ヒトとして生きる   作:sophiar

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工匠と死神
工匠として繋がる


「やるぞ、絶対今年こそ!」

 

 ウィルフレド・ディオンは自らの工房で拳を握り意気込む。今日は工匠最終試験当日。去年は落ちてしまったが今年は必ず受からなければいけない。去年はウィルフレドの両親が当日に不慮の事故にあってしまったため頭が真っ白になり、それどころではなくなってしまった。十年来の親友レグナーと去年出来た友人クロンはもう工匠として一歩も二歩も先を行っている。これ以上遅れられない。大きく息を吸い込み気合を入れると荷物を確認し、試験会場へと走り出そうとして、出鼻をくじかれる。

 

「やあ、約束を忘れているみたいだからこちらから来てしまったよ」

「レグナー!? 約束? 今日は大事な日だからそんなもの入れているはずないんだけど」

 

 今日は随分前から決まっていた工匠試験の日。例えレグナー相手でも約束をいれるはずはないとウィルフレドは頭を捻る。予定の確認のために手帳をポケットから出そうとして思いとどまる。たとえどんな約束だろうと工匠試験より優先するべきものなどあるわけない。レグナーならばそれもわかってくれるだろう。

 

「悪い、今日は大事な用があるからまた今度にしてくれよ」

「ふむ、また今度か。僕はそれでもいいがそれではまた一年勉強し直す気かい? 一緒に頑張ってきた友人が二週遅れというのも張り合いがなくなりそうだ」

「は?」

 

 意味のわからないことを言うレグナーに一瞬呆けた顔を返すが、すぐに落ち着きを取り戻す。レグナーのいつも通りの回りくどい言い方に付き合っている場合ではない。話を急かそうとして、その横から工房を覗き込む女性が目に映る。

 

「ちょっと待っていてくれ」

「急いでいたんじゃないのかい……」

 

 呆れるレグナーを尻目に覗き込む女性に近寄る。その女性は頭からすっぽりと布を被ったあからさまな訳ありの旅人といった風体であり、その証拠に布からユイドラではまず見ない異国風の衣装を覗かせていた。クロンの店で見たことがあるような気もしたが、そこにある物よりも作りがしっかりしているようにウィルフレドは感じた。その手にはこれまた刀剣の柄が握られており、その先を布で覆っていることから剣士の類だろうと想像がつく。

 

「えっと、何か用かな?」

「ここは工房か」

 

 静かな綺麗な声が響く。意志の強そうな目に見抜かれ少しドキリとしたが落ち着いて答える。

 

「うーん、工房のような、違うような……」

「普通の工房ではないということか」

 

 ウィルフレドはまだ工匠ではない。だからまだ依頼を受けることができない。つまり、工房も親から受け継いだもので形は整っているもののまだ工房としての機能を発揮できないという、言葉にはしにくい状態だった。ウィルフレドが戸惑っているうちにその女性はスッと歩き去ってすぐさま見えなくなってしまう。

 

「あ……」

 

 女性が居なくなってしまったことに肩を落とすウィルフレドにレグナーは背後から忠告する。

 

「わかっているのかい? 工匠見習いの身で依頼を受けるのは重罪だからね?」

「わかってるよ」

 

 ムスっとした様子で口を尖らせるウィルフレドにレグナーは笑う。

 

「相変わらず他人を優先する気質のようだね」

「ほっといてくれって、時間が無いんだった」

 

 今度こそ時間が無い、と走り出そうとするウィルフレドにレグナーは落ち着いた声で話しかける。

 

「そうそう、最終試験の試験官は僕だ」

「え?」

「よかったね、労せずして試験管に会うことが出来たわけだ」

 

 楽しそうに笑うレグナーを見ながらため息をつく。この親友は昔からこんな奴だった。

 

「なんでお前が?」

「話してもいいけれど、ここは試験会場ではないからね。遅れても知らないよ」

「じゃあ、いいよ! 急ごうぜ!」

「ふむ、そうしようか」

 

 口ではそういうもののなかなか急ごうとしないレグナーを急かしながら急いで試験会場に向かう。今年こそ、今度こそ工匠になる。工匠はユイドラに生まれ育ったウィルフレドにとって子供からの夢だった。そして、工匠だった両親に近づくために、そして超えるためにも、ならなければいけない。絶対に。

 

 

 

 ユイドラ鉱脈。クロンが現在出入り禁止になっているユイドラの管理している鉱脈だ。数々の鉱石や土などの素材が採れるユイドラ工匠の生命線とも言える場所だった。そして、ここが工匠最終試験の会場となる。

 

「ユイドラ鉱脈は初めて入るな」

「シセティカ湖やエルフ領域の森は既に行ったことがあるのだったね。よかったじゃないか。予習は意図せず済んでいるということだ」

「まあ、そこだけは感謝……か?」

 

 クロンが工匠になる前や工匠になってから色々な地に引っ張り回されたことを思い出す。魔物との戦闘という貴重な経験をさせてもらったが苦労の方が多かったと思う。そんなことを思い出しながらその場にしゃがみこみ、荷物の最終確認をする。武器となる鎚。鉄でできており、重量もある。これならプテラット程度なら一撃だろう。プテラットとはスライムの一種で魔物と言われた際に真っ先に思い浮かぶような存在である。目立った能力もなく新米工匠でも問題なく倒すことが出来る、否、倒せないといけない。服装も動きやすいような形にしたノースリーブの黒いインナーに、これまたノースリーブの茶色い上着をその上に留め具で固定している。そして繊細な作業の邪魔にならないように手の甲から肘上までを保護するロンググローブ。これもズレないように上着から伸ばした布地を留め具で固定している。何をするのにも都合がいいので普段着のように使っているが探索用のものだ。そして武器が鎚のため切断用のナイフを何本か。採取用の袋を幾枚か。暗いところを照らすためのランプ。いざという時の木の実をすりつぶして作った薬、包帯。全て確認を終えると一つ頷いてウィルフレドは立ち上がる。

 

「準備は終わったぜ!」

「じゅあ、行こうか」

 

 奥地。試験会場となる地へと。試験会場のために作られた迷宮であり、最近多発している想定外のモンスターの発生が起きないようにあらかじめ徹底的に調査されている。

 

「さて、今回の目的は二つ。一つは牙次印に相応しい牙の入手。もう一つは……試験官の手を借りずに生還することだ」

「え……生還?」

 

 牙次印に使われる牙を思い出そうとしていると、危険な香りのする言葉に思考を遮られる。

 

「もっとも試験官の助言は許可されている。何かあったら僕に聞いてくれ」

「いや、生還ってそんな物騒過ぎるだろう」

「まあ、本物そっくりな作り物が置いてあるからね。まあ、どれも興奮した竜族と比べれば子猫みたいなものだよ」

 

 レグナーなりに緊張を解そうとしているのかもしれないが、ウィルフレドの頭では興奮した竜族と比べて子猫ってことは自分と比べた場合猛獣じゃないか、などと恐怖心が渦巻いていた。しかし、工匠になるためには乗り越えなければいけない。

 

「うっし! 大丈夫だ! やれる。俺は工匠になるんだ!」

 

 両頬を叩いて気持ちを切り替え、ウィルフレドは迷宮に踏み込む。レグナーは口元を少し緩めながら見届けると邪魔にならないよう後ろから少し離れてついて行く。薄暗い迷宮を歩きながら周囲を見渡す。前回の採取、クロンがされたように突然の奇襲というのも有り得る。竜族の頑丈な体を持つクロンは噛み付かれても大丈夫だったが普通はそうはいかない。細心の注意をはらう。

 

「あれは、プテラットか……」

 

 少し開けた部屋に緑色の粘泥体が二匹這っているのが見える。あんなものから牙次印に使う牙など採れるはずもないが倒さねば先には進めない。戦闘は初めてではないが今まではレグナーとクロンとの三人で挑んでいた。しかもほとんどはクロンを狙ってくれていたのでかなり楽をさせてもらっていた。一人で戦うのは初めてだ。鎚を持つ手に力が入る。汗で少し滑るのを感じながら飛び出すべく足に力を込める。

 

「はあ!」

 

 力を解放して一気に走り寄り鎚を近いほうの一匹に叩きつける。勢いも合わさりグチャリという音と共にプテラットは形を大きく変え飛び散った。

 

「よし!」

 

 うまくいったことに喜ぶがその隙にもう一匹が飛びかかってくる。後方に跳んで躱そうとするも明らかに遅く、左腕にプテラットが被さる。養分を吸うかのようにギュッと締めつけられ、苦悶の表情を作るが片手を大きく振るとともに鎚の柄の部分で無理矢理引き剥がす。

 

「くらえ!」

 

 半歩後ろに距離を取り、狙いやすい距離を保つと鎚を叩きつける。しかし、今度は大きく形は変えたものの飛び散らずに体を保っている。触れたものを破壊しようとしてか、鎚をプテラットが覆い始めたのでそのまま迷宮の壁に叩きつける。ビチャッっという音ともにプテラットが弾け飛ぶ。もう一度周りを見渡し敵が居ないことを確認すると、ウィルフレドは大きく息をついた。

 

「ふー、どうだ! 俺の腕前は!」

「そうだね、あまりの変化の無さに僕も脱帽せざるを得ない」

「そ、そんなに?」

「工匠としてよりよい素材を得ようとしたら強力な魔物とも戦わなければいけない。このままじゃクロとは逆の理由で採取もおぼつかないね」

 

 ウィルフレドは自分も不器用な友人と同じくお金に苦労するのかと項垂れた。

 

「さあ、牙次印の牙は影も形も見えないが帰還するかい?」

「まさか! 今年こそ工匠になるんだ」

 

 入口を指差すレグナーに吠えかかると、奥へとズンズンと進んでいく。部屋から出ようと足を伸ばした瞬間、顔面めがけて何かが飛びかかってくる。

 

「うわっ」

 

 反射的に手で顔を庇うと何かは手の甲の布地と皮膚を引きちぎり頭上へと飛んでいく。牙コウモリ。牙が異様に発達したコウモリで人を襲う。迷宮ではかなりポピュラーな魔物だった。本などでは簡単に紹介され大して危険がないように記されているが、実際はそんなことはない。突然襲いかかられ顔面を噛み付かれなどすれば大怪我である。だが、見つけてしまえばなんということはない。再び飛びかかろうとする牙コウモリに鎚を叩きつける。ひと振りで動かなくなった。隠密性さえ除けば耐久力も敏捷性もたいしたことはない。ただ、その隠密性がやっかい極まりないのだが。

 

 

「おっ!」

 

 倒れた牙コウモリから牙を剥ぎ取る。牙次印に使えるかもしれない。牙次印とは判子を作成する際に貴重な竜の牙などで全てを作ってしまっては莫大な費用がかかってしまう。なので、そういった貴重なものは先の部分だけに使い、それ以外は安いもので作った判子だ。判子である以上それなりの耐久力と太さが求められる。判子の作成など工匠にとってさほど重要なことでもないにも関わらず、最終試験に使うとは現ユイドラ領主は随分厳しい方だとウィルフレドは驚いていた。

 

「うーん、流石にコウモリの牙じゃ細すぎるな。別のを探そう」

 

 採取用の袋に牙を押し込む。その後、手の甲に軽く治療を施す。そして、今度は慎重に奥へと進んでいった。

 

「なあ、この試験って二人共通ったんだよな?」

「そうだね、もっとも課題は一つだったけどね」

「なんで今年は二つなんだ?」

「まあ、いろいろあるのさ。もし無事に帰れたら教えるよ」

 

 暗い道をレグナーと話しながら進むとまたも開けた部屋が見える。

 

「あれは……」

「グレイハウンド。ここらへんでは通常一番凶悪な魔物だね」

 

 グレイハウンドは蜥蜴の頭をもつ猟犬である。かつてシセティカ湖にクロンとともに行ったときは木っ端のように吹き飛ばされていたが、いざ自分で戦うとなると容易い相手ではない。今度の牙は噛まれれば服と薄皮だけではすまないだろう。肉もごっそり持っていかれる。

 

「それでも、勝つ!」

 

 ザッと音をたてて一気に距離を詰める。すぐに蜥蜴の緑色の目と視線が交差する。構わず鎚を振り下ろすが、飛び跳ねて回避される。

 

「くっ」

 

 噛み付こうと飛び掛かるグレイハウンドに鎚を突き出し噛み付かせる。さらに一気に押し込むことで呻き声とともにグレイハウンドはよろめかせる。ここで一度大きく振りかぶり、横から鎚を叩きつける。ギャウっという叫びともに吹き飛ばされる。だが、仕留めきれていない。鎚を一度振り切り体勢も悪い。よろめくグレイハウンドから追撃を恐れて、一度離れて様子を見る。離れて見ていたレグナーはその様子に目を細める。

 

「ふっ!」

 

 ウィルフレドは相手がまだ行動に移れないと見抜きもう一度距離を詰める。振り下ろし。鎚において範囲は狭い代わりに一番威力の高い攻撃方法だった。しかし、地を蹴ったグレイハウンドは振り下ろしにより空いた懐に潜り込む。首を丸めた体当たりはウィルフレドの体を浮き上げる。嘔吐感が押し寄せる。

 

「ガッ! ハ……」

 

 視界がチカチカと瞬くがまだ敵からは目を逸していない。呼吸する度に痛むのを我慢して一気に空気を吸い込み、渾身の力で鎚をはらう。飛び上がるグレイハウンドに躱されたかと思ったが鎚は敵が範囲外に逃れるより早くその横っ腹に突き刺さった。

 

「はあ、はあ、やった……」

 

 倒れこみ動かなくなるグレイハウンドを見届けると荒れる息を整える。

 

「いやあ、お見事。随分ヒヤヒヤしたよ」

「だ、……ったら、はあ、助、けて」

「おや? 僕が手を出した時点で試験終了だがいいのかい?」

 

 答える気力もなく手をブンブンと振る。ここまでの苦労を簡単に無駄にされては堪らない。グレイハウンドに近寄ると牙を引き抜く。壁や指で叩いたり、色々な角度で眺めたりと観察し太さ、硬さともに牙次印に申し分の無いことを確認する。

 

「ふう……レグナー、これは牙次印に最適とは言えないけど相応しい牙だ」

「最終確認だ。本当にこれでいいんだね?」

「ああ」

「わかった。受け取ろう」

 

 レグナーが牙を収めたのをみてホッと息をつく。後は来た道を戻るだけ。簡単だった。

 

「さっきの戦闘だけど離れずにすぐ追撃するべきだった。グレイハウンドは君もよく知る相手だ。あそこで慎重になる必要はなかったね」

「う……ま、まあもう終わったんだしいいじゃないか」

「まだ試験は終わっていない。気を抜いてはいけないよ」

「家に帰るまでが試験だ、とかそういう話か?」

「僕は確かに忠告したよ」

 

 レグナーの真面目な表情に息を呑む。わざわざ帰還を試験に含むほどだ。何かまだあるのかもしれない。もう一度気を引き締め来た道を引き返す。部屋を出て暗い通路を進む。牙コウモリに注意するが見当たらない。暗い道にコツコツと二人分の足音だけが響く。そして、最初にプテラットが二匹居た部屋にたどり着く。恐る恐る覗き込んで見ると動くものも変わったものも特にない。一息ついて歩を進めた。

 

「なんにもないな」

 

 ウィルフレドの呟きが静かに響く。不安になって後ろを向くとレグナーは後ろにしっかりついてきていた。部屋を出て、また進んでいくと道に大きな岩がある。通れない訳でもないし、行く時は気に止めなかったのも十分有り得る。だが、強烈なまでに嫌な予感がした。そこに機嫌の悪いクロンが居るようなそんな感じだった。ニゲロ、そんな声が頭の中に響く。その時、岩から突如亀のような頭と虫の足をがっちりさせたような足が生え岩ごとウィルフレドに向かって体当たりしてくる。

 

「な!?」

 

 反射的に鎚を盾にするが意味はなく、ボロ切れのようにウィルフレドの体は宙を舞い地面に叩きつけられた。唯の一撃で気力と体力を奪い去られる。視界も歪む。ただ分かることはあれには勝てないということと、このままでは確実に殺されてしまうということだった。

 

「ぐ、死ねるか……工匠にならずに!」

 

 力を振り絞って立ち上がる。なんとか通り抜けてここから出なければいけない。走り込み渾身の力を鎚に込めて横殴り、道を開けさせようとするもまるで壁に鎚を叩きつけたような衝撃が全身に伝わる。渾身の攻撃を受けて相手は何も感じていないようだった。岩の破片がいきなり相手の体から飛び出し鎚を破壊する。手に残った柄だけを呆然と眺めるウィルフレドに猛然と岩でできた魔物は襲いかかる。

 

「うわああ」

 

 上着の留め具を咄嗟に外して相手の顔に投げつける。意外にも目に感知を頼っていたのか、微妙に敵の狙いが外れる。それを見届けることなく、転びそうになりながら無様に背を向けて入口に向けて全力で走り出す。今の自分では逃げることしかできない。無我夢中で走ると入口に立っていた。それがわかり一気に力が抜けてへたり込む。まだユイドラ鉱脈の中だが、とりあえず試験会場の入口までは来ることができた。

 

「おめでとう。試験は終了だ」

 

 何故か余裕綽々といった様子で隣に立っているレグナーから終了の言葉が告げられる。

 

「お前あんなのが居ることも知ってたのか?」

「当たり前だとも」

 

 とてもじゃないが見習いが相手するようじゃない強力な魔物との遭遇に未だ震えが止まらない。レグナーには昔から戦闘では叶わなかったが、あれはレグナーでも厳しいだろう、そうウィルフレドが思えるほど強大な力を持った魔物だった。

 

「随分疲れたようだね。とにかく試験は終了だ。帰ろうじゃないか」

 

 笑いかけてくるレグナーになんとか笑い返すとゆっくりと立ち上がる。すると地響きとともに何かが背後から近づいてくる。振り向くと先ほどの魔物が猛然と追いかけてきていた。

 

「嘘だろ……」

 

 愕然とするウィルフレドの前にレグナーは立ち、魔物の壁になるように立ちはだかる。

 

「もう試験は終了した。お役御免だよ」

 

 そう微かに笑うとレグナーは手を前に突き出す。その手には魔力が収束していく。それが解放されたかと思うと魔物を囲むように魔力の檻のようなものが展開され、収縮しながら魔物の体をみるみる砕いていく。ツカツカとゆっくり歩み寄りながらレグナーはウィルフレドに話しかける。

 

「意外にもこの魔物、捕石亀は魔法に対する防御力も高いんだよ。だから、魔法を覚えれば容易く倒せる、なんて思わないほうがいい」

 

 ガリガリと魔物が体の形を変えていく前でゆっくりと拳を握る。

 

「ブレイクフィスト!」

 

 魔法の檻が消えると入れ代わるようにレグナーの拳が捕石亀に突き刺さる。その巨体は吹き飛びこそしなかったが、ビキビキと音を立てて崩壊し、活動を停止した。

 

「本当は生かして次の試験にも使うはずだったんだけどね。ここまで来るようなのはこうしてしまっても構わないだろう」

 

 先ほどの戦闘がなんでもないことのようにレグナーは笑うと帰り道を一人で歩き始める。ウィルフレドはその後ろ姿を複雑な気持ちで眺めていた。この一年の差はとてつもなく大きい。さっきの魔物は自分では無様に逃げることしかできなかった。だが、レグナーは容易く蹴散らしてみせた。創造体使いのはずのレグナーが素手で、だ。ウィルフレドは震える自分の手を見下ろし、しばらく動くことができなかった。

 

 

 

 どうやって家に帰ったかわからない。家に帰ってからもウィルフレドは試験の結果への不安とレグナーに追いつけるのかという不安に押しつぶされそうになりながら一日を過ごした。

 

翌日、試験の結果の発表当日だ。結局一晩中眠ることができなかった。今もまだ機能していない店のカウンターで惚けているだけだ。

 

「顔でも洗うか」

 

 ゆらりと立ち上がると洗面台へと向かおうとする。するとカランコロンというドアベルの音と共に人が入ってくる。勢いよく振り返るとそこには見慣れない少年が立っていた。二股の特徴的な帽子に青い髪、ピエロのような目の周りのメイク。それはクロンとかつて戦った歪魔の少年だった。

 

「えーとどちら様?」

「僕はグノーシス。ウィルでいいんだよね?」

「ウィルフレドは俺だけど」

「よかった、よかった。間違えてたらどうしようかと思ったよ。それで落ちたの? ダメだったの? 諦めたの? 死にたいの?」

「な、なんだよ、いきなり。試験のことならまだ結果は出てないから」

 

 いきなり親しげに話しかけた上に失礼なことを言う少年にムッとしたが相手は子供である。ここは受け流すべきだろう。何の用か聞こうとした時、別の人間が入ってくる。

 

「おや、客なんて珍しいね。随分余裕があるじゃないか」

 

 レグナーは店に入ってくると少年に視線を向ける。それに気づいたグノーシスは笑顔で手を振る。

 

「レグナー! 結果は? 試験の結果は? 俺は工匠になれるのか?」

 

 試験官のレグナーは結果を伝えに来たのだろう。レグナーの返答で去年一年の意味と今年一年の意味が大きく変わる。身を乗り出し返答を待つ。

 

「まずは顔を洗ってきたらどうだい。これから領主様に会うんだ。身なりには気をつけなよ」

「え……それって」

「こう言わなきゃわからないかな? 合格だよ」

「よ、よっしゃああああああああああああ!

 

 ユイドラ中に響けと言わんばかりの大歓声をあげる。ついに苦労が報われ工匠になれたのだ。喜ばない者がいるはずがない。

 

「オシ、準備してくるぜ!」

 

 急いで洗面台へと駆け出すウィルフレドの様子から視線を逸らし、レグナーは隣の少年へと視線を向ける。

 

「君は? 僕はレグナー。工匠をやっている」

「工匠? レグナーって……ああ、レグレグか! よろしくねーレグレグ。僕はグノーシス」

 

 突き出された手に反射的に握手するとブンブンと手を上下に振り回される。レグナーはその嫌な呼び方に覚えがあった。そして誰の関係者か把握するとため息を吐く。

 

「それで、クロとはどういう関係かな?」

「ん~弟? 少なくとも強敵と書いて友と呼ぶみたいな関係じゃないよ。もうクロ兄ちゃんとは戦いたくないもん。あんな痛い思いは一度で十分だよ」

「弟か……まさか君も竜族なのか?」

「違うよークロ兄ちゃんと一緒にしないでよ。あんなに僕は野蛮じゃないよーどっからどう見ても人間でしょ?」

 

 レグナーは見せつけるようにクルクルと回転しながらケラケラと笑う少年に怪しさを感じながらも一応は納得することにした。今この少年の正体はさほど重要ではない。いずれクロンの口から聞けばいいことだ。

 

「よっし! 行こうぜ」

 

 準備を終えて元気よく奥から飛び出してくるウィルフレドに頷き、レグナーは領主の館に向かう。それにグノーシスとウィルフレドが続く。

 

「君もついてくるんだ?」

「一応僕はクロ兄ちゃんの代わりだから」

「クロの関係者なのか……というかクロは来れないのか?」

「兄ちゃんお腹痛いとか頭痛いとかで二週間ぐらい調子悪いままだもん」

「二週間って大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ? 採取にも連れてってもらったし。でも必要にかられなきゃ外出たくないみたい。なんか変なところで真面目だよねー」

「真面目? 何の話だよ?」

 

 領主の館への道すがらグノーシスという少年と話してみると、何処となく違和感を覚える。もっともその違和感が相手の話す内容なのか相手の存在そのものなのか今のところウィルフレドには判断できなかったが。悩んでいるウィルフレドをグノーシスは笑う。

 

「あはは、今は僕のことなんて気にしないでいいよ。それにまだウィルは弱そうだもんね」

 

 その笑顔に狂気が宿る。ウィルフレドの頭では今回に限っては恐怖より呆れが先行した。またクロンは厄介事を抱え込んでいるのかとため息をつく。そしてレグナーはそんなウィルフレドの姿にため息をついた。ウィルフレドは厄介事に飛び込んでいく、クロンは厄介事を引き寄せる、レグナーは二人の手綱を握る。それが三人の関係だった。引き寄せる側のクロンの手綱を握ってもしょうがないのではないかと思われがちだがそんなことはない。なぜならば放っておけば殴るために引き寄せたんだ、とでも言わんばかりに引き寄せたものを片っ端から殴り飛ばしてしまう。気分は両手に好奇心旺盛な子猫と獰猛なライオンのリードを持つ飼い主である。ライオンばかり手がかかる訳ではない。子猫の方も目を離せばどこに首を突っ込むかわかったものではない。自分の体が傷つくこともお構い無しなのだから心配でしょうがない。だから、自分のことを棚に上げて呆れている友人にレグナーは呆れていた。しかし、好きでやっているのだから自分も業が深い。

 

「着いた。ここでロサナ様に会うんだ。粗相のないようにね」

「あ、聞いたことある! 一番凄い工匠なんでしょ? 兄ちゃんより強いのかー。えへへ、戦ったら面白そうだなあ」

 

 領主の館に着くとグノーシスが何やら見当違いな上に物騒なことを言い始める。

 

「おっし、行くぜ!」

「正直、彼を残しておくのは不安なんだが、まあ、今は行くしかない」

 

 目をキラキラさせて館を見上げる少年にチラリと視線を送るとウィルフレドとレグナーは領主の館に入る。豪華な部屋に案内される。領主のいる場所だろう。絨毯、窓、燭台、壁、柱、どれも工匠達の技術の粋を集めたような完成度のものばかりで圧倒される。さらに、壁には多くの品が飾ってある。刀剣、鎧どれも東方のものだ。ロサナは東方の技術を極めた方だと言われている、それがここにも色濃く出ているのだろう。口を一文字に結び部屋の中央まで進む。まだ領主は来ていないようだ。

 

「じゃあ、僕はここまでだ。決して粗相のないようにね」

「わかってるよ」

 

 レグナーは案内を終えると部屋から出ていってしまう。ウィルフレドは領主が来るのをじっと待つ。ロサナは気難しい方だともっぱらの噂だ。注意して話さなければいけない。

 

「どなたかしら? 私に用?」

 

 奥から銀髪の女性が出てくる。呼ばれてきたのだが、相手はウィルフレドの顔など知らないのだ、無理もない。

 

「ウィルフレド・ディオンです。本日は工匠試験合格の知らせを受け、その資格を頂戴すべく参上しました」

 

 跪き、慣れない敬語を頭の中で反芻しながら慎重に選ぶ。言い終わるとなかなかしっかり言えたことに安堵する。こんなことで一年間を棒に振っては親に会わす顔がない。

 

「そうですか、おめでとうございます。用件はわかりました。ですが、随分と遅い。ユイドラの工匠として名実ともにこの都市を支える存在になるのですから時間はしっかり守りなさい」

「はい……すみません」

 

 浮かれていて時間を過ぎていることに気づかなかったようだ。自分の馬鹿さ加減に唇を噛む。

 

「これが、免許証です。管理地域に入るのにも必要になります。常に携帯するように」

 

 刺繍で彩られた紋章と美しい装飾用の剣と木製の看板が目の前に置かれる。全てに工匠会の紋章が描かれている。その内の紋章を指差し、説明される。そういえばクロンは燃えるからという理由で持ち運んでいなかったな、などと思い出す。緊張していたはずが随分と余裕が出てきたものだ。

 

「次に剣は店舗の飾り、看板は通りからよく見える位置に飾りなさい。どちらも工匠会に認可された証です」

「ありがたく、頂戴します」

 

 三つの品を受け取る。ズシリと重い。今、今までの苦労が実を結んだのだ。全身が感動に震える。

 

「ウィルフレド・ディオン。今貴方を工匠会の一員と認めます」

「ありがとうございます」

 

 これで終了、後は帰るだけだと退出の挨拶をしようとした時、声をかけられる。

 

「領主として一つ問います。貴方はどんな工匠になりたいですか?」

 

 突然の質問にすぐには答えが思い浮かばない。なので、当たり障りの無い答えをする。

 

「立派な工匠になりたいです。新しい技術を開発しいつかは両親を超えるような工匠に」

「そうですか、もう結構です」

「あ、いや、立派な工匠になってユイドラに貢献します、それで」

「もう結構だといいました! 帰りなさい!」

「……失礼します」

 

 素っ気ない返事に言い繕ったところを怒鳴り返される。こうなってはもう引き下がるしかない。すごすごと来た道を引き返す。館を出るとレグナーが何やら怒鳴るように話し、グノーシスが首を傾げている。だが、ウィルフレドが出てきたことが分かるとそちらに向き直る。

 

「おめでとう、ちゃんともらえたようだね」

「……ああ」

 

 レグナーと話しながらも先ほどの質問が頭を巡る。自分のなりたい工匠とはなんだろうか。

 

「なあ、レグナー。お前もロサナ様に聞かれたか? どんな工匠になりたいかっての」

「ああ、聞かれたよ。やるからには一番を。領主になると言った」

 

 言われてみればレグナーのものも普通といえば普通だ。このユイドラでは工匠はみな領主を目指す。一番の技術を持つ者が領主になるのだ、当然と言えば当然の帰結である。

 

「普通だな」

「そうだ。後悔しているよ。匠王になるぐらい言えばよかった」

 

 匠王とは工匠の最大級の階級である。領主であるロサナですらその下の匠貴であり、いままでその匠王になった者は居ない。言うなれば存在するだけの階級である。何か思うところがあるのかお互い少し黙る。それを面白そうにグノーシスが眺めていると、突如として轟音が響き渡る。

 

「こんっっのカスガキがあああああああ!」

 

 超高速で飛来したクロンはその勢いを二人の横にいるグノーシスに叩きつけようとするが、追撃の尻尾も含めて左右にクネクネと回避される。

 

「チッ」

「危ないなあ。当たったら死んじゃうところだったじゃないか」

「なら死ね」

 

 突然騒がしくなった状況にお互い目をぱちくりさせるが、もう慣れたものである。

 

「クロ、俺も今日から工匠だぜ! すぐに追い抜いてやるから覚悟しろよ」

「だからクロって呼ぶな! つーか俺を追い抜く~? 正直なところ俺さ、お前より先に工匠になったって事実以外に技術関係で既に優っているところが見つからないんだけど」

「まあ、客観的に見てもウィルの方が技術は上だろうね。まあ、それも素材が手に入ればの話だが」

 

 皮肉を忘れないレグナーをウィルフレドが睨む間もクロンはグノーシスへ攻撃を重ねる。ジャブ、ジャブ、ステレート、ウイング、テイル、アッパーと連続攻撃を放つが側転やらブリッジやらジャンプやらで躱される。

 

「そういや、クロンもロサナ様に聞かれたのか? どんな工匠になりたいか」

「おう! 聞かれたな。まあ、あれだ。面接官の言いそうな言葉だったから回答はあらかじめ用意しておいたのを答えたよ」

「予想してたのかよ、凄いな。なんて答えたんだ?」

「俺が必要だと思った物をパッと作れる、何をするにも不自由のない工匠になるって答えた」

「俺が客に変わるといい言葉なのにね」

 

 グノーシスの茶々とクロンの殺人的な速度で放たれる打撃の空を切る音だけがしばらくあたりに響く。

 

「客か……そうだ、そうだよ!」

 

 ウィルフレドは自分の中にあった言葉にならない想いがようやく分かる。そうだった、工匠になりたいと思った理由は両親の工房に訪れる人々の笑顔だった。ウィルフレドは自分のなりたかった工匠がなんなのか思い出す。ちょうどその時、ロサナが館から出てくる。

 

「何を騒いでいるのですか、貴方たちは!」

「あん? ……げえ! ロサナ様!?」

「あー! あのオバサンが兄ちゃんより強いっていうロサナ様かー」

「な、オバ……」

 

 なにやら衝撃を受け少し驚いた後、ロサナはキッとウィルフレド達を睨む。

 

「ロサナ様! 俺さっきの答え分かりました」

 

 ウィルフレドは睨むロサナに臆さず声を張り上げる。

 

「俺は客が喜ぶような工匠になりたい。困っている人たちの役に立ちたい。俺の工房に来る客がみんな笑顔で帰っていくような、そんな工匠になりたい」

「そうですか。さっきよりはマシになりましたね」

 

 ロサナは今の言葉に心なしか機嫌を良くしたのか表情が一瞬和らぐが、キッとクロンを睨む。

 

「クロン・プレイア! 貴方はもっと落ち着きを持ちなさい。そのままではいつまでも鉱脈の探索は許可出来ませんよ!」

「はい……すみません」

「いけ、兄ちゃん! 今こそ下克上の時だよ」

「少し黙れ、マジで」

 

 クロンに睨まれるとグノーシスは帽子を深く被って視線から逃れる。

 

「それと今度オバサンなどと言ったら免許を取り上げますからね! 気をつけなさい、クロン・プレイア!」

「え、俺!?」

 

 最後にまた大きな声でクロンを怒鳴ると屋敷の中に戻っていく。

 

「おい、カスガキ。お前、晩飯抜きな」

「酷いや! 横暴だ。保護者は子供を育てる義務があるんだよ?」

「今明らかに僕まで関係者に入れられたような気がするんだが……いや、止めなかった時点で同罪か」

 

 ロサナが去った後もウィルフレドは工匠になった嬉しさを再び噛み締めるために、クロンとグノーシスは口論のために、レグナーはそんな彼らを一歩ひいて見守るためにしばらく留まるのだった。

 




今回はたいしたものではありませんが、戦闘描写についてもしよければ前回のも含めなにか感想でもアドバイスでも頂けるとありがたいです。これからちょくちょく入るので。状況が解りづらいとか、説明がくどいとか、今のままでいいから後は慣れとか、地味とか。もしよければよろしくお願いします。
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