ヒトとして生きる   作:sophiar

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経営して生きる

 クロンは先ほど完成した服らしき大きな布を両手で広げると、そのあまりの完成度に唸る。

 

「完璧だ。無地だけど魔法糸によって編まれたシャツ。ユニクロで売れるレベル」

 

 因みに魔法糸なんて使っているせいでコストは無地のTシャツにしては尋常じゃないほどにかかっていた。しかしこのシャツには特に魔術的な力は備わっていない。ディル=リフィーナにおける魔術とはディル=リフィーナの神々への信仰によってなりたっている。魔力もまたそれら神によって与えられるもの。そして魔法具というものはそうして得た魔力を多種多様な方法によって物に宿らせたものである。クロンは服に魔術を施し任意の術式が発動するようにしようとしていた。クロンは武器、鎧、家具の生産を全て捨てて服や装飾に力を注いでいる。そのかいあって、今は複雑なものになるとまだまだだがいくらかのものは作れるようになっていた。女物から子供服まで色々作っているが男性用のものは大抵耐炎加工実験の犠牲となり殆ど店に出していない。

 

「これで土台は完璧だ。後はこれに望み通りの術式を込められるようになればめでたく魔法服の完成ってわけだ。とりあえず耐炎を全ての服に施せるようにならなければ……」

 

 クロンは立ち上がると大きく息を吸う。作業を中断しなければいけないことを残念に思う気持ちを切り替えて別の仕事に取り掛かるために準備を始める。クロンは午前を自分の研究に、午後は店に売り出すための商品作成に費やしている。最近は懐が寂しいこともあって商品作成の時間を増やしていた。なので、これ以上自分の研究を進めていればズルズルと店のための時間がドンドン減ってしまう。

 

「早く売れる魔法服が作れるようになればなあ。時間を分ける必要もなくなるのに」

「こんにちはー」

 

 突然工房の扉が開けられ一人の少年が入ってくる。年は十三、四といったところか、その少年は年上のクロンに臆することなく近くまで歩み寄ると嫌そうな顔をするクロンの顔を覗き見る。

 

「どうしたんですか?」

「いやあ、またこいつかって思ってさ」

「こっちも仕事ですから」

 

 工匠会は素材を探すために店を空けることも多い工匠のために無料で店員を派遣している。一人で暮らし、特に協力者も居ないクロンも当然この制度を利用しており、それの結果がこの少年である。

 

「そうじゃなくて、工匠会に頼んでんのはこっちだしさ。来てもらうのはありがたいんだけど、このガキがかわいいねーちゃんに代わってくんねえかなあって」

「酷い!?」

 

 派遣される店員には女性が多い。それを聞いて胸を弾ませていたクロンのもとに初日にやってきたのはこの少年である。それ以降一度も代わることなく彼がクロンの店の店員を務めていた。

 

「無理しないで代わってくれていいのよ?」

「いやー新人の僕が異動願いなんて出せれるわけないじゃないですか。工匠会に変更願いは?」

「あれは割と金がかかる。それと変更じゃなくて指名だからな」

 

 なにか不祥事を起こせば無論代えられるが、まださほど大きな失敗というものをこの少年はしていなかったし、指名するほど金もない。

 

「へー、ところでこの前の盗難ですけど……」

 

 小さい体をさらに小さくして少年はクロンの様子を窺う。

 

「あー今のところ放置かなあ。今日のところは俺が居るし流石になんもないと思うが」

「すいません、僕がしっかりしてれば」

「それに関しちゃあ、こっちにも非があるし……十分な対応できなくて、ごめんな」

 

 この前クロンが素材を採りに行った隙に盗難が発生したのだった。幸い盗られたものはたいしたものではないが目の前で盗難が発生して止められなかったという事実を少年は気にしていた

 

「工匠会に報告しないんですか? 多分対応してくれると思います……」

 

 それによって下されるのであろう処罰を思ってか声が幾分か小さくなる。強盗のようなものには処罰はないが万引きのような盗難には工匠会から店員に減点が課される。

 

「そうしたいのはやまやまなんだが、いろいろあってなあ。この前鉱脈出禁咬まされたしこれ以上不祥事重ねると辞めさせられるかもしんないんだよなあ」

「え? 別にテンチョーは悪くないじゃないですか。この店員派遣って工匠が安心して素材採取に赴けるようにするためにあるんですよ?」

「ふ、残念ながら俺がそんなことを工匠会に持ち込めば、俺を工匠にするのに反対していた連中がそら見たことかってな具合に元気になっちゃうんだよ」

 

 クロンが工匠になる時おおいに工匠会は荒れた。一応は現ユイドラ領主であるロサナ・レビエラ匠貴のユイドラに新しい風を取り込むべきという言葉により試験を受けることができたわけだが、闘技場半壊事件によりやはり竜など迎え入れるべきではなかったという声が大きくなっているのだ。

 

「いくらでも言い分なんて作れんだぜ? これは住民の竜を追い出せという意思の表れですとかいろいろさ。とにかくしばらくは工匠会に突かれたくないんだよ。まあ、自業自得なんだけどさ」

「はあ……でも闘技場半壊って鉱脈出入り禁止だけで済んだんですか?」

「一応な、まあ工匠会の気が変わって首が飛ぶ可能性も否めないけどね」

「もし、気が変わっちゃったら?」

「首を飛ばす、むこうのを物理的に」

「ハハハ……冗談ですよね?」

「当然冗談だ」

 

 淡々と話すクロンに少年は冷や汗を流しながら話題を変えるべく頭をフル回転させた。

 

「な、ならなんでそこまで工匠に拘るんです? そのなんちゃってドラゴンパワーがあればもっと楽に稼げるんじゃないですか?」

「おい、なんちゃってってなんだよ。まあ、あれだ。一つは竜としての力ではなくて自分自身の力でなんかやりたかった……みたいな?」

「嘘だあああああああ、今までの流れから全っっっっっっっ然力を抑えようという気が感じられませんよ!!」

 

 やたらと騒ぎ始めた少年をこの子どうしたんだろうとでも言いたげな可哀相なものを見る目でクロンは見つめながら伝染しないように一歩遠ざかる。

 

「やめてください。僕がまるで痛い子じゃないですか。というかそれならどっかで職人でもやればよかったじゃないですか。工匠みたいに戦う必要がない職の方がよくないですか?」

「理想と現実は違うんだよ。純粋に技術だけで誰にも師事せずにやるなんて無理だ。だからある程度はこの力が有利に働く職種にしたの。最初頼るのはしょうがない、うん。意地張って死ぬわけにはいかんだろ?」

「そうですけどーそこは意地を通した方がかっこいいですよ?」

「はいはい、霞が食べれるようになったら考えとくよ。さ、仕事仕事」

 

 クロンが話は終わりだというように少年をシッシッと工房から追い払うように両手を振る。それを受け少年はしぶしぶ店に新しい商品を持っていくため工房を見渡す。するといつも通り台車の上に積まれているのを見つける。そして、押していこうとして急にクロンに振り返る。

 

「最後に一つ、なんでこんな立派な工房持てるお金持ってたんですか?」

「今の仕事が竜としての力じゃなくて自分自身の力でやるための仕事だって言ったろ。つまり前のは竜じゃなくちゃできなかったってことだよ。そして、もうやらないと心に決めた。さ、働けー」

「はーい、ちゃんと今月の報告書には勤勉で物分りが良くて将来が楽しみな逸材って書いといてくださいねー」

「はいはい」

 

 クロンの話を黙って聞くと少年はやっと工房から出ていく。クロンは一人工房に残るとため息を吐いた。

 

「まあ、肝っ玉だけは逸材だな、間違いなく」

 

 静かになった工房で竜に臆することなく話す店員に対する呆れ半分感心半分の複雑な感情を漏らした。

 

 

 

「よいしょ、これは栄養剤、これは……手袋? すごい長い。肘までありそう。しかもこんなふわふわしたのがついてんの? また変なもん作って……服屋に転職した方がいいよ、絶対」

 

 先の少年、アリトは先ほどの台車から品物をおろし陳列していく。時折服装関係ではへんな物も混じっているが、クロンが趣味で作っているものなのでクロン自身も売れたら儲けもの程度に考えているらしく纏めて適当に置いておいてくれと言われていた。なのでそういうものは目につきにくい隅の方に、できるだけきれいに陳列する。もう開店しているが開店と同時にこんな新米工匠の店、しかも竜族の店に来る者などいない。客が来るのは他で買い物を終えたついでに立ち寄る夕方が多い。そこでどれだけ売上を上げられるかが勝負だった。

 

「うーん、帰りに立ち寄ると考えると一般的な雑貨とか服置いてても意味ないよなあ。いっそ奇抜な物を中心とかに置いて衝撃を与えてった方がいいかな? でも、一般的な物も目につくとこにないと奇抜なものしかないと思われて一般のお買いもの客が遠ざかりそう。いや! 結局いままでそれで一般客も芳しくないわけだししばらくはテンチョーのよくわかんないのをメインに出してこ!」

 

 並べおわった商品をまた配置を変えるべくアリトは店内を一生懸命駆け回る。別にクロンが好きだからとか彼のために頑張ろうとかいうわけではない。工匠会の派遣店員になった時、彼が感じたのは喜びではなく自分の人生に対する失望だった。何か劇的なことがあってなったわけではない。家が貧乏なのは別に珍しくないし彼ぐらいの年で働くのもそう珍しくない。ただ、なんの問題もなく店員として受け入れられ、先輩の店員の話を聞いておおよその自分の道を悟り、このまま人並みな人生を誰にも注目されずに歩むんだなっと子供ながらに予感したのだ。自分は物語の登場人物ではなくただの背景なのだと。ある時、皆が嫌がった仕事を新人だからということで押し付けられた。それが唯一の竜の工匠、クロン・プレイアの店だった。平凡な少年の目にはその姿は特別という言葉がそのまま服を着て歩いているように見えた。そして、思ったのだ。彼は自分の人生が変わるきっかけになるかもしれないと。これはチャンスだから逃したくない。具体的にどう変わるかなどわからなかったがアリトはとにかく頑張ると決めた。

 

「よしよし、でもなんかもっと目立つ方法ないかなあ」

 

 中心のテーブルに魔法糸で編まれた服やらつるつるする長い手袋やらやたらもこもこする毛が縁についた上着など並べたものの手に取ってもらわないとその奇抜さがよく伝わらない。なにか並べ方にも奇抜さが欲しいと頭を悩ませる。

 

「おい、台車返せ、台車。重量は平気でも多くは持てないんだから」

 

 工房の素材運びに困ったのかクロンが店の戸をあけて奥の工房から出てくる。

 

「おお、ちょうどいいです。テンチョーなにとぞ竜の英知を貸してください」

「え? 英知? いや……全然覚えてな……」

「このテンチョーの奇天烈グッズを前面に押し出してくつもりなんですけど、なんか目立つ見せ方ないですか?」

 

 きらきらした瞳を受けクロンは冷や汗を流しながら高速で思考を展開する。店長の威厳を示すために元の世界の光景を思い出してなにかいいものはないかと記憶の海に沈む。

 

「つ、吊るすとか? 板に引っ掛けて」

「普通ですね」

「ちげーよ! 今のは小手調べだよ」

 

 アリトの目が失望の色に沈んだのを読み取り再度記憶の海に潜る。ハンガーはよくよく考えなくてもディル=リフィーナに置いても一般的なものだった。

 

「マ、マネキン! そうマネキンだ」

「はい?」

「人形に服を着せて見本にするのよ。これで服の着た感じとか合わせた時の感じとかがよく伝わる」

「へえ、まあとりあえず損になるもんでもないですしやってみましょ。その人形はテンチョーが作れるんですか?」

「え?」

「え?」

 

 店内に静寂が訪れる。案を出すことに必死で実行方法までは全く考えていなかったクロンは人形の作成方法を考え自分では間違いなく作れないと確信し、代替案を考え始める。

 

「あ、別に人形じゃなくてもいいんだよな。とりあえず着せて見せればいいんじゃね?」

「人雇うお金がどこから出てくるんですか」

 

 クロンの提案にまたも失望の光をアリトは目に宿らせるが、不意にその目が面白いこと思いついたとでも言うような明るい表情のクロンの目と合う。

 

「ここにちょうど女性平均よりちょっと小さいぐらいの人間が一人」

「無理無理無理無理。着たら売れないですよ? あと女性もの男性もの8:2ぐらいじゃないですか。絶対女物着せる気ですよね!?」

「いいじゃん、面白そうだし。減るもんでもないだろ」

「男としての何かが減りますよ!」

「あんま暴れるなよ。男の尊厳じゃなくて命奪っちゃうかもしんないだろ」

「さ、さらっと脅すのやめてください。あ! いいんですか? 工匠が簡単に物作るの諦めちゃって。人形も作れない工匠でいいんですか?」

「さあ、覚悟しな」

「うわあああああああああああああああああああああ」

 

 二人っきりの工房に少年の叫びが木霊する。

 

 

 

「さて、そろそろ本気で考えないとやばいなあ」

 

 アリトに女装させ店内に置いてきたクロンは真面目に金策を考える。商品の質を上げるのが一番だが、そう一気に上がるものでもない。依頼を受けようにもみんななかなか竜に任せようという気にはならないのだろう。そんな勇気出さなくても他にも工匠はいるのだ。今のところ依頼をくれるのはティアンぐらいのものだった。

 

「友好関係が狭いのが問題か、やはり」

 

 とりあえず頻繁に街を歩いて交友関係を広げなくてはいけないと思いながら他の店を外から眺める。正午を過ぎたあたりで今はどの店も人へ溢れている。朝市がある朝は店を開けてもほとんど意味がない。そして今の時間帯は激戦区。

 

「夜とかどうかなあ。ああ、でもそれだと店番自分でやんなきゃいけないのか。無理だな。誰も来ねえ」

 

 夜は店員派遣が行われない。深夜、竜が店番する店に軽い気持ちでお買い物など出来るのは竜より強い存在ぐらいのものだろう。その上自分で店番するということはその分作業時間が削られることになってしまう。深夜営業をクロンは頭から消し去る。

 

「はあ、帰るか」

 

 家に近づくにつれ人が減っていくのを感じながらクロンは自分の家へとトボトボ歩いて行った。そして店内に入ると案の定他とは違って閑散としている。黒いローブに黒いフードと全身を真っ黒に染め上げた性別不明の客が一人ファーのついたロンググローブを珍しそうに手に取って全方位から眺めてみたり、伸ばしたりとしているだけで他に客はいない。伸ばされると弱いのでやめてもらおうかともクロンは考えたが、せっかくの客がいなくなっては元も子もない。カウンターにしゃがんで恨めしそうに睨むアリトのもとにクロンは歩み寄る。

 

「どーよ、状況は」

「いつも通りですよ」

 

 やる気なさそうにアリトが答える。それに対してクロンは声を落としてアリトに聞く。

 

「あの客含めて?」

「はい、あのお客様含めてです」

「さよか」

「いつもああして眺めるだけで何も買いませんよ。まあ、お客様が零と一じゃ全然違いますからいてくれていいんですけどね」

 

 クロンはその唯一の客に目を向ける。表情は見えないが手に持ったものではなく自分が動いていろいろな角度から商品を眺めるさまはなんだか可愛らしい。あれで中身が男だったら文句の一つぐらい言ってやろうと心に誓いもう一つ気になっていたことをアリトに尋ねる。

 

「そういや、盗難したやつってどんな奴だったんだ?」

 

 アリトは視線を上に外し考える素振りをする。

 

「顔とか見てないですけど、多分男だったと思います。あと片手が無かったです」

「隻腕ね……ふーん」

「もしかして、知っている人ですか?」

「うんにゃ、よく知らん奴だけど」

 

 もしかしたら別人かもしれないと希望的観測をしながらクロンは工房へと足を進めた。二つ確かなことはこれで放置するわけにはいかなくなったということと、とてつもなく面倒なことになるということだった。

 

 

 


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