銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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13話

 倉敷と綾辻先輩の因縁を聞いた。それは彼女が殺意にも似た怒りを覚えるに相応しいものだった。

 大切な道場や仲間と父を傷つけられ、誇りも思い出も全て奪われたという。

 

「アイツはボクらの道場を乗っ取って好き放題している。決闘で勝てば返すって言われたけど……」

 

 そこまで声を絞り出し、悔しさのあまり目尻に涙が浮かぶ。

 語る先輩の手が真っ白に染まっており、硬く結んだ口から歯軋りすら聞こえそうだ。

 

 勝てば当面の問題を解決出来るのに、自分の力が足りないせいで叶わない。

 何度倉敷に挑んでもまるで子猫をあしらうように返り討ちに遭い、遂には門前払いされる始末になったそうだ。

 

 歳下の黒鉄君に頭を下げてまで修行をしていたのは、倉敷に勝つためだったということだ。

 今年の七星剣武祭に代表選手として出場し、倉敷を下す。それが先輩の決意。

 

 ……あんな不良と真面目な先輩が関わることだからろくでもないことだと思っていたけど、想像以上に深刻な内容にボクらは閉口する。

 

 完全に警察ごとなのだから警察に通報すれば良いとボクが提案したのだが、形はどうあれ、最終的に道場主の綾辻海斗さんが承諾した決闘の末に起きた事件ゆえに、海斗さんが昏倒したことも道場を奪われたことも合法とギリギリ言い張れるらしく、届け出ても解決できないらしい。この国の法律どうなってんだ。

 

 七星剣武祭に並々ならぬ意志を見せていた理由はわかった。けれど、なんと声をかけたものか。

 正直にボクの所感を言ってしまうと、綾辻先輩の目論見は非常に厳しいことだと思う。

 

 今年の七星剣武祭は全校生徒の半分が代表候補となっており、代表選抜戦の性質ゆえに一戦の勝敗の価値が非常に高くなる。

 おそらく、一回でも負けたら代表から外れるだろう。それだけ倍率が高いのだ。

 

 すごく失礼なことだと自覚しているけど、今の綾辻先輩の実力を考えると全勝するのは不可能に近い。

 

 彼女の伐刀者としての実力は知らないけれど、何十戦もある代表選抜戦全てに勝利するには、やはりそれ相応の突出した強みが必要になる。

 黒鉄君ならその超人的な身体能力と、卓越した戦闘技術。ステラさんなら圧倒的な魔力量と魔術の火力。

 勝利には必ず理由があるのだ。

 

 翻るに、先輩にそのような抜群の強みがない。

 そもそも平凡を圧倒できるような強みを持っていたら、倉敷に汗一つかかせることすらできないという事態はあり得ないだろう。

 現実的に考えて、先輩が完勝するのは不可能に近い。

 

 もちろん一敗でもしたら代表になれないと決まっているわけではないが、黒鉄君から聞くには今の所全勝で勝ち抜いている生徒が複数名いることは確かなのだ。

 そして、用意された席は補欠を含めて七つ。そのうち二つは黒鉄君とステラさんが確定しているとして、補欠は出場できる保障がないため、実質残りの席は四つ。

 そう考えると一敗が致命傷に成り得る。

 

 それを回避するには力が必要になるが、そう簡単に実力が伸びるはずもない。

 端的に言って、今の先輩は八方塞がりである。他者であるボクらが何とかできる問題ではないし、それらを正しく認識しているからこそ先輩は苦しんでいる。

 

 まぁ、それはあくまで先輩の目論見の達成に限った話だが。

 

 声をかけあぐねているのを誤魔化すように最後の一口ステーキを食べた時に、不意に()()()の生徒手帳がメールの着信を知らせた。

 黒鉄君と綾辻先輩が同時にポケットから生徒手帳を取り出し、画面を見る。

 すると、黒鉄君の顔が『なんてタイミングだ』と言わんばかりの表情に歪む。対面の綾辻先輩なんて全身から血の気が失せており、顔に至っては青ざめてすらいる。

 

 ──あぁ、これはマズイやつだ。

 

 速やかに察したボクは、立ち上がろうとした先輩の肩を捕まえた。

 

「どうするつもりですか」

 

 脈絡もない問いかけだが、先輩には十分伝わるはずだ。

 たった今、ボクらに代表選抜戦で負ける訳にはいかないと公言したばかりなのだ。

 その手前で全勝で勝ち進んでいる黒鉄君とマッチングした。これがどれほど不運な巡り合わせなことか。

 

 ボクが先輩の立場なら有無を言わさずこの場から逃げ出すだろう。先輩も同じ心境に違いない。

 

 だからこそ聞かなくてはいけない。

 逃げ出したあと、どうするつもりなのかと。

 

 先輩は己の力量をきちんと弁えている。だから、例え能力ありの実践形式であっても黒鉄君に勝てないことは痛いほど理解できているはず。

 けれど、ここで負けたら、もしかしたら倉敷に挑むチャンスがもう二度と訪れないかもしれない。

 それだけじゃない。黒鉄君に負けたことで、自分に対する自信すら失ってしまうかもしれない。

 

 退っ引きならぬ窮地。されど窮地に反骨する強い覚悟。

 まさしく窮鼠が猫を噛む状況。何をするかわからない。

 

 短い付き合いだけれど、綾辻先輩が本当に誠実で真面目な人だということは知っている。

 そんな人が卑怯な手に出るとは思えないが、逆にそれだけ強い目的意識を持っている人ならどんな手を使ってでも目的を成し遂げようとするかもしれない。

 

 ボクの眼差しを受けて、先輩の目があっちこっちに彷徨う。その行き先のほとんどは黒鉄君だ。

 

「ボ、ボクは……」

 

 いつの間にかカラカラに乾いてしまっている唇を震わせる先輩。

 まるで死刑判決を待つ囚人のような表情で言葉を詰まらせる。

 

 ……酷なことを尋ねているのは重々承知だ。だってこんなこと、答え合わせに等しいもの。

 ボクがどうするつもりなのかと尋ねて、先輩が狼狽えた時点で結論が出てしまっているのだから。

 

 この裁判をしているような空気を楽しむ趣味はない。

 だから手っ取り早く済ませることにした。

 

「綾辻先輩。先輩は一つ勘違いをしています」

「勘違い……?」

 

 先輩には突飛な発言に聞こえただろう。眉を顰める。

 今の先輩はかなり混乱しているだろうから、順序立てて説明するべきか。

 黒鉄君とステラさんも真剣にボクの言葉を待っている。一つ呼吸を置いた。

 

「先輩の目的はなんですか?」

「アイツに……倉敷に勝つことだよ」

「それは()()勝つべきなのですか?」

「ボクに決まってるだろう!?」

「そこです。そこが違います」

 

 片目が隠れた顔でも、表情の変化はよくわかる。それだけ彼女の感情の起伏が豊かということだし、一つのことにリアクションを取ってしまうくらい真面目な人なんだと改めて思わされる。

 キョトンとした顔から一転して真っ赤な怒りに染まる。

 

「何が違うんだ!ボクが勝たないと意味がないだろう!」

「それは綾辻先輩の気持ちの問題です。そうではなくて、もともと倉敷に挑もうとした原因はなんでしたか?」

「ボクの道場を取り戻すために──ッ」

「なら綾辻先輩が倉敷に勝つ必要はないじゃないですか」

 

 遂に怒鳴ろうとした綾辻先輩を制するように言葉を被せた。それにより勢いが止まり、先輩の口もピタリと止まった。

 

「な、何を言って……?」

「だって、どこの馬の骨とも知れぬ奴が合法の決闘を仕掛けた上で道場を奪ったのでしょう?なら綾辻道場に全く関係ない人が道場を賭けた合法の決闘を申し込んでも問題ないですよね」

「え?……えっ?」

 

 相当混乱しているらしい。頭を抱え出してしまう。

 が、客観的視点に立っている黒鉄君はしっかり理解できたようで、なるほどと相槌を打った。

 

「綾辻さん。つまり、倉敷君がやったように、誰かが道場を奪い返せば良いということだよ」

「う、うん……。でも、奪い返した人がボクじゃないと──」

「その人がキミに道場を譲り渡せば良い」

 

 あ、始めからそう言えば良かったか。ちゃんと説明しようと思ってたけど、知らず知らずのうちに迂遠な言い方になってたらしい。

 簡潔にスパッと言った方がわかりやすいに決まってたね。どうやらボクも少し動転していたらしい。

 ボクの生徒手帳のディスプレイに映っていた差出人の名前が名前だったから、つい……。

 

 黒鉄君の補足で合点がいったようで、確かにと呟いたところで切り返した。

 

「でもダメだ。そんな都合の良いことなんて有り得ない」

「いるじゃないですか。倉敷の眼鏡に適った人で、かつ、綾辻先輩の味方になってくれる強い剣客が」

 

 ボクがわざとらしく目線を送る。辿った先にいるのは、それはもう待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべている黒鉄君。

 綾辻先輩は信じられないといった表情で呆然と眺めている。

 

「そ、そんな……どうして……」

 

 震える声で先輩が尋ねた。

 それこそ答え合わせのように、黒鉄君は明瞭に答えた。

 

「友達に手を差し伸べるのに、理由なんていらないよ」

 

 まぁ、綾辻先輩が信じられないのもわかるよ。

 付き合いも短いのに目の前で裏切ろうとしていた人を助けたいと思う人なんて、そうそういない。

 けれど、黒鉄君は助けたいと思えるような人なんだよ。理不尽に自分をイジメてきた人に恨みを抱くどころか、他人に被害が広がらないか心配するような呆れるほど善良な人なんだ。

 

 綾辻先輩の話を聞いている時点で『何とか力になりたいな』って考えてたからね、彼。そんな顔してた。

 だからボクは彼の気持ちを汲み取った上で提案しただけだ。

 

 本音を言えば、黒鉄君に頭を下げてまで力を付けようと諦めなかったのだから、最後まで自分の力で何とかする方が良いと思ったけれど、何事にも限度というものがある。誰も彼もが黒鉄君のような鋼の精神を持っているわけじゃないからね。

 世の中、綺麗事だけで済むほど楽ではない。

 

 例えば、ボクの生徒手帳に舞い込んだ()()()()()()()()()とかね。

 

 あまりに予想外で、同時にあまりに嬉しかったのか、感極まって泣き出してしまった綾辻先輩を微笑みで見守りながら、心中で密かにため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

「よく来てくれたね。《七星剣王》」

「ど、どうも……」

 

 人当たりの良い笑みを浮かべながら歓迎の言葉を述べる獏牙に、乾いた笑みを返す綴。

 

 綴が呼び出された場所は日本の政治機関の総本山・国会議事堂である。

 その一角──首相の書斎に連れ込まれた綴は日本のトップとマンツーマンで対面するという、非常に居心地の悪い状況に置かれていた。

 

 去年の七星剣武祭が終わった辺りから幾度となく獏牙から声は掛かっていたのだが、黒乃が上手く手を回して断っていたため殆ど関わりがなかった。

 しかし、遂に痺れを切らしたのか騎士連盟日本支部の責任者──支部長とは別に設けられた、謂わば日本支部そのものを監視する地位──の権利を使い、綴を一介の魔導騎士として呼び出したのである。

 この呼び出しについて黒乃にはすでに言い含めていたらしく、非常に苦い顔をしながら送り出してもらった。

 

 綴を呼び出すのに実に一年の歳月をかけた訳だが、すぐに強硬手段に出なかった辺り火急の用事と言う訳ではあるまい。

 今更になって呼び出さなければならないような状況になったのか。

 

 ──首相が困るほどの問題って、それこそ国際問題レベルでしょ?ボクにどうしろと言うんだ。

 

 正直お国柄の問題に巻き込まないで欲しいのだが、散々寧音に言われて来た通りそういう立場になってしまったからには相応の責任が求められる。

 例えそれが本人の望んだ地位でなかったとしてもだ。

 

 綴の内心を見透かしたように、獏牙は話を切り出した。

 

「今までは貴女を魔人として狙う敵陣営からの刺客……すなわち《同盟》や《解放軍》によるちょっかいを警戒して新宮寺女史や西京君に警護させていたが、その必要はほぼ無くなったのだよ」

「それはボクが誰かから狙われなくなったということですか?」

 

 ぶっちゃけ夜道で背後に気をつけるみたいな危機感は一切抱かず日常を過ごしていた身としては実感のない話である。

 なにせ実際にそういう目に遭ったことがないから。モールでたまたまテロ現場に出くわしたが、あれは綴を狙ったものではないし、割とあっさり解決してしまったため恐ろしい目に遭ったという恐怖は皆無である。

 

 綴の世間に対する無関心さを知っている獏牙は彼女の気持ちを推測しつつ答える。

 

「正しくは狙われなくなる予定だがね。それは今から具体的に説明していこう」

 

 獏牙の顔に深く刻まれた皺が寄る。口元には微笑みが湛えられているが、どこか疲労と焦燥を感じさせる人相だと綴は感じた。

 

「すでに西京君から聞き及んでいると思うが、現在我々が享受している平和は薄氷の上に辛うじて立っているものだ。世界を三分するそれぞれの勢力が互いに拮抗し、抑止力となって平和を保っている。しかし、そう遠くないうちに三大勢力のうちの一つ《解放軍》が瓦解することが決定されている」

「どうしてそう言い切れるんですか?」

「《解放軍》のリーダーである《暴君》と呼ばれる伐刀者がかなり高齢の方でね。いつ天寿を全うするかわからないくらい長生きしている。リーダーを失えば組織はたやすく崩壊する。僅かな猶予があるかもしれないが、崩壊は絶対に免れない」

「仮にその人が亡くなっても、違う人がリーダーになると思うんですけど」

「なりたくてもなれないのだよ。彼は君と同じ《魔人》なのだから」

 

 その言葉に綴は僅かに息を詰まらせる。

 言われてきたことだから理解しているつもりだったが、寧音の言う通りわかってなかったらしい。魔人というステイタスがどれだけ甚大かということを。

 

 核兵器に匹敵する重大な存在というのは誇張でもなんでもない。本当にそのままの意味だったのだ。

 寧音や黒乃の説明だけでは実感が湧かなかったが、こうして実例を挙げられると途端に魔人という肩書きがズシリと重くなる。

 

「それにただの魔人ではなく、魔人たちの中でもさらに桁外れの実力を備えた魔人だ。当然、そう簡単に代わりの人材を据えられるはずもない。そういった化け物が三大勢力のトップにそれぞれ君臨しているからこそ拮抗できている。《解放軍》が崩れ去る理由は理解できたかね?」

 

 コクコクと頷く綴。日本という国を背負う男は咳払いを入れてから続けた。

 

「《解放軍》が消えると次に何が起こるか。それは残った二つの陣営による《解放軍》の残党の取り合いだ」

「……少しでも敵陣営との戦力差をつけるため、ですか」

「察しがいいね。その通りだ。そして残念なことに、囲い込み競争はすでに起こっている」

「なら、ボクらの陣営……えっと、《連盟》でしたっけ。《連盟》がその競争に勝てば良いのではないですか?」

「それは不可能なのだ。《連盟》は《解放軍》に対して明確な敵対姿勢を見せているから、おいそれと《解放軍》を引き込めないのだよ」

 

 《連盟》の掲げる魔導騎士とは簡単に言ってしまえば武力行使の出来る自衛隊のようなものだ。

 犯罪者を取り押さえたり、他国の紛争の抑圧に向かったり。騎士の名に恥じぬ、正義の味方が魔導騎士のあるべき姿。

 

 それに対し《解放軍》はならず者の集まりだ。凶悪な犯罪者たちによる巨大な組織である。

 どうして正義の味方である騎士が倒すべき犯罪者たちと手を結べるだろうか。

 こればかりはどんな事情があろうと曲げられない体裁なのだ。

 

「《連盟》が引き込めないぶん、《同盟》は大多数の戦力を手に入れることができる。これは後に起こる第三次世界大戦に於いて致命的になる」

「その戦争は絶対に起こることなんですか?ボクには戦争をする理由がわからないです」

「もともと《大国同盟》とはこの世界を大国による分割管理下に置くことを目的に結成された組織。対し《国際騎士連盟》は小国同士が協力し合い今の世界の形を保とうとすることが目的。根本的に相反する組織が対立すれば、必然的に敵を消そうとする動きが起こる。それが戦争に繋がるというわけだ」

 

 スケールを小さくして言えば、子供同士の喧嘩である。

 相手が気に食わないから。相手が目障りだから。

 どんなに些細なことでも争いは起こる。それが世界規模に発展しただけ。

 

 子供の喧嘩と違うのは、それがどちらか一方が消えるまでの徹底的な殲滅戦になることである。

 三大勢力のうち二つの陣営が戦争を起こし、それが終戦したとき、勝ち残った陣営が消耗しきっているのは当たり前のことだ。

 そこに残った陣営が攻め込んでくるのは当然であり、攻め込まれた陣営の敗北は必至である。

 

 だからこそ拮抗できていた。お互いが抑止力となっていた。

 けれど、それももう終わろうとしている。

 血で血を洗う戦争の時代が顔を覗かせている。

 

 戦争に勝つためには戦力が必要だ。魔人のような強大な戦力が。

 しかし日本は敗色濃厚の《連盟》に所属している。一人足りとも魔人を逃したり出来ないし、失うわけにもいかない。

 だからこそ綴は世界序列元三位と現三位の監視下という、非常に厳重な保護の下に置かれたのだ。

 だというのに、その必要が無くなったというのはどういうことなのだろう。

 

 ようやく本題のスタートラインに立った綴に獏牙は簡潔に述べた。

 

「我々日本が《同盟》に鞍替えをする。《同盟》の仲間になることで貴女という魔人は《同盟》の戦力として数えられ、《同盟》に暗殺される心配はなくなる。そして日本が負け戦に巻き込まれることはなくなる」

 

 あまりに常軌を逸した提案。尋常ならざる策。

 されど、これこそが本題。満を持して持ちかけた。

 

「その第一歩として貴女に協力してもらいたいことがある。《暁学園》に参加していただきたい」

 

 銃使いの魔人が真剣な表情で喉を鳴らしたのを見て、口だけで教師から総理に成り上がった男の口角が釣りあがった。

 

 綴が射撃以外のことに関してほとほと関心がないことは把握していた。それに反して人並み程度の良識と良心を持ち合わせている。

 そんな彼女がこの計画に参加したいと思うとは考えにくい。

 しかし日本の未来を背負う者として、彼女には是非とも参加してもらいたい。仮に断られても支障のないようプラニングしているが、だめ押しの切り札を揃えられるなら揃えるべきだ。

 

 一年間断られても声をかけ続けていたのは、総仕上げまで猶予があったからだ。七校の代表選手がほぼ決まりつつある現在が最後の機会である。

 

 どうすれば彼女に賛同してもらえるか。

 それは、自分が参加するべきだと思わせればよい。

 人間は不思議なもので、自分にしか出来ないことがあると、自分がするべきだと使命感のようなものを覚える生き物で、それは受動的であればあるほど効果がある。

 特に綴のような良心を持つ者には覿面である。

 

 一つ一つ丁寧に状況を理解させて、いかに現状がマズイかを説く。

 そして相手の立場を詳らかにして、いかに現状に影響を与えるかを説く。

 ミクロからマクロへ細分化していき、ゴールまでの道筋を示せればなお良い。

 

 それだけで相手は動こうとするだろう。

 アイデンティティという言葉があるように、人間は思考のどこかに独自性を求めてしまう。

 その欲求を満たせる餌がぶら下げられれば、大抵の人間は食いついてしまう。

 

 かつての己のように。

 ただの変哲も無い教師が()()()()()だけでがむしゃらに突き動かされ、口八丁だけで総理大臣まで成り上がったように。

 

 己の経験と重ね合わせ、獏牙は綴を巧みに唆かした。

 わざわざ総理大臣の書斎に呼びつけ雰囲気と威圧のセッティングもした。

 数多の魑魅魍魎を相手に口で勝ち抜いてきた男は確かな手応えを覚えた。

 

 入室してきたときの気の滅入り具合はどこへ飛んだのか、綴は非常に真剣に考え込んでいる。

 あとは彼女の答えを聞くだけである。

 

 果たして──

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 《暁学園》。

 それは月影総理が個人的な繋がりで得た《解放軍》の先鋭たちによる、七星剣武祭の第八校目の勢力。

 国立の伐刀者教育機関という名目のもと、連盟所属の七校を打倒することで脱連盟の気運を上げるのが目的らしい。

 

 ボクに日本代表としてそこへ参加してほしいとのこと。

 歴代最強の七星剣王が反旗を掲げることで気運の勢いをつけたいそうだ。

 

 ……ボクはこの話を断りたいと思っている。

 当たり前だ。犯罪者と手を組んでテロリズムに等しいことをしないかと持ちかけられてるのだから。

 ボクは犯罪者になりたくないし、ましてその頭目みたいな立場になるなんて御免被る。

 

 けれど、ボクのワガママだけで済まされる話ではない。

 射撃さえ出来れば大体のことは流してきたけど、それが許されてきたのは他人に影響が及ばないからだ。

 翻って、今回の話は言ってしまえば日本の未来がかかっている。日本の魔人として取らなければならない責任がある。

 

 それは、ボクにしか出来ないこと。ボクがやるべきこと。

 

 面倒ごとに関わりたくないという私情と、未来の日本を救うために動くべきという世情。

 二つに板挟みされ頭を抱える。

 

 しばらく頭を悩ませたが、遂に天啓を得る。

 犯罪者にならずに、日本を助けるアクションを起こせば良いのだろう?

 

 あるじゃないか。

 その両方を満たして、かつ、ボク好みの簡単な解決法が。

 

「《暁学園》の生徒を呼んでもらってもいいですか?七星剣武祭で優勝できるか、ボクが試してみます」

 

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 ──なんでそうなった。

 獏牙は頭を抱えた。

 

 


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