銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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見切り発車ですが頑張って投稿していくので、コメントや評価を頂けると嬉しいです。

※追記
なんとrenDK様に本作の主人公・言ノ葉綴のイラストを頂きました!!
私の思い描いた通りの姿で感動しまくりです……!!
この場を借りて改めてお礼を申し上げます。本当にありがとうございます!!

【挿絵表示】



1話

 突然だが、ボクこと言ノ葉(ことのは)(つづり)は銃の霊装(デバイス)を持っている。ほとんどの伐刀者(ブレイザー)は剣にまつわる武器を霊装とする中、銃の霊装はそこそこ珍しかった。まぁ、中には武器と関係ねぇだろって物を霊装にしてる人もいるけど。

 しかしボクという人間にはそれ以外の特徴は備わっておらず、チヤホヤされたり有名になったりという夢物語はなく、一般の伐刀者たちと同じように普通の小学校・中学校を通い、人並みの成績を残して卒業した。

 ただ、自己同一性という奴を確立しようと四苦八苦する年頃でもあったボクは、そんなどこにでもいそうな人になりたくないと思い、自分の特徴だけは大切にしようと決めたのだ。

 

 すなわち、射撃である。

 といっても別に奇をてらったようなものじゃなく、射的を始め早撃ちやガンアクションといったポピュラーなものの練習だ。

 やると決めたからにはしっかりやり抜けと両親から教えられてきたから、決心したその日から取り組んだ。これが思ったより楽しく、自分にしっくりきたものがあったので趣味になった。

 早朝に起きて庭に作ってもらった的に撃ち込み、昼休みや授業中も頭の中で射撃し、放課後も風呂が沸くまでひたすら的に撃ち込んだ。

 

 まあ、ボクには銃くらいしかなかったからね。銃に関しては誰にも負けたくなかったって思いはあったかもしれない。

 

「綴ー、あなた時間じゃないのー?」

 

 日課の射撃をしているとベランダの空いたドアから母が声をあげた。

 ふと腕時計を見れば電車の時間が迫っていた。今日は高校の入学式である。遅刻するわけにはいかない。

 今自身が身につけている破軍学園の制服を見下ろす。これスカート短すぎじゃと何度目かわからないため息が漏れる。

 

「はーい!もう行くー!」

 

 そう返してから最後の一回だけと的に向き直り、射撃。

 無音のマズルフラッシュと同時に的が不可視の魔弾に撃たれ倒れた。すぐに跳ね起きた的に満足感を覚えたボクは早足で家に戻った。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 ボクは一年一組に配属された。

 担任の女性教師が自己紹介を終え、小・中学校でもお馴染みのクラスメイトも一人ずつ自己紹介を終えた。

 

 小学校では男女隣の席が固定で、中学校ではくじで決めたため自由席だった。が、この高校では男女一組の席らしい。

 ちらりと隣を盗み見ると、たまたまこちらを見ていた彼と目が合う。

 初対面の人と目が合っちゃうと反応に困るという、日本人特有の習性を持つボクは何て声をかければ良いか迷った。

 しかしその男子生徒は朗らかな笑みを浮かべて躊躇いなく声をかけてきた。

 

「初めまして。僕は黒鉄一輝。言ノ葉さんで間違ってないよね?」

「うん。よろしくね黒鉄君」

 

 苗字の通り鉄を思わせる黒く鋭い目に反して柔らかい光を湛える瞳を持つ少年はふわりと笑った。

 男女それぞれ出席番号順に座っているため、同じ九番同士のボクたちは隣人となった。

 

 よかった。第一印象通りの優しそうな人だ。世の中には合法ロリかつトンデモ失礼女とかいるから侮れない。

 

 つい最近ひょんな事で家庭訪問してきた着物の女性を脳裏に思い浮かべながら諸連絡を聞き、入学式当日ということもありそのまま解散と相成った。

 基本的に破軍学園は寮制なので、この後は各自に割り当てられた部屋に荷物を置いてルームメイトと顔合わせとなるだろう。

 

 教師が退出し、早くもグループのできつつある教室はにわかに沸き立つ。

 女子に於けるグループは社会となんら変わりなく、この流れに乗り損ねた女子は今後の学園生活が決まってしまうようなものだ。

 そのせいで女子たちが素早くグループを形成して行く中、ボクは席を立ち──

 

 ──そのまま教室の扉に手をかけた。

 

 女子のグループ?知るかそんなものっ!ボクは銃しか興味ないんだよ!人間関係に勤しむくらいなら射撃の練習したいのさ!

 いかにもいじめられそうな態度だが、それなりのコミュニケーションは取れるので惨めな思いをしたことは一度もない。それとなく空気に混ざる技術を得たボクに死角はなかったのだ。

 

 さっさと女子寮に行こうと引き戸を開けた時。

 

『おい、見ろよアレ。例のFランクじゃねぇの、アイツ?』

 

 誰が言ったか分からないけど、おそらく男子生徒だ。雑音や話し声で盛り上がっていた教室が死んだように静まり返った。

 侮蔑の色が多分に含まれたその呟きは、血が絨毯に染み渡るように溶け込んだ。

 

『あぁ、面接官に媚を売って入学したっていうやつか?』

 

 声の発生源は教室のはじで固まっていたグループからのものだった。

 クラス中の視線が一気に集まると、グループから代表格らしい男子生徒が一歩前に出てきた。

 口元が嘲りで歪んだその男子は、確か桐原と言った。

 

「何素知らぬふりしてんのさ、黒鉄君。キミのことを言ってるんだよ?」

 

 嫌悪の色すら感じられるその声に打たれたように、再びクラスの視線が一点に集中する。ボクの隣の席で教科書の整理をしていた黒鉄君が観衆の目に晒される。

 ボクに見せたような柔らかい笑みはなく、冷たい鉄のような無表情で桐原に視線を向けた黒鉄君は、口調だけは普通のもので答えた。

 

「僕に何か用かな、桐原君」

「いやぁ、クラスメイトに挨拶をしておこうと思ってね。底辺のキミにはどんな挨拶をしたらいいか迷っていたのさ」

 

 桐原の後ろに控える男子生徒たちは下衆な忍び笑いを聞こえがよしに漏らす。それを変わらぬ無表情で眺める黒鉄君。

 明らかにマズイ空気が漂っているのに、周りの生徒たちは何もせず傍観を決め込む。

 

 巻き込まれたくないのだ。変な正義感を発揮して介入して、もし下手を打ったら黒鉄君と同じ運命を歩むことになるから。

 それに、Fランクという地位は並大抵のことではない。もちろん、悪い意味で。

 

 ランクという区分で実力差が克明化されれば、当然上下差の意識が生まれ、見下し見下されの関係も生まれる。

 AからFまで評価があり、全国の学生騎士はおよそDランク。ちょうど壺型に人口が分布する。Dランクより上になるほど少なくなり、下に行っても少なくなる。

 Dランクという地位は絶妙で、仲間が多いものの少数の上位勢に一方的に見下される。常に見上げる立場なのだ。

 そんな感覚がこびりついた彼らにとって、自分より下位のFランクの人間は心地よい存在なのだ。自分より下がいるから安心できる。鬱憤の捌け口にしても良心は痛まない。だって自分が散々されてきたのだから。

 

 ……実にくだらない思想である。中学校でも似たような現象を何度か見たことがあるけど、本当にくだらない。

 そんなに下の立場が嫌なら上に上がればいいのに。だって頑張れば()()()()()()のだから。

 

 それ以上聞いていても気分が悪くなるだけなので、とっとと教室から出た。

 

 その後のことはボクは一切知らない。

 だけど、その日から黒鉄君へのイジメは始まったのだ。

 

 隣の席のボクは同情することも慰めてやることもなく、隣人として普通の付き合いをしていた。黒鉄君本人がめげずにいるのだから、頑張れとか口が裂けても言えない。せめて普通に接してやるのが彼の救いになるだろう。

 

 巻き込まれるかもと思ったが、劣等意識だけでイジメている訳ではないらしく、恣意的に黒鉄君という個人をイジメているらしいのだ。

 それも、学校規模で。というか、学校の運営が執り行っている節まで伺える。実戦教科を受講する最低限度の能力水準とかいう、ありもしない規定を作って黒鉄君を授業から締め出したときはさすがに唖然としたものだ。

 

 それが入学式から一週間経ったころの話だ。

 

 ボクはそんな学校に嫌気がさして、黒鉄君をイジメる授業は全てサボることにした。ボク自身に被害があったわけじゃないけど、隣の席の優しい彼がこうも酷い扱いをされると気分が悪いし、頭に来るものもある。

 それに、()()()()()で破軍学園に入学させられたボクは、すでに卒業までに必要な単位を全て持っていることになっている。なら気分を害してまで付き合ってやる義理はない。

 

 そうなると一日のほとんどが暇な時間になるので、ボクは学校に大量に備わっている訓練所の一角を借りて、自宅から持ってきた愛用の射的をセットして射撃するのだった。

 爽快の一言である。休日が毎日あるようなものだ。趣味を誰に憚かることもなく没頭できるなんて最高の一言だ。

 それに家では設置不可能だった動く的がこの訓練所にはある。素晴らしすぎる。今までは遠い土地にある射撃場にいかないと叶わなかった動く的が、歩けばある。もしかしたら破軍学園は最強かも知れない。実態は屑だけど。

 

 人生で初めて授業をサボっているにも関わらず超ハイテンションで射的しまくるボク。

 快感と言っても過言ではない感覚を噛み締めている時だった。

 

「あれ、もしかして言ノ葉さん?」

 

 声の主は迫害を受けている黒鉄君だった。ジャージ姿で汗をかきながら首にタオルを巻いているのを見ると走り込みでもしていたのだろうか。

 まん丸に目を見開いて歩いて来る彼に、どことなく居心地の悪さを覚える。

 

 だって、この流れ絶対に「なんでここにいるの?」って聞かれる奴でしょ?

 

「今は授業中だと思うけど……」

 

 案の定だよ。まさか『キミがイジメられているのを見て嫌気がさしたのでサボってます』なんて言えないし、他に理由をでっち上げようにも妙案がパッと思い浮かぶはずもない。

 結局口をモゴモゴさせて曖昧な笑みを浮かべた。そこはかとなく、聞かないでくれと空気で訴えかける作戦だ。

 

 幸い聡い彼は「やっぱなんでもないや」と取り下げてくれた。代わりにボクの方から質問を投げかけた。

 

「黒鉄君もその姿はどうしたの?」

「授業に出れないから、空いた時間をトレーニングにあててるんだ。ちょうど学校の周りを走ってきたところ」

 

 ボクと同じ考えの人だったのか。少しおかしく感じてくすりと笑いが漏れる。それにつられたように黒鉄君も流れる汗を拭き取りながら笑う。

 

 というかさらっと学園の周りを走ってきたって言ってるけど、ここって東京ドーム十個分とかデタラメな敷地を持ってるんですが。その直後でその程度の疲労って……。

 やばい、笑みが引きつった。

 

「へ、へぇー、体力結構あるんだね?」

「体力には自信があるんだよね」

 

 そして少し寂しそうな笑みに変わり、ポツリと呟いた。

 

「僕にはそれくらいしかないから」

 

 その言葉を聞いたとき、無意識にボクは彼の手を取っていた。

 え?と間抜けな声を漏らす黒鉄君に構わず、ボクは食い入るように答えた。

 

「キミも、そうなのかい?」

「キミもって、どういう……?」

 

 怪訝な顔を見てようやく自分が突飛な言動をしていたことに気づき、顔に熱が集まるのを感じながら手を離した。

 

 それから顎で向こうに置かれた的を指して、いつもの射撃の姿勢を取る。

 それは自然体。余分な力を抜いて、肩幅に足を開く。両の素手もだらんと横に垂らす。

 

 ボクが何をしようとしているのか感じ取ったのか、鋭く息を呑んだ気配がした。

 それすらも意識から排除して両目を瞑る。

 

 真っ暗な視界に光のサークルのイメージが現れ、徐々に間隔が狭まっていく。

 円が点になったその瞬間、ボクの全てが一本に研ぎ澄まされた。

 

 そして。

 

「──ッな」

 

 目を開ければ、いつものように的が撃たれたことにより倒れ、反動で再び起き上がったところが見えた。

 隣で愕然と口を開けている黒鉄君に渾身のドヤ顔を見せてやった。

 

「ボクもこれくらいしかないから」

 

 ふふ、やってやったぞ。ボクが人生で一度はやってみたかったシチュエーション!

 本当にボクはこれしか興味なかったからね。会心の出来栄えである。イメトレしててよかった……!

 

 さぁ、黒鉄君の反応や如何に!

 

 ……気づくと黒鉄君は頭を下げて、手を差し出していた。

 

「僕と(訓練に)付き合ってほしい!」

 

 ──わっつ?

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 言ノ葉さんはとても不思議な人だった。

 僕こと黒鉄一輝は学校からイジメを受けてる人間だ。正しくは実家からなんだろうけど、イジメられていることには変わりない。

 普通はイジメられている人間と関わろうとしないだろう。しかし言ノ葉さんは同情や同調ではなく、本当の自然体で僕と接してくれた。

 

 そう、言ノ葉さんは常に自然体なんだ。

 

 一目見たときに、この人は何かとんでもない物を持っていると直感した。けれど、強者や熟練者なら誰もが醸し出してしまう剣気のようなものは一切帯びておらず、ただの一般人と紹介されればそのまま信じてしまえそうな空気を持っていた。

 

 歩き方や座り方も一般人のそれで、武に理解があるとも思えない。僕の気のせいかと思い始めていた頃に、彼女の正体を見てしまった。

 

 10メートルほど離れた所に立てられた的を射撃した。前から彼女は銃の霊装を持つ伐刀者だと聞いていたから、そこに驚いたのではない。

 その射撃……いや、早撃ちの速度。霊装を顕現し、構え、射撃し、元の体勢に戻し、霊装を仕舞う。それが文字通り、目にも留まらぬスピードだったのだ。霊装のデザインすら見えなかった。

 そして何より早撃ち前の姿勢。彼女の溶け込んでしまうような自然体はこれに起因していた。自然と一体化しているとはまさにこのこと。

 

 自慢になるけど、僕は目には自信がある。剣筋を見ればその人の思考や癖、更にその流派の根源を辿ることもできる。それくらい出来ないと生きていけない世界で鍛えられた目に捉えられないものはないのでは、と少し思っていたくらいだ。

 

 だけど、僕の目には何も見えなかった。コマが抜け落ちた映画を観たようなものだった。あるべき光景がすっぽり抜け落ちていたのだ。

 

 見落としたのかと思いもう一度頼んでみても、やはり見えなかった。

 多分、僕が見落としたのではなく、()()()()()()()()

 早撃ちの工程のタイムラグが限りなくゼロになった結果が、無音のマズルフラッシュしか見えなかった現象。

 

 ……僕の目が実は節穴だったと思った方が何倍も信じやすいが、もし確かであるのなら言ノ葉さんの早撃ちは人の領域を遥かに超えてしまっている。

 

 ふと巡りあった異次元に対してしばらく言葉を失ってしまう。が、我に帰ったときには言ノ葉さんに貴女は何者なのかと尋ねるよりも先に頭を下げて、訓練に付き合ってもらえるよう頼み込んでいた。

 

 僕はFランクという出身のせいで師事を仰ぐことができない環境に置かれていた。

 だから盗み見て技術を盗むことでしか成長できなかった。同級生にも唾を吐かれる始末では、ライバルと呼べるような人も得られるはずがない。

 

 けれど、今目の前に実家からの影響を受けずに僕と対等に接してくれる実力者が現れた。願ってやまなかったライバルと呼べる存在が、目の前に。

 人生で初めて全身全霊の誠意を込めて頭を下げた。

 

 僕たちの間に沈黙が降りる。

 

 もし断られたらどうしよう。

 嗚呼、でも僕はFランクで、彼女はB()ランクだ。彼女が僕に興味を持つ理由なんてないじゃないか。

 そんな。またとない機会を取りこぼしてしまうのか。他でもない、自分の無能さで。

 

 永遠にも思えるような時を経て、果たして返答は──

 

「えっと、まずはお友達からでもいいかな?いきなり彼女とかありえないし」

 

 想像の斜め上をいくものだった。

 

 


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