『小説家になろう』でも同じ内容で投稿しています。
私は一般的な、さりとて特徴も無い、ごくごく普通の学生であった。あった、というのはまあ事情があるのだが、そこまでに至ったなんとも面倒な経緯を説明する気力も無く、一人自室でだらだらと短い睡眠時間を必死に貪っている。
この春、私は舞い散る桜の花びらのごとく立派に高等学校を中退し、猛り狂う父親の怒声と冷たく突き刺さる母親の視線を華麗に受け流し、奇天烈な髪色という見た目にそぐわず現実的な姉の痛烈な言葉に打ちのめされ、無口な兄の視界に入らないように自室に転がり込んだ。
そして何の気なしに目についた某全国チェーンのコンビニのバイト情報を発見。興味本意で電話を掛けてバイトをしたいという旨を告げると、「とりあえず面接に来い」というありがたい言葉を頂戴し、黒と赤のチェックのシャツでお洒落に決めて意気揚々と面接に向かった。
結果は不合格である。なぜか。
黒と赤のチェックのシャツとジーパンという人を選ぶ私の類い稀なセンスと、ニヤニヤとした営業スマイルが気に障ったのか。それとも極度の緊張状態に陥った結果、終始ニヤニヤとしていた私の爽やかな笑顔に苛立ちを感じたのか。それとも、つるりと禿げ上がった店長の頭を見てニヤニヤと笑っていたのが原因か。
ともあれ、コンビニバイトに受かることができず、私は砂漠のごとき荒れ果てた経済と店長の頭にえもいわれぬ怒りを燃やしながら、ふらふらと町中を放浪している。
ダメだ、頭が重たい。まったく、五月に入ったばかりだというのに、この暑さはなんだ。太陽は俺の時代だと言わんばかりに熱く猛り、アスファルトはやる気でねーわと言わんばかりに、溶けたように地面にへばりついている。
前から歩いてきたサラリーマンの頭も太陽のごとく輝いている。ニヤニヤと見ていると恐ろしい形相で睨んできたので、私は一瞬で無表情に戻ると、すたすたとサラリーマンの隣を歩き去る。
私の笑顔から一転、冷たい無表情への変化を目の当たりにしたサラリーマンは、不気味なものを見てしまった、と呟くと、頭の太陽をハンカチで拭いながら歩いていった。
髪が無いと頭の天辺もハンカチで拭くんだな、と私はどうでもいい知識を蓄えると、街を歩き続ける。
さて、どうしたものか。高校を辞めて、このままでは没落貴族がごとく地獄へ真っ逆さまな人生を送るであろうことは想像に難くない。
暑さで禿げ上がりそうな頭を抱えながら歩いていると、なにやら見覚えのある人物が前を歩いてくる。そんな気がしたが、近くで見るとそれは見たこともないおっさんであり、私は今視界の隅を覆っている枠を眺めながら、眼鏡をいつ買い換えるべきかを真剣に考え始めた。
よく見たらこの眼鏡、フレームが歪んでいる。まったく、持ち主の私はこんなにもまっすぐで真っ当な人間であるにも関わらず、なぜおまえはそんなに歪んでいるのだ。こんなものを眺めていたら私まで歪んでしまいそうだ。こわやこわや。
指先で眼鏡をくるくると回しながら歩いていると、下校中なのか、鞄を背負った少女三人組にあいさつをされた。このロングスカートのワンピースの様な形状の制服は、確か近くにある大学付属の小学校のものだ。私は例によって笑顔を浮かべて、小学生の少女三人組にあいさつを返した。
それにしても、最近の子供はしっかりとあいさつをしてくれるのか。私が小学生の頃は、「怪しい人を見掛けたらあいさつをしましょう」という訳のわからん先生の教えがあったのだが、今はそんな教えは無いようだ。良いことだ。いくらでも有意義な知識を詰め込める若い脳とはいえ、余計な物を詰める必要は無い。
ありきたりな発想と展開であるが気にしないことにする。
軽く頭を振り、眼鏡を華麗に装着して歩き出そうとすると、後ろから声をかけられた。何事だ、と警戒しながら振り向いてその人物に向き直る。
背の高い青年だ。平均的な165センチの私よりも12、3センチは高いだろう。髪は坊主に刈られ、しかししっかりと生え揃っている。
「久しぶりじゃないか。元気にしてたか」
「……ああ、山々先輩じゃないですか」
「うわ、懐いな、その呼び方」
山々(やまやま)先輩。中学時代、私よりも二つ学年が上で、部活では部長も勤めていたお方だ。
山々、というのは当時の愛称だ。私の同級生が感覚でつけた渾名である。ちなみに私に付けられた渾名はマークであった。
私の渾名の由来は今考えてもさっぱりなのだが、先輩の由来は、確か先輩の苗字が、山本だか山中だか山下だか、とにかく山がついていたことが原因だ。
「すみません、先輩の苗字忘れたんです」
「相変わらずだな、お前。ちょうどいい、暇してたんだ」
「俺は暇じゃないんで」
「飲みに行こうぜ」
相変わらず人の話を聞かない人だ。これが常日頃から鬱陶しい人間ならば私も無視するのだが、山々先輩はかなりの人格者であり、私の尊敬する先輩だ。
その先輩からの御誘い、無下にするには少々心が痛むので、とりあえずついていくことにした。
◇
現状を話すと、先輩は大笑いした。その笑いっぷりといったら、悪役三段笑いの前二つをかっ飛ばして最初から絶好調なものであった。
「はっはっは……いやぁ、相変わらず馬鹿だなお前は。そんな理由で高校辞めるか、普通」
「失敬な。俺は大真面目だったんですよ」
「大真面目に馬鹿仕出かしたんだろ」
そう言われるとぐうの音も出ない。私は憮然としてコップに入っているコーラを煽る。
先輩は焼き鳥の葱身を一口で全て口のなかに含むと、口を膨らませながらじっくりと咀嚼し、飲み込むと同時にビールのジョッキを傾ける。
私はその光景を見て、はて、と疑問に思う。
先輩は二十歳過ぎてるんだろうか。
私が今17である。では、二つ学年が上の先輩は19。いや、私は早生まれであるから学年では歳が低い。ならちょうど二十歳か? だが、それでも少しおかしいのではないだろうか。
そこで考えるのをやめ、私はたっぷりとタレを纏った焼き鳥にかぶりつく。まあ、些細な問題だ。私に影響があるわけでもない。先輩は二十歳を過ぎている、と考えていいだろう。
そういえば、私の高校の同級生に、とても背の高く、厳つい体格をした奴がいた。彼はある日、「俺って下手な大人より身体でかいから、酒飲んでも大丈夫だと思うんだがなぁ」とかほざいていた。私は本を読んで無視したが。
そんな思い出に浸っていると、先輩がジョッキを飲み干し、おかわりを頼んだ。
「んで、どうするんだ」
「なにがですか」
「これからだよ。まだまだ若いのに、人生腐らすつもりか?」
「まさか」
「女でもひっかけるか?」
「まさか」
ことあるごとに先輩は女関係の話題を振ってくる。やれやれ。私は溜め息を吐いた。
「まあ、俺もなにも考えずに高校辞めたわけじゃありません」
「んじゃ、なんだ」
「このまま自堕落な生活を続け、人生に絶望しきったところに小学校時代の初恋の人に再開。彼女と接する度、『俺』には失われた人生への希望が甦ってくる」
「ありがちな話だな。三点」
辛口評価をありがたく頂戴したところで、従業員のお姉さんが私達の隣に盆を持ってやってきた。
先輩の前にビールを置き、私の前にカルピスを置くと、一礼して去っていく。
はて、私はカルピスを頼んだ記憶は無いが。まあ、先輩が気を効かせてくれたのだろう。ご馳走さまです、という意味を込めてコップを軽く持ち上げると、口をつける。
「とりあえずはバイトをしながら考えます」
「人生そんな甘くねえぞ」
「それでも、なんとかなるようになってるですよ、人生ってのは」
私の言葉に、先輩はけらけらと笑った。流石に酔っているようだ。
時計を確認すると、六時前。真面目な学生(元)である私としては、そろそろ家に帰りたいところだ。
私はカルピスを飲み干すと、先輩に伝票を差し出して掴ませ、速やかに焼き鳥屋を脱出した。
◇
結果的に、私は例のコンビニバイトに受かった。
あのあとしばらく部屋でぐうたらした後、やはりこのままではいかんと自分を鼓舞し、コンビニに軽やかに舞い戻ると、レジ打ちをしていた眩しくも怪訝な顔をしている店長に、バイトをしたいという旨を告げた。
一度追い払われたのに三時間足らずで戻ってきた私の情熱に胸を打たれたのか、店長は照れ隠しに溜め息を吐きながら私のバイトを承諾した。
まったく、面倒なやつだ、という店長の呟きを聞きながら、私は密かに勝利に酔った。