ヒトとして生きる   作:sophiar

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密猟者と生きる 中

「密猟者ねー。俺関係ないじゃん」

「でも、あのおねーさんが言うにはテンチョーが狙われてんでしょ? 罪を着せるのに」

 

 ガランとした店内のカウンターにて二人は今後について話していた。客の話を受けてクロンは店から殆ど出ることはできなくなっていたが、実際あの話が嘘とも限らないのである。ただ、クロンを店に貼り付けるメリットもわからない。だからこそ二人は頭を悩ませていた。

 

「殴って終わりなら楽でいいのになー。もう次期ウィルの試験もあるしそれまでには決着つけたいな」

「じゃあ、密猟者に殴り込みですか?」

「どうしてそうなった。それに居場所がわかんねえよ」

 

 カウンターに頬杖をついてクロンは唸る。そろそろ流石に採取に行かなければならないが、行けば行っている間に何か起きるかもしれないのだ。それも致命的なことが。

 

「そういえばなんで盗難なんて起きたんですかね? 逆効果じゃないですか?」

「そりゃあ、多分俺への警告じゃね? 隻腕の密猟者って俺が助けた奴っぽいし。店から出ないほうがいいよーって不器用ながらにも伝えてんだろ。コミュニケーションすら盗みを使うとか盗人の鑑だな」

「なるほどー鋭いですねー」

「これぐらいで鋭いってのはどうなのよ?」

 

 クロンはため息を吐きながら結局何もできない現状に頭を抱える。

 

「だったら、相手の居場所を探るマジックアイテム作りましょ」

「そんなもん作れんなら俺はもう匠貴になってるよ」

「じゃあ……協力を頼むのは? 誰かいないんですか?」

「おいおい、俺の嫌われっぷりは知ってるだろ?」

 

 アリトの提案を受け流しながら二人の友人の顔が頭を過ぎる。実際問題として、誰かに助けを乞い事態が好転するならやっているのだ。だが、今のところ手を借りても明確にやってもらうことがない。居場所がわかればこの面倒事も終わるのだが、今のところ助けを呼んでもただ共犯者を作るだけになる可能性の方が高い。

 

「居場所さえわかればな……」

「結局殴り込む気じゃないですか……」

「これしか切れる札ないんだからしょうがねーだろ! 物事はシンプルでいいんだよ。複雑なのは物作りだけでいいの!」

「複雑なもの作ってから言ってくださいね」

「ゴフッ」

 

 少し上手いこと言ったと満足していたクロンはアリトの言葉の刃を受けて倒れこむ。竜の体は言葉には別に強くないのだ。

 

「君たちはこの状況で随分楽しそうだね」

 

 倒れこむクロンの頭上から呆れたような声が聞こえる。その声の元に二人共視線を向けると、キザっぽく笑うクロンの数少ない友人レグナー・アーシェスが立っていた。

 

「おーレグレグ! 久しぶり」

「なんだい、それは」

「俺のことみんなクロって呼ぶし、ウィルフレドのことはウィルじゃん? レグナーをレグナーって仲間はずれっぽいから俺があだ名を決めてやろうと……」

「結構だ」

「なら俺のことクロって呼ぶなよ」

「随分余裕だね。君は今追い詰められていると、もっと危機感を持つべきだよ」

「おい、無視すんな」

 

 ぎゃあぎゃあ騒ぐクロンを無視してレグナーは要件を伝える。

 

「そもそも今回のことは僕としても鬱陶しく思っていたからね。今回の依頼は丁度よかった。君達は彼らの居場所が知りたいんだろう?」

「はい、それさえわかればテンチョーが突っ込んで終わりですし」

「だからその居場所を伝えに来たのさ」

「え、マジで!?」

「ああ、本当だとも」

 

 心なしか得意げに話すレグナーをちょっと微笑ましく思うとともに、クロンはこんなにも友達が自分のことを思っていてくれることに感激していた。

 

「霊悔の森に拠点を築いているらしい」

「霊悔の森ぃ? なんでそんな毒だか瘴気だかに塗れた死の森で生活してるんだよ……」

 

 霊悔の森とは錬士より解放される森であり、森全体が紫色の瘴気に覆われている。そのためそこに生きる生物も狂っていたり、体が腐食していたりと影響を受けているものが多い。さらには吸魂霊や引き摺るモノという霊体まで存在する。当然そんな環境のため、そこで手に入る素材は有用性が低く工匠もほとんど寄り付かない。事実クロンも解放されてから一度も採取には行ったことがなかった。

 

「でも、よかったですね! テンチョーが行ける場所で」

「ああ……まあ、そーだな」

 

 笑顔を向けるアリトにクロンは苦笑いを返す。今回の戦いはもしかしたら上級工匠並みの力を持つ者も相手にはいるかもしれない。そうとなれば、クロンも本気を出さざるを得なくなるかもしれないのだ。その際、森というのは都合が悪い。炎という属性の関係上、できれば森だけは避けたかったというのが本音だった。

 

「しっかし、俺と戦いたいんだか戦いたくないんだかわからないポジショニングしてんな。錬士じゃ行けない所にすりゃあいいのによ」

「下級工匠が行ける場所でかつあまり上級工匠が立ち寄らない場所となるとそこしかなかったのだろう。あそこの素材は価値が低い上に敵も面倒だからね」

「なんでそんな条件が必要なんだ?」

「目的はこの際重要じゃないだろう? しかし、仮にも竜である君と鉢合わせする可能性のあるところに陣取っているんだ。相応の準備があると考えていいだろうね」

 

 少なくとももうほとんど全力は出すことが確定ということにクロンはうんざりとした表情をする。クロンはある程度の力を持つ相手ならば高揚してしまい、出さなくてもいい力まで使ってしまう。つまり今回どう考えてもある程度の苦戦はすると思われるのでまず、全開の力をどこかで使う羽目になるだろう。その何が問題か。何も疲れるからとか破壊しすぎてしまうとかそういった話ではない。無論それらもあるが、今クロンが悩んでいるのはそういったものではなかった。全力を出した場合クロンは全身にかつてリムドラを瞬時に塵に変えた炎を纏う。敵の魔法も武器も技も全てが無駄になる防御力と敵に触れるだけで必殺となる攻防一体のクロンの奥義だが、この技を使うと服が無くなるのだ。服が無くなるのだ。つまり、戦闘後全裸になる。戦闘前に服を脱いでおくとかしなければいけないわけだが、敵を前に高揚したクロンにそんなことができるはずもない。全裸でユイドラに帰らなければいけなくなってしまう。そうなれば、竜族であるとかそういうのとは別の理由でユイドラから追い出されるだろう。

 

「対炎装備が間に合っていれば……」

「どうしたんだい? 居場所が分かったのに嬉しそうではないね」

 

 そんなことは知らずに不思議そうな顔をするレグナーに苦笑いを返すと、無くなってもいい失敗作の服を取り出す。

 

「俺、やるよ! 大丈夫! いざとなれば奴らから剥ぎ取るし」

「何を言ってるんだ君は……」

 

 決意を込めて拳を握るクロンを冷めた目で見ながらレグナーは目の前にある商品を手に取り眺める。

 

「相変わらず雑な作りをしているね。これで得意なものなのだから驚きだよ」

「うるさいなぁ、つーか触んな」

「そういえばテンチョー。テンチョーが殴りこみに行っている間にここに向こうの人が来たらどうするんですか? 僕は逃げますよ?」

「お前……」

「そうそう、僕は帰る前に客としてしばらくここで君の商品の乱雑さを見させてもらうから」

 

 レグナーは商品である腕輪の不恰好さに口を押えながら意味ありげに視線を送る。それを見てクロンは口の端を釣り上げる。

 

「ハ! 存分に見て行けよ」

 

 捨て台詞のように走りながら叫ぶと店の外に駆け出し、外に出るや否や赤い翼を広げ大空へと飛び立つ。胸が熱い……。強敵を相手にする期待に対する高揚だろうか。クロンは工匠として生きると決めたことが間違っていないことを確信し、大きく羽ばたいた。

 

 

 

 霊悔の森。紫色に染まる森に異様な魔物達が蠢いている。とてもではないが人間が長時間留まるような場所ではない。にもかかわらず、何故か数十人の人間が木を積み食品を持ち込み留まっていた。住み始めて二、三日といった様子ではない。魔物に対してかそれ以外に対してか見張りらしき人物が三名、武器を片手に外に視線を向けながら雑談に花を咲かせる。

 

「結局あの糞竜が外出ねえせいでこんなところに張り付けられっぱなしだ。やってらんねえな」

「その通りよ。今回は甘く見すぎっていうか買いかぶりすぎよ。他人を!」

「そうだな。全体の錬度が低すぎた。まさかヴェアヴォルフのような獣人崩れにもパーティを組んで勝てない者ばかりとは予想外だった」

 

 明らかに戦闘慣れしているという空気を纏う三人は現状を作り出してしまった元凶達に悪態をつく。茶色い髪の強暴そうな光を目に宿す男は苛立ち紛れに乱暴に巨大な剣を地面に叩き付る。

 

「あの糞商人のお抱えの戦士とかいうのがどいつもこいつも弱えのが問題だな。結局まともなのは俺ら三人と大将だけだ」

「仕方がないさ。魔物との戦闘経験など望まなくては得られんのだ。それに今回の失敗はそれだけでもない。工匠会が思いのほか優秀だったのもある。まあ、厄介払いすれば見逃してもらえるんだ。いいじゃないか」

 

 青い髪の魔術師風の男は大剣を持つ男に薄く笑いながらユイドラのある方に視線を向ける。

 

「厄介払いってさ、そんなことしないでも工匠会潰しちゃえばいいじゃない。私達四人なら楽勝よ楽勝」

「そいつはいくらなんでも無理だぜ。工匠ってやつらはどいつもこいつも並の騎士ぐらい戦える。上級ともなれば一対一でもキツイ」

 

 黒い髪を二つに束ねた女性が二本の剣を振り回しながら騒ぐのを茶髪の男が苦笑いで返す。

 

「じゃあ、竜の方ならいけるでしょ? 私一人でもやれそうだったわよ」

「そいつは間違いなく錯覚だから落ち着けよ。一対一で竜なんて倒せるわけねえだろ」

「そんなことないわよ、きっと勝てるってば」

「じゃあ、戦って死ね。泣きべそかいたまま灰に転職させてもらえ」

 

 二人が喧嘩する様を視界の端にとらえながら青い髪の男は杖を弄びながらため息をついた。タイムリミットは近い。今拠点の奥で彼らのリーダーと今回の雇い主である商人がこれからのことを話しているが、そうそういい方向には話は進まないだろう。長引くことは厄介払いを依頼してきた工匠会の高官にとってよくないはずだ。ならばそろそろ彼らを切り捨てる方向に動いてもおかしくない。今にも討伐隊が拠点に向けて進んでいるかもしれない。ここまで長引く羽目になったのも裏切り者が出たせいだった。三人組でパーティを組んで初級エリアを探索していた者が突如件の竜の店で盗難を行ったのだ。このせいで竜が遠出をしなくなってしまいここまで長引いてしまった。その三人組の内、隻腕の男と女は粛清したが一人は取り逃がしてしまった。何から何までついていない。どうにも今回はうまくいかないことが多すぎた。そもそも最初はもっと強力な者が集っていたのだ。それこそ彼らと同レベルの存在が。だが、エリアにそぐわないレベルの敵との立て続けの遭遇、突然の歪魔の出現、どれも今までユイドラ近郊ではありえなかったことだ。天に見放されているとしか男には思えなかった。

 

「ふー、皆が生き残る。たとえ別の地に放浪することになろうとも。それもかなわないかもしれないな」

 

 青い髪の男のそんな諦めめいた言葉と同時に奥から彼らより一回り大きい大男がのしのしと歩いてくる。その後ろには大男と比べるとあまりにも小さいきれいな身なりをした小男が身をかがめながらオドオドした様子で追従している。彼らのリーダーと依頼主だった。

 

「よう、野郎ども。待たせたな」

「私は女よ! それで竜を殺すことに決めたの?」

「ガハハ! そのお前の威勢の良さは好きだぜ。だが、やれば確実に俺らの内三人は生きて帰れねえ。それじゃあ、意味ねえだろ?」

 

 豪快に大男は笑うと後ろを向き拠点全体に声が聞こえるように声を張り上げた。

 

「全員聞きやがれ! もう今回は失敗だ。工匠会にいつ見限られるかわからん。だから、裏切られる前にトンズラする! 荷物をまとめろ! 俺らみてえな荒くれ共は草を枕に寝れる! 新たな土地に旅立つぞ!」

 

 了解だの分かっただの口々に拠点に住まう人間は答えるとそそくさと逃げるための準備を始める。

 

「お、おいジフカ。わかっておるのだろうな? わしを何としても生きて送り届けるのじゃぞ? 金なら弾む。盾となった者の分は褒賞を倍にしてやる」

「へーへーわかってますよ。まあ、件の竜とか歪魔に襲われた場合は諦めてくださいよ? そんときゃあこっちも自分の身で精一杯なんでね」

「な、なんじゃと!? そいつらが来た時こそ体を張ってわしを守れ!」

「無駄だと思いますけどねえ」

 

 顔を真っ赤にする商人をみてクツクツとジフカは笑う。今回移動中に間違いなく先のどちらか、もしくは工匠会の襲撃があるだろう。そのどれが来てもこの男は連れて行かれるか殺されることは確実だった。ここにいる人間に一人も守る気がある者などいない。手駒が全滅した時点でこの男の運命は決まっていた。とはいえ、自分も分かったものではない。工匠会、竜のどちらかならうまくすれば命は助かるだろうが歪魔の場合はそうもいかない。竜族、飛天魔族と並ぶディル=リフィーナにおける最強種族歪魔。しかも今回の個体はかなり高位であり好戦的であることが確認されている。歪魔は転移を行うことができる以上、逃げることは叶わない。これに全員で遭遇してしまえばまちがいなく全滅だろう。

 

「ククク、どれに当たるかね。工匠会なら逃げ切れそうなんだがねえ」

 

 目の前で武器を入念に調べる先の三人を見てジフカは思う。何としても守りたいと。この拠点に居るものは商人以外みな家族同然の存在だった。

 

「全員余すことなくクズだが、それでも……生き残りてえなあ」

「リーダー……今回、全員の生存は……」

「ガハハハ、大丈夫だ、なんとかしてやるよ、俺様がな!」

 

 青い髪の男の暗い表情に豪快に笑うとワシワシと頭を撫でる。

 

「止めてくれ、リーダー! 私ももう子供ではないのだ! ……まさか!」

「おいおい、これは!」

「噂をすればなんとやら……かしら?」

「いったい、どうしたのだ? まさか魔物か?」

 

三人の表情に驚愕が貼り付く。ジフカは口を歪め、空を見上げた。商人だけは訳も分からずおろおろと歩き回る。四人ともそれを叱咤する余裕はなかった。この状況で空からの襲撃者など一人、否一匹しか居ないのだから。

 

「見っけ! 全員揃ってなくてもいいけど、とりあえずリーダーは居てほしいもんだね」

 

 そこに真紅の翼を持つ死神が降り立つ。黄金に輝く角と爪は紫色に沈む森で威圧的にその存在を主張する。

 

「因果応報、陥れようとした側だしな。しょうがねえやな」

 

ジフカはそう呟くと三人組共に武器を構え、絶対の強者の前に立つ。

 

「なんだ逃げないのか? やっぱり俺と戦うことも考慮してたのか……あんた等強そうだけど何故かまだ理性残ってるし、さっさと決めるぜ!」

 

 その言葉と同時にクロンの体が跳ねる。だが、同時にジフカが肉薄する。激突は一瞬。

 

「舐めんな!」

 

 お互いが大地を蹴ることで推進力を得る。だが、空を駆るクロンには飛行能力分の推進力が上乗せされジフカの巨体を180°逆の方向に弾き飛ばす。だが、相手が一撃目に正面から向かってくると思っていなかったのか確実に次の行動が遅れる。そこに魔術が発動する。

 

「受けよ、裁きの雷を!」

 

 杖から稲妻が放たれると同時にクロンの頭上から落雷が起こる。いかに竜族といえども雷を見てから反応など出来ようはずがない。その稲妻をもろに受け僅かに浮いていた体が地に落ちる。そこに 双剣を持つ女性と大剣を持つ男性が左右に膨らむようにして走り寄る。

 

「殺った!」

「何をだ! 女!」

 

 両側から迫る剣を認識するや否や、クロンは女性の足を尻尾で絡め捕り宙に吊り上げ、迫る大剣を両手の爪で挟むようにして止める。二人が次の行動を起こすより早く片方を尾で投げ飛ばし、片方を翼で叩き付ける。

 

「がは!」

「あぎゃう」

 

 叩き付けられた二人に視線を向けることなく魔術師に向かって飛びかかろうとする。この中で一番厄介な存在を感じ取ったのだ。しかし、それがいけなかった。叩き付けたダメージは決して小さくない。間違いなく次の行動をとるのには相応の時間がかかる筈にも関わらず、クロンの背に双剣が躍りかかる。

 

「くそ!」

 

 素早く前に転がる要領で反転して後ろを向くと両手を前に突出しそれぞれの手の前に火球を発生させる。一方を迫る女性に、もう片方の手をもう一人の地に叩き付けらたままであろう方に狙いを定めようとして、その場から消えていることに愕然とする。今は体を半回転した状態である。視界が悪い、まず見つからないと判断したクロンは片方を女性にもう片方を適当に放り頭を大地に向けたままの体勢で空へと飛ぶ。

 

「単純だなあ、おい!」

 

 その横合いから大剣が突き出される。ガードが間に合わずわき腹に突き刺さるが、かまわず空に逃れる。だが、ここまでに時間をかけ過ぎた。魔術師の二射目が放たれる。稲妻を球体に押しとどめたような魔法弾が連続で体勢が崩れに崩れたクロンへと殺到する。

 

「があ、くそったれ!」

 

 数発の電磁弾を受けながら翼を必死に羽ばたかせ、さらに上空に逃れる。彼らの武器はどれも接近用。唯一の遠距離手段であろう魔術師は今しがた魔法を放ったばかり。ならば追撃の手段はない。クロンは一度体勢を立て直そうとして、ありえざる追撃を無防備のまま受けた。

 

「休憩には早えんじゃねえか? ドラゴンさんよお!」

 

 クロンはダメージに揺れる視界のなか、最初の一撃で遠くに吹き飛ばしたジフカが叫ぶのを捉えると同時に、今の一撃はジフカが放った光属性の魔法攻撃だと知る。

 

「芸達者だな! 盗人が」

 

 魔法と武芸の両立。人間の身でそれを達成するのは並大抵のことではない。そんなことができるのは神殿の騎士と呼ばれるような者達や神格者と呼ばれる神の力を与えられている者達ぐらいのものではないだろうか。もっとも寿命のない神格者を人間と定義できればの話だが。手酷いダメージを受けたもののクロンは体勢を立て直すことに成功する。空中から地より見上げる四人を見下ろす。最初の一撃はさほど堪えていないらしく、にやつかせながらジフカは長剣を片手に持ちクロンを見上げている。魔術師は次の魔法のために目を閉じ集中していた。その様からまだまだ魔力には余裕があるようだ。大剣を持つ男性は剣を振り下ろした体勢からクロンに向けて構え直す。翼を叩き付けられたもののまだまだ余力はあるのが見て取れる。唯一双剣の女性は叩き付けられたのと火球をもろに食らったからか服もほとんど残っていない状態で片膝をついて頭を垂れていた。火球を受けてそのまま気絶していないことに驚きながらもクロンは視線を外す。戦闘中だが女性の半裸の姿など見つめるわけにはいかない。

 

「はあ、しっかし! 押されたなあ、ホント。やるじゃん! つーかもっと理性失うかと思ったんだが人間相手だとそうはいかねえな、まあ良いことだな」

 

 場違いにも陽気に話すクロンを眺めながらジフカは魔術師に声をかける。

 

「裁きの雷に電磁弾、俺の光燐衝撃。これだけ魔法食らっても余裕があるみたいだな、あの化け物」

「今ので決められずともかなりダメージを与えておきたかったですね」

 

 魔術師は顔をしかめる。性能では竜のほうがはるかに上なことは分かっていた。クロンの属性が炎である以上森ではかなり戦闘力が制限される。そこを突くしか勝ち目は最初から無い。だが、苦戦がわかれば竜も己の生存のために周囲の環境を無視して攻撃を始めるだろう。もしも、ブレスなどが解禁されれば今戦闘している者では飽き足らず後ろに控えている者達も焼き尽くされてしまうだろう。

 

「このまま空中放火ってのもいいけど相手は魔術が使えるの二人もいるみたいだしな。しょうがない、行くか!」

 

 言葉が終わるとともにクロンは魔術師に向けて急降下する。

 

「単調な!」

 

 魔術師は杖を突きだすとその先から稲妻を放つ。いくら竜といえども見てから回避するのは困難だ。突っ切ってくる可能性もあるがそうすれば必ず動きは鈍くなる。そうすれば双剣を持つ女性は動けないが他の二人とで総攻撃の的となるだろう。しかし、クロンはそんな魔術師の思考をあざ笑うかのように電撃の発動に反応して直角に曲がるという化け物技を披露する。

 

「お前がな!」

 

 クロンは予め敵の迎撃が直線のスピードの速いものと予測して急降下したのだ。そしてあとは発動の瞬間を予測して曲がる。無論、魔術なんてわからないクロンに発動の予兆などわからないが、竜の本能が正確にその時を警告してくれた。さらに、方向転換した先には大剣をもつ男。驚きつつも防御の体勢をとるがそれは自殺行為。勢いに乗る完全な体勢のクロンの一撃を立ち止まって受けるなどそれこそ人間業ではない。拳が炎に覆われ、前面に盾にするように押し出された大剣に突き刺さる。拮抗叶わず砕ける大剣を通り抜けた拳を無理やり方向転換させ、男の脇腹を掠める。そしてすれ違いざまに翼を立てて、殴打する。男はトラックに撥ねられたように吹き飛ばされる。

 

「貴様あぁ!」

 

 ジフカは咆哮をあげてクロンに向けて光属性の衝撃波、光燐衝撃を放つと同時に駆け出す。クロンは横っ飛びと同時に羽ばたき、攻撃範囲外に逃れると駆け寄ってくるジフカではなく魔術師に顔を向けて睨む。近寄ってくるジフカの相手をするうちに二射目の体勢が整ってしまう。それではまた前衛後衛として機能され厄介だった、だから無効化することにした。

 

「まさか!」

 

 魔術師は自分を向くクロンの口から炎が漏れ出すのが分かると、なりふり構わず横の茂みに飛び込む。竜のブレスを防ぐ術など持っているはずがない。だから、とにかく回避に全力を尽くすしかなかった。だが、そんな魔術師の決死のダイブとは裏腹にブレスは放たれず、クロンはジフカに向き直る。

 

「タイマンだなあ、ボスゴリラ!」

「おらあ!」

 

 魔術師への脅しのせいで次の動作に遅れたクロンだが、尾を地面に叩き付け推進力を補うことでさらなる上空に飛翔する。羽を羽ばたかす余裕など無かったにも関わらず行われた細かい空中移動にジフカは瞠目する。竜の飛行とは本来翼は必要ない。魔術的なもので行われており、翼は補助的なもの過ぎない。故に尾を地に叩き付ける推進力だけで大剣の僅かに射程範囲外に逃れてみせる。そして、拳を放たれる直前の弓矢のように引き絞る。

 

「惜しかったな」

 

 そして、拳は放たれた。進んできた方向とは逆の方向の茂みへと吹き飛んでいくジフカをクロンは見つめると緊張を解く。

 

「あ~、きつかった。意外に理性残っているもんだ。人間相手はやっぱ勝手が違うのか」

 

 瞬間、全身に電流が走る。一瞬魔術師の攻撃かと飛び込んだであろう方向に振り向くが、それは警告だった。竜の本能が緊張を解くクロンに教えてくれたのだ。今までの敵とは違う。いや、今までクロンが戦ったものは敵ではない。誰もクロンを打倒しうる力を持っていなかった。全力を出せばたやすく踏みつぶせる相手だった。だが、今回は違う。自らを打倒しうる、もしかしたら格上かもしれない相手だと。そうクロンの体はクロンに、黒川良也という戦闘素人に教えてくれた。今回は性能に頼るだけでは勝てないと。

 

「こんにちは、おじさん達」

 

 そんなクロンの危機感とはそぐわない明るい声が響き渡る。ピエロ、それがクロンのその異常な生物を見たときのイメージだった。青い短い髪に二股に分かれた黒い帽子を被り、右目の周りには星の形に赤いメイクがされており、左目にはこれまた縦に赤く傷のようなメイクがされている。それはサーカスで使うようなカラフルな玉の上に立つ、少年だった。

 

「おい、誰がおじさんだ。どう見てもおにーさんだ、カスガキ」

「でも、ドラゴンって長生きなんでしょー? だから絶対おじさんだよ。もしかしておじーさんかな?」

「バカめ、何年生きてるか関係ないんだぜ? どう見てもって言ったろ? 見た目の話だよ」

「屁理屈だー大人お得意の屁理屈だー。絶対おじさんだよ」

 

 乗っている玉を足蹴にしながら顔を振って駄々をこねる少年は突如、無表情になるとゆらりとクロンに向き直る。

 

「さって、殺そ」

 

 その表情がニタリと底冷えする笑みに変わる。その奇行と狂気にクロンは怖気が走る。それはこの世界に来て二年間会うことのなかった、かつての世界では幾度となく世間を騒がし良也自身も幾度か遭遇したことがある、変質者のそれだった。竜と歪魔。ディル=リフィーナにおける最強種族同士の戦いが始まろうとしていた。

 




何度このカスガキをミレーヌに差し替えようと思ったか
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