連休手前で色々とバタついてしまったのでだいぶ投稿が遅くなってしまいました。
急いで書いてたら予測変換ミスって、度々ワルドとワインを間違えて打っていました。
「グラスにワルドをそそいでいく」
「ワルドの入ったグラスを持って乾杯する」
本文長くなったのでそのくだり全部削除しました。
ラ・ロシェールへと続く山道では、現在ルイズとキュルケによるけたたましい舌戦が繰り広げられていた。
何しに来たのだの、助けに来てやったのだの、これはお忍びの任務なのだの、先に言っておけだの、終いにはいつものように睨み合いの取っ組み合いにまで発展してしまった。必死にギーシュが二人を宥めているが、彼では止められそうになかった。
シルフィードの背に降り立ち、真下のそんな様子を視界の端に入れながら、デイダラはパジャマ姿のままなタバサに確認するように尋ねた。
「つまり、お前は学院を出て行くオイラ達を目撃したキュルケに頼み込まれて、渋々シルフィードに乗ってここまで追いかけて来たと、そういうワケか」
こくり。
それを受けて、タバサは頷きで肯定の意を示した。
「オレが言うのもなんだが、お前ももう少しキュルケに対して文句言ってもバチはあたらねぇと思うぜ。うん」
「彼女は友人。大切な人」
だから、無下にはできないと言うタバサ。
普段と変わらずに読書をし続ける彼女のその表情は、どこまでも涼しげであった。
普通、早朝に突然叩き起こされて着替えも早々に自室から連れ出されたとしたら、憤って然るべきだと思うのだが。
相変わらず何考えてるか分かんねー野郎だ、とデイダラは思った。
チラリと、再びシルフィードの上から真下の様子を見やるデイダラ。
ルイズとキュルケによる言い合いは、ワルドによって収められていた。
キュルケは、早速ワルドに対して猛アピールをしていたが、婚約者がいるからと相手にされることはなかった。
「デイダラ〜!いつまで上にいるの〜?降りてきて〜!あたしが旅の疲れを癒してあげるわよ〜!」
キュルケは、何事もなかったかのように今度はデイダラに言い寄り始めた。
その変わり身の早さはもはや称賛に値するかもしれない。
ひとまず、山道まで高度を下げよう。タバサにそう提案し、シルフィードは軽やかに地面に舞い降りた。
そうしている内に、ギーシュが襲ってきた男達の尋問を終わらせてやって来る。
「子爵、あいつらはただの物盗りだと言っています」
「ふむ、ならば捨て置き先を急ごう」
言いながら、ワルドはグリフォンの元へと歩いていく。
「今日はラ・ロシェールに一泊して、明日の朝一番の便でアルビオンに渡るとしようか」
颯爽とルイズを抱きかかえ、ヒラリとグリフォンに跨ると、ワルドは一行にそう告げた。
道もそんなに広くないため、ギーシュとデイダラはタバサとキュルケと同様にシルフィードの背に乗り、ひとまとまりになって移動する。
きゃあきゃあと楽しそうに騒ぐキュルケの声を聞き流し、デイダラは背後の山道で倒れる物盗り達の方に視線を移す。
(ギーシュはああ言っていたが、本当のところ、怪しいもんだ。こっちの動きはもう勘付かれたと見ていいだろうな、うん)
早い話が、デイダラは彼らをただの物盗りとは思っていなかった。彼らの面構えや手慣れた奇襲など、熟練の傭兵を思わせたのだ。
だが、雑魚には用がないという意味では、デイダラも自称物盗り達を捨て置くということに異存はなかった。
デイダラの心中にあるのは、ただひとつ。自身の芸術忍術に相応しい相手が現れてくれるかどうかである。芸術家故に、デイダラは常に刺激を求めているのだ。
再び正面に視線を戻せば、両脇を峡谷で挟まれたラ・ロシェールの街灯りが、怪しく輝いていた。
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港町ラ・ロシェールは、アルビオンへの玄関口と呼ばれる小さな街である。人口はおよそ三百程だが、アルビオンへと行き来する人々により、常にその十倍以上の人間が街を闊歩している。
狭い山道を挟むようにしてそそり立つ崖の一枚岩を穿って、旅籠や商店が並んでいる。土系統のスクウェアメイジによる巧みな技により、立ち並ぶ建物の一軒一軒は同じ岩から削り出されているのである。
一行は、そんなラ・ロシェールで一番上等な宿である『女神の杵』亭に泊まることにした。
早々と夕食を済ませ、ルイズとワルドは『桟橋』へ乗船の交渉に行っていた。残ったメンバーは女神の杵亭の一階にある酒場でくつろぎながらそれを待っている状態だ。
女神の杵亭は、貴族を相手にする宿なだけはあり、酒場スペースもかなり豪華な造りで、身なりの良い格好をした貴族達で賑わっていた。
「なるほど、アルビオンってのは『空に浮かぶ国』だったのか……。空を飛ぶ船といい、なかなか芸術性も高そうだ。ますますこの世界が好きになってきたぜ…うん」
「って、本当に知らなかったのかい。呆れたものだ……!じ、冗談!冗談だよ!だからそんなおっかない顔で睨まないでくれたまえ…!」
そんな中、多少周囲からは浮いた格好のデイダラ達は、デイダラの要望により、ルイズ達を待つ間にアルビオンについての解説をしていた。
白の国、アルビオン王国。
地上三千メートルの高さに位置する浮遊大陸であり、大陸の下半分が白い雲で覆われている国。『白の国』とはそういう事象によってつけられたアルビオンの通称なのである。
基本的に、アルビオンへと渡る為にはラ・ロシェールの空飛ぶ船に乗るしかないそうだ。
「空に浮かぶ国、白の国、浮遊大陸アルビオン…、さらに空飛ぶ船ときたか…。はやく見てみたいもんだぜ。うん」
「ああ、ワクワクしてるデイダラって可愛いわ〜」
「ハルケギニアでアルビオンと言えば、浮遊大陸として有名だと思うんだけどなぁ…」
未だ見ぬ異界の地に思いを馳せるデイダラ。
そんなデイダラを見て、ポッと頰を染めるキュルケ。
ぶつぶつと文句を呟くのはギーシュである。
ちなみに、タバサは次々と運ばれてくる料理といまだに格闘を続けていた。
しばらくした後に、桟橋へ乗船の交渉に行っていたルイズとワルドが戻って来た。
その苦い表情からして、芳しい結果は得られなかったようだ。
「アルビオンに渡る船は、明後日にならないと出ないそうだ」
席に着くと、ワルドは困ったように話を切り出した。
彼の隣の席に着いたルイズも「急ぎの任務なのに…」と口を尖らせている。
「なんで明日は船が出せないんだ?」
「明日の夜は月が重なるだろう?『スヴェル』の月夜だ。その翌朝が、アルビオンが最もラ・ロシェールに近づく日なんだそうだ」
もし先んじて出発すれば、燃料である『風石』が足りない為、到着前に地面に落っこちてしまうらしい。
「風石ってのはなんだ?…うん?」
「『風』の魔法力を蓄えた石のことさ。船はそれで宙に浮かぶんだ」
「本当に何も知らないな、君は「ああん?」ウソウソ、冗談。だから胸ぐらを掴まないで…!」
学習しないギーシュは、ほとんど癖のようにキザったらしく言い、デイダラを怒らせる。
そんなデイダラを宥めつつ、ワルドが今日はもう休もうと言い、鍵束をテーブルの上に置いた。
「キュルケとタバサで相部屋、ギーシュとデイダラで相部屋だ」
さっきまでデイダラに胸ぐらを掴まれていたギーシュは顔を青くさせる。
「そして僕とルイズで相部屋だ」
ルイズがハッとしてワルドの方を見る。キュルケやギーシュもギョッとしたように驚いていた。
「婚約者だからな、当然だろう?」
「そんな、ダメよ!まだ、私達結婚してるわけじゃないじゃない!」
まだ早いと断るルイズに、しかしワルドは首を振ってルイズを見つめた。
「大事な話があるんだ。二人きりで話したい」
そう言うと、ワルドはルイズの手を取り席を立つ。
ルイズは流されるがままに、ワルドと共にデイダラ達の元から離れていった。
「ったく。ルイズもルイズだが、旦那も旦那で呑気なもんだぜ…うん」
「いいのかいデイダラ?ワルド子爵にルイズをとられてしまうぞ」
「あら、デイダラにはあたしがいるから良いのよ。ねー、デイダラ?」
去っていったワルド達に対して、呆れたように呟くデイダラに、挟み込むような形でギーシュとキュルケが話しかけてくる。
「喧しいぞ、恋愛脳共。お前ら、無駄口叩く暇があるんなら、ちょっとは周りを警戒しとけ。うん」
そんな二人の言葉を一蹴し、デイダラは一応ギーシュ達に忠告する。
だが、ギーシュはともかくとして、半ば無理矢理途中参加したキュルケとタバサは、デイダラ達がどんな任務でアルビオンを目指しているのかすら分からないのだ。
「だーって。あたし達、なんの任務なのか知らされてないんだものー」
案の定、キュルケは口を尖らせてぶーたれる。彼女は、ただデイダラと絡みたいだけであった。
はぁー、と深い溜め息を吐くデイダラ。これだからガキのお守りは嫌なんだ、と言いたげであった。
「まぁまぁ。とりあえず、僕達も部屋に行って休もうじゃないか。いつまでもここで喋ってばかりじゃあ店に迷惑だしね」
「……ギーシュ。あんたも、たまにはまともな事言うのね」
「…意外」
「失敬だな君達!僕だって、たまにはまともな事くらい言うさ!」
失礼だな!と、腹を立てるギーシュの提案により、ひとまず各自部屋で休むことになった。
「……ん?」
席を立ち、部屋のある二階へと続く階段へ向かっていると、ふと、デイダラが酒場の出入り口の方に視線を向ける。何か、違和感を感じたのだ。
正装した貴族達に混じって、黒いローブに身を包み、目深くフードをかぶった者が外へ出ていくところを目撃した。
別段、気にする必要もないことではある。フードで顔を隠していたのは怪しいかもしれないが、このハルケギニアではローブは広く普及されたものであり、平民だろうと貴族だろうとよく着る衣服である。
だが、とデイダラは考える。そうして、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、くるりと踵を返す。
「デイダラ?」
「どうしたんだい?」
「……?」
「お前ら、先に部屋に行って休んでな。オイラは少し、散歩でもしてくるからよ…うん」
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峡谷に挟まれたラ・ロシェールは、例え昼間であろうとその街並みは薄暗い。夜深い現在は、わずかな街灯によって照らされるのみである。
そんな暗い街並みの中。狭い裏通りの奥深く、さらに狭い路地裏の一角に、はね扉のついた居酒屋があった。
看板に『金の酒樽亭』と書かれたその居酒屋は、一見するとただの廃屋にしか見えない程に小汚い。その客層も、傭兵やならず者といった面々である。女神の杵亭とは真逆の客層であった。
だが、彼らも今は景気が良いのか店の中は満員御礼で、貴族に負けず劣らずの羽振りの良さで騒ぎまくっていた。
そんな小汚い店に、はね扉を開け、一人の女が現れた。黒いローブに身を包んだその女は、先ほど女神の杵亭から出てきた者だった。
そっと目深かにかぶっていたフードをとる。それは、チェルノボーグの監獄から脱獄した土くれのフーケであった。
「おう、姐さん!どこ行ってたんだい?」
「姐さん!こっち来て一緒に飲みましょーぜ!」
フーケが店に入って来たことに気づくと、傭兵達は口々に声をかける。
「騒ぐんじゃないよ、能天気共…!先遣隊が既にやられてんだ。ちっとは気を引き締めな…!」
へらへらと笑いながら酒を浴びるように飲む傭兵達に、フーケが一喝する。
「だけどよ姐さん。あいつら『威嚇』のみって命令だったんだぜ?確かに、逃げ遅れたのは間抜けだったと思うがね」
「そうそう。威嚇任務じゃなけりゃとっくに始末できてたろうさ。たかだかガキの貴族数人なんだ」
「そうさ!オレ達の敵じゃないですぜ、姐さん!」
しかし傭兵達は、フーケの一喝を一蹴すると、再び声高々と騒ぎ始める。完全に相手を舐めきっている感じだ。
「ったく。これだから金で動く奴らってのは……。まぁいい、それより『あいつ』はどこ行ったんだい?」
傭兵達に呆れたフーケは、首を振って話題を変える。『あいつ』と、フーケは三人称だけで尋ねる。だが、傭兵達はそれで通じたらしい。
「ああ、『白仮面の旦那』なら、さっき外に出てったとこですぜ」
それだけ聞くと、フーケは「そうかい」と返事をして、さっさと店の外に出ていこうとする。
「なんだよ姐さん、飲んでかないのか?」
「悪いが、今は気分じゃない。それに、私はあんたらみたいに相手を舐めるつもりはないんでね」
それだけ言うと、フーケは再びはね扉を開けて金の酒樽亭を後にする。
店の外に出て狭い裏通りを進むと、フーケに声がかけられる。
「どこに行くのだ『マチルダ』よ。襲撃は明日の夜だぞ?」
「……あんたを探してたんだよ」
フーケは、苦々しい顔で声のした方へ振り返る。
白い仮面に黒いマント姿の男が、そこに立っていた。
「それより、いい加減その名で呼ぶのはやめてもらえないかい。もう逃げる気なんてないんだからさ」
「……ふん。どうだかな。よっぽどあの連中が怖いらしいな、土くれのフーケ」
腕を組んでフーケを見据える白仮面の男。
彼こそが、フーケを牢獄から逃がし、金の酒樽亭に溢れていた傭兵達を雇い、ルイズ達を襲わせた張本人なのである。
牢獄から解放してもらった手前、フーケにとっては恩人とも言える人物なのだが、彼女は手放しで喜べないでいた。
「当然さね。仮にも私のゴーレムを討ち破った連中を相手どるってのに、こちらのカードはあの能天気な傭兵共だけだ…。不安になってもおかしくないだろう」
牢獄からの解放条件として、フーケはこの男の言いなりに、ルイズ達を襲わなくてはならなくなったのだ。
襲撃に加担するか、殺されるかの二択だ。フーケはノーとは言えなかった。
正直フーケは、二度とルイズ達には会いたくはなかった。自分の錬金を討ち破ったルイズもそうだが、特にその使い魔の男。次に会ったらどうなるか、フーケには分からなかった。
せっかく逃げ延び、助かったのだ。自分を待つ者達を残しているフーケは、生きて帰りたかったのだ。
「ふむ、確かにお前の言い分にも一理あるだろう。正直、先の奇襲で傷もつけられないとは思っていなかった。なるほど、流石は土くれのフーケを破っただけはある」
「………」
フーケの論にわずかに肯定してみせる白仮面の男。フーケは、多少期待を込めた視線を向けるが、男は首を振って最後には否定の意を示す。
「だが、作戦は予定通り実行する。なに、俺や貴様が手を組めば問題あるまい。それに、仕留めずとも奴らを分散させれば十分だ」
もはや言うだけ無駄だろう。なんとかこの状況から退きたいフーケは、しかし諦めの溜め息を吐く。
「……分かったよ」
溜め息を吐きながら、フーケは呟いた。こうなっては仕方がない。腹をくくり、せめて明日に備えてもう休もう。
そう、フーケが思った時だった。
「面白い話をしているな…うん」
突然、背後から耳元で声をかけられる。
「ッ!!」
「なにィ…!」
フーケと、白仮面の男は揃って驚きの声を上げる。
背後で声をかけてきたのは、ルイズの使い魔のデイダラであった。
こんな所に現れたこともそうだが、それよりも、自分のすぐ耳元で声をかけられる距離まで、気配を感じさせずに接近されたことが何よりの驚異であった。
「くっ!」
フーケと白仮面の男は、共に飛び退き距離をとる。
メイジにとって、間合いを詰められることは圧倒的に不利な状況だ。こうして飛び退く事は、なんの間違いもない最優の判断だ。
フーケはわずかに一、二歩の距離。白仮面の男は大きく跳躍する。これは、二人の身体能力や実戦経験の差によるものだ。
だが、今回ばかりはこの『差』が二人の命運を分けた。
「貴様はッ!……なに!?」
跳躍しながら叫ぶ白仮面の男は、自分の肩にぴょこんとくっつく白い蜘蛛の存在に気がついた。
そして、気づいた次の瞬間。
白仮面の男の視界は、爆発に包まれる。
「ん?なんだ、ありゃ?」
爆発を受けた男が上半身を吹き飛ばされたと思ったら、残った下半身が霞のように消えてゆく光景が、デイダラの目に映った。
「おいデル公。なんだ、今のは?」
デイダラは、背中に背負うデルフリンガーに尋ねる。わずかに鞘から刃を出して、デルフリンガーが答える。
「ありゃあ、おそらく風系統魔法の『偏在』だな。要は分身ってやつさ。本体は別にいるってことだね」
「なるほどな。この世界の魔法とやらにも、分身をつくるだけの能力はあるって事か…うん」
デルフリンガーの回答に頷くデイダラ。会話はそれで打ち止めたつもりだったが、デルフリンガーはなおも口を開く。
「それよりも、相棒。てぇしたもんだねホント。淀みなく、無駄のない手順だったぜ。そんな訳で、せっかくだからこの俺様をちゃんと使ってみるってのはどうだーー」
「喧しい。うん」
カチン、とデルフリンガーはしっかりと鞘に収められる。それだけでデルフリンガーは、すぐに物言わぬ剣となった。
そして、デイダラはすぐ側のフーケに視線を向ける。
「オイラの聞いた情報とはだいぶ違ってたな。確か、チェルノボーグってとこの監獄にブチ込まれたって聞いてたぜ?土くれのフーケ…うん?」
「くそッ…!」
話しかけてくるデイダラに、フーケは悪態を吐くことしかできなかった。
自分の肩口に張り付く爆弾蜘蛛を見るに、白仮面の男同様に、デイダラから距離を離していたら自分も同じ末路を辿っていたのだろう。
それに次ぐ第二手として、現在は地中から這い出た白い巨大ムカデにフーケは腕ごと体を巻き取られ、身動きを封じられていた。
おそらく、これも爆弾なのだろう。どうにかしようにも、杖は地面へ落としてしまっていた。
(甘く見てた…!まさかここまでの実力とは…!)
フーケとて、警戒していなかった訳ではない。目の前の男の醸し出す雰囲気から、只者ではないということは理解していた。
「……なぜ、ここが分かった?」
フーケは職業柄、諜報や侵入には自信があった。今回も女神の杵亭での動向調査は、細心の注意を払って行ったつもりだった。それ故の疑問。
「お前、確かに泥棒ってだけあって息を潜めるのが上手い方だったな。だが、あの場は頂けねぇ。ああいう大勢の人間で溢れる場所ってのは、息を潜めちゃあかえって目立つ。コツは周りに溶け込むように、自然体でいることだぜ…うん」
オレ達『忍』は、間諜と切っても切れない関係だ。お前はまだまだ半人前だったな、とデイダラはフーケを嘲り笑う。
デイダラは、諜報能力ですらフーケを上回っていたようだ。
『忍』という存在が何なのか、フーケには分からなかったが、自分のこれからの末路は簡単に想像がついた為、フーケは顔を蒼白させる。
「…さて、さっきの男の本体はどこにいる?お前らの企みってのを教えて貰おうか…うん?」
「誰が……ッ!?」
急にフーケの体を縛るムカデの力が強くなる。フーケは痛みに顔を歪ませた。
「ああ、別に喋ってくれなくてもいいぜ?どんな状況になろうとも、柔軟な発想でそれを対処する。それこそが、芸術家としてのセンスを磨く事に通じるんだからな…うん」
言いながら、デイダラはフーケから数歩距離をとると、袖口から手を出して印を結ぶ。
痛みに顔を歪ませながら、フーケは目を見開く。
「じゃあな」
そうして、辺りに爆音がこだました。
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「ルイズ、この任務が終わったら、僕と結婚しよう」
「………え」
ワルドからの、突然のプロポーズに、ルイズはハッと驚きを見せた。
ルイズとワルドにあてがわれた部屋で、二人はさっきまで昔の思い出話に花を咲かせていたのだ。
段々と話に熱を帯びせていくワルドに、ルイズも予感がなかった訳ではない。大事な話があると切り出されていたのだし、「君には昔から誰にもない魅力を放っていた」などとも言われていたのだ。
だが、いざこうして目の前にすると、何を言えばいいのか分からなくなってしまう。
「僕は魔法衛士隊の隊長で終わるつもりはない。いずれは、国を……、このハルケギニアを動かすような貴族になりたいと思っている」
ルイズは、なおも熱く語り続けるワルドに視線をやる。お酒が入って、勢いで口走っている訳ではない。ワルドの目は真剣であった。
ワルドの気持ちを受けて、ルイズは考える。果たして、自分はこのプロポーズを受けるべきなのか…。
ワルドの事はキライではない。昔の憧れの人だったのだ、当然だろう。
だが、何故だかルイズの頭には、デイダラのことが浮かんできたのだ。
自分は、果たしてワルドと結婚しても、デイダラを使い魔として側に置いておくのだろうか?
なぜか、それはできないような気がした。これが、言葉を交わせぬ動物だったのなら、こんなに悩まなくても済んだはずなのにと、ルイズは思う。
もし、あの、異世界から来た芸術バカをほっぽり出したら、どうなるだろうか?
キュルケか、それとも妙にデイダラの世話を焼きたがる、厨房のメイドとか……。誰かが面倒を見るのかもしれない。
ルイズは、なぜだかそれが気に食わない。そんなのやだ、と思ってしまう。
デイダラは、野蛮な言動で碌に言うことも聞かない、芸術芸術と口うるさい男だけれど、初めて『ゼロ』の自分を認めてくれた。他の誰でもない、ルイズの使い魔なのだ。
「あのね、ワルド」
そうしてルイズは、ワルドに断りの返事をしようと口を開きかける。今の状態では、とても結婚などできそうにないと思ったからだ。
だが、それはーー
部屋の外から、耳をつんざくような爆発音が響き渡り、遮られてしまう。
「!!」
「な、なんだ!?」
突然の爆音に、ワルドがいち早く声を上げる。
「外からだわ…!」
ルイズも席から立ち上がり、事態を分析しようとする。そして、ひとつの可能性に辿り着く。
「もしかして……、デイダラ?」
そう思い至ると、ルイズは勢い良く部屋から飛び出した。
女神の杵亭から飛び出したルイズとワルドは、爆音のした方向へ走り出す。
途中で、再び爆音が二度ほど鳴り響き、音の発信源を突き止める。結構離れた場所であったが、二人は止まらず走り続ける。
そうして、ルイズ達はとある路地裏から姿を現したデイダラと鉢合わせる。
「ん?なんだ、ルイズじゃねーか。どうした、そんなに慌てて。何してんだ?」
「何してんだって…、あんたこそーーッ!」
何してんのよ、とルイズは言うつもりだった。
だが、デイダラの背後の惨状を目にして、ルイズは言葉を失う。
肉片が、辺り一面に飛び散っていた。見事なまでに、バラバラであった。
それが人のものだと気づいた瞬間、ルイズは胃の中から何かが込み上げてくる感じがした。
「……うッ!」
サッと口に手を当てるルイズ。その顔色は、一気に青ざめてしまっていた。
「……ここで何があったんだい?」
「土くれのフーケと、白い仮面の男がオレ達を襲う計画を立てていた。どっちも仕留めたが、仮面の男は分身だった。さっさとこの街を離れねーと、すぐにまた襲われるぜ…うん」
すぐにアルビオンへ出発した方がいいと言うデイダラ。
ワルドは、デイダラの言い分を抑え、なんとかあと一日を待とうと説得する。例え空飛ぶ竜や鳥を創ろうと、貴族派の船に見つかれば危険だというのが理由だ。港の船に乗るのも、自分達の身を貴族派から隠すのが狙いだと言うワルド。
だが、ルイズの耳には、そんな二人の会話など入ってこなかった。
土くれのフーケ、つまりミス・ロングビル。仮の姿だったとは言え、見知った顔がその肉片の正体だと思ったら、ルイズはもう込み上げてくるものを我慢できなかった。
「……大丈夫かい、ルイズ」
「なんてザマだよ、ルイズ。うん」
ルイズは、ワルドに背中をさすられる。幾分か落ち着いたら、ルイズは思わずデイダラを睨みつけてしまう。
「デイダラ…あんたは、自分の爆発がどういうものか分かってるんでしょ?ただの人が、それをまともに受けたらどうなるかくらいーー」
「それがどうしたよルイズ。オイラの芸術を身をもって教えてやってんだ。これがオイラの本懐だぜ…うん」
こともなげに言い放つデイダラに、ルイズはわずかに後ずさる。
今まで、何とか考えないようにしてきた。何とか見ないようにしてきた。
しかし、今日。ついにルイズは目撃してしまった。分かってしまった。
デイダラは、明らかに自分とは住む世界が違うのだと。
ワルドは、放心するルイズの肩に手を置く。
しかし、それでもルイズの反応は薄い。
「ルイズ。君にはまだ、刺激が強すぎたようだね。無理もない。……彼女は、土くれのフーケは死んだのかい?」
「見ての通りだぜ、うん」
「……愚問だったな」
ワルドは、放心するルイズを抱き上げると、デイダラに背を向ける。
「今回は危険を未然に防いでくれたんだ。君には礼を言うが、少しは僕のルイズに気を配ってくれ」
仮にも君は、彼女の使い魔なのだろう。そう言って、ワルドは女神の杵亭へと戻っていく。
「………。………」
デイダラは、そんなワルドに何かを言おうとしたが、何かに気がつき、それが何なのか分からないといった様子で、ただ自分の手を見つめる。
「なんだってんだ。クソが…」
デイダラの独白は、夜の闇に静かに消えていった。