酒場を出てウィルフレドは一人帰路につく。工匠になり、やらなければいけないことは山ほどある。とにもかくにも工房に戻ったら看板と剣を飾らなければ潜りの工匠だと思われてしまう。
家に着くとまずはもらった剣を店の目立つ場所に飾る。そして、外のよく見える位置に看板を飾ろうと脚立を奥から運んでくる。すると、ドアベルの音と共に人が入ってくる。
「店主はお前か?」
「ああ、そうだよ。依頼ならちょっと待って」
さっきの客のようだ。すぐに用件を聞きたいところだが、グッと抑える。看板が掛かっていないのに依頼を請けているところを見られれば要らぬいさかいが起きてしまうかもしれない。たいした時間はかからないしさっさと看板を掛けてしまおうと脚立を外に持ち出すべくもう一度力を込める。その瞬間、ウィルフレドの視界が回る。
「おい、貴様。潜りの工匠だな?」
目の前には美しい女性の顔があった。少女は突如ウィルフレドを押し倒し、剣をその首筋にあてる。目にも止まらぬ早業だった。油断していたのも確かだが、仮に身構えていたとしても軽々とウィルフレドは押し倒されてしまっただろう。
「な、なんだ!?」
黒髪の少女は薄く笑いながら驚くウィルフレドを脅す。
「ここでは正式に認可された工匠は看板を飾るのが習わしなのだろう? なら、それをしていないお前は何かやましいことがあるはずだ。工匠会に通報されたくなければ私に手を貸せ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は今日から工匠になったんだ。だからまだ看板を掛けていないだけで正式な工匠だ。そこに看板もある」
「なんだと……」
驚く少女はウィルフレドの指差す先の視線を送ると、確かに他の工房で見たものと同じ看板が置いてある。店内に静寂が訪れる。
「……すまなかった。非礼を詫びる」
感情を押し殺したようにそう静かに言うと店から出て行こうとする。いきなり押し倒して人違いだと分かればスタスタと立ち去る少女に本来なら憤りそうなものだが、ウィルフレドの脳裏に浮かんだものは全く違うことだった。少女はどのような形にせよ自分の工房に何かを求めてやってきたのだ。なのに、帰るときの表情は雲ったままだ。それは違うだろう、自分が、ウィルフレド・ディオンがなりたい工匠とはそういうものではなかったはずだ。ロサナ様に言った言葉は嘘だったのか、とほんの少しでもこのままにしようと思った自分への憤りと彼女の力になりたいという思いが口を動かした。
「待ってくれ。なにか頼みがあってきたんだろ? 教えてくれ、何か力になれるかもしれない!」
そう背中からかけられた言葉に少女は振り返ると値踏みするようにウィルフレドを観察する。そのときウィルフレドも少女の姿をはっきりと見た。場違いにもウィルフレドは少女のことを美しいと思う。膝下あたりまである長い黒髪、意志の強そうな切れ長の赤い目、白い鳥の羽で作られた特徴的な髪飾り、異国風のゆったりとした服装、青い装飾のなされた剣。どれもが綺麗に調和がとれて芸術品のようだった。
「貴様には関係がない」
「く……いや、こんなことされて無関係はないだろう」
すぐさま外に出ようとする少女に食い下がる。すると、思うところもあるのか動きが止まる。睨み合うことしばし、少女は折れたようにため息をつくと口を開いた。
「なら、貴様にこれの力を戻せるか?」
少女は手に持つ剣をウィルフレドに見せる。黒い柄に青い宝石が埋め込まれた見事な剣だ。ユイドラのあるセテトリ地方ではあまり見ないものだ。多分ディスナフロディのものだと当たりを付ける。
「これは?」
「故郷の剣だ。魔力を失った」
ディスナフロディの剣、しかも魔力を失ったと言うことと見た感じから推測するに何らかの魔術的作用が施されていて、それが無くなったのだろう。つまり新しく魔力を送り込めばいい。もっとも魔力付与と言われる技術はかなり高位の技術だ。素材、対象の構造によって当然魔力付与の方法も変わる。なので、東方のディスナフロディで作られ、希少な素材で作られているであろうこの剣に魔力付与を行うのは並大抵のことではない。
「俺には無理だけど……ロサナ様なら、東方の技術を極めたあの人ならできるかもしれない」
「ロサナ?」
「ユイドラの領主だよ。俺が頼んでみる」
「いらん」
「でも必要なんだろ?」
「……」
どうしても必要だということらしい。
「よし、行こう」
結論から言うと魔力付与をしてもらうことはできなかった。技術的には可能ということだったが、とんでもない金が要るのだ。額にして二万S(サントエリル)。ウィルフレドが工房の運営用に少しずつ貯めた貯金が五百Sである。クロンが払えないとヒーヒー言っていた組合費は十S。とんでもない額だということがわかるだろう。当然そんなもの払えるはずがなく、ウィルフレドと少女は店に取って返すこととなった。
「ごめん、俺のやったこと意味なかったな」
「いや、好意には感謝している」
そう淡々と述べると今度こそ立ち去ろうとする。
「待ってくれ! 俺はまだ新米だからその剣を強化出来ない。でも、いずれは出来るようになるから。だから! 俺に任せてくれないか」
その言葉に少し目を見開くが力なく首を横に振る。
「どうして?」
「……無い袖は振れん」
顔を赤くして声を荒げる少女にウィルフレドは失礼だとは思いつつも笑いが零れた。お金がないなどさっき領主の館からそれが理由で取って返してきたのだ、百も承知である。
「わ、笑うな!」
「ああ、ごめん。あのさ、俺の護衛をしてくれないかな? 俺は戦闘が苦手だからいろいろなところに採取に行くのがどうしても危険なんだ。当然お金も払う」
「護衛ということは管理地域にもいくのか?」
「うん、そうだけど」
「悪くないな」
少女はそう呟くとウィルフレドの顔をじっと見つめる。
「じゃあ、よろしく! 俺はウィル。君は?」
「私はユエラ」
「わかった。ユエラよろしくな」
握手のために腕を突き出すとその手を不思議そうに眺められる。
「握手だよ。これからよろしくとかそういう時にお互いの手を握り合うんだ」
「そんな習慣はない」
取り付く島もないとはこのことでユエラの腕はピクリともしない。ならばと話題を変える。
「それで泊まる場所とかは決まってるのか?」
「いや、決まっていない」
「だったらうちに泊まる?」
「ば、馬鹿な。お、男の家に泊まるなどできるはずがない! 毎日来る。その時に予定を教えてくれ」
顔を真っ赤にして大声を上げるとユエラは逃げるように家から出ていく。正直最近は勉強ばかりだし、友達関係もレグナー、クロンで完結してしまっている。もしかしたら、女性との関わり方がかなり拙いんじゃないかと不安を覚える。確かに今のは幾らなんでも失礼だったような気もしてきた。相手は女の子なのだ、もっと気を使わなければいけない。ふとユエラが去って行った方を見ると外はもう暗くなっている。ウィルフレドは明日こそ教会や闘技場にあいさつしてくるかと決めて工匠初日を終えることに決めた。明日は依頼が受けられればいいが、どちらにせよ採取に行くことになる。ユエラが居るが二人とも初心者だ。気力を溜めておかなければいけない。
翌日、支度を済ませたウィルフレドはユエラが来るのを待って、周囲にあいさつにいくことにした。
「おはよう、ユエラ」
「おはよう」
「今日は他の所にあいさつしてくるからちょっと別行動で」
最初は店番をしてもらおうとも思っていたが、愛想のない子である。それに店員派遣は無料なのだ、利用しない手はない。
「わかった。ちょうど私も行きたいところがあった」
「なら、ちょうどよかった。でも、昼頃にはこっちに戻ってきてくれ。採取に行くから」
「了解した」
店を出てユエラと別々の場所に向かう。ウィルフレドはまず教会を訪れた。中は人もあまりおらずあいさつするには絶好の機会だ。すこし教会の管理者であるハンナさんの手が空くのを待つ。ディル=リフィーナでは神とは重要な存在である。なぜなら彼らのおかげで人間は魔術を行うことができるのだ。なので、信仰心も半端なものではないのだが、ユイドラは工匠会が管理しているので他の都市ほど信仰心は強くない。ちなみに工匠会はテール・ユンという水神を友好的である。もっともユイドラで生活するうえでほとんど恩恵は感じられないが。
「お待たせしました。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「昨日から工匠になりました。ウィルフレド・ディオンです。よろしくお願いします」
腰まである水色の髪に青いローブを着た、静かな感じの女性だった。
「あいさつ回りですか、ご苦労様です。教会では薬品などを取り扱っていますが、みなさん慣れてくると自分で作ってしまって……」
何やら遠い目をするハンナさんに修道女なのに随分俗物的な、と思ったものの口に出すのは控える。
「私どもから依頼を頼むこともあるかもしれません、その時はよろしくお願いします」
「はい! こちらこそ!」
ニコリと微笑むハンナに力強く挨拶すると教会を出る。次は闘技場に向かおうと足を進める。しかしその途中、目を擦りながら肩を落として歩く友人の姿が目に映る。
「ど、どうしたんだ? クロン」
「うん? ウィルか。別にぃ、なんでもない」
その手には鉄鋼がついてないにもかかわらずやたらごつごつした手袋が収まっていた。さらに異様なのは手袋の指の部分に爪のような形状の石がついている。正直なところなにがしたいものか全くわからなかったがクロンのこういう類の発明は初めてでなかったので触れるのをやめた。工匠には少なからずみんなあることなのだが発明について語りだすと長いのだ。
「ウィルは何してるんだ?」
「俺は挨拶回り」
「ふーん」
まったく興味なさそうに言うクロンにこういう奴だった、とウィルフレドは肩を落とす。基本的に自分に関係ないことには興味がないのだ、この友人は。まさしく自分の挨拶回りなど興味の外だろう。このまま立ち去るかと思ったが、以外にも動き出さずに口を開く。
「あ、そうだ。ウィル。お前は知らないかもしれないけど最近想定外に強力な魔物が管理区域に出るみたいだから気をつけろ」
「想定外の魔物?」
「俺が錬士に上がる前にリムドラを何匹か倒したつったじゃん? あれもそうだ。シセティカ湖で会ったんだからな。本来いるはずのない魔物がでることが多発しているらしい」
当時は割と人ごとだとクロンの話を聞き流していたが、シセティカ湖、エルフ領域の森は匠巣が行ける数少ない管理区域だ。このままだともしかしたらリムドラのような敵と戦うことになるかもしれない。試験の時にあった捕石亀と同等の力の魔物だ、背筋が寒くなる。
「下級工匠だけじゃなく中級工匠にも被害が出てる。まあ、どいつもこいつも相手の実力を見誤った阿呆共だけどな。つまり、見るからにヤバそうなのが居たら全て投げ出してでも逃げろってことだ。お前はよわよわなんだから」
「よわよわって……でも、ありがとな。気を付けるよ」
自己中心的な考えのクロンが心配してくれたことを嬉しく思い礼を言う。
「いいって、これぐらい。それで次はどこに行くんだ? 場所によっては付き合うぜ」
「ああ、闘技場だ」
「急用ができた。そうだ、俺は匠士昇格のための物品を作らないといけないのだった。悪い悪い、帰らせてもらうわ」
途端クロンは早口でまくしたてると足早に離れていった。そういえば、とクロンが闘技場を半壊させたことを思い出す。ならば、クロンが闘技場関係者から睨まれるのは必然である。あまり近寄りたくないのだろうと考え自分も足を進める。
「えーなんで出れないの!?」
「工匠しか出れない決まりなの」
闘技場に足を踏み入れると少女と女性がいがみ合っている。ピンク色の短い髪をした元気そうな子だ。全身もピンク色を基調とした露出の少ない服装で年相応な子供っぽい印象を受ける。もう一人は対照的に水着のような露出の多い服装で大人な雰囲気を醸し出していた。
「あーわかった、工匠以外の人に負けるのが怖いんでしょう!」
「そんな挑発には乗らないよ」
口を挟むのもどうかと思い、クロンが壊したという闘技場を見渡すと何処も壊れたところは見当たらない。工匠達の努力の賜物だろう。自分もこういう形に残る仕事を早くやりたいものだ。
「ケチッ、おっぱいお化け!」
「お化けってなによ、私のはね、飾りじゃないの。ちゃんと役目果たすんだから!」
「もうそのくらいにしたら?」
流石に見苦しいレベルにまで口論のレベルが引き下がってきたので口を挟む。
「あ、貴方、ウィルフレド・ディオン!」
「え?」
「ウィルフレド? どこかで聞いたような……」
ピンク髪の少女がウィルフレドを見るや否や名前を叫ぶ。予想外の反応にすこし戸惑うが、一応喧嘩を止めるという目的は果たせたようだ。大人な雰囲気の女性は何やら頭を悩ませているが、とりあえずここに来た目的を果たす。
「昨日から工匠になった。ウィルフレド・ディオンです。よろしくお願いします」
「あら、そう。私はジェーン。よろしくね」
「ウィルも工匠だったの!?」
「君はなんで俺のことを知ってるんだ?」
「けっこう有名なんだよ」
ニコッと少女は笑うがウィルフレドは自身が有名など思ったことはない。もっとも追及してもはぐらかされるだけだろうが。
「あー! あなた、あの竜の知り合いでしょ?」
ジェーンにいきなり胸倉を掴まれる。
「な、何?」
「ちょっと、あのクロンって奴をここに引っ張ってきてくれない?」
「な、なんで? もしかして弁償の話ならあいつ金無いから期待しないほうが」
「違うわよ、戦いに出て欲しいのよ。あんな強いやつならここももっと盛り上がるわ。でも、なかなか捕まらないのよ。店に一回行ったら店番してる子に泣かれちゃったから行き辛くて……ホントたまにでいいから出て欲しいのよ。強い奴がいるってだけでみんなのやる気も変わるんだから!」
凄まじい勢いで迫るジェーン。ウィルフレドはクロンが闘技場に近寄りたがらなかった真の理由を悟った。クロンは戦闘狂的面があるが人間との戦いは異様に嫌がった。もっとも例外はあるらしいが、それでも人間と戦った後は気分が悪くなると言っていたのを思い出す。人間とばかり戦う闘技場など彼にとっては悪夢のようなものだろう。
「わかった、わかったから。今度言っておくよ」
「頼んだわよ! 私からの依頼だからね」
初めての依頼のしょうもなさに心の中で涙を流しながら頷く。
闘技場を出ても少女はついてくる。
「えーと、なんでついてくんの?」
「私、エミリッタ。ねえ、ウィル。私を護衛に雇ってよ」
「は?」
突然の申し出に一瞬思考が停止する。
「えっと、君が護衛?」
「あー疑ってるでしょ? 私こう見えても強いんだからね」
杖を取出しブンブンふるって見せる。杖ということは魔術師だろうか。闘技場に一人で参加しようというのだ、腕にはかなり覚えがあるのだろう。とは言ったもののおいそれと護衛に決めていいものとも思えないが、なんとなく悪い子ではないんだなとは感じた。特に理由があるわけでは無かったが。
「わかった。じゃあ、これから採取に行くからそこで力を見せてもらってその結果ということで」
「話せるね、ウィル!」
そうと決まれば採取に行こうかと思ったが、ジェーンさんの依頼がある。気は進まないがとりあえず一度話すぐらいはしないと不義理が過ぎるというものだろう。あまり行くことがなかったクロンの工房に向かう。
「ねえ、ウィル。どこに行くの?」
「クロンの家」
「クロン?」
「友達だよ。ほら、あの竜の」
「うわ、竜族に会えるんだ」
なんだか嬉しそうにするエミリッタを見てほんの少し不安を覚える。クロンに会わせて大丈夫かと。依頼がある以上とりあえず今日のところは会わせない方がいいかもしれない。なにか、トラブルが起きてクロンがへそを曲げたら唯でさえ低い成功確率がさらに下がる。ただ、嬉しそうにはしゃぐエミリッタを見るとかわいそうな気もしてくる。しかし、そうこうする内にクロンの店についてしまう。しかたないか、と店のドアを開けて中に入る。
「いらっしゃいませー」
店に入るとエミリッタと同じくらいの子供がカウンターから笑顔を向けてくる。すぐ横にはこの前あったグノーシスが服を折ったり開いたりしながら首を傾げている。
「クロンは居る?」
「おや、ウィルさん。テンチョーなら工房に居ます。呼んできますから待っていてください。グノー君、ちょっと行ってくるから」
「うーん」
パタパタと走り出す少年を見送り帰ってくるのを待つ。工房に踏み込んでもよかったが今は工匠同士。流石に気軽に仕事場に入ってはいけないだろう。ユイドラでは技術流出を恐れて工匠同士がいがみ合うことなど珍しくない。できれば友人といがみ合う様なことはしたくなかった。しばらく待つがなかなか出てこない。もしかしたら何かの作業中だったのかもしれない。
「うわーなにこれ可愛い」
暇になったのか店を見渡していたエミリッタが陳列されている子供服を掴む。何やらヒラヒラしたものがついていてファンシーな仕上がりになっていた。なんでそんな物作っているんだとつっこみたくなるが多分大層な理由は出てこないだろう。そうこうする内に奥から先ほどの少年、アリトが出てくる。
「すみません、テンチョー手が離せないみたいなのでそのまま工房に行ってください」
「いいのか?」
「テンチョーが言うんだからいいんじゃないですか?」
困ったように笑うアリトに頷く。そう言われたなら中に入ってしまっても問題ないだろう。
「悪いんだけど、待っててくれ、エミリッタ」
「ええー」
「流石に何人も他人の工房に入るのは不味いからさ」
「……はーい」
肩を落とすエミリッタに軽く頭を下げてから奥に足を進める。工房が近づくにつれ糸やら石の数が増える。工房に足を踏み入れると、ウィルフレドの常識が音を立てて崩れていった。そこには確かにクロンがいた。角や翼があるのは別に自分の家だ、好きな方でいればいいのだから気にしない。だが、やっていることが理解できない。ついに鉄に手を出そうと思ったのか、鉄を熱し鎚で形を整える、その作業をやっているのだろうが、火床は動いていない。炎を調整するための鞴がない。その手には熱せられた鉄があるだけで何も握られていない。
「そんな、バカな……」
熱せられた鉄を素手で持ち、素手で形を整える。炎は自分の能力で起こし意識するだけで調整出来る。そして熱による疲労もないという鍛冶の常識を覆す彼だけのスタイルを見せつけられる。ウィルフレド・ディオンが初めて友人に本気で嫉妬した瞬間だった。
「おう、ウィル。来たのか、ってどうしたんだ? 怖い顔して」
「ク、クロン! な、なんだよ、それは!」
「え、ああ、俺もガントレットのために鉄でも使うかって」
「俺、初めて竜の体が羨ましいと思った」
「そ、そうか? だから顔が怖いって……」
「なんでお前鍛冶やんないんだよ? 天職じゃん」
「そりゃあ、武器が作れたって俺の生活に彩は生まれないからな」
「ゆとりは生まれそうだけどな」
柄にもなく皮肉を返してからそれもそうか、とため息が漏れる。そもそもこの友人は本当の天職とも呼ぶべき騎士や兵士の道を蹴って工匠になっているのだ。今更自分に合っているぐらいでやることを変えないだろう。
「服とか作ってる方が楽しいしなあ」
「ああ、羨ましいなぁ」
「そ、そうか……なんかごめん」
クロンが少し顔を引き攣らせるが構ってられないほどに羨ましい。もし自分が同じ能力があればいったいどれだけ作業効率が良くなるか。制度も格段に上がる。初めてクロンの翼と爪を人外のものなんだと認識できた気さえしてきた。
「そ、そうだ、ウィル。なんか用があんだろ? さっさと言ったらどうだ?」
「ん、ああ、ジェーンさんに会ったんだけど。闘技場に出てくれないかって」
「嫌だ」
「まあ、そうだよな」
「心労と寝不足で死んでしまう。なんで人間と好き好んで戦わねばならんのか。もしかして……それ初めての依頼?」
「まあ、一応な。無理だと思ってたし、いいよ別に」
依頼は失敗したが元々失敗するものと思っていたものだ。ジェーンに報告する時のことが不安だが、しょうがないだろう。ウィルフレドが頭を掻いて納得している間、クロンはウィルフレドをじっと見つめて何か考え込む。
「闘技場を俺の攻撃に耐えられるぐらい強固にする。俺の相手は相応の力を必ず持つ。この二つが守れるなら出てもいいよって言っといてくれ」
「え、ど、どうしたんだ、急に」
「ストレス発散場所を増やしてもいいかなって思っただけだよ。ほら、終わり終わり」
シッシッと手のひらを振るとクロンは手に持った鉄に集中する。感謝と共にウィルフレドは去り際にクロンに視線を送ると鉄を直に掴む腕が視界に入る。本当に羨ましい、あの能力だけは。
「あ、ウィル! 終わったの?」
「うん、終わったよ。じゃあ、行こう」
「うーん、おかしいなあ」
「また来てくださいねー」
エミリッタを連れ一先ず自分の工房に戻る。ジェーンさんへの報告は後日でも平気だろう。これ以上エミリッタを待たすわけにもいかない。今日のところは一先ず素材の採取の練習と決めた。ユエラとエミリッタの実力を知らなければいけないし、連携などもある。採取のときの約束事なども現地で確認したい。余裕のある内にそういうことを終えてしまおう。家に着くと既にユエラが待っていた。心なしか沈んでいるように見えるが踏み入っていいものか悩む。とりあえず、ユエラとエミリッタにお互いに自己紹介をしてもらう。
「ユエラだ」
「私エミリッタ、よろしくね」
笑顔を浮かべるエミリッタとは対照的にユエラの表情は動かない。
「ユエラの剣ってディスナフロディの? 服も凄い着心地良さそう! ディスナフロディってどんなところ?」
「こことたいして変わらん」
視線を逸らし素っ気なく言い放つユエラによってエミリッタの会話は打ち切られる。これは前途多難だ。
「よ、よし! じゃあ、採取に向かおう」
「うむ」
「うん!」
なんかこの二人は合わなそうだなあと思いながらも、今日は初級工匠御用達として有名なエルフ領域の森に向かう。これが工匠としての第一歩。やっと待ち望んだ生活に足を踏み入れたと心躍らせながら三人で採取に向かう。だが、ウィルフレドの工匠人生を暗示するかのように初めての採取にはとてつもない波乱が待っているのだった。
キャラ説明回。まだ、ウィルフレド視点に慣れていないのと、ユエラ、エミリッタも性格は掴めているはずなんですがどうにもうまく動いてくれないので書き上げるのが大変でした。もう一人の主人公ということでこの章ではかなり出張ることになるので早く慣れていきたいです。