ヒトとして生きる   作:sophiar

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森で繋がる縁

 ウィルフレドが工房を出て行ってから一時間ほど経ってクロンはガントレットにおける板金以外のプレートを作り終える。工房の温度がとてつもないことになっているがクロンにとっては平温と大して変わらない。慣れないことをしたこともあり、息抜きも兼ねて外にでも出てくるかと体の筋を伸ばす。そろそろグノーシスも飽き始める頃だ。相手をしてやらないとアリトの仕事も進まないだろう。店に出ると、案の定グノーシスが大玉に乗りながらナイフを弄び、なにごとか叫んでいる。

 

「あ、兄ちゃん!」

「オッス。休憩がてら採取にでも行くか」

「おお! 行こう行こう」

「あくまで俺は気分転換、休憩に行くから、お前戦えよ?」

 

 もう聞いていないのか、急いで二回に上がっていく。ナイフしか持っていくものないだろうに何を準備するつもりなのだろうか、とクロンは首を傾げる。

 

「そういえば、アリト。なんか最近お金が足りないとか言わないけど店どうなってんだ?」

 

 グノーシスを待ちがてらアリトに近況を尋ねる。最近、グノーシスの件やら趣味の研究やら昇格の発明やらのせいで経営の方をアリトに任せてしまっていた。それこそもしこれでアリトが着服するような輩だったら全く気付けないぐらいに。

 

「順調ですよ。まさに始まって以来の大繁盛です」

「なんだと……そんなバカなことが……」

 

 確かに最近商品を適当に出しまくっているのに店内がすっきりしていると思っていたが、売れているとは思わなかった。いらないということでアリトが陳列していないのだとばかり思っていたのだ。

 

「まあ、奇跡の客単価がなせる業ですね」

「奇跡の客単価?」

「はい、一日一万S(サントエリル)ぐらい払ってくれるお客様が一人いますから」

「は? 一万? なんじゃそりゃ」

 

 アリトが差し出した売上記録を見ながら驚愕の声が漏れる。とてもではないがクロンの店にそんな大金を支払うほど欲しいものがあるとは思えない。服は昔見たものを魔術で再現、魔改造するのが楽しくてそれこそ節操なくいろんなものをいろいろな魔術を込めて作っているが、服なんてものは好みが出る。何軒も店が連なっているにもかかわらず一ヶ所の店で大量に買うことなどあまりないのだ。まして何日もなど現実味のない話だった。因みに色々な魔術と誇張したが、実際は最近できるようになった防水を加えた三種類である。

 

「どんな客なんだ?」

「あの黒いローブのお姉さんですよ」

「あれか……」

 

 密猟者の件で苦しんでいる時店に毎日来ていた客だ。終わったら来ると言っていたが本当に来ていたらしい。よくわからない魔術で苦しめられたのを思い出すと体が熱くなる。クロンは闘争心がふつふつと湧いてくるのを感じた。

 

「次会ったら決着つけなきゃなあ!」

「今日はイケイケですね、テンチョー」

「ああ、この前は虚仮にされて勝ち逃げされたしな。なんかテンション上がってきた! フハハハハ、今日来たら店に引き止めとけ、帰り次第決着を」

「もう既に来ました」

「うそん」

 

 冷水をかけられたように気分が冷めていく。何故か久しぶりに戦う気になっていたのにこれでは肩透かしもいいところだ。

 

「というか、やめてください。あの人来なくなったら極貧経営に逆戻りです。今するべきことはこの余裕を使って商品改良、施設増設、宣伝です。ですが、本来宣伝なんて必要ないんです。テンチョーのユイドラ内の知名度ははっきり言ってロサナ様に次ぐぐらいにすごいんですから」

「やっぱり? まあ、カリスマってやつか」

「ですから、後はその知名度をいい方向に変えるだけです」

「あ、はい」

 

 クロンも当然わかっていたが竜族であるクロンは特に何もしていなくてもイメージが悪い。にも関わらず、闘技場半壊なんてやらかしたものだから住民からはああ、やっぱり、なんて目で見られてしまうのだ。店主の評判は店の評判に直結する。怖い竜族の店になど普通の感性の持ち主は行かない。ならば、繁盛するためには怖い竜族から優しい竜族や良い竜族にならなければいけない。

 

「つまり、具体的には何すればいいんだ?」

「ユイドラ中に広まるぐらいいいことをするか、親しみやすい姿を見せるかですね。グノー君と一緒に歩くのとか意外と効果あるんじゃないですか? あと闘技場も」

「はいはい、頑張りますよ。つーかいいことってなんだ?」

「ユイドラの危機を救うとか?」

「ユイドラが危機になったらな!」

 

 話が一区切りしたところでタイミングよくドアベルが鳴る。

 

「こんにちは」

「ああ、こんにちは」

「いらっしゃいませー」

 

 クロンは振り向き相手を観察する。見事なまでに輝く金髪をツインテールにまとめ、綺麗に切り揃えられた前髪は几帳面さを表しているようだ。だが、その髪から覗くとんがった耳が種族を主張する。

 

「エルフ……初めまして、店主のクロンです。どのようなご用件で?」

「私はセラヴァルウィ・エンドースと申します。本日は貴方に少しお伺いしたいことがあって参りました。お時間を頂けるでしょうか?」

 

 ユイドラ近郊にはエルフの住まう森、レイシアメイルがある。もっともエルフという種族は平和を望み、あまり人間に関わることもない。なので、ユイドラにも殆ど関わってこなかったとクロンは聞いていたが、こうしてユイドラ市内で会えたことに驚きを禁じえない。一応高貴な種族が相手ということと相手が丁寧なこともあり口調に気をつける。

 

「興味……ですか?」

「はい、私は竜族である貴方がユイドラで、しかも工匠として暮らそうとしていることに興味があるんです。どうしてそのようなことをなさろうと思ったんですか?」

 

 相手の丁寧過ぎる対応と美人が相手ということでどうにも居心地が悪い。考える振りをして周囲を見渡すとアリトは既に我関さずを決め込んでおり、カウンターに座り込んでペラペラと何か書き込みながら紙をめくっている。お年頃らしく大人の女性と話すのが苦手なんだそうな。グノーシスは未だ降りてくる様子はない。彼もアリトと同じく女性と話すのが苦手である。もしかしたらセラヴァルウィが居なくなるまで降りてこないかもしれない。助けが来ないことを悟るとクロンはできるだけ視線を合わせないようにしながら返答する。

 

「ああ~工匠の仕事に惹かれたみたいな……そう、殴るだけじゃなくて物作りに励みたいと思いまして」

「そうなんですか! それは素晴らしい心がけです! 私も人間の世界の物には興味がありますが自分で作ろうとまでは思い至りませんでした。中庸の調律者と呼ばれる竜族の中でそういった革新的な行動に移れるのはとてもご立派なことだと思います。」

 

 クロンは褒められることに慣れておらず、ここまで純粋に賞賛されるとむず痒かった。中庸の調律者とは竜族の呼び名で、世界が荒れ、乱れる時にそれを正すべく力を発揮することに由来する。もっとも、クロンの認識は腰の重いじーさん達の集い程度だったが、実のところクロンも竜の実態をよく知るわけではない。クロンの認識も伝聞、推測によるものなので偏見に満ちていた。

 

「そ、そうですか……」

「はい! クロンさんはとても素晴らしい方だと思います」

 

 セラヴァルウィの言葉に少し違和感を覚える。クロンは意外にも友人と話す時と戦う時以外はいつも話す前に言葉をよく吟味してから使う方なのだが、この時ばかりは不思議と言葉が流れ出した。

 

「凄いのは俺じゃない」

「え?」

「こんな形でも俺を受け入れたユイドラ、それとこんな俺を白い目で見ずに接してくれる友人達。本当に凄いのはそっちなんだ」

 

 セラヴァルウィは驚いた表情をして固まる。しばらくの間店内に沈黙が流れる。そして、何かに納得したように大きく頷くとセラヴァルウィは微笑みながら沈黙を破った。

 

「ふふ……そうですね。この街は凄い。それと貴方が言う凄い友人にも会ってみたくなりました。どちらに行けば会えるでしょうか?」

「あ、ああ。そこの大通りを右に真っ直ぐ行くと工匠達が集まる大きな酒場が左手に見えるから、そこを酒場とは逆に曲がってずーっと行くと右手側にウィルフレドの工房が見えるよ。わかんなかったらウィルフレド・ディオンの工房はどこですかとか聞けば答えてくれるよ。居なかったら今日はアンタらの森の辺りにいるんじゃないか? もう一人の変人はウィルに聞いてくれ」

「ありがとうございます。この後寄らせてもらいます。ふふ、貴方は随分と砕けた口調で話すんですね。竜族はもっと厳かな口調で話すものとばかり思っていました」

 

 やべっと小さく漏らし、クロンは咳払いして調子を整える。

 

「今のは忘れていただきたい……いや、やっぱいいか。まあ、半人前にも満たない竜族だからね。しきたりに囚われてないだけですごくもなんともない。本当に凄いのは受け入れる側だということだよ」

「確かに受け入れることもすごいですが。貴方もやはりすごいと私は思います」

「……まあ、ありがとう」

「ふふ」

 

 ニコニコと笑うセラヴァルウィから照れたように視線を大きく外すと話題を求めて店内を見渡す。そして、せっかくの客に商品を勧めていないことを思い出す。

 

「そうだ、セラヴァルウィ。ウチの商品はどうだ? これを機に人間族みたいな服に着替えるのも人間を知る上で重要じゃないか?」

「そうですね、ちょっと見させていただきます」

 

セラヴァルウィは近くにあった服を掴んで自分に合わせてみたり、服をクルクルと回して見てみたりと気軽に店内を歩き始める。その様子にクロンはほうっとため息を吐いた。やっとエルフ、しかも美人との会話が終わり緊張を解いたのだ。

 

「ところでクロンさん」

「は、はい!」

 

 正直クロンとしてはもう会話は終わっていたのだが、セラヴァルウィとしては違ったらしい。突然かけられた言葉に飛び上がる。

 

「どうしたんですか?」

「いや、なんでも……で、なに?」

「都市ではあまりこういう服を着た人はいませんが、どういう服なんですか、これは?」

 

 手に持った上着をクロンに向けて広げながら頭の上に疑問符を浮かび上がらせる。というのもその上着はダウンジャケット。ハイチュエの羽根を突っ込み、ポリエステルが無かったのでそれらしい糸を色々試している過程で生まれたものだ。本来はキルト加工という綿を布状にしたものを布地で挟む技術が行われるのだが、クロンはそんなことは知らない。なので、随分とごわごわした仕上がりになっているが、今の季節は春。今度の冬に間に合えばいい程度の思考の元作られているのでまだまだ改良の余地は大いにある駄作だった。だが、曲がりなりにも昔自分が使っていた服を再現出来ていることにクロンは満足感を覚えていた。

 

「まあ、春だし。だが、よくぞ聞いてくれた! このダウンジャケットは流行る。むしろ流行らせる。今年のユイドラの冬はクロン印のダウンジャケット一色になるね」

「ダウンジャケットというのですか……防寒着なのですね。何故か自然の温かみがあっていいですね」

「そうだろう、そうだろう。話せるね! セラヴァルウィ!」

 

 自分の研究が褒められ上機嫌になって話すクロンをニコニコとセラヴァルウィは見つめていたかと思うと、急にダウンジャケットに視線を戻す。

 

「これは、魔法?」

「気づいたのか? すごいな、セラヴァルウィ! 実は魔法糸に魔力を巡らしありとあらゆる素材を再現する技術を研究していてだな。それはその試作も兼ねているんだ。いずれは魔法糸だけであらゆる質感、性質を再現できるようになる。どうだ、すごいだろう? ふはははは」

「それは凄い。本当に人間の世界というものには驚かされます」

 

 上機嫌ここに極まれり。工匠として絶対に漏らしてはいけない研究内容までペラペラと語りだす。セラヴァルウィをある程度信頼してのこともあるが、大部分を占めるのはただ自分の成果を声高に自慢したいだけだった。この技術も当然魔力を使う以上費用は異常にかかるし、耐用期間も驚くほど短いし精密に術式が施されていてそれが殆ど保護されていないことから強度も雀の涙。更に再現できる性質、質感の数も片手で足りるという問題だらけだったが、完成間近の如く高笑いする。

 

「なんだ、欲しいならあげるぜ。今日は機嫌がいいからな、ハハハ」

「本当ですか!? ありがとうございます。大切にしますね」

「まあ、いつでも来てくれたまえよ。俺はこれから採取に行ってくるから。……グノオォォォォォォシス! 遅えぞ! 先行くからな!」

 

 得意になっていたクロンは奥へと続く通路のドアから顔だけ出して店の様子を伺うグノーシスを怒鳴りつける。すると、グノーシスは慌ててクロンに走り寄る。

 

「ごめん、兄ちゃ~ん」

「今のは……歪魔?」

 

 涙目になって走る去る少年に取り残されるようにセラヴァルウィの驚愕の言葉だけが店内に響き渡った。

 

 

 

 

 エルフ領域の森を黄色と黒と桃色の頭が並んで進んでいく。

 

「よーし、頑張っちゃうぞー」

「勝手に前に出るな」

 

 ウィルフレド達は採取に来ていた。はしゃぎ回るエミリッタにたびたびユエラが叱責するが変化は無い。ウィルフレドは頬を掻きながらそんな二人についていくのだった。ここまでの採取では二人は圧倒的だった。ユエラはディスナフロディの剣術だろうか、腕と剣を前に突き出すようにして間合いを測りながら流れるように敵をなで斬りにする。エミリッタは広範囲の魔法や魔法弾を相手の数や配置に応じて器用に使い分けていく。こと戦闘だけで言えばウィルフレドが必要ないぐらいだった。

 

「あ、キノコだ」

 

 明らかに死角になっていたキノコの群生地にウィルフレドが飛びつく。

 

「うわあ、ホントだ。よく気付いたね、ウィル」

「まあ、採取が苦手な工匠なんて……居るか……まあ、俺は得意なんだよ、こういうの」

「うむ、大したものだ」

 

 しばらくそこに留まり赤いキノコを袋に放り込んでいく。

 

「ウィル、この森は本当に初級の工匠が使うところなのか?」

「ん? そうだけど、どうしたんだ」

 

 突然ユエラがウィルフレドに疑問を投げかかける。

 

「ならばこの森はおかしい。なにか嫌な気配が漂っている」

「嫌な気配……」

 

 ウィルフレドにはわからなかったが、戦闘慣れしているユエラが言うのだ、そうなのかもしれない。そう思い、撤退も視野に入れる。わざわざ危険に飛び込む必要も無い。もっとも、いったい何が起きているのか確かめたいという気持ちも多分にあったが。

 

「なにあれ?」

 

 遠くに目を凝らしていたエミリッタが奥に僅かに見える物体を指差す。遠くからでは判別できないが確かに何かがある。確認すべく三人で走りよってみるとそれは動物の死骸だった。

 

「これは……」

「うわあ……」

 

 死体というだけなら別に珍しくもない。だが、それには強靭な爪、牙。そして、あらゆる物を拒む鱗がある。クロンがシセティカ湖で遭遇したと聞いた時に調べていたのが幸いしてウィルフレドはすぐに正体に気づいた。竜種、リムドラ。エルフ領域の森には居るはずのない魔物だ。死体はまだ新しく血が大地を流れている。この死体からわかることは三つ。一つはこの辺りにはリムドラがいるということ。クロンが戦い、注意を促していた想定外の魔物というやつだ。二つ目はそのリムドラをも倒せるほどの何かがここら辺にいること。そして、まだその相手は近くにいるのだ。戦っている気配すらウィルフレド達に気取らせないほどあっさりリムドラを倒す化け物が。そして最後にわかることは爪も牙も鱗も残っている。つまり、その相手は捕食も剥ぎ取りもしていない。ただ目的もなく殺しているのだ。すぐ逃げろという友の言葉を思い出し、ウィルフレドは叫ぶ。

 

「撤退だ。これ以上ここにいちゃいけない!」

「いや、もう遅いようだ」

 

 淡々と答えたユエラは上空を見上げる。それにつられるようにウィルフレドも空を見上げると、そこには両腕には赤い鳥の翼を、足には鉤爪を備えた人間のような姿があった。ハルピュアと呼ばれる亜人族だ。好戦的で知られるハルピュアはエルフ領域の森にも生息する魔物だ。そうおかしいことはない。だが、ウィルフレドを圧倒的なまでに嫌な予感が支配していた。文献で知られているハルピュアは青い髪に白い翼だという。目の前に居るのは緑色の髪に赤い翼だ。個体差と割り切っていいものだろうかウィルフレドには判別がつかない。

 

「私が打ち落とすよ」

 

 エミリッタが上空のハルピュアに狙いを定め魔力を練り上げる。ウィルフレドはエミリッタに魔力が充実していくのを感じながら、急降下、魔法どれにも対応できるよう槌を取り出し身構える。上空のハルピュアが甲高い声を上げるのとエミリッタの魔法が完成するのは同時だった。杖から発生した純粋魔力の弾丸をハルピュアは垂直に降下して躱す。だが、そこにいつ走り出したのかユエラの剣が振り下ろされる。

 

「クッ」

 

 翼に食い込みはしたものの両断とはいかない。ハルピュアはユエラの体勢を崩すべくもう片方の翼を振るいその後両足の鉤爪で引き裂こうとするが、驚異的な軽さを持ってユエラは最初の風で大きく後方に飛ばされる。あのまま留まっていれば鉤爪で引き裂かれたちまちの内に絶命していたろう。ユエラが離れた今、ここで手を緩めれば空に逃げられる。恐怖を圧して大地を蹴る。

 

「はああ!」

 

 裂帛の気合を込めて放った横殴りの一撃の衝撃は盾にするように差し出された翼からハルピュアの全身に及ぶ。だが、脳を揺らすまでには至らなかったのかハルピュアはもう片方の翼でウィルフレドの身体を殴りつける。衝撃で揺らぐ視界の中にエミリッタが杖を掲げるのが映る。その勢いのまま転がるようにして攻撃範囲から逃れるとエミリッタの二撃目が放たれた。

 

「いっけー!」

 

 イオ=ルーン。エミリッタが今使える最大威力、範囲を誇る魔法だ。ハルピュアを中心として突如起こった魔力爆発は羽根を毟り取りながらその身体を宙に放り投げる。しかし、バサバサと羽ばたいて体勢を整えるとクエーという甲高い鳴き声とともに魔力の衝撃波のようなものがエミリッタに向けて放たれる。魔術師は障壁を展開しており魔法や物理攻撃に対して見た目以上に耐性を持っている。エミリッタもその例に漏れず障壁を展開していたが衝撃波を受けてその小さな身体を浮き上げろくに受身も取れずに地に叩きつけられる。ここに来てウィルフレドは確信する。目の前のハルピュアはハルピュアの上位種だ。あらゆる面で普通のハルピュアの枠を飛び抜けた性能だった。ウィルフレドは自分の迂闊さに唇を噛む。

 

「あ、ぐ!」

「エミリッタ!」

 

 今度は小さくうめき声を上げるエミリッタに駆け寄ろうと立ち上がるウィルフレドに向けて鳴き声とともに衝撃波が飛ぶ。次の瞬間襲いかかるであろう衝撃に備え身を硬くするが、それはその身を盾としたユエラによって無駄に終わる。

 

「がふ……」

「ユエラ!」

「わ、私はお前の護衛だ」

 

 撥ね飛ばされるユエラの身体を支えようとすると、ユエラはなけなしの力で強がって腕を払いのける。撤退はできない。二人を置いていくことなどウィルフレドには考えられなかった。友人の強そうな敵に出会ったら逃げろという言葉が思い起こされる。最初から撤退するべきだったのだろう、だが、こうなっては倒すしかない。戦闘は苦手なんて言っていられない。雄たけびを上げて走りかかる。ウィルフレドは魔法が使えない、自分の作った槌を信じてただ突き進むのみ。油断しているのかのろのろと上昇していくハルピュア。手の届くうちに叩かなくてはいけない。ウィルフレドはグルグルと槌を回転させて勢いをつけるとハルピュアに向けて投擲する。ハルピュアは虚を突かれたのか動きが固まり、槌に見事に当たり地に落ちる。槌を拾う暇は無い。剥ぎ取り用のナイフを抜いて飛び掛るが起き上がったハルピュアに殴り飛ばされる。ハルピュアの筋力は如何に上位種であろうとそう高くない。だが、それでもウィルフレドがほぼ素手で戦うにはあまりにも無謀な相手だった。

 

「うおおおおおお!」

 

 だが、今ウィルフレドにできるのは無謀であろうと殴りかかるだけ。空に飛ばれれば攻撃手段などないし、離れれば魔法が飛んでくる。ここで仕留めなければ全員殺されてしまう。ナイフもなくなり攻撃も受けてさっきより状態の悪いウィルフレドとさっきよりはいくらかダメージから立ち直り体勢が整ったハルピュア。結果は火を見るより明らかだった。殴られ倒れるウィルフレドにハルピュアは今度は追撃するべく僅かに宙に浮き鉤爪を煌かす。何故かゆっくりと迫る爪を眺めながら、朦朧とする頭にレグナーの皮肉気に笑う姿が思い浮かぶ。試験の時の言葉が思い起こされる。さっきの戦闘だけど離れずにすぐ追撃するべきだった。グレイハウンドは君もよく知る相手だ。あそこで慎重になる必要はなかったね。そんな言葉だった。今とあの時では状況がまるで違う。まるで役に立たない。だが、慎重になる必要は無いのは今も同じだ。今必要なものは思い切り。ここで引けばそれこそ意味が無い。

 

「まだっ、まだだ!」

 

 動き出した世界でウィルフレドは迫るハルピュアに逆に襲い掛かる。狙いを下に定めていた鉤爪を飛び越えウィルフレドの正真正銘の全力の拳がハルピュアの頭を揺らす。だが、悲しいかなウィルフレドはそれでも戦士としては三流。その一撃をもってしても倒すには至らなかった。そのまま受身を取ることもかなわず倒れこむウィルフレド。逆にハルピュアは揺れる視界の中、空へと必死で飛び上がる。わけなく倒せるはずの相手に手痛い攻撃を受け一先ず空へと逃げていく。その頭上に木から飛び上がった人影が覆いかぶさる。

 

「私を忘れてもらっては困る!」

 

 ユエラの剣は防御のために差し出された翼をすり抜けるようして懐に入り込む。刹那、ハルピュアの首が舞うとともに空に赤い花が咲いた。

 

 

 

「大丈夫か」

「うーん、大丈夫」

「全然大丈夫じゃないよぉ」

 

 ユエラは二人を揺り起こして目を覚まさせる。三人ともこれ以上ここに居るのは危険だと頭でも肌でもわかっていた。

 

「とにかく、一度帰ろう」

「ラ、ラジャです」

「うむ、急いだほうがいい」

 

 そのとき三人は肌に吸い付くような悪寒を感じる。ユエラが森の奥に顔を向けると、異様な空気が充満しているのがわかる。

 

「ウィル、急げ!」

「ああ」

 

 その言葉が終わるや否や真後ろに何かが突然現れる。それで三人ともが理解した。リムドラを軽々と屠ったのは誰かということを。それは漆黒のローブを着た赤い髪の女性だった。だが、それを普通などとは口が裂けても呼べたものではない。まず宙に浮いている。そして紫色の瘴気のようなものを纏い、薄く笑う様は恐怖を呼び起こす。なによりその手に握られる血に濡れた巨大な処刑鎌は決して相容れない存在なのだと雄弁に語っていた。

 

「早く行け!」

 

 ユエラは体力の尽きた震える足で地を蹴り、死神に向けて特攻する。だが、特攻虚しく死神は鎌で攻撃を止めると手首を捻るような動作で鎌を持ち上げてユエラを弾く。実力差は歴然だった。たとえ三人に疲労がなくとも手も足も出ないだろう。ユエラに追撃すべく死神は鎌を振り上げる。

 

「ルリエンよ。我が矢に宿りて悪しき力を払いたまえ!」

 

 直後、一本の矢が死神へとまっすぐ軌跡を描き炸裂したかと思うと死神は大きく距離をとる。

 

「さあ、走って!」

 

 ウィルフレドはユエラに肩を貸そうとするがユエラはその手を払いのけて一人でよろよろと走る。矢が次々と飛来する中三人は無我夢中でその場を離れるのだった。

 

 

 

「はあ、はあ、ここまで来れば大丈夫みたいだな」

「そう、みたいだね」

 

 息を絶え絶えで三人は森の入り口付近に座り込む。生きているのが不思議なぐらいだった。

 

「ご無事でしたか、よかった」

 

 助けてくれたであろう人物に視線を向ける。金色のツインテールをした見事なスタイルの女性、セラヴァルウィがそこには立っていた。

 

「はあ、ありがとう、助かったよ」

「はい、助けられてよかった。どうやら先ほどの死神は近づくものを攻撃するようですね。追ってくる様子はありません」

 

 セラヴァルウィの言葉に再び大きく息を吐く。

 

「俺はウィルフレド・ディオン。工匠だ。何かお礼がしたい」

「ウィルフレド……貴方が!?」

「ああ、うん」

 

 予期せぬ反応に戸惑いながらうなずく。

 

「お礼でしたら少しお話を聞けないかしら」

「それぐらいならいくらでも。一度俺の家に行こう。ご飯でもご馳走するよ」

「わーい賛成賛成。私疲れちゃったよ」

「そうだな」

 

 九死に一生を得た三人はセラヴァルウィとともにウィルフレドの家へとゆっくりと帰還するのだった。

 

 死神。それはウィルフレドにとって初めて立ちふさがる、超えなければならない巨大な壁だった。

 




クロン遅刻。どうやっても死神オワタにしかならないのでクロンは邂逅無し。しょうがないね。ここで退場されると逆にクロンがオワタになるし。
ここから色々キャラが増えていきますので〇〇がよくわからないとか、〇〇のキャラが掴めないとかあったら言ってください。意識して描写していこうと思いますので。正直沢山のキャラを描写しきれるか不安で不安でしょうがないので沢山のキャラを扱う際のアドバイスとかあるとありがたいです。無論普通に感想も待ってます

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