銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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14話

 綴のワガママは、思いの外あっさりと了承された。

 彼女が計画に参加することになればメンバーとの顔合わせをする必要があったし、もともと近日に最終確認の会議を開く予定だったので不都合はなかったのだ。

 

 その代わり獏牙が指定した宿で日を過ごすことを約束させられた。

 現時点で計画の全貌が表に漏洩するのはさすがに厳しいものがある。

 仮に漏れたとしても、綴がそう感じたように、あまりにも荒唐無稽な話なので笑い話で済まされるだろうが、念には念を入れるべきだ。

 

 そんなわけで数日欠席することを学園に連絡し──黒乃に大変心配されたが、何も問題ないことを伝えた──高級ホテルの一室で、綴はベッドに腰掛けながら資料に目を通していた。

 クリップで留められた複数の紙には、暁学園のメンバーに関する情報が詳細に記載されている。これは獏牙から寄越してもらったもので、綴が彼らを試すために必要な情報であった。

 暁学園のメンバーは他校の代表メンバーとして潜り込んでいるらしく、()()()()()()()()()にそれぞれ一人配置されていた。

 そこに載っている伐刀者たちの能力は、なるほど《解放軍》の先鋭を取り寄せただけあって、非常にハイレベルな水準に纏まっていた。

 

 例えば貪狼学園代表の多々良(たたら)幽衣(ゆい)

 彼女は打撃や斬撃はもちろん、炎熱や雷撃などの魔法攻撃に至る全ての攻撃を反射する非常にレベルの高い《反射使い(リフレクター)》だ。

 どうやら体の表面に反射の概念を纏った結界を作ることが彼女の伐刀絶技(ノウヴルアーツ)らしいが、それは認識した一部の箇所に限るらしい。

 しかし本人の運動神経も良く、動体視力は取り分け優れているらしく、真っ向から戦う分にはそれが足枷になることはないそうだ。

 そのためこれといった弱点もなく、普通に戦えば苦戦は必至だろう。

 ただし、綴の異能や、去年の七星剣武祭準優勝の豪傑・諸星(もろぼし)雄大(ゆうだい)の《暴喰(タイガーバイト)》といった能力無効系の異能持ちは苦手としている。

 

 次に禄存学園代表のサラ・ブラッドリリー。

 表向きはCランクとしているようだが、その実態はAランク。

 魔力で練り上げた筆と絵の具で絵を描くことで、絵の概念を実体化させ操る能力を持つ。

 それは伐刀者を実体化させても本人のスペックをそのまま再現できるらしく、その伐刀絶技も例外ではないそうだ。

 しかも描きあげる速度も尋常ではなく、作品をいくらでも生み出せるほどの魔力量も持つ。

 はっきり言って隙なしである。苦手な敵はいないと思えるほどである。これがよーいドンで始まる試合ではなく本物の戦場であれば、彼女一人で何十人分の伐刀者の仕事を熟せるだろう。

 ただしサラ自身は途轍もない運動音痴らしいので、弱点といえば本人の貧弱さくらいか。

 

 最後に巨門学園代表の紫乃宮(しのみや)天音(あまね)

 彼こそが暁学園のメンバーの中でぶっちぎりの最強である。

 彼の異能《過剰なる女神の寵愛(ネームレスグローリー)》は、ただ願うだけで彼の都合のいいように因果がねじ曲がり、願いが叶ってしまうという規格外の能力。

 その願い事の範囲は非常に広く、彼にとって不都合な事象は常にかき消され、実現可能な因果ならばどんな事であろうと即座に引き起こせるのだとか。極端な話、『お前は心筋梗塞で死ぬ』と言えば本当にその通りになってしまうのだ。

 まさしくチート。異能に限って言えば、おそらく世界で最も強力な伐刀者の一人と言えるだろう。

 彼の場合だと、そもそも試合が始まる前に対戦相手が死亡してしまうように願うだけで不戦勝、なんてことも可能なので勝負どころの話ではない。攻略法は一切不明である。

 

 とまぁ、一国の長が自信満々に臨むだけあって、紹介しなかった他のメンバーも粒揃いである。

 普通に考えれば優勝も苦ではないレベルだ。

 

 しかし、綴はこうも思うのだ。

 ──あの黒鉄君とステラさんが彼らに遅れを取るのだろうか、とも。

 

 今回暁学園を試すと言った理由はそこに尽きる。

 あの人外二人を抑え込めるほどの伐刀者がいるのか疑問だったのだ。

 

 一輝の場合、彼自身の異能が身体能力の倍加のため、幽衣のような異能で防御する伐刀者を当てられれば相性の問題で何とかなるだろうが、ステラを真っ向から倒せる人材はそうはいない。

 普段一輝に遅れを取っているため勘違いされがちだが、ステラ自身のポテンシャルは非常に高い。具体的に、寧音が一度だけ《抜き足》と呼ばれる特殊な歩法を見せて、原理を説明しただけで真似出来てしまう程度には身体能力は優れている。

 魔力量に関しては言うに及ばず、魔術の火力に関する競争で右に出る者はいないだろう。

 

 魔力量の評価がBの綴から見ても歩く要塞に見えるほどの魔力量。異能の優劣で勝負が左右されがちな伐刀者の試合において、これほど単純明解な武器は他にない。

 何せ、一輝が全身全霊の魔力と集中力で以ってようやく無意識に纏っている魔力の壁を切り崩せるくらいだ。全力で防御を固めたとなれば、もはや核シェルター並みの強度を誇るだろう。

 天音とは違うベクトルのチートである。

 

 資料を見た後でも暁学園の敗北が心配でならない。

 大抵のメンバーは真っ向から火力の暴力で吹き飛ばせそうだし、唯一勝ち目がありそうな天音でも、彼のような因果干渉系能力は『運命力』即ち魔力量に左右されると聞いたことがあるため、ステラには通用しない可能性は十分にあり得る。

 

 つまり、ステラを安定して攻略できるメンバーが誰一人としていない。

 暁学園に対抗する七校からすれば、完全に『もうあいつ一人でいいんじゃないかな』状態だ。暁学園から見ればステラという化け物が参戦する時点で勝利が厳しくなる。そこに一輝という違う種類の化け物が加わるのだ。

 

 ステラを倒せる人材がいるからこそ計画を実行しているのかと思っていたが、そんなことは全然無かった。

 綴から言わせれば、ステラを結構舐めたメンバー編成である。

 

 そもそも、試合形式で常人の魔力量の三十倍という馬鹿げたチートに安定して勝てる伐刀者、かつ、七星剣武祭に出場できる学生騎士なんて世界規模で見ても綴くらいしかいないだろう。

 国をあげて人材をかき集めても、いない者はいないのだ。獏牙も承知の上だろう。

 しかし、だからこそ綴に声を掛けたのだろう。人外たちを倒せる最後の保険として。

 

 そうとわかれば綴が思うことはただ一つである。

 

 ──参ったなぁ……断る材料が無くなったぞ……。

 

 綴の思惑ではステラを倒せそうな人を見つけて、その人と模擬戦を行う。

 そして、ある程度戦えると感じれば自分の出る幕は無いので辞退しますと逃げる作戦だった。

 割とガバガバな計画だが、一応筋の通った主張でもあるので通用する見込みはあった。

 しかし、その目的の人物が存在しないとなると話にならない。

 

 熟読した資料をテーブルに投げ捨て、ベッドに身を沈める。

 しばらく黙って考えてみた後に、ぽつりと呟いた。

 

「……まぁ、なるようになるかな」

 

 お手上げである。

 

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 暁学園メンバーとの顔合わせの日がやってきた。

 国際競技場の一角を貸し切って、犯罪予備軍たちが勢揃い。

 

 只者ならぬ雰囲気を醸し出す彼らだが、誰も彼も格好が奇抜である。

 スーツ姿の獏牙とラフな格好の綴、そして巨門学園の制服を着た天音だけがまともな服装だ。これでは仮装パーティに迷い込んだ一般人のようだ。

 

 面々を見渡した綴は単刀直入に言った。

 

「これから面接を行う」

『……は?』

 

 呆けるとはまさにこのこと。事前に聞かされていた獏牙以外の人間が疑問の色を浮かべる。

 尤も、大半が怒りや苛立ちの色も混ざっているが。

 代表をするように、夏だというのに全身を防寒着で固めた女子・幽衣が口を開く。

 

「何か勘違いしてるようだなぁ。アタイらはアンタらに頼まれてここにいるんだぜ?なんでアタイらが(ふるい)にかけられなきゃなんねぇんだ」

「これは落とすための面接じゃなくて意思確認のようなものだから、重く捉える必要はないよ」

 

 ますます意味わからんと言わんばかりに顔を顰める面々。

 綴だってこんなことをする予定ではなかったのだ。

 ステラを倒せる見込みのある人をさくっと試してみて、なんだかんだ言って逃げるつもりだったのに、肝心な見込みのある人がいないせいでそうすることもできない。

 

「ボクもぐだぐだやるつもりはないから、さっさと始めるよ。まずはキミからにしようかな、多々良幽衣」

「ふん」

「他の人たちは呼ばれるまで好きにしてていいから」

 

 クレームを受けつけるより、手早く話をまとめて流した方がスムーズに事が運ぶだろう。

 背中に不満の眼差しを受けながらもそれらを無視して幽衣を一室に案内したのだった。

 

 彼らに尋ねることは『今回の七星剣武祭で注目している選手はいるか』『能力の応用はどこまで効くか』の二点だけである。

 前者は彼らがどれくらい今回の仕事を楽観視しているかを確認するため、後者は資料だけではわかりえない意外性を見つけるためだ。

 

 これらを確かめて暁学園の勝利の目が見えなかったら腹を括るつもりだったのだが──

 

「……キミ、人間じゃないでしょ」

「ほう、貴女は気づけるのですねぇ」

「だって体の至る所から糸が伸びてる……というよりは入ってるのかな?何でもいいや。そんな堂々と絡繰り人形みたいな格好してたら誰でも気づくよ」

「この魔力の糸には『迷彩』を掛けているので、余程の実力者でなければバレないはずなんですが……。さすが歴代最強の七星剣王というところでしょうか」

「『迷彩』というと、魔力を感知されにくくする魔力制御技術のことかな?なるほど、魔力制御Aは伊達じゃないわけだ。見た所、結構遠い所から操作しているみたいだけど、どれくらい戦えるの?」

「お手元の資料の通り、Bランク伐刀者並みの仕事しかできませんよ」

「えぇ……?何でキミ本人が来ないのさ。人形越しでこれほどの実力を出せるなら、直接やった方が良いんじゃないの?」

「それは見当違いの考えですねぇ。傀儡使いは、傀儡を使うから傀儡使いなんです。傀儡が主力なのに、どうして弱点である術者がのこのこ顔を見せなければならないのです?」

「な、なるほど。一理あるね。いや待てよ、それなら傀儡を生徒として登録してるのは反則なんじゃないの?せめて生身の人間じゃないとフェアじゃないでしょ」

「ふふ、貴女は真面目なのですね。そんな貴女に良い言葉を教えてあげましょう。『バレなきゃイカサマじゃあないんですよ』」

「汚いっ!?……って、何でボクに糸を伸ばしてくるんだ。変なことするならその頭撃ち抜くぞ」

「やはりバレてしまいますか。貴女の力を借りられれば優勝は盤石になるのですがねぇ」

「キミの傀儡になるくらいなら首を括って死んでやる。そんな卑劣なことしなくてもたぶん仲間にならざるを得ないから安心しなよ」

「……常識人のようで、どこか破綻した考えを持つ。本人にその自覚はない。貴女は面白い人ですねぇ。少し興味が湧いてきましたよ」

「うん?何か言ったかい?」

「いいえ何も。貴女の助力に期待していますよ」

 

「すごいな、本当にボクが二人いるみたいだ」

「そういう能力だから」

「資料によるとこの絵は本人と全く同じ実力を出せるようだけど、それはボクの早撃ちもできるってことかい?」

「一応できる。けれど、私には無理」

「……というと?」

「絵はどこまでいっても本物の贋作だけれど、本物に近づけるにはそれだけ本物を理解する必要がある。どんな絵でも一緒」

「もう少しわかりやすく説明してもらえるかな」

「私には貴女の早撃ちが理解できない。せめて肉眼で捉えられれば話は別なのだけど、貴女の早撃ちはそれすらもできない。だから私の絵に早撃ちさせることもできない」

「あぁ、なるほどね。そこらへんの不都合も賄ってくれるわけじゃないのか。ならボクの異能を使うことはできそうだね」

「見せてもらえれば可能」

「つくづくズルい異能だねぇ。そのズルを可能にする魔力量も魔力制御もバカにならないだろうに、よくそれでCランクなんて言えたもんだよ」

「私の本職は画家。伐刀者なんて知ったことじゃない。絵を描けるなら他は何だっていい」

「……へぇ。犯罪者の一味ってだけで偏見を持ってたけど、キミには少し好感が持てそうだよ。一念鬼神に通ずるって言うのかな、そういうの結構好きだよ」

「そう。私も貴女に目を付けてるわ」

「ボクに?」

「男女のヌードモデルを探しているの。一目見た時にピンと来たわ。貴女の体は女体の理想像に限りなく近い。どう?今から私のアトリエに──」

「いやいやいや行かないよ!?当たり前でしょ!?」

「ならせめて首から下を置いていって」

「妖怪首置いてけ擬きかキミは!」

「文句の多い人ね。何のために私がこの計画に参加してると思ってるの」

「ほんと何で参加したのかな!?」

 

 ……とまぁ、一般の基準から考えて異常な思考を持つ彼らにまともな面接を行えるはずもなく。

 幽衣は五分程度で済んだのだが、次の玲泉から一気に時間がかかり、続くサラのマイペースで面接を壊され、トドメの風祭(かざまつり)凛奈(りんな)の中二病全開スタイルに精神的に疲弊した。

 一人十分程度で終わる見込みだったのに、結果として三倍も時間を費やしてしまうことになった。

 

 手早く終わらせるために面接という形を取ったのが仇であった。本当に早く終わらせたければアンケートに回答させれば良かったのである。

 

 なんとか四人捌いたところで、綴は大きなため息をついた。

 疲れによるものも含まれるが、何より残った二人が問題児なのである。

 

 どうしたものかと顎に手を添えたところで、控えめなノックが部屋に響く。

 この様子から察するに、巨門学園の問題児だろう。

 

「どうぞ」

「失礼しまーす」

 

 間延びした挨拶とともに入室してきたのは、予想した通り小柄な少年だった。

 女子中学生として紹介されれば納得してしまうほど中性的な体つきと顔を持つ彼は、紫乃宮天音という。

 

 とてとてと歩いてきて許可なく椅子に腰を落とした天音は、無邪気な笑顔を浮かべてこう言った。

 

「僕は君のことが大嫌いだ」

「奇遇だね。ボクもキミが大嫌いだ」

 

 初対面にも等しい場で発せられた第一声がこれである。

 天音の毒に何の躊躇いもなく即答で毒を吐き返した綴は背もたれに体を預け、腕を組んだ。

 

「キミはこの世で最もボクと相容れない存在だ。顔も見たくない」

「なら僕を呼びつけるなよ。僕も無駄に時間を潰されてウザいんだけど」

「キミが優勝してくれなくちゃ困るからね、ボクなりに()()をしているんだよ」

「──」

 

 アクセントを強く踏んで叩きつけるように言うと、天音の顔から笑顔が消えた。永久凍土のような無表情になり、瞳にドロドロと混濁した闇が渦巻く。

 

 ……なぜ彼らがお互いを蛇蝎の如く嫌っているかと言うと、単にお互いの生き方が正反対だからだ。

 

 綴は何の特徴も無い人間になるのを嫌い、己の霊装に全てを賭けた人生を歩んできた。一心不乱に銃に人生を捧げ、それを良しとしてきた。

 

 そこに自分に秘められた可能性があるかとか、才能があるかとか、そんな邪念は一切ない。

 せっかく比較的珍しいと言われている銃の霊装を発現したのだから、それくらいは自分が一番になりたい。その一念で生きてきた。

 

 努力しなければ一番になれない。努力すれば一番になれるかもしれない。なら努力するのは当然。それが大前提。

 努力するしない、できるできないという次元ではないのだ。

 

 対し、天音は恵まれ過ぎた能力を宿したことによって、悉くが能力に塗りつぶされる人生だった。

 どれだけ頑張ってテストで良い点を取っても、どれだけ努力して体育で活躍しても、全て異能の恩恵として見られてきた。

 

 実際のところ、天音の獲得した成果が本当に彼の努力の結果なのか、はたまた異能が介入したおかげなのか、それは術者である本人ですら曖昧な所でもあった。

 しかし、曖昧だからこそ天音は誰かに認められたかった。運なんかではなく、自分の力で勝ち取ったのだと。

 

 が、そう簡単に周りが納得するはずもなく。

 ついぞ誰にも天音という人間は認められず、異能こそが天音という人間として認められるようになった。

 そうなれば天音に自分を信じることは出来なくなる。努力することも出来なくなる。どうせ全て異能のおかげにされるのだから。

 

 二人の何もかもが正反対。生き方も考え方も、全て。

 

 綴から見れば、天音は悲劇のヒロインを気取り、己の弱さを免罪符と勘違いし喚き散らす外道である。

 誰もが己に対して強く生きられるとは思っていない。道半ばで挫折してしまうのも仕方ないことだろう。けれど、厳しい道を歩む人に嫉妬し、憎み、邪魔しようと考える天音は絶対に許せないのだ。

 

 天音から見れば、綴は己の欲する全てを手に入れた英雄である。

 自分の可能性を信じ続ける勇気を持ち、それを認めてくれる人を手に入れ、成果を勝ち取り、世界にその名を刻んだ。

 勇気を持てず、人も持てず、成果は異能に取り上げられ、異能がこの世界に存在する唯一の証拠と成り果てた天音には、綴があまりにも妬ましかった。

 

 同情もなければ尊敬もない。歩み寄る余地なんてこれっぽっちもない。

 水と油の関係とはまさにこのこと。

 

 ……なぜ綴が天音の事情を知っているかというと、獏牙から渡された資料に天音の生きてきた環境に関する情報と、彼の道理に外れた行動の数々が詳細に載っていたからだ。

 その情報を自分に与えた意図は読めない。しかし、一つだけ確かに言えることは、その情報のおかげで何の後腐れなく天音を割り切れたということだけ。

 

 天音の異能は本当に強力だ。それこそ、優勝することも可能だろう。

 だが、優勝するためにありとあらゆる姑息な手を使うとなると、綴としては納得いかない。

 七星剣武祭とは己が磨き上げてきた全てを敵にぶつけ、勝利を勝ち取るイベントだ。邪道は無粋に過ぎる。

 

 が、天音本人が努力を完全に放棄した人間だというならば、邪道が当たり前の奴なんだと割り切れる。

 変な怒りや憎悪も抱くことはない。彼に関することは事務的に処理できる。

 

「キミが今回の七星剣武祭で注目している選手は?」

「知るか」

「能力の応用はどこまで効く?」

「僕が知りたいね」

「結構。面接は終了だ。退室していいよ」

 

 一分も経たず面接を終えた天音は能面のような無表情を顔に貼り付けたままドアに手を掛けた。

 そして、

 

「ほんと、()()()()()()()

 

 地獄の釜の底に響くような低音で呟かれた呪詛。

 いつものように運命の女神が天音の願いを聞き届け、因果を捻じ曲げ始める。

 天音の願いは一秒もかからず実現するだろう。

 

 だが。

 綴はとっくに天音を意識の外に放り出し、最後の面接相手である男の資料に目を落としていた。

 パラパラと淀むことなく紙が擦れる音が部屋に染み渡る。

 

 ()()()()()()()

 

 それはなぜか。綴の運命は、すでにこの星を巡る運命の輪から外れているからだ。

 魔力とは『この世界に自らの意思を反映する力』と言われている。生涯総魔力量が変わらないのは、生まれ落ちた瞬間にその者の世界に及ぼす影響力の大きさが決まっているからに他ならない。だからこそ魔力量Aランクの天音の《過剰なる女神の寵愛》はほぼ際限なく因果を捻じ曲げることができる。

 

 しかし、それは運命の輪の中に限った話だ。神様が個人に設けた限界を突破してみせた綴には、この星の運命は適用されない。魔力が増え続けていることが、この星の絶対法則を破っていることの証左。

 枠に縛られている運命が、枠から逸脱した運命に干渉できるはずがないのだ。なにせ、適用されている法則が違うのだから。

 

 その異常に天音は気づくことなく退室した。今の彼には何かに気がつく余裕がないほど負の感情で思考が支配されていたからだ。

 

 しかし、彼が気づかなかったのは幸運だったのかもしれない。

 異能に弄ばれない存在、つまり、純粋に天音という人間を見つめることのできる存在が、己が最も妬み憎んでいる存在であり、そして己を完膚なきまでに見放している存在でもあったのだ。

 

 それは紛うことなく、運命の女神から贈られた渾身の皮肉だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 △

 

 

 

 

 

 

 つい数秒前までの出来事を綺麗さっぱり割り切った綴。

 彼女の無関心な物に対する態度が露骨に表れた所で、ドアが蹴破られたかと思うほど大きな音を立てて開いた。

 驚いて顔を上げると、そこには時代錯誤の和装を着た男が射殺さんばかりにこちらを見つめていた。

 

「表に出ろ」

 

 短く言い放ち、そのまま踵を返した和装の男。

 呆気にとられて数秒固まってしまった綴だが、ふと呆れの笑みをこぼした。

 

「黒鉄君の兄だからどんな人かと思えば、兄妹に似て一途な人だねぇ」

 

 手元の資料の人物概要には、誰よりも『強さ』に貪欲な男と書かれていた。

 最後の面接相手は、日本に於いて唯一のAランク学生騎士であり、かつてジュニアの世界大会で優勝を収めた天才騎士・黒鉄王馬(おうま)その人である。

 

 


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