Fate/Grand Order~Attendre et espérer~   作:金髪大好き野郎

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うん、書いちゃった(テヘペロ。

不定期更新だと言ったな。アレは本当だ。
まぁ今回が早すぎただけです。気分転換に書いていたらいつの間にか出来ちゃってて・・・(;´・ω・)

とまぁ、誤字が多々あるかもしれませんが、温い感じで暇つぶしに見てください。

それでは、どうぞ。


第一の扉:『嫉妬の罪』

 異臭漂う廊下を進むのは一人の青年と一人の少女。

 

 男の方は濃緑色のマントを羽織り、さながら飢えた虎の如き殺伐とした空気を周囲に張り詰めている。近づくだけで殺されそうなほどの雰囲気だ。常人が見れば十中八九恐れ戦くだろう。

 

 反面、少女の方は酷く寡黙だった。無表情、無感情。それが彼女を見た人の第一印象だろう。例えるならば人形。だが不思議と纏っている空気は気味が悪いとは思わせない。何故ならそう、彼女は単純に感情を表に出すことに慣れていないだけなのだから。

 

 とまあ、そんな正反対の凸凹コンビは十分以上この長大な空間を歩いていた。

 その間に交わされた会話は殆どない。いや、全くなかった。片や殺気を振りまいている男、もう片方は感情と言う物になれていない幼子だ。会話が続くわけも無く、十分以上彼らは言葉を交わすことは無かったのだ。

 

 もしかすると『交わさずとも理解出来ている』のかもしれないが。いや、流石に会って一時間前後しか経っていない仲だ。そんなわけがない。

 

「……アヴェンジャー」

「何だ?」

 

 此処でようやく少女が口を開いた。顔には若干の不安が見られており、恐らく延々と続く廊下に少しだけ恐怖を感じているのだろう。自分たちは本当に目的地へと向かっているのか、と。

 

「いつ、目的地に着くの?」

「もうすぐだ。第一の『裁きの間』――――そこに待つのは数々の怨念が集い、英霊と言う殻を被った欲望の獣。本来の姿に正しくもあり、全く異なる存在達だ。支配者、とオレは呼んでいる」

「……英霊、って、何?」

「そこからか……まぁ、そう難しい話ではない」

 

 少女の無知さにアヴェンジャーと呼ばれた男が若干呆れるが、まあ仕方のない事である。少女――――ヨナの脳内にある知識はあくまで『言葉』という意思疎通のための道具程度。そもそも疑似サーヴァント計画の英霊を宿す依代として作り出された彼女が歴史や公民に詳しいわけも無かった。

 

 当然、魔術などの存在も。

 

「英霊とは、簡単に言えば人類史で名を残した英雄達の霊の事を示す。例えばフン族を連れて大陸を荒らし回ったアッティラ王、例えば十二の試練を打ち破り神の座へと召された大英雄ヘラクレス等々。要するに後世の人々に広く名が知れ渡った者の事だな」

「ふ~ん……アヴェンジャーも、そうなの?」

 

 ヨナの質問にアヴェンジャーは一瞬だけ顔を顰める。が、次の瞬間には何事も無かったかのように無表情に戻っていた。

 

「そんなものだ。そして、そんな英雄たちは死後『英霊の座』という場所に魂を記録される。その記録された魂から分離され、現世に降り立った者を『英霊』――――サーヴァントと言うんだ。理解できたか?」

「……なんとなく」

 

 少女は少々渋い顔をするが、小さく首を縦に振る。

 

 こんな小難しい話をまだ十にも届かなさそうな幼子に理解しろと言うのが無理難題か。荒唐無稽な事実をあっさりと受け入れたのは幼子だからこそかもしれないが。

 

「そして、現世に降り立った『英霊』は大体がクラスという『器』に収められる。剣騎士(セイバー)槍騎士(ランサー)弓騎士(アーチャー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)狂戦士(バーサーカー)暗殺者(アサシン)の七つ。例外もあるが、今は省く。そして当然ながらそれぞれ真名、本当の名を持っている。だがそれは簡単に明かされない。何故だと思う?」

 

 言われて考え込むヨナであるが、勿論答えなど出てくるわけも無い。こんな専門の単語ばかり詰め込んだ説明と問いに前知識なしでどうやって答えろというのか。

 ヨナは仕方なく諦めて、アヴェンジャーへと視線を向け直す。

 

「ええ、と……どうして?」

「英霊と言うのは大半が世界に名を馳せている。つまり有名すぎる(・・・・・)が故に、弱点を知られてしまう可能性が高いと言うことだ。ケルト神話のクー・フーリンなら誓い(ゲッシュ)、ギリシャ神話のアキレウスなら踵、と言う風にな。中には知られたところでどうという事は無い奴らもいるが」

 

 名が知れ渡り過ぎたが故に、その逸話から弱点が知られやすい。大きい功績を残した英雄程それに当てはまってしまう。己の名前が有名になればなるほど情報が知られやすいのは、ある意味英霊の一番の誇るべきことにしてジレンマでもある。

 

 一部の英霊――――例えば無銘や未来の英霊――――には無縁の話だが。

 

「アヴェンジャーはあるの? 弱点」

「ハッ! オレを凡百の英霊と一緒にするな。あるわけがないだろう!」

「ふーん……」

 

 まるで子供じみた言い分に、ヨナは少しだけ淡白な反応を見せた。アヴェンジャーの性格が意外と子供っぽいことを知ったからか。とはいえ少女が抱く小さな畏敬の念は、この程度では崩れなかったようで直ぐに普段通りの目に戻る。

 

 アヴェンジャーの方も少々自分の反応のアレさを理解してきたのか、場の空気を直すため小さく咳き込み、話を再開した。

 

「でだ、そんな英霊たちだが普通なら現世に現れることは殆どない。あったとしても、大抵碌でもないときぐらいだ」

「例えば……?」

「人寄りの英霊なら人類滅亡の危機の際に現れ、神寄りの英霊ならば地球滅亡の危機の際に現れる。碌でもない状況にしか来ない奴ら、ということだ。故に普通目にすることは殆どない。それに、例え召喚されたとしても低級の英霊か生前契約を結んだ『守護者』程度。名のある英霊を目にする機会などまずないだろうよ」

 

 要約すればどうしようもない事態を解決するために送られる防衛装置のようなモノ。こんな物、送られる側も送られた本人も堪った物では無いだろう。何せ『危険分子全てを排除』して去っていくある種の爆弾の様な物。

 

 故に誰も見ることはできない。何せ見た者は皆『死』というプレゼントを贈られた後だから。

 

「……じゃあ、アヴェンジャーに遭えた私は、運が良かった?」

「クハハッ! 確かにそうかもしれんが、貴様の現状のおかげで差し引きゼロだ。お前が幸運ならば世界中の大半の人間は豪運持ちだろうからな」

 

 二桁以上の人体改造を施された少女を『幸運』と呼べるのなら、そいつは恐らく歩いているだけで頭上に隕石が落ちてくるほどのバットラック持ちくらいだ。

 とはいえ『不幸』と言う物を上手く認識できない少女に取って、そんなことはどうでもいいことだった。しかしその顔には少しだけ不満の色が見える。何故か? それは単純に――――

 

「むぅ……さっきから名前、全然呼んでくれない」

 

 名前を全然呼ばれない事であった。常人にとっては些細な事だが、少女に取ってそれは大きな意味を持つ。

 だがアヴェンジャーは少々顔を引きつらせながらも、冷たい反応を返す。

 

 何せもう目的地が目の前に迫っていたのだから。

 

「呼ぶ必要がないからな。――――長話はこれで終わりだ、そろそろ着くぞ」

「……ん」

 

 視線を正面に向ければ、そこにはおどろおどろしい装飾が施された鉄扉があった。さながら死者たちの怨念がそのまま扉となったかのような重々しさ。本能的に触れることを拒否してしまうほどの不気味さが突然目の前に現れたことにより、ヨナは一歩だけ足を引いてしまう。

 

「恐れるな。たかが亡者の叫び、オレやお前にとっては雑音に過ぎん」

「で、も……」

「――――いいだろう。今回だけはオレが開けてやる。たが次は無いぞ」

「……うん」

 

 アヴェンジャーが鉄扉に手を触れさせ、軽く力を籠めて押した。その些細な動作だけで鉄扉は来訪者を歓迎するように重低音を響かせながら目いっぱい開く。

 

 向こうに存在していたのはドーム状の広い空間。灰色の石レンガが敷き詰められただけの飾り気も何もない、冷たい風が漂うだけの部屋だった。恐らくここがアヴェンジャーの言っていた『裁きの間』なのだろう。

 

「さあ、第一の『裁きの間』だ。お前が七つの夜を生き抜くための第一の劇場だ。――――七つの支配者が待っている。どいつもこいつも、唯一の生者であるお前を食おうと手ぐすね引いてるぞ?」

「支配、者」

「見るがいい。あそこにいる、怨念に引かれて中途半端に召喚された不出来な英霊もどきを」

 

 音も無くアヴェンジャーは裁きの間の中央を指さした。

 

 そこには黒い靄がかった何かが蠢いている。幾つもの亡霊が混ざり、形を成したような。例えるならそう、影だ。サーヴァントになりそこなった不出来な霊体。その体の中に納まっているのは様々な欲望が渦巻く真っ黒な執念だ。

 

 その中で最も強く感じられる欲望は――――。

 

「アレはシャドウサーヴァント。何らかの失敗が原因で英霊に成れなかった哀れなモノだ。だが辛うじて『殻』は原形を留めているらしい。そしてその殻は紛れも無く『オペラ座の怪人』――――ファントム・オブ・ジ・オペラ。美しき声を求め、醜きもの全てを憎み、『嫉妬』の罪を以てお前を殺そうとする怪物だ!」

「……『嫉妬』」

 

 嫉妬。他者を羨み、妬む感情。人として抱いて当り前の、何処にでも溢れている『負の思い』。

 

 真名を言われたことによりシャドウサーヴァントは形を確立する。シュレディンガーの猫のように、観測されて初めて殻の形を形成したのだ。

 

 現れたのは顔の右半分を仮面で隠した青年。それだけならばただの可笑しな形の仮面をかぶった者だと判断できるだろうが、そう判断できない材料が同時に認識できてしまう。

 両腕にある異形――――長大な鉤爪とわずかながら『浮遊』している両足。これを見てあの青年を普通とは、とても思えまい。

 

「――――おお、クリスティーヌ……クリスティーヌ、クリスティーヌ、クリスティーヌ!」

 

 悲哀の叫び。狂気の籠った呼びかけがドームの中を反響した。

 

 美しい、しかし聞くだけで気が狂いそうになる魔性の声は、相手が発する声が普通の物とは異なる証。ヨナは反射的に自身の耳を塞いでしまう。

 

「微睡む君へ、私は唄う。愛しさを込めて――――嗚呼、今宵も新たな歌姫が舞台に立つ! 嗚呼、お前は誰だ、君では無い、クリスティーヌ!」

「何を、言って……?」

「無駄だ。アイツの精神は常人の物とはかけ離れている。意思疎通を図るだけ無駄な時間と言う物だ」

 

 精神汚染。ファントムの持つスキルであり、他者との意思疎通が不可能になるほどの重度な物だ。それによって彼は狂気を得ており、故に対話は無意味。そもそも彼の発言自体『唄う』ような会話なので、何を言っているのかはあまり理解することはできないだろう。

 

 だからこそ、会話による説得は不可能。

 常人である限り『力』で乗り越えることを強いられる、ある意味『門番』としては理想的な精神であった。

 

「我が魂と声は、此処に、一つに束ねられる! 即ち……!!」

「ッ――――!?」

 

 音もない移動。浮遊しているからこそファントムは音と言う物を立てず、完全なる不意打ちを以てヨナへとその鉤爪を振るった。

 ファントムの敏捷はA。常人ではまず反応不可能な速度であり、そこから繰り出される攻撃にただの幼子であるヨナが反応できる道理はない。出来たとしても、回避など間に合うはずもなかった。

 

 だが――――少女の前にアヴェンジャーが立ちはだかり、鉤爪をファントムごと弾き飛ばした。

 

「アヴェンジャー……!」

「気を緩めるな! アレはお前を殺すために生み出された化物だと言ったはず! ――――まあ、あんな不完全な物程度、オレの手にかかれば五秒とかからず葬れるがな」

「なら――――」

「だがアレを葬るのは『オレの役目』ではない。故に、此処からはお前ひとりで戦え」

「…………え?」

 

 ヨナは一瞬アヴェンジャーの言っていることを理解することができなかった。

 

 ――――戦え? 自分一人で? そんな事、出来るわけがない。

 

 先程までは歩くことすら不慣れだった少女が、いきなり高度な高速戦闘など繰り広げられるはずもない。何の力もない幼子に、あんな怪物と戦えと本気で言っているのか? ――――己の勘違いだと思い、ヨナはアヴェンジャーの目を見つめる。

 

 そして、彼が『本気』だと理解した。

 

「どう、して……で、きないよ!」

「何故だ?」

「私は……弱いから。何の力も、無い。だから……だから――――」

「力なら、ある」

「え……」

 

 コツン、とアヴェンジャーは指でヨナの額を軽く小突いた。

 訳が分からずあたふたしていると、ニヤリと笑みを浮かべたアヴェンジャーは容赦なくヨナの背中を押し戦場へと出す。それは冷酷な行動だろうか。いいや、違う。

 

 信じているのだ、彼は。

 

 己が契約者が『試練』を乗り越えてくれると――――。

 

「力なら既に託した! 断片程度だが、あの不出来な英霊を倒すには十分な物をな! 己を信じろ! 手を開いて前を向け! その小さき体には、既に恩讐の炎が灯っているのだからな!」

「自分を、信じる……」

 

 背中を押され、言葉で激昂された。

 

 それだけでヨナはアヴェンジャーの意志を理解する。そうだ、この試練は『私』の試練。『私』が乗り越えるべき、七つの試練――――ならば、生きるためならば――――己を信じろ。

 

 

「嗚呼、クリスティーヌ。いいや、お前は違う。見るな、見るな!お前がクリスティーヌでないのならば、いいや――――君が誰であったとしても、私は、私は、許さない」

 

 

 向けられる狂気。

 

 怖い。そう素直に思うほど胸の奥から『恐怖』が湧き出てくる。当り前だ、あんな狂気の怪物を前にして怖がらぬ幼子など居るはずがない。

 だが、ヨナはその恐怖を『受け入れ』、その上で対峙する。

 

 その上で、自分を、そして何より己を信じてくれたアヴェンジャーを信じて、目に光を灯した。

 

 

「おお、クリスティーヌ、我が愛。おお、クリスティーヌ、我が業。君にも等しい声に、爪を立てさせておくれ。君にも等しい喉を、引き裂いて赤い色を見せておくれ。――――私は欲しい、欲しい、欲しい。今宵の私はどうしようも無く…………遍く人々が、妬ましい(・・・・)!」

 

 

 手を開く。小さい手だ。碌に何かを握ったことも無さそうな、骨を折ることすら容易そうな細い手。

 この手のどこに自分の求める力があるというのだろうか。いいや、見えていない。今の自分には見えていないだけだ。ならばどうすれば見れるだろうか。

 

 行われる自問自答。答えは未だに出ず。

 

 

「唄え、唄え、我が天使! 今宵ばかりは、最後の叫びこそ、歌声には相応しい!」

 

 

 ファントムが闇を駆ける。少女の喉笛を刈るために。

 

 少女は動かない。しかしそこには諦めの感情は皆無――――いやむしろ、これは。

 

 

 

 ――――決意の炎が、その双眸にはあった。

 

 

 

「真名、偽装登録――――宝具、展開……! 『仮想宝具・疑似展開/無彩の焔(アポクリフ・ミトロジー)』!!」

「ッ――――――――!?」

 

 

 

 ――――宝具。

 

 数多に存在する英霊たちが所有する貴い幻想(ノウブル・ファンタズム)。英霊が持つ、彼らが生前に築き上げた伝説の象徴。伝説を形にした「物質化した奇跡」である。

 そして多くの宝具は真名を詠唱する「真名解放」によりその能力を発揮し、伝説における力を再現する。例えるならばアーサー王が己が剣の名前を叫ぶことで光の斬撃で眼前の敵を焼き払うように。

 

 だがここで一つの疑問が生じる。

 

 宝具とは英霊『だけ』が持つ代物であり、決して本来の所有者以外の者が扱える物ではない。だがヨナが本能のまま展開したのは不完全とはいえアヴェンジャー(・・・・・・・)の宝具。普通なら、使えるはずがない。

 

 しかし、忘れていないだろうか。

 

 彼女(ヨナ)は『疑似サーヴァント計画』に置ける最初の成功例(・・・)だという事を――――!

 

「こっちに……来ないでっ!!」

「クッ――――!」

 

 ヨナの小さな掌から出現した透明な球体――――無色の炎を纏った魔力弾がファントムへと撃ちだされる。

 断片とはいえ英霊の力を用いた攻撃だ。直撃すれば同じ英霊と言えど、不完全な召喚体であるシャドウサーヴァントには致命的な傷となるだろう。

 

 ファントムが選んだ行動は回避。高い敏捷を駆使して無色の魔力弾を素早く避けた。

 

「おお、なんという光景。ありえぬ、ありえぬ。こんな事は――――」

「否、あり得るさ! この! このオレが! 手を貸しているのだ! この程度の事、できずにどうする! さあ反撃開始だ『見習い復讐者(アヴェンジ・ビギナー)』! 今だ染まらぬ無彩の(ほのお)を以て、嫉妬の怪人を焼き尽くせ!」

「っ、やって、みる…………!!」

 

 左手で支えながら、ヨナは右手をファントムへと向けた。吐き出すのは無色の魔力弾の連射攻撃。肉眼での認識が困難な攻撃が容赦なくファントムへと襲い掛かる。

 

「見えぬ、見えぬ。だが、私は終わらない。今宵の最後の、歌姫の悲鳴を聞くまでは!」

 

 紙一重とはいえ、透明な攻撃を何度も躱すファントム。不完全であろうともやはり英霊ということか。だが彼とて今の状況下では先程までの余裕はない。ならばこそ――――彼が切り札を切るのは必然であった。

 

 ファントムの周囲から瘴気が生まれ出す。

 

 殺された者の怨念が噴水の様に湧き出始め、やがて死者の遺骸が何処からともなく現れ始めた。だがそれは、ただの遺骸では無かった。

 それは骨や皮などで組み上げられた『死体の楽器』――――。骸で出来たパイプオルガンの様な巨大演奏装置がファントムの背後に出現し、悍ましく蠢き始める。

 

 

「唄え、唄え、我が天使! ――――『地獄にこそ響け我が愛の唄(クリスティーヌ・クリスティーヌ)』!」

 

 

 室内で反響する呪いの歌声。異形の発声装置から放たれる悲鳴にも似た音楽とファントムの声が相乗し不可視の、しかしこの上なくドス黒い魔力の波動が振りまかれた。

 

「ひっ、ぁあ、ああ、あぁぁあぁぁぁっ…………!!」

 

 その攻撃に聞くだけで脳がかき混ぜられるような不快感に襲われ、ヨナは頭を抱えてその場で蹲ってしまう。

 

 戦場に置いてその行動は致命的なまでに愚鈍と言わざるを得なかった。だが、数刻前まで刃歩いたことすらなかった幼子を誰が責められようものか。だが、現実は酷く非情。

 生じた隙を、ファントムが見逃すはずもなかった。

 

「おお、歌姫よ。その喉を、その声を、今こそ我がものに。嗚呼、欲しい、欲しい、欲しい! その声が! その魂が! 故に、この夜を彩る悲鳴を、今こそ!」

「う、あ、ぁあっ……!」

 

 長大な鉤爪がヨナの首を掴み、ファントムはそのまま直進して少女の小さな体躯を壁に叩き付けた。

 

 ヨナは即座に魔力弾を使って反撃しようと右手を動かそうとするが、その瞬間ファントムは鉤爪でヨナの右腕を反撃できない様に固定した。左手を動かそうとすれば同様に鉤爪で壁に貼り付けられる。

 まさしく絶体絶命。抵抗すらできない状態でヨナは捕縛されてしまう。

 

「ぐ、っ……」

 

 衝撃によって刈り取られる寸前になる意識。それと同じく朦朧とする視界の中、ヨナは見た。アヴェンジャーの落胆したような視線を。

 

 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。裏切りたくない、信じて背中を押してくれた人の期待を裏切ることだけは、決して――――、

 

 

「裏切ってっ……堪るかァァァァァァァアアア゛ア゛アアァァ゛アアアアアッ!!!!」

「な……!?」

 

 

 我武者羅に、自分の持てる全てを出し尽す。

 体の端から端まで渦巻く魔力を変換し、ヨナは全身から無色透明の炎を放出した。目には見えぬ炎。それは彼女の心が未だどんな物にも染まっていないことを示す。見えにくい、だからこそわかりにくい。

 

 彼女が内に秘めている決意の炎が、一体どれだけ巨大な物なのかを。

 

「ぐ、ぉぉぉおぉおぉぉおぉぉッ!?」

 

 見えない炎に全身を焼かれて怯むファントム。本人からしてみれば全身のいたる所から身が焼ける激痛が発生しているが、如何せん『見えない』からどこがどう焼けているのか確認のしようがない。

 生存本能に従いすぐさまヨナから距離を取り、地面に転がることで体の炎を消化しようとするが――――その行動が致命的な隙を生むことに繋がった。

 

「逃がさないぃッ…………!!!」

「なんという、なんという執念。嗚呼、違う、歌姫では無い。お前は――――」

「っがぁぁぁぁああぁぁぁああああああ!!!」

 

 距離を取ろうとして拘束が解除された次の瞬間には既にヨナは動き出していた。

 

 離れようとするファントム目掛けて一直線。反撃する隙さえ与えない様に限界まで魔力で後押しされた膂力と速度を以て接近し、魔力の渦巻く右腕を振りかぶる。

 

 

「――――全てに飢えた、獣のような子供」

「――――――――――――――――ッ!!!!」

 

 

 ヨナの右手がファントムの胸部に当てられる。

 

 そして――――収束した魔力は光線と化してファントムの身に風穴を開けた。

 

 間違いなく致命傷。どんな治療を施そうが、大の大人の顔ほどもありそうなほど巨大な穴は防げないだろう。つまりヨナは見事、第一の支配者を撃破したのだ。

 それでもヨナの方も無傷では済まず、ありったけの魔力を使ったことによりただでさえ不安定だった意識が風前の灯火の如く消えそうになっている。否、既に消える寸前なのだろう。ファントムはまだ消滅していない。下手に意識を失えば、それは死を意味する。

 

 必死に意識を保とうとするヨナ。今の彼女を襲う疲労は体力が尽きるまで全力疾走したアスリートのそれとほぼ同等。幼い子供の身で耐え続けるには、余りにも大きい負担であった。

 

 ファントムは力ない動作で、その鉤爪をゆっくりとヨナの顔へと持って行き――――静かに、撫でた。

 

「――――眠り給え、小さき子供。既に我が身は敗北者故に」

「あ、う」

 

 ファントムの言葉を受けて、ヨナは糸の切れた人形のように地面へと倒れる。

 

 そして次の瞬間には既にアヴェンジャーがヨナとファントムを隔てる様に立っていた。流石に無抵抗な状態で契約者が攻撃されるのは不味いと思ったのだろう。

 

 濃密な殺気の籠ったアヴェンジャーの視線がファントムに刺さる。

 

「おお、幼子の導き手。何たる無情、何たる無慈悲。幼き子供が傷ついた後に、お前は現れる。何故、何故」

「獅子の子落とし、という事だ。この程度の荒事が一人で突破できぬのならばこの先の試練には到底耐えられん。そう言う意味では、まあ及第点、と言うところか」

 

 ククッと小さく笑った後、アヴェンジャーは倒れたヨナを抱きあげる。

 流石に幼い契約者を冷たい床の上で寝かせるのは、彼とて進んで望んだりしない。復讐の化身と自称している割には何という世話焼きな者だろうか。

 

「……時の果つる先に、光が見える。この胸に、想いならざる大穴を開けるのか……。おお、我が心臓、何処。おお、我が心、何処。クリスティーヌ、この心臓は君に捧げよう。クリスティーヌ、この愛を、君へ」

「愛を謳うか怪物よ。だがお前はまだ最後まで謳い終えていない。言うが良い、お前の『罪』を」

「クリスティーヌ、我が愛、私は君を愛するが。クリスティーヌ、私は耐えられぬ」

 

 少しずつ、影で作られたファントムの肉体が崩れ始める。風に吹かれる砂のように、鋭い夜風に吹かれた蝋燭の火のように。音も無く、消えていくのだ。

 

「導きはクリスティーヌ、君と共に生きる人々を。愛しきクリスティーヌ、君と同じ世界にある全てを。君と過ごす人々を、朝陽の当たる世界を――――そしてまた、其処の幼子が持つ、今だ染まらぬ無垢なる魂を。私は、私は――――」

 

 全てが消える一瞬の前、彼は確かに呟いた。

 

 

 ――――『嫉妬』の呟きを。

 

 

 

「――――時に、妬ましく(・・・・)思うのだ。狂おしいほどに――――」

 

 

 

 来訪する静寂が空間に満ちる。

 

 第一の支配者、『嫉妬』の罪を持つ者は今消えた。憧憬する日の当たる世界への恨み言を残し、跡形も無く消えさったのだ。何と、悲しきことかな。何と、哀れなことかな。

 

 妬ましいと思う事は、憧れの裏返しでもあるというのに。

 

 彼は怪物になりたくて、なったのではないというのに。

 

「……ふん、やはり貴様の魂はこのシャトー・ディフには似合わんよ、怪人。お前は殺人者として、余りにも『哀れ』過ぎる。故に去ね。ここがお前の居るべき場所ではないのだからな」

 

 アヴェンジャーは虚空に語り掛ける。

 返事はないが、きっとこの言葉は届いただろう。悲しい殺人者の魂へと。

 

 それを終えてこの『裁きの間』の出口へと向かいながら、アヴェンジャーは契約者(ヨナ)の状態を観察する。酷く疲れている。魔力の欠乏による反動か。

 今必要なのはしっかりと休める場所と十分な食事。だが少女の体は半分サーヴァントと化しており、魔力さえあれば栄養の摂取は必要ない。代わりに必要なのは一定量の魔力くらいだろう。幸い、その程度の魔力ならばアヴェンジャーとの経路(パス)で十分供給できそうだ。

 

 ならばさっさとこの場所を抜けて、適当にベッドの上に出も寝かせておくか。そう考えながらアヴェンジャーは羽織っていたマントでヨナを包んだ。体を冷やして状態を悪化させないためだ 

 精神世界で体の温度など関係あるのかと思うが、プラシーボ効果と言う物があるのだから多少は配慮しても罰は当たるまい。

 

 が、そこまでして突然「ハッ」とした顔になるアヴェンジャー。

 

「……いや待て、何故オレはこいつにここまでしている? 可笑しい、可笑しいぞ! オレは復讐者であり、この世の呪い。憤怒と憎悪こそがオレがオレである所以であり――――」

 

 自分の行動が信じられない物だったのかプルプルと震えながら言葉を捲し立てるアヴェンジャー。しかしそんな彼の奇行は腕の中でヨナがモゾモゾと動くことでようやく止まる。

 呆れやら嫌悪やらと中々に複雑な感情が入り乱れているが、最終的に彼は「ハァ」と海峡より深いため息をついた足を動かしだした。

 

「ア、ヴェン……ジャー……、ん」

「……………ああ、そうだ。まさか、まさかオレがアイツ(・・・)の影とこいつを重ねている訳が……」

 

 自己暗示のように何かを呟き続けるアヴェンジャーと、そんな彼にお構いなしで深々と熟睡するヨナ。

 そんな姿を第三者が見ると、一体どんな言葉を漏らすだろうか。少なくともアヴェンジャーが即座に殴りに行くようなモノなのは、恐らく間違いないだろうことは想像に難くない。

 

 

 

 此処に第一の試練は突破した。嫉妬の衣を纏いし殺人者と争い、少女が得た物は何か。

 

 

 次に待つのは第二の試練。――――『色欲』の支配者は少女にどんな影響を与えるのか、それは彼女を導く者にもわからない。だが、確かに言えることは。

 

 

 彼女は進み続ける。この監獄塔より出るために、全てを駆使して。

 

 

 

 

 




ああ、エドモン・・・いつの間にかロリコン・ナンデスに・・・。

えどもん「違う!違う違う!」

でも貴方、物語の最後にめっちゃ年下の子と結婚したよね?(愉悦顔

とまぁエドモン弄りはさておき、今回クリスティーヌ(ファントム)さんの台詞に滅茶苦茶苦労しました。たださえ書きにくいのに情報が少なくて・・・まぁ、何とか書き切りましたが。

・・・巌窟王の小説、買おうかなぁ(迷。
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