「うおお!? ガントレット作ってたはずが料理用のミトンになったぞ、おい」
窃盗を放置しないと決めてからちょうど一週間後、結局のところクロンは工房に篭ってものづくりに終始していた。というのも最近隻腕になった工匠などすぐ見つかると高を括っていたら、誰に聞いてもそんな奴は知らないとしか返ってこない。ならば、と工匠会に問い合わせてみれば流石にそんな情報は教えられないと言われ、逆に他の工匠の情報を何に使うのだと疑われる始末である。別の日に錬士昇格の際の怪我をしていた工匠にお見舞いがしたい、と今まで一度たりとも考えていなかった殊勝なことを言ってみてもそれが誰かわからないとキッパリ言われ追い出されることになってしまった。あまりにぞんざいに扱われるものだから工匠会が絡んでいるのではないかと邪推してしまうほどである。そして今は気の進まない武器の代わりに経営のためにもガントレットぐらいは作ろうとして出来上がったミトンをマジマジと眺めながらクロンはまた窃盗が起きるのを気長に待っているのだった。
「赤いミトンってなんか女子っぽい。俺のイメージカラーなんだけど……そもそもこれ刃防げんの?」
鉄甲もなにも付いてないミトンには耐炎は未だうまくいかないので実装できなかったが耐熱の加護が働いている。今クロンが安定して付加出来る数少ない術式の一つである。耐熱仕様の頑丈なミトン、完全無欠なまでに料理用だった。ちなみにあと一つは縮小で、例えば腕輪などにつけることで持ち主の腕の太さに合わせて縮めることができるのだ。ただし、そうした場合拡大できないので外せなくなるが……。
「でも、需要はありそうだしまあ、これはこれでいいか」
ミトンの説明をカードに書き込むとそれを添えて店舗に陳列するためのものを置く袋に放り込む。
「このまま工房に篭っててもいいんだけどいずれ素材が尽きる。また素材採ってる時に盗まれたら堪んないよなあ」
頭を掻きながら手詰まりな状況に眉間に皺を寄せる。気分を変えるためにもとりあえず店舗の方に陳列用の袋を持って足を運ぶ。
「よーう、どんな案配?」
「はいテンチョー、いつも通り正午ちょっと過ぎの時間はお客様一人です」
店舗に足を踏み入れたクロンの目に飛び込んできたのはいつも通り真っ黒なローブに真っ黒なフードを被って防御を固める女性と思われる客が一人いるだけの閑散とした様子だった。もうお互いに慣れたもので声を落とすこともしない。
「今日あたりになにか進展ないとおちおち採取にも行けねえよ。苦手だから数こなさなきゃいけないのにさ」
「おかげで僕は安心して店番できます!」
「留守番できるようになろうな、ぼく」
「うう……いつもは出来てますよお!」
笑いながらクロンは持ってきた袋をアリトに渡すと陳列を開始する。いつもは手を出さないクロンも今日は手が空いたからか率先して動く。それを見たアリトは陳列するクロンの後にバインダーを持ってついて回る。初めて見るものに対してアリトは素材などを聞いて大雑把に値段を書き込んでいく。小さい店舗で固定客も少ないので値引きなどを行い、なんとしても固定客を得なければいけない。なので、最低値段さえ把握していればいいというのがアリトの考えだった。
「そういえば籠手作るとか言ってませんでした? そのためのスペース作ったんですけど……一個ぐらい完成してないんですか?」
「うぐ……」
アリトの言葉にクロンは動きを止める。数日前に大見得切った結果がちょうど今袋から取り出していて手の中に収まっていたが、非常に言い出しづらい。
「も、もうすこしでできるんだけどな……いやあ、いつもあんま鉄甲とか使わないから時間かかっちゃって」
そもそも全く鉄甲なんて加工していないなんて言えずに見栄を張ったクロンは何食わぬ顔でミトンをガントレットが置かれるはずだったのであろう場所に陳列する。
「慣れないだろうけど頑張ってくださいよ。武器、防具は単価が高い上に店の顔になりやすいものなんですから。インテリアに使う人や安心感のためとかに買う人も居るんですから意外に需要は高いですし、見た目も大事ですよ!」
「はいはい、頑張りますよー」
最近グイグイ来るようになったなーなどと内心驚きながらもおざなりにクロンは返事する。すると、今まで出したことのないものを出したからだろうか、黒いローブの客が駆け寄ってくる。そして、陳列したミトンに顔を寄せて何やらまじまじと見つめていた。
「えーと、た、ただのミトンですけど珍しいですか?」
恐る恐るといった調子でクロンは客に話しかける。何度も見てはいたものの実際に話したことはなかったので妙に緊張していた。すると、話しかけられると相手も思っていなかったのか、少し動きを止める。
「ええ、なんだか可愛らしい見た目だし、日用品に魔法が施されているのはあまり無いもの」
予想通り少し高い声が帰ってきてクロンは僅かに安堵する。どうやら文句は言わないで済んだようだ。
「だったら買ってって頂けるとありがたいのですけど」
「うーん、最初は買おうと思ってのだけど、だんだん良くなっていってるからもうちょっと待とうかなあって思ってるのよねぇ」
「そうですか、期待していただけるのはありがたいです」
客と会話するクロンをアリトは目を見開いて見つめる。そのさまをクロンは感じ取りまた失礼なこと考えてるんだろうなあとため息をつく。
「あらあら、ため息つくほどお金ないの?」
クロンのため息を買われないことへの失望だと勘違いしたのか黒い客はころころと笑う。その際クロンを見上げ、フードの中の顔がクロンの目に映る。赤紫色の目に整った顔立ちそして暗いローブの奥で輝く金糸の髪。長さはわからないが綺麗だとクロンは思った。
「あ、あーまーそう、そうなんですよ、お金あんまりなくてね」
しどろもどろになりながらクロンはなんとか返答する。答えづらいということもあったが相手が美人だとわかり緊張が一気に加速した。アリトもどっかのタイミングで顔が見えたのかそそくさと離れ自分の聖域たるカウンターに引っ込み始めていた。
「そう……。なら、そうね。今日はお金あまり持ってきてないからできないけど、明日はたくさんお買い物させてもらうわ。だから今日のところは面白いこと教えてあげる」
「面白いこと……ですか」
「ええ、貴方にとってとても有益だと思うわ」
「まあ、一応聞いときます」
「一応なんて酷いわ。きっと役立つのに。最近密猟者がたくさん出ているんですって。工匠会が資源を独占しているのはおかしいっていう論理でね。それで魔物に殺されてるんだから可笑しな話よね」
人間が殺されていることを話しながらそれがさも可笑しなことのように笑う女性。クロンが思ったのはそれの何処が俺に有益なの、ということだった。それをおかしいと思う気持ちは二年前に失った。
「フフフ、そんな呆れた顔しないでぇ。その密猟者さんたちねぇ、あんまり仲間が死んじゃったもんだから割に合わないってことでやめることにしたみたいなのよぉ。密漁の目的は不明だけどどうやらこのままじゃ達成できないみたいだしね。あと工匠会も気づいたみたいだし」
「全然俺に関係ない……ですよ?」
「焦らないで、もうちょっとなんだから。それで、素材の処理に困るじゃなぁい? 持ってたら密漁しましたって言ってるようなものだしねぇ。売ってもいいのだろうけど売ったところから足が着いちゃうわ。さあ、困ったわ。しかし、そこに救いの手が!」
「つーか、処理できねえならなんで密漁したのよ」
密猟者達の恐るべき計画性の無さに呆れるとともに、身振り手振りまでいれて話し始める客をクロンは生暖かい目で見つめる。緊張が解れ今感じているのはこの人どうしたんだろうという呆れだった。その視線に気づいたのか客はコホンと咳払いして調子を整える。ローブで顔色は見えなかったが赤くなっているのではないだろうか。
「……それでね。どこぞの高官さんと取引したみたいよ。その素材を誰かさんの留守中にその工房に放り込んで犯人に仕立て上げれば見逃してあげるってね」
「誰かさんって……マジで言ってんの?」
「マジデ? まじで馬路でマじで……マジで? 竜語?」
「ちっ違う! マジでってのはアレだよ。本気で? っていう俺の個人的な造語だから気にしないで」
「そうなの。貴方と会話するにはそういうの知る必要があるのね。苦労しそうだわ」
思いもかけないところで引っかかった客にクロンは慌てて弁解するが誤魔化すにしても下手だったと頭を抱える。
「それで、誰かさんってもしかして俺のことですか?」
「別に敬語じゃなくていいのに。さっきは普通だったじゃない」
「そ、そうですか。いや、そうか。うん、そうさせてもらうよ」
「そうして。私だけ砕けた言葉で話してるとなんだか頑張って踏み込んだ片思いの少女みたいじゃない?」
微笑みこちらを見つめる女性に視線をそらす。年頃の女性と仕事や買い物以外で話すなど二年ぶりである。耐性などとうに失っていた。
「そ、それで、誰かさんってやっぱ俺のことなのかな?」
「少女に突っ込みないってことは私まだ少女で通るのかしら?」
「い、いや、もう女性かなあ」
クロンは相手の顔から若干視線を落としながら答える。そこにはゆったりとしたローブの上からでもわかるほどに膨らんだものがあった。
「あらあら、女性相手に面と向かってそんなこと言うなんて大したものねぇ。意外にお盛んなのかしらぁ?」
「な、そんなことないぞ!? 俺竜だから人間に興味ないし」
「蛇に発情するの? すごい性癖ねぇ」
「竜=蛇って認識はどうかと思うよ? というか俺に失礼じゃね?」
クロンは三度同じ質問をして答えてもらえないことにも、見事に変な方向に会話が向かい本題が全く進まないことにも内心戦慄した。
「あれ? 気にした? マジでごめんなさい。以後気をつけますわ」
「謝ってる? それ? あと別に使わなくていいからね? その言葉」
「ふふふ、ところで、貴方はかわいらしい上着とか作れないの? 最近この黒いローブで生活するの嫌なのよね」
自身の服装を見下ろしながら顔をしかめる。クロンはこの世界に来てからあまり洒落っ気のない女性が多いと思っていたのでそうは感じていなかったが、黒いローブに汚れなどは見当たらないとは言え若い女性が生活するには不適応かもしれない。因みにファッションはクロンのストレス発散法の一つなのだが、自分の発火に耐えられる素材がないことと尾と翼を出すと破れるという問題から今はまだ服装は簡素なままだった。
「もうちょっと素材と金があればな。凝ったもの作って売れないとダメージでかいし」
「じゃあ、確実に売れるなら作るのね!」
目を輝かせて顔を近づかせてくる女性に対して同じ距離だけ下がる。
「そ、そうだな。売れる保証があればな。だから何れは注文受けてから相手に合わせたものを作るようにしたいんだよ。しばらくは無理だけど。そして近いからもっと離れて」
「まあ、そこら辺の話はまた今度にしましょ。まだ貴方にはいろいろ足りないようだし」
「採取苦手だし、まだ錬士な上にいろいろ技術が足りないからな。こう言うのは変だけどどうしてもほしいものは他の工匠か着物屋に頼んだほうがいい」
「そうねぇ、気が向いたらそうさせてもらうわ」
ニヤリと整った口元を歪めながら話す女性に理由はわからないが他の人間に頼む気は無さそうだとだけ理解した。
「買ってくれるのは嬉しいが、過剰に期待されるのは困るね。できる限り応えるつもりだけどさ」
「マジで頑張ってねぇ。じゃあ、今日はもう帰るわぁ」
まるで言い訳は聞かないというように話を打ち切ると軽やかな足取りでクロンの脇を通り抜け、入り口付近でクルリと向き直る。そして右目を瞑ってウインクした。その瞬間だった。クロンは自分の足場が崩れたような感覚に囚われる。平衡感覚がなくなり視界も歪む、その姿が魅力的で衝撃を受けたなどという話ではない。今、この瞬間にどういう効果かはわからないがクロンは確かに魔力による浸食を受けているのだ。
「があぁあ、あああ!」
翼と尾が作業着を突き破り、黄金の角と爪が具現する。竜の力により全身が発熱するとともに侵入した魔力を焦がす。そして、脂汗を滲ませながらも未だに入り口で微笑む黒いローブの女性を睨みつける。
「はぁ、はぁ、ど、どういうつもりで! 何をした!」
「そう怒らないで。効かないって分かってたんだから、確認しただけよ。明日、いやそうね、密猟者さんのことが片付いたらまた来るわ。私はセレスティア。貴方の味方寄りの美人の女の子よ。覚えておいてね」
そう言いたいことだけ言うと外に駆け出す。その様子をクロンは視界に収めながらも追うことはできなかった。自分の腕を見下ろすと未だ震えている。恐怖や高揚といった精神的なものではなく単純に魔術を強引に破った後遺症のようなものだろう。
「これが戦闘なら……相手が攻撃手段を持ってたなら御陀仏だったってわけか。なんだよ、おい! 強い奴は身近にも居るじゃねえか!」
深紅の目をさらに輝かせて子供のように騒ぎ始める。急に竜人になった瞬間に驚いてカウンターの下に潜っていたアリトはカウンターから外の様子を覗き込む。すると、竜人の姿ではしゃぐクロンより先に先ほどの女性がスキップして遠ざかるのが見える。その後、それには気づかずにはしゃぎ回るクロンに視線を戻すと、なんだか可笑しな二人組だと溜息を吐きながら竜人の傍に寄った。
「なんか個性的な人でしたね。それと、もしかしなくてもテンチョーって戦闘狂なんですか?」
「ん? 違うよ。俺戦うの嫌いだし、清く正しくニッポン男子やってきたから人とか傷つけるとストレスが異様に溜まるし」
先ほどのはしゃぎぶりが嘘のように冷めた表情でアリトに返答する。そのあまりの変化にアリトは表情を引き攣らせた。
「そ、そうなんですか……随分楽しそうでしたけど」
「まあ、テンションが上がってるときはしょうがない。攻撃されたり敵意ぶつけられるとつい上がっちゃうんだよねえ。二年前まではこんなこと無論なかったんだけどね」
と同時に他の買い物の帰りだろうか、幾つか袋をぶら下げた客が店内に入ってくると、それに反射して二人とも声を上げる。
「いらっしゃいませー!」
「え、あ、ごめんなさい!」
竜人の姿のクロンを視界に収めるや否や客は外へと走り出す。店内に嫌な沈黙が訪れると共にアリトの冷たい視線がクロンの体に突き刺さる。そして、静かに工房を指さした。
「工房へどうぞ」
「はい」
肩を落として工房に引っ込む竜族の背に冷たい視線が突き刺さり続けた。
原作キャラここまでほとんど出してないのはヤバいのではないか。ウィルフレドさんが試験受けてくれれば一杯出るんですけどね