Fate/Grand Order~Attendre et espérer~   作:金髪大好き野郎

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FGOでエドモン当てたり漫画版巌窟王にハマったりして無性FGO小説が書きたくなり、ついついノリで書いてしまった。つっても昔に書いた別物を引っ張り出して色々弄り回しただけですが。

まぁいいや(切嗣感)。

※注意事項
・この小説は作者の趣味&独自解釈で書いている小説です。登場人物の性格の齟齬、ご都合主義、独自設定、捏造設定等々がお嫌いな方は即座にブラウザバッグをお勧めします。


プロローグ:ようこそ監獄塔へ

 ――――なぜ自分は生まれたのだろう。

 

 それは私が初めて自分の意思で、誰に言われることも無く思い浮かべた言葉だった。

 

 脳にあらかじめインプットされた知識から組み上がる一つの文。初めてにしては実に哲学的な問いだったと言わざるを得ない。しかし、初めて頭の中で組み立てる文などそんな物なのかもしれない。

 

 思ったことは自身の誕生に対する疑問。己が人生への意味の有無の懐疑。誰しも思うかもしれない、自分の人生に意味などあるのか。いや、そもそも――――自分が生まれた意味などないのではないか、と。

 

 普通の人間ならそのまま話を広げようとせず、直ぐに忘れてしまうだろう。こんな壮大なテーマに真剣に取り組むのはそれこそ哲学者という物好きたちぐらいだ。答えの出ない問いに延々と思考を回す。意味のない行動、結果の無い審議、意義を見いだせない結末。

 

 そして皆最後はこう言うのだ。「答えなど無い」。これがお決まりの答えだ。

 

 本当に「答え」にたどり着いたのか、それとも答えなどで無いと知っているから諦めたのか、いやもしかすると自分が意味のない事をしていることに気付いて嫌気がさしたからかもしれない。

 問いに対する答えは千差万別。数学や化学の問題には明確な答えは存在しているが、こう言った分野ではそもそもゴールなど用意されていない。

 

 用意する意味がないのだから。

 

 だけど、私はそれを理解していたとしても、この問いに対する答えを考え続けることを強いられた。

 

 何故か? 何故だろう。私もよくわからない。――――いや、理解したくない。

 

 

「――――今回の被験者は■■番目の依代だ。規定された時刻までに第■■回目英霊憑依臨床実験を実行できるように準備に取り掛かれ」

「■■番目……? 確か、遺伝子操作のミスで身体機能が著しく低下してしまったという……」

「更に先天性色素欠乏ときた。遺伝子研究班は何をやっているんだか」

 

 

 目がうっすらとしか開かない。光を双眸に取り込むための力すら、その時の私には備わっていなかった。さながら生まれたての小鹿だ。自身の体の筋肉すらまともに動かすことさえ敵わない。

 そう言う意味では、生まれたての小鹿より酷いかも知れない。

 

 

「上としても限られた予算に四苦八苦しているんだろう。使えなさそうな実験体はさっさと処分したいらしい」

「ええ。これでは生きていても仕方ないですからね。殺してあげるのが慈悲と言う物でしょう」

「……こんなふざけた実験をしている時点で慈悲もクソも無いと思うがな」

「これも、人類の守護のためですよ」

 

 

 微かに見える光景は、白衣を着た男性たちが私の傍で何かを話している光景だった。私の意識があることに気付いていないのか、淡々と会話を続けている。

 

 

「準備完了。今から臨床実験を開始する。麻酔注入」

「麻酔注入」

 

 

 男の掛け声と同時に、体の感覚が徐々に欠けていった。

 麻酔の効果は酷く、残酷なまでに効いていた。たださえ力の入らない身体が、震えることすらままならないほどに衰弱していく。凄く、気持ち悪い。

 

 

「今回は失敗前提の実験だ。薬品類は致死量寸前まで投与を許可、肉体面の改造も可能な限りデータ収集を優先する。急げ、時間は限られている」

 

 

 腕に繋がれたチューブから冷たい液体が体内に注入され――――そこから私は地獄と言う物を体験した。

 

 血管に水銀を流し込まれたかの如き不快感。神経の先を少しずつ削っていくような精神的苦痛。

 

 血液は逆流し、胃の中に鉛の塊を放り込まれ、心臓は握りしめられ、両目の網膜が焼かれ、両手両足を千切られ――――そんなことが『生温い』と思えるような、この世のありとあらゆる残虐が私を襲った。

 注入された麻酔など気休めに過ぎなかった。体の感覚がないはずなのに、身体を刺激するモノはそれを容易く乗り越えて脳に信号を送ってくる。街一つを覆う堤防を作ったにも拘らず、それを正面から破壊して突き進む大津波のように。

 

 抵抗などできやしない。忌々しくも体は言うことを聞いてくれない。例え麻酔がなくとも私の体は抵抗などできやしなかっただろう。それこそ転んだだけで骨が折れそうな虚弱な肉体に、どうやって抵抗をしろというのだ。

 

 故に私に出来たのはそれらの苦痛を甘んじて受け入れるだけ。

 

 もしこの世に煉獄と言う物が存在していたのなら、きっとこれのことを言うのだろう。それほどに私を蝕む「苦痛」は大きすぎて――――脳が防衛本能のままに、機能を休止させた。

 

 目の前が真っ暗になる。

 

 

 

 

 

 ――――目が覚めれば、真っ先に目に映ったのは透明な壁だった。

 

 いや違う、カプセル。私の肉体を収めているカプセルだ。見たことも無い液体が満ちた監獄の中で、私は身体と共に意識を浮かばせていた。

 自分は一体どうしたのだろう。何があって、何で気を失ったのだろう。それを思い出そうとすると強烈な忌避感が脳に歯を突き立て――――思い出して絶句する。

 

 ――――何だ、コレは。

 

 視線を降ろせば凝血が体中にこびりついている自身の肉体。外傷こそ存在しなかったが、自分の体だからこそ理解出来てしまう。外側が無事でも内側が滅茶苦茶な惨状となっていることに。

 気を失う前までは正常だった己の体が、今は全く違う何かに『弄られている』ことに。

 

 そして、思う。

 

 悲しめばいいのか、怒ればいいのか、泣きわめけばいいのか。きっと私は何を選んでもいいのだろう。それぐらいの自由はある筈だ。だけど、私は――――何も思えなかった。

 

 思ってしまえば私には”人間性”が芽生える。そして”人間”になってしまえば、二度とあの『地獄』に耐えることはできないだろう。あの非人道的な改造手術に耐えられたのは、ひとえに未発達な人格のおかげ。普通の人間の感性では、アレを味わえば『壊れて』しまう。

 

 故に私は壊れない様に、自身を守るために『人間』では無く『人形』になることを選んだ。

 

 それが正しくもあり、致命的に間違えている選択。人間の体を持っているにもかかわらず人間性を得ることを否定する。これ程愚かしい行動が他にあるだろうか。例えるならば機械人形が人の感情を持つ事と類似している。あり得てはならず、故にあり得た瞬間酷く違和感に見舞われ、常識と現状が乖離する。

 

 簡潔に言えば、『不気味』な存在に自分から変貌することに他ならなかったのだ。

 

 誰が自分から化物へと変わりたいと思うだろうか。神にその身を捧げた狂信者ならば思うかもしれないが、私は少なくとも意識が芽生えたばかりのただの人間だ。こんな事を思いつく時点で『ただの』とは言えないかもしれないが。

 

 静かに目を閉じる。

 

 抵抗することに意味がないのならば、それを受け入れよう。さながら水の如く私の心は異常なまでに現実を受け入れ、そして人格を意識の海の底に沈めた。何時かこの惨劇が終了するその時まで。

 

 ……いや、もしかすると、そうなる前に死んでしまうかもしれないが。

 

 ならば、それでいい。むしろ、こんな実験を受けるならば死んだほうがマシか。故に私は祈る。精々この身が早く朽ち滅びますように、と。

 そしてできれば、来世は普通の家庭で生まれますように、という祈りも付け加えて。

 

 

 その後、眠りにつく前に私は思考を馳せた。

 

 

 ――――なぜ自分は生まれたのだろう。

 

 

 一つの自問を最後に、私は自分の人格を一度だけ封印した。

 

 

 

 

 

 

 

「なんて言う事だ! 信じられない!」

 

 少女が人格を封印してから凡そ数か月後。第■■■回目の実験を終了(・・)した研究者が悲鳴にも似た歓喜の言葉を口にした。それは紛れも無く喜びの声。さながら信じられない絶景を目にしたかのような感動の叫びが手術室の中で反響する。

 

 実際、彼の目の前で起こったことは奇跡にも等しき現象だった。

 

 今にも死にそうなほどボロボロな少女が、何十回繰り返そうが成功の目途が立たなかった計画――――『疑似サーヴァント計画』の最初の成功例となったのだから。

 

 本来この実験の成功率は限りなく低い物だった。人を越えた存在である英霊を宿すために試行錯誤を繰り返し、優れた魔術回路を持った遺伝子同士を人工授精させ、人為的な苗床を作り上げる。こう書けば簡単そうだが、実際にそんな無茶が簡単にまかり通る筈がない。

 

 三桁以上の実験を繰り返してようやく成功例が一つ生まれたのだ。数々の無垢な命を掛け橋とし、ようやく魔法一歩手前の領域に手を掠めさせることができた。失敗続きだった研究者たちからすれば、広大な砂漠から目当ての一本の針が見つかった気分だろう。

 

 それほどにあり得ないことであり、同時に歓喜すべき事実であった。

 

「至急機材を! 限界までデータを収集するんだ!」

 

 この成功でいくらかのデータが集まれば、これから先成功例は今まで以上の確率で排出される。そう――――こんな非人道的な実験で、何の罪もない子供が『兵器』へと変わり果てるのだ。普通の感性を持つ者であれば間違いなく嫌悪感を露わにして喜々として動く研究者たちを罵倒するだろう。

 

 だが、そんな声を上げる者などここには居ない。なにせ全員がこんな実験を行っている内に『歪んで』いってしまったのだから。百以上の命を、自分たちの都合で散らした。結果が出ないかもしれないふざけた実験に。

 

 一度目は、本当に悲しんだかもしれない。

 

 十度目も、まだ悲しんだだろう。

 

 だが百度目ではもう、悲しむことすらやめてしまった。

 

 彼らも人間だ。故に悲しみもすれば怒りもする。だからこそ彼らは『普通』であることをやめてしまった。そうでなければ、発狂して精神病院のお世話になるだろうことは想像に難くない故に。

 

 だからこそ初めての成功によって彼らは希望を持てた。

 

 これで今まで積み上げてきた犠牲が無駄にならなくて済むと――――

 

 

 

 

 ――――そんな都合のいい身勝手な救い、誰が与えるものか。

 

 

 

 

 突如少女の体が黒い炎(・・・)で包まれる。研究者たちはその光景に言葉を失い、茫然とソレを見つめていた。

 

 少女の体は燃えていなかった。むしろその炎は少女を守る様に体を包み込んでいたのだ。研究者の一人がその炎に触れようとした瞬間、その手から炎が伝達し腕一本を用意に火だるまにする。

 燃え盛る腕を見て研究者の一人が悲鳴を上げた。炎に水をかけようが、禍々しい毒炎は消える気配すら存在しない。やがて腕を丸々灰塵と変えて、炎はようやく消滅する。

 

 だが少女を包む炎は未だ潰えず。データ収集用の機材を近づけようとしたら、その瞬間炎が一瞬にしてその機材を溶断し使い物にならなくする。

 

 研究者たちは希望から一転し、絶望の淵へと叩き込まれた。

 

 その光景を黒い毒炎は数々の命を犠牲にした報いだと嘲笑うように踊る。

 

 

 ――――救いを与えられるべきなのはお前たちではない。お前たちが積み上げてきた屍たちだ。

 

 

 理不尽でもなんでもない。これは『正当な報復』。

 この炎はふざけた実験で理不尽(・・・)に命を奪ってきた者達への罰を与えたのだ。まるで斬り捨てられた者達の声の代弁者だ。

 

 

 ――――絶望せよ! それが貴様らが受け入れるべき罪過故に……!

 

 

 だからこそ少女の中に潜む英霊はこの場の全てに絶望を突きつける。

 

 これが彼らに相応しい『褒美』だと。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ”――――人を羨んだことはあるか?”

 

 ”己が持たざる才能、機運、財産を前にして、これは叶わぬと膝を屈した経験は?”

 

 ”世界に不平等が満ち、故に平等は尊いのだと噛みしめて涙に暮れた経験は?”

 

 ”答えるな、その必要は無い”

 

 ”心を覗け。目を逸らすな。それは誰しもが抱くが故に、誰一人逃れられない。”

 

 ”他者を羨み、妬み、無念の涙を導くもの。”

 

 

 

 ”――――嫉妬の罪。”

 

 

 

 

 声がした。

 

 重々しく、激しい感情が蠢いている声。例えるなら、腹が空いて植えている百獣の王の如き気迫と、理不尽な目に遭った人間の怒りを混ぜてグツグツと煮込んだような混沌なるモノ。

 

 だけど不思議と、嫌な気分にはならない。

 

 怒り。

 

 悲しみ。

 

 恨み。

 

 妬み。

 

 何がおかしい。それは人として、人が人ゆえに持つことが許された感情だ。理性があるからこそ抱くことのできる人間的な感情。だからこそ、それが感じられるのは何ら可笑しいことでは無い。

 

 

 ――――それらが人外染みた密度、という点を除けばだが。

 

 

「絶望の塔、監獄の塔へとようこそ。無垢なる少女よ! いや、人形を真似る少女、と言った方が正しいか?」

「――――ぁ、ひゅ……っ」

 

 真っ黒な影に覆われた様な男が傍に居た。

 こんな時、どんな感情を思い浮かべればいいのだったか。畏怖? それとも、絶望?

 

 無意識に喉から漏れる風切り音。そうか、今やっと思い出した。これが、恐怖するという事。何かを怖がり己が身を震えさせること。長らく思い出せなかった感情が、今この瞬間ようやっと蜂起し始める。

 

「あな……た、は…………だ、れ?」

「オレが誰か、だと? ハッ、オレはオレだ! それ以外の何物でもない!」

「そういう、こと……聞いてるんじゃ、ない……」

 

 別に私は貴方の存在の定義について議論しに来たわけでは無い。

 

 私が聞きたいのは此処が何処で貴方は誰、という事だけだ。普通ならこの質問をそう捉えるだろうに、目の前の影男はどうしてそんな曲解をしてしまったのやら。

 

「何、オレはただの英霊だ。誰もが知っている筈の、世界に影を落とす呪いの一つ」

 

 ……ごめんなさい、言ってる事抽象的過ぎて意味が分かりません。

 

「悲しみより生まれ落ち、恨み、怒り、憎しみ続けるが故にエクストラクラスを持って現界せし者」

 

 未だに彼のの言うことが一つたりとも理解出来ないのに、男は細々とした説明など知るかとずんずんと説明を続けていく。ああ、この人絶対説明しても意味不明な説明するタイプの人だ。

 

 エクストラクラス? 現界? 全く以て意味が分からない。誰か説明をください。

 

「そう――――アヴェンジャーと呼ぶがいい」

「……、は、ぃ」

 

 とりあえず、何て呼べばいいのかはわかった。アヴェンジャー、復讐をする者。彼がどうしてその名を名乗り、そしてその名で自身を呼べと言ったのかは私にはわからない。

 だけど他に呼び名が無い以上、そう呼ぶべきなのだろう。

 

「アヴェン、ジャー……私は、どうし、て……ここ、に?」

「オレが連れてきた。そして喜ぶがいい。此処は地獄――――恩讐の彼方なるシャトー・ディフの名を有する監獄塔! この世の存在しうる限りの絶望と残虐と悪徳と惨状で構成された場所だ。理解できたか?」

「……監獄、塔?」

 

 監獄とは、死刑を言い渡された者を拘留するための場所。それはつまり――――私は、死せよと命じられたのか。

 

 この場合私は、何を思うのが正解だろう。焦燥して「助けて」と泣き叫べばいいのか、絶望して物言わぬ木偶になり下がればいいのか。……いや、違う、それは『私の』答えではない。

 ならばどうする。迷いに迷い凡そ数分――――私はにへら、と少しだけ微笑んだ。

 

 そう――――安堵、した。

 

「貴様……何故、笑う? さぁ絶望しろ、泣きわめけ! 憤怒の感情をまき散らし、秘めた全ての感情を吐き出せ!! お前は数え切れぬほどの苦痛を味わった! ならば怒りを露わにし、報復しようと考えるのが人として当然の行い! ―――なのに何故貴様は安心したような笑顔を浮かべている!!」

「……どうして、そんなことしなきゃ、いけないの?」

 

 私にはよくわからなかった。

 どうして怒らなければいけないのか、どうして報復など考えなければならないのか。そんな事をして、一体何の得があるのだろうか。私が喜ぶ? それは……喜んでいいことなのだろうか。

 

 

 ――――私には、それがわからない(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「何故だと? ……まさか、何も思わんのか。己の体を好き勝手弄り回した者達に憤りを感じないのか?」

「……………そうしろ、と言うなら……努力は、してみる」

「違う! 違う違う!!」

 

 さっきから情緒不安定過ぎませんかこの人。愉快に笑っていたかと思えば一転、今度は何かに怒りを感じたのか捲し立てるように叫び始めた。これはアレでしょうか、俗に言う『変態』というものなのでしょうか。

 

「他者に言われて生み出す感情など真の憤怒にあらず! それはお前の苦しみだ! お前だけの(・・・・・)痛みだッ! 他の者に指図されて自分の感情を動かす者に何の価値があろうか! そんな物はただの木偶人形に駆らわんよ!」

「……あの」

「何だッ!?」

「少しだけ声を小さく、してもらえませんか……? その、声が響いて、頭が痛い、です……」

「……………………そうか」

 

 初めて本人から言葉が出たような気がする。いや――――誰かに何か物を言うことすら、私に取っては初めてだった。何せ生まれた直後には手術台と友達だったのだから。

 胸の底から湧き上がる感情。よくわからないが、これが『不満』というもの、かもしれない。

 

「感情の無いアンティークドールかと思いきや、成程ただ『慣れていない』だけか。ククク……我が依代がそんなふざけた存在で無くて安心したぞ」

「ええ、と……アヴェンジャー、さん……」

「何だ?」

 

 ぷつぷつと、少しずつ意識の海面に浮かび始める感情の泡。

 今まで意識していなかっただけにその『欲』は唐突に、かつ凶悪な姿でやってきた。

 

 

 俗に言う『空腹』が。

 

 

 ――――グゥゥゥゥゥゥ~~~~~~。

 

 

「お腹が、空きました……」

「…………」

 

 

 周りに漂う空気が何とも言えない物であったのは、恐らく気のせいでは無いと思う。

 

 

 

 

 

 

 小さな牢屋に静かに響く咀嚼音。ゴリゴリとも、グチャグチャとも。作法の成っていない幼児が空腹のまま食物を喰らう音が淡々と反響していた。

 

「はぐ……もぐ、む」

「古い固パンを文句も言わずに食うとはな……どれだけ食に恵まれなかったのだ、貴様は」

「え……? そ、その、何かを食べるというのは、これが初めてで……可笑しかった、ですか?」

「いや、独り言だ。さて、食事ついでに、まずは貴様が今置かれている現状を説明するとしよう。しっかり耳を傾けて聞くがいい。二度は言わんからな」

「むぐ……は、はい」

 

 返事をしながら、しかし私はパンを食べるのはやめなかった。

 

 それほどに胃が食べ物を求めている。例え今の私の体が実体でなくとも、精神(・・)が、()が求めるのだ。何もかも飢えていた体に一度欲しい物が供給されたのならば、例え神でさえこの意思を捻じ伏せることは敵わないだろうほどに、飢えを満たそうとする感情は強い物だったのだから。

 

「貴様が今いるこの場所は監獄塔シャトー・ディフ。だが正史のシャトー・ディフとこの場所は端的に行ってしまえば全くの別物だ」

「別物……?」

「此処はいわば、オレという概念が存在する故に作られた異空間であり、『二度と出ることのできない地獄であれ』と願われた概念空間。――――言ってしまえば、このオレの精神()の中のようなものだ」

「……???」

「ハァ……要するにお前は自発的に動かねば此処で死ぬし、脱出に失敗しても死ぬ。此処から脱出するには七つの試練を突破せねばならない上に、一日以内で一つの試練を抜けれねば死ぬ。故に脱出のための期限は七日間。理解できたか?」

 

 簡単にまとめれば、この場所から出るには七つの課題を一日一回必ず突破しなければならず、逆に何もしないまま期限が過ぎれば死んでしまう。という事か。

 

 何だ、其れならば私の選ぶ選択は一つだけだ。

 

「じゃあ、もう、寝ます。お休み、なさい……」

「待て! 待て貴様ッ! 何故寝ようとしている!? オレの話を聞いていなかったか!」

「……ちゃんと、聞いていました。――――だからこそ(・・・・・)、です」

「…………何だと?」

 

 そうだ。ようやく、ようやく死ねる(・・・・・・・)んだ。

 ずっと心のどこかで思い続けていた。このまま死んでしまった方が楽じゃないかと。もうあんな苦しみは、味わいたくない。だから、もういい。ここで静かに死んでしまえるのなら、私は――――。

 

「どうせ、脱出できても……同じ苦しみが、待ってる。なら、此処で静かに、死にたいです」

「……復讐したいと思わんか?」

「…………」

「お前をそんな苦しみの渦中に叩き込んだ奴らを! 何か月も地獄を味わわせた奴らを! お前は! 同じ目に遭わせたいと思わんか! 同じ苦しみを与えたいとは思わんか! 呪い、傷つけ、世界で最も残酷な最期を与えたいと!! 思え! 力を貸してやる、復讐する力を――――!!」

「――――そんなことして、何になるんです?」

 

 思わずそんな言葉が口から飛び出してしまった。

 

 だけど、だからこ私のそこの言葉は紛れも無い本心。「復讐なんて空しいだけ」、なんていう陳腐な意味合いではない。ただ――――「そんなことをした後、私には何が残る?」と言う意味だ。

 そんなただ一つの疑問を、私はアヴェンジャーにぶつけた。

 

「名前も無い、友人も、父も、母も、富も、名声も、何もかもない私が復讐を成し遂げた後――――何が残るんです? 何も残らない。何も得られない。何も感じない。なら……死ぬ方がいいです。最初から何もない(・・・・・・・・)のだから」

 

 先にも後にも何もない。

 それは、『死』と何が変わらない? 何もわからない。だったらこっちの方が手っ取り早い。ここで死んだほうが、よっぽど苦労しない。だから、私は。

 

 

 私は。

 

 

「なら!!」

「っ……!?」

「俺が与えてやろう! 『名』を! そして欲するモノを得るための『力』を!! 復讐の果てに何もない? ハッ! 何を寝ぼけたことを言っている! 奪え! 己がモノにしろ! お前から全てを奪った奴からな!!」

「え、え」

「さぁオレの手を取れ我が依代よ! 我らが往くは恩讐の彼方――――お前の選択次第で、オレがお前に復讐のための『心』を与えよう。選べ! 勝利か! 敗北か! 既に賽は投げられたが故に!」

「え、あっ、ぇ」

 

 アヴェンジャーの迫力満載の言葉の剣幕に気圧され、思わず尻もちをついてしまう。

 だけど視線は変わらず彼に釘づけになっていた。延ばされる青白い手。とても冷たそうで――――だけど、私の目にはそれが、酷く輝く救いの手に見えた。

 

 もし『力』があるなら、私は復讐をするだろうか。私から何もかも全てを奪っていったあの者達に。

 

 

 ――――このまま何もせず死ぬか?

 

 

 ……いやだ。私はまだ、何も知らない。

 

 

 ――――ただの実験体として、無意味に人生を終わらせるか?

 

 

 ……無意味になんてしたくない。させない。

 

 

 ――――なら、どう選択する?

 

 

 ……決まっている!

 

 

「……よ…………ょろしく、ぉねがぃしま、す」

 

 

 私は細い手を伸ばして、彼の手を取った。

 

 奪われた全てを、取り返すために。

 

 

「――――そうだ、お前は正しい選択をした。ようこそ復讐の道へ。そして覚えておけ、この言葉をな」

 

 

 アヴェンジャーは今までで一番の悪い笑みを浮かべて、囁く様に私へ言葉を投げた。

 

 その言葉は人の叡智の集約。例え絶望的な状況であっても、悪逆と絶望と後悔の中でも輝き続ける一筋の希望――――

 

 

 

「――――”待て、しかして希望せよ”」

 

 

 

 魂に焼き刻まれる一つの言葉。

 

 決して忘れることのできない一言は、私の中で何度も響いた。

 

 

「ああ、そう言えば名を与える予定であったな。ふむ、そうだな――――『ヨナ』、今からお前の名は『ヨナ』だ。死にたがりのお前にこれほど相応しい名は無いだろうな」

「ヨナ……ヨナ。……うん、いい名前、です」

「フン、気に入ったのならいい。ではさっさと行くぞ、第一の試練に。時間も残り少ないのだからな」

「あっ……ま、待って……!」

 

 こちらの制止の言葉など聞かずに、アヴェンジャーは踵を返して牢獄の外へと歩き出した。

 

 私も尻もちをついていた体を精一杯の力で立ち上がらせ、一歩ずつ歩を進め出す。

 しかし慣れない。初めて『歩く』という事を行ったが故に、ふらふらと今にも倒れそうになる。だけど、諦めずバランスを取りながら、着実に前へと進む。まだ始まったばかりなのだ、こんな所で諦めて堪るか。

 

「っ……! っ…………!」

「……ハァ。手間のかかる契約者だ」

 

 倒れそうになる体を、いつの間にか隣に居たアヴェンジャーが支えてくれた。

 

 ……実は割と世話焼きなのかもしれない。

 

「実に面倒だが、至らん契約者を立てるのも仕事の内だ。そら、手を取るがいい。――――ヨナ」

「……名前」

「む?」

「名前……呼んで、くれた」

 

 今まで生きてきて、初めて自分の名前を呼ばれた。するとどうだろうか、思わず口元が吊り上がってしまう。これが、『嬉しい』という感情なのか。

 もっと、感じたいと思える感情。どうすれば感じられるのか。そうだ、また名前を呼んでもらえばいいではないか。

 

「も、っと……名前、呼んで……ください」

「……いいから自分で足を動かせ。期限切れになってもいいのか?」

「名前……呼んで、くれないの、ですか?」

「………………さっさと歩け、ヨナ。我が契約者よ」

「っ、はい……!」

 

 嬉しい。ああ、この感情は、温かい。安心する。

 

 ずっと感じていたい。心の底が温かくなる、心の底から安堵してしまう。だから私は――――アヴェンジャーの手を握った。冷たそうで、凄く温かい彼の手を。

 

 彼は何か文句を言いたげな顔をしていたが、直ぐに諦めて先へと再度進み出した。

 手を握っていた私も自然と引っ張られる形で前へと歩き出す。だけど、不快な感情は無い。むしろ頼もしい存在がいるおかげで、心強いと思える。

 

 

 ――――生きたい。

 

 

 数分前の私では考えることさえ放棄していたその言葉が浮かんだ。

 

 生きたい。こんな気持ちになれるのならば、死にたくない。生きて、生きて――――幸せになりたい。

 ならば復讐しよう。私から何かを奪おうとする存在に。その悉くを持てる力全てを使って撃ち滅ぼし、己が幸福を守り通そうではないか。

 

 だからまずは、此処から出よう。この光の無い監獄の中から。

 

 

 生きる、ために。

 

 

 

 

 




ラブコメの波動を感じる(´・ω・)。というかエドモンの性格がなんか丸いような気がする。でも事情も何も知らない幼い子供にきつく当たるエドモンって、逆にあり得なさそうだしなぁ・・・。

あ、因みにこの監獄塔は魔術王のとは似て非なる物です。簡単に言えば『マイルドになったシャトー・ディフ』かな・・・?(マイルドな監獄塔って何さ。

後、転生もの以外を書いたことは実は初めてだったりする。転生設定って改めて色々と楽に済むんだなって改めて思った(世界観描写とか)。

因みに不定期更新です。殆ど気まぐれに書き始めた様な物なので。

過度な期待はしないでネ(テヘペロ



・・・オリ主の名前の由来を見た瞬間分かったら、そんな君はきっと聖書オタク(偏見。
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