工匠として生きる
「んん~」
朝日が差し込む部屋で目覚まし時計の決して控えめとは言えない音をBGMに布団を被りながらもぞもぞと青年は身動ぎする。
「だぁーくっそ」
睡眠を妨害された恨みからか青年は悪態をつきながら布団をどけて立ち上がると、覚束無い足取りで未だにけたたましい音をあげ続ける目覚まし時計に近づき壊さないように慎重にその頭を叩く。どこにも損傷もなく音が止まる目覚まし時計を確認するとのそのそと洗面台に向かう。
「はあ」
鏡を睨みため息をつくとのろのろと顔を洗い始める。跳ね上がった見事なまでの赤い髪にそれよりはるかに赤い、見る人によっては恐怖を抱く深紅の両眼。そんな二年前までなら絶対お目にかからない人物が鏡に映っていた。
「目が覚めたら全部嘘でしたーなんて……もう流石に望み薄か」
おおよそ八百回近く願った希望がまた叶わなかったことを悟ると諦めて着替え始める。ゆったりとした寝巻きから探索用の服に着替える。黒いシャツの上にやたらポケットがついた上着を着ると朝食を取るべく一階に降りていく。そしてパンを齧りながら今日も朝から仕事のために家を出る。これが黒川良也、改めクロン・プレイアのいつもと変わらぬ一日の始まりだった。
神々の業と人間の営みが融合する世界『ディル=リフィーナ』。古くより伝わる力と魔法、日々生み出される技術がせめぎ合うこのラウルバーシュ大陸で急成長を遂げる都市国家があった。名をユイドラ。数多の工匠と呼ばれる人間達が切磋琢磨し、他に類を見ない技術都市に発展させたのである。
カランカランと音とともにウエスタンドアを開けてクロンは酒場の中に入るとキョロキョロと辺りを見渡す。そして見知った人物を見つけそちらに歩み寄る。
「よう、ウィル、レグナー」
片手を上げながら金髪の同い年ぐらいの青年と同じく年の近そうな黒髪の青年に声をかける。二人共コップを片手に朝食後の談笑中のようだ。
「おう、おはよう、クロ」
にこやかに挨拶を返す金髪の青年ウィル、ウィルフレド・ディオンにクロンは顔を歪める。
「そのクロってのやめてくれないか……一文字抜いただけなのに犬とか猫の名前っぽく感じる」
「そう犬や猫を馬鹿にするものじゃない。君は大いに犬や猫に学ぶべきだと思うよ」
クロンの抗議に黒髪の青年レグナー・アーシェスは皮肉げに口を歪める。
「どういう意味かな? レグナー君」
「犬や猫でも一日もあれば素材の一つや二つ見つけられるからね」
「素材ぐらい俺だって見つけられるしー」
「あれ? この前一日かけて収穫無しかよーとか愚痴ってなかったっけ?」
ニヤニヤと笑うウィルフレドにクロンは歯噛みする。すると、そんな様子を見てとったのか頭が禿げあがった中年の店員らしき男が三人に歩み寄ってくる。
「おはよう。クロン、注文は何にする?」
「おはようッス、水で」
「それだけかい? クロン、まだ金欠か。工房運営うまくいってないのか?」
クロンの返事をおっちゃん、ティアンは聞くとため息をつく。工房とはユイドラにおいて中心的役割を担う工匠がそれぞれ管理する仕事場のことである。そこでそれぞれ作ったものを売ったり、客の依頼を請けたりすることで工匠はそれぞれの生活費、研究費、設備費を賄う。当然これがうまくいかなければ新しい物も作れない。するとそれが経営をさらに悪くするという悪化の一途をたどることになる。
「だ、大丈夫ですって。よゆーっす」
「ほんとにキツイようなら言ってくれよ?」
焦るクロンを心配しながらもティアンは別の客の注文を取るために離れていく。それを見届けるとクロンはため息をついた。
「で、ほんとのところどんなもんなんだ?」
ウィルフレドは心なしか楽しそうにクロンに問いかける。
「い、いやあれよ? ちょっと前まで余裕あったんだけど俺この前昇格したじゃん? 匠巣から錬士に。そしたら工匠会組合費が倍近くなってさ……マジヤバい」
「匠巣って一番低い階級だろ? それが一つ上がって錬士。それぐらいでも組合費ってヤバいのか?」
まだ工匠見習いのウィルフレドは二ヶ月後に工匠になるべく試験を受けることになっている。自分の一歩先に工匠になった友人が資金繰りに焦っているのをみて冷や汗を流す。笑ってばかりもいられない、他人事ではないのだ。
「そんなことはないはずさ、そもそも匠巣の組合費は初級だけあって格安。それが倍になったところでまだ普通にもほど遠い。そもそもユイドラ鉱山の素材を適当に集めて加工するだけでもそれぐらいは賄える。君ならあそこの魔物程度に手こずることもないだろう?」
レグナーは心底不思議そうな顔をする。レグナーはこの友人の不器用さ加減は知っているつもりだが、それでも工匠としての必要最低限の中の底辺ぐらいにはギリギリ指がかかっていると評価していた。それだけに組合費の支払いに追われるというのはもしかしたらあるかもしれないが……。いくらなんでも錬士ぐらいで組合費に追われるなどありえないだろう。そう思いクロンの次の言葉に耳を傾け、愕然とした。
「テヘ、ユイドラ鉱脈出禁になっちゃった」
「「はぁ!?」」
ユイドラ鉱脈とはユイドラ近くにある工匠会が管理する鉱脈で、工匠の階級によって地下への立ち入りが順次許可されることになっている。匠巣や錬士では貴重な素材はとれないが、それでもそこで手に入る素材は工匠にとって生命線とも言えるものでユイドラ鉱脈だけを探索する工匠も多い。そこに出入り禁止とは何をすればなれるのかと二人の顔に驚愕が張り付く。
「いやね、金がこころもとなくなってきたから闘技場に参加してみたんだよ」
「もう言わなくていい。一昨日の騒ぎはやはり君か」
「ん? どういうことだ?」
全てを把握してため息をつくレグナーと何もわからない様子のウィルフレド。レグナーを無視してクロンは続ける。
「なんか強そうな奴いる、本気で来な坊主とか言われる、本気で殴ってみる、闘技場炎上、ロサナ様に呼びだされる、鉱山出禁なう」
「おかしいだろ!?」
「何もおかしくないよ。そんな自分でも制御できてない力を鉱山で使われて崩落でもされたら工匠全体でどれほどの損失になるかわかったものじゃない。自業自得さ」
「ん~それもそうか」
「ごふっ」
レグナーの言葉にユイドラ領主ロサナ・レビエラの一昨日の説教を思い出しクロンは崩れ落ちる。その様子を二人は生暖かい目で見つめていた。二人ともこの友人の力、戦闘力という意味でだがその一点のみでなら多大な信頼をおいていた。しかし、彼は壊滅的なまでに不器用だった。なぜ工匠を職業に選んでしまったのか、ユイドラ七不思議にカウントされてもおかしくないほどにあってなかった。兵士になっていれば今頃英雄とは誰の言葉だろう。
「まあ、それでだね、レグナー様」
ケロリと立ち直ったクロンはレグナーに揉み手をしながらすりよる。
「本日もしお暇でいらっしゃいましたらシセティカ湖で素材採取を手伝ってはいただけないでしょうか、おねがいしますレグナー大明神」
「断る。僕が行ってはそもそも君のためにならないよ」
「そう言わずに~生活がかかっているんです、これマジで」
食い下がるクロンにレグナーは目を閉じため息をつくと、
「しょうがない……流石に今回だけだよ? それと代わりに今度僕の実験を手伝ってもらう」
「アーザッス、流石だぜレグナー先輩」
「はあ、君と僕は同期で同年齢だったと記憶しているが?」
二人のやり取りを黙って眺めていたウィルフレドは何か決めたように背筋を伸ばす。
「なあ、二人ともその探索俺も行っちゃダメかな? シセティカ湖は匠巣でいける比較的安全なところみたいだし工匠になった時のためにさ」
「お! いいね、久しぶりに三人で外出としゃれ込もうぜ!」」
「僕達工匠が居れば確かにウィルも一緒に行けるが……まあ、今回は予行練習ということでそうしようか」
「おっし! そうと決まればさっそく準備してくるぜ!」
拳を握りウィルフレドは立ち上がる。一時間後に集合ということでそれぞれ準備のために酒場を出て家にむかった。
シセティカ湖。ユイドラ郊外にあるエルフの森にある湖で比較的穏やかな場所である。比較的というだけでグレイハウンドという強靭な牙をもったオオカミの魔物やハイチュエといった水場に生息する鳥の魔物がいる。当然一般人には危険極まりない存在で工匠のようにある程度戦闘力がなくてはどうしようもない。だからこそ工匠会である程度管理され出入りを制限されているのだが。
「ちゃっちゃと採取してこーか」
先程とまったく変わらぬ服装でクロンは先頭を丸腰で意気揚々と歩き出す。
「あまりはしゃがないでくれ、シセティカ湖まで出入り禁止に君がなるのは勝手だが僕はなりたくない」
はしゃぐクロンを戒めるレグナーの後ろにはいくつもの岩が集まってできた巨大な創造体がまるで意志があるかのようにのしのしとついてきている。
「はーふー」
そんな二人の横でウィルフレドは深呼吸を繰り返す。魔物と戦うのは別に初めてというわけではない。何度か三人で出かけたことがある。だが、戦った回数で言えば今は他の二人の半分と言わず十分の一、いやもしかしたら百分の一かもしれない。それに加えウィルフレドは戦闘が苦手だった。自分はこれほど緊張しているのに比べて二人の自然体を見ると一年間の出遅れの大きさを感じる。
「もしかして緊張しているのかい? 予行練習とは言ったが君はまだ工匠じゃない。戦わせるつもりはないよ? 試験前に大怪我でもしてまた一年間なんてなったら流石に張り合いがなくなってしまうからね」
「わかってるよ、次は大丈夫だよ! あっという間に追いついてやるから!」
幼馴染であるレグナーの言葉につい声が大きくなる。ウィルフレドが意気込み新たに手に持つ鎚に力を込め、前へ進んでいると先行するクロンの横の茂みからオオカミの姿をした魔物がクロンに飛び掛かる姿がウィルフレドの目に映る。その首元めがけて飛びかかる魔物の牙に気付いたクロンはとっさに左手を首を庇うように差し上げる。それは確かに首を守ることには成功した。しかしその牙は差し出された左腕に容赦なく突き刺さり、その激痛にクロンから苦悶の声があがる。
「いたーい」
「何してんだよ、クロ」
気の抜けた声を上げる友人にこっちまで気が抜けるのをウィルフレドは感じる。そもそも魔物が飛びかかる姿が目に映ったウィルフレドも心配などまったくしていなかった。噛み付いたグレイハウンドの首を持ってブラブラと振り回している友人の服装は酒場にいた時と何も変わっていない。しかし、その姿は異様としか言い様がない。その背には赤い巨大な翼、歩くたびにそれ自体が生きているかのように動く尾、今もグレイハウンドを突き刺し命を削る黄金の爪、そして赤い髪の中でも一際目立つ二本の金の角。
「いやあ、こいつは骨があるぜ。グレイハウンドに飛びかかられたのは人生で初めてだ。人間じゃないけど」
「半人半竜。その姿を見ると改めてなぜ君が工匠をやっているのか理解に苦しむよ」
「やりたいからやるのさ。人生そういうもんだろ?」
そう答えるとクロンは拳を握る。
「ちょっと待て! 素材が」
「受けてみろ! 我が奥義! なんかすげえパンチ!」
レグナーの叫びも虚しくクロンの拳が息も絶え絶えなグレイハウンドに突き刺さる。その名の通り理解不能な理で生み出された力は獲物を貫くでもなく、引き裂くでもなく、粉々に打ち砕く。そう本来彼が手に入れに来たであろうその爪も牙も等しく……。
これはそんな不器用な竜が立派な工匠を目指す物語。