銃は剣より強し   作:尼寺捜索

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19話

 強化合宿を行う奥多摩に巨人が目撃されているらしい。

 全長5m──ビル2階に及ぶ巨体が合宿場付近を闊歩しているとのこと。

 七星剣武祭を目前に控えたこの時期理事長たちは手を離せないらしく、生徒会に安全の確認を依頼したそうだ。

 

 が、生徒会はたったの五人で運営している組織。現地捜索するには明らかに人手が足りない状況だ。

 そこで一般生からボランティアで参加者を募っており、僕に白羽の矢が立ったという流れだ。

 

 現地捜索なんて大仰な言い方をしたものの生徒会は巨人の存在にかなり懐疑的で、選抜戦の息抜きのついでという色合いが強い。だからこそ東堂さんは『親睦を深めるついでに』という言い方をしたのだろう。

 

 ただ意外だったのは、僕の方から言ノ葉さんにも声をかけてもらえないだろうかと打診されたことだ。

 万が一の事態に備えて《七星剣王》の力を借りたいのと、去年あまり絡めなかったぶん取り戻したいからだと言っていた。

 

 さて、生徒会で話を終えた後寮に戻ったとき、丁度今外出から帰ってきた言ノ葉さんと出会ったのでそのまま説明したところ、

 

「は?巨人?」

「目撃情報によるとそうらしいよ」

「はぁ……この時期に巨人ねぇ……心当たりがありすぎるんだけど()

「どうかしたのかい?」

「ん〜……。いや、何でもないや」

 

 明朗な彼女にしては珍しく回答を渋った。

「確かめに行った方が良いのかなぁ……」とブツブツ独り言を漏らしながら悩んだものの、最終的には嫌々ながらも同行すると言った。

 

 僕としては休暇を遠出で潰されるのは嫌だと断るものだと思っていたので意外な反応だった。

 まぁ、その気持ちに引きずられているのは目に見えているのだが。

 

 ちなみに彼女の外出は今に始まったことではない。

 特殊な事情で破軍学園に入学したらしく、それ関連で度々日を跨いで外出することがあった。

 事情の詮索はやめてくれと頼まれているから内容は全く知らないが、彼女ほどの実力者ならば特別招集を受けていても不思議ではない。

 生徒会会計を務める貴徳原(とうとくばら)カナタさんも特別招集を受けている生徒の一人で、東堂さんも実際の戦場を何度も経験している本物の猛者だ。その繋がりで言ノ葉さんを指名したと思われる。

 

 そんな一幕もあって、僕らは奥多摩へ調査しに行くことになったのだった。

 

 

 △

 

 

 

 次の日曜日、僕らは早朝に集合し生徒会書記・砕城(さいじょう)(いかづち)さんの操るバンに揺られていた。

 

 八人乗車だと言うのにゆとりを感じるくらい広い後部座席は三列に分かれており、最前列に座るステラは庶務・兎丸(とまる)恋々(れんれん)さんとすっかり意気投合しトランプをしながら会話に華を咲かせている。

 真ん中の列に東堂さんと副会長・御祓(みそぎ)泡沫(うたかた)さんが、最後尾に僕と言ノ葉さんが座る形だ。

 

「学生で車の運転免許を持っているのは珍しいですね。何年になるんですか?」

「彼が生徒会に入った時には持ってたから、最低でも二年は経ってるよ」

 

 変わってるよねぇと御祓さんが呟く。

 日本では十五で元服し、成人として扱われる。なので取ろうと思えば十五の時から免許を取れる。

 が、中学校を卒業した直後で免許が必要になる人は殆どいないだろう。そういう実情もあって僕らの年代で取得する人はかなり珍しいのだ。

 

 ではなぜ生徒会に車があるのかと言うと、貴徳原さんの自腹で購入したそうだ。

 御祓さんが冗談半分で『でっかい車に乗ってみたいよなー』とボヤいたところ、その場でどこかに電話をしてそのまま買ってしまったのだとのこと。

 超巨大財閥の娘らしくかなり金銭感覚が狂っている。金銭面で庶民にとっての冗談であることが彼女にとっては当たり前であることが多々あるからその手の冗談は控えめに、とは御祓さんの談。

 

 そう言われている貴徳原さんは助手席で優雅に紅茶を飲んでおり、ミラー越しに目が合うとこれまた優雅に会釈を寄越す。

 こんな調子でポンと大金はたいてくるのか……。罪悪感が凄そうだ。

 

 ぎこちなく会釈を返したところで、少し前から頻繁に体勢を変えていた言ノ葉さんが声をかけてきた。

 その顔はだいぶ眠そうだ。退屈に眠気が襲ってきたのだろう。

 

「ごめん黒鉄君。肩貸してくれない?」

「いいよ」

 

 背もたれに寄りかかり使いやすいようにしてやると、「悪いね」と断りながらコテンと頭を乗せた。

 それから体重を預けてきて何回か位置を微調整した後、納得いく体勢を見つけたのか満足げに息を漏らした。

 なんとなく猫を思わせる様子だ。

 

「枕が欲しいなら膝を貸そうか?肩じゃ痛いでしょ」

「いやー、ここだとさすがに恥ずかしいかな。それに手の置き場所に困るんじゃない?」

「僕は構わないよ」

「食い下がるねぇ。そんなに膝枕したいの?」

「そ、そんなことない」

「ふふっ。冗談だよ。膝枕は違う機会にお願いするよ」

「それなら僕もいつか言ノ葉さんに膝枕してもらうかな」

「え、嫌だよ。足痺れるじゃん」

「なんて身勝手な」

 

 打てば響く軽口の応酬。軽く笑い合いながら意味もない言葉を交わす。

 服越しに感じる人肌の温かさが心地よい。僕の腕を包むように形を変える体の弾力性に、頰をくすぐる彼女の髪からほのかに香る甘い匂いが確かに彼女は女性なのだと意識させる。

 

 けれどそこにステラのような男性を焚き付けるものはない。

 いつまでもこうしていたくなる温かさが僕に安心感を与える。

 

「思えばこうやってのんびりするのは久しぶりだねぇ」

「今年に入ってから何かと忙しかったからね。学年が違うと日程が噛み合わないことも多いし」

 

 去年はお互い同じ学年だった上に一日のほとんどを暇にしていた身だから、顔を合わせない時間の方が少なかった。

 なにせほぼ毎日昼食と夕食を共にしていたくらいだ。独りに慣れていた僕にとって、あの頃の時間はとても新鮮で楽しいものだった。

 もちろん今も十分楽しい日々を送っているけど、それとは別の躍動感があった。

 

 言ノ葉さんも過去に思いを馳せているのか、薄目で遠くを見つめている。

 

「寂しい思いはあるけど、それ以上に安心しているよ。キミが忙しいと感じているということは真っ当な学生生活を送れているってことだからね。報われてる証拠さ」

「そうだね……。前までじゃ考えられないくらいまともな環境になった」

 

 高校以前は各地を回って道場破りみたいな行為をして修行していた。

 当然ろくに学校に通わなかったし、そんな真似をしていれば道場の門下生たちから不評を買う。

 お陰で酷い目に遭うことも多かった。今はやんちゃな思い出話程度に済んでいるものの、当時は色々と追い詰められていたのもあって結構荒れていた。

 

 今がどれだけ恵まれた環境であるか、語るまでもないだろう。

 

「言ノ葉さんに会ってから何もかもが変わったよ」

「またそれかい?キミが勝ち取った結果だって何度言えば……。ボクに帰依する癖、いい加減に治しなよ」

「本当のことなんだから仕方ないだろう?感謝してもしきれないくらいの恩を受けてるんだ」

 

 そう言うと心底呆れたようにため息をつく。

 

 言ノ葉さんも言ノ葉さんで、僕の成果に自分は関与していないと固辞する癖があると言いたい。

 彼女との出会いという思いがけない幸運こそ僕の人生の転換期だったのだから、彼女に感謝するのは当たり前の話だろうに。

 言ノ葉さんは基本的に自分一人で完結してる人だから、誰かに恩をふっかけられるのを迷惑に思うのかもしれない。

 

 言ノ葉さんは何でもいいかとボヤいた後、

 

「それじゃボクへの恩返しということで着いたら起こしてね。それでチャラってことで」

「随分と安い恩返しだね……。わかったよ。おやすみ」

「ん。おやすみ」

 

 数十秒後には静かに寝息を立てていた。遠慮なく体を預けているのは僕を信頼してのことか。

 年頃の女子として無防備すぎると思うだろうが、寝ている彼女に変なことをすればその瞬間に頭が吹っ飛ぶのは目に見えている。

 怖いもの見たさでイタズラしたい気持ちがもたげるものの、精神修行の一環として耐え忍ぶとしよう。

 

 気ままな七星剣王に密かにため息をこぼし何気なく視線を上げると、シートの上からこちらを覗き見していた御祓さんとばっちり目が合う。

 もともと隠れるつもりはなかったようで、げんなりした表情で「ピロートークかよ」と吐き捨てた。

 小さい体を背もたれの上に布団掛けするように乗り上げて両手をぶらぶらさせながら言う。

 

「見てたこっちがむず痒くなってきたわ。なに、いつもそんな調子なの?」

「違います」

「かなり手慣れた様子だったけどねぇ?後輩クンたち付き合ってたりするでしょ」

「付き合ってませんよ……。言ノ葉さんもそう答えます」

「おっと女の心を代弁するとは……お主、さては相当なヤリ手だな」

 

 からかっているのは目に見えているので降参の意を表す。

 それに満足そうに笑う。人を弄るのが好きなようだ。

 

「戯れはほどほどにな。不純異性交遊は粛清対象だぜ」

「気をつけます。……何か話があるのでは?」

 

 そう言うと御祓さんはチラリと己の隣に目線を落とした。東堂さんがいるはずだが何も反応がない。

 

「刀華は万が一に備えて仮眠を摂るってさ。ちょうど七星剣王も寝たことだし、水入らずで後輩クンに聞こうと思ってね」

「何をですか?」

「君の強さについてだ」

 

 打って変わって真剣な声音で返した御祓さんは、どんよりと光沢の無い瞳で僕を睥睨する。

 ステラと兎丸さんのはしゃぐ声が妙に大きく聞こえる。

 

「刀華がね、昨日珍しく弱音を吐いたんだ。もし選抜戦で君に当たったら勝てないかもしれないってね。悲観的ってよりは挑戦的な感じだったけど、誰にも怯えなかった刀華が初めて弱気になっていたんだ」

 

 あ、『例外』は除くよ。と付け足す。

 

「何となく伝わってるだろうけど、そんな刀華を見るのは初めてでね。彼女にそこまで言わせた君の強さってやつが気になったのさ。よければソイツを教えてくれないかな」

「僕の強さ、ですか」

 

 かなりアバウトな質問であることを自覚しているのだろう、僕のおうむ返しに気を悪くすることもなく言葉を重ねた。

 

「具体例を出そうか。刀華の強さは『善意』にある。あんまし詳しい事情は言えないけど、刀華は自分のために戦っているんじゃないんだ。彼女はたくさんの人たちの期待や願いを背負ってリングに立っている。その望みに応えるために勝ち抜いているのさ。自分の敗北がどれだけ多くの人を悲しませるか理解しているから折れないし、負けない。君たちと()()()()()()()()()()()が違う。それが刀華を《雷切》足らしめる強さだ」

 

 自分のためではなく、他人のために力を振るう。

 守るべきもののために戦うからこそ比類なき力を発揮することができる。

 東堂刀華とはそういう魂のあり方をした少女なのだという。

 

 ならば、そんな彼女を圧した僕にはどんな思いが乗せられているのか。それを聞きたいと御祓さんは言ったのだ。

 

 問われた僕は返答することが出来なかった。

 僕は自分自身の価値を信じたいという一心でここまできた。誰のためでもなく、自分の理想とする自分になるために。

 故に僕の剣には御祓さんの言う重みがない。他人に託された思いが宿っていない。

 

 その事実が、未だに僕の中で深く刻み込まれている傷を抉る。

 

『何も出来ないお前は、何もするな』

 

 見下ろす無機質で冷え冷えとした鋼の瞳が僕を震え上がらせる。

 僕は誰かから思いを託されるどころか、誰にも望まれていないんじゃないか──

 

「──クン。おーい、後輩クン?」

「っ!」

「顔色が悪いぜ。車酔い?」

「……いえ、少し寒気がしただけです」

「そうか?」

 

 むしろ暑いくらいじゃね?とひとりごちた御祓さん。

 

「気分が悪いなら君も寝たほうがいいんじゃない?暇つぶしに質問しただけだし、気が向いたらまた教えてくれよ」

「……そうします。申し訳ありません」

「いいって。じゃ、到着したら起こすから」

 

 そう言い残し座席に戻った。

 安堵からかけ離れたため息が漏れる。いつのまにか遠のいていた周りの雑音が音量を取り戻し、次第に全身の感覚も帰ってくる。

 座っているだけだと言うのに息は荒れており、立ちくらみを起こしたように頭の中が鈍い。

 背中にべったりと張り付いたインナーの感触が気持ち悪い。それがまるで心にへばり付いた靄のようで、無性に振り払いたくなった。

 

 頭に血を巡らせるために前屈みになろうとしたところで、太ももの上に乗せられた手に気づいた。

 はっとなり隣を見れば変わらずにすやすやと眠る言ノ葉さんの姿が映る。寝相を変えただけのようだ。

 仰向けに放られた右手は架空の銃を握る形に丸められており、隙間から覗く皮はタコによって厚く盛り上がっている。

 

 そう言えば、あの日この手に救われたんだった。

 誘われるように手を重ねればあの日と変わらずとても温かかった。

 自分の在り方を貫き通す彼女らしいその手が何よりも頼もしく感じられて、つい言葉を漏らす。

 

「君の強さは何なんだい……?」

 

 その答えを求めて寄りかかる彼女の体に意識を委ねた。

 言ノ葉さんの温もりは強張った僕の体と心をほぐし、いつまでも寄り添っていた。

 

 

 

 △

 

 

 

 

 いつの間にか寝てしまっていたらしく、御祓さんに肩を叩かれたことによって目を覚ます。

 隣ではまだ言ノ葉さんが寝ているが、すでに車内は僕らだけになっていた。

 開け放たれたドアの向こうが妙に騒がしい。窓越しに外を見遣る御祓さんは心底呆れた表情でかぶりを振った。

 

「今の君たちを見たステラちゃんが外で騒いでるよ。同棲してる男が他の女と仲良く寝てるんだから当然ちゃ当然か。バカップルでもそこまでしないんじゃない?」

「どういう……?」

 

 言葉を遮るように僕の足の付け根を指差した。

 指先を辿れば言ノ葉さんの細い指にしっかりと絡みついている自分の手が。

 握ったまま寝てしまっていたらしい。どうあがいても言い逃れ出来ない格好だ。ここで慌てたりでもしたら更に弁明できないので、やんわりと離しておく。

 

「それに加えてお互い頭を寄せ合って寝ていたよ。チッ、見せつけてくれやがって。爆ぜろ」

「あはは……起こしていただきありがとうございます」

「そっちのバカは君が起こしてくれよ。ったく、とんだ貧乏くじ引いたぜ」

 

 車のキーを僕の膝の上に置き「降りた先にあるキャンプ場で待ってるからな」と言うだけ言ってさっさと降りてしまった。

 外で御祓さんの号令が発せられ沢山の足音が遠のくと、辺りに生い茂る木々がそよ風に晒される音だけが取り残される。

 いつまでも呆けているわけにはいかないので声をかけた。

 

「起きて、言ノ葉さん。着いたよ」

 

 枕にされている肩を上下に揺らしてやると、少し呻き声を漏らし顔を顰める。規則的に続ければさすがに起きた。

 

「ふぁ……。やっと着いたのか……」

 

 言ノ葉さんが上半身と腕をぐっと伸ばしたらバキバキとわりとエゲツない音が鳴る。

 ぐぅ、と声を鳴らしながらストレッチし終えた彼女は寝ぼけ眼をこちらに向けて、何を思ったのかじっと見つめてきた。

 

 僕の顔に何か付いているのだろうか。首を傾げてみせれば、意識が鮮明になったのかはっきりと訝しげな表情を浮かべて、

 

「……何かあった?」

 

 何気ないように核心を突く問いを投げかけてきたのだ。

 言われて御祓さんとの会話を頭に過ぎり、体を強張らせた。

 

 射撃以外のことは適当に済ませていると公言しているにも関わらず、どうしてか僕の機微を鋭く察知してくる。

 選抜戦初戦の時も立ち直った僕の心境を察知していた。

 

 やっぱりね、と呟いた言ノ葉さんは首を回しながら言う。

 

「今のキミ、初めて会った時みたいな感じがするよ」

「……そんなに酷い顔してる?」

「いや、表情じゃなくて雰囲気が」

 

 負のオーラ全開ということだろうか、今の僕は。

 でも御祓さんは特に気づいていなかったようだし、言ノ葉さんが鋭すぎるだけか。

『気配を視る』ことが出来るくらい彼女の目は優れている。コンマ以下のズレを修正し続けた賜物なのだろうか。

 

 そんなことをぼんやりと考えながら、指摘された気まずさを誤魔化すように早口で返す。

 

「ちょっと気になることがあったんだ。それを考えてただけさ」

「ふーん」

 

 しなをつくるように長い足を組んだ。

 そして今日の天気を聞くような調子で続けるのだった。

 

「ボクで良ければ話を聞くけど?」

 

 その気負わない態度で深刻に考え込んでいる僕が空回りしているように思えて、かえって僕のつまらない意地を簡単に突き崩す。

 

「じゃあ、ちょっと相談してもいいかな」

「どうぞ」

 

 リラックスしきった体勢でそう答えた言ノ葉さんに不恰好な笑みをこぼし、事の顛末を話した。

 最初の方こそ適当な相槌を打つだけだったのだが、東堂さんの強さの話に入ると怪訝そうに眉を顰め、僕の剣にはその強さがないと続けるといよいよ下らなそうにため息を吐いた。

 

 ジトっと投げかける視線は「キミはバカだなぁ」と言わんばかりだった。

 

「キミはバカだなぁ」

 

 ……本当に言われてしまった。

 しかし僕にはそう言われる理由がわからない。

 そのニュアンスを感じ取ったらしい言ノ葉さんは、僕のリアクションを待たずに言った。

 

「誰かから託された思い、だっけ?それで強さが変わるとか筋違いにも程がある。ましてその思いには重さがあるだって?()()()()()()()()()()()()()

 

 彼女にしてはえらく刺々しい……というか、いっそ仇敵を目の前にしたくらいの口調でそう断じた。

 

「……どういうことだい?」

「大前提として、キミも御祓先輩もひどい勘違いをしてる。そもそも東堂先輩は誰かのために戦っているんじゃない。そこを履き違えるからキミは拗らせてるんだ」

 

 いいかい、と呆れた表情をしながら、されど目にこれ以上ないほど真剣な光を宿して僕に突きつける。

 

「東堂先輩は『誰かのために戦いたい』っていう自己(エゴ)に忠実に従っているだけなんだよ。結果的に誰かが励まされたり救われたりしているだけに過ぎない。ステラさんにしても『母国を守るため』に修行しているのは本当なんだろうけど、『守れるだけ強い自分になりたい』って思いが根底に必ずあるはずさ。断じて誰かのために力を振るっているんじゃない」

「それはかなり捻くれた見方じゃないか?」

「これ以上ないくらい素直な見方だよ」

 

 一切迷いなくそう切り捨てた。

 

「じゃあ逆に聞くけどね。キミにはボクがそんなご立派な考えを持って戦っているように見えてるのかい?歴代最強の七星剣王と呼ばれたこのボクが」

「それはないね」

「加えて聞くなら、キミの空っぽな剣とやらでヴァーミリオン皇国から期待を一身に受けているステラさんを下しているわけだけど、それも実はステラさんの剣には何も重さがなかったということかな?」

「……それも、絶対にありえないね」

 

 脳裏に紅蓮の少女を思い浮かべる。

 あの気高き少女の剣が空っぽだなんて誰にも言わせない。

 

「だろう?でもキミたちの理屈だとそういうことになっちゃうんだよ。こんなふざけた矛盾が起こるのも当然さ。諦めずにどれだけ自分の意志で頑張れるかが全てなんだ。自己(エゴ)の無い強さなんてありはしないし、他の要素が付け入る余地なんてこれっぽっちもない」

 

 途方もない修練の果てに絶対の強さを手に入れた先人の言葉が鋭く突き刺さる。

 銃使いで最強になるという一心で戦う彼女にとって信じられるものは、地獄のような日々に打ち勝った己の心のみなのだ。

 その心こそが彼女の強さであるのだと言う。

 

「それにね、仮に重さを感じるんだとしたら、それはきっとその人自身の覚悟の表れなんだよ。その重さを再認識して改めて頑張らなきゃって思うんじゃないかな。まぁ、ボクはそんなモノ感じたことないんだけどさ」

 

 ()()()ことなんて当たり前だしね、と嘯く。

 そして我が身のことのように悲哀に満ちた声音で語りかけてくる。

 

「だからね黒鉄君。キミの剣は空っぽなんかじゃないんだ。それはキミが今まで積み重ねてきたキミの思いの結晶だ。誰かの思いなんて入っているはずがないんだよ。それを軽いなんて軽々しく言ってやるなよ。自分で自分を否定してどうするのさ」

「言ノ葉さん……」

 

 確かに僕の剣には誰かの思いなんて宿っていないのかもしれない。

 理想の自分になりたいという一心で駆け抜けた日々。その集合体がこの剣。

 この剣を誇りにし、誰に恥じることもなく、誰に望まれていなくとも己の価値を認めてもらう。

 

 言ノ葉さんは落としていた柳眉を戻し、力の抜けた笑みを浮かべた。

 

「……ここまで言っといてアレだけど、結局はボクの主観で話していることだからさ。それこそ他人事として聞き流してくれて構わないんだよ。いや、むしろちゃんと区別しないとダメだよ?キミはキミ。ボクはボク。考えが違うのは当然なんだからさ」

「そんなことないよ。とても参考になった」

 

 事実、目から鱗が落ちる思いだ。

 誰かのために戦いたいという自分の思いに従うからこそ力を振るえる。そんな見方があったなんて思いもよらなかった。

 

 それは凄絶な過去を乗り越えた末に得た彼女の哲学なのかもしれない。全ては自分一人で完結し、自分の思いこそが強さの唯一の証人なのだと。

 

 実に彼女らしい持論だと納得していると、僕の様子を見ていた言ノ葉さんも満足そうに頷いた。

 

「どうやら悩みは解決したようだし、そろそろ行こうかね。みんな待ってるんだろう?」

「うん。本当にありがとう。だいぶ気が楽になった」

「ま、要は他人なんか気にするなってことしか言ってないんだけどね」

 

 そう言いながら一足先にバンから降りると、「そうそう」と声を漏らした。

 

「大事なことを言い忘れてたよ」

「うん?」

「キミは思いを託されていないって言ってたけど、一人はいるってことを忘れないでほしいな」

「えっ、誰だい?」

「ボクだよ」

 

 肩越しに振り向いた言ノ葉さんはひょんとした調子で言った。

 

「もしキミ自身が空っぽなんだと認めているんだったら、ボクの思いを詰め込んであげるよ。きっとすぐに一杯になるからさ」

 

 彼女の答えに唖然となり、続けて降りようとしていた体がピタリと止まる。

 

 なんか、今ものすごいこと言われた気がする。

 たぶん言ノ葉さんにそんな意図は無いんだろうけど、それでもかなり恥ずかしい発言のような。

 

 食い入るように言ノ葉さんを凝視していると、何か変なことを言ったかと見つめ返してくる。

 が、一瞬「あっ」と声を漏らした後じわじわと顔が赤くなっていく。

 

 そして耐えきれなくなったのか、ふいと顔を逸らした。

 

「……ゴメン。今の忘れて。恥ずかしくなってきた」

「なになに、さっきのもう一回言ってよ」

「う、うるさい!もう二度と言ってやらないからな!」

「そう言わずにさ。僕を励ますと思って」

「このっ……!調子乗ってると頭撃ち抜くぞ!?」

 

 珍しく狼狽する姿をみせる言ノ葉さんがおかしくってつい意地悪を言ってしまう。

 銃を取り出して睨んできても顔が真っ赤なせいで全然怖くない。

 

 ……しかし、そうか。僕に思いを寄せてくれている人はいるんだったな。

 言ノ葉さんもそうだし、珠雫とステラ、それにアリスも僕に期待してくれているはずだ。

 それを無視して空っぽだなんて、僕はなんて馬鹿なことを言っていたのだろう。

 

 言ノ葉さんは他人の思いなんて気にしなくていいと言ったけれど、やはり僕は思いを託してくれた人に応えたいと思う。

 東堂さんのようは沢山の人からは期待されていない。だけど、その分だけ大きな期待を寄せられているに違いないのだから。

 彼らに顔向けできる自分になれるよう頑張りたい。それがきっと僕の理想とする自分に繋がるだろう。

 

「ありがとうね。言ノ葉さん」

「……ふん。最初からそう言えばいいんだよ。ばか」

 

 すっかりむくれてしまった彼女をあやしながら道を歩く。

 彼女の手に自分の手を重ねてみると、体温の違いはないように思えた。

 

 離してみても、寂しくならなかった。


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