ゼロの使い魔は芸術家   作:パッショーネ

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続きです。なんなりとお読み下さい…。




26,決意の後押し

 

 

 

 

雲の切れ間を縫うように、黒塗りの船は空の海を走りゆく。その様はまるで、朝霧の中で帆影を瞬かせる不気味な賊船のようであった。

 

事実、その船は賊船ではあった。だが、より正確に言えば、黒塗りの船『イーグル号』は、アルビオン王国軍王党派が空賊に扮するためにカモフラージュした偽りの空賊船である。

全ては、反乱軍貴族派の目を欺き、その補給路を絶つための戦略であったのだ。

 

今、ルイズ達は、ウェールズの持つアンリエッタの手紙を受け取るために、手紙を保管してあるというニューカッスルの城まで、向かっているところである。

 

「見えてきたな。あれがニューカッスルの城だ」

 

ウェールズが指さす先には、アルビオン大陸から突き出た岬があった。その突端には、高い城がそびえている。

 

目的の手紙が目前へと近づいてきたことで、ルイズは胸に手をあて、小さく息を吐き出す。

 

空賊に襲われる、という形ではあったが、アルビオンへと向かう航海の途中で、目的のウェールズ皇太子に出会えたことは、改めて思うが、まさに僥倖であった。お陰で、自分達はそのままウェールズに伴って件の手紙へと目指せているのだ。

 

「おい、ウェールズ。なんで城まで真っ直ぐ進まねぇんだ?」

「あれを見てくれたまえ…。叛徒どもの、艦さ」

 

不躾な物言いで問いかけるデイダラに対し、ウェールズは非難めいた色を見せずに、爽やかに答えてくれる。

ルイズは、思わずワナワナと肩を震わせてしまう。

 

「あ、ああああんた…!いくら皇太子様が気にされていないからって、もう少し礼儀をわきまえなさいよ、もう…!」

 

傍から見ていただけで、ルイズは寿命が縮みそうだった。

 

 

ニューカッスルの城のさらに上方を、ウェールズは指し示していた。その先には、“巨大”としか形容できない禍々しい巨艦がゆっくり降下しているところであった。

その巨艦は、イーグル号には気づいていない。雲に隠れるように航海していたので、上手くやり過ごしていたのだ。

 

「あれはかつて、我が国の艦隊旗艦であった『ロイヤル・ソヴリン号』だ。叛徒どもが手中に収めてからは『レキシントン号』と名を変えている」

 

レキシントンとは、貴族派が初めて王党派から勝利をもぎとった戦地の名だそうだ。よっぽど名誉に感じているらしい。

そうこうしていると、レキシントン号は並んだ砲門を一斉に開く。

 

次の瞬間。空気が揺れ、耳をつんざくような斉射の咆哮が、イーグル号まで伝わってきた。砲弾は城に着弾し、城壁を砕き、小さな火災を発生させた。

 

「…あの程度で墜ちる城ではない。だが、あの忌々しい艦は、空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに嫌がらせのように城に大砲をぶっ放していく」

 

因縁の艦であるそれが存在しているため、自分達は迂回路を通らなくてはならないらしい。

両舷合わせて備砲は百八門あり、おまけに竜騎兵まで積んでいるという化物軍艦に、イーグル号では太刀打ちできないとのことだ。

 

「ハッ。 随分追い詰められてるみてーだな、ウェールズ」

「そうだな…。すでに覆せない戦力差が開いてしまっている。いやはや、情けない限りだよ」

「気にするなよ。最期にひと花咲かせるんだろ?いいじゃねぇか、それでよ…うん」

 

本来ならば、すごく気が滅入るであろう話を、デイダラがこうもあっけらかんと喋るものだから、傍から話を聞いていたルイズは、どんな顔をしていいのか分からなくなってしまっていた。怒ればいいのか悲しめばいいのか…。

 

そもそも、何故自分の使い魔は、あんなにウェールズ皇太子と気さくに話しているのだろうか…。

それは、まぁ…明白ではあったのだが…。

 

ルイズは額を押さえながら、わずか数時間前へと記憶を遡らせる。

なんてことはない。ただ、難物な芸術家が、新たな理解者を得たというだけの話である。

 

 

……

………

 

 

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ。アルビオン王国へようこそ、大使殿。さて、御用の向きを伺おうか」

 

あまりのことに、ルイズは口がきけなくなってしまっていた。ぼけっと呆けたように立ち尽くす。当然だ。いきなり目的の王子が現れたのだ。心の準備ができていないルイズには、無理な話であった。

 

だが、そんな心の準備など必要なく、すっぱりと目の前の状況に順応できる人物がいた。

 

先に断っておくが、ワルドではない。彼は何やら興味深そうにウェールズを見つめるのみであり、まだ事の成り行きを見極めるつもりのようだった。

 

それでは、そんな適応力を持った人物は誰になるのか。何を隠そう、勿論デイダラである。

 

 

「なんでい。お前が目的の王子様だってのかァ?…うん?」

「ちょっ…!?」

 

我に帰るのが遅かった。ルイズの制止の声は、当然のようにデイダラには届かなかった。

 

「なんだ貴様!無礼であるぞ!」

「そうだ!貴様、こちらに御座す方がウェールズ皇太子殿下だと知って尚、そのような物言いをするか!」

 

案の定、御付きの衛士と思われる貴族達がまくし立て始めてしまった。

ちなみに、衛士達は皆、ウェールズが正体を明かすと同時に、同様に変装を解いていた。皆、立派な近衛兵であった。

 

「こら、よさないか」

 

すぐにウェールズが衛士達を諌める。話に聞いた通りの温和な性格だと、ルイズは場にそぐわない呑気なことを考えていた。そんな中で、デイダラは再び火に油を注いでいた。

 

「へっ。お前らは勝手に納得できたんだか知らねーがな。こっちはまだ、お前らが本当に王党派の連中なのかどーか、確証を持ったわけじゃないんだよ…うん」

 

敵意が無いことを証明したいんなら、まず粘土と杖を返しな。と、デイダラはウェールズに要求した。

 

怒気を含んだ表情を見せる衛士達だったが、ウェールズが手を挙げることで彼らのざわつきを素早く抑える。

 

「まあ、妥当な判断だね。……ふむ。それでは、今度はこちらが信用して貰えるように証拠をお見せしようか」

 

ルイズとワルドの魔法の杖とデイダラの粘土が入ったバッグを、側に控えさせていた衛士に返却させると、ウェールズはルイズの方へと近づいていく。

スルリと、自身の薬指に嵌めていた指輪を手に取ると、ウェールズはルイズに尋ねる。

 

「きみが嵌めている指輪は、アンリエッタの持っていた“水のルビー”だ。そうだね?」

「は、はい…」

 

ウェールズが自身の指輪をルイズの手の指輪に近づけると、二つの宝石は共鳴し合い、虹色の光を振りまいた。

彼の持つ指輪は、アルビオン王家に伝わる“風のルビー”だそうで、“水”と“風”が合わさり作られる虹の光は、まさに王家の証明であったのだ。

 

「大変、失礼をば致しました…!」

「………ふん」

 

深く頭を下げるルイズを余所に、デイダラはつまらなさそうである。もう一波乱を期待でもしていたのだろうか。

ルイズは「あんたも頭を下げなさいよ」と小声で言うが、デイダラは明後日の方に顔を背けてしまった。

 

「随分と手厳しい御仁のようだね。大使殿の護衛役といったところかな」

「あの…、彼はわたしの使い魔でございます」

 

デイダラを使い魔と紹介したところ、ウェールズは「なんと…!」と声を上げた。

 

「人が使い魔とは珍しい。我が親衛隊をこうも簡単にいなして見せるとは、腕前の方もなかなかのものなのだろう。……はて、しかし彼は先程自らを芸術家だと言っていたが?」

 

どうやらウェールズは、デイダラが使い魔に足る実力の持ち主だと感じたようだが、直前に彼の言った“芸術家”発言が気になるようだった。

それに対し、真っ先に答えたのは、またしてもデイダラである。

 

「よくぞ聞いてくれたな!そうだ。オイラは“一瞬の美”を追求する芸術家だ!お前は真の芸術の美しさを知っているか?…うん?」

「……“一瞬の美”?」

 

制止の声は届きそうにない。こうなったデイダラを止める方法は、彼を召喚してから今日に至ってもルイズには分からなかった。

話に熱を持った以上、冷めるのを待つしかないのだが、今、ウェールズ皇太子を前にして、無礼があってはならない。何としてでも止めたいのがルイズの気持ちであった。

 

「ちょっとデイダラ!それ以上はーー」

「とても興味深い響きだね、それは。是非、この僕に見せて頂きたいのだが」

 

終わったーー。

ウェールズから、さらなる燃料を補給されたデイダラは、もはやルイズでは止められそうにない。

 

「いいぜ、とくと見ろよ。オイラの芸術はな…」

 

手のひらの口から作られた起爆粘土製の鳥を、ウェールズへと放つデイダラ。

小さな鳥は、ウェールズの眼前まで迫ると、大きく旋回し、ディナーテーブルの中程でその身を跡形も無く爆ぜさせた。

 

「……ッ!!」

「!」

「“爆発”だァ!!」

 

目の前を飛んでいた愛らしいデザインの小鳥が、一瞬のうちに爆発し、消失してしまった。

ウェールズは、爆発によって巻き起きた風圧に耐えながら、しっかりとその光景を目の当たりにした。

 

そして、ウェールズがその光景に呆気にとられている間に、一人の衛士が剣に手をかけ、動き出していた。

 

「貴様!ウェールズ皇太子にーーッ!」

 

不届き者に向かって、鞘から剣を抜き放とうと踏み込んでいた衛士は、デイダラから新たに放たれた物体に目を奪われた。

 

それは蛇である。白い粘土製でできたそれは、衛士の持つ剣に鞘ごと巻き付く形で動きを止めた。

 

先の光景を見ていた衛士は、すぐにその蛇がただの蛇ではないと悟ると、剣を手放し、回避行動に移った。

 

「“喝”…!!」

「くッ……!?」

 

瞬間。衛士の持っていた刀剣は、起爆粘土製の蛇の爆発により、原型を留めずに爆散してしまった。

 

衛士の持っていたその剣は、決してなまくらなどではなかっただろう。恐らく、そのことを良く知っていたウェールズは、再度、目を見開いて驚きの表情を見せていた。

 

「どうだ!これがオイラの究める芸術だ!どんな素晴らしい造形物も、一瞬のうちに儚く散っていく…まさにアートだ! そしてそれは、作品の出来が美しければ美しい程、より芸術の高みへと昇華される。その瞬間に魅せる最後の煌めきにこそ、オイラはアートを…最上の美しさを感じてならない!うん!」

 

どんどん語気を強めていくデイダラは、ルイズやウェールズなどを余所に、高らかに宣言する。

 

芸術は爆発なのだ、と。

 

 

「………ぷッ!くく…はっはっはっは!」

「……?」

 

恐る恐ると、ルイズはウェールズを窺った。己の使い魔がやらかしてしまった事態を、どう収拾するべきか考えていると、突然ウェールズは笑い出してしまったのだ。

 

「おいテメー、なに笑ってやがる!」

「いやいや、失敬。一瞬の美、とはまた…。我が意を得たりとはまさにこの事だと思ってね」

 

怪訝な顔を見せてしまったルイズだが、それも仕方のないことだろう。次にウェールズは、ルイズが驚愕する一言を放ったのだから。

 

「私は、きみの持つ芸術観にひどく共感するよ。事ここに至っては、惜しみない賞賛を与えたい程さ」

「!!」

 

ルイズは耳を疑った。思いもよらない事態である。

ウェールズ皇太子が空賊に扮し、目の前に現れただけにとどまらず、まさか、難解極めるデイダラの芸術観に共感を覚えるとは…!

 

「!! そうだろう、そうだろう!話が分かるじゃねーか。そうさ、芸術は一瞬の美だ!うん!」

「アルビオン王国を代表して、私は貴殿のような稀有な芸術家を歓迎するよ」

 

なんだなんだ?どうしたことか。

ルイズは、この超展開にもう着いていくことができない。

 

「オイラはデイダラだ」

「改めて、僕はウェールズだ」

 

かたく握手を交わす二人を見ながら、ルイズは心の中でぼやきをこぼす。

 

(なんか二人だけで自己紹介とか始めてるし…)

 

このまま、周りの人など放って置いて、二人だけで語らい始めそうな雰囲気であったが、そこで、今までずっと傍観していたワルドが、ようやく口を開いた。

 

「失礼、殿下。誠に恐縮ですが、お話をもとに戻してもよろしいでしょうか?」

「おっと、そうであったな。して、きみ達の用件とは何だったか…?」

 

ワルドは話の軌道修正を図った。ルイズでさえ、本題を忘れ、危うく流されるところであった。

 

「大変申し遅れましたが、我らはアンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」

 

すかさず、ワルドが優雅に頭を下げて言う。

デイダラはすでにウェールズと名を交わしていたので、ワルドは自らと、大使の任を預かったルイズの紹介を先に済ませる。

 

「ふむ。して、その密書とやらは…?」

「…こちらに、殿下」

 

ワルドから言を引き継ぐ形で、ルイズは前に出ると、胸のポケットからアンリエッタからの手紙を取り出し、それをウェールズへ手渡した。

 

ウェールズは、愛おしそうにその手紙を見つめると、花押に接吻した。それから慎重に中の便箋を取り出し、真剣な顔で手紙を読み始めた。

 

その様が、とても物憂げなようにルイズの目には映り、ある確信が芽生えた。

 

「姫は、結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従妹は」

 

仔細を知りたがるウェールズに、ルイズは無言で頷くことで、肯定の意を表した。

 

「そうか」と呟くと、ウェールズは再び手紙に視線を落とす。そうして最後の一行まで読むと、彼は微笑んだ。

 

「了解した。姫は、あの手紙を返してほしいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」

 

不安が表情に滲んでいたルイズは、ウェールズの一言でパッと顔を輝かせた。

 

「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。大切な姫の手紙を、空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね。……そうだ、きみ達のこともできる限りもてなしたい。是非、このままニューカッスルまでお越し願いたい」

 

 

………

……

 

 

あれから、デイダラとウェールズ皇太子の打ち解けようは凄かった。まだ三時間余りしか経っていないというのに、ウェールズ皇太子は、もしや自分よりもデイダラと仲良くなっているのではないかと疑う程だ。

 

(ん、それは何故か納得できない。なんでだろ…?)

 

うーん、と頭を捻らすルイズであったが、答えは出なかった。

とりあえず、今は他に考えるべきことが沢山ある為だろうと、自分に言い聞かせておく。

 

そして、イーグル号が雲中を通って大陸の下をしばらく航海していると、頭上に黒々と穴が開いている部分に出た。そこがニューカッスルへの秘密の入り口であったのだ。

 

「微速上昇」

「微速上昇、アイ・サー」

 

ウェールズの命令で、水兵達はきびきびと船を操り、イーグル号はゆるゆると頭上の穴に向かって上昇していく。イーグル号の航海士が乗り込んだマリー・ガラント号も後に続いていった。

 

穴に沿って上昇していると、頭上に明かりが見えてきた。眩い光を突き抜けていくと、巨大な鍾乳洞の中に辿り着いていた。ここがニューカッスルの秘密の港である。

 

(姫さまの手紙まで、あと少し…)

 

ルイズはひとり、胸元に置いた手をきゅっと握り締めていた。

 

 

 

 

 

➖➖➖➖➖➖➖➖➖

 

 

 

 

 

「これが姫から頂いた手紙だ。この通り、確かに返却したぞ」

「ありがとうございます…」

ルイズは、深々と頭を下げると、その手紙を受け取った。手紙は、何度も繰り返し読まれていたのか、とてもボロボロになっていた。

 

ルイズは今、ウェールズと二人で彼の居室にいた。デイダラとワルドの姿はない。彼の部屋にいるのは、アンリエッタから大使の大任を預かったルイズだけである。

 

城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、戦時の為に私財を投げ売りでもしたのか、とても王子の部屋とは思えない程、質素な部屋であった。

 

ウェールズは、ルイズに手紙を手渡すと、それが入っていた小さな宝箱の蓋を閉める。その宝箱の内蓋に、アンリエッタの肖像が描かれていることに、ルイズは気がついていた。

 

「明日の朝、非戦闘員を乗せて、イーグル号がここを発つ。きみ達もそれに乗って、トリステインに帰りなさい」

「………あの、殿下」

 

ルイズは決心して、口を開いた。聞きたいことがあったのだ。

先程、港での一幕で、ルイズは聞き捨てならない言葉を、ウェールズの口から聞いていたのだ。

 

 

港に着いた直後、今回の航海での戦果を、ウェールズは出迎えてくれた忠臣達と喜び合っていた。

『大量の硫黄を手に入れた』

『火の秘薬ではないですか』

『これで我々の名誉は守られる』

 

……雲行きが怪しくなってきていたとは聞いていた。戦争はもう起きてしまっているのだ、仕方がない。だが、それでも五体満足なウェールズ本人を目にして、少し気が緩んでいたのは確かだろう。

だから、ルイズはその言葉を聞いた時、その気の緩みを、一瞬にして引き伸ばされたような、嫌な感覚を味わっていた。

 

『これで、王家の誇りと名誉を叛徒どもに示しつつ、“敗北”することができるだろう』

 

その言葉を口にしていたウェールズ皇太子の顔には、数時間前に見せていた憂いの気配など、微塵も感じさせていなかったのだ…。

 

 

「殿下は……王軍に、勝ち目はないのですか?」

 

躊躇いがちに、それでもルイズは、しっかりと言葉に出して尋ねた。

だが、ウェールズは至極あっさりと答える。「ないよ」と。

 

「我が軍は三百。敵軍は五万。万に一つの可能性もあり得ない。我々にできることは、勇敢な死に様を、連中に見せつけることだけだ」

「殿下の…討ち死にされる様も、その中には含まれるのですか?」

「当然だ。…だが、私もただで死んでやるつもりはないがね」

 

ルイズは、俯いていた顔をゆっくりと上げて、ウェールズを見ようとしたが、また顔を背けてしまった。

何となくだが、今その顔を見てしまえば、悟ってしまいそうだったのだ。“覚悟は決まっている”と、そう言外に伝わってくる気がした。

 

「恐れながら、殿下に申し上げたいことがございます」

「なんなりと、申してみよ」

 

俯く顔はそのままに。失礼を承知ではあったが、今のルイズは顔を上げることができなかった。

 

そのまま、ルイズは震える声でウェールズに問いかけた。ずっと膨れ上がっていた、ある確信を。

 

つまりは、アンリエッタとウェールズが恋仲であったのではないかという確信を。

ルイズの元にやって来たアンリエッタも、手紙を受け取った際のウェールズも、そう思わせるだけの空気を纏っていた。それだけわかれば、今受け取った手紙の内容にだって簡単に思い至ることができる。

 

「きみは、従妹のアンリエッタと、この私が恋仲であったと言いたいのかね?」

 

微笑みながら問いかけるウェールズに、ルイズは頷くことで返答した。

それを受けてウェールズは、困ったような、悩んだような仕草をした後に、言った。

 

「そうだ、きみが想像している通りさ。この手紙は恋文だ。これがゲルマニアの皇帝の手に渡っては、まずいことになるだろう」

 

手紙の文面には、アンリエッタが始祖ブリミルの名において、永久の愛をウェールズに誓っていることが書かれている。それが白日の下に晒されるとなれば、ゲルマニアの皇帝との婚姻は破棄され、トリステインは一国でアルビオン貴族派と戦わなくてはならなくなる。

 

そう。これから言うお願いは、恐らく聞き届けられないだろう。それだけ、世情がそれを許さないだろう。

だが、それでもルイズは言わずにはいられない。なぜなら、アンリエッタとウェールズが恋仲であったと、知ってしまったのだから。

 

「殿下、亡命なされませ!わたし達と共に、トリステインにいらして下さいませ、殿下!」

 

勢いよく顔を上げ、熱っぽい口調でルイズは、ウェールズに訴えかける。その目には涙が溜まっていた。

ウェールズは笑みを浮かべながら「それはできんよ」と答えるが、ルイズはそれでは引けないのだ。今、この場で、アンリエッタの気持ちを伝えることができるのは、自分しかいないのだから。

 

幼馴染であったルイズには、分かるのだ。アンリエッタの気性を、アンリエッタの愛を。

ウェールズへと手渡した、先の手紙にはきっと、彼の亡命を願う一文が書かれているはずなのだ。

 

「そのようなことは、一行も書かれてはいない」

「殿下!」

 

ルイズは、思わずウェールズに詰め寄った。

ウェールズの決意が、果てしなく堅いのを見てとった。

 

彼は、アンリエッタを庇っているのだ。王女である彼女が、自分の都合を国の大事に優先させるような、情に流される女ではないと言っているのだ。

もう、説得しても無駄だと悟ってしまった。

 

「きみは正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直で、真っ直ぐで、いい目をしている」

 

ルイズは寂しそうに俯いて、優しい王子の声を聞く。そのように正直者では、大使は務まらないよと言っていた。

 

「しかし」とウェールズははにかむと、頬をかいた。

 

「亡国への大使には適任であったな。明日に滅ぶ政府は、誰よりも正直だからね。なぜなら、名誉を守る以外に何もないのだから」

 

そんな悲しそうなウェールズを見て、ルイズは再び俯いてしまう。

 

「さて、そろそろパーティの時間だ。きみ達は、我らが王国が迎える最後の客だ。あの使い魔の彼にも、礼を言っておきたいところだ。みんなで是非出席してほしい」

「……あの、なぜそこまでデイダラ…わたしの使い魔と親しくなさっているのですか?」

 

俯いていたところに、デイダラの名を出されたので、ルイズは尋ねてみることにした。

ウェールズは口元に笑みを携えて、嬉しそうに答える。

 

「背中を押してくれたから、かな。彼は自分が誇る芸術観で、僕に自信を持って良いということを、教えてくれたのだ」

「!!」

 

なんということだ…。それでは、まるで…。

この王子の決意の堅さは、わたしの使い魔が仕上げたみたいではないか…!

 

 

(姫さまに、どう顔向けしたらいいのよ…)

 

ルイズは、呆然とした面持ちで部屋を出る。

その目に溜めていた涙が一雫、ついにはルイズの頬を伝っていた。

 

 

 

 

 





本当は、この辺駆け足に描写して、2章の決戦前夜まで書こうと思ったのですが、文字数が自分の許容を超えてしまいそうだったので、ここで一旦切りました。一話に一万字以上は個人的に疲れると思うので…。
はよー、早く2章決戦書きたいなー。ジャンプキャラなんやからバトらせてナンボでしょーよ、まったく!


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