銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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12話

 翌日、綴たちは学園近郊にあるスポーツジムの屋内温水プールにやってきた。

 もちろん破軍学園にもプールはあるのだが、二つあるプールの片方が掃除中で一方は講義に使われているので、こうして外出したわけである。

 

 さて、往々にして女子は準備に時間のかかる生き物で、それは綴たちにも当てはまることであった。

 

「うっわ、ステラさんそれ攻めすぎでしょ……」

「う、うるさいわね!ちょっと力入れただけでしょ!?」

「あはは。零れちゃわないか心配だね」

 

 綴が思い切り頰を引きつらせて眺めているのは、ステラの水着姿である。

 普通のビキニと比べても明らかに布面積が少なく、歩くたびに暴力的な双丘が踊り出しており、男性が見れば悩殺されそうである。

 白い肌を際立たせるような黒い紐ビキニは、同性の綴から見ても赤面ものだ。そんなものを着て人前に出れる気がしれない。

 

「そうまでして黒鉄君の意識を引きたいのかい?」

「うぅ……だって最近ライバルが増えてきてるんだもん……!」

「言わんとすることはわかるけど、一応鍛錬という名目で来てるんだから、もう少し運動に適した水着にしときなよ」

 

 ステラはどうやら一輝に気があるらしい。

 そのことをステラから相談された綴。しかし彼女も恋愛とは無縁の生活を送っているので空回りしたのだが、『一緒にいればそのうち黒鉄君からアプローチがあるよ』という言葉を信じ、こうしてステラも鍛錬に付いてきたのだった。

 まぁ、傍にビーチボールを持っている時点で、ステラの目的は明らかなのだが。

 

 それにしても、ここまでの暴挙に出るとは思っていなかった綴は頭を抱えた。

 

「あとここ市民プールだから、当然他の客もいるんだよ?そんな姿見られて恥ずかしくないの?」

「恥ずかしくないわ!だって水着だもの!」

 

 皇族らしく堂々たる宣言である。

 水着ゆえに肌が露出するのは仕方ないにしても、限度というものがあろうに。

 綴の感覚ではステラのそれは完全にアウト。絢瀬の着ているスポーティなデザインのセパレートくらいが普通。

 それは絢瀬も同じようで、ステラの煽情的なそれに固唾を飲んでいる。

 

 こんなところで皇族と一般人とのズレがあるなんて、と見当違いな戦慄を覚える。

 実は自分でも狙いすぎたという自覚のあるステラは、それを誤魔化すために矛先を変える。

 

「ツヅリさんは想像通りというか、納得する水着よね」

「そうだね。ボクも何にするか気になってたけど、イメージ通りだ」

「アリスさんが選んだんだけどね。ボク好みで気に入ってる」

 

 ゆったりしたサイズの長袖のラッシュパーカーにショートパンツという露出が控えめの格好だ。

 ジップアップを胸元あたりまで開けているため、インナーが少しだけ顔を覗かせる。

 裾から伸びる長い足は本来のものより更に長く感じさせる。

 そこだけが肌の露出となっているため、自然と視線を集めることになる。元から美脚であるため、釘付け間違いなしだ。

 実用性を考えればラッシュガードが相応しいが、鍛錬の内容が『水中を漂うだけ』らしいのでこちらを採用した。

 

 ひとしきりお互いの水着について語ったところで、彼女たちはプールサイドに出た。

 

 瞬間、あちらこちらから視線が殺到するのを感じる綴。

 無理もない。控えめに言っても絶世の美女であるステラが挑戦的な水着を着ているのだから、目がいかないわけがない。

 初めて一般開放されたプールに来た綴にとっては肩身の狭い感覚だ。早々に一輝の元に向かう。

 

 ……尤も、綴本人の自覚がないだけで、不躾な視線は彼女にも注がれているので逃れることはできないのだが。

 

「おまたせ黒鉄君。やっぱりステラさん凄いね」

「う、うん。凄く綺麗だ……」

 

 お、これは好感触じゃないか。もともとずば抜けた美貌を持っているから当たり前と言えば当たり前だが。

 

 ──頑張れステラさん。狙い通りだぞ!

 内心でグッと親指を立てる。

 

「言ノ葉さんもよく似合ってるよ」

「それこの前も聞いたよ」

 

 一輝には水着を選ぶときに見てもらっているから、目新しさはないだろう。

 その意味を込めて返すと、一輝は頰を掻きながら言った。

 

「そうだけど、改めて見るとどうしても言いたくてさ。本当に綺麗だ」

「……面と向かって言われるの恥ずかしいね。まぁ、ありがとう」

 

 はにかみながら一輝の隣に腰を下ろす。プールのあちこちから舌打ちが上がったが、彼らの耳に届くことはなかった。

 ざっとプールを見渡していたステラが苦笑を浮かべる絢瀬を連れてやって来た。

 

「思ってたより人が少ないわね。まだプールの時期じゃないからかしら。まぁいいわ。思いっきり遊ぶわよ!」

「いや、遊びに来たわけじゃないんだけどね」

「あ、そうだった。鍛錬だったわよね、うん」

 

 あははと頭を掻いて誤魔化すステラ。

 さっきボクが注意したばかりじゃないか。綴が半目でステラを睨む。

 

(仕方ないじゃないの!センパイには悪いけど、アタシはイッキと遊びにきたのよ!)

(ふーん。まぁいいんじゃない?黒鉄君は鍛錬に真剣な人が好きだと思うけど、遊びに来たステラさんには関係ないことだよね)

(うわぁぁん!!ゴメンなさい真面目に鍛錬しますぅ!!)

 

 不思議なことに目線だけで会話が成立したのだった。

 そんなやり取りを尻目に、絢瀬は尋ねる。

 

「それで黒鉄くん。鍛錬って何するの?やっぱり泳ぐのかな?」

「いや、今日は筋肉を使わない鍛錬をする。簡単に言えば、クラゲのように水中を漂うだけ」

「そ、それって鍛錬になるの?」

「なる。意識の持ち方が重要なんだ」

 

 曰く、水中では自分自身がとても近くに感じられる。

 綴と絢瀬は疑問符を掲げたが、ステラは合点がいったように頷いている。

 

「たぶんやってみた方が早いと思うよ。立つために込める力も、視界の景色を見て理解するための意識も、全部忘れて自分の内側に意識を向けるんだ」

「……よくわからないけど、やってみる」

 

 鍛錬の意図こそ理解できないものの、一輝のことを全面的に信頼している絢瀬は、大きく息を吸うと水中に身を沈めた。

 見届けた綴は一輝に問う。

 

「どれくらい潜っていればいいの?」

「言ノ葉さんは肺活量を鍛えてないから、息苦しくなってきたと思ったらすぐに上がって。これは肺活量を鍛える鍛錬にもなるから」

「わかった」

 

 射的しかしてこなかった綴は精々一分が限界だろう。無理をさせても逆効果なので、綴には普通の鍛錬を言い渡す。

 

「それと言ノ葉さんはいつもの自然体で水中に漂うことを意識してみて」

「う、うーん……言われてみると難しいような」

「水中で早撃ちをする感覚で、と言うと出来そうじゃない?」

「なるほどね。それなら簡単だよ」

 

 綴が曖昧なことを説明されて理解に苦しんだとき、大概銃に置き換えて説明すると上手くいくことを知っている一輝は、言ノ葉さんは言ノ葉さんだと謎の満足感を覚える。

 そして、潜った綴の隣で『仲間になりたそうにこちらを見つめている!』という吹き出しが入りそうな目を向けているステラに一輝は、

 

「まずボールをしまおうか」

「なんでアタシだけ!?」

「ステラだけが遊びに来てるからだよ……」

 

 それもあるが、実際のところステラはこの鍛錬をする意味がないのだ。なぜなら、すでに彼女はこの鍛錬を通して学ぶものを会得しているから。

 己の内側へ意識を傾けることによって、筋肉の微動を始め血の巡りや神経伝達の機微を感じ取る。いわば精神統一のようなもので、これにより一つの無駄な動きや非合理な動きを削ぎ落とすことができる。

 

 これが出来ていないからこそ絢瀬は二年間悩んでいた。故に一輝はこの鍛錬を提案したのである。

 対して、ステラはこれが出来ている。適当にスウィングしても勝手に最適のアクションにアジャストされるくらい、彼女は完璧にマスターしているのだ。

 

 なので、改めてこの鍛錬をさせたところで復習にもなりやしない。

 ならば肺活量はと思うだろうが、これが不思議なことにステラは一輝の十倍以上の肺活量を誇る。

 鯨か何かかという疑問はさて置き、やはりこれも意味がない。

 

 つまり、この場に於いてステラに有効な鍛錬をさせることは出来ないのだ。あまりに彼女が優秀なために。

 そのことを懇切丁寧に説いた一輝は、ステラからビーチボールを取り上げた。

 

「じゃあ僕はこれをしまってくるから、それまでステラは二人を見てやってくれないかな」

「むむむ……っ!!」

 

 やる事なす事が空回りするステラは口をへの字に曲げて一輝を見送った。

 綴に鍛錬のためにプールに行くんだよと念押しされていたのに、遊ぶつもりでついて来たのが悪いのだが。

 

 しかし、この水着に関して触れられないのは物申したい。

 綴には反応していたのに、アタシには何も言ってくれなかった。それどころか、なるべく視界に入らないように立ち回ってる節まである。

 ……後半はステラが男性にとって目に毒な姿をしているからなのだが、恋する乙女には気づかない。

 

「むぅ……ツヅリさんばかりズルい……」

 

 今にも早撃ちが閃きそうな姿勢で水中を漂っている綴を見て、密かにため息を零す。

 

「何がズルいの?」

「ミキャ!?」

 

 背後からいきなり声をかけられたステラの口から奇妙な悲鳴が漏れる。

 振り向くと、ニマニマと笑う恋に恋する乙女が。

 

「やっぱりヴァーミリオンさんって黒鉄くんのことが好きなんだー」

 

 あぁ、これは誤魔化せないヤツだ。静かに悟ったステラなのだった。

 なお、綴は黙々と漂うだけである。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 少しばかり色恋沙汰で騒いだことがあったが、概ね充実した鍛錬を終えた綴たちが外に出た頃には、すっかり日が落ちていた。

 空腹を感じた一行は、寮に戻る前に町で夕食をとることに。

 一輝は女性陣に何か食べたいものはないか尋ねたが、案の定特にないとのことなので適当なファミリーレストランに案内した。

 

 一輝は大盛りきつねうどん。綴はサイコロステーキ。絢瀬は鮭定食。

 ここまで普通だったのだが、ステラはなんとミックスグリルを四人分とステーキ三枚を注文。

 注文を承りに来たバイトが思わず聞き直したのも納得である。

 

 実際に料理がテーブルに並ぶと壮観の一言。

 本当に食べきれるのかと疑念の眼差しを向ける綴。しかし毎日の食事を共にするルームメイトの一輝はステラの大食いを知っているので、何事もないようにうどんを啜る。

 

「ヴァーミリオンさんってよく食べるね……」

「……仕方ないでしょ。これくらい食べないと体が動かないのよ」

「これ全部エネルギーになっちゃうのか……」

 

 体重や体脂肪などあまり気にするタチではない綴でも、さすがに心配になる量だ。

 その心中を鼻で笑うが如く、バクバクとカロリーたっぷりの夕食を平らげる。

 細身からは考えられない怪力はここから来ているのかと妙な納得をする。

 

 健啖ぶりを見せつけるステラを見て、絢瀬は楽しそうに笑う。

 

「今日は……ううん、今日もとても勉強になった。黒鉄くんと一緒に修行するようになって、毎日が発見と成長だらけだよ。父さんから教えてもらった奥義を使いこなすにはまだまだ未熟だけど、でも少しずつ父さんに近づけてる実感がある。本当に感謝してもしたりないよ」

「すべて綾辻さんの努力あってこそだよ。それに綾辻さん一人でもいずれは気づいていただろうし、その奥義にもいずれ至れていた。僕は少し背中を押しただけだから、恩に着ることはないよ」

 

 少し押してくれたからこそ綾辻先輩は感謝しているんだよ、と綴は内心で呟く。

 見え透いた謙遜なんかではなく、本心から些細なことだと思っている一輝。

 そんなところが彼らしいと密かに笑みをこぼしたところで、ふと視界に入った男に目を凝らす。

 

「──だから、なんとしても代表戦に勝ち残らないといけない。七星剣武祭に出て、奪われた大切なものを取り戻すために」

 

 やけに熱のこもった決意を見せる絢瀬を見つけたその男は、まっすぐこちらのテーブルに向かって来た。

 この男を、綴は知っていた。

 

「ハハッ。どっかで見たツラだと思えば、絢瀬じゃねェか」

「……倉敷(くらしき)蔵人(くらうど)

「アン?」

 

 低く呟かれた名前に、その男は反応した。

 そして綴の顔を見た男は「げぇ」と遠慮なく顔を顰めてみせた。

 

「綴じゃねェかよ……!?」

「気安く名前で呼ぶな。何でキミがここにいる」

「それはオレのセリフだ!」

 

 突然の来訪者に困惑していた一輝が視線を投げかけて来た。

 チラリと隣を見ると、絢瀬が俯いて唇を噛んでいる。

 真面目な彼女にとって、この手の輩は苦手でしかないだろう。

 なるべく早く追い払いたい。

 

「去年の七星剣武祭でコイツと当たってね。ちょっとした顔見知りさ」

「七星剣武祭!?こんなヤツが!?」

「ハッハー。言ってくれるな皇女様よぉ」

 

 下品な笑いを零す蔵人を睨みつけるステラ。

 

 こんなチンピラが七星剣武祭の代表ですって?

 そんな気持ちがありありと伝わってくる目に、綴が補足する。

 

「で、ボクに負けてベスト8止まりのヤツが、一体何の用かな」

「チッ、イケすかねぇヤツだ」

 

 ふかしていた煙草を指で挟み、わざと紫煙を吐きつける。

 

 ベスト8と言っても、それは凄まじい成績であることは明白だ。

 簡単な話、星の数ほどいる学生騎士の中で上から八番目に強いという意味なのだから。

 

『ねぇクラウドぉ、誰と話してんのー?』

『早くゲーセンいこうぜぇ』

『お?絢瀬ちゃんじゃないのぉ。おっひさー!』

『最近遊びにこないから心配してたんだぜ?ギャハハ』

 

 ゾロゾロと蔵人の連れらしきアウトローな風体の若者たちがテーブルに集まってくる。

 すげなく追い払うつもりだったのに、面倒が更に増える。楽しい気分で食事していたのに完全にパーだ。

 それにもともと不良は嫌いである。出来れば話したくもない。

 

 ジリジリとイラつきが燻る綴だが、一方で度々絢瀬の名が彼らの口から出ることから、彼女と何らかの関係があるのかと考える。

 しかし絢瀬は何かに耐えるように不良たちの言葉を無視して俯き続ける。髪から覗く口元はキツく結ばれている。

 それを目敏く感じ取った一輝は、素早く行動を取った。

 

「悪いけど連れが嫌がってる。離れてくれないか」

『アァン!?なんだテメェは!?』

『ナマ言ってっと殺すぞ!』

 

 外野ががなりたてるが、一輝は相手にしない。

 相手にすべきはこいつらのリーダー格である蔵人ただ一人だ。

 すると、蔵人は一輝を興味深そうに睥睨し、不思議なことを尋ねた。

 

「テメェ、剣客か」

「わかるのかい?」

「ハッ、何となくな。テメェらには独特の気配がある」

 

 呟くと、蔵人は一輝たちの近くで食事をしていた家族客のテーブルから、ビール瓶とグラスを取り上げると、

 

「悪かったなブラザー。食事の邪魔してよ。そこにいるのが懐かしい顔だったもんで、つい気安く話しかけちまった」

 

 グラスにビールを注ぎ、一輝の前に置いた。

 

「コイツは詫びの印だ。受け取ってくれや」

「悪いね」

 

 目の前で堂々とかっぱらって来たものをよくもぬけぬけと。

 しかし事を荒だてたところで不愉快な時間が続くだけだ。文句を飲みくだし、一輝はグラスに手を掛ける。

 

 たとえ、蔵人が()()()()()()()()()()()()()()()()()()としても、場を流すために無視するだけだ。

 

 数瞬後に後頭部へ襲いかかる衝撃に備えた一輝だが──

 

「ッ!?」

 

 突如、尋常ならざる剣幕で大きく後ろに跳んだ蔵人。跳んだ先のテーブルが音を立てて崩れ、皿からこぼれた料理が床を汚し、客が悲鳴をあげる。

 そんなことは眼中にない蔵人の鋭い目は、普通に座っているだけの綴を捉えていた。彼の額には俄かの汗が滲んでいる。

 

 蔵人の奇行に取り巻きの不良やステラは困惑するも、一輝は正確に理解していた。

 

「使用許可もないのに霊装を出しちゃダメだよ、言ノ葉さん」

「犯罪の現場と緊急事態に限っては認められてるんだよ、黒鉄君。今回の場合は暴行未遂と営業妨害だ」

 

 軽口を叩く調子でやり取りする二人。すでに店内はこの騒動によって静まり返っているため、よりシュールさを際立たせた。

 だが、蔵人は内心で冷や汗を流す。

 

 ──チッ。このオレが霊装を()()()ことにしか気づけねぇとはな。相変わらずイカれた野郎だ。

 

 蔵人が瓶を振り上げた瞬間、綴は霊装の銃を取り出し、蔵人の額に照準を合わせ、何もせずにしまったのだ。

 あまりに早すぎた脅迫行為に、蔵人と一輝以外は気づかなかっただけの話。

 

 これだ。オレが七星剣武祭で負けた原因は。

 このオレが何も出来ねぇまま戦闘不能にされた芸当を、また食らった。

 その事実に怒りが湧いてくる。

 

 ……蔵人には《神速反射(マージナルカウンター)》という特殊体質が備わっている。

 常人の反応速度はおよそ0.3秒と言われている。鍛えれば0.2秒に迫り、一流アスリートらは0.15秒あたりまで縮まる。

 これはどんなに鍛えても0.1秒を切ることは不可能とされており、つまりそれが人間の限界である。

 

 しかし、蔵人のそれは0.05秒。限界を逸脱した反応速度を先天的に備えていたのだ。

 論理的に言えば、人が一つのアクションを起こす間に、蔵人は二つから三つのアクションを行うことができる。

 悪魔のような才能。究極の後だしジャンケン。それを可能とするのが《神速反射》だ。

 

 これにより数多の剣客や道場を潰して来た蔵人だったが、去年の七星剣武祭で初めて反応できなかったモノに遭遇した。

 それが綴の早撃ち。

 絶対の自信を寄せていた才能を嘲笑うかの如く潰して来たあの早撃ちが、蔵人は苦手だった。

 

 人間の限界をはるかに超越した早撃ち。

 これが斬撃であり剣客であれば文句なしで最高だったのだが、生憎彼女はガンマン。蔵人が望む剣による尋常な死合いはできない。

 そんな惜しさもあって、綴に苦手意識を持っていた。

 

 銃を向けられたと感じた瞬間がむしゃらに跳んだために、他の客たちのテーブルに突っ込んでしまった。

 これにより店内の客という客が蔵人たちを遠巻きに見ており、その影で店員たちが電話を片手に成り行きを観察していた。

 

 明らかに分が悪い。絢瀬に軽くちょっかいを出すつもりだったのに、とんだご破算だ。

 

 しかし、思わぬ収穫もある。

 綴の脅迫に反応したのは己だけじゃない。あの黒髪の優男も気づいていた。

 それに不意打ちの瓶による強打も、恐らく察していたはず。敢えて受けることでこちらを興醒めさせ帰らせる魂胆だったのだろう。

 アンニュイな笑みの裏では、余計な怪我を負わないように衝撃を逃す算段を付けていたに違いない。

 

「おい、テメェの名前を聞かせろ」

「……黒鉄一輝」

「クロガネだな。覚えたぜ。今は気分が乗らねぇから見逃してやる。今度会ったときは殺りあおうや」

「お手柔らかに頼むよ」

「ハッ、さっきまでの演技は隠すつもりもねェってか。いくぞ」

 

 最後に綴を一瞥し店から出て行った蔵人たち。

 彼らが姿を消すとあわてた様子で店長とおぼしき男が一輝たちの元に駆けてくる。

 一番の被害者であろう彼は、一輝にペコペコ頭を下げる。

 

 それをやんわりと流す一輝を尻目に、綴はため息をついてすっかり冷めたステーキを口に放り込む。

 そして、己の隣でひたすら俯いていた絢瀬に声を掛ける。

 

「話を聞かせてもらってもいいですか、綾辻先輩?」

 

 垂れた髪の奥から忿怒の炎を目に宿し蔵人を睨みつけていた彼女に。

 

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