グッバイ!
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