ゼロの使い魔は芸術家   作:パッショーネ

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お久しぶりでございます。
ひっそりと続きを投稿致します。





22,暗雲

 

 

 

 

 

 

 

月明かりが雲に覆われているラ・ロシェールは、山間の町なだけあって普段よりも一層闇の色濃い夜となる。

 

通常であれば人も街も寝静まる頃であるが、港町であるこのラ・ロシェールの夜は長い。建ち並ぶ酒場から漏れる喧騒は、まだまだとどまる所を知らない。

 

そうした喧々たる宴をあげる輩は、大抵が隣国から流れて来た傭兵達である。今はアルビオンが戦時ということもあって、ラ・ロシェールには馬鹿騒ぎをするような者達が集まりやすくなっているのだ。戦場を渡り歩いてきた疲れを癒す為、彼らは今日も酒を喰らう。

 

 

そうした陽気な雰囲気を感じさせる彼らだったが、一部の傭兵達、それも『金の酒樽亭』に入り浸っていた者達は現在、大凡そんな雰囲気とは無縁の空気を纏わりつかせていた。

 

 

「さて、他に逃げ出そうとかぬかす腰抜け野郎はいないかな?」

「……ッ」

 

 

傭兵達は、息を呑んで立ち尽くすしかなかった。

今、彼らの目の前では、白仮面の男が杖を抜いて立ちはだかっている。黒塗りの杖には風の力が纏われており、鋭い剣のようになっていた。

 

そして、その足元には血を流して倒れ伏す三人の男がいた。白仮面の男に雇われた同じ傭兵仲間である。彼らは、先の爆発騒ぎで身を竦ませてしまい、ついさっき逃げ出そうと店を飛び出したところであったのだ。

 

しかし、タイミングが悪かった。

 

彼らははね扉を押し退けて出て行った直後、断末魔の叫びと共に店の中へ吹き飛ばされ戻ってきたのだ。もちろんやったのは白仮面の男である。

正直、今立ち尽くしている傭兵達の中には、先の三人に続くつもりであった者達が多い。この仕事は割に合わない。命の危険を感じたから…。だがーーー

 

 

「…貴様ら、能天気な呑んだくれ共のクセに危機察知能力だけは一丁前だな。だが、一番始めに俺が言った事を忘れたのか?

俺は、なまっちょろい王様とは違う。逃げたらば殺すと、そう言ったよな…?」

 

「…ッ!」

 

白仮面の男に威圧され、傭兵達は身震いする。

 

彼らは、もともとアルビオンの王党派に雇われていたのだが、戦況が劣勢になった途端、逃げ出してきた一派だったのだ。

しかし、それは人命を慮る王党派だったからこそ可能だったこと。今、目の前の男に対して、もはや彼らに退路はないのである。

 

 

 

大金に目が眩んだ。いや、見誤ったのだろう。自分達の受けた仕事の危険性を。年かさの傭兵は内心でひとりごちた。

 

貴族のガキを数人シメるだけで大金が手に入る。最初はそう気楽に考えていた。

渓谷で奇襲が失敗したと聞いた時も、深刻には捉えなかった。メイジだと言っても、相手は学生なのだ。それは、奇襲した者達が手ぬるかったのだろうと。

 

だが、先の爆発騒ぎで考えを改めた。いや、改めざるを得なかった。

始めに爆音が響いた時、仲間が二名ほど様子を見に行った。その後もまた爆音が立て続けに響いた時、言い知れぬ恐怖に身を襲われた。

 

躊躇った後、意を決して全員で爆発があったであろう現場に向かってみたが、すでに全てが終わった後であった。

爆心地の中、見覚えのあるものを見つけた。仲間が身に付けていたであろう衣服や装備品の残骸。フーケが纏っていたローブや白仮面の男が持っていた黒塗りの杖。

 

それはつまり、トライアングルクラスのメイジをも圧倒する存在が敵側にいるという事であり、傭兵達の戦意が喪失するには十分すぎる理由であったーーー。

 

 

「…おいお前、聞いているのか?」

「………ハッ!」

白仮面の男の声に、年かさの傭兵はハッと我に返る。命を諦め、呆然とし過ぎていた様だ。話が全く耳に入っていなかった。

 

「そういう訳で、貴様らにもう一度チャンスを与えてやる。しっかり仕事を全うしろ」

 

どうやら、すぐに命をとられる訳ではなさそうだ。だが、それはつまりあの土くれのフーケを倒した者と戦わなくてはならないということではないか。

 

「ま、待ってくれ…! 土くれのフーケを、トライアングルメイジを殺せる様な奴となんて、俺は戦いたくねぇぞ!」

 

年かさの傭兵は、思わず懇願するように叫んでしまっていた。

すでに、渓谷で奇襲を仕掛けたメンバーも合流しており、年かさの傭兵は、彼らから襲撃時の話を聞いていたのだ。妙な爆発物を使う男がいたという事だった。爆発騒ぎを起こした張本人なのだろう。

その敵の存在を認識してしまったら、もう限界だった。口が勝手に戦いたくないと叫んでしまっていた。

 

彼は、ここで白仮面の男に歯向かえばどうなるか、などという思考までもが止まってしまっていたのだ。

 

それを受けて、白仮面の男は深い溜息を吐く。

当然、それを見て年かさの傭兵は不安を覚えてしまう。思わず「な、なんだよ…?」と尋ねる。

 

「いや、馬鹿の相手は疲れると思っただけだ。

いいか、もう一度言うぞ。貴様らは明日の日没までに、このラ・ロシェールに集まっている傭兵共を全て集めて来い。もう全員纏めて雇う事にした」

土くれのフーケがいなくなってしまった以上、その穴埋めをするには数に頼るしかなかったのだ。

 

だが、それを聞いて年かさの傭兵はギョッとした。ラ・ロシェールに集まる傭兵を全て。それはもう尋常ではない。

 

(個人を相手に、戦争でも仕掛けるつもりなのか、この男は…)

続けて白仮面の男は言う。

 

「全ての傭兵を集め雇い終わったら、貴様らはその傭兵共とともに女神の杵亭へと向かえ。貴族のガキ共が貴様らの相手だ」

相手の数を分断させ、一気に叩くのだ。

白仮面の男の言葉に、年かさの傭兵はひとまず胸をなで下ろす思いだった。

 

しかし、そうなると件の爆発男はどうするのか。当然の疑問が頭をよぎる。

それに答えたのは、なおも話し続ける白仮面の男だった。

 

 

「土くれのフーケを倒した、爆弾野郎は……『俺』がやる」

 

 

 

 

 

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翌日。

デイダラが爆発で敵を派手に撃退したというのに、港町ラ・ロシェールは普段と変わりなく時間が過ぎ去っていた。

 

すでに日は傾き始め、空は夕焼けに染まり始めている。

女神の杵亭の屋上から眺めれば、なかなかの景観である。

 

「……改めて見ると、なかなか芸術的な眺めだな、この町も。いっぺん爆破させてみてもいいか?…うん?」

「いいわけねだろ…。なぁ相棒よ。お前さん、なんか機嫌悪くなってねーか?」

「バカ言ってんじゃねーよデル公。オイラは至って冷静だ…うん」

「青筋立てて言っても説得力ねーぜ…」

 

宿の屋上で、そんな会話を繰り広げているのは、デイダラとデルフリンガーである。

 

デイダラは屋上の縁に片膝を立てて座り夕日を見ていた。その表情は、デルフリンガーの言うようにどこか不機嫌な面持ちであった。

 

 

「………」

デイダラは右手で粘土を捏ながら思いを巡らせる。己の機嫌が悪い原因に思い当たる節は、あるにはあった。

 

(たしか昨日の夜の戦闘後、ルイズが駆けつけてからだ。妙に萎縮してたルイズを、ワルドの奴が庇った時…。あん時の、ルイズのツラを見てたら、何だか…)

 

そこまで考え、デイダラは捏ねていた粘土を力一杯握り締める。鳥型に模してきていた粘土がグシャリと音を立てて飛び散ってしまった。

 

「そんな筈はねぇ…。このオイラが、そんな気の迷いを持つ筈がねぇ…!」

「うおっ、何だよ相棒。急に怒鳴るなよ」

突然声を荒げたデイダラをデルフリンガーは驚いて嗜めるが、デイダラはそれどころではない様子だ。

 

彼はひとつの結論に達した。だが、それはデイダラにとって到底許容できる事ではなかったのだ。

 

 

「ははーん、さては相棒。今貴族の娘っ子の事でも考えてたんじゃねーのか? いやぁ、舞踏会で二人して踊るし、なかなかお熱いこってーーー」

「あぁん⁉︎」

「何でもないです。ごめんなさいすみません」

藪蛇であったデルフリンガーは、デイダラに睨まれ即座に早口で謝り倒した。

 

「別にそんなんじゃねー…! オイラの崇高な芸術を見せてやったってのに、情けねーツラ見せやがるあいつに失望してただけだ!」

「ああ、さいですか、はい」

そうして声を荒げていると、デイダラは背後から近づいてくる一人の気配に気がついた。

 

 

「やあ。探したよ、使い魔くん」

やって来たのは、ルイズの婚約者であるワルド子爵であった。

ワルドの、使い魔呼びが気に入らなかったのか、デイダラは眉根を寄せた。首を横に回しワルドを睨む。

 

「何の用だ、ワルドの旦那。船での出発は明日の朝の予定だろ?」

「そうだね。つまりまだ、それだけ時間があるという事さ」

「?」

ワルドの考えが読めず、デイダラは「どういうことだ?」と問うた。

 

しかし、ワルドから返ってきたのはデイダラの問いへの返答ではなかった。

 

「きみは伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」

「…なに?」

デイダラは予見していなかった言葉が出てきたことで、ワルドの方へ向き直った。

 

「おまけに、きみは異世界から来たそうじゃないか。全く、昨日の事といい、きみは本当に興味が尽きないな」

「………」

妙にわけ知り顔になっているワルドを、デイダラは警戒するように見つめる。

すると、ワルドは釈明するように語り出した。

 

「きみが異世界からやって来たというのは、昨日グリフォンの上でルイズから聞いた事だ。ガンダールヴについては、きみの左手のルーンを見て、ふと思い至ってね」

歴史には詳しい方なのさ、とワルドは得意気に説明する。

 

その言葉を信じれば、なるほど一応筋道はしっかりしている。

最も、デイダラにとってそれらの情報は、漏れてしまってもさして問題ない事なので、大した感慨もなかったのだが…。

 

「話が見えねーぜ。つまり旦那は、何しにここへ来たんだ?…うん?」

「つまりは、これさ」

言いながら、ワルドは腰に差した魔法の杖を引き抜いた。

 

デイダラは、ようやくワルドの魂胆が見えてきた。

 

「……おもしれェ」

「相手にとって不足なしだろう。きみも、どうやら好戦的な性格の様で良かったよ」

デイダラとワルドは、互いに向かい合ってにやりと笑った。

 

 

つまり、ワルドはデイダラの実力を肌で感じてみたかったのだ。ガンダールヴの力を。これから共に任務に挑む者の力を。

そして、デイダラはデイダラで、学院で会った時からワルドと戦ってみたかったのだ。また、単純に今がとても機嫌が悪いので、その鬱憤を晴らすのに都合がよかったという事もあった。

 

 

「今ここでやんのかい?」

「まさか…。この宿は昔、アルビオンからの侵攻に備える為の砦だったんだよ。中庭に練兵場がある」

ついてきたまえ。ワルドがそう言い背を向けると、デイダラは自分の手のひらに目を落とす。クチャクチャと音を立てて粘土を喰らう手のひらの口を見てから、不敵な笑みを浮かべてワルドの背について行った。

 

 

 

 

 

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女神の杵亭、その中庭。

そこには、かつての栄華を感じさせぬ、苔むした練兵場があった。樽や空箱が積まれ、今やただの物置き場へと成り下がってしまっているが、決闘をするには十分な広さが残されていた。

 

デイダラとワルドは、そんな練兵場の中央で二十歩ほどの距離をとって向かい合っていた。

 

「昔……、と言ってもきみには分からんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、ここでよく貴族が決闘したものさ」

「?」

お互いに向かい合っていると、唐突にワルドが語り出した。

 

「古き良き時代、王がまだ力を持ち、貴族達がそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代……、名誉と誇りをかけて僕達貴族は魔法を唱えあった。でも、実際はくだらない事で杖を抜きあったものさ。そう、例えば女を取り合ったりね」

「つまんねー御託はその辺にしときな旦那。日もだいぶ落ちてきたし、もう始めようぜ…うん」

 

無駄に時間を稼ぐような素振りを見せるワルドに、デイダラが決闘の開始を促すと、ワルドはそれを左手で制した。

 

「なんだ?」

「立ち会いには、それなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」

デイダラは「介添え人?」と疑問に思ったが、ワルドが予め呼んでいたと言う介添え人とやらを見て、ハッとした顔になる。

 

「デイダラ…!」

現れたのはルイズであった。ルイズも、ここにデイダラがいるとは知らされていなかった様子で、同様にハッとした表情を浮かべていた。

 

「ワルド。来いって言うから来てみれば、何をする気なの?」

「彼の実力を、ちょっと試してみたくなってね」

「!? …バカな事はやめて。今は、そんな事をしている時じゃないでしょう?」

「分かっている。でも、貴族というヤツは厄介でね。相手ははたして、自分よりも強いのか弱いのか、それが気になるともう、どうにもならなくなってしまうのさ」

 

ルイズは絶句した。ワルドにかける言葉が出てこなかった。ルイズからすれば、ワルドのこの行為は狂っているとしか思えなかったのだ。

 

昨夜の時点で、ルイズはデイダラの実力よりも揺るぎないものがあると実感してしまっていた。それはつまり、敵への容赦の無さである。

彼は一切の躊躇もなく、相手の命を摘み取れるのだという事を、知ってしまった。

 

そんな男を相手に決闘を挑むなど、ルイズには考えられない事であったのだ。

 

 

「…デイダラ、やめなさい。これは命令よ」

ルイズは、説得の相手をワルドからデイダラに切り替える。声をかけながら、ルイズは昨夜から一言もデイダラと話をしていなかったなと思った。

 

「こりゃあワルドの方からけしかけてきた事だぜ。それに、また改めてお前にオイラの芸術を見せる良い機会だろ…うん」

「なっ…!」

デイダラも、やめる気はない様子であった。いや、それよりも聞き捨てならない事を口走っていなかったか。

 

「ちょっと待ちなさいデイダラ! あんた、爆弾を使うつもりなの…⁉︎」

「当然だ。オイラは爆発をこよなく愛する芸術家だからな…うん」

デイダラは得意気に言っているが、ルイズはそれどころではなかった。ついに顔を蒼白させる。

 

デイダラの相手はワルドである。魔法衛士隊の隊長である。普通であれば、万が一にも彼が傷つくなんていう事は起こり得ないだろう。

だが、相手がデイダラというだけで、それがあっさり覆りそうな気がしたのだ。

 

「ダメよ、デイダラ…! 今回に限り、爆弾の使用を禁止するわ!」

「…ああ!?」

デイダラが不服そうな声を上げる。彼にしてみれば、当然の事である。

 

だが、それでも今のルイズの精神衛生上、そうする事が彼女にとって最善であったのだ。

 

「今回だけよ。いいじゃない、その背中の剣でも使うといいわ」

「ふざけんじゃねー!そんな事、オイラが認める訳がーーー」

 

「いいじゃないか。ガンダールヴは武器を自在に使いこなす力を持つという。その力の程を、僕も見てみたいと思っていた」

 

「はぁ!?」

デイダラの言を遮り、ルイズの肩を持つ様にワルドが言い出した。

なおも不服だと言う声を上げるデイダラだったが、それを聞き届けずにワルドは杖を引き抜いた。

 

 

「さて、介添え人も来た事だし、始めるとしよう…!」

「てめぇ…!」

ワルドは、自身のレイピアを模して作られた軍杖でデイダラに素早く斬りかかろうとする。

それに対し、デイダラは右腕を横薙ぎに振るい、右手のひらの口から複数の起爆粘土を直接吐き出させた。

 

「喝ッ!!」

デイダラが印を結ぶ。

複数の小さな蜘蛛型の起爆粘土が、デイダラとワルドの間で炸裂弾の様に爆発する。

 

「くっ!」

堪らずワルドは距離をとる。デイダラも突然のワルドの先制攻撃を前に、一旦後ろへ跳躍する。

 

 

「ちょっとデイダラ!爆弾は無しって言ったでしょ!」

「……チッ」

後退しながら、デイダラはルイズの言に舌打ちをする。

 

 

「さぁ、主人は剣での決闘をご所望の様子だ。使い魔として、期待に応えてやらないとなぁ」

「てめぇワルド。はじめからコレを狙ってやがったのか…!」

「…さてね。僕はどちらでも良かったが、ルイズの希望には応えようと思ってね」

恨めし気に言うデイダラを、ワルドは涼しい顔で受け流す。

 

「まぁ、きみ本来の力での戦いは『また』の機会にとっておいて、今はこの決闘を楽しもうじゃないか…!!」

「!!」

言うや否や、ワルドは忍もかくやというような速さで切りかかって来た。

 

(速いな…うん)

左右から連続で繰り出された横薙ぎの払いを、デイダラは少しずつ後退しながら躱していく。

 

二、三回程の横薙ぎをデイダラに躱された後、ワルドは杖を構え直し、突き技に攻撃を切り替えた。

風切り音を置いていく、驚異的な速さでの突きのラッシュであった。

 

 

「デル・イル・ソル・ラ・ウィンデ……」

(こいつ…!)

 

なおもワルドの攻撃を避け続けるデイダラだったが、時折小さな呟き声が聞こえてくる事に気づいた。

 

閃光のような突きを繰り出しながら、ワルドは小さな声で呟く。そして、それが魔法の詠唱だとデイダラが気づいた時…。

 

 

「エア・ハンマー!!」

 

 

ワルドの魔法が発動していた。

見えない空気の巨大な槌が、横殴りにして吹き飛ばそうとデイダラを襲うーーー!!

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

一方その頃。

キュルケとタバサ、ギーシュの三人は、女神の杵亭の一階の酒場で酒盛りをしているところであった。

アルビオンへの出発を明日に控え、最後に思い残す事のないようにドンチャン騒ぎをしようというのだ。騒いでいるのは主にギーシュであったが、それでも皆楽しそうに酒を飲んでいた。

 

「そういえばデイダラとルイズは〜? 折角のお酒も、一緒に飲んでるのがこんなキザ男となんて、お酒が不味くなっちゃうわ」

「ちょい待ったぁ!ちょっと言い過ぎじゃないかいそれはぁ…!僕だってねぇ、やる時はやるんだよ!」

「………」

 

三者三様。キュルケとタバサ、ギーシュの三人は、それぞれのペースで酒を飲み進めていた。

三人での会話は、キュルケが聞き役になってギーシュが学院でのグチをこぼしたり、キュルケがギーシュをからかったり、といった具合だ。タバサはたまに小さな声で相槌を打つくらいで、基本的には読書をしている。

 

 

そうして、三人が賑やかな時を過ごしていると、突然店の明かりが投擲剣で全て消されてしまう。

 

「!!」

「これは…!」

「な、なんだなんだぁ⁉︎ …うわっぷ‼︎」

 

瞬時に事態を把握したタバサが、自身の節くれだった等身大の杖で、素早くテーブルを横向きに倒した。

するとキュルケは、すぐに隣で慌てふためくギーシュの首根っこを掴んで、テーブルの陰に隠れる。酒など、一瞬にして体から抜けていった様子だ。

 

 

そのすぐ後、店の中は大混乱となってしまった。

闇に紛れて、傭兵の一隊が女神の杵亭に襲いかかって来たのだ。彼らは一斉に矢を放ち、店の中を問答無用に攻撃していく。

 

ギーシュ達の他に酒盛りをしていた客達は、皆我れ先にといった具合に逃げ出していくか、カウンターの下で震えて蹲っていた。

 

「参ったわね。結構数が多そうよ」

「多勢に無勢」

「うーむ、なんて状況だ…。僕はここで死ぬのかな、どうなのかな。死んだら姫殿下とモンモランシーには会えなくなってしまうかな…」

どうやら、今この酒場で戦えそうな貴族は自分達以外には居なさそうだった。

 

 

そんな中、この酒場の店主が投げられていた投擲剣を投げ返して反撃しようと立ち上がっていた。

 

「わしの店が何をしたァ!!」

しかし、それが逆に傭兵達に狙われる要因となってしまい、腕に矢を受け返り討ちにされてしまった。

 

 

「今…!」

「アイアイサー!」

 

店主が傭兵達を引きつけた事で生まれた一瞬の隙を突いて、タバサが反撃の合図を送る。

 

「ウインド・ブレイク」

「ファイアー・ボール…!」

 

予め呪文を唱えていたタバサとキュルケは、テーブルの陰から立ち上がると、魔法を解き放った。

 

店の玄関口から突入していた傭兵の一隊は、不意の反撃で一目散に逃げ出した。

 

「やったぁ!さっすがタバサ!」

キュルケは傭兵達を追い返せたと確信したのか、タバサに労りの言葉をかけようとした。

 

その時ーーー。

 

 

酒場の玄関周りの壁が豪快な爆発音とともに崩れ去ってしまった。

 

 

「はい……?」

「こ、この数は……!」

 

酒場の入り口が吹き飛び、正面口が吹きさらしになった事で、ギーシュ達は敵の全容を把握する。

見渡す限り、傭兵・傭兵・傭兵。

まるで、ラ・ロシェール中の傭兵が束になってかかってきている様であった。

 

すぐさま矢が飛んできたので、キュルケとタバサは再びテーブルの陰に身を隠した。

 

「……流石にあの数相手じゃ、精神力が無くなる方が早そうね」

「ど、どうすればいいんだ〜…!」

ギーシュは思わず泣き言を言ってしまう。それを見てキュルケは「しゃんとしなさいよ」と呆れ気味に呟いていた。

だが、キュルケもこの状況には頭を抱えたいところだった。

 

敵の傭兵達は、緒戦でキュルケ達の魔法の射程を見極めると、その射程外から矢を射かけてきたのだ。おまけに、今では玄関もすっかり吹きさらしになってしまっているので、先ほどよりも多くの矢が飛んでくるようにもなってしまっていた。

 

「どうする、タバサ。あっちは結構メイジ慣れしてるみたいよ。このままじゃ、こっちはちびちびとしか魔法で反撃できないわよ」

そうなると、相手は精神力が切れたところを見計らって突撃して来るだろう。ジリ貧であった。

 

「……援軍が必要」

キュルケに問われ、タバサが小さく答えた。妥当な案であるが、この状況ではメイジが一人二人増えたところであまり変わりない筈だ。

 

理想を言えば、身を隠しながら攻撃する事ができて、いっぺんに多くの敵を纏めて倒せる様な奴が必要なのだ。そんなメイジ、そうそういるわけが…。

ギーシュはそう考えていたが、すぐに例外の人物に思い至り、声を上げた。

 

 

「「デイダラ!!」」

 

ギーシュとキュルケは声が重なり合ってしまった。同じ事を考えていたのだろう。どうやらタバサも同じ考えだった様であり、コクンと頷いていた。

 

「そうと決まれば話は早い。僕が彼を呼んで来よう!」

「…ん〜。面目無いけど、この状況じゃあしょうがないわね」

「援護する。行って…」

 

意を決したギーシュが、盾代わりにしていたテーブルから勢い良く飛び出て行く。

ギーシュは、テーブルの代わりに一体のワルキューレを盾にして背中を守らせる。それでも受けもらした矢は、タバサが風の防御壁を張って防ぐ事で、ギーシュは無事に酒場から抜け出す事ができた。

 

 

「……ギーシュの奴、ちゃんとデイダラ連れてきて来れるのかしら?」

「大丈夫……たぶん」

少し不安気な二人であったが、今はギーシュを信じるしかない。

 

彼がデイダラを呼んで来るまで、自分達は何としてもこの場を持ち堪えなくては。

キュルケとタバサは、再び正面の傭兵達に意識を傾けた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「やった!抜けられたぞ!」

矢の雨の中を潜り抜け、なんとかギーシュは宿の中へ飛び込む事ができた。

 

しかし、宿の中を走りながら、ギーシュははたと気づいた。デイダラが今どこにいるのか、さっぱり知らなかったという事を。

 

 

「………」

ピタリ、とその場に立ち尽くすギーシュだったが、再び弾けた様に駆け出した。

彼に残された手は、もはやひとつしかなかったのだ。

 

 

 

「で、デイダラぁーー!!助けてくれーー!!」

 

宿の中にデイダラが居ると信じて、ギーシュは大声を上げながら走り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 


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