ゼロの使い魔は芸術家   作:パッショーネ

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5,デイダラの美学

 

 

 

 

 

 

 

本塔最上階。そこには、トリステイン魔法学院のトップである学院長の執務室がある。

今日も今日とて、学院長であるオールド・オスマンは、膨大な書類を前に、忙しそうに執務に追われる、なんてことはなく、のんびりと水パイプを吸いながら、自身の秘書と世間話を楽しんでいた。

 

 

「今年度も何事もなく、無事に新学期が始まったのう。ミス・ロングビル」

「えぇ、何よりです」

「学院長としてこれ以上のことはない…」

 

オールド・オスマンの秘書、ロングビルは、のんびりとしているオスマンとは違い、忙しそうに事務を執っていた。

さらにロングビルは、片手間に杖を一振りし、オスマンの水パイプを魔法で取り上げた。

 

「おぉ、ミス・ロングビル。年寄りの楽しみを取らんでくれ」

「健康管理も秘書の務めです」

「やれやれ、年寄りにとっての楽しみは数少ないものだというのに」

 

そう言いながら、オスマンは不自然にロングビルに近づいていき、堂々と彼女の尻を触り始めた。

 

「お尻を触るのをやめて下さい」

「はぅわッ」

ロングビルは、尻を触っていた手を摘まみ上げ、ピシャリと言い放った。

 

「ほへ、ほへ、ほへーっと」

「都合が悪くなったらボケたフリをするのもやめて下さい」

さらにロングビルに指摘され、オスマンはたまらず話を逸らした。

 

「そう言えば、昨日、二年生の使い魔の召喚があったようじゃな」

それを受けてロングビルは、小声で「クソじじいが…」と悪態付いた。

 

「ええ。ですが一人だけ、変わった使い魔を召喚した生徒がいるみたいで。たしか…」

「うむ、例のヴァリエールの家の三女か。さてさて、使い魔とは永遠の僕であり、友である。ミス・ヴァリエールの使い魔はどうなのじゃろうな…」

 

 

「チュー、チュー」

オスマンが珍しく真面目な様子でいたと思ったら、突然白ネズミが現れ、オスマンの元までやってきた。

 

「おぉ、我が使い魔モートソグニルよ。お前とも長い付き合いじゃな。…おぉそうか、白か。純白とな」

「……っ!!」

事態を悟ったロングビルは自分の脚を閉じたが、時既に遅し。

 

「ん〜、ミス・ロングビルは白より黒の方が似合いそうなのじゃが。お主もそう思わんか?」

「オールド・オスマン!次やったら王室に報告しますよ…!」

立ち上がり、抗議するロングビルに対し、オスマンは飄々とした物言いを続けた。

 

 

「たかが下着を覗かれたくらいでカッカしなさんな。そんな風だから婚期を逃すんじゃ」

 

 

 

プッツン。

 

 

 

「痛い痛い。もうしない、もう言わない。お願い、許して」

先程のオスマンの発言に青筋を立てたロングビルは、オスマンを張っ倒し、ゲシゲシと蹴り続けていた。

ちょうどその時、講義室の方から大きな爆発音が響いた。

 

 

「……今の音は、例のヴァリエールの三女か」

「恐らくは。でもなんで…。今は授業中ですし、彼女に魔法を使わせる様なことは…、あっ」

 

そこまで言って、ロングビルは今学期から二年生に土属性の授業を教えることになったシュヴルーズに、ルイズのことを伝えるのを忘れていたことを思い出した。

 

 

「んー?どうしたのかね、ミス・ロングビル」

「オ、オホホホホ。いえ、特に。あら申し訳ありません。少し、失礼します〜」

ロングビルは、少し苦しい言い訳をして学院長室から出て行った。

 

 

 

「やれやれ。彼女も魔法を失敗するだけで、使えない訳ではないんだがのう」

一人残されたオスマンは、件のルイズのことを思い浮かべ、ひとりごちた。

 

 

 

 

 

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シュヴルーズの授業を受けていた二年生徒達は、授業を行なっていた当の本人が気絶してしまったということで、残りの時間は別室で自習ということになってしまっていた。

 

 

シュヴルーズは他の教師達が医務室へ運んで行き、その際にルイズには罰として、爆発によって破壊され、無茶苦茶になってしまった教室の掃除を言い渡されていた。

恐らく、午前中の授業はすべて掃除の時間となってしまうだろう。それだけ、この教室は酷い有り様だった。

 

 

 

 

(錬金用の石がカケラも見当たらない、木っ端微塵だ。その他、教卓とかは瓦礫に紛れて、部分部分は確認できるな…うん)

 

ルイズが錬金の魔法を使った爆心地で、デイダラは爆発の威力を検分していた。

 

 

「ちょっとー、アンタも掃除手伝いなさいよ。私の使い魔でしょ」

声をかけられ、後ろを振り向くと、ルイズが煤で汚れてしまった机を拭きながらこっちをジト目で睨みつけていた。

 

「わーったよ。この辺の瓦礫はオレが片付けてやるよ、うん」

そう返事をして、掃除の手伝いを始めるデイダラ。

 

 

 

 

「……これで分かったでしょ。私の二つ名の由来」

無言だったのに耐えかねたのか、何か言ってほしかったのか、ルイズは小さな声で話しかけてきた。

 

「あぁ、よく分かったぜルイズ。お前の実力ってやつをな、うん」

「……なんで⁉︎ねぇなんでなの⁉︎なんで私だけ、こうも魔法ができないの…⁉︎」

 

 

ルイズは掃除する手を止め、俯いて涙を零す。まるで気持ちまでもが爆発したように、次々と感情を言葉に変え、はき出していく。

 

「何を唱えたって爆発ばっかり!私はメイジなのに、貴族なのに!魔法が使えない…!座学なんて、いくら身につけたって、いくら試験で満点とったって、何も変わらない…!」

 

そう。自分はメイジなのに、貴族なのに、魔法が使えない。

家族にも認めてもらえてない。学校のみんなにも認めてもらえてない。だから『ゼロ』と呼ばれる。

 

 

本来ならば、ルイズはここまで感情を吐露することなどなかったであろうが、不本意にも使い魔という形で、自分にとって身近に感じられる存在が現れたことで、少し自分の弱さが出てしまったのである。

 

要するに、メイジだ貴族だと気負ってはいるが、ルイズも結局のところは、ただの16歳の少女ということである。

 

 

 

そんなルイズの感情の吐露を受けて、デイダラはーーー。

 

 

 

(め、面倒くせ〜〜。初めて見たが、これが女の激情ってやつか?面倒くさ過ぎて手に負えないんだが……うん)

 

 

 

この上なくウンザリした様子であったーーー。

 

 

(オイラの仕事にゃガキのお守りなんて入ってねぇよな〜、うん)

と、考えるデイダラ。しかし、ルイズの能力について多少の興味が出てしまったデイダラは、いささか不本意ではあるが、とりあえず慰めてやることにした。

 

 

「……お前の今の心情なんて、オイラにはどうでもいいがな、少なくともお前はちゃんと魔法とやらを使えているじゃねぇか、うん」

「………どこがよ。今さっきだって爆発しちゃったじゃない…」

顔を上げ、涙目のまま弱々しくデイダラを睨み付けるルイズ。

 

 

「お前は失敗するだけで魔法が発動していない訳じゃねーだろ?ただの平民には爆発を起こす事さえできないんだろうしよ、うん」

何より、と続けて

 

 

「オイラを召喚したってことがその証拠だろ?」

「………あっ」

 

 

気づいていなかった、といった風にルイズは意図せず零す。

 

 

「そっか、そうよね。アンタは私が召喚した使い魔だもんね…」

なんだ、成功してるじゃない。と、ルイズは分かっていた筈なのに気づいていなかった事実を受容した。

 

そうだ。平民の使い魔であれ、ちゃんと魔法は成功しているのだ。ならばいつか、他の魔法だってちゃんと使えるようになるはず。自分の両親や姉達のように、立派に魔法が使える、立派なメイジになれるはずである。と、ルイズは前向きに考えられるようになっていった。

 

普段は意地っ張りな性格が災いして、あまり礼など言えないルイズだが、今回ばかりは言わなければと思い、口を開きかけた。

 

 

「……あのっ、ありがーー」

「まぁそれはそれでいいとして、ここからが本題なんだがな」

「ーーとう……。えっ?」

 

 

なんと、ここでデイダラは二の句を継いで、ここからが本題だ、と続けた。

 

「お前の失敗魔法とやら、現状でもとても良いもんだと思うんだよオイラは。というより、オイラみたいな芸術家にとっては手放しで称賛したくなるようなシロモノだな、うん」

喋りながら、デイダラはルイズの横を通り過ぎ、教室の後方へと歩いていく。

 

「………続けてみなさい」

先程とは打って変わって、とても冷たい声で先を促すルイズ。

 

 

デイダラは、ちょうどシュヴルーズに制裁を受けた生徒が座っていた机の辺りまで来て、足を止めた。

「昨日も言ったと思うが、オイラは芸術家で粘土造形師だ。だが、作品を手懸ける身としては、段々と単なる造形美じゃ物足りなくなってきてな」

ある時だ、と続けるデイダラ。

 

「自分の作った作品を爆発させてみたのさ。その時の美しさたるや、オイラの目指すべき芸術はコレだ!と直感したぜ」

 

つまりだーーー

「何が言いたいのかというと、芸術は一瞬の美であり、爆発こそが真の芸術だ。そこに美しい造形品が加わるともっと良い。素晴らしい造形品の数々が、美しく、儚く散っていく。オイラはその一瞬の美にこそアートを感じてならない、うん!」

 

デイダラの口調はどんどん熱を帯びていき、とどまる所を知らない。

 

「そういうわけでルイズ。お前の失敗魔法はこのままでいい。このまま爆発魔法として極め、オイラと一緒に最高の芸術をーーー」

 

 

そこまで熱弁したところで、デイダラはルイズの方を向き、般若のような形相をした彼女と目があった。

「うん?」

「あ、あんた……」

わなわなと肩を震わすルイズはーーー

 

 

 

 

 

「あんたのお昼ご飯抜きーー!!掃除も全部やっておくことーー!!」

 

 

 

 

 

ドカンと音を立てて扉を閉め、ルイズは教室から出ていった。

取り残されたデイダラは、事態に追いつけていないのか、首をかしげるのみだった。

 

 

 

 

 

 

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お昼。教室掃除を大雑把に終わらせ、デイダラは食堂近くで立ち往生していた。

 

 

 

(参ったな、流石に何か食っておかねぇと身体がもたねぇぞ、うん)

 

デイダラは、忍というだけあって飢餓になった時の訓練もしており、普段なら三日三晩食事を摂らなくても余裕で耐えることができるのだが、今は都合が違った。

 

(呼び出されるまでずっと死んでた訳だから、空腹のままだ。昨日の夜、ルイズが持って来たパンだけじゃもたねぇな。うん)

 

およそ常人では考えられない事態の為、どこまで腹が減っているのかわからないが、とにかくデイダラは食べ物を探すことにした。

 

 

 

 

「あら、貴方は…。どうかなさいましたか?」

そんな矢先、デイダラに声をかける者がいた。

 

デイダラが視線を向けると、使用人服を着た黒髪の素朴な少女が立っていた。

 

「あん?別に何でもねぇよ、うん」

「貴方、もしかしてミス・ヴァリエールが使い魔として召喚したという平民の方ですか?」

 

つっけんどんな口調で答えるデイダラに構わず、使用人の少女は続けてデイダラに質問する。

 

 

「よく知ってるな、うん。何者だ、お前?」

「あっ、私は怪しい者じゃないですよ。貴方と同じ平民のシエスタといいます。貴族の方々をお世話するために、ここで住み込みでご奉公させていただいてるんです」

 

デイダラに聞かれ、慌てて説明するシエスタという少女は、「何かお困りなのかと思いまして」と言い、優しそうに微笑んだ。

 

 

「そうだな、ちょうどルイズのヤローにメシ抜きだと言われててな、うん。何か食い物を探してたとこだ」

「まぁ!それはお辛いでしょう。こちらへいらしてください」

シエスタはデイダラの手を掴み、とても献身的な様子で、デイダラを伴って歩き出した。

 

 

デイダラは、この世界に来て初めてのまとも過ぎる人物を見て、少し疑ってかかったが、すぐにやめた。こんな無防備に背中を向けるような奴は、疑うだけ無駄だという考えだ。

 

 

(一先ず、今はメシだな。うん)

デイダラはシエスタに手を離させ、隣に立つと並んで歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 




デイダラの手のひらの口は、ちょうどお口チャックしていました。
よかったねシエスタ、ベロベロされなくて済んだよ!

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