諸行有常記   作:sakeu

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第91話 一局の日の青年

宿題を見るときに答えを写したかどうかは案外分かるものである。特に複雑な計算問題なら尚更顕著に出てくる。複雑になればなるほど、解く過程というのは大事になり、自然と問題の隅っこなどに計算の跡が残る。

 

しかし、今見ている宿題は最初から最後まで答えのみしか書かれておらず、尚且つ全て正解である。もし、その生徒が和算において優秀な成績を修めていたなら納得しただろう。だが、この宿題の持ち主の生徒は成績は芳しくない。

 

生徒は俺よりもずっと歳上な天人の少女で1週間ほど前に諸事情があって寺子屋に参加し始めたばかりであった。

 

ここで寺子屋について補足すると、萃香さんが案外早く見つかり宴会を必ず催すという条件であっという間に建ててくれた。尚、宴会については早苗に頼んで守谷神社で行う予定である。

 

 

「写してなんかないわよ」

 

 

教室に入るなり、天子の無い胸を意味もなくそらして答えた。まぁ、宿題を出すようになったのは成長と見てもいいが…………(最初は堂々とやらずに慧音さんの頭突きを何回か頂戴した模様)

 

 

「だが、答えだけなのはおかしくないか?」

 

「はっ、それでも私は写してないわよ。貴方の言う通りに、出された宿題を出しただけよ」

 

 

ちょっと不機嫌そうだ。このクラスの生徒は基本的に小さくて天子が大きく見えるがそれでも幼さが目立つ。不機嫌な顔も何処と無く愛嬌があるような無いような。無論、可愛いという理由で許すわけがないが。

 

天子は最初こそは慧音さんの頭突きなどもあり順調に進んでいたが、ここ最近はまた我儘が出てきた。もう日にちが経ったのを考えれば、寺子屋にも飽きがきて宿題も面倒臭くなったと考えざるを得ない。だが、これを証明するのはなかなか難しい。理系なのに。

 

 

「本当に写してないのか?」

 

「写してないわ」

 

 

そっぽを向いてはっきり答える。

 

 

「そうそう、俺も能力を持ってるのは知ってるよな?」

 

 

とりあえず外の景色なんぞを眺めつつ、

 

 

「俺の能力を使えばこの宿題からお前がどのように解いたのか丸分かりなんだ」

 

 

何気ない俺の言葉に、天子は僅かに頬をひきつらせた。

 

 

「これを媒介にして、お前の思考も分かるっていうわけだ。まぁ、何も考えてないのならすぐに写したと分かるぞ」

 

 

ちらりと横目で見ると、完全に動揺した天子が映る。そんなに慧音さんの頭突きがトラウマか。

 

 

「…………ほ、本当なの?」

 

「冗談だ」

 

 

真顔で答えた。

 

天子が、くっと言葉につまり、何か言い返そうとしているようだが、言葉が出ない。

 

 

「…………慧音には秘密に」

 

「その前に言うべき事は?」

 

「むっ…………悪かったわ…………」

 

「はぁ…………違うだろ。前にも言ったよな?失敗したらまずは謝罪からだと」

 

「うっ…………ごめん」

 

「お前がやりたいと言ったから寺子屋に参加させたんだ。やるからには最後まできちっとしろ」

 

 

それっぽいセリフを言ってから教室を後にした。これでも天子はずいぶん成長したのである。そもそも、謝罪ができなかったのがこちらから要求したとは言え、謝罪したのだ。大きな一歩だろう。

 

まぁ、俺自体少々甘いのもあるが。慧音さんなら宿題を忘れあの様な態度をとろうもんなら頭突きをし、星を見せるに違いない。

 

廊下に出ると永江衣玖さんがいることに気がついた。

 

軽く会釈をし、通り過ぎようとすると、

 

 

「キャーユウサーン」ボソッ

 

「何を言ってるんですか…………」

 

「いえ、そのポージング、決まってますよ」

 

「えっ?ああ、これは…………!」

 

 

なんと言うことだ…………衣玖さんの日々の洗脳によって、無意識にあのポージングを取るようになってしまった。

 

とりあえず、体勢を戻して、

 

 

「コホン、それで、何の用です?」

 

「いえ、総領娘様の様子を見にきたんですが…………貴方に教師役を頼んで大正解でしたね」

 

 

外の景色を眺めながら、天子の成長具合でも報告するとしよう。

 

 

「まぁ、なかなかに我儘ですが、聞き分けがないというわけでもなさそうですし、大丈夫だと思いますよ。でも、一番怖いのは慣れてきた時ですかね」

 

 

と衣玖さんの方に視線を戻すと、

 

 

「「「キャーイクサーン!」」」

 

 

フランやチルノ達の前で見事なまでにポージングを決めていた。いや、自分のポージングなら俺にさせないでくれ。

 

 

「衣玖さん?」

 

「あっ、すいません。空気を読んだ結果なのですが…………」

 

 

だから、どんな空気なんだよっ。

 

 

「まぁ、今から休憩なので」

 

「あ、ちょっと待ってください」

 

「ん?」

 

「まだ、昼前ですよ」

 

 

衣玖さんの意味ありげな一言に、足が止まる。

 

すると、どこから取り出したのか何やら板状のものを取り出し

 

 

「お話のついでに、一局どうですか?」

 

 

あまりにも急なことだったので思わず目を見開いてしまった。

 

 

「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。椛さんから聞いたんですよ。将棋、お強いんですよね?」

 

「いや…………もう大分、ご無沙汰ですよ?」

 

「将棋がメインじゃないので大丈夫です」

 

 

「あ、私に勝てないと思いなら、諦めますよ?」

 

「そこまで言われたなら断れませんね。1時間もあれば終わるでしょう」

 

「ついでに総領娘様のお話も聞かせてください」

 

「ああ、30分後が楽しみです」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

30分後である。

 

 

「何が楽しみなんでしょうか?」

 

 

衣玖さんの涼しげなそんでもって小馬鹿にしたような声が響く。

 

時折、フランやチルノ達が興味を示し、覗きに来たが飽きてしまったのか誰もいない。

 

将棋盤を見れば、整然たる陣形を保った衣玖さんの軍勢と、総崩れで王がただ逃げ回るだけの無残たる我が軍勢が向かい合っている。

 

 

「これまた久々に完膚なきまでに…………少しぐらい、労りの気持ちを込めて手加減してくれてもいいのですが…………」

 

「世の中そんなに甘くないんですよ?」

 

「能力を使ってるくせに」ボソッ

 

「何か?」

 

 

ちっと舌打ちをして天井を仰ぐ。

 

せめて、一矢報いようとしたが、まるで一手一手が読まれてるかのごとく、惨憺たる有様となった。

 

今まで逃亡に徹した王将に寝返った角将が首を取ろうと虎視眈々と控えている。

 

 

「参った」

 

「意外とあっけないですね。粘ってくれもいいんですよ?」

 

「『空気を読む程度の能力』を使われちゃあ、どんな策も意味ないですよ」

 

 

と時間を見れば1時間も経っていない、もう一度軽く舌打ちをしてから再び衣玖さんと向き合い、言葉を続けた。

 

 

「で、何が聞きたいんです?」

 

「…………どういう意味でしょう?」

 

 

衣玖さんが駒を片付けようと伸ばした腕を止める。衣玖さんの目を見ると、伺うような光がある。

 

 

「わざわざ、天子の事を聞きに来るためだけに将棋に誘ったわけじゃないんでしょ?俺は何か別の事を聞かれるのかと思って将棋の誘いに乗ったんですが」

 

「空気を読む側が空気を読まれてしまうとは…………」

 

 

再び駒を片付けながら続けた。

 

 

「そうですよ。貴方にどうしても聞きたい事があるんです」

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

将棋のようなボードゲームというのは不思議なもんで、ゲームの内容は覚えてなくても、その最中の状況というのは鮮明に覚えている。

 

今でも覚えているのは小学2年の頃に、じいちゃんが将棋に興味を示した俺に将棋を教えてくれた時であった。

 

 

確か、8月の中旬、もちろん小学生は夏休み真っ只中。

 

夏休みとは言えども一緒に海とかに遊びに行くような友はおらず、普段はじいちゃんの家に遊びに行くのが夏休みの日課だったと記憶している。

 

毎朝9時には家を出て、田んぼだらけの道を通り、じいちゃんの家に遊びに行き、勝手に書斎に入っては本を取り出し意味もわからず読むのが俺の夏の風物詩だった。

 

そんな中、じいちゃんが知り合いと将棋を指しているのを見てじっと見ていたら

 

 

「おお!勇人かどうした?」

 

「それ、なに?」

 

「これか?『将棋』と言うんだよ。この『駒』と呼ばれるものを使ってだな王様を取った方が勝ち、っていうゲームだよ」

 

「じゃあ、どっちが勝ってるの?」

 

「はっはっ!これを見てどう思う?」

 

「おじちゃんが勝ってる」

 

 

当時、よくルールが分かっていないのにどちらが優勢が分かるのだから相当ひどかったのだろう。

 

 

「勇人くん、馬鹿にしちゃダメだよ。これはね、隙だらけに見せる事で相手を困惑させるこの爺さんの得意技なんだよ」

 

「そうだ。お前がよく読む三国志の諸葛亮も使ったんだぞ?」

 

「おお!すごいんだね!?」

 

 

子供特有の無邪気な声が響いた後、

 

 

「参った」

 

「おや、もういいのか?手はまだあるだろ?」

 

「はっはっ!158敗目に1敗加わっただけだ。それよりも、可愛い孫の相手をしてやらんといかんだろ?」

 

「そうだな」

 

 

「どうだ?勇人もやるか?」

 

「うん!」

 

「お前より私が教えた方がいいだろ?」

 

「なぁに言ってんだ?わしの孫に教えるのはわしに決まっておろう!」

 

「お前の空城の計は勇人くんには難しいんじゃないか?」

 

「フフ、わしの孫にかかればあっという間に習得してしまうから問題ない!」

 

 

明るく野太い声が、広々とした部屋に響き渡った。友がいない俺でも夏休みはこうして楽しく過ごす事ができた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

久々の対局を負けで飾った俺は衣玖さんの言葉が頭から離れなかった。

 

 

「貴方は本当に人間なのですか?」

 

 

言わずとも俺は人間だ。確かにじいちゃんは神様だが、それは"元"である。両親だって普通の人間だ。現代世界で普通に産まれて、普通に成長し、普通に生きてきた。疑う余地なんてない。

 

 

「では、何故、そんなにも強いんです?どうして、それほどの霊力を持ち合わせているのです?」

 

 

修行の成果、としか言いようが無い。魔王の魂たるものがあるかもしれんがはっきり言ってあれは何処ぞの奇妙な世界の石仮面のような代物ではない。人間をやめてなんかいない。

 

 

「なんでそんな事を聞くんです?」

 

「いえ、人間が能力をお持ちなので」

 

「そんな事を言ったら、霊夢や魔理沙、早苗とか咲夜とかどうなるんですか?」

 

「霊夢さんや早苗さんは巫女という人間の中でも特殊な分類故に能力は持ち得ます。それに魔理沙さんはあくまで魔法が使える人間です」

 

「じゃあ、咲夜さんは?」

 

「彼女はあらゆる事が謎、ですからね。なんとも言い難いです」

 

「なら、俺だってじいちゃんは元とは言えども神様です。能力を持ってもおかしくはないでしょ?」

 

「…………貴方の空気が他の人とは違うんです」

 

「…………は?」

 

「詳しく表現できないのですが、でも貴方は他の人とは違うんです」

 

「そう言われても、確かに普通の人として産まれて生きてますし…………どこもおかしいとは言われたこともないし…………」

 

「それ、証明できますか?」

 

「え…………戸籍もあったし、何より親がいるのに違うと言われても…………」

 

 

 

 

 

「これまでの記憶を振り返って、それを証明できますか?」

 

 

この言葉が頭から離れない。俺が人間である事は揺るぎない事実のはずである。でも、一方で衣玖さんの言う通りに証明ができない。

 

思い出せないのだ。昔の記憶が。まぁ、アルバムとかを見れば1発なのだが、その思い出せない感じが少しおかしいのだ。

 

なんというか、こうスパッと記憶が無い。小学校の入学式は記憶にあるのだが、卒園式の記憶が無い。そもそも、保育園だったのか幼稚園だったのかすら分からない。また、家族の口からその時期の話を聞いた事が無い。

 

そこがどうにも引っかかるのだが…………まぁ、アルバムを見ればすぐに解決するか。最悪、じいちゃんにでも話を聞けばいい。

 

そう高を括って、家への帰路についた。

 

 

 

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