銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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17話

 少し離れたところにいる時代錯誤の男──黒鉄王馬はボクを睨め付ける。

 最後の面接相手である彼はどういうことかボクを目の敵にしているようなのだ。

 

 もちろんボクには全く身に覚えはない。が、彼の方から決闘を仕掛けてくるのは、むしろ歓迎するところ。

 

 彼は紫ノ宮を除けば日本の学生騎士に於いて唯一のAランク騎士である。ステラさんへの対抗馬として注目していた。

 それでもやっぱりステラさんのチートの前には勝てそうにないが、実際に戦ってみないとわからないものもある。

 

 紫乃宮の運評価はSランクなのになぜかステラさんの魔力総量評価はAランクだったり、割と適当に評価されているところがあるからだ。

 それに珠雫さんも魔力制御評価はAランクだけど、ステラさんより遥かに卓越しているという事例もある。

 

 ボクなんて魔力B+だぞ。なんだ+って。Aに届きそうだけど届きそうもないからB+ねって感じか。なんだか悔しいな。

 

 ともかく、ひょっとしたら黒鉄王馬にもデータ上ではわからない強さがあるかもしれない。

 

 ……ところで全く関係ないことなんだけど、黒鉄王馬のことをなんと呼べばいいのかかなり悩んでたりするんだよね。

 

 ここだけの話、ボクは黒鉄という言葉の一本通った力強い響きが好きで、それが黒鉄君にぴったりだと思っている。

 だから彼のことは名前で呼ばずに黒鉄君と呼んでいる。

 

 そんな愛着があるから妹である珠雫さんには名前呼びをしているわけだが、これをそのまま流用すると黒鉄君の兄である黒鉄王馬は『王馬さん』と呼ぶことになる。

 

 ……うん。違和感はんぱない。それにいきなり王馬さんと呼んで彼に怒られないか心配だ。

 しかし他に呼び名の候補もない。最終手段に寧音式命名法があるが、さすがに『くろがねっち』とか『おうまん』はヤバすぎる。却下だ。

 とことん役に立たないな寧音のやつ。

 

 仕方ない。勇気を振り絞って呼びかけるしかない。

 

「あの、王馬さん」

「……なんだ」

「呼び方は王馬さんでいいかな……?」

 

 我ながら酷すぎる会話だ。だけど犯罪者予備軍にして親友の兄っていうすっごく気まずい関係にあるボクの心境を察してほしい。

 書類を見る限り彼の生き方に強い共感を抱いているし、できれば仲良くなりたいって思ってるからさ。決闘する気満々の手前、説得力皆無かも知れないけど。

 

 そんなボクの苦悩を知ってか知らずか、王馬さんはひとつ鼻を鳴らした。

 

「好きに呼べ」

 

 怫然としながら承諾してくれた。

 お?てっきり『貴様と馴れ合うつもりはない!』とか言われるかと思ってたのに、案外普通に会話してくれてるぞ。

 

 良い手応えの反面、余計に彼の怒りの原因がわからなくなる。

 

「どうしてキミは怒っているのかな?いきなり呼び出して待たせたのは悪いと思っているけど」

「時間を潰されたのも業腹だが、それは必要経費だった。貴様に問いたださねばならんことがあるからな」

 

 というと、この計画に関わる前からボクに目をつけていたのか。ますますわからん。

 すると王馬さんは射殺さんばかりに目尻をあげた。

 

「一年前、貴様は言ったな。『魔力は強さの一部に過ぎない』と」

 

 なんのこっちゃと記憶を探るとすぐに思い当たった。

 

 去年の七星剣武祭の閉会式の後、世界中のメディアというメディアが押しかけてきて無理やりインタビューしてきたのだ。

 逃げようとしたボクは運営委員会の人に『《七星剣王》の肩書きを手にした者の責務だ』とか適当なこと言われて、なくなくインタビューを受けたわけだ。

 

 そんなときにとある記者がボクに尋ねたのだ。『なぜ魔術を使わなかったのか』と。

 

 伐刀者の決闘と言えば魔術や異能が飛び交うのが常。一般人では成し得ない非日常を繰り広げてくれるからこそ七星剣武祭やKoKといったイベントは人気を博している。

 翻り、伐刀者にも関わらずその由縁である魔術を使わずに戦ったボク。今までそんな戦闘スタイルを取ってきた伐刀者がいなかっただけに、余計異色に映ったのだろう。

 

 その質問に対して返したのが王馬さんの言った言葉だった。

 厳密に言えば『魔力は強さの一部に過ぎない。異能がなくとも頑張り次第でなんとかなるものさ』である。

 

 肯定の首肯を返すと彼から発せられる怒気が露骨に膨れ上がった。

 

「なら貴様の言う『強さ』とはなんだ」

「え?」

「運命を切り拓いた()()でありながらなぜ魔力を否定する」

「なっ、なんでキミが知ってるの!?」

 

 魔人のことを知っているのはごく少数だと聞いていたのに。てか国家機密の情報を暁学園(こいつら)の前で言って大丈夫なのか?

 対する王馬さんはどうでも良さげに胡乱な目を向けてくる。

 

「《比翼》の剣術を知っていれば予想はつく。貴様は射撃に限って言えば、彼女に迫るないし同等の域にいるからな」

 

 ……《比翼》って誰だろう。二つ名で呼ぶ文化いい加減やめてくれません?たぶん本名言われても知らないだろうけど。

 ひとまずプライドの高そうな王馬さんが上に見るくらいだからとても強い人なのは確かなのだろう。

 

「だからこそ、頂きに至った貴様にだからこそ尋ねなければならん。貴様の『強さ』とはなんだ。無限の魔力を有する機会を得ているにも関わらず、なぜ魔力を否定した」

 

『強さ』に魔力、か。なるほど、なんとなく見えてきたぞ。

 

 王馬さんは『強さ』にもの凄い拘りがあるらしい。中学生という若すぎる歳で世界に飛び出すくらいのものだ。だが資料にはそれくらいしか記載されておらず、総理大臣も詳細を計りかねているようだ。

 

 そこで『なぜ魔力を否定する』という発言だ。彼にとっての『強さ』とは『魔力』なんじゃないだろうか。なにせ過去に一度、世界の小学生騎士の頂点に輝いた天才騎士だ。伐刀者の象徴である魔力に誇りを抱いているのは、むしろ当然なこと。

 

 その魔力を必要ないと断じたボクを許せなかった。憶測にすぎないが、彼の怒りはそこら辺から来ているように思えた。

 まぁ、誰しも自分の拘りを否定されたらムカッてするよね。ボクにとっては身もふたもないことだけど、王馬さんが怒るのも頷ける。

 

 話が見えて来たところでボクも正直に答えるとしよう。

 

「ボクにとっての『強さ』は『相手に勝てる』ことだよ。その場のルールに則っている範囲でなら、それがなんだって構わない」

「……」

「超人的な技術で圧倒しようが、バカみたいな魔力でゴリ押しをしようが、伐刀者を何人もコピーしようが、奇跡としか言いようのない偶然を操ろうが、相手に勝てるならそれは立派な『強さ』だと思う」

 

 ちらりとボクらを取り囲む暁学園の生徒たちに目をやる。一人見当たらなかったが、瑣末なことだ。

 

「だってそうだろう?どんな才能だろうとそれを持って生まれた以上、それに文句を付けるのは間違ってる」

 

 王馬さんは黙して続きを促す。まるで言いたいことをまだ言っていないだろ、と咎めるように。

 

「でもまぁ、世の中にはそういう『強さ』に恵まれなかった人もいるわけだよ。伐刀者として最弱クラスの人が格上に勝つにはどうしても相応の『強さ』がいる」

 

 それがないから困ってるんだよね、と付け加える。

 そして簡潔な結論を述べる。

 

「だったら作ればいい。ボクだけの『強さ』ってやつを。相手がどんな『強さ』を持っていようが自分を貫き通す『貫徹』する『強さ』。それが早撃ちだったってだけさ」

 

 練習し始めた当初は趣味でやってただけだからそんなこと考えてなかったけど。

 そのうち銃使いで一番になりたいって思うようになって、どうすれば相手に勝てるか真剣に考えた結果今に至る。

 

「だから魔力を否定するつもりもないよ。ボクが『魔力は強さの一部に過ぎない』って言ったのは色んな『強さ』があるって言いたかっただけさ」

 

 魔力が絶対っていうのが今の世論だ。だから魔力を基準に伐刀者ランクを決めるし、それを伐刀者の強さとイコールで結ぶ。

 一概に間違ってるとは思わないけど、その風潮のせいで苦しんできた人がいた。そんな人たちの励みになればと思って異能を使わずに優勝してきた。

 

「相手がどんなに強かろうと関係なく勝てる『強さ』。それがボクの『強さ』だ」

 

 きっかり言い終えると王馬さんは顰めっ面のままボクを見つめる。それは何かを見定めるような目だった。

 そしてふと目線を切った。

 

「どうやら俺の勘違いだったらしいな」

「許してもらえるなら良かった」

「手を下す手間が省けた」

 

 さらりと物騒なこと言ったぞこの人。まぁあの剣幕からして荒事は察してたけどね。

 ほっと息をついたところで王馬さんが小さく呟いた。

 

「貴様は愚弟とは違ったのだな」

「ん?黒鉄君と?どういうこと?」

愚弟(アレ)は一人では何もできない弱者だ。それをあたかも唯一無二の『強さ』のように演出してみせる。ペテンを騙る程度なら捨て置くが、それがステラ・ヴァーミリオンに悪影響を及ぼすのなら話は別だ」

 

 ……なんかボクの思ってた話と違いそうだぞ。てかなんでステラさんが出てきた。

 

「魔力とは己の意志を押し通す力。それをステラ・ヴァーミリオンは無尽蔵に持っている。今は竜の卵に過ぎんが、正しく孵れば間違いなく世界最強の竜となる。《夜叉姫》や《闘神》なんぞ物の数ではない」

 

 それをあのペテン師は、と唾棄する。

 

「アレの戦い方を真似ても強くなることは愚か、かえって弱くなる。ステラ・ヴァーミリオンはそんな下らない『強さ』に縋り付くほど矮小じゃない」

「えぇっと、よく話がわからないけど、ひとまずキミはステラさんの応援をしたいのかな?」

 

 するともの凄く納得いかなそうな表情を浮かべた。言い方が気に食わなかった様子だ。

 しかし、

 

「結果的にはな」

 

 認めた。認めたぞ。

 言ったボクが言うのもなんだけど、王馬さんが応援って死ぬほど似つかわしくないな。

 

 っと思った瞬間思い切り睨まれた。勘のいい人だ。

 

「勘違いするなよ。ステラ・ヴァーミリオンは世界最強になれる器を持つにも関わらず、それをよりにもよってあの愚弟に台無しにされそうになっているのだ。それが看過できんだけだ」

 

 これはいわゆるツンデレというやつだろうか?

 口にして言ってみたかったけど、たぶんそれが決闘の契機になるだろうから黙っとく。

 

 冗談を抜きにしてもなぜそこまでステラさんに拘ってるんだろうか。

 それに付随して黒鉄君が謂れなき罵倒を受けているのが可哀想だ。

 ボクの疑問を汲み取ったように王馬さんは続けた。

 

「かつて《暴君》に挑んだことがある」

 

 いきなり凄いこと言ったぞこの人。

 《暴君》って解放軍のボスの名前だったよね?世界三大勢力の一角だったよね?え、王馬さんそんな人に喧嘩売っちゃったの?

 

「よく生きて帰ってこれたね……」

「事実、《比翼》に助け出されなければ死んでいた」

 

 ……《比翼》さん凄くね?《暴君》相手に立ち回れるって何者だよ。ちょっとその人に興味が湧いたから後で総理大臣に聞いてみよう。

 

「死力を尽くしてなお抵抗一つできなかった……。そのときの恐怖は未だ体に刻み込まれている」

 

 突き出した右手は微かに震えており、言葉に偽りがないことを物語る。

 トラウマと言っても差し支えないのだろう。その恐怖を握り潰すように右拳を作ると力強く宣言した。

 

「俺は勝ちの目が一切ないような殺し合いを望んでいる。圧倒的な暴力。絶対的な理不尽。それを乗り越えれば、俺は過去の自分と区切りをつけ進化できるはずなのだから」

「それでステラさんねぇ……」

「だが今の彼女はあまりに未熟だ。せっかくの『強さ』を活かしきれていない姿は見るに耐えん。それもこれもあの愚弟が彼女の成長を妨げているせいだ」

 

 ふーむ。ボクはそんなことないと思うけれど、王馬さんの言う『強さ』とは伐刀者としての『強さ』だ。黒鉄君の『強さ』は人としての『強さ』だから根本的に相容れないのは当然だ。

 

 ステラさんは後者を見て成長しているから王馬さんにとっては面白くない、という感じかな。

 

「キミから見たらボクは邪魔にならないのかい?一応これでもステラさんと交流がある身なんだけど」

 

 実はステラさんと何回か戦ったことがあったりする。もちろんボクが全勝してますけどねっ!

 それはともかく、さっき黒鉄君とは違うと言ったということは、王馬さんから見てボクがステラさんの成長を邪魔する奴に見えたということ。少なからず黒鉄君と重なって見えたところがあるということだ。

 

 それを撤回したのはなぜなのか。王馬さんは簡潔に答えた。

 

「貴様は伐刀者としての『強さ』を手にしている。愚弟のやり方に似てはいるが、決定的に違うのはそこだ。ゆえに貴様がステラ・ヴァーミリオンに害を与えることはありえん」

 

 意外な返答だった。てっきりボクの早撃ちを誤解しているのかと思ってたから。

 

 世間はボクの早撃ちばかりに目を付けて騒いでいるけれど、早撃ちの真価はボクの異能を最大限に利用できる点にある。

 なんでも貫通できる弾と言っても当たらなければ意味がない。確実に撃ち込むためには相応の技術がいる。

 魔人になる以前は魔力総量Fだったから無駄撃ちできなかったし、結果として最速で勝負を決めにいける早撃ちを選んだわけだ。

 

 まぁ、当時は()()()()()()()()()()()()()()んだけどね……。

 

 なんにせよ、ボクの戦闘スタイルは異能が前提なのだ。今までは異能を使わずとも勝てただけな話。たぶん黒鉄君と実戦形式で戦うことになったら異能を解禁せざるを得ないだろう。

 

 そんなボクの内心をさておき、王馬さんは興味を無くしたように目を伏せて問う。

 

「俺の用事は済んだ。あとは貴様の面接とやらだが?」

「ん?あぁ、そうだね……」

 

 驚きの連続ですっかり忘れてた。

 彼のこの計画に対する意気込みと注目している選手はよくわかった。あとは能力の応用についてだけれど、単純な火力はもちろん()()()()()()()()()()()こともできるようだからかなり汎用性が高いと見た。

 

 実際に戦ってみるのもいいが、たぶん能力を使わないとあの防御は突破できない。それがわかっただけで儲けもの。今回はお預けだ。

 

「じゃ、一つだけ聞いておこうかな」

 

 黙って促した王馬さんに思い切って尋ねた。

 

「死にかけてまで『強さ』に拘るのは何でなんだい?キミは十分強いじゃないか」

 

 黒鉄君と違って王馬さんは伐刀者として才能に恵まれていた。にも関わらず小さい頃に世界に飛び出し武者修行に励み、今もまっしぐらに突き進んでいる。

 

 それは並大抵のことじゃない。ボクや黒鉄君がここまで邁進できたのは逆境の中にあったからという部分が大きい。逆境に負けたくないという思いを燃料にしてきたからこそ歩み続けられた。

 だが王馬さんは生まれたその時点で日本の頂点にいた。普通なら自分の才能に驕り慢心する。にも関わらず彼は、ひょっとしたらボクら以上に頑張っている。

 

 一体何を燃料にしているのか。何が彼を突き動かしているのか。わかりきっているけれど、その根源を聞きたかった。

 

 ボクの問いに対し王馬さんは「愚問だな」と一笑に付し、

 

「俺が目指すところは世界の頂点だ。妥協なんぞありえん。貴様も同類だろう」

「……なんで知ってるの?」

「仮にも《比翼》の域に達した奴が生半な覚悟をしているはずがない」

 

 嬉しいことを言ってくれるじゃないか。それを見抜いたからこそボクに突っかかってきたという訳か。俺と同じ道を歩むのになぜそれを否定するのかと。

 結論を得たところで成り行きを見守っていた総理に声をかける。

 

「月影総理、今回の件は辞退させていただいきます」

「……わかった。気が変わったら連絡を入れて欲しい」

 

 わかっていたとばかりに吐息と共に頷いた。

 

 面接を通して暁学園の可能性を探ってみたけど、やはり結論は変わらなかった。たぶん王馬さんですらステラさんには敵わないだろう。

 だけどそんな理屈を抜きにして応援してみたくなったのだ。同じ志を持つ者として、その不可能を覆してほしいと思えた。

 

 そして願わくば……。

 

 国の存亡をかけた計画に私情を持ち込んで申し訳ないが、これは譲れない。同志の邪魔はしたくない。

 

 まぁ、七星剣武祭の出場権を捨てるのは惜しいけれど……。テロリストの名を借りてまで黒鉄君と競いたいとは思わないし、彼も彼でステラさんとの決着を賭けているらしいから素直に身を引くことにする。

 

 一つ会釈をしてボクはその場を去ったのだった。

 

 

 

 

 △

 

 

 

 綴が国際競技場から立ち去り、他のメンバーも解散した後。

 

「良かったのですか?彼女さえいれば成功は盤石だったものを」

 

 計画の最終チェックを行っていた獏牙に玲泉が語りかけた。

 獏牙はメガネを押し上げて首を振る。

 

「良し悪しで言えば悪しだがね。一応これでも教師の立場を取っている。なに、君らだけでも十分な見込みがある、生徒の活躍に期待するよ」

 

 獏牙の返しにふむと相槌を返した玲泉がその気味の悪い仮面の奥で薄ら笑う。

 

「貴方が望むのなら、多少強引な手になりますが彼女を仲間に引き込むことはできますよ」

 

 すっと右手の指を見せる。それは彼の霊装である糸。対象に結びつけることで意のままに操ることができる恐ろしい能力だ。

 しかしそれは綴には通用しない。だが物は使いようだ。

 

 ()()()()()()()()程度なら造作もない。

 

 その意図を素早く読み取った獏牙は人の良い笑みを消し去り、鋭く叱責した。

 

「やめなさい。これは国を護るための計画だ。護るべき者に無駄な危害を加えては本末転倒だ」

「そうですか。手段を選んでいられる立場じゃないでしょうに」

 

 足元を見た皮肉を零し肩をすくめる玲泉。そんなことは百も承知だ。出来ることなら道理をすっ飛ばしたいところだ。

 だがこの国を導かんと名乗りをあげた意志は偽りではない。であるならば一般国民を第一に動くのは当然のこと。踏み越えてはならない一線なのだ。

 

 それに。

 

 ──言ノ葉君に念を押されているのでね……──

 

 思い出すは昨日の別れ際。生徒の資料を渡した後に綴は言ったのだ。

 

『霊装を無許可で使って良い場面は二つありますよね。一つは犯行現場に立ち会ったとき。もう一つは()()()()()()と遭遇したとき。……身内が巻き込まれたときボクは容赦するつもりはありませんので、そのおつもりで』

 

 脅迫するどころか、むしろ脅迫されているのである。国のトップを相手に爆弾発言をしたその目は鮮明に思い出せる。

 

 あれは人を見る目ではなかった。もっと無機質な何かを見る目……そう、喩えば『的』を見つめるような。

 家族を人質に取る腹積もりは一切なかったが、あの目を見てしまった今はそんな気すら起きない。

 

 それを知る由もない玲泉に内心ため息をつきながら、獏牙は計画の調整を締めくくったのだった。

 


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