ヒトとして生きる   作:sophiar

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歪魔と生きる

「とりあえず、おめでとう」

 

 ひとまずの落ち着きを取り戻し四人は酒場に集う。ウィルフレドとレグナーはエールを片手に、クロンとグノーシスはミルクを差し出す。

 

「あーうまい。これで俺もやっと工匠だぜ!」

「俺も酒飲みたいなー」

 

 ご機嫌でエールを飲むウィルフレドを横目にクロンは料理に箸を伸ばす。クロンは酔うと暴走するかもしれないということでまだディル=リフィーナでは一度も酒を飲んだことがなかった。実際のところ暴走する可能性は限りなく低いが、もし暴走して友人を傷つけるようなことになれば立ち直れないかもしれない。なので、今日のところは料理で気を紛らわせるしかない。幸い、今日の料理は新鮮な魚が朝、商隊から手に入ったということで東方から伝わったという料理、刺身をティアンが振舞ってくれた。生で魚を食べるのは抵抗があるのかウィルフレドとレグナーはあまりフォークを伸ばさなかったが、クロンとグノーシスは平気でパクパクと口に運ぶ。もう一つっとクロンが刺身に箸を伸ばそうとすると、グノーシスの箸の持ち方が目に映る。箸を握っていた。箸をグーで握っているのである。あろうことか箸を突き刺す用途でしか使っていない。

 

「おい、カスガキ! なんだ! その箸の持ち方は。なんで箸は二本で一組なのかわかってんのか?」

「いいじゃんか、別に。うるさいなあ」

「お前にはがっかりだ。迷いなく箸を持つから期待してみればこれか。お前はフォークでも使ってろ!」

 

 箸を小さい手から奪い取り、フォークを握らせるべく腕を伸ばすが持ち前の俊敏さで抵抗してくる。

 

「チッ、めんどくせえ奴だな。なら教えてやるから練習しろ」

「え……教え……うん! やるやる!」

 

 教えてやるとクロンがグノーシスの小さい手を握ると何故かにへらっと表情を緩め大人しく教わり始める。そんな微笑ましい様子を見ながらレグナーはウィルフレドに話しかける。

 

「ウィル、君は護衛でも雇ったらどうだい? 正直君の力では素材採取は辛いものがあると思うよ」

「ん~お前とかクロンはダメなの?」

「本気で言ってるのかい? これからはライバルなんだ。部分的に協力することはあったとしてもそこまでは出来ないよ。それに君のためにも僕達のためにもならない」

 

 ウィルフレド自身、戦闘力という面では三人の中で飛び抜けて劣っていると認めないわけにはいかない。工匠はより良い素材を得るために危険な場所に行かなければいけないことも多い。ならば護衛を雇うのは必要かもしれない。

 

「そういえば、グノーシスはクロンの護衛なのか?」

「そうだよ。兄ちゃんを僕が護衛してあげてんだよ」

「そんなわけあるか! ただの穀潰しだよ」

「嘘だ。前、僕のほうが沢山素材集められたじゃないか。兄ちゃんの方が役に立ってないぞ」

「馬鹿め。素材集めは護衛の仕事じゃありませんー。それは子供のお手伝いレベルですぅー」

 

 また喧嘩を始める二人を放っておいてレグナーは会話を続ける。

 

「出来ればあまりあっちに会話を振らないでくれるかい。進みそうにない」

「ああ、俺も今実感したところだよ」

 

 ギャーギャー騒ぐ二人の声をBGMにレグナーはエールを呷って続ける。

 

「一人、二人ぐらいは雇うべきだね。特に君は魔法が使えないのだから魔法が使える人なんてどうだい? 何かと魔法が使える人材は必要になるはずさ。後は、君は初心者だから色々教えてくれる指南役なんてのも居るといい」

「お前も工匠二年目の初心者だろ」

「まあね。とはいえ僕はもうじき小工匠。クロンも前の恩賞で匠士になる資格を得たらしいから近々上がるだろう。それに比べ君はまだ匠巣だ。先達の意見は聞くものだ」

「ったく、わかったよ」

 

 レグナーのおせっかいにも困ったものである。昨日の試験の戦闘を見て心配してくれているのはわかるので素直に聞くことにするが、護衛なんてすぐ見つかるわけでもない。焦ってもしょうがないだろう。

 

「それと街の人には一度挨拶しておくべきだろうね。教会のハンナさんや闘技場のジェーンさんあたりには」

「大丈夫だって、元々するつもりだったから」

「ならいいけどね」

「待ってろよ、すぐ追いついてやるから」

「なんで待たなきゃいけないんだい? 君が進む間に僕は先に行かせてもらうよ」

「おい!? そこは足を緩めてくれよ」

「僕の目標はずっと先にあるんだ。待ってなんていられない」

 

 酒が回ってきたのか少し二人共饒舌になる。これ以上醜態を晒さないためにもレグナーは立ち上がる。

 

「じゃあ、僕は帰らせてもらう。またね」

「おう! じゃあな」

 

 レグナーと別れを告げ、エールを一口含む。クロン達を見れば、動いたよ兄ちゃんなどとまだ箸で騒いでいた。クロンの前で箸を使うのは上達してからにしようと心に誓い、気になっていたことをクロンに聞く。

 

「で、クロ。その子はなんなんだ?」

「あん? このカスガキはな、居候兼お手伝いさんだよ」

 

 クロンはグノーシスに箸の練習をさせたままウィルフレドに向き直ると、ぬるくなったミルクのカップを手に取りレグナーが抜けて空いた隣の席に座る。

 

「いや、そうじゃなくて。と言うかカスガキって酷いな」

「いや、酷くない。サーカスガキンチョの略だから侮辱してない」

「そうかぁ? まあ、その子がそれでいいならいいけどさ。それで、その子はなんで一緒にいてどういう子なんだ?」

 

 クロンはどこまで言ったものかと顎に手を当ててグノーシスとの和解の経緯を思い出す。

 

 

 

 時は遡り、クロンが密猟者達との戦いを終え、家に帰った後のことである。結局その日、クロンは腹痛と頭痛で寝込んだためなんの変化もなく終わった。翌日の朝には少し落ち着いたので工房にほったらかしだった歪魔の少年を見に行くことにした。

 

「なんだろうこれ? わっ、切れないや。すごいすごい」

 

 本気で叩いたのに次の日には元気に動いている生物に驚きつつも表情には出さないようにして近づく。威圧感を持って接すれば優位になるかもという浅知恵だが、何も考えないで話しかけるよりはマシではないだろうか。クロンがこの歪魔を連れてきた理由は聞きたいことがあるからだった。それはこの歪魔が自分と同じ境遇かどうか。この世界に飛ばされるというのはどっちの世界の常識でも異常事態だ。だが、いくらなんでも自分一人ということはあるまい。この歪魔には自分と同じく、どこか精神と体に乖離を感じた。もっともそれは漠然としたもので確信があるわけではない。なので、もしかしたらという話なのだが。

 

「おい!」

「わっ、ごめんなさい。ぶたないで!」

 

 声をかけると急いで作業机の裏に隠れていく。昨日の狂人ぶりからの拍子抜けに少し戸惑うが思い返せば、最初以外はそこまで狂った言動でもなかったかもしれない。少し気を緩めて話しかける。

 

「単刀直入に聞くけど、お前って転生とか憑依って心当たりあるか?」

 

 探りは無しに聞きたいことを聞く。相手は子供だ。何か隠すようならきっと見抜けるだろうという打算もあった。

 

「てんせい? ひょーい?」

「いや、もういい。俺の勘違いだった」

 

 本気で首を傾げる少年の様子にガックリと肩を落とした。二年、この世界で生きているが竜の体故の周りからの視線、勝手に動く体への不満、絶えずしなければいけない力のコントロール、昔の生活と比べた不便さ、並べればキリがないがとにかくクロンはストレスが溜まっていた。その中でもとりわけ大きいのが自分の境遇を誰にも話せないことだった。とにかく誰かに打ち明けたい。だが、これはとてもではないが簡単に言えることではない。信じてもらえなければ余計不満が貯まるだけだし、より白い目で見られることになるかもしれない。それにただ話したいのではない。なんだ、そんなことかと他人には笑われるかもしれないが、転生、憑依の苦労を分かち合いたいのだ。だから、ウィルフレドにもレグナーにも生涯話すことはないだろうと考えていた。だが、同じ境遇の人間なら違う。必ず分かってくれるし苦労も共感してくれるに違いない。だから、この歪魔がそんな存在になるかもしれないと期待していたのだ。しかし、結果は外れ。一人ということはないだろうと思っていたがもしかしたら一人なのかもしれない。大きくため息を吐く。これぐらいの発散はしなければやってられない。

 

「えーと、ごめんなさい?」

「ああ、気にすんな。これに限っちゃお前はなんも悪くない。俺が勝手に期待して勝手に失望しただけだから」

 

 わけがわからないだろうに謝る歪魔になんだ、可愛いところもあるじゃないかと口元が緩む。もっとも、危険な存在には変わらない。工匠会に突き出すかどうか思案していると少年が話しかけてくる。

 

「ねえ、聞きたいことがあるんだけど?」

「なんだよ」

「おじさんはさ」

「お兄さんだ」

「……おじさんはさ、家族ってなんだと思う?」

 

 いつになく真剣で戦っていた時からは想像できない儚げな様子にクロンも真剣になる。

 

「いや、血のつながりとか心許す関係とかそういうのじゃね? あんま得意じゃないんだからそういうのやめてくれ」

「家族ってよくわかんないんだ、僕。最初のはそこにいるだけだったし、次のは殺されそうになった」

「はあ、歪魔も大変なんだな」

 

 突然語りだした少年にクロンは困惑しながら頭を掻く。

 

「ねえ、家族って何? 何をするために居るの?」

 

 今度は少し具体的な質問だったが、ここまででとにかくクロンがわかったことは多分自分ではこの少年の悩みは解決できないということだけだった。哲学とかそういう難しい話や他人の心や生き方に口出すのは苦手なのだ。いい言葉でも出てくればいいのだが、全く出てこない。竜での生活を含めても所詮二十歳前後の若造である。

 

「あれだ。ロサナ様に聞いてみればきっとわかる」

 

 だから、クロンは丸投げすることにした。ロサナ様ならきっとなんかいい言葉で諭してくれるだろう、と予想して送り届ける方向に話を持っていく。

 

「ロサナ様?」

「おう! このユイドラで一番偉くて強い人だ。竜の俺が言うんだから間違いない」

「一番偉くて強い……その人ならわかるの?」

「わかるわかる。そう、ロサナ様ならね!」

「じゃあ、行ってみる! 行こう竜のおじさん」

 

 呼び方に反応しそうになるがなんとか抑える。きっと領主の館に届ければこの少年は監禁だか保護だかされるだろう。間違いなくおさらばである。それまでなら力づくで連れてきた手前、ほんの小指の爪の先ほどの僅かな罪悪感に従うのもやぶさかではない。年相応の笑顔を向けて腕を引っ張る少年に従って外に出た。

 

「何処に居るの? そのロサナ様って」

「領主の館だ。あのデカイ奴だな」

「へー、あ! ねえねえ! あれ何? あのいっぱい人が集まってるのは」

 

 領主の館からすぐに興味が他に移り、人だかりに向かって目をキラキラさせる。そういえば今日は商隊が来る日だったなと思い出す。キャラバンと言えば馴染みが深いが商人がリスク回避のために共同出資して移動してくる集まりだ。ユイドラはこれが毎週決まった時に訪れ、広場を賑やかにする。こんな時は店を開いても意味がないのでアリトも休ませていた。

 

「いいでしょ? 行っても。止めても行くけどね」

「おい、ちょっと待て」

 

 あっという間に目の前からいなくなる歪魔を追ってクロンも走り出すが、時すでに遅くすぐに見失った。そもそもスピードが違う。それは昨日散々思い知らされたがまさかこんなことでも再び見せ付けられるとは思わなかった。辺りを見渡しても影も形もない。自分の罪悪感に文句を言って人ごみに突入する。日頃の行いや風評というのはこんな時にものを言う。クロンが歩けばヒソヒソ声と共にかき分けるまでもなくモーゼの如く人が道を開けてくれる。実はそこまで強くない精神力がガリガリと削られていくが我慢して歪魔を探す。

 

「こら、坊主。金ねえなら帰れ!」

 

 キョロキョロと周りを見回し視線が合うたびにそそくさと走り出されるというイベントをこなしながら歩いていると、特徴的な帽子が商人に叩かれて揺れるのが見える。

 

「痛い……アハッ、おじさんも痛くしてあげるよ!」

 

 首を曲げて商人の顔を覗き込むようにしながら、口が半月に開かれる。その時になって商人は目の前の小さな存在が軽い気持ちで触れてはいけないものだと知る。周りの人間も異変に気付き距離をとり始める。魔物が身近に存在する世界の住人である、街中とはいえこれぐらいの危機管理はあってしかるべきなのだ。

 

「おい、勝手に何してる!」

「あぎゃう!」

 

 首を捻ったままの少年の頭を掴んで下げさせる。流石に立っていられなかったのか悲鳴をあげて倒れこむ。

 

「いやあ、申し訳ない。うちの馬鹿がご迷惑お掛けした様で」

「あ、ああ。あんた兄弟かなんかか? しっかり見といてくれよ。こういうのは困るんだよ」

「はい、すみません」

「兄弟……」

 

 かつての人間生活で培った愛想笑いを浮かべて穏便に済ますことを目指す。少年の両手には高そうな布地が握られているが何故か切れてはいけないところが切れていた。弁償は財布的に勘弁して欲しいが、これはそうもいきそうにない。

 

「まったく……売りもんが台無しだ。どうしてくれる!」

 

 さっきまでビビっていた人物とはとても思えない。すげえぜ、商人、と内心感心しながら頭を下げて買わせてもらう。見た目ほど高い商品ではなかったらしく、財布はそれほど痛まなかった代わりに自分の観察眼の精度に肩を落とした。

 

「痛~い」

 

 少年の手を引っ張ってその場を離れると、ポッカリと人の空いた空間で手を離し頭に拳を落とす。

 

「さっきから殴られっぱなしだよ」

 

 目に涙を溜めて抗議する少年に今度はデコピンを咬ます。

 

「落ち着きの無い奴だな。俺以上に無い奴に久しぶりに会ったぜ」

「むーまだ物足りない~まだ見たい~」

 

 駄々をこねる少年を睨み、手を伸ばす。

 

「なに?」

「ほら、お前速いから見失うんだよ。掴まっとけ」

「うん……」

 

 その手をじっと見た後、おずおずと手を伸ばす。クロンは近づいた手をギュッと握ると先を促す。

 

「ほら、行くぞ。そういやお前名前は? 俺はクロンな。クロンお兄さんと呼べ」

 

 グノーシスはお兄さんという言葉を何回か反芻し、随分高くに位置するクロンの顔を見上げる。

 

「僕はグノーシス。グノーシスだよ、兄ちゃん!」

 

 グノーシスはニカッと笑いクロンの手を握り返す。年相応の笑顔にクロンも知らず笑みが溢れる。

 

「じゃあ、行くぞ。カスガキ」

「あれ? 酷い呼び名だ」

「いや、サーカスガキンチョの略だからこの上なくお前を表してる。それともグノーカスの方がいいのか?」

 

 頬を膨らませながらも手を離そうとしないグノーシスを笑いながら、割れる人の波を歩く。結局人が疎らになるまで買い物は続くのだった。

 

 買い物を終え、結局疲れただのなんだの駄々を捏ねるグノーシスをおんぶして家に帰る。領主の館に行く予定だった気がしたがクロンもなんだか疲れたので気にするのをやめた。

 

「僕って強いよね」

「俺よりは弱いけどな」

 

 家についた途端グノーシスが脈絡なく自己アピールを始める。

 

「でも、きっと役に立つよ」

「それ以上に世話かかりそうだけどな」

「だから、僕をこの家においてよ! 言うこと聞くから。ちゃんとユイドラの人攻撃しないしお手伝いもするから。お願い!」

「んーまあ、いいんじゃね」

 

 眠い様子を装って生返事をする。だが、それでも嬉しかったのかグノーシスは満面の笑みを浮かべて走り回る。

 

「ねえ、ねえ、クロ兄ちゃん」

「ああ?」

「兄ちゃん兄ちゃん!」

「なんだよ?」

「お休み!」

「ああ、お休み」

 

 そう言うとグノーシスは昨日と同じく工房で寝るつもりなのか工房に消えていく。クロンはあくびを一つしてディル=リフィーナに来てからのことを思い出す。二年、間違いなく一生で一番長い二年だった。黒川良也として生きていた時は家族がいた。お休みを言う相手は当然いて、それは自分が家を出る時まで続くものだと思っていた。だが、それは唐突に終わりを告げた。いきなり知らない世界に投げ出され二年間家族とは無縁に、一人で生きた。朝起きれば一人、夜明かりを消せば一人、帰ってきても一人、ご飯は一人分、それが普通の生活をしてきた。

 

「ふん」

 

 恥ずかしさを紛らわすように鼻を鳴らす。そう、ただちょっとだけ嬉しかったのだ。同居人が増えるということが、家族が増えるということが。

 

「とりあえず、明日はちゃんとした寝る場所見繕ってやるか」

 

 

 

 

「特に話すべきエピソードは無いな」

 

 一通り回想を終え、クロンは頷く。間違いなく話したら赤面モノである。

 

「なんだよ。教えてくれたっていいじゃんか」

「やだね。あいつはまあ、とりあえず俺の弟だと思っとけ」

「え……」

 

 ウィルフレドは一瞬言葉に詰まりクロンを見る。

 

「なんだよ?」

「あ、いや、なんでもないよ。いや、違うか。なんかお前がそんなこと言うと思わなくて。なんだかんだでいろんなところから距離をおいてるからさ、クロって」

 

 これには今度はクロンが言葉に詰まる。

 

「ハッ! 適度に取んなきゃみんな壊れちまうからな。つーか俺の話はいいだろ。今日はお前の工匠合格祝いだ」

 

 バシバシとウィルフレドの背中を叩く。

 

「酌が男で申し訳ないがお前なら直ぐモテモテだって。だから今は俺で我慢しろ、ハハハッ」

 

 酔ってもいないのに機嫌よくウィルフレドに酌をすると自分はミルクを一気に飲み干す。

 

「酒飲ましてやれなくてごめんな」

「なんで祝われてる側に謝られなきゃいけないんだ。それに酒はお前らが酔った俺に叩かれても平気になった時の楽しみにとっとくよ」

「つーかクロン。痛いぞ。最近お前人間体でも力強くなってないか?」

「そうか? まあ、力仕事してるからな」

 

 バシバシと叩かれていたのが地味に効いてきたのかウィルフレドは背中を擦る。

 

「ウィル、俺がお前の力になれることって少ないけどさ。でも、俺に頼って間違いないことが一つある。もし本当にどうしようもない敵が現れたら言えよな! 俺が必ずブッ飛ばしてやるからさ。お前の敵は俺の敵だろ?」

「ああ、そうだな。どうしようもない敵が出てきたら頼むことになるかも。でも、工匠になったんだからできる限り自分の力でなんとかしたい」

「そーかそーか! まあこんな俺と仲良く出来るお前だ。敵なんていないかもな? 俺とは違う意味でな」

 

 二カッとウィルフレドに笑うと席を立つ。ウィルフレド・ディオン、この友人はきっとこれから会う多くの存在と繋がって生きていくだろう。彼の歩む道に敵という存在は恐ろしく少ないのではないだろうか。戦うという選択肢が最初からある自分とは根本的に違う。だからこそ、この男と友人になれたのだ。

 

「じゃあな、ウィル! おい、カスガキいくぞ」

「はーい、バイバーイ。ウィル」

 

 ウィルフレドに手を振るグノーシスの反対の手を引き酒場を出る。友人が工匠になった。うかうかしていれば直ぐに追い抜かれるだろう。今までは出世欲なんてなかった。だが、後ろに足音が聞こえた瞬間焦りが生まれた。我ながら人間くさいなと笑う。目的はあるが今はそれよりもただ負けたくない。その気持ちがふつふつと心に湧き上がっていた。

 

 家に着いたクロン達はアリトが着くのを待って店に商品を陳列する。予定としてはこの後匠士昇格のための提出用の品物を作らなければいけない。匠士昇格は前回の密猟首謀者捕獲の件の報酬として言い渡されたことだった。そもそもお金がいいとかいろいろ要望を言った気がするが、贈られたものはこれである。今となってはそれもありがたいことだが当時は随分ロサナの陰口を言った。主に聞かれたら工匠資格剥奪になるような単語を。

 

「しかし、匠士に俺の技術が追いついてないんだよなあ、流石に今回は上がるのが早すぎる。贅沢な悩みだが研鑽を積む時間が欲しかったな」

「でも、テンチョーの作る服はそれなりのものですよね」

 

 出勤してきたアリトが陳列しながら後ろを向いて口を挟む。グノーシスはうまく服が畳めずにうーうー唸りながら奮闘していてそれどころではないようだ。

 

「まあ、俺のメインだし? でもどれも魔術作用とかファッション性に偏重してて提出するものとしてふさわしくないんだよな。やっぱ武具関係が好まれるみたいなんだよ」

「あとは腕輪とかの装飾品ですよね」

「そうだなあ」

 

 うーむとクロンは唸る。すると、思い出したようにアリトが言う。

 

「そういえば、ガントレットいつできるんですか? 作ったスペースがいつの間にか長手袋やらミトンに占領されてるんですけど」

「まあ、あれだ、もう少しなんだけどね。ままならないものだね」

「もう少しならちょうどいいじゃないですか! それだけ時間かければそこそこ好いものでしょうし、一つはそれでいいじゃないですか。あとはお得意の服とかで固めてもう一つ装飾品作ればそれで十分じゃないですか?」

「え?」

 

 良い事思いつきましたとでもいうようにパアッと顔を輝かせて提案するアリトに驚く。まさか三週間続けている今の言い訳を信じられるとは思っておらず、引くに引けなくなる。

 

「そ、そうだな。まあ、もうじきできるし、うん。そうしようかな」

「それがいいですよ」

 

 役に立てたことが嬉しいらしく鼻歌なんぞ歌いながら陳列に戻る。もっとも、クロンにはやり込めて喜んでいるようにしか見えなかったが。

 

「じゃあ、俺は工房に今日は篭るから、お前らは仲良く店番しろよ! カスガキ! アリトの言うことをよく聞いてお手伝いしろ、いいな」

「アイサー」

 

 目線は服から離さずに手だけで敬礼モドキをしてクロンを見送る。その様子に少し心配になるものの工房に来させては仕事にならない。年齢も近いだろうしそんなトラブルも起きないだろうと自分に言い聞かせて作業に移る。ガントレット、板金を切り抜いたものを組み合わせて中の手袋を保護する。至極簡単に言えば作り方はこれであるが、問題があった。作るといってもそんなに鉄が無い。鉱脈が出入り禁止なので手に入れるのにお金がいるのだ。故にあまり使いたくないというのが本音だった。それにただ鉄で作ったガントレットでは錬度の低いクロンでは並以下の評価しかでない。何か工夫が必要だ。中の手袋の部分はお手の物だが問題は外側である。

 

「魔法石で作れたりしないかな?」

 

 もしかしたら鉄あるんじゃね、なんて思って森の採掘場を掘りまくってみた結果、溜りに溜まった魔法石を手に持って眺めてみる。魔法石とはそれ自体が微弱に魔力を宿しているため魔術に役立ち魔力も浸透しやすい、という石だがそれ以外は色が綺麗なことを除けばほとんど普通の石である。手慰みに青い魔法石でお手玉しながらいろいろ考えを巡らす。魔法石を使うのなら魔術を組み込まなければ意味がない。

 

「魔法石を砕いて厚い布地に埋め込む。魔力が浸透しやすいんだから、縮小の術式を圧縮っぽく使って……いや、ダメだダメだ。中の腕が潰れる」

 

 中の腕が強靭なら耐えられるだろうが、みんながみんなクロンのような腕のわけじゃない。意外にもいけるんじゃないかと思い始めていた案なだけにガッカリする。

 

「いっそ全て布地にするか? でも流石に防御力がなあ……んん? んんん!? 別に防御力が高い必要はないんじゃないか!? 防御力以外の付加価値があればいいんだ。縮小の術式をわざと半端にしておいてガントレットの爪の部分の魔法石を対象に刺すことで術式が完成。つまりどんな大きなものでも生物でなければ小さくできるマジックハンド! 来た、これは工作の神が俺に降りてきた! 今日から俺も神格者。フハハハハハ」

 

 翌日、領主の館にてボロボロに酷評され涙目になって自分の工房に向かって走る竜の姿がユイドラで発見されたそうな。

 


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