銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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10話

 解放軍によるテロを解決した一輝たちだったが、去年の一輝をイジメていた代表格の桐原に遭遇し、因縁を付けられた。

 それだけならば良かったが、運の悪いことに七星剣武祭の代表選抜戦一回戦が桐原と判明。

 さらに、一輝を貶され憤慨したステラは桐原の戯言に乗ってしまい、一輝が負けると彼のガールフレンドの一人にされてしまうことになってしまった。

 尤も、それはステラが一輝の勝利を確信している故の承諾だったが、一輝にとってはますます負けられない戦いとなった。

 

 なぜなら、一輝の卒業もかかっているのだから。

 

 今年から全校生徒参加による実戦選抜に変わったため、代表に選ばれるまでにかなりの試合数をこなさなくてはならない。

 それに、今年の一年生はステラや珠雫を始め優秀な学生騎士が揃っている上に、生徒会を始めとする経験豊富な上級生も相手になるだろう。

 それだけの人が集まれば、無敗で勝ち進む人も出てくる。となれば、代表の座は一敗するだけでも遠ざかる。

 

 だから負けられないのだ。絶対に。

 

 それはとても厳しい道のりだろう。

 だが綴は未来を示してくれた。暗澹とした道のりに光を照らしてくれた。

 それだけで一輝は心を持ち直せたのだ。

 

 ……しかし、それは必ずしも彼の心を癒せるものとは限らないのだ。

 ジワジワと染み入るように彼の心を陰から蝕むものは、もう表へ食い破ろうとしている。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 選抜戦一日目が終了し、寮室に戻ってきたステラに祝辞を述べた僕は、TV画面に目を戻した。

 そこには、去年の代表選抜戦の試合映像が映されている。

 

「またツヅリさんの動画を見てたの?昨日からずっとじゃない」

「うん。なるべく少しでも彼の呼吸を掴んでおきたくて」

 

 この動画は新聞部部長・日下部(くさがべ)加々美(かがみ)にお願いして譲ってもらった資料だ。

 実際に僕も見ていた試合だけれど、客観的に見れる記録は何かと便利だ。

 

 ステラは困ったような、呆れたような。そんな曖昧なため息を小さく零して、僕の隣に腰を下ろした。

 

「呼吸って言っても、ただあの男がレフェリーの隣に移動して、ツヅリさんに撃たれてるだけじゃない」

 

 ステラの言う通りだ。何度も見直しているけれど、彼は言ノ葉さんに一矢足りとも撃たせてもらえていないので、呼吸も何もあったものじゃない。

 それでも彼の試合映像はこれしかないので流しているのが現状だ。

 

 僕は負けるわけにはいかないから。勝つしか道はないから。

 

「でもツヅリさん凄いわよね。これ、ツヅリさんには見えてないんでしょ?」

「桐原君の《狩人の森》は気配や匂いはもちろん、姿形すら肉眼では捉えられなくなる。厳密には効果範囲内にいる人に対してステルスになる能力らしい。だから映像では彼の姿が見えてるけど、相手にしたくない力だよ」

 

 レンズや鏡越しなら効果範囲内でも見えるのかも知れないが、メガネをかけただけで破られるようなら学年首席の座は取れないだろう。

 モールの事件で実際に桐原君の異能を目の当たりにしたステラは、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「ほんといけすかない能力ね……。これに鼻をかけてムカつく態度を取ってるんだと思うと、腹が立ってくるわ」

 

 ステラは己に授かった才能の大きさを自覚している。けれど彼女は『それだけに収まる自分じゃない』と母国を飛び出し、日本にやってきた。

 才能に溺れず自らを磨く。まさしく英雄に相応しい道を歩むステラにとって、才能の上に胡座をかく桐原君は気持ちのいい存在ではないだろう。

 

 他人事のように言っている僕も、少しそう思っているんだけどね。

 

 内心で苦笑いを零すと、ステラは「あれ?」と声を零してリモコンを操作。

 試合開始から決着まで見直すと眉を顰めた。

 

「どうしてツヅリさんは見えないはずのアイツを撃って……るのよね?撃ててるのかしら」

 

 自信なさげに言ったのは、映像の中の言ノ葉さんは終始棒立ちだからだ。

 はたから見ると、言ノ葉さんの右腰から光が生まれただけで桐原君が倒れたように見えるので、ステラが戸惑うのは尤もだ。

 まぁ、この映像に限って言えば、言ノ葉さんの早撃ちはカメラのフレームに捉えられていないから、見えるはずがないんだけど。

 

 ステラの疑問に僕は答えた。

 

「言ノ葉さんは『気配を見た』って言ってたよ」

「え?でも気配は無くなってるんでしょ?何で見えるの?」

「うーん……実は言ノ葉さん自身もその技能をよくわかってないらしくて、そうとしか言いようがないって言われたよ」

「何よそれ」

 

 納得いかないのか首を傾げるステラ。

 言ノ葉さんの言動から武術の一つである《心眼》に近しいものだと推測しているけど、これは理屈ではなく感覚による技術だから上手く言葉にしにくいのだろう。

 強いて言えば、あくまで気配を感じ取れなくなるだけで、桐原君の気配自体は消えてないから、見えるものは見えるということか。

 

 そんな曖昧な情報だけでよく両耳というシビアな部位を狙い撃てたなぁと畏敬の念を覚えるが、何にせよ、残念ながら僕は《心眼》を心得ていないので、言ノ葉さんの攻略法は参考にできない。

 

 その事実を僕の口ぶりから悟ったのか、ステラの顔色がにわかに暗くなる。

 

「でも対策はある」

「っ!ほんと!?」

 

 転じてパッと太陽のような笑みを浮かべる。表情の変化が豊かで可愛らしい。

 

「《狩人の森》はあくまで桐原君自身を隠蔽する能力。攻撃手段である弓矢はステルスにできないんだ」

「それは確かな情報なの?」

「去年、実戦授業をちょっとだけ覗き見れることがあったんだけど、その時に見たよ。対戦者が何もないところからいきなり飛んでくる矢に悲鳴をあげてた」

 

 それが数少ない《狩人の森》の弱点だ。

 射出された弓矢が見えるなら、射手の位置も割り出せる。

 そこまでわかれば姿が見えなかろうが関係ない。

 

 そう。それで勝てる。勝てるんだ。

 今まで言ノ葉さんと散々訓練してきたじゃないか。それくらいの事なら簡単にできる。

 

 なのに、なぜ。

 ──僕の手はこんなにも震えているんだ?

 

「イッキ……?急にどうしたの、顔色がひどいわ」

「……そうかい?普通だと思うけど」

 

 精一杯の笑みを浮かべてみたけど、ステラの顔はますます険しくなる。

 どうやら笑みを作ることすらままならないらしい。

 それを自覚すると、今度は足が、肩が、頰が。体のあらゆるところが震え始めた。

 

 ステラが、震えを抑えようと固く組んだ僕の手に細い手を重ねた。

 驚くほど温かった。ならば、ステラにとってはそれだけ冷たく感じだろう。

 

「イッキ!」

 

 悲鳴をあげてベッドから毛布を引っぺがしてきたステラが、僕の体に巻きつけた。

 暑いわけじゃないのに、額から汗が流れる。服が背中に張り付く。息が乱れる。喉が乾く。

 

 突然僕の身に襲いかかった異常は、僕自身が一番わかっていることだ。

 

 桐原君との一戦は、僕の戦いだ。誰の思惑が絡むことのない、真剣勝負だ。

 僕の過去と未来、全てがかかった一戦に誰もつけ込む余地はない。

 正真正銘、僕一人の戦いだ。

 

 でも。だからこそ。

 その戦いに負けてしまった時、僕はどうなってしまうのか。

 

 それを考えてしまうのが怖い。それを考えてしまう自分が怖い。

 戦う前から自分が負けてしまっているようで、どうしようもなく怖いのだ。

 それを口にするのが怖い。言ってしまうと、ギリギリの所で立っている心が、どうしようもないくらいに崩れてしまいそうに思える。

 

 僕の意思に反して、僕の心が底なし沼の沈んでいく。飲み込まれ、食われそうになる。

 必死にもがき、手を伸ばしても変わらない。

 

 ──僕はどうしたらいい?

 

 その時、凍え切った頭の中にふと声が蘇った。

 

『自分にだけは負けちゃいけない』

 

 それは、今のように僕の心が壊れそうな時にかけられた言葉だった。

 

『挫けちゃいそうだなって思ったらボクに相談しなよ』

 

 それは、僕が一人で泣いていたときにかけられた言葉だった。

 

『弱音くらいなら聞けるから』

 

 それは、生まれてから誰にも認められなかった僕に、一人じゃないことを教えてくれた言葉だった。

 

 気づけば、青白くなるほど固く握られていた拳に血が通っていた。差し伸べられた手から受け取った温もりが蘇ったようだった。

 まだ震えは収まらないけれど、早鐘のように鳴っていた鼓動は落ち着きつつある。

 

 ──ありがとう、言ノ葉さん。

 

 僕の憧れであり、先を往く人に感謝を送る。

 

「……ステラ、僕の弱音を聞いてくれるかい?」

 

 僕の体を抱きしめて温めてくれていたステラに尋ねてみた。

 返事を聞くのが少しだけ怖かったけど、彼女は目の端に涙を浮かべて満面の笑みで答えた。

 

「当たり前よ!あたしはイッキの友達なんだから!」

 

 力強い返事に体の震えはついに収まったのだった。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。破軍学園理事長室にて。

 

「お前は今年から七星剣武祭に出るな」

「……え、なんで?」

 

 唐突に言い渡された命令に、思わず素で答えてしまった綴。

 しかし当然の反応だろう。いきなり呼び出しをくらったと思ったら、楽しみにしていた行事に出禁を食らったのだから。

 

 何せ、今年は一輝も参加するのだ。彼なら代表の座を勝ち取るのも難しくない。なら七星剣武祭の決勝で雌雄を決する、なんてことも考うる。

 ライバルと史上初の二連覇を掛けた対決。実に面白そうではないか。

 

 そんなことを目論んでいたところに出禁である。ショックなんてものじゃない。

 愕然とする綴に、たっぷりと紫煙を吐き出した黒乃が答えた。

 

「七星剣武祭運営委員会から連絡があってな。簡単にまとめると、あまりに一方的すぎて絵面が悪くなるからやめてほしいとのことだ」

「は、はぁ!?そんなの知ったこっちゃありませんよ!七星剣武祭は全国の学生騎士の頂点を決める式典ですよね?なら学生騎士最強が出場しないと話にならないじゃないですか!」

「まぁ落ち着け。言いたいことはわかる。だが、最強を決めるためだけで七星剣武祭を行なっているわけじゃないんだ」

 

 息巻く綴を鎮めた黒乃は、タブレットからとある資料を引き出し、ホロウパネルに映し出した。

 そこには七星剣武祭にまつわる金の運用について書かれている。

 

「伐刀者同士の戦いにはどうしても金が必要だ。会場費に保安費用、交通整備や委員会の人件費。とんでもない額が必要になる。そこで騎士連盟日本支部は放映権を競売にかけ、大会にかかる諸経費を──」

「難しいことは置いといて、ひとまずマスコミが悪いってことですね?」

「……まぁ、本当に大雑把に言えば、そうなるな」

 

 放映権あたりで目からハイライトの失せた綴に軽く引く。彼女のマスコミに対する恨みは深いのだ。

 

 事の顛末を簡単に言えば、去年放映権を獲得した出資者たちから「ツヅリ・コトノハは一瞬で勝負を終わらせる上に何をしているのかわからない」と猛烈なクレームが入り、運営委員会は金を得ている立場上逆らうわけにもいかず、綴の出場禁止が決まったのだ。

 

 本来ならそんなマナーのないクレームは出さないし、聞かないものなのだが、今年はステラという超大目玉が出場することが世界中から期待されているため、今年の七星剣武祭はもはや日本の式典だけに収まらなくなってしまったのだ。

 ステラの飛び抜けた才能から考えて、一般的に見れば綴といい勝負をしてくれそうに思える。しかし運営側は綴の対人特化の能力を知っているため、去年と同じ結末が起こることになると予想したのだ。

 

 もしかしたら世界中が注目している選手が一戦目で瞬殺されるかもしれない。そうなれば、なりふり構わず大金をつぎ込んできた出資者たちは黙っていられない。出資者たちが離れてしまうと今後の式典は成り立たない。

 結果として、綴一人が犠牲になった方が安いとなったのだった。

 

「ふーざーけーんーな!!」

 

 当然本人は納得できるはずもないが、もうすでに運営側が決定してしまったことだ。黒乃一人でどうにかできる話じゃない。もう諦めるしか道はない。

 野郎、ぶっ殺してやる。と運営に乗り込むことも辞さない綴だったが、黒乃は何とか宥めた。

 

「大会側の通告もそうだが、私個人としてもお前に出場してもらうわけにはいかない」

「……どうしてですか」

 

 すっかり不貞腐れた綴。対し黒乃は至極真面目な事情を話す。

 

「今年の七星剣武祭は危険なんだ。何が起こるかわからない」

「えぇ?どういう意味です?」

「さっきも言った通り、今年はヴァーミリオンが参加することが見通されているだけあって、世界中から注目を集めている。マスコミだけじゃない。世界の三大勢力である《同盟》も《解放軍》も然り。つまり、七星剣武祭の会場に刺客が紛れ込むことも考えられる」

「はぁ……またその話ですか」

「これは本当に重要なことなんだぞ。寧音に散々言われているだろうが、お前は国家レベルの重要人になったんだ。いい加減、その自覚を持て」

 

 黒乃の主張は真っ当なものだ。魔人というのは、世界中の国が喉から手が出るほど貴重な人材だ。

 なぜならいずれ来たる第三次世界大戦に備え、少しでも戦力を蓄えたいからだ。一人でも多く抱え込めれば、それだけ有利になる。

 

 しかし、逆に相手国の魔人が一人でも減れば、それだけアドバンテージも得られるのだ。

 

 今回の七星剣武祭は世界中から観客が来る。それだけ刺客のカモフラージュも効く。

 いくら黒乃と言えど、それだけの観衆に潜む刺客を察知するのは至難だ。まして、その刺客が魔人だった場合、至難どころか無理になる。

 

「はぁ……もうわかりましたよ。ボクは一人悲しくここで射的してますよ……」

 

 萎えに萎えた綴が七星剣武祭の参加決意を投げ捨てたところで。

 

「いや、お前は七星剣武祭の会場の護衛についてもらうことになる」

「もおおおお!!なんでボクがそんなことしなくちゃいけないんですかぁ!!」

 

 綴、ついにキレる。

 待ちに待った七星剣武祭を取り上げられた挙句、慰めの射的すら取り上げられれば当然である。

 

「私は七星剣武祭の観客を守る伐刀者として参加することになっている。そして私はお前の監視役でもある。だからお前を連れて行くしかない」

「変に縛ることはないって言ったじゃないですか!それに刺客たちの集まりに連れて行くって正気ですか!?」

「無論正気だ。仮にお前をここに置いて行ったとして、もしここに刺客が来たらどうするつもりなんだ。それに会場には私だけじゃなく寧音や連盟の騎士たちが控えている。無防備にさせるより遥かにマシだ」

 

 未だに自分が重要人という自覚を持てない綴だが、黒乃の言い分はわかる。

 わかるが、萎えている手前、素直に認めたくない。

 

「でも……」

 

 ここで綴が何と言おうと連れて行くので、

 

「そんなに射的したいならホテルの部屋ですればいいだろう」

 

 と、投げやり気味に言うと。

 

「……あ、その手があったか。なら行きます!」

 

 コロっと態度を変えてニコニコする魔人に、密かにため息をつく。

 チョロすぎる。

 

「納得してもらえたならなによりだ。それで話は変わるが、先生との話はどうなった」

「そのことでしたら、依然として断ってますけど」

 

 先生、というのは黒乃の学生時代の教師だった者のことだが、現在彼はこの国の首相を務めている。

 異例のスピードで成り上がった彼から綴はとある依頼を頼まれているのだが、その内容が力を貸して欲しいという大変曖昧なもので、迂闊に承認しようものなら何に巻き込まれるかわからない。

 生徒だった身として彼を信じてはいるものの、綴の監視役としては信用ならない。例えこの国のトップだったとしてもだ。

 

 去年の今頃……そう、ちょうど綴が七星剣王になった後からちょくちょく連絡をよこす彼に言い得ぬ不信感を抱く。

 寧音の言葉が脳裏に蘇るからだ。

 ひとまず保留にするよう綴に言ってあるが、こちらも警戒せねばなるまい。

 

 堪らず大きなため息を零す黒乃だった。

 

 

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