縁側で1人の老人がポツンと座っている。膝元には勝敗が決した後の将棋盤がある。
老人は将棋盤を片付けようともせず、ただ将棋盤上の駒を眺めるのみ。
かつて王がいたところの周りには、飛車や成金たちが並び王の周りを囲っていた。
角行、銀将、桂馬…………。多くの自軍の駒が敵に渡ったものだな、としわがれた声で呟く。
「まったく…………勇人も成長したのよう…………」
孫の成長を喜ぶ姿はまさに普通の老人。だが、同時に老人の表情はどこか懐かしみを含んでいた。
1人の女性が縁側に足を踏み入れ、その老人と向かい合うように座る。
「おぉ、幽々子か。見てくれ、孫と一局やったのじゃが…………完敗じゃったわい」
「ふふ…………楽しそうでなによりね」
「無論じゃ。孫と過ごす時間が楽しく無いわけがないわい」
「…………孫、ね」
そう意味深長に幽々子は呟く。その呟きを聞き、老人は目の色を変える。
「…………なんじゃ?」
「いいえ、わざわざ作ったアルバムを孫に渡すことを不可解に思ってないわ」
「はて?作った、とは?」
「だって、貴方、ここに来た時はアルバムどころか何一つ持たずに幻想郷に来たじゃない。それに外界に出たのも一度もないわよね?」
そう言い、微笑を隠すかのように扇子を広げる。しかし、眼は何かを探るかのような眼をしている。
「…………はは!なぁに、昔を思い出せん孫にわしの記憶を使って思い出を思い出させようとしただけじゃ」
「あら、そう。なら良かったわ」
と再び微笑する。しかし、すぐにその微笑はなくなり、
「でも、隠し事は長く隠し通せないものよ?必ずボロが出るわ」
「何が言いたい?」
そこにいる老人は先程の孫思いの老人の面影はなくなり、かつての神であった時の威厳が滲み出ていた。
「最近、紫と話したのよ。勇人について」
「…………」
「妙なのよね。彼の雰囲気が。本人は至って普通のつもりでしょうけど」
「誰かと雰囲気が似てるのよ…………そうそう!諏訪子とか神奈子とか…………昔の貴方とかね?」
「ほうほう、つまりはこう言いたいんじゃな?勇人も『神様』じゃないのか、と?」
「違うわ、確かに貴方達と似てるとは言ったけど…………何かが違うのよ。決定的な何かが」
「よく分からんのう。なんせ、わしがすでに人間となった後に出来た孫だからな」
「まぁ、いいわ。今はこちらにも証拠となる切り札が無いのよね。何か企んでるなら、紫がただじゃおかないわよ?例え、貴方でもね?」
「…………そうかいそうかい。じゃが、身に覚えが無いから心配は必要なさそうじゃな」
「…………そう」
と言い、幽々子は立ち去った。それでも老人はその場からは動こうとはしなかった。
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「フッ、フヒッ、ヒヒヒヒ…………」
なーんだ?この変な笑い方は?…………俺なんだがな。
今、飛びながらアルバムを見ているのだが…………あまりにも面白くてつい、笑ってしまう。
いやぁ…………変な笑い方だとは自覚はしている。癖なのか笑う時には口を閉じて笑ってしまうためこのような笑い方になってしまうのだ。
一度みんなの前でこの笑い方をしてしまい思いっきり引かれた。普段でさえ、無口で根暗そうな子なのにそんな笑い方をしたらねぇ…………それ以来、笑う時は意識して口を開けるようにしている。
だが、1人の時は気にしなくてもいいのでこんな笑い方になる。誰かに見られたら恥ずかしいな。
「気持ち悪い笑い方ですね」
ここ最近聞き慣れた声が降ってきて、俺は上を向く。衣玖さんである。
「…………いつからいたんですか」
「アルバムを開いたところからですかね?」
「…………この笑い方は内緒に」
「ええ。一つの貸しとしましょう」
本当に空気を読んでるのか?と言いたくなるが空気を読み、分かった上でやってるんだからタチが悪い。
「あ、このアルバムで俺にはちゃんと人間だったということが証明されましたね」
「そういうことにしておきましょう」
しておくって…………まぁ、負け惜しみだな。
「まぁ、これからも総領娘様のことお願いしますね」
「それなりに頑張るよ」
そう言うと、衣玖さんは方向を変え、彼方へと消えた。
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また、宿題の答えを写しているかもしれない。
その疑いをかけているのはもちろん天子である。
最近、真面目にやっているなぁ、と感心していた矢先だった。とりあえず、俺は天子に問い詰めるために天界へと向かった。
だが、天界では天子の姿は確認できず、しばらく探し回ると衣玖さんに出会い、
「総領娘様はまだ帰ってきてませんよ」
と言われたので、寺子屋に戻った。寺子屋の中では話し声が飛び交うがその中に天子の声が聞こえたので、その声のする教室で天子を見つけて、俺は軽く目を見開いた。
いつも我儘な天子が、チルノと大妖精と差し向かい、宿題をしていたのだ。天子とチルノの宿題は同じなのだが、天子は自分のをやらず、チルノと何やら話している。
疑問の目を向ける俺に、慧音さんがそっと囁くように言った。
「最近、天子も馴染んでチルノ達と仲良くなったんだ…………」
これまた、面白い組み合わせだな…………
「どういうきっかけなんです?」
「チルノと大妖精はいつもここに残って宿題をしているんだが、それをたまたま天子が見てだな、そこから一緒に宿題をするようになったんだ」
「どうりでチルノの宿題の答えがちゃんとし始めたのか…………」
「そうだな、私の授業もしっかり理解し始めたようだしな。天子は意外と教え上手らしい。大妖精も言ってたよ」
理解し始めてるとは言ってもまだ、見た感じ、チルノの宿題はまだ半分も終わっていない。ついには筆を置いてしまった。
天子の声が聞こえる。
「ほらもう少し頑張りなさい。先生の話を思い出して」
「うう…………」
再び考え始め唸るチルノを見て、天子はおもむろに何やらメモが書かれた紙を取り出し、チルノに渡した。
「今日の授業のポイントよ」
ここはこうでと説明し始める姿に、チルノは真面目に聞く。それから、置いた筆を再びとって問題を解き始めた。
「どう?解けそう?」
「うん」
しかし、数問解いて、すぐに筆が止まる。すると、今度は、何か書き始めた。
「ここはこんな風に解くのよ。簡単でしょ?」
いつものような人を馬鹿にした顔ではなく、教える側としての真面目な顔である。
「おお!てんしって頭いいんだな!」
そう言いさらにチルノは筆を進めた。
そんなチルノの姿を、天子は微笑みながら見つめていた。
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「意外だな」
教室から出てきた天子は、俺の声に大げさなほどビクッと肩を震わせ驚いた。
「教えながら解いたのなら、そりゃあ、計算の跡も無いわけだ」
俺の声に、天子は決まりが悪そうな顔をする。
「な、何よ」
チルノに教えてたような顔ではなくなったが前のような雰囲気もなくなった。
「別に。少し驚いただけだ。小さい子とか好きなのか?」
「か、可愛いとは思うわ。そ、それだけよ!」
「の、割には随分と丁寧に教えるんだな。というか俺の授業をしっかり聞いてたのが驚きだ」
「…………貴方の授業が面白いのよ」
「ありがとさん」
「な!べ、別に、貴方の授業なんか面白く無いわよ!」
「はいはい」
一度口を閉じた、天子が思い切ったように言った。
「ほっとけないのよ」
これまた意外な言葉が出てきた。
これまでの傍若無人な態度からは考えられない。が、よくよく考えてみれば天界で暮らし、頼られる事のない彼女にとってこういう事は新鮮だったのかもしれない。
「私って天界に住んでるから、苦労する事なんて無いのよ」
「…………羨ましい事だな」
「私からしたら貴方が羨ましいわ」
「俺が?ただ忙しいだけだぞ?」
「そうね。この呑気な人里で貴方は一人アホみたいに仕事して、疲労でひどい顔になって…………でも、色んな人に信頼されて、忙しそうなくせにどこか楽しそうなのよ」
俺はすぐには返答できなかった。
「誰かに頼られるのも悪く無いわね」
「そうだな。こりゃあ、俺がお前の先生をしなくても良さそうだな」
そんな事を言うと、天子は、にわかにしょんぼりと肩を落とした。
「ま、ここに来るかどうかはお前の自由だがな」
「…………!!」
「でも、寺子屋を壊すのは無しだからな」
と言い、教室を出た。
「ありがとう」
そんな声が聞こえた気がした。
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慧音さんの淹れてくれたお茶を飲み込み、ふぅと息を吐いた。
寺子屋の日誌を書きながらも、天子の意外な側面を見れて嬉しかったりする。根まで悪童ではなかった。寧ろ、良い子の可能性すらある。
これを機にチルノの点数が伸びる事を祈りつつ、ふと慧音さんの日誌が視界に入り、何気なくその日誌を開いた。寺子屋が始まった時からの記録が、慧音さんらしい生真面目さで、詳細にわたって書かれていた。
寺子屋が始まったばかりは上手くいかなかったようで、その時の悩みが書き連ねられている。一時期は生徒すらいないと言う状態に陥っていたようだが、少しずつ生徒が増えていったらしい。
しばらく日が経つと、自分の授業がつまらないらしい、とか、寝ている生徒が多いなどの悩みが増えて来ていたが、ある日を境に生徒が増えた、とか楽しいと言ってくれるようになったとか明るい情報が増え始めていた。その日が、俺が教師として来た時期だったので思わず苦笑が漏れた。
「人のを勝手に読むのは感心しないぞ」
不意に肩越しに、慧音さんから声をかけられた。
「読まれるのも恥ずかしいんだぞ?」
「いえ、やっぱり慧音さんは生徒さん達をしっかり見ているんだなぁって思ったところです」
俺の減らず口にも、穏やかな笑顔で隣に腰を下ろした。
「お前だってよく見れているじゃないか。お前の日誌には一人一人の生徒の得意不得意な所の情報、性格とかが事細やかに書いていた。大したもんだよ」
「慧音さんこそ勝手に呼んでるじゃないですか」
「フフ、そうだな。これでおあいこだ」
と言いながら、慧音さんは自分の日誌にまた今日の事を書き込んでいた。
俺はその横顔を見ながら、呟くように言った。
「でも、生徒の知らない所もたくさんあります」
「そうだな、生徒の事をよく知る事は大事だが、全て知る必要は無いさ」
「人には他人が知らない自分、自分すら知らない自分がいる。それを全部知るのは不可能だ。でも、生徒が大切なのには変わりは無い」
と芯の強い声が答える。俺は返す言葉がなく、ただ敬服するのみだ。
「生徒さんが大事なのは俺も同じです。でも、自分自身も大切にできませんとね」
「はは、それもそうだな」
「ということで、自分を労わるためにも今日は帰ります。お疲れ様です、慧音さん」
「ああ、お疲れ様」
立ち上がり、扉へと向かおうとした矢先、視界が右へと傾いた。まるでスローモーションかのように、視界がゆっくりと傾いていく。
「勇人…………?」
声が聞こえた、気がした。
「…………!」
倒れたと気づく頃には視界が黒くなり始めていた。