ただ、勝ちだけ、強さだけを求めて、麻雀を打っていた友清朱里は新道寺に入学する。
そこで、自分よりも弱い先輩花田煌と出会う。
「友清さん、その眉毛、可愛くてすばらっです!」
その言葉に嫌悪感を覚えた。
「花田さんは、なんでいつもヘラヘラしてるんですか?」
問いかけた質問に返ってきた答えは、友清朱里にとって意外なものだった。
私は何も、自分の境遇に同情して欲しいとは思わない。
友達はあまり多くないし、麻雀もそんなに好きじゃない。
太い眉毛だってバカにされ続けてきた。
いじめ、というほどではない。
だけど私はこの眉毛が嫌いだった。
学校の規則で剃ってはいけないと言われていたので剃らなかっただけ。
真面目だと笑えばいい。
だが、規則に従わなきゃいけないという気持ちと、この眉毛をバカにされ続け肩身の狭い思いをしなきゃならないのとの間で生きてきた。
そんな私が九州の中でも名門も名門。
過去にプロも輩出しているこの新道寺の、それも麻雀部に、しかも寮生活をしてるだなんて似合いはしてないだろう。
どんな一級品のコートだって、高級ブランドのルージュだって、幼稚園生が付けていればお金のかかったおままごとにしか見えない。
しかし、私だって好きでおままごとをしているわけではない。
ただ、運は良かったと思う。
運がよければどんなに幼い子供でさえも、おままごとにコートやルージュが使える。
ただただ、どこかの女神様が私に微笑んだだけとも言えるが、望んだって手に入らないものなのだから受け取っておいて損ではないと思う。
私の通っていた中学は部活に入らなければならなかった。
文武両道をなんちゃらかんちゃらという、覚えてもないくらいどうでもいい理由で強制入部だったのだ。
そこで私は麻雀部に入った。
特に麻雀がやりたかったわけでもなく、友達と一緒に入ったというわけでもなく、それこそ強制的に決められたわけでもない。
楽だと聞いたからだ。
例えばテニス部に入ったとしよう。
さすれば延々と球を打つ毎日と、夏になれば炎天下で肌を黒くし、冬になれば極寒の中ランニングをさせられる。
そんなのはごめんだと思った。
ならば美術部に入ったとしよう。
絵の具の匂いが充満する部屋の中、黙々と紙とにらめっこする。
その結果、出来た作品を全校生徒の前に晒し者とされる。
そんな恥ずかしい思いはしたくないと思った。
ではここで麻雀部を思い出してみよう。
麻雀といっても結局はボードゲームだ。
エアコンの効いた快適な部屋の中でボードゲームをしていればいい。
それだけで部活というノルマを達成できるならこんなに楽なことはない。
想定外だったのは、私がこの麻雀というボードゲームで好成績を叩き出したということだ。
全国ではあまり勝てなかったものの、県内では負けたことは数える程だった。
正直遊びでやっていたようなもんだし、引退する時も涙は出なかった。
そんな時先生から新道寺に行かないか、と話が来た。
どうやらヘッドハンティングされたようだ。
麻雀部に入る、という条件さえ飲めば試験無しで入れてくれると言われた。
家庭も裕福ではなかったし、公立高校に落ちることになれば授業料も安いもんではない。
特待ですべて無料になったうえ、受験勉強というしがらみもないなら、と二つ返事で話を飲んだ。
入学式当日。
やはりこの呪縛からは逃れられなかった。
眉毛のことをいじられた。
触らないで欲しいのに。
触れないでいて欲しいのに。
新しい環境になれば、毎回。
流石の私も慣れてきた。
その日は部活に挨拶に行かなければならなかった。
特待生というのは、めんどくさいものだなぁと思ったが、楽をしていた分の跳ね返りなら仕方ないか。
「一年の友清朱里です。よろしくおねがいします」
私の他の特待生が挨拶を済ませると、監督とコーチと部長が順に挨拶をする。
部員全員の挨拶は、一般入部の一年生が来てから改めて、とのことだった。
とりあえず、腕前が見たいから適当な卓に着いて打ってくれ、と監督が言うと二・三年生が散り散りになる。
その動きに取り残された私含む、一年生軍団であったが、互いにすこし目を合わせながら、卓を探す。
あんまり目立ちたくないから、という思いがあったのかどうかはわからないが、部屋の隅っこに一席だけ空いてる卓についた。
「友清朱里です。おねがいします」
と、とりあえず挨拶をすると、対面の人が挨拶を返してくる。
「花田煌です。二年生です」
無難な挨拶だなぁ、と思うと同時に思いがけない言葉がくっついてきた。
「友清さん、その眉毛、可愛くてすばらっです!」
はっとした。
心臓が止まるかと思った。
今まで散々眉毛について言われてきた。
太いですね。
田舎っぽい。
剃らないの?
言われ慣れていたはずだった。
いじられ慣れてたはずだった。
しかし、今までの人生で可愛いなんて言われたことはなかった。
だから嬉しいという感情よりも、トラッシュトークをしてまで勝ちたいのかと思った。
一年生に勝ってまで自分を売り込みたいのか。
端っこに座ったのもたぶん強くないからだろう。
九州に住んでいれば知らない人はいない、あの元生立ヶ里中のダブルエース。
現新道寺のダブルエース、先ほど挨拶した部長の白水哩と鶴田姫子は真ん中、監督前の最前列の卓に着いている。
ネットでちょっと調べて、秋の大会のレギュラー、顔を見たことがある選手も大概は真ん中、それか前方。
それに対して、この花田って人は見たことがない。
舐められてるのか?
真面目にやってなかったとはいえ、人生を見返してみても、客観的に見て取り柄と言えるものは麻雀くらいなものだ。
舐められるのはプライドが許さない。
飛ばしてやろうと思った。
しかし結果は、飛ばすことはできなかった。
私は一着、花田っていう人は三着。
他の人が飛んで終わった。
飛ばすことはできなかったのだ。
「友清さんお強いですね。すばらっです!」
「どうも」
先輩にこんな態度をとるのは失礼かとも思ったが、勝てば官軍だよなと開き直る。
そんな私に声をかけてきたのは監督だった。
「次、あっちで打ってみるとね」
「あ、はい」
示された卓は、北九州が誇る大エース、白水哩が座っていた。
促されるように宅に着く。
先ほどと変わらない流れを持って対局。
威圧感。
オーラというものを初めて肌で感じた。
結果は二着。
流石に白水哩には勝てない。
ただ、この人は、にっこりと笑うだけで眉毛には触れなかった。
その行動だけで、さっきの花田って人とは違うな、と思った。
やっぱり、強い人はこうだよね。
感想はそれくらいしか出てこなかった。
「ありがとうございました」
と、言う言葉とともにチャイムが鳴る。
部活終了の合図だ。
「おつかれさまでした!」
そう言って皆部室を後にする。
もれなく、私もその一団に紛れる。
後ろ髪を引かれる思いもあったが、どうせまた明日も来る場所だ。
明日のことは明日の私に任さればいいと、部室を後にした。
昨日とまた同じように部活が始まる。
「あ、眉毛の可愛い友清さん。今日も一緒に打ちますか?」
すぐに声をかけられた。
しかも触れて欲しくないのに、眉毛。
「お願いします」
無駄な争いは嫌いだ。
ここで断ればなんらかの争いになる。
直接的でなくても、間接的に。
だからその話に乗った。
端っこの席。
段々ここがホームのように思えてくる。
私が親で試合開始。
今日は飛ばしてやるとか、そういう雑念は入れずに淡々と点棒を積み上げる。
そしてまた、1着。
振込無しの一位とは気持ちがいいものだ。
今日からは一年生は客人というよりかは、部員として見られるようになった。
嬉しいやら、辛いやら。
麻雀卓にも限りがあるので抜け番となった。
部室から出て、外にある自販機置き場に向かう。
先ほどの勝利は気持ちが良かったので奮発して炭酸ジュースを買う。
自販機の横の体育館から外に出る用の階段に腰掛け、缶の栓を開けたプシュッという音と共にやってきたのは、
「花田さん……」
先輩というのは敬う相手に対する言い方。
私はまだこの人を尊敬できないから、少しのも抵抗としてそう呼んだ。
「友清さん、なんか元気ないですね」
顔に出ていたか。
「そうでもなかとですよ。はは」
はにかんでごまかす。
得意技だ。
「花田さんこそ、なんでいつもヘラヘラしてるんですか?」
問いかけると、寂しい表情を返された。
言い方が悪かったか、言わない方が良かったか。
なんにせよ言ってしまったものは仕方ない。
自分に言い訳をしていると、花田さんは優しく応えてくれた。
「私、中学の頃、部員が少なくてあんまり打てなかったんです」
いきなりの昔話に驚いたが、静かに聞くことにした。
「団体戦にも出れなくて。個人戦しか出れなくて。でも、ここでは。新道寺では。そりゃあ、レギュラーになりたいですよ?けど、レギュラーになれなくたって、毎日違う人と麻雀が打てる。毎日同じ人とだって麻雀が打てる。そういう環境が楽しくてしょうがないんですよ。麻雀が大好きなので」
「麻雀が好き? ありえん」
「そんな悲しいこと言わないでください」
「麻雀が好きだって、強くなきゃ意味ないじゃないですか!」
目をそらす。
握りこぶしに力が入り、爪が手のひらに食い込む。
「友清さんは、麻雀好きじゃないんですか?」
無言でその場を後にする。
何が麻雀が好き、だ。
あんなに弱いのに。
想いと力が釣り合ってない人は嫌いだ。
一言で言ってバカみたいだ。
想いが強くたって、力がなければ無意味。
力があれば、想いなんてなくていい。
想いの強さで勝てるなら、こんなに楽なことはないのだから。
入学してそこそこの日が経った。
部活にも、学園生活にも慣れてきたころ、イベントが待っていた。
プロとの練習試合。
毎年やっているらしい。
インターハイのレギュラーを決める要素にするのと、エース選手のレベルアップが目的とは言われたが。
と、いってもやる場所は部室なので、いつもと代わり映えはしない。
初夏の日差しも、薄らと陰った雲に見え隠れしていたので、カーディガンを脱ごうかどうか迷う。
迷った挙句、気合を入れるために腕まくりをしてみた。
少しかさばるかとも思ったが、気にしないことにした。
OGの野依プロを筆頭に数人のプロと卓を交えることとなった。
お昼休憩を挟んで、一日中打っていた。
いつもは午後だけ、もしくは午前だけの練習なので、かなり体力を消耗した。
先輩たちには「甘いものは必ず持ってこいよー」と言われた意味がよくわかった。
おばあちゃんに貰った羊羹が、糖分補給にもってこいだってのも気づいたし、中々成果はあったなと我ながら。
土日月の三連休の土日、二日間を戦い抜く。
明日もこれかー、と少し笑ってみたが、たぶん目は笑ってないんだろうな。
最後の対局を終えると、一日の結果が出ていた。
プロには負けていたものの、生徒だけで言えば五位だったのは結構うれしかった。
同学年の中では一番だし、なんて。
ちょっと下の方を見たら花田さんの名前があった。
生徒だけの順位で九位。
はっきり言って、敵じゃないなと思った。
優越感に浸りながら帰路に着く。
切れそうな街灯の灯りの下を歩く時間は正直言って好きだ。
翌日の練習は自主連。
来たい人だけ来て、休みたい人は休めという日だった。
私は別にやることもないので、ふと、部室に顔を出してみた。
すると、そこには花田さんがいた。
「あ、友清さん。おはようございます」
「おはようございます」
「友清さん、五位だなんて。すばらなことです」
「そんな、そんなことはないです」
謙遜しながらも、心の中で花田さんを見下している自分に気づいた。
流石に性格悪すぎだ、と思ったので外に出た。
すると遠くの方からなにやら会話声が聞こえてきた。
「昨日プロとの試合疲れたねー」
「ホントホント」
「上位に残る人たちホント何者って」
「思った思った」
先輩たちだろうか、あまり声も覚えないし、たぶん顔を見てもわからないんだろう。
「その中でも煌ちゃんすごくない?」
「煌ちゃんって、花田さん? なんで?」
「煌ちゃん、一回も飛んでないんだって」
「えぇ~、まじで? 白水先輩でも飛んでたじゃん」
それは本当のことなの?
あの人が一度も飛んでないって?
ありえない。
だって、九位で。
私に勝ったことなんてなくて。
いっつも、へらへらしてる。
そんなあの人が?
一度も飛んでない?
扉を開ければ、すぐそこにいる。
本人に問い詰めてやろう。
振り返り、勢いよく扉を開ける。
「花田さん!」
「は、はい、なんでしょう」
流石に驚いたようで、椅子から転げ落ちそうになっていた。
「飛ばんかったって、ホントんこととですか?」
「はい……」
髪を指でいじりながら恥じらい、照れ笑いを含ませて答えてくれた。
「私、実は人生で一度も飛んだことがないんです」
「え……?」
嘘だ。
ありえない。
飛んだことがない?
百歩譲って飛んだことがないとしよう。
例えば白水先輩のように強ければそれもありえるかもしれない。
しかし、白水先輩だって昨日プロにこてんぱんにひねられてたし、飛んでたとこだって見た。
それがあの雀力で?
疑いの目を向けていると、花田さんはこちらを見ずに話してくれた。
「私、麻雀が好きなんです。ずっと長くやっていたいのに飛んじゃったら終わるんですよね。だから、飛ばないことを覚えました」
そう語る声は、まるで初恋を懐かしむような声色で。
「飛ばなければできるだけ長い間打てる。それが私はたまらなく好きなんです。勝てなくても、負けちゃっても、やること自体が好きなんです」
手に取った白の牌を眺めてから、そっと河に置く。
全自動卓のスイッチを入れ、スペア牌を中に流し込み、ジャラジャラという音が響く。
「もちろん、友清さんとの対局も楽しかったですよ。だから、これから二年間、一緒に打てるのが楽しみで仕方ないんです。」
遠い目をふっと現実に戻して私を見ながら、満面の笑顔で語った。
その目を見ると、なんでこの人を馬鹿にしてたんだろう、と自分を責めたくなった。
力はあった。
想いもあった。
私は単純に強さしか見えてなかった。
飛ばない強さ。
勝てなくたって。
負けたって。
その想いは力になってるのだから。
私にはない力が。
「花田さん……」
違うだろ。
それは距離を置いた呼び方。
今はただ。
この人に着いて行きたくて。
「花田先輩!」
「は、はい?」
「今まですいませんでした!」
「いきなり、なんですか?」
説明しようかと思ったけど、やめた。
鈍感すぎるでしょ。
あんだけ、嫌ってたのに。
気づいてなかったなんて。
なんだろう、すっきりした。
もしかしたら、その姿に憧れていただけなのかもしれない。
仕方なくでやってた麻雀、強いかったからただ強さを求めていた麻雀。
そんな打ち方に、自分は飽き飽きしていたのかもしれない。
花田先輩の姿を見て、嫉妬していただけなのかもしれない。
「友清さん」
「はい」
「突っ立てる時間ももったいないので、半荘、やりましょうか」
突き抜けた笑顔。
その笑顔は私には眩しすぎて。
「ばってん半荘だけやなくて、今日一日、一緒に打って欲しいとです!」
「いいですよ。見た目とは違って結構欲張りですね」
気がつけば、ファンになっていた。
大好きになっていた。
嫌っていた少し昔の私を殴り飛ばしたいくらいに。
迎えたインハイ選手発表。
だけど私は決めていた。
花田先輩がレギュラーじゃなければ辞退しようと。
あの花田先輩を差し置いて自分がレギュラーになるなんてありえない。
「友清さん、五位だけん、レギュラー間違いないと」
「インハイがんばってや」
いろんな声をかけられる。
それはもちろん、新道寺のダブルエースの一角、鶴田先輩にだって。
こうなったら、監督に直接……!
「監督!」
「んー」
「私……!」
「監督やなくてからー」
「先生」
「それでよか」
「私、あの、五位やけど、そのレギュラーいうんは、荷が重いけん……」
「んー」
なんて言われるか怖くて、、ぎゅっとスカートの裾を握る。
「五位のおまいやなくて、他に誰がおるちいうん適任」
「花田先輩、とか……」
そう言うと、監督、いや先生は少し笑ってから、私の肩に手を置いて
「そう言って貰えて助かるっちゃね」
「どういうこととですか?」
「実は元々花田んしようと思ってたんよ。ばってん、五位は友清やけん、どげんしようかと思ってたとこたい」
その言葉を聞いて頷いた。
嬉しくて、言葉にならなくて。
「だけん、ベンチあっためてや」
「はい!」
はやる気持ちが抑えきれなかった。
その足で部室に直行。
扉を開けると、いつもの端っこの席に縹先輩が座っている。
「花田先輩!」
「どうしたんですか?」
「あの、その、えーっと」
先に言っちゃいけないんだろうな、と思って、この走ってきた気持ちのやり場に困った。
「友清さん、今日も眉毛、かわいいですね」
先輩にこう言われて嬉しくないわけがない。
だから、こっちがいう言葉は一つ。
大好きな先輩だから。
その先輩が好きな麻雀を。
「今日も、いっぱい打ちましょね」
こちらでは初めまして。
四季幽稀と申します。
多くの咲-Saki-SS書きの皆様がこちらに投稿されてると聞いて、参戦してまいりました。
ピクシブやブログにも多くSSを載せているので、是非見ていってください。
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